ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第二十四話 ワルドの望み

 四人の偏在に包囲されながらもタバサは未だ冷静だった。

 左右から二人の偏在が迫る、それぞれが放とうとする魔法を確認し最も最善の次手を展開する。

 

 速度では敵わないならば予想される魔法の軌道を先読むしかない。

 杖の構え相手の視線、その全てを冷静に観察。脳みそをフル稼働しタバサは解答を導き出した。

 そして照準を前方の空間へ定め空気の塊を発射する。

 

 

 

 

「「エアカッター」」

「エアハンマー!」

 

 

 

 

 魔法を放ちながらバックステップ、距離をとったタバサをエアカッターが追尾する。

 だがタバサを切り裂こうと迫る二対の風の刃はエアハンマーによって打ち砕かれた。

 風の塊を放つことによって辛くもタバサは難を逃れた。

 だが、気を抜くことは出来ない。四人の偏在は変わらずに健在だった。タバサを追い詰めるため耽々と隙を狙っている。

 

「随分と筋がいい、誰かに師事でもしているのかな? じゃあこれはどうだろう。」

 

 ワルドが新たに詠唱を紡ぐ。すると、先ほどよりも強い魔力が杖にまとわれた。

 

「「「ウィンドブレイク!!」」」

「アイスウォール!!」

 

 

 三人の偏在が空気の波濤を繰り出した、繰り出された波濤は互いを吸収しより巨大かつ強力な濁流となってタバサに迫った。だが前方に生み出された氷の氷壁が風の暴風を受け流す。氷壁に斜面を前もって作り出し力を止めるのではなく受け流す。圧倒的な力を受け止められないのであれば捌いてしまえばよいだけだ。その経験もすでにタバサは積んでいる。

 

「素晴らしい対応力だ! 足りない魔力を技巧で補う。魔法の応用もお手の物というわけか。」

 

 だが、放たれた魔法が防がれようとワルドはまるで気にしていなかった。四対一という絶対の優位性がワルドを安心させていたのかもしれない。学院生とは思えない程に腕が立つタバサを前にしても、ワルドはその不敵な笑みを崩さなかった。タバサの出方を伺うだけの余裕すら感じられる。学院生との戦いなどワルドにとってはお遊戯そのものなのだろう。

 

 

 

「そらそらそら、余所見をする余裕はないぞ!」

「「「「エア・ニードル!!」」」」

 

 

 

 一点集中の近接戦闘魔法。風を纏った青白い杖は一度食らえば人体に風穴が空くだろう。それこそ先ほどのウェールズのようにである。四方から隙間なく魔法が迫る中、タバサは必死で戦い続けた。

 

「(…落ち着いて、冷静に。やみくもに魔法で応戦しては魔力を浪費して相手の思うつぼになる。偏在に紛れる本物を倒さなければ意味がない。)」

 

 各々が自律して行動する四人の偏在。スクウェアメイジであるワルドを相手取った圧倒的に劣勢な戦いを未だ対等に継続することが出来ている。何故ならこれまでのタバサには無い成長があったからだ。

 

「(あの黒蠍に比べれば、目前の相手など何でもない!!)」

 

 あの森の中の広場での恐怖が去来する。巨大な黒蠍の畏怖に比べれば目の前のスクウェアクラスの実力も萎んでしまった。スコルポノックとの戦いの経験がここにきて活きている。まるで海水の中を動いているのではないかと錯覚してしまう程の濃密な殺気。あの戦いを経験していたからこそ、この様な死地でも惑わず平静を保つことが出来る。これまでを上回る技巧で淀みなく身体が動いてくれる。

 

 だが、自身の成長を実感しながらもタバサは負けを確信していた。

 

 

 

 

「キュルケ……」

「ゴホッケホ、……大丈夫、大丈夫よタバサ、まだやれるから……まだ、」

 

 

 

 周囲への警戒を怠ることなくタバサはキュルケを気遣った。

 満身創痍のキュルケ。四人のワルドを相手取っているタバサよりも傷を負っている。加減されているとはいえ攻撃魔法の直撃を被ったのだろう。身体には幾つもの打撲痕が散見している。痛々しい痣が美しい褐色の肌を汚していた。防御に使った左腕が悲鳴を上げている。杖を持つことすら左腕では難しそうだった。

 言うことを聞かない左腕を摩りながらキュルケは立ち上がる。

 ワルドを睨み付け戦闘続行の意思を示すが既に身体は限界を迎えていた。

 

 

 

「流石にスクウェアクラスは伊達じゃないわねぇ。見た目だけの張りぼてを期待していたんだけどこの有様だわ。」

「お褒めに与り光栄だね、」

 

 

 

 

 いけしゃあしゃあとワルドは羽帽子を取って一礼を返している。その様子を見てキュルケは歯噛みするがその実力が余裕綽々の態度を裏打ちしているのだろう言葉を差し挟む隙は無かった、

 

 タバサに四人キュルケには三人のワルドが対峙していた。

 

 実力を鑑みてワルドは人数を割り振ったのだろう。果たしてどちらに本物がいるのだろうか。タバサはキュルケの方に本体が紛れ込んでいると予想していた。こちらの四人はここまで積極的に近接魔法を使用している、こちら側に本物がいるとは考えづらかったからである。

 

 こちらが四人を相手取りつつキュルケが本物を炙り出す。その展開をタバサは期待していた。だが、キュルケは既に限界だった。とてもではないがこれ以上は戦えるとは思えない。

 では、どうするのか。七人の偏在を一度に相手取るわけにはいかない。

 どうしても本体を見つけださなければ、死を選択しなければならなくなってしまう。

 

 

「さて、そろそろ終幕としよう。僕は弱者をいたぶるような真似は好きじゃないんだ。痛みもなくすぐに終わらせてあげるよ。」

 

 聖人ぶったワルドの言葉。ねちねちといたぶるように魔法を使ってきた先ほどまでの様子はどこへいってしまったのか。あまりにも似つかわしくないその態度に思わずキュルケは苦笑する。

 

「あらあら、随分と覚束ないステップですわね。これじゃあダンスパーティーの招待状は差し出せないわ。」

 

 

 キュルケの相変わらずの減らず口。満身創痍の自分の姿を皮肉った言葉にワルドは僅かながらも反応を示していた。

 気分を害されたのか、こめかみに青筋を浮かべている。初めて笑顔以外の表情が覗いていた。わざわざ杖を構え直しキュルケへ止めを刺そうと殺意を向ける。

 

 

「(――――――隙ッ!)」

 

 

 そのほんの僅かな間隙をタバサは狙った。

 身体を一気に反転、最大の魔力を杖に込めキュルケの三人へ向けて必殺を投じた。

 

 

 

「ウィンディ・アイシクル!!」

「「「―――ッ?!」」」

 

 

 

 突如として放たれた氷の槍。無数の氷槍は唸りをあげて三人へ迫った。

 虚を突かれたのか。驚いた表情を浮かべるワルド。

 三人は天井近くまで飛翔。キュルケへの攻撃を中断し防御に専念せざるを得なかった。

 

 

 ――――だが、

 

「余所見をする余裕は無いと言ったはずだが?」

「「エアハンマー!」」「ウィンドブレイク!!」

「くゥッ?!」

 

 

 三人へタバサが注意を向ける間中四人が待ってくれるわけもなかった。時間差で放たれる空気の波濤と塊。

 辛うじてウィンドブレイクの魔法だけは何とか相殺することが出来た。だが波濤を乗り越えた後には空気の鉄槌が待っている。

 

 

「カハッ――――、」

 

 

 直撃する空気の塊。瞬間に電気の様な疼痛が脳天を貫いた。

 両腕で身体をガードしても衝撃は全身を伝って拡散する。拉げた肺が空気を吐き出し、悲鳴をあげる肋骨と内臓がタバサを苛む。強力な魔法の前ではタバサの身体など木の葉も同然だ。全身を伝わる衝撃そのままにタバサの矮躯が空を飛ぶ。そして幾何の後に壁に叩きつけられた。

 礼拝堂の石壁は衝撃を全身余すことなく伝えてくれる。小柄であるタバサの姿はそのものが木の葉のようだった。

 

 

 

「ゲェホッ、カハッ……ゴホッ………、」

 

 

 

 手放しそうになる意識。必死で手を伸ばして何とか覚醒を繋ぎ止める。

 チカチカと舞う星が頭の中で踊りだす。目の前の視界が歪み七人いる筈の偏在が数十人にも分裂して見えていた。フラフラと震えながらも頼りにならない足に活を入れ、石壁を支えにしてタバサは立ち上がった。

 石壁に叩きつけられたダメージは決して少なくない。だが未だタバサは戦闘を続ける為の余力を持っている。

 

 額からの出血をローブの袖で拭い取る、傷口への刺激は良い気付けとなった。

 必死で頭を振り意識を取り戻す。ワルドは既にタバサへの追撃を仕掛けているようだった。

 追撃の弾丸を躱すためにタバサは杖を振るい呪文を唱えようとする。

 

 

 

「ハハハッ」

「――――ッッ?!」

 

 

 

 だが、その弾丸を避ける訳にはいかなかった。

 追撃の弾丸として放たれたのはキュルケだったからだ。タバサと同じように魔法の直撃を食らったのだろう石壁へ向かって身体ごと吹き飛ばされている。ウィンドブレイクの魔法でキュルケを吹き飛ばすわけにはいかない。そしてタバサが回避することでキュルケは壁に直接激突し取り返しのつかない怪我を負うかもしれなかった。タバサ自身の回避とキュルケの保護が同時に行えない以上タバサはその場にとどまる以外の選択肢を採るわけにはいかない。

 

 

 恐らくはワルドもそこまで読み切っているのだろう。

 くぐもった笑い声をあげるワルド。戦闘はもう終了したとばかりに既に杖を仕舞っている。

 吐き気がするほどの冷徹な思考。スクウェアクラスの実力は卓越した魔法だけでなく、様々な修羅場を潜り抜けてきた経験と実力こそが保証するのだ。間隙を突いたタバサの急襲もワルドには意味をなすことはなかった。

こうしてキュルケとタバサ。礼拝堂における二人の戦いは終幕を迎える。

 

 

 

 

「「――――、」」

 

 

 

 肉体同士がぶつかり合う湿った衝撃音が場に響く。

 音を上げることも出来ずキュルケとタバサはその意識を手放した。

 タバサは壁とキュルケに挟まれた衝撃で、キュルケはタバサに叩きつけられた衝撃でそれぞれが気を失った。

 タバサの身体が緩衝になったお蔭か、取り返しのつかない怪我をキュルケは負わずにすんでいた。だが再起不能であることには変わりがない。

 最強の系統を操るスクウェアクラスのメイジ、ワルドはその名に違わぬ実力で二人を完封した。

 手練れのメイジ二人を相手取っての余裕の勝利、優雅さを残した様子は戦いだとすら思っていないようだった。

 

 

 

 ▲

 

 

 

 そしてワルドは最後の目的を果たすために踵を返した。

 レコンキスタの忠実な手先であるワルドはどこまでも組織のためを思い行動している。

 

 

 

「やぁルイズ。僕のかわいいルイズ。邪魔者は居なくなった。やっと二人きりになれたね。これでゆっくりと話をすることが出来る。あぁルイズ。僕のかわいいルイズ。君と二人きりになれて僕はとてもうれしいよ。」

 

 

 

 七人の偏在はそのままにワルドはルイズへと向かい合う。

 ウェールズの心臓を貫いた張本人とは思えない程にその語り口は軽妙で爽やかだった。

 その軽妙な語り口でルイズへと語りかけているが、対照的にルイズはワルドを見ていなかった。

 未だ視線はウェールズの亡骸へ注がれている。まるでワルドなど視線を注ぐ価値もないと言わんばかりにその挑発を取り合っていなかった。

 自身を居ないもののように無視するルイズに痺れを切らしたのか、目の前の瓦礫を踏み砕きワルドは一歩前へ進んだ。そのワルドが苛立った様子を経た後にようやくルイズは口を開く。

 

 

「もう二度と貴方と合うことはないと思っていたわ、ワルド。」

「何故ここにいるのかとか、レコンキスタだとかいう訳の分からないものに何故貴方が参加しているのかだとか色々問いただしたいことはあるけれど、でももうそんなことはどうでもいいわ。どうでもいいの。ねぇワルド。どうしてウェールズ皇太子殿下を殺したの? 貴方はトリステイン貴族として許されないことをしたのよ。」

 

 

 そしてルイズはワルドを見つめた。亡骸に注がれていた視線をワルドへ移す。その視線は淑やかだった。

 激しく怒りを露わにすることのない、静かだが相手を見通すような鋭い目線。

 スクウェアクラスのワルドを前にしても、ルイズの瞳に宿る確かな意思ははほんの僅かも霞んでいなかった。

 

「ーーーー……。」

 

 その揺るぎのない瞳を見てワルドは苦渋の表情を浮かべる。まるで幼いころからの仇敵を前にするように、目の前にいる幼い少女のルイズを睨み付けていた。歯噛みしてその湧き上がる怒りを必死で押しとどめる。表情に現れそうになる苛立ちを無理矢理に加工し、ワルドはルイズへと微笑みかけた。

 

 

「組織の崇高な目的のためには致し方ないことなんだ。尊い目的を達成するためにはどうしても犠牲が必要になる。僕だって好きでウェールズ皇太子殿下を殺した訳じゃあないよ。ただ任務だからどうしてもね、君が僕を恨む理由もよく分るし理解できる。だから存分に僕を恨んでいい。その覚悟はもう出来ている。」

 

「お話にならないわワルド。あの時から貴方は何も変わっていないのね。」

 

「―――――ッッ!」

 

 

 ワルドのこめかみにはっきりと青筋が刻まれた。握りしめられた拳はブルブルと震えている。眉間には深い皺が生まれ口元は噛み締められていた。その苛立ちを耐えきることはワルドには出来なかった。はっきりと苛立ちと憎しみを込めた表情をとうとう露わにしてしまう。

 

 

 古傷を容赦なく抉り取るように、投げ掛けた言葉はルイズの意図せずにワルドのプライドをこれでもかという程毀損していた。手紙を奪いウェールズ皇太子を亡き者にする。組織の先兵としてのワルドの任務は既に終了している。だがワルド自身の本当の目的はこれからだった。過去との決別をするためにはどうしてもワルドはルイズを越えなければならないのだった。

 

 

 ひょい、とワルドは軽く杖を振るった。

 小さい空気の塊が飛び、ルイズの頬を掠る。

 キュルケのように一文字の切り傷がルイズの頬に刻まれる。一筋の血液が頬を伝ってもルイズは微動だにしなかった。瞳に宿る光も僅かも変わっていない。その様子を見てワルドは更なるフラストレーションを募らせた。最早微笑みを投げ掛ける余裕すらない。

 しかし、増悪を前面に出すワルドを前にしても、ルイズは侮蔑する視線すら向けることはなかった。激高するワルドとは対照的にただ静かに平然とワルドを見つめるだけだった。

 

 

 

「さっさと言ってちょうだいワルド。貴方には目的があるんでしょう?残っているあと一つは何?。」

「アぁルイズ。僕のかわいいルイズ。そうだよ僕には目的があるんだ。一つ目と二つ目はもう説明した通りだ。アンリエッタ姫殿下の手紙。そしてウェールズ皇太子殿下の命だ。ここまではいい。皇太子殿下は殺したし手紙はもう取り返したも同然だからね。達成したと思っていいだろう。」

 

「そして次だルイズ。僕にとって最も大切で重要な目的はまだ残されている。」

 

 

 

 そしてワルドは更に一歩進んだ。

 まるで大切な宝物を受け取るように両手を差し出している。

 壊れないように気を付けながら優しく優しく、手を伸ばす。

 

 

 

「君の命だ。僕は今日君を殺しにここへ来たんだよ。」

 

 

 

 ワルドの宣告。命を奪いに来たという通達を聞いてそれでもルイズは何の反応も示していなかった。

 出来の悪い子供を射竦める母親のように、その視線は穏やかで鋭かった。

 その視線から逃れるようにワルドは語り続ける。自分に酔いしれているのかその姿はどこか滑稽だった。壇上の舞台俳優のように語り口は演技じみている。

 

 

「アンリエッタ姫殿下の手紙を奪還する任務の途上で貴族派の刺客によって餌食になったか、アルビオン国内において戦火に巻き込まれてしまったか。どちらにするか悩んでいたんだけれど。その悩みも徒労に終わってしまったね。」

 

 

「君は間違いなく我々レコンキスタの障害になるだろう。」

 

 

「僕には分かるんだ。ルイズ君は聡明すぎる。あの鋼鉄の使い魔もそうだ。君みたいな物分りの悪いメイジがあんなに強力な使い魔を使役しては駄目だ。このまま君が成長すれば、何時の日か必ず君とレコンキスタは衝突するだろう。そうなってしまえば組織はどうなる? 考えられないほどの損失を被って崩壊は避けられないはずだ。君はいいんだ。ルイズ。君を殺すことは何時でもできる。問題は君の使い魔だ。」

 

 

 

 鋼鉄の使い魔、という言葉を聞いて初めてルイズは反応を見せた。

 ピクリと眉根をあげ悲しそうに視線を下げる。メガトロンという優秀な使い魔と自分とが比較対象にすらならないことを悲しんでいたのかもしれない。ルイズがこれまでにも何度も経験してきたことだった。

 だが、ワルドはルイズのその反応に気付いていなかった。語り口に熱中する余り周囲が見えていなかったのだろう。猶もワルドは語り続ける。

 

 

 

「誰かに邪魔でもされていたのか。色々と調べても分からないことだらけだったけどね。でもそれでも分かるよ。あの使い魔は不味い。敵対してはいけないことだけは僕にも分かった。それだけの力を持った使い魔。それを召喚したのが君だと知ったときは愕然としたよ。あの使い魔と正面から衝突する訳にはいかない。ならばどうするか。それは簡単だ。」

 

 

「使い魔契約を結んでいるメイジを殺して契約を破棄させてしまえばいい。」

 

 

「使い魔契約が破棄されればあの使い魔も自由になることが出来る。そうなってしまえば一先ずは安心だ。組織とあの巨人が正面からぶつかることはなくなるだろう。あの巨人と対立することがないように気を配ればいいだけだからね。君の様な下らない誇りを持つ者があの巨人の力を使役するだなんて不安に怯えなくともすむようになる。」

 

 

 

 そしてワルドはにやりと笑った。

 そのものこの時が来ることを待っていたように、悲願の成就を待ちわびている。

 ルイズの瞳に宿る確固とした意志を汚す、というワルドの欲望がありありと伝わってくるようだった。

 任務にない三つ目の目的を態々果たそうとしているのも、組織への忠誠だけが理由ではないのだろう。自身の過去への決別とルイズへの復讐をワルドはどうしても成し遂げたかったのだ。この過去を乗り越えることが出来なければワルドは前へ進めないのだから。

 

 

 

「でもルイズ、君がレコンキスタへ加入し僕たちの為にあの使い魔の力を役立ててくれるというのであれば、君を殺す必要はなくなるんだ。僕も愛しい君を手にかけるようなことはしたくない、どうかな?この提案を受け入れて欲しいんだ。」

 

 

 

 その提案をルイズは一顧だにしていなかった。

 そもそもワルドは何も分かっていない。鋼鉄の使い魔たちとルイズとの関係は非常に繊細で曖昧な関係に保たれているのだ。ルイズが命令したところで実際にその命令が通るかどうかの裁量は全てメガトロンへと委ねられている。メガトロンとレコンキスタとの衝突、ルイズが鋼鉄の使い魔を自由に使役している、といったワルドの危惧は余り的を得ているとは言えなかった。

 だが、レコンキスタという組織にルイズが協力するはずがない。それだけは事実だった。

 

 

 

「断ると分かっている質問を態々投げ掛けるのは懸命じゃないわね。」

「そうかな、一概にそうとは言い切れないかもしれないよ?」

 

 

 

 ルイズの貴族としての誇りがそのような提案を受け入れる訳がないと、ワルドは知っていて敢えてその提案を持ちかけたのだろう。

 

 ルイズの持つ誇りを蔑ろにするためにルイズ自身にその誇りを汚させる。

 

 ルイズにとってこれ以上の辱めは存在しない。思惑が成功しワルドは会心の笑みを浮かべていた。現状はワルドにとってこれ以上のない最高のシチュエーションだったからである。

 壁際に倒れ伏しているキュルケとタバサ。その首筋に偏在が杖を突きつけていた。風の魔力を纏った杖は簡単に二人を切り裂くだろう。ワルドの手によって散々に痛めつけられ、タバサとキュルケは既に再起不能に陥っている。もしルイズがそのまま放っておけば確実に二人は死を迎えることになった。

 

 古典的だが効果的な脅しの方法にルイズは歯噛みをすることしか出来ない。

 

 

 

「卑怯者。」

「交渉と言って欲しいね。それで、どうする? ルイズ。大切なお友達の命と君の誇りとやら、果たしてどっちが大切なのかな? 君が一言了承してくれればお友達の命は助かる。自分の誇りを優先しても僕は別に構わないけどね。まぁその場合は君のお友達が目出度くウェールズ皇太子殿下の仲間入りを果たすことになるだけだ。」

「そうそう、もし組織へ協力するというのであればそれ相応の態度でお願いしてもらわないと。こちらは協力させてあげている立場なんだからね。頭の一つでも下げてもらわなければ筋がとおらない。」

「さあ!! どうする?! ルイズ。君はどうするんだ?!」

 

 

 

 勝ち誇った様子でワルドはルイズに選択を迫った。

 ワルドはルイズが拒否すると算段していた。

 聡明なルイズは鋼鉄の使い魔の恐ろしさをよく理解している筈、だからこそ、その巨人の力を組織の為に利用することなど受け入れられるわけがなかった、ハルケギニアへの甚大な影響を考えれば聡明なルイズは組織への協力を断る筈だ、

 

 だからと言って友人二人を見殺すわけにもいかない。

 

 ならばどうするのか、とすれば必死に二人の助命をルイズは乞うだろう。ウェールズを殺した張本人である自分に間違いなく嘆願をする筈だ。誇り高いルイズは自らが殺されようともその誇りを曲げることは決してしないだろう。だが自分以外の誰か、自分が大切だと思っているもののためには例えルイズだろうとその誇りを曲げざるを得ないはずだ。そうワルドは確信していたし、それこそがワルドの狙いだった。

 

 屈辱に塗れたまま頭を下げるルイズの姿を堪能し、その誇りを穢す、そうしてやっと自分を縛り苦しめる清廉な瞳を台無しにすることが出来る。

 

 乗り越えるべき障害を越え、過去からの決別を達成する。

 悲願の達成は相違なく成し遂げられ。

 その10年来の思いをやっと達成できる。

 

 

 その筈だった。

 

 

 そしてワルドの予期していた通りにルイズは頭を下げる。

 殆ど土下座のようにして地面を拝んでいる。

そこまではいい、だがルイズは、――――――ワルドへの屈従を申し出ていた。

 

 

 

「分かったわワルド。私の負けよ組織へ協力します。メガトロンへは私から説明しておくから。その代り二人の命だけは助けてちょうだい。どうかどうかそれだけはお願いします。私はどうなってもいいから、二人だけは。二人の命だけはどうか御容赦を。」

 

 

 

 ルイズのあっさりとした様子を見てワルドはどうしようもなく驚愕した。

 聡明なルイズが協力を申し出る訳がないとか、虚偽の申し出をして隙を狙っているのではないかとか、予測されることは沢山あった。

 

 だが過去との決別を望むワルドにとって、それらの要素はどうでもよかったのである。

 

 土下座しているルイズの元へフラフラと近よる。そして徐に襟首を掴んでルイズに掴み掛った。その表情は苦渋と混乱を孕んで不自然に歪んでいる。

 そのもの訳が分からないといったようだった。

 

 

 

「何故だ、何故その目で僕を見る!?」

 

 

 

 

 ワルドは叫ばずにはいられなかった。

 これだけ侮辱しルイズの誇りを辱めた、にも拘らずルイズの瞳に宿る光は一筋の曇りもなく煌々と煌めいている。

 

 決別したい過去、乗り越えるべき障害は未だにワルドの前に立ち塞がっていた。

 それがどうしても納得できず、ワルドはルイズに迫る。

 襟袖を掴んでいた腕はルイズのか細い頸にかけられていた。

 

 

 

 

「その目、その目だルイズ、その目で僕を見るんじゃない!! 何故だ?!何故?!何故?!何故変わらない?!」

 

 

 

 何を言っているのか分からない、とルイズは混乱していた。だがワルドによって襟首を掴まれ宙吊りになっている状態では抵抗もできない。何かを喋ることすら出来なかった。気道が圧迫され咽喉が新鮮な酸素を求めて鳴っている。

 

 

 穢すことが出来ないのであれば壊してしまうしかない。過去を切り捨てることが出来ずに悶々と懊悩を繰り返し続けることにワルドはもう耐えられなかったのである。

 

 とうとうワルドは狂気極まったのかもしれない。エアニードルの魔法を用いてルイズの眼を潰そうと杖を構えている。礼拝堂にはワルドを邪魔するものは誰もいない。ウェールズは心臓を貫かれ、満身創痍のキュルケとタバサは未だ意識を取り戻してすらいなかった。

 

 狂気に包まれたワルドは異なる方法に救いを求めずにはいられなかった。

ルイズの眼を潰してようやく解放されるのではないか。自分を射竦めるあの清廉な瞳から逃れることが出来るのではないか。と狂った思考は止まることなくワルドを支配する。

ワルドの狂気はとうとう行く場をなくして暴走し始めた。

 来たるべき過去との決別を目前にしてワルドは歓喜する。そして風の刃を纏った杖を振りかざした。

 

 

 しかしワルドは知らなかった、ルイズが従える鋼鉄の使い魔。

 それは鋼鉄の巨人だけではないのだということを。

 

 鋼鉄の獣にとって穏形と潜入は十八番。礼拝堂の影に潜む猛獣の存在。鋼爪が振るわれる寸前までワルドは猛獣を察知することが出来なかった。

 

 その一撃を躱すことが出来たのは幸運にもワルドの属性が幸いしたからだ。

 風の系統を極めたワルドはタバサ以上に大気の動きを感知することが出来る。

 髪の毛一房ほどの空気の揺らぎ、その変化を感じ取ったワルドは一歩身体を後退させていた。

 数々の経験を積み重ねてきたワルドだからこその一歩。その一歩にワルドは救われる。身の丈を超える巨大な獣が音もなく跳んでいた。

 

 

「――――――ッッ?!!」

 

 

 

 頬を切り裂いた鋼鉄の爪撃。その余りの鋭さは直接触れていないにも関わらずワルドの皮膚を切り裂いていた。ワルドがつい先ほどまでいた場所が瓦礫と変わる。この礼拝堂の中でワルドの背筋を初めての慄然が襲った。

 銀影を鈍く光らせながら猛獣は現れた。ワルドとルイズの間に割って立ち凄まじい雄叫びを響かせる。

 

 

 

 

「■■■■ッッ!!!」

「まだけだもの退治が残っていたか……。」

 

 

 

 

 七人の偏在全てが思わず身震いするほどの凄絶な咆哮。

その叫び声を聞いてワルドは覚悟した。自身の過去を乗り越えるまでにもう一山を越えなければならない、その邪魔をするものは排除しなければならないと。

 

 

 まるでルイズを守るようにして猛獣は佇立している。その姿を明確な憎しみを込めてワルドは睨み付けた。

 

 

 風を極めたスクウェアメイジと紅の単眼を迸らせる鋼鉄の獣。両者は互いに睨み合いそして激突する。

 そうして礼拝堂における戦いは最終章を迎えた。

 ルイズとワルド。二人が近い未来確実に迎える決別はすぐそこまで迫っていたのだった。

 

 

 

 

 

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