ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第二十九話 閑話 雪風と情報参謀

 

 

「ねぇお姉ちゃん。何が違うの?貴方たち人間が牛や豚を殺して食べることと、私が人間を殺して血を啜ること。ねぇお姉ちゃん教えてよ。何が違うの?その二つの行為に何か違いがあるの?」

 

 

 

 サビエラ村はガリアの首都リュティスから遥か南東に位置している山間の片田舎である。

 人口数百人ほどの小さな村は数か月前から吸血鬼の恐怖に晒されていた。

 幾人もの村人と、要請を受けて派遣されてきたメイジが被害にあい、その死体は体中の血を吸い尽くされた無残な姿で発見された。

 

  ハルケギニア全土に悪名を轟かせる、最悪の妖魔、吸血鬼。

 

 ガリアの北花壇騎士団に所属し数々の危険な任務を強制されているタバサ。

 今回の任務はそのサビエラ村を脅かしている吸血鬼を討伐しろ、という危険極まりないものだった。

 

 

 ねえお姉ちゃん。黙っていないで答えてよ。ああ喋れないんだっけ。クスクス、そうよね。蔦に絡まりつかれては喋れるものも上手く喋れないもんね。」

「…………、」

 

 

 サビエラ村郊外の森。ムラサキヨモギが密生して生え揃っている群生地で一人の少女と一人の女性が向かい合っている。

 

 月夜に照らされたその光景は奇怪だった。

 女性はまるで鎖のように伸びた蔦に手足を縛られその身を囚われていた。衣服を切り裂かれたのか、豊満な肢体が露わになっている。 青髪の長髪は目の前に迫る吸血鬼の恐怖から震えていた。

 

 もう一人の幼い容姿を持った少女は目の前にいる女性が囚われている様子を悠然と眺めていた。その表情には満面の笑みを浮かべ、身に着けている人間ではない雰囲気を隠そうとすらしていない。

 

 ハルケギニアにおいて何故吸血鬼が最悪の妖魔と恐れられているのか。先住魔法を使うことが出来るその高い戦闘能力も理由の一つだが、畏れられている最大の理由は、他の人間と見分けが付かないことである。どのような探知魔法を使おうとも決して峻別できず、咽喉に牙を突き立てられるその瞬間まで吸血鬼だと分からない。日常生活に馴染み、人間社会に巧みに溶け込む。人間は何時か来るかもしれない、という恐怖に耐え続けることは出来ない。オークやドラゴンのような分かりやすい脅威ではなく、どの場所でも身近に存在するかもしれない恐怖だからこそ、人々は吸血鬼を最悪の妖魔として恐れるのだった。

 

 

 青髪の女性は吸血鬼の罠に嵌り、身動きが出来ないように拘束されていた。 吸血鬼の用いる先住魔法によって蔦が手足に絡みつき、ほんの少しも身動きが取れない。青髪の女性がメイジだったとしても、拘束され杖を取り落している現状では吸血鬼に対抗する術は残されていない。

 

 青髪の女性は必死で目の前の吸血鬼を睨み付けるが、溢れ出る恐怖を抑えきれていなかった。

 何とかこの場を離れようと必死でもがき続けるが、その努力が実ることはない。先住魔法で操られた蔦はその程度の力で千切れてしまうほど貧弱ではなかった。

 

「そんな目で見ないで、お姉ちゃん。」

「私はただ聞きたかっただけよ。どうして私だけが糾弾されなければいけないの?吸血鬼は最悪の妖魔だなんておかしくてもう笑っちゃう。毎日大量に牛や豚を殺している人間は、その動物たちから最悪の妖魔とでも呼ばれているんじゃないかしら。ああ、そんなことを考えたことすら無いのかな?人間が狩って当たり前。そんな誤解を当たり前のように思っていればお馬鹿さんなのもしょうがないのかな。」

「殺して殺されて当たり前、それが世界で、世の中なのよ。」

 

 

 口元から除いた犬歯が月夜を受けてギラリと輝いた。およそ人間では考えられない程発達した牙は女性の目の前にいる少女が吸血鬼であることをこれ以上ないほど主張している。鋭い牙が突き立てられる未来を想像したのか、蔦が皮膚を裂くことも構わず女性は必死で身をよがらせる。女性の怯えた様子を見て吸血鬼は笑った。女性を気遣うように優しい声音で話しかけた。

 

 

  「大丈夫。そんなに怯えなくてもいいんだよ。これからお姉ちゃんは私の中で生き続けるの。私が血を吸って、私と混ざり合って、一緒に永遠の時を生きることになる。それってとても素敵だと思わないかしら?」

「お姉ちゃん、愛してるよ、大好―――――ギッ?!!!」

 

 

 陶酔したように吸血鬼は喋りつづけた。そして、目の前にいる美味しい得物をその手にかけようした。ギラギラと目を光らせ、牙を首元へ運ぼうとしたその時、吸血鬼の視界は暗転した。もう二度と暗転した視界が回復することはない。その場に崩れ落ちる吸血鬼の身体、女性を捉えていた蔦も吸血鬼の死と同調して力を失った。

 

 フェイクに誘い出された吸血鬼はサビエラ村村長の家に居候していた幼い少女であった。その事実は驚きだったが燃え盛る冷たい憎しみは迷わない。幼い少女だろうと標的であることには相違ない。任務続行に支障はなかった。

 弾丸が吸血鬼の上顎ごと頭部を吹き飛ばす。どす黒い紅花が咲いた様子をスコープから確認。

 一帯を見渡せる丘で俯せになっているタバサは呟く。

 

 

「任務終了。」

 

 

 如何に人々から畏れられる吸血鬼であろうと、音速の3倍程の速度を以て飛来する鉄塊を躱すことは出来なかった。ゆうに800メートルを超える遥か遠方からの狙撃。風を司るトライアングルメイジであるタバサだからこそ可能となった芸当だ。周囲一帯の風向き、湿度、温度。大気の全てを敏感に感じ取り、照準を調整。ルイズと同様、これまで身体に積み重ねてきた修練の成果は嘘を吐かない。タバサの身体とその手に持った狙撃銃との境界が曖昧になり、一体となる感覚。

 

 放たれた弾丸は空気を、吸血鬼の苦悩を、その何もかもを綯交ぜにして切り裂いた。

 

 ドクターより戴いた狙撃銃をタバサは徹底的に利用した。狙撃技術と魔法を組み合わせて運用される強力なハイブリッド。タバサは元来持ち得た才能を開花させ、より高度な戦闘技術を次々と身に着けて行った。右腕には節くれだった戦杖を、左腕には武骨な狙撃銃を以て、タバサ独自の戦闘スタイルはより高度な頂きへと進化した。

 

 この後、どれだけ危険な任務を課せられようとタバサは怯まなかった。

 鋼鉄の武器から伝わる鉄の質感。揺るぎのない確かさは万言の言葉をはるかに上回る安心をタバサへ与えてくれる。

 心の中を支配する冷たい憎しみを糧として、獲得した鋼鉄の武器を槍として、棘の道をタバサは進む。

 

 タバサの一言で以てサビエラ村を脅かせていた吸血鬼は永遠の眠りへと堕ちて行った。

 銃口からうっすらと立ち上る紫煙は双月輝くハルケギニアの夜空に溶け込み、紛れた。

 

 

 ▲

 

 

「………。」

 

 サウンドウェーブはブルブルと震えていた。無論、この震えは喜びから来るものではない。激しい怒りのあまり身体の制御をとることが出来ないからである。

 

 後背部に掲げられている鶴翼のような基幹部品が特徴的な知的金属生命体

『情報参謀』サウンドウェーブ。

 

 彼の全身は今燃え盛るような怒りで支配されていた。冷静かつ沈着、どのような時でも平静の態度を崩さない立ち居振る舞いは今にも崩壊寸前だ。理性と怒りが極限の所で鬩ぎ合いを演じている。

 

 どのような有事に直面しても激することなく、物事を理性的に対処できるディセプティコンのブレインポスト。

 機械よりも機械然としているサウンドウェーブだが、今の面貌からはそのような落ち着きは欠片も感じ取ることが出来なかった。傍から見ただけでも分かるほどの怒りがサウンドウェーブを支配している。

 

 冷静である彼がこれほどまでに怒りを露わにする。直面している現実をサウンドウェーブが受け入れることは天地がひっくり返ってもあり得なかった。

 

 

『お前らよく覚えておけ!!この私が!ディセプティコン軍団のニューリーダー、スタースクリームだ!』

『正式な手続きを踏みフォールン様より新しく軍団の統帥権をも頂戴した。証拠もあるぞ!!』

『ディセプティコン軍を統括するのはこの私だ!!いいか?!ほかの誰でもないこの私なのだッッ!!』

 

 

 サウンドウェーブの通信回線より甲高い耳障りな声が侵入していた。

 この回線はサウンドウェーブを含めた全ディセプティコンへと繋がっている。長々と演説は続いているが、ようするに自分は偉いからこれからは自分に従え、ということを手を変え品を変え主張しているにすぎなかった。

 

 既成事実を積み重ねることで、これまでメガトロンが持っていた軍団内での地歩を掠め取ろうとするスタースクリーム。メガトロンへ心酔しているサウンドウェーブがこの通信を切断しなかったのは、溢れ出る怒りのため、通信を切ることすら忘れていたからである。

 だが、冷静沈着なサウンドウェーブの堪忍袋も限界を迎えた。

 スタースクリームが発した次の言葉はそれだけサウンドウェーブを苛立たせたからだ。

 

 

『時代は新しい力を欲している!これからはニューリーダーである私が指揮を執る!』

『次世代に古い価値観古いリーダーは必要ではない!!最早ディセプティコンにメガトロンはいらないのだ!!』

『ワハハハハッッ!!!私の時代がやっと到来したのだッッ!ワハハ、ワハハハハハッッ!!!』

 

 

 ―――――ブチリ。

 サウンドウェーブの中で何かの回路が捩じ切れた音が木霊した。

 確かな知性と高い実力を備え、戦闘狂であるブラックアウトを圧倒できるほどの実力をスタースクリームは持っている。しかし、スタースクリームは姑息だった。決して自分から手を汚すような真似はせず、他人の手柄を奪い取り自らの失敗を誰かに押し付ける。実力を台無しにするその小悪党ぶりが祟って、ディセプティコン内におけるスタースクリームの人望は薄い。部下の数も少なくとてもディセプティコンのリーダーたる格を備えているとは思えなかった。そもそも何故メガトロンがこの小悪党をディセプティコン幹部の一員として加えているのか、サウンドウェーブは常々疑問に思っていた。

 

 メガトロンが居なければ大軍勢を誇るディセプティコン軍団は存在しない。欠点も多いがメガトロンは偉大なリーダーである。だからこそサウンドウェーブを始めとする多くのディセプティコンはメガトロンを崇拝した。そしてディセプティコン軍団は従来の欠点を克服し、オートボットを相手に終始優勢な戦いを繰り広げることが出来たのだ。

 

 それをこれまでメガトロンへ胡麻をすり、こそこそと動き回っていたスタースクリーム如きが蔑ろにする。メガトロンの莫大な恩恵と偉大さをよく理解しているサウンドウェーブには、耐えることの出来ない侮辱だった。

 

 

「――――――殺す。」

 

 

 柳眉を逆立てたサウンドウェーブは、サテライト型の身体を戦闘体系へトランスフォームした。大帝を侮辱する愚か者に捌きを与えるため、本拠基地へと向かっている。自分以外にもスタースクリームへ反旗を翻そうと画策しているものも大勢いるだろう、そのディセプティコンを束ねて戦陣を敷けば必ずスタースクリームを逃がさずに仕留めることが出来る筈だ。

 あの姑息な小悪党を確実に仕留めるためにはどのような陣を敷けばよいか、そう頭を巡らせていたサウンドウェーブに1通のメッセージが届いた。

 そのメッセージを読んでサウンドウェーブは本拠基地への進行を停止した。

 まるで熱波を和らげる打ち水のように、その文面はサウンドウェーブを落ち着かせた。

 

 

『ALL HAIL MEGATRON、this is not his Decepticons to rule. MEGATRON shall rise again.』

「偉大なるメガトロンに栄光を。ディセプティコンは奴の支配するものではない。メガトロンは甦る。」

 

 

 端的で素気のない文面。文面にある奴とはスタースクリームのことを指すのだろう。揺らぎのないメガトロンへの信奉をその端々から感じてサウンドウェーブは苦笑した。冷静沈着な、機械よりも機械然としているサウンドウェーブが笑みを浮かべたのは凡そ数百年ぶりのことだった。誰よりもメガトロンを崇めているとサウンドウェーブは自負していた。サウンドウェーブの中でメガトロンへの信奉は最早自然の摂理とまでなっているからである。だが、その信奉を忘れてはならないと、他者に窘められるとは思ってもみなかった。

 

 突撃隊長ショックウェーブ。

 サウンドウェーブと肩を並べるディセプティコン軍団の大幹部がその文章の送り主だった。独自に進められた交配の下、異常進化させた建設用ワームを用いて敵陣を縦横無尽に荒らし回ることを持ち味としている。メガトロンからの信頼も厚い、欠かすことの出来ないディセプティコン軍団の重要戦力だった。

 サウンドウェーブにとっては、どちらがよりメガトロンに貢献することが出来るかを争う競争相手の様な存在でもある。その競争相手から窘められてしまうとは。無骨でサウンドウェーブ以上に寡黙、かつ社交性の欠片も持っていないショックウェーブ。普段は苦手意識を持つ相手だったがこの時ばかりは、サウンドウェーブも好敵であるショックウェーブに感謝していた。

 

 

 まさか当の自分自身がメガトロンへの敬意を蔑ろにしてしまうとは。

 サウンドウェーブは自身を恥じ、そして再び大帝探索の任務へと着任した。

 

 破壊大帝が消えた、だから何なのか。何を心配する必要があるのか、自分が信奉している御方はあの破壊大帝メガトロンである。心配をする必要など何もない。サウンドウェーブは再び笑った。

 

 メガトロンは甦る。ショックウェーブの言うとおりだ。

 

 破壊大帝メガトロンは何度でも甦る。堅硬極まる装甲と無限の再生能力を併せ持つ。不死身を誇るそのメガトロンを殺し切ることは実質上不可能だ。どれだけ攻撃を受けようが、どれだけ反乱を企てられようと、メガトロンは全く意に介さない。

 その全て、尽くを破壊して頂きに君臨するのが破壊大帝メガトロンだ。何か心配をするだけ無駄である。何もせずとも破壊大帝は復活するだろう。何故ならば、死と破壊はメガトロンの本性そのものだからだ。心配することなど何もない。

 

 

 サウンドウェーブがすることは待つことだった。

 出来ることといえば復活した後、大帝に余計な面倒をかけることがないよう、ディセプティコン軍団をある程度までコントロールしておくことくらいだろう。情報参謀の二つ名を精々腐らせることがないようにしなければ。そう自覚するサウンドウェーブは戦闘形態を解除して再び軍事衛星に憑りついた。衛星隅々まで触手を這わせ、世界中の回線に潜り込む。地球上に待機しているディセプティコン軍への指示を出しながら、大帝探査の任務も忘れない。

 

 

 破壊大帝は甦る。自らの本懐を全うしながら、その時をサウンドウェーブは待ち続けた。

 鶴翼の様な基幹部品が特徴のエイリアンサテライトは変わることなく地球を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

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