「……で?一体これは何なんだい、ヴァリエールの御嬢さん方。教えてくれないかね。」
後ろ手に拘束されたマチルダがそこにいた。捕縛されたという現状を受け入れているのだろうタバサによる移動の指示にも素直に従っていた。彼女の眼前には件の玉、宝物である「破壊の玉」が何事も無いかのように平然と鎮座している。己の背丈よりも遥かに高い玉を見上げながら嘯くマチルダ。
そんな彼女を見て少々戸惑いながらルイズは聞き返す。
「これが何なのかを知らずに盗んだってこと?」
「ああ、そうさ。あのオスマンが特に口酸っぱくして厳重に管理していた一品だ。値打ちものだろうと踏んでこれを盗んだんだが何せ使い方が分からなくてねえ。あんたらに使わせようと思って態々ゴーレムを嗾けたんだがそれも徒労に終わったし。」
マチルダの言い分は本職の盗賊が聞けば眩暈がするようなものだった。
盗んだはいいが使い方が分からない。
そんな得体の知れないものの為に骨を折ったというのだろうか。宝物を盗むため、学院に教員として潜入するという周到さからは不釣り合いな手落ちからマチルダのやや向こう見ずな性格が伺える。価値があれば盗むという性急さは評価できるが、見境がないのはやはり盗賊らしい盗賊といえた。
「私たちにも分らないわ、オールド・オスマンは『破壊の玉』に関することは何も教えてくれなかったから。」
マチルダの問いかけに頭を振るルイズ達。
渋い表情をしたマチルダに答えを返したのはルイズ達ではなくメガトロンの部下であるドクターだった。
ラヴィッジの胸部格納庫から姿を現すドクター。彼は綿埃を思わせる軽やかな跳躍で『破壊の玉』に取り付いた。
そして極細の節足達を忙しなく動かしながらそれの器壁をしばらくの間這いずりまわっていたドクターは確信とともにその口を開いた。
「これは共生者です。」
「きょうせいしゃ?、あなたはこれを知っているの、ドクター、」
細長い前足がその半ばから折れ曲がり、腕を組んだドクターはルイズの質問に答える形で語りつづけた。この球状の物体は自分と同種の金属生命体であること。但し、同様の類型に分類されるとはいえその根本や成り立ちは若干異なっており厳密に定義するならば似て非なる者らしい。
ラヴィッジやドクターは己の体内で必要なエネルギーを自己生成することによって活動している。しかし、目の前にあるこの勤続生命体はエネルギーを体内で生成する器官を生まれながらに保持しておらず、他者からの供与といった形でエネルギーを得ているのだそうだ。
それ故に『共生者』
個ではなく、宿主となった金属生命体とともにその一生を過ごす者。
ドクターの口から展開された説明はルイズの想像の範疇を遥かに超えるものだった。メガトロンのような存在が他にも多数存在しているのではないかということを暗に証明していたからだ。自分の持つ認識よりも遥かに世界は広く深い奥行きを持っているのだということを。そして、これから自分が立ち向かっていかなければならないだろう困難の一端を垣間見たような気がした。
ルイズは考える、
自身の使い魔である鋼鉄の巨人は全て計算づくだったのではないか、と
恐ろしいほどの鋭敏な感覚器官を持っているラヴィッジが。何もかもに抜け目ないメガトロンが。自身の身近にいる敵の存在に気付かなかった訳がないのだ。
ロングビルと土くれのフーケが同一人物であることを知っていて。敢えて沈黙を貫き、土くれ追補の任務に協力を申し出ていたのではないか。ともすればルイズ自身に難問を与えその根本を試そうとしたのではないか。そこまで具体的にルイズの思考が及んだのかどうかは分からない。
だが、ルイズにはどうしても考えられなかった。何の目的もなく唯の同情ではメガトロンは動かないことを知っていたからだ。
そして、ルイズの思考は見事的中していた。
ようやく御目当てのものを手に入れることが出来た、とばかりにメガトロンは立ち上がる。
すると件の玉に徐に近づいた。
「ちょっと!何をするつもりなのよメガトロン。」
ルイズは問いただすがメガトロンは答えない。
学院の宝物である『破壊の玉』の安全を思ってのことなのかもしれない。「破壊の玉」がどれだけ丈夫だろうとメガトロンの手にかかればどうなるかは火を見るよりも明らかだった。トリステイン魔法学院の一生徒であるルイズにとってそれがなんであれ宝物を破壊されるのだけは避けたいところだろう。使い魔の責任をメイジが取らされるのは道理であった。
「……、」
無言のままにメガトロンは動く。すると彼の右腕から黒色の紫電が迸った。見惚れるような煌めきとは懸け離れた異様な輝きがメガトロンの右前膊から溢れていた。
見るものに恐怖を与える漆黒の稲光。それを見て思わず後ずさるルイズやマチルダ。
特に、マチルダは身体の身震いを止めることが出来なかった。つい先ほどの大立ち回りで目撃した蠢く蒼光を思い出したからだ。
メガトロンは己の右掌に漲る黒色の輝きを躊躇うことなく『破壊の』に押し付けた。
黒色の紫電は『破壊の玉』を覆い始める。
メガトロンの右腕が接触した場所を始点として既存の銀灰色が艶のある黒灰色にゆっくりと移り変わっていった。
黒が全ての銀を侵食し終わるとそれの変貌が始まった。
ここにきてルイズはやっと理解する。
何故メガトロンが進んで協力を申し出たのか。
何故これが『破壊の玉』と呼ばれていたのか。
何故オスマンが此れを他の宝物よりも厳重に管理していたのかを。
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「よくぞ賊を捉えてくれた、学院長である儂も鼻が高いわい。」
「しかし、まさかミス・ロングビルが『土くれ』のフーケだったとはのう。謀られるとはわしも耄碌したものじゃのう。」
あの後に、学院に戻ったルイズ達はオスマンに事の顛末を報告していた。
広場にて起こった一連の出来事を全てそのままオールド・オスマンに話すわけには行かないため、ロングビルがフーケだったこと、そして彼女を捉えたことなどの事実だけを掻い摘んで事務的に報告したルイズ。
既にルイズの中で広場での一件は過去のものとなっていた。聞かなければならない大切なことがルイズにはあったからだ。それこそ、捕縛して軍へと身柄を移されたフーケのことなどどうでもよくなってしまうほどに。
「かの有名なフーケを捉えた諸君の苦労、これはとても大きな功績じゃ。学院長としてはこれほどの功を無下にするわけにはいかん、」
学長室にて起立しているラヴィッジ以外の三人は粛々と一礼を返した。
「シュヴァリエの爵位を君たちに配するよう宮廷に申請しておこう。追って沙汰があるじゃろうからそのように。ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請をしておくとしようかの。」
「本当ですか!?」
思わず反応せずにはいられないと、
キュルケがやや興奮気味に聞き返す
「もちろんじゃよ。何せ君たちはあの悪名高き土くれを捉えたのじゃからな、然るべき報酬を受け取るのは当然じゃて。おお、そうじゃそうじゃ、今日はフリッグの舞踏会じゃ、差支えが無くなった以上今夜予定どおり執り行うとしよう。ほっほ、今日の主役は、間違いなくお主達じゃろうて、せいぜい着飾るように。主役がしっかりせんと舞台も締まらぬからの。」
オスマンはポンッと手を軽く叩きながら言った、そして、ルイズ達を自室へ帰るように促した。
しかし、ルイズ達はその場から動かなかった。じっとオスマンの目を見つめるルイズ。
まるで何かを見通すような、見透かすような視線を受けたオスマン。
トリステイン有数の魔法学院学院長を務める老獪な魔術師は、来たるべき時が来たように従容と頷いた。
「どうしたのじゃ、ミス・ヴァリエール。部屋へ戻らぬのかね。」
その場から動こうとしないルイズ達に対してわざと恍けたようにして問いかけるオスマン。
ルイズは目の前にいる偉大な魔法使いに臆することなく言い切った。
「オールド・オスマン。お願いです、話してください、あの『破壊の玉』のことを、何故あれが学院の宝物庫にあったのですか。」
ルイズの言葉を聞いたオスマンは目を僅かに細め、遠い過去を思い出すようにして遠くを見つめた。
やはり何かある、オスマンの反応を見たルイズは確信した。
普段の態度からは考えられないような表情にルイズは確信の色を深くする。
「………やはりのう、ルイズフランソワーズ。君があの使い魔を召喚した時から、予想はしていたよ、出来れば外れていてほしかったが、予兆というものは往々にして悪いものを感じた時ほど正確にはたらくものじゃからなぁ」
「どういうことですか、オールド・オスマン、」
さながらこの展開を知っていたとでも言うかのようにオスマンは語る。
オスマンのその反応を見てルイズは自身の確信が正しいものだったのだということを知ってしまった。もう戻れないのだということを。取り返しがつかないのだということを。
オスマンがさっと杖を振るう、金色の粒子が学院長室の中で浮遊した。ディティクトマジック、他者の目や耳が無いかを確認するために使用される比較的安易な魔法だった。
「ミス・ヴァリエール。ミス・ツェルプストー。ミス・タバサ。功績大なる君たちには聞く資格があるじゃろう、ただし、知れば二度と引き返すことは出来ん。既にその渦中にいるミス・ヴァリエールは別にして。前途ある2人は覚悟をして欲しい、引き下がる機会は今しか残されておらん。」
キュルケとタバサは無言で頷いた、
つまり引き下がることはないということだった。
自身の居室である学院長室でもわざわざディティクトマジックを掛けるほどの念の入れよう。これから彼が話すことはよっぽど他者に聞かれてはならない重要なことなのだろう。ルイズはゴクリと口内の唾液を飲み込んだ。目の前に座る偉大なる魔法使いから発せられる只ならぬ雰囲気がルイズ達の緊張を誘ったからだ。
そしてオスマンは語り始める。『破壊の玉』と呼ばれる物の真相を、過去に何があり何を彼は知ったのか。
それはハルケギニアでも随一の魔法使いであるオスマンが闘いを放棄した決定的なきっかけだった。
かくて青年は杖を捨てる、
「あれはそういまから百年、否二百年ほど前のことじゃったかの。そなたたちが生まれるよりもずっと前のことじゃ。
すまぬの、少々頭が呆けてきたようじゃ、しかし、時期は問題ではないのじゃ、時期は問題ではない。
あの時のことは忘れようがないからの、それだけは幸いじゃわい。
ゲルマニアでのことじゃ、当時儂はスクウェアに成りたてのメイジでの。史上最年少でのスクウェアとして煽てられたもんじゃわい。まあ、若気の至りじゃな。儂は自分自身がだれよりも強いと言って憚らなかったのじゃからな。今思い出すと恥ずかしくて仕様がないの。
そんな儂にとある依頼が舞い込んできたのじゃ。ゲルマニアからの特使が来たと言っての。
内容は怪物退治じゃった。トリステインとゲルマニアで腕利きのメイジを出し合ってゲルマニアの東端で暴れまわっているその化け物を合同で倒さないかと言う旨のものじゃった。
当時のゲルマニアは建国してからまだ4~50年しかたってなくての、そんな新興の国家に力を貸すべきか否かと言うみみっちい議論もあったのじゃが隣国に貸を造る絶好の機会ということで申し出は受理されたのじゃ。
儂を始め複数のスクウェアクラスのメイジがその化け物退治に参加することになっての。驕る儂は一人で十分だなんだと言ったりもしたんじゃが、儂の旧友が必死で説得してくれての、結局当初のメンバーでその化け物退治に参加することに相成ったのじゃ。
その化け物は幾つもの村を壊滅させている。早急に打ち取らねば甚大な被害は避けられない。と風竜に乗っての移動の際に聞かされたのじゃが、儂は未だに楽観視しておったのじゃよ。おろかなことにのう。これだけの手練れが集まればトロル鬼どころかあのエルフでさえも相手取れるとたかを括っておったのじゃからの。
異変に気付いたのはゲルマニア側のメイジ達と合流する予定のポイントに到達してからじゃった。
合流地点である広場に行ってみても誰の迎えもなかったのじゃ。初めは礼儀知らずのゲルマニア人のことだから仕方ないことだなんだと笑っておったのじゃが、直におかしいと隊員の一人が気づいた。
キャンプ用の資材と焚火の火が立ち上っているのに誰もいないのはおかしい、と。
皆で手分けして探したのじゃがこれまた直ぐに見つかった。
何が?、決まっておろう。ゲルマニア側のメイジ達じゃよ。皆生きてはいなかったがのう。
散開した儂達が見つけたのは肉の山じゃった。人であると判断できるものは一つもなかったからの。皆尽く、例外はなかった、千切れ跳んだのであろう腕についていた腕章からゲルマニアのメイジだと判断したんじゃ。
今思えばこれが間違いじゃった、…いや今更じゃから自省は置いておこう、もしやり直せるのであれば離れるなんてことは絶対にせんわい。何せ儂の唯一無二だった友人達が串刺しにされたんじゃからの。
それは巨大な蠍じゃった。今までに見たことが無い程巨大での、一瞬呆気にとられた、とられてしまったのじゃ。鈍色に光り輝くそれはまず儂らが乗ってきた風竜を狙った。唖然としたの、儂らに一目散に駆けてくると思ったら儂らに見向きもせずに竜たちを襲撃したのじゃから。
蠍の巨大な爪甲で竜たちはあっという間に解体されてしまった。
その瞬間儂たちは逃げ足を失ったのじゃ、この場から逃走するための足を。
信じられない程狡猾な相手じゃった。恐らく解っておったのじゃろう。儂たちなどいつでも殺せる、と。
儂たちを逃がさぬように周到に周到に襲いかかってくるそれを見たとき儂は悟ったよ。狩られるのは、こちら側だということを。
皆必死に戦った。持てる力の限りを振るって戦った。しかし、無駄だった、全て無駄だった。
大海を闊達に泳ぎ回る大魚のように土中を移動するそれに全く歯が立たなかったのじゃ。一人また一人と殺されていったよ。巨大な爪に引き裂かれた者もいた、絶叫とともに土中に引きずり込まれる者もいた、大矛のような三叉の靱尾に刺し貫かれた者もいた、さながら百舌鳥の贄のように掲げられてしまったのじゃ。」
かくて青年は我を忘れ
「一人残された儂は死力を振り絞って戦った。有らん限りを杖に込め、メイジの誇りを胸に戦い続けたのじゃ。友の仇を、打ち捨てられたメイジ達の無念をこの手で叶えるためにの。だが、そもそもの話、儂一人でどうこう出来る話ではなかった。歴戦の経験を積んだ幾多のメイジ達を襤褸雑巾のように葬り去ったあれに敵う訳がなかった。
鉄を錬金して造ったゴーレムを粉々に粉砕された時。
もう身体に残された余力が何もないと理解した時。
儂は、恐怖した、慄いた、怖れた。
奮えるものは何もなかった。死にたくない、死にたくなかった、唯それだけじゃった。
杖を失った儂は命乞いをしたのじゃ。惨めにみっともなくのう、誰に憚るでもなく、地べたに這いつくばり両手を投げ出して必死に懇願したんじゃ。死にたくない、殺さないでくれ、いのちだけは、と。その時儂の中の何かが壊れたような気がしたよ。友を奪われ、仲間を殺されたにも拘らず、その元凶ともいうべき怨敵に自らの命を助けてほしいと願ったんじゃからな。
儂が命乞いをした幾許かの後じゃった。それは動作を停止したのじゃ。
動くのを辞めた、と言ってもいいかもしれん。取り敢えずそれの動きが止まったのじゃ。
後は分かると思うが蠍は球体上の何かになっていた。それで儂は命を救われたのじゃ、今ここにいることが出来るのも蠍がああなったからに他ならぬ。期間を置いて学院長となった儂はその玉を『破壊の玉』として学院の宝物庫に保管したのじゃ。誰の手にも渡ることが無いように、のう」
かくて青年は誇りを捨てた。
オスマンの告解ともいうべき昔語りは沈黙を持って迎えられた。
血を吐くように、絞り出すようにして紡がれた言葉はルイズ達に強い衝撃を与えた。
ここハルケギニアでもその名を知らぬものはいないとまで謳われたオールド・オスマンにこんな屈辱の過去があったとは。
ルイズは思い返していた。変貌した『破壊の玉』の姿かたちを。
光沢の有る鈍色の装甲を、見るもの全てに恐怖を与える巨大な爪甲を、相手を睨む二対の赤い双眸を。
それらの外見的特徴はまさしくオスマンの述べた鋼鉄の蠍そのものだった。
メガトロンはこれが目的だったのか、と考えルイズは戦慄した。
メガトロンを宿主とすることによって破壊の玉は復活した。その結果鋼鉄の四足獣とともに巨大な黒蠍という強力無比な手足を破壊大帝は獲得することに成功したのだ。すべてメガトロンの画策した通りに物事が進んだのではないか、とルイズは訝るが真相がはっきりすることはない。
只々現実に起こったことを起こったこととして報告するしかルイズにはできなかった。
ルイズの説明を聞いたオスマンはやはりといった様に首肯した。オスマンが言うにはルイズがその蠍を配下に加えるのは構わないそうだ。
ルイズがメガトロンを使い魔として召喚した時から薄々と予感していたらしい。
ヴァリエールの使い魔と『あれ』は同じものだと。
我々がどうにかできる範疇を超越した何かなのだと。
学院長となった後、破壊を試みようとしないわけがない。しかし、破壊の玉が傷一つなく現存していることが何よりの答えだった。
『破壊の玉』に関する全てを話し終えたオスマンは深く深く息を吐いた。小さく肩を屈めるオスマンはいつもよりも二回りほど縮んでしまったようだった。 泰然とした普段の態度からは考えられないような表情をルイズは自身に重ねてみていた。
ルイズは願ってしまったから。望んでしまったから、もう戻れない。取り返しがつかない道程を自分は進んでいるのだということをルイズ自身も確信していた。
消沈するオスマンにルイズが話した言葉。それは自分自身に向けても投げかけられていたのかもしれない。
「私は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは彼らを導いてみせます。杖に誓って。」
何の臆面もなく言い切るとそのまま学院長室を後にするルイズ。キュルケやタバサも一礼の後に彼女の後を追った。
三人の少女が退出した後にオスマンは誰ともなく呟いた。
「頼んだぞ、若き勇者たちよ。」
吐き出された言葉は静寂を取り戻した室内にしじまを伴ってゆっくりと溶け込んでいった。