ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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最終章 ゼロの忠実な使い魔
第二十六話 閑話 ゲルマニア特別経済区


 

 

 

 

 トリステイン・ゲルマニア・ガリアと国境を接する緩衝地帯。その何処か。ゲルマニア側の領土にて新しく建設された館。貴族の所有する華美な豪邸、とまではいかないがそれなりに巨大で確りとした拵えの館が建っている。その館では大勢の人々が仕事に追われ忙しく働いていた。大量の書類を相手に格闘しながらも彼らの表情はどこか満ち足りていて高揚を伴っている。新しく始まったばかりの領地経営に携われるとあれば、経済的成功への期待を抱くのも致し方のないことかもしれない。成功する可能性が高い事業に関われるということは自身の幸福な未来を保障してくれるからだ。

 館内の一角に設けられた程狭い執務室、その不釣り合いに立派で頑丈な造りの執務机の上で男は呻いた。

 

 

 

 

「一体どうなってやがる、」

「まったくだねえ、賤しい一介の盗賊が何時の間にか大公様へ格上げだ。そのうち槍の雨が降ってくるんじゃないかと心配しているよ、」

 

 

 

 

 土くれのフーケ改め、マチルダ・オブ・サウスゴータ。ゲルマニア特別経済区を統括する大公は山のように積みあがっている目の前の書類と戦っていた。記載内容に不備はないか書類へ眼を通す。不備が見つかれば事務員へ差し戻し、問題が見つからなければハンコを押して書類を通す。大公の認印を右手に装着したマチルダはひたすらその作業を繰り返していた。朝から同じ作業を繰り返しているが一向に書類の山は減少する兆候を見せることはない。ウンザリとした表情を張り付けながらも腕を動かす。気分は最早人型の機械だ。仕事が上手くいけばいくほど仕事が増えていく。規模はより巨大になり動かす人数がどんどんと増えて行った。

 

 従容と自らの運命を受け入れ機械のようになっているマチルダ。黙々と働いているそのマチルダを余所目に彫りの深い情報屋の男は首を振る。だが、手に持った書類を穴が開くほど見つめているが記載された内容が変わることはない。

 

 

「そうじゃない。嫌確かにそれも十分可笑しいんだがな。卑しい盗人が恐れ多くも大公様へ格上げだとは成り上がりにも程がある。幾らなんでも不自然だ。その上、上申の数々はすんなりと承認される。普段は傲慢な貴族連中の頷きが軽い軽い。物事がスムーズに進み過ぎだ。幾らゲルマニアが名誉よりも実利を重視する御国柄だとはいえ不自然なことこの上ないな。」

「全くお前のご主人様は一体どんな脅しの手段を持っているんだ?あの魑魅魍魎のような貴族連中がへこへこ頭を下げてくる。少なく見積もっても異常だ。その手管を本にして出版してくれないか?これからはその本を売って生活することにするよ。」

「ごちゃごちゃ五月蠅いね、言えないって何度も言っているだろうに、こっちも命が惜しいんだよ御主人様にお伺いもたてずにそんなこと言えるかいね、」

「ご主人様の判断を伺わなければ何も出来ないということか?まるで犬だな、大公の御犬様ということか。随分と綺麗なお犬様がいたもんだな、」

「ああ、そういうことだね。精々尻尾を振って上手に芸を振舞って御主人様からご褒美をもらうだけさ。やってることは盗賊時代から何も変わっちゃないよ。尻を振る相手が不特定多数から専属に変わっただけさ。」

「必死こいて尻を振らされてはいるが、まぁ実入りが言い分こっちの方が遥かに益しだね。大公の位もおまけで後から付いてきた。これ以上は罰が当たるってもんだ。何も欲しがりゃしないよ。」

 

 

 

 ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世直々の下知。領地を保有する大貴族からも不自然なほど反対意見が述べられ無かったことも理由の一つ。これまでの慣例では到底考えられないようなスピードでゲルマニア特別経済区は設立された。他国と国境を境にする一区画。職にあぶれた破落戸が傭兵団を結成するような治安の悪い地域だった。いざ他国と戦争となれば最前線及び戦場となる危険な場所。幾ら土地が残されているとはいえそんな場所を開発しようと思う奇特な人間はいない。

 余り良質な領地とは言えなかったがそれが却って功を奏した。様々な問題は抱えているが未だ手が付けられていない広大な土地をマチルダは手に入れた。それはあくまでも特別経済区という体裁だった。だが事実だけを見れば間違いなくマチルダは領地を束ねる大公の地位を獲得したのだった。

 

 

 

「話がそれたな、俺がおかしいといった本題はだな。」

「ここら一帯を根城としていた破落戸だの傭兵団だの悪党だのが、次々と姿を消していることだ。」

 

 

 

 言って情報屋の男は持っていた紙束をマチルダに放った。その報告書には領地一帯の治安状況が急速に回復していることを示すデータが載っている。御主人様の指令通り領地経営を始めるにあたってマチルダは大量の人員を必要としていた。そのためかなりの人員を現地から選別、そして雇用している。職にありつけなかった人々が嬉々として働き始めたことも治安の回復に一役買っているのだろう、それは間違いない。だが急速に増えた雇用を加味してもその治安状況の回復は異常だった。僅か数日で辺り一帯を支配していた盗賊団は姿を消した。特別経済区として指定された領地一帯において何が起こっているのか、情報屋の男はその理由を探るために汲々としていたのだった。

 

 

 

「で?その悪党どもがいなくなって何か不都合があるっていうのかい?」

「まぁ悪いことではないんだ。農場や建設した工場施設を警護する為の人員が想定より少なくとも済んだんだからな。領地経営者側の立場としては無駄な費用が抑えられたと喜んでもいいのだろうよ。」

「へぇ、すらすらとそんなことが言えるようになったのか。随分と領地経営が板に付いたってことかねぇ。軽口だけじゃなくこれからもその調子で働いてもらわないと仕事が溜まってしょうがないよ。」

「ふん、情報屋としての俺の立場がどんどんとなくなっているのもまぁ気にしなくてもいい。だが一体どうなっているんだ?土くれ、ここ最近お前も行き先を告げずに何処かへ姿を晦ましていたな。それも何か関係があるんじゃないのか?御主人様と繋がりのあるお前なら何か知っている筈だろう、」

 

 

 

 情報屋の男に問われてもマチルダは何も答えなかった。ただ黙々と書類を捌き続けている。だが次に情報屋の男が発した言葉、その単語を聞いて整った美貌を持つマチルダの表情に僅かの変化が現れた。

 溜息を吐きながら情報屋の男は言った。

 

 

 

「傭兵たちが怯えているぞ。安全なのはいいがこれじゃあ仕事にならないから困ってる。口々に『伝説が甦った』だのなんだのと喚くんだ。伝説?餓鬼の戯言ではないんだいいかげん傭兵たちも真面目にやって欲しいもんだ。」

「伝説ねぇ、具体的に傭兵たちは何て言っているんだい?」

「ああトリステイン出身のお前は知らないか。ここらには大昔から伝説が残っているんだよ。アルデンの鬼だの皆殺しの怪物だのと呼ばれた怪物がここに住んでいた人々を誰も彼も狙いを付けずに殺し回っていたんだそうだ。いる訳がないだろうにな、そんな怪物が。」

「恐らくは土砂災害や疫病などを模した言い伝えだろう。疫病や災害の恐怖を後世に伝えようとその恐怖を怪物に模して歌にしたんだ。俺の出身はゲルマニアだからな。小さいころからよく聞かされたものだ。よくもまああのような恐ろしい歌を言い伝えたものだ。数少ない俺のトラウマだな、今でもその歌を聞けば身震いがしてしょうがない。」

「地中から六つの赤い眼が見つめてくる?全く以て馬鹿馬鹿しいな、いる訳がない。」

「巨大な蠍の怪物なんぞいてたまるかというものだ。」

 

 

 

 情報屋の男は馬鹿馬鹿しいと繰り返す。まるで自分に言い聞かせるようにして何度も何度も呟いた。

 ゆっくりと認印を執務机へ置く。そしてマチルダは思い返していた、巨大な黒蠍が人々を虐殺していく凄惨な光景を。トリステイン魔法学院の宝物庫より盗み出そうとしていた破壊の玉。その本来の姿を見て盗みが失敗に終わって本当に良かったとマチルダは心底安堵した。領地一帯を根城としていた盗賊たち。彼らを何とかして懐柔できないかとマチルダは苦慮していた。しかしトリステインをホームコートにしていたマチルダは門外漢であり情報屋の男を通じて何とか話をすることは出来たがあくまでもそれだけだった。多量の金を以ても盗賊団を説得できず逆にマチルダの方が殺されかけるという有様だ。天井知らずに金を要求する盗賊たちはそもそも交渉をする気すらなかったのかもしれない。軍門へ下るかそれとも領地を出るかという交渉は決裂しマチルダ達は盗賊団と対立することになる。マチルダ達は領地経営と並行して盗賊対策まで配慮しなければならなかった。

 しかしその対立も長くは続かない。

 

 

 ゲルマニア特別経済区。その領地一帯を支配していた盗賊たちはたったの数日で壊滅した。

 緑髪を揺蕩わせた美しい妙齢の女性。その女性が引き連れた使い魔は対立の全てを終わらせた。領地経営の障害となるだろう規模の大きい盗賊団はその悉くが壊滅、生き残った少数も散り散りとなりそれぞれが他の地方へと散逸した。巨大な黒蠍の復活を人々が噂するようになったのはその盗賊団の僅かな生き残りが方々へと自らの体験を伝えたからである。アルデンの鬼、皆殺しの怪物。ゲルマニア地方にて伝説に唄われた怪物の復活。そんな戯言を信じることが出来る人はどれだけいるだろうか、この目で本当に確認してみるまでは信じないという人が大半を占めるだろう。実際にマチルダが黒蠍の存在を交渉の材料として用いても盗賊たちは信じなかった。

 その結果が盗賊団の壊滅である。

 何故ゲルマニア人がその伝説を古来より語り継いだのか、その理由を盗賊たちは身を以て知ることとなった。

 

 

 

 巨大な黒蠍がその本領を発揮するまでもなく盗賊たちは血祭りにあげられた。その様子を思い出してマチルダも溜息を吐く。この世のものとは思えない凄惨な光景が脳裏に過る。無数の臓物が木々の枝に垂れ下がる光景は幾つもの修羅場を潜り抜けてきたマチルダにとってもこれ以上ない衝撃だった。黒蠍の実力をしっかりと記憶したマチルダだったがそれと同様に自身の手落ちを悔やむ。交渉を成功の内に納めることが出来れば大勢の人々の命が救われたはずだ。盗賊団であるとはいえ彼らもまた一人の人間であることには変わりない。虐殺の嵐が森を臓物と血に染める。それは避けられた未来のはずだ。自身の手落ちがなければ無用な犠牲は避けられたしご主人様に新しい借りを作らずとも済んだ。六つの紅眼を持つ黒蠍。その恐ろしい実力はマチルダが持っていた反骨の芽をすっかりと摘み取った。逆らおうとする僅かな気持ちすら抱けない。加えてマチルダが尻を振っている御主人様はただ恐ろしいだけの単純な存在ではないのだった。

 

 

 思い出したようにしてマチルダはその懸案事項を問質す。

 問われた情報屋の男は懐からまた新しい紙束を取り出してその質問に答えた。

 

 

「その伝説なんちゃら言うものも落ち着いたらゆっくりと話してやるよ。御主人様が御許し下さればの話だがね。」

「それよりもアルビオンからの難民受け入れの進捗状況は?」

「その件なら明日か明後日の頃合いに詳細な報告が挙がってくる予定だ。食糧生産・採掘・建築等々指示通り幅広く事業を拡大しているからな、一帯は今幾らでも人員を必要としている。難民を受け入れる余地も十分にあるだろう。一括でアルビオン移民を受け入れる態勢を整えてこっちは対応するつもりだ。そのための人員の割り振りと指示も済ませてある。」

 

「それよりもお前が心配しているのはあの孤児どもの話だろう?孤児どもの移送も移民窓口の一本化と並行して進めているぞ。ウェストウッドからの移住を決意したのは正解だったな、いまアルビオンは革命が成功したばかりで治安状況が悪化している。とてもではないが安全とは言い難い。随分と思い切った決心だとは思ったが成功してよかったな。」

「ああ、そうそう。労働者用のものを最優先して作らせているから孤児どもが住居する箱はまだ未完成だ。その間はテント暮らしを強いられることになるがまぁ大丈夫か?」

「食うものがないよりもずっとましさ。あたしからも言っておくから我慢してもらおう。寧ろ働きたいと子供たちも自分から言い出すかもしれないね。日銭を稼ごうとする位元気だからさ、連中は。」

「ははっそいつはすごいな、貴族子弟達にも見習わせたいくらいだ。将来が楽しみだな。」

 

 

 

 情報屋の男は持っていた紙束を纏めながら喋り続ける。

 見た目とこれまでの経歴以上に有能なこの男はマチルダから貰った莫大な褒章に見合うだけの働きを見せていた。領地経営が順調に進行している要因を語る際この男の存在を欠かすことは出来ない。

 男の持つ先々を見据えた計画性と段取り能力にマチルダはすっかりと頼り切っていた。

 

 

 

「しかし、よく考えてみれば不思議なもんだ。たまたま金を持っていた盗賊が支援をして、たまたまアルビオンを脱出する手筈が整っていて、たまたま移送船イーグル号が敵船に見つからずに済み、見つかったとしても巡洋艦が原因不明の航行障害に見舞われて動けなくなる。結果、戦火溢れるアルビオンを無事脱出することに成功した、か。おまけに難民たちを受け入れるための働く場所まで整備されている。まさに至れり尽くせりだ。」

「まるで孤児の中に馬鹿でかい胸をぶら下げた幸運の女神でも居るみたいだな。」

「フンッ!!」

「ブゴォッッ?!」

 

 

 

 軽口を叩く情報屋の男に腰の入ったマチルダのパンチが命中した。鼻血を噴出させながら執務机から墜落する。そのまま動かなくなった情報屋の男を無視してマチルダは再び仕事に取り掛かる。

 

 情報屋の男に言われずともマチルダも理解していた。幾らなんでも都合がよすぎる、様々な物事の背景には必ずあの御主人様が関わっているはずだった。移送船が巡洋艦に襲撃されて無傷のままいられるわけがない。しかも情報屋の男の報告によれば移送船だけでなく巡洋艦に乗員していた乗組員にも死傷した者は一人もいなかった。乗組員を傷つけず艦船のみを航行不能に陥れる。そんな異常な芸当が出来るのはマチルダの御主人様を於いて他に無い。

 

 恐怖という手綱だけではなく惜しみない支援という飴を忘れない。

 巨大な黒蠍の残虐さをこれでもかと見せつけておいて、ウェストウッド村の孤児たちを無事に地上まで送り届ける。このような所業を見せつけられてマチルダが服従しない訳がなかった。単純な脅しだけであれば誰でも出来る。強力な鞭と飴をその場その場で自由自在に使い分ける、その巧妙な手管をマチルダは何よりも恐ろしく思った。

 マチルダは自らに課せられた首輪がより強固なものになったことを確認し、目の前の運命を受け入れた。

 

 

 

「メガトロン様には逆らえないね、」

 

 

 

 情報屋の男が気絶していることを確認して、マチルダはしみじみと呟く。

 領地取得は、コネクションを利用した幾多のロビー活動や多額の金など夥しい労力を必要とした。だが何者かの働きかけもあって俯瞰してみれば通常の手段を採択するよりも遥かに労せずしてマチルダは貴族社会の一員に復帰することが出来た。マチルダ達の活動は悉く不自然なほど成功した。それが自分たちの力量だけで為し得たものではないことも理解している。御主人様の掌の上で踊らされていると分かっていても踊ることを辞める訳にはいかなかった。マチルダには新しく背負うものが出来たからだ。大した産業もなく貧困に喘いでいた現地の人々、新しく孤児院に加わった子供たち。それら新しく背負い込んだものを放り出す心算はマチルダにはなかった。

 

 巻き込まれる形でマチルダはここに来た。だが、大きな流れに巻き込まれる形だろうと自分の意思で歩み続けようとマチルダは思う。額に汗して懸命に働いている人々、笑顔で遊びまわる子供たちを見てその思いを強くする。ご主人様の目的がどこにあるのか、全く判然とはしていない。

 だが、

 

「(やれるだけやってみようじゃないか、駄目だったら駄目なりに足掻いてみればいい。その時はその時さね。少なくともメガトロン様に逆らわなければいい。そうすれば最悪は回避できる。)」

 

身体の奥深く。その髄にまでメガトロンの懐柔が行き渡ってしまったことを自覚してマチルダは苦笑する。飼い犬としての自分が板についてきたことを自嘲しながら腰かけなおした。そうして右腕に大公の認印を装着し、マチルダは再び書類を捌き始めた。紙同士が擦れる乾いた音だけが執務室に漂っている。

 

 

 

 

 

 

 




最終章の始まりです。
やっとここまで来ることが出来ました。
皆様の応援の賜物です
これからも何卒ご支援のほどを
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