二つの大切なもの。そのどちらかを選択しなければならない時、迷いなく選択できるものは殆どいない。大切なものを失う恐怖。本当に正しい選択なのかを疑う不安。大切なものを切り捨てる恐れ。それらの不安を考慮して、思考を深めゆっくりと選択を決定するものが大半ではないだろうか。そして自分にとってより大切なものを取捨選択する。それが普通の行動である。
だが、中にはそのどれにも当て嵌まらないものもいる。
どちらを選択するべきなのか、どれだけ煩悶を深め悩みぬこうと決められない。選択を受け入れられない弱さを持った者。メガトロンやルイズのように決断できる者がいるということは、反面その選択自体を放棄して諦めてしまう者がいることもまた道理だった。必然的に決断は様々な恐怖を伴っている。確固とした覚悟を固めなければその恐れに耐えることなど出来ないのだ。
「あぁ良かった~♪。ラヴィッジ~♪。」
復活したラヴィッジにルイズはじゃれついていた。触媒を使った修理も終え、健常へと復帰したラヴィッジ。全身に付いた傷は未だ生々しいが色を失っていた単眼が紅色に爛々と燈っている。全身の傷跡も時間の経過と共に自己修復が行われるだろう、鋼鉄の獣は強制されていた仮初の死から無事脱却することが出来た。
ルイズたちがタルブの村より学院へ帰還して既に二日が経過した。ラヴィッジの一刻も早い修復を望むルイズ。しかし、当初ドクターが予想していたダメージよりも酷い損傷がラヴィッジに残されていた。想定よりも修復に手間取らされ多量の時間を経ることになったが、それ以外の問題は発生せず無事躯体の修復は終了した。
そして、仕事が終わったと判断したドクターはそそくさとルイズの部屋を後にする
「ルイズ様も満足為されたようなので、俺はここで失礼いたします。」
「ちょっとまってドクター。貴方に聞きたいことがあるの。」
だが、窓から部屋を出ようとするドクターをルイズが引き止めた。
ルイズが普段ドクターやメガトロンの行動を制限することはない。ルイズと使い魔たちの関係は繊細で曖昧なグレーゾーンに保たれている。ルイズにとっても鋼鉄の使い魔たちにとっても現状の関係は都合がよかった。その曖昧な境界を何故かは不明だが、ルイズは踏み越えてきた。
「はぁ。何でしょうかルイズ様。」
「………その喋り方。辞めましょう?」
その都合がいい関係を踏み越えてまで聞きたいことがルイズにはあったのだ。ドクターが慣れない敬語を使いルイズに配慮している。その事実はルイズがメガトロンの記憶を持っていたから分かったことだった。つい昨夜もそうだったように数夜に一回の頻度で、ルイズはメガトロンの記憶を追体験していた。ルイズの知っているドクターはメガトロンの記憶にあるドクターの姿と大きく異なっていた。それこそ、メガトロンを敬うようにドクターはルイズを丁重にもてなしていたのだ。
何故ドクターはここまで態度を軟化させて自分と交流しているのか。その理由がどうしても判然とせず、ルイズはドクターを呼び止めたのだった。
反則同然のウルトラC。まさかドクターもメガトロンの記憶から遡ってその内実を探られることになるとは夢にも思わなかっただろう。故にドクターも最初は恍けた態度をとっていた。キュルケやタバサ。ドクターが平時の態度を露わにした相手にはルイズに露見することがないように確りと言い含めてある。周囲への警戒も万全。ルイズに分かるわけがないという思いから、その場を有耶無耶にしようと見込んでいたようだ。だが、ドクターに搭載されたセンサー群がルイズの確固とした疑念を感じ取った。この場を有耶無耶にして抱かれた疑念を躱し切ることが敵わないと知った時、ドクターはその本来の態度を表出させた。
「よく分ったな。てめぇみたいなボケナスに見破られるとは思わなかったぜ。何でわかったんだ。」
「……そんな下手な敬語を使われれば幾らなんでも分かるわよ。」
豹変したドクターはルイズへの蔑視を隠さない。醜い言い訳をしない様子は寧ろ潔かった。そもそもドクターは有機生命体に対する敬意など欠片も持っていない。短命で蒙昧。貧弱で原始的。そのような有機生命体と真面に付き合うことなど本来はありえないことだった。特別な理由がなければルイズとの交流すらドクターは拒絶していただろう。
ばれては仕方がないと開き直ったドクター。有機生命体である自分に対するドクターの率直な見下しを受けて、ルイズはやや強気になってしまった。ドクターへの質問をしたこの機会を利用して、メガトロンの記憶に関する相談をルイズはするつもりだった。だが、ボケナスという蔑称を受けてルイズの中から持ち前の反骨心が頭を見せる。貴方の偽りは御見通しよ、という強気の態度が理性に競り勝つ。意図せずに見栄を張ってしまう自身の幼さに溜息を吐きつつ、ルイズは話を進めた。
「ねぇドクター。貴方は何でわざとらしい敬語を使ってまで私に気を使っていたの?」
そうしてルイズは疑問を投げかけたがドクターはルイズの質問を一顧だにしていなかった。そのもの自身の中に積み重なった鬱屈を発散するようにしてドクターは苛立ちを露わにする。その苛立ちはドクターがこのハルケギニアに召喚されてより堆積した疑問の山だった。
「てめぇだ。てめぇ何だ。てめぇは一体何者だ?」
それはドクターが抱いた心からの疑問だった。そしてルイズに敬語を使っていた唯一にして絶対の理由でもある。
「てめぇみたいな下等な有機生命体が何でメガトロン様を従えている?どういう絡繰りを使いやがったんだ?幾ら記憶を喪失しているとはいえ不自然すぎる。回復することのない記憶領域も不自然だが、それよりも万倍は可笑しいぜ。あのメガトロン様をだぞ?そこら辺にいる有象無象の金属生命体じゃねえ。全宇宙最大のディセプティコン軍を統括する破壊大帝だぞ?!死と破壊を司る本物のメガトロン様だ!!。あのメガトロン様を使役する。それがどれだけとんでもないことなのかお前は分かっているのか?!下等な有機生命体如きがメガトロン様を使役するだなんて天地が引っくり返ってもありえねえ事柄だぜ。」
下等な有機生命体が破壊大帝を使役する。その事実は高度な知性を持つドクターでも解析できない程異常だった。ドクターが平時の態度を隠してルイズに迫ったのもそれが理由なのだろう。それほど異常な事態を引き起こした元凶が一介の下等な有機生命体だった。その事実を知ればドクター自身が自分でその有機生命体を調べようと思うのも自然な物事の成り行きだ。このような過程を経たからこそ、鋼鉄の使い魔を引き連れる可憐な少女という構図が成り立ったのだ。
ドクターの疑問がルイズには痛いほど察せられた。その疑問は常々ルイズが抱いているものであるからだ。真面な魔法も使えない自分が何故メガトロンを召喚できたのか。そして自分はメガトロンに釣り合うだけの器量を持っているのか。その答えは何か、ルイズにはまだ分からない。だが、このような焦燥にも似た強い疑問が一つの要因になったからこそ、苦しい訓練をルイズはここまで継続出来たのだった。
「まぁもう全部が終わったことだ。メガトロン様を使役するてめぇが何者なのか、時間をかけて見極めるつもりだった。だが、もう関係ないことだ気に病んでも無駄だな。」
うん?、とルイズの中で疑問が燈った。突如出現した意味の通じないフレーズ。全部が終わるとはどういうことなのか、そうルイズが問質す前にドクターは独白を続けた。最早目の前にいるルイズすら見ようともしていないようだ。黙々と自分の中に燻る物悲しさとドクターは折り合い続けた。
「俺は別にこのままでも構わねぇと思ってたんだよ。この辺境の田舎星で、メガトロン様が使命を忘れたままのんびりと過ごす。記憶を失くしたといってもメガトロン様はメガトロン様だ。運命がそうするように何時かはまた戦場へ戻らなきゃならねぇ。どんなに長く見積もっても休める期間は数百年。たったそれだけだ。そんな大したことのねぇ 休息位問題ない。誰も目をかけることがない寂れたこの場所でメガトロン様に休息を取らせる。それも悪くないと思ってたんだ。闘って闘って闘って、戦場に戦場を渡り歩くメガトロン様に誰が休息を与えてさしあげられるんだよ。俺しかいないじゃねえか。俺以外の誰がやるんだ。」
メガトロンは一体どれだけの長い間を闘争に費やしてきたのか、と驚愕するルイズ。そのルイズを余所に自分の腹積もりが崩れた不満をドクターはぶちまけた。メガトロンへ忠誠を誓っているドクター。ドクターはドクターなりにメガトロンを敬い、そして慮っているのだった。メガトロンにもし記憶が残っていればルイズに使役される現状はありえない。だが、今のメガトロンに記憶はなく、メガトロンを慮るドクターにとって記憶の失われたメガトロンは渡りに船だったのだろう。このまま上手くいけばメガトロンにも健やかな休息が待っていたのかもしれない。ルイズはまだ知らないがその未来も最早失われてしまったのだ。
「メガトロン様は騙られてるんだよ。掌の上で転がされているメガトロン様はこれ以上見たくねえ。故郷への思いを利用されてひたすらに戦い続ける姿は見るに辛すぎる。」
また意味の通じない単語が現れた。掌の上で転がされるメガトロンとはどういうことだろうか。メガトロンが自身の故郷の為に戦っていることはルイズも知っていた。だが、メガトロンの故郷への思いを利用するとは何を意味しているのだろうか。メガトロンを使役するルイズには言えたことではないが、何者かに利用されるメガトロンなど俄かには想像し辛かった。
そして、ドクターは忌々しげに積年の恨みを込めて言った。
それは、メガトロンへ忠誠を捧げるドクターだからこそ抱いた憎しみだった。
「………あいつが、………来る。」
「………あいつ?」
ルイズの背中を一筋の冷や汗が伝った。
これ以上その先を聞いてはいけない。瞼を閉じて耳を塞いで危機が過ぎ去ることを待とう。その先は危険すぎる、とルイズの直感が警報を発していた。狂ったように喚き続ける警報のアラーム。湧き上がる心の怯えを何とか噛み殺し、ルイズは続けられるドクターの言葉に耳を傾けた。
「てめぇらが『竜の顎門』って呼んでいたオブジェ。あれはただのオブジェじゃねぇ。アンカーポイントっていう緊急時用のマシーンだ。空間に座標を打ち込み今いる地点を送信する。送信設定はディセプティコン軍に定められていた。アンカーポイントを作ったのは間違いなくディセプティコン軍に属した金属生命体だ。数少ない部品を無理やり利用したんだろう。随分と粗雑な造りだったが、まぁ機能自体に問題はなかった。軍団を呼び寄せる意図はなかったが、もうメガトロン様が起動させちまったからな。今更マシーンを破壊しても無駄だぞ。座標は既に送信済みだ。マシーン自体は俺が止めたし、コアとなっていたエネルゴンは修復用の触媒としてもう使っちまったからな。今は文字通りただのオブジェだ。ガラクタ同然、放っといても自然と壊れるだろ。」
いよいよドクターの言っていることがルイズには分からなくなった。ドクターとルイズが有する知識の間に無視できないほどの隔たりが生じたのだろう。ルイズの中にメガトロンの記憶があることをドクターが知らないように、ルイズが知らないドクターだけが知り得る情報もまた存在するのだった。
ドクターも会話に付いていけないルイズの困惑を既に感じ取っていたのだろう。会話の噛み合わせに生じた齟齬を解消するため、ルイズが意を決してドクターに説明を求めようとした時だった。ドクターが何かをルイズに放り投げた。慌ててドクターが投げたものを掴みとるルイズ。それは三角形の形を持った何か。随分と小さいがメガトロンやドクターと同様の金属的異物だった。
「けッ。直接俺が言うよりもてめぇの眼で確認したほうが早いだろ。所々データは破損していたが読める部分だけを抽出してあるからよ。前もってこっちの言葉にも変換してある。勝手に読みやがれ。」
ドクターがルイズに渡したものは特殊な記録媒体だった。三角型の異物が微細に震え、起動する。仄かに青い明滅を繰り返す金属質のボディは直接視認できない程の強い光を放射した。その場に投影された精細な3Dホログラフ。眩い光と共に現れた文字列にルイズは釘付けにならざるをえなかった。部屋一面に浮かび上がる克明な記録。絞り出されるようにして紡がれた告解は、杖を捨てた過去を話すオスマンの姿をルイズに思い起こさせた。
それは一人の金属生命体が綴った懺悔の記録だった。
▲
<××××××>
惑星移動途上に未知の時空嵐に巻き込まれた。機体の制御を維持することが出来ない。一体この時空嵐は何だったのか、まるで異常だった。航行中の機体統制の大半を失い、そうして俺は未知の惑星へと墜落した。
周囲を残存したセンサー群でスキャンする。確認した結果によれば機械文明が発達していない未開の星であることが分かった。原住生命体の集落を見ることが出来る。下等な有機生命体のコロニーだった。傷ついた身体を引き摺り近くの森へと身を隠す。
俺が航空していた領域では、あんな生物の存在など確認されていない。つまり、俺の知っている座標とは全く違っているということか。俺は愕然とした。あの時空嵐は座標を歪めるほど強力だったらしい。差し詰め巻き込まれた俺を何処か違う場所まで転移させてしまった、ということだろう。
墜落を余儀なくされた影響で防御モードをとる間もなく、俺は地面に叩きつけられた。機体の損傷が酷い。果たしてこの損傷でどれだけ活動を存続することが出来るか、不安に駆られてしまう。一抹の望みだった機械文明の存在も確認することが出来なかった。躯体の修復を期待することは出来ないだろう。希望は何処にも見当たらない。
恐らく俺はこの未開な星で死を迎えることになるのだろう。
だが、偉大なるディセプティコンの名誉を気付付ける訳には行かない。課せられたシーカーとしての責務は果たさなければならない。不幸中の幸い、この星は求めていた生贄に最適だ。燃え盛る恒星との距離も適性。この地にグレート・マシーンを築けばエネルゴンの結晶であるマトリクスを獲得することが出来る。原住生命体を尊重するオートボットでは何億年かかろうが為し得ることが敵わないだろうが、我々ディセプティコンは違う。どれだけの犠牲を払おうがサイバトロン星の復活は必ず成し遂げてみせる。我らが故郷を復活させるためであれば、在住生命体の命など些末なことだ。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
下等な有機生命体である現地生命体と交流を結ぶことに成功した。他のディセプティコンが聞けば大笑いされてしまうだろうが、本当だ。そして、俺の中にある一般的な感覚が揺らぐことになってしまった。
墜落した後のこと。森の中を移動して俺は古びた建物を見つけた。損傷の酷い躯体を引き摺りながらだったのでかなり大変だったが、センサー群に映し出された幽かな反応元を見つけることが出来た。
旧型の飛行機械だった。旧型だったが、よく観察すれば無駄の省かれた機能的な構造をしていることが分かった。
その飛行機械を見つけて俺は本当に安堵した。これもきっとサイバトロン星の神の思し召しだろう。何とか助かることが出来た。この機体を使って損傷を改善すれば今しばらくは命を繋ぐことが出来る。見事な構造を持ったこの機体。可能であればエネルゴンを使って進化を促しディセプティコン軍の仲間としたいくらいだ。だが、現状は無理だ。自分の命には代えられない。そうして飛行機械を解体し自分の身体に組み込むことで、俺は何とか命を繋げることが出来た。
この古びた建物を塒として活用しようと思ったとき。一匹の有機生命体と出遭った。アマダシローという個体識別ネームをもっているそうだ。アマダと俺との出会いは必然だったのだろう。アマダの存在が俺を救ったようなものだ。
俺は当初アマダを殺すつもりだった。警戒されて他の有機生命体を呼ばれては面倒なことになる。損傷した身体は応急処置程度の治癒しか行えなかった。この飛行機械を身体に組み込むことで幾許かの猶予を獲得したが、それは仮初だ。一時的なものにしか過ぎない。何れ俺が死ぬことには変わりない。シーカーとしての責務を終える前に死ぬわけにはいかないのだ。それを下等な有機生命体の群れに邪魔されるわけにはいかなかった。だが、修復を終えたばかりの身体は動きが鈍い。全身へ命令を送信する経絡路、その接続が悪化していた。アマダに見つけられても俺は身体を動かすことが出来ず、自然アマダと向かい合うことになった。そのアマダは最初俺を訝しんだ様子で見つめていた。それも当然だ、下等な有機生命体にとって金属生命体の高次さが理解できるはずもない。俺は自身の任務失敗を覚悟した。
だが、そうはならなかった。
正直、驚いた。アマダは驚きも怖がりもせず、俺を心配してきたのだ。息も絶え絶えでやっとの所で命を繋いでいる無様な俺の身体。その惨状を見て配慮をしてくれたのかもしれない。俺の提案をアマダは首肯して受け入れてくれた。俺の存在がアマダ以外の有機生命体に露見することは避けられ、俺は任務を続行することが出来た。下等な有機生命体に助けられた、という事実は苛立たしいが助けられたことに変わりはない。感謝しなければならないだろう。アマダの胆力と種族の違いを超えて配慮をしてくれたその慈悲深さに。
有機生命体にも話が通じる個体がいる、その事実が俺にとって一番の驚きだった。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
アマダとの交流が進む中で様々なことが分かった。アマダも俺と同じ異なる場所からやってきた漂流者であったのだ。時空嵐だった俺の場合と異なり、アマダは日食に突っ込んでこの惑星に辿り着いたらしい。もし躯体が健常であれば日食への進行を試みたいと思ったが現状では不可能だった。この情報が本当なのかどうか判然とはしない。センサー群が健在であれば判断することも出来るが今は出来ない。仮にそれが本当であるならば、同じ不遇を託つものとしてやや親近感が増したように思う。このアマダは俺を見ても恐れない豪胆さや思慮に富んだ落着きを持っていた。下等な有機生命体という一律の蔑視は改めねばならないだろう。反省しなければ。
そして俺は幸運だった。アマダ以外の原住生命体に見つかっていれば俺の任務は確実に失敗していただろう。俺の身体と飛行機械のパーツ。その二つを使えば何とかアンカーポイントを設置することが出来る。俺が死ぬまでにシーカーとしての責務を果たせる。それまでの猶予をアマダのお蔭で獲得することが出来た。
座標位置を打ち付けるということはこの惑星をディセプティコン軍に知らせるということだ。自然アマダもその他の有機生命体コロニーの連中もその命を散らせることになる。アマダの好意を利用して無碍にする形になるが仕方がない。惑星サイバトロンの復活のために僅かな犠牲を惜しむわけにはいかないのだ。我々ディセプティコン軍は夥しいほどの犠牲を払ってきた。今更後戻りすることなど出来ないのだということを自覚しなければならない。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
アマダ以外の有機生命体に気取られることがないよう、注意を払う。アンカーポイントの設置は内密にしかし、迅速に行わなければならない。いくらアンカーポイントが単純な構造をしているといっても使用できるエネルゴンやパーツに余裕は無い。俺に残された命脈も余り多くないのだ。そのことを努々自覚しなければ。
他の有機生命体への注意を払う日常。アンカーポイント作成の合間を縫って、俺は有機生命体のコロニーを観察した。文明水準が低ければここまで苦労しなければならないのか。有機生命体たちが厳しい環境の中で必死に農地を耕している様子を見て俺はそう思った。機械文明どころか、鉄製農具の普及すら進んでいないようだ。木製の農具では大した作業効率は挙げられない。だが、それでも有機生命体達は懸命に頑張って働いていた。
あのアマダもそうだ。誰よりも必死で歯を食いしばって働いている。厳しい環境に対して諦めず果敢に立ち向かう姿は歴戦の勇者のようだ。やはり下等な有機生命体という一律の蔑視は改めねばならないだろう。その認識は彼ら有機生命体に対する侮辱になってしまう
。我々ディセプティコンは金属生命体を至上と扱うが、それでも勇気溢れる他の種族を馬鹿にするようなことはしない。それがディセプティコン軍本来の誇りのはずだ。ディセプティコンの大半を占めるならず者が軍団の悪評を広めているが、元々持ち合わせていた軍団の誇りはより高潔で尊かった筈だ。現在地も分からない惑星で、そして下等に見ていた有機生命体から我々ディセプティコンが持つべき尊い誇りを再認識させられるとは。全く以て皮肉でしかない。俺は深く反省し、この事実を肝に銘じた。
ふとした思いつきでアマダに改良した農機具を渡してみた。これで農作業が楽になる、と喜んでくれた。アマダは俺に感謝をしたが、感謝の言葉を贈りたいのは俺の方だ。ディセプティコンが持つべき尊い誇りを思い出させてくれたのだから。感謝してもしきれない。誇りの尊さは金属生命体も有機生命体も変わらないのだ。そのことを俺は見下していた有機生命体から学んだ。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
随分と悪いことをしてしまった。俺が組み込んだ飛行機械はアマダにとってとても大切なものだった。アマダにとっては魂の片割れといってもよいものだったらしい。その魂の片割れを俺は分解しパーツとして利用してしまったのだ。だが、アマダは気にしていなかった。飛行機械を身体に組み込むことで命を長らえることが出来たのであればそれでいい。このまま異世界で放置して腐らせるよりはましだ、そう言ってアマダは笑って許してくれた。その微笑みは恐らく嘘だろうセンサー群が失われていてもそれ位は分かる。俺を気遣って無理やりに笑みを浮かべているだけだ。
違う惑星に飛ばされた不遇の者同士、互いに助け合うことが大切だ。大切な友人が助かってよかったよ、と言ってアマダは俺に微笑んだ。
正直に言えば俺は戸惑ってしまった。アマダは俺を友人として見ているらしい。たかが有機生命体が何様のつもりだ、という気持ちは勿論ある。だが、死にかけている所をアマダに助けてもらったことやアマダの慈悲に俺が甘えてることも間違いのない事実だった。時空嵐に巻き込まれ見も知らない惑星に墜落した。そうして俺は一人になってしまった。その孤独さが俺に影響を及ぼしたのかもしれない、アマダから友人として扱われることを俺は自然と受け入れてしまった。心の何処かでアマダに対する親交を抱いてしまっている。アマダの慈悲深さや内面は間違いなく尊敬に値する。矮小でちっぽけな有機生命体であるにもかかわらず何故そのような性格を築くことが出来たのか、不思議でしょうがなかった。
アマダ程の素晴らしい性格を持った有機生命体はどれほど存在するのか気になった。もし、アマダの性格がアマダだけのものではなくごく普通の一般的なものだとしたら、俺は湧き上がる恥ずかしさを抑えることが出来ないだろう。何が高次な金属生命体だ。何が下等な有機生命体だ。見下していた種族が自分たちの種族よりもずっと誇り高く寛容だったなど、ただの悪い冗談だ。恥ずかしすぎて笑えない。
ふと俺は疑問に思ってしまう。アマダのような成熟した性格を備えたディセプティコンがどれだけいるだろうか。有機生命体を下等に見る我々がアマダほどの器量を持ち合わせているのか。当て嵌まる該当のディセプティコンが直ぐ脳裏に浮かばないことが哀しかった。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
夕焼けに凪ぐ草原で自分の子供の話をするアマダは朗らかで生命としての尊厳に溢れていた。何てことだろうか。アマダの微笑みが心に痛い。その慈悲深さが眩しくて仕方がない。俺はお前の魂の片割れを使ってこの惑星をマトリクス精製の生贄に捧げようとしているというのに。アマダの好意に付け込んで俺は一体何をしている?。彼ら有機生命体を殺す算段を着々と組み立てているではないか。それが、それがディセプティコンの誇りと言えるのか。俺が心がけるディセプティコンの在るべき姿は何処へ行ってしまった。相手の好意に付け込み利用し、裏で破壊工作を仕組むなどあまりにも卑劣すぎる。それは俺の目指したディセプティコンの姿では断じてない。
もうすぐアンカーポイントも完成する。課せられたシーカーとしての責務を果たすことが出来る。だが、アンカーポイントが完成した時、俺はマシーンを起動できるのだろうか。課せられたシーカーとしての責務と彼ら有機生命体を天秤にかけて俺本来の使命を選択することが出来るのか。有機生命体である彼らはただ普通に穏やかに暮らしているだけだ。純朴で健やかな彼らの生活を踏み拉くことが俺に出来るのか?
完成するまで僅かだが時間は残されている。それまでに結論を出せばいい。今はまだ、明確な決断を下すことが出来ない。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
命を救ってくれた恩人を裏切り、その慈悲深い心に付け込み利用し、健やかに懸命に暮らしている彼らを命の恩人諸共生贄として捧げる。そのようなおぞましい行為に手を染めるものがいるとすれば、それは恐らく畜生以下の唾棄すべき存在だ。
俺にそれが出来るのか。この身を畜生以下にまで貶めてまで課せられたシーカーとしての責務を果たすことが出来るのか。それが、俺の目指していたディセプティコンの姿か。俺が迎える末路はこのような畜生以下の無残なものなのか。彼らが武器を以て俺と対峙してくれればどれだけ楽になることが出来るだろうか。正当な戦いを超えた果ての結末であれば俺も覚悟を決められる。
だが、何も分からないものの良心を利用して破滅させるなど邪悪そのものではないか。彼らに露見することがないよう気を張っていた俺の注意深さが今になっては呪わしい。密やかの内にアンカーポイントは完成した。故に、その展開も最早起こりえないが。俺に残された時間は殆どない。早く結論を出さなければ。
シーカーとしての責務は大切だ。ディセプティコンの偉大な歴史に泥を塗る訳には行かない。この使命は絶対に果たさなければならない。サイバトロン星の復活。そのためにはどうしても大量のエネルゴンが必要となるのだ。恒星を利用してマトリクスを精製すればその悲願達成まで大きく前進することが出来る。
だが、そのために無辜の彼らを犠牲にすることが俺に出来るのか。多大な恩のあるアマダを欺いてこの手にかけることが俺に出来るのか………。こうして考えている間にもアマダや健やかに暮らしている彼らの笑顔が頭を過ぎる。気が狂ってしまいそうだ。しかし、狂う訳には行かない。逃げる訳には行かない。選択して答えを導き出さなければ………。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
俺は如何すればいい、分からない……。
偉大なるサイバトロン星の神に栄光あれ。
<××××××>
……父よ、……母よ、不甲斐無い俺を許してほしい、愚かな俺を許してほしい。……偉大なディセプティコンの歴史に泥を塗ることになってしまった。だが、不思議と後悔はない。……何故だろうかそれすらも俺には分からない。……俺にはもう思考する気力すら残されていない。……リミットが来てしまった。俺はもう間もなく死ぬ。……エネルゴンが尽きかけて最早身体を動かせなくなってきた。
俺は結論を神に委ねることにした。
俺自身の身体をアンカーポイントへ組み込むことで、アンカーポイント内に巡る最低限のエネルゴン量を確保する。そうすることで俺の中にあるエネルゴンが核となり、超長期に渡るマシーン機構の保持が可能となる筈だ。……俺が死んだあと、この惑星がどうなるのか、マシーンが誰の手に渡るのか、彼らの平和な暮らしがどこまで守られるのか、……俺の与り知らない所で全てが定められてしまうのだろう。……それでいい。……それが俺にとってお誂え向きの結末だ。
俺に代わって神が定められるべき結末を決めてくれるはずだ。俺如きが考慮していい領域ではない。……俺は捨てることが出来なかった。シーカーとしての責務を、健やかに暮らす有機生命体の彼らを。どちらかを選んで切り捨てるなど。……俺にはどうしてもできなかった。……何と薄弱でだらしがない結末だろうか。……ディセプティコンの風上にもおけない軟弱さだ。……それでも俺にはどうしても選べなかったのだ。
アマダシロー。未知の惑星で出会った同境の漂流者よ。俺の掛け替えのない友よ。ありがとう、そして済まない。託したマシーンの保持を頼む。最後の最後まで他ならないアマダの慈悲に甘える結果となってしまった。結局別れの言葉は伝えられなかったな。それだけが心残りだ。偉大なるサイバトロン星の神に祈る。その御威光によって様々な災厄から健やかで誇り高いアマダ達を守ってくださるように。
俺の名はジェットファイア。ディセプティコン軍に所属する特殊潜行兵。惑星探査の任を課せられたシーカーだ。
ここに記録を残す。この惑星へ墜落してからの俺の全てがここに記載してある。……本来であればこのような記録など残すべきではないのだろう。だが、……俺は選択することが出来なかった。……選択して切り捨てることに耐えられなかった。この記録を残すことが俺に出来る最後の足掻きだ。この記録を読んだ者よ。名も知れぬ者よ。この記録が誰かの選択の助けとなることを願う。それが俺にとって小さな心の拠り所になるからだ。弱い俺でも、これまでの無様な軌跡を残す羞恥に耐えることは出来る。名も知れぬ者よ、どうかその良心を働かせて選択をして欲しい。始りの災禍。全ての始まりは常にこちらを見て闇への手招きをしているのだということを忘れないでくれ。
決してこの惑星が、墜落せしものへ知られてしまうことがないように……。
▲
記録を読み終わったルイズの中でパズルのピースが音を立ててくみあがった。全てが一つに繋がる感覚。明快で何処までも残酷な結末がルイズの眼前に広がっていく。何故シエスタの説明がここまで気にかかっていたのか、判然としなかったその理由が今やっとルイズにも分かった。
全ては一切の齟齬もなく自然の顛末がそこにあったのだ。
空を飛ぶ道具
鉄の塊だった羽衣
何時の間にか現れていた竜の顎門
竜を模したオブジェ
異世界
消えてしまった友人
信じられない
ピースが組み合わさり形作った一つの絵図。それはこのハルケギニアにとって最悪の結末だった。
この場合一体誰に過失があったのだろうか。ハルケギニアが崩壊する原因は誰にあったのだろうか。選択を放棄したジェットファイアか、祖父の思い出を説明したシエスタか、メガトロンを召喚してしまったルイズか、自身の失われた記憶を求めるメガトロンなのか。メガトロンを止めることが出来なかったドクターか。それは誰にも分からない。
だが、一つだけ確実に予期されることがある。それは、このハルケギニアにおぞましい災禍が降り注ぐということだ。恒星の消失、ハルケギニアの崩壊は絶対運命として定められた。それを回避することなど叶わない。人々はただ逃げ惑い自身の無力さを呪い、絶対の力に踏み拉かれるだけだった。
導かれた答えの果てをルイズは見た。
全ての始まり、暗やみのしじま。堕ちた反逆の徒。闇へ手招きをする災禍の根源その姿を。
「………フォールン。」
呟いたルイズの全身を慄然が襲う。メガトロンの記憶を持つルイズであれば分かる。そのおぞましさや恐ろしさが手に取るように理解できた。背骨に氷柱を詰め込まれたような怖気、全身の肌が泡立ち意識が遠のきそうになる。有するメガトロンの記憶で見た、あの災禍がここハルケギニアへとやってくる。その事実はルイズを絶望させるに十分すぎるほど残酷だった。固めた覚悟が融解し、根元から折れそうになる。あの恐ろしい面貌をみて平常を保つことが出来るものなど存在しない。先程からドクターが何度も終わりだ、といったことも頷ける。終わりだった。このハルケギニアは崩壊するのだ。その事実を知って呆然と立ち尽くすルイズ。
血相を変えたキュルケが部屋に飛び込んできたのは、そうしてルイズが絶望の闇を漂っている時だった。