ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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第三十六話 目覚め

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 ルイズが認知する裏でのこと。メガトロンはトリステイン各地にインセクティコンを始めとする幾つかの斥候を放っていた。数多の謀略活動を行うためには各種様々な情報に精通している必要があるからである。物資の移動・生産、資金の流れ、それに付随した複雑に絡み合う貴族間の人間関係等々。多種多様な情報が、自らの手足であるインセクティコンや飼い馴らし部下とした人間を通じてメガトロンへと送られていた。送られてきたそれら各地の情勢と有り余る財力。それらの下地を元にすることでメガトロンはトリステイン各地に強力な罠や謀略を張り巡らせていた。

 

 記憶を失おうともメガトロンはメガトロンであるが故に、自身以外の他の存在を支配せずにはいられないのだった。

 

 それらの謀略活動はそのものが呼吸のように自らの内から発露した自然な行動である。無暗な殺傷を禁止したルイズの命令には従っていたが、その命令に含まれていない領域にまで配慮する必要もまた何処にもなかった。下された命令に合致する範囲内においてメガトロンは自身の奸智を思う存分に発揮した。脅迫と懐柔。飴と鞭を適切に使い分けるえげつのない交渉術。有り余る財力や優秀な手足の働きもあり、破壊大帝の奸智は思う存分に披露された。そうしてルイズの知らぬ間にメガトロンはトリステイン内において自らの地歩を着々と築き上げることに成功したのだった。

 

 

 だが、そのメガトロンが何故此度に行われたアルビオン軍の侵攻を察知することが出来なかったのだろうか。そこにはメガトロンが様々な情報に精通するからこその弊害があった。

 

 

 メガトロンがトリステイン各地の情勢に対して通常ではありえない程に詳細なことが裏目に出た、という側面もあったのだろう。アンリエッタ姫殿下とアルブレヒト三世との婚姻に参列するため、という名目で新生アルビオン王国は軍を展開した。だが、その内実を知っていたが故にメガトロンの初動は遅れてしまったのだ。浮遊大陸から移動する戦列艦の数が婚姻に参列するにしては随分と多かったことも、建国したばかりの国家が周辺諸国に対して行う示威として見逃してしまう。上辺だけを見れば、新生アルビオン王国側が行った偽装工作にまんまと欺かれてしまったことになる。奸智に長けるメガトロンにとってそれは本来起こりうる筈がない致命的な失敗だった。

 

 そして、もう一つ忘れてはならない決定的な理由があった。

 メガトロンが判断を見誤ることになった主要因。それは、メガトロンの得ていた情報に故意にノイズが混入されていたことである。

 

 

 

「………………。」

 

 

 ルイズを乗せたエイリアンタンクが目的地へと向けて高速飛行を続けていた。この速度のまま向かえばものの十数分でタルブの村に到着するだろう。武骨なフォルムのエイリアンタンクはまんまと欺かれたことへの激情を抱くことはない。金属生命体であるメガトロンは極めて合理的な存在だ。決して慌てることなく飛行を続け、高く買い取らされた借りを返すために必要となるオプションを黙々と練るだけである。

 

 

(…………何故だ。…………この俺様が心を震わせる? くだらん。そのような理由などどこにも存在していないではないか。)

 

 

 暫くすると偵察任務に先行していたスコルポノックから目的地途上を飛行するメガトロンへ報告が送られた。スコルポノックに搭載されている各種センサー群が掻き集めたデータ塊。それら詳細なデータはタルブの草原がおかれている現状を正確に表していた。その無残極まる成れの果ての光景がメガトロンの脳裏には克明に浮かび上がった。メガトロンは自分自身でも驚いていた。タルブの村の実態を把握したメガトロンは自らの胸の中がざわつくことを自覚していたからだ。本当に僅かで微かなものだったが、それは確かな怒りの感情だった。

 

 

『メガトロン様にもこの景色を一度見てもらいたかったんです。』

『とても綺麗ですよね。草原が細やかな光を反射して波間のように揺らめいている。私はこの光景が大好きなんです。心がどれだけ苦しくても辛くなっても。このタルブの景色を思い出せば元気が湧いてくるんです。』

『苦しくても辛くても、どんな時でもタルブの草原は何時でもメガトロン様の傍にいて、メガトロン様へ活力を与えてくれるはずです!! タルブの草原は何時でもメガトロン様の味方ですから!!』

 

 

 不意にシエスタの言葉が瞼に浮かんだ。何故このタイミングであの夕日に彩られた美しい草原を思い出してしまったのだろうか。まるで馬鹿げたことだとメガトロンは心の中で首を振った。小さな有機生命体などメガトロンにとっては路傍の石刳れと同じ。何の意味も価値も持ち合わせていない。それなのに何故どうでもよいことだとシエスタの言葉を一蹴することが出来ないのだろうか。シエスタの浮かべた健気な笑顔と尊さ、魚影のように煌めく美しい草原の光景がメガトロンの脳裏にちらついて仕方がなかった。

 

 

「(――――全く下らない。俺様はどうかしてしまったのか。)」

 

 

 ちっぽけな有機生命体に自らの心を翻弄されるなど、メガトロンにとっては起こりえないことである。死と破壊を司る破壊大帝。その本性は記憶を失おうとも変わることはない。残虐かつ狡猾。ディセプティコンを統括し全宇宙から畏れられるメガトロンが、ちっぽけな有機生命体のことを思って心を乱すなど本来では起こりえない筈なのだった。

 

 

「(メガトロン………?)」

 

 

 コックピットに乗っているルイズもメガトロンの戸惑いを感じていたのかもしれない。メガトロンのゆらぎを自分の掌から伝わる感覚の変化で察知していた。何が原因でメガトロンの雰囲気が変化したのだろうか、と考えるルイズだったがその原因は考えるまでもなく分かることだった。次から次へと止め処なく悪い予感が思い浮かんでしまうのでルイズは唇をつぐんでこれから待ち受けるであろう凄惨な光景に対して腹を括った。

 

 次第に見えてきた立ち上る黒煙の筋。幾本もの黒煙が視界の遥か先で空を支えている。他にも旗艦レキシントン号を中心としたアルビオン軍戦列艦がその物々しい偉容を誇示していることがこの距離からでも見て取れた。戦列艦の監視を逃れるようにぐるりと周回した後にタルブを視界に納めると、その光景が広がっていた。果たしてその光景はルイズが想像した通りの、否さそれ以上の凄惨なものだった。

 

 

「――――ひどい。幾らなんでも酷過ぎるわ。これじゃあもうタルブは…………。」

 

 

 美しいタルブの村は最早何処にもありはしなかった。そのあまりの有様にルイズは二の句を継ぐことが出来なかった。皆すべてが破壊され火をかけられ健在な建物など一つも残っていない。何か金目のものがあれば、兵士たちの欲求を満たすことで少しは被害を抑えることも出来たかもしれない。だが、タルブは貧しい村である。目ぼしいものが何も見つからなかった腹いせだろうか、まるで鬱憤を晴らすかのように徹底した凌辱が行われていた。被害は建物だけでなく村の住人にも及んでいた。背後から切り裂かれた男の死体。裸に剥かれて嬲り殺された女の死体。焼け焦げ赤黒い肉塊と化した老人と子供の死体。破壊された建屋だけでなく、老若男女を問わない人々の死骸が其処彼処に転がっている。逃げ遅れたのだろう彼らはアルビオン軍による容赦のない蹂躙の餌食となっていた。

 六万の陸軍を相手に武器も持たない人々が何かをできる訳もない。逃げ遅れたから死んだ。唯それだけの当然の結果でもあった。

 

 

「…………。」

 

 

 コックピット前面のフロントガラスに置かれたルイズの指先は込められた力の強さから白く変色していた。幾ら前もって腹を括っていても抑えられない激情が眼窩に燈る。目の前に広がる光景は決して許容することが出来ない悪徳そのものだった。眼下に広がるその光景を見て、ルイズの中で激しい憎しみが沸きあがった。全身が炭化するような燃えさかる憎しみの炎。ルイズは貴族である。国家を背負い国民を守る義務をその身に背負っているのだ。その身に抱く怒りもより一層激烈なものになった。

 

 

「――――許せない。絶対にこのままじゃ終わらせない!」

 

 

 美しいタルブの草原を蹂躙し、タルブの村で暮らしていた無辜の人々を犠牲にしたアルビオン軍たち。戦争とは全く関係のない民間人を餌食としたそれら無法者たちには敵軍という位階すら与えたくはなかった。

 ふと、ルイズは思ってしまう。メガトロンの力を利用して眼下に広がる軍勢を根絶やしにしてしまおうか、と。むくむくと湧き上がるその激情は雲のように成長し、ルイズの心中を瞬く間に覆い隠そうとした。その欲望に何の疑問を抱くこともなく、その命令を下そうと右腕を振り上げる。だが、寸前のところでルイズは踏みとどまることが出来た。

 

 大きく息を吸い、そして吐く。自身の平静を保ちつつ、眼下に広がる軍勢を視界に納めた。怒りで荒れ狂う自らの意識をコントロールしながらルイズはこれまでに何度も繰り返してきた思考を心を落ち着けるために再び繰り返し反芻した。

 

 

 「…………駄目。……駄目よ。メガトロンの力はそんなに簡単に頼って良いものじゃない。メガトロンはやろうと思えば六万のアルビオン軍を簡単に倒してくれる。…………でも、それだけじゃあ駄目なのよ。メガトロンに頼るだけじゃあ駄目。…………大きな力には大きな力に見合う責務と責任が伴う。私はその事実を理解しなければならないのだから。」

 

 

 そして、もう一つ。鋼鉄の使い魔たちを従え導く、それがルイズが自身に課した責務だからである。

 巨大な力に頼り、依存するということは危険極まりないことである。初めてメガトロンの力を見たあの日からルイズはしっかりとその当たり前をよく理解していた。力を振るう覚悟がないものは何れ力に溺れるか、その巨大な力自身によって滅ぼされる結末を迎える。力を振るうものはそれだけの覚悟と責任を持たなければならない。

 

 

(――――私も戦わなきゃ。――――ううん、それだけじゃあ駄目。私が戦う。私こそが戦わなければいけないんだ!)

 

 

 メガトロンとルイズの関係性は非常に繊細で不安定な状態で保たれている。いつ、その強大すぎる力の矛先が自身に向かうかすら分からないのだ。メガトロンの持つ力を思う存分に利用するということは、その力の矛先が自身に向かうことを承知で行わなければならない。メガトロンの力を思うままに利用することなど何者にもできる訳がなかった。

 

 強大な力の素晴らしさと恐ろしさ。ワルドの件を通じてルイズはその大切な根本を身に染みて痛いほど理解していた。だからこそ、ルイズは極力メガトロンの力に頼ろうとはしなかったしメガトロンを侮るようなことはしなかった。加えて、主従を結ぶ相手として適格なのかを見定めるメガトロンの策略にもルイズはひたすら愚直に答えてきたのだった。

 

 

 

 タルブの上空を旋回して両軍の配置を確認している中、キュルケからの報告がルイズに入った。メガトロンを駆ってタルブへと赴いた際、ルイズは忘れずにキュルケやタバサにも協力を申し出ていたのだった。タバサのシルフィードに乗ってキュルケはタルブへと向かっている筈だ。ルイズはタルブ周辺に群生する森林へと避難しているだろう住民の誘導をキュルケに依願していた。前もって小型双方向無線機の一つを貸与しておいたので連絡に事欠くことはない。直接アルビオン軍と対決する訳ではないが、アルビオン陸軍の死角を掻い潜る危険な任務である。何かあれば何時でも連絡するようルイズはキュルケに強く言い含めていたのだった。

 

 

「聞こえるかしら。ルイズ、こっちは村の住人と思しき人達を見つけたわ。さっそく所定の場所まで移動させるからその心算で。今私たちがいる場所は街道のある場所から真反対の場所よ。アルビオン軍とは比較的離れた場所にいるから、そこまで周囲に気を配る必要もないかもしれないわね。貴方の使い魔も居る訳だし。」

 

 

 言ってキュルケは自らの傍らに控えるラヴィッジを横目に見た。仮初の死から復活した紅の単眼が爛々と元の光を取り戻していた。ラヴィッジはルイズが与えた指示の下、キュルケの護衛についている。キュルケが単身で避難民の誘導に従事していることもラヴィッジがルイズの傍を離れていることも、キュルケの身の安全と復活したばかりでまだ完全に復調していないラヴィッジ双方に配慮した結果のものだった。

 

 

「……そう、分かったわ。まだ生き残った住民が他にもいるかもしれないから、キュルケはラヴィッジと協力して住民の避難誘導をそのまま続けて頂戴。」

 

 

 一先ずキュルケが無事であったことをルイズは幸いに思った。タルブの村より無事に脱出できた人たちを見つけられたことも含めれば僥倖である。ここまでの経緯は頗る順調に進んでいるように思えた。しかし、懸念していた最大の問題は依然として残ったままである。ルイズは祈るようにしてキュルケに問いかけた。

 

 

「……キュルケ。……シエスタの姿は見かけた?」

「……まだ見かけていないわ。でも、ここにいる人たちを誘導し終えたらまた直ぐ捜索に取り掛かるから。ルイズ、あまり気落ちしないで。悪い想像ばかりじゃあ何も手に付かなくなるわよ。とても賢いあの子だったら絶対に大丈夫。必ず私がシエスタを探し出して見せるから。」

 

 

 シエスタの死という想像出来うる限りの最悪がルイズの脳内で鎌首を擡げそうになった。だが、タルブの村がアルビオン軍による被害を被った以上、今どれだけシエスタの身柄を案じても意味がない。事は既に起こってしまっている。現状を打破し、一歩でも前に進むためには何かしらの行動を起こさなければならなかった。シエスタのことは気がかりだったが、やるべきことは山積している。後ろ髪を引かれても後ずさりをする訳にはいかなかった。

 ルイズは悲観的になってしまった脳内の思考を切り替え、先へ進むための方策を提示した。

 

 

「キュルケ。戦闘の混乱に乗じた野盗が辺りに潜んでいるかもしれない。だからくれぐれも周囲への警戒を怠らないようにして。勿論ラヴィッジもよ。特に貴方は復帰したばかりなんだから無理をしちゃダメ。いざとなればキュルケを連れて直ぐにでも退避して構わないわ。…………二人とも絶対に生きて帰ってきなさい。何処かへ行ってしまうなんて許さないから。」

「分かったてるわよルイズ。貴方こそ途中で泣きべそかいてミスタに笑われるなんてことにならないようにしなさいよ? どっちが御主人様なのか分からなくなっちゃうでしょう? ふふっ冗談よ。貴方には必要のないアドバイスだったわね。じゃあ、そっちも気を付けて。」

 

 

 何時もは少々苛立たしいキュルケの軽口もこの時ばかりは別だった。周辺には大勢の敵兵が控えているというのにキュルケは何時も通りの飄々とした態度を崩さない。頼もしい友人の存在はこれ以上ないほどに自分を後押ししてくれる。何時も通り変わらないキュルケの様子からルイズは温かい勇気を受け取った。そうして、二人は互いを気遣い合いながら連絡を後にする。

 

 

「――――ッ」

 

 

 キュルケとの連絡を断った瞬間、闇への手招きをする災厄の姿がルイズの脳裏に過ぎった。首筋をなぞる冷たい感覚。瞼の裏にちらつく災厄をルイズは頭を振りながら努めて目を向けないように意識した。あの恐ろしい災厄は脅威以外の何物でもないが、立ち向かわなければならない喫緊の課題が今目の前にあるのだ。いつ来襲するか分からない災厄よりも、今は目の前にいるアルビオン軍を何とかしなければならない。ルイズは再び大きく息を吸って泡立った心を落ち着けると、目の前にある問題へと自らの意識を集中させた。

 そして、必要となる指示をタバサへと送るべく右耳のイヤリングへと手を添えた。

 

 

「タバサ聞こえてる?」

「聞こえている。」

「……今は何処を飛んでいるの? ここからでも確認できるかしら。」

「恐らく難しい。数十メートルの距離を開けて後方に着けている。」

 

 

 ルイズのイヤリングから冷水のように冷ややかなタバサの声が届く。国家の趨勢を決める一大決戦だというのにタバサは慌てていないようだ。平時と変わらないタバサ。その声音を聞いて幾分気が軽くなる。コックピットから後ろを伺うとタバサの言った通り、後方数十メートルに着いて飛行する風竜を確認することが出来た。

 自分が持っていた拳銃を見つけられたときはどうなるかと思ったが、今となっては結果オーライである。これ以上に頼もしい助力も中々ないだろう。その無表情に保たれた様子は一見冷徹にも見えるがその心の中には仲間を思う暖かな心根があることをルイズは知っていた。そのことを知っているからこそ気負いなく指示を下すことが出来た。それはタバサにしか頼めない極めて難易度の高いお願いだった。

 

 

「少しの間だけでいい。私が詠唱をする間、竜騎士隊の注意を引きつけて欲しいの。抵抗せざるを得なくなってしまうから幾らメガトロンでもあれだけの竜騎士を相手にして通常運行を保つことは出来ないから。」

「了解した。」

「いい、タバサ。決して無理はしないで。常に自分の命を最優先に考えて事に当たって。アルビオンの竜騎士隊には精鋭が揃ってる。直接闘おうとはしないで時間を稼ぐことだけに集中して頂戴。」

「――。」

 

 

 右耳のイヤリングからタバサの無言の頷きが伝わった。精強で知られるアルビオン竜騎士隊から時間を稼ぐということがどれだけ危険を孕んでいるのか、ルイズから指摘されるまでもなく既に承知のことなのだろう。タバサはそれらの危険性を把握し、その上で頷いたのだ。

 猪突猛進でも無為無策でもない。何かしらの勝算がなければ出来ないことである。元々タバサは非常に聡明で賢い。学生とは思えない程に様々な経験も積んでいる。北花壇騎士団七号としてのタバサをルイズは知らないがタバサであればこの難しい依願でも達成してくれる、と自然に確信することが出来た。

 

 

「聞こえるわねスコルポノック。当面の行動について変更は無いわ。始めに出した指示通り、アルビオン軍の侵攻を阻止し続けなさい。直接あなたがアルビオン軍に攻撃を加える必要はないわ。ただ、トリステイン軍を攻撃しようとする敵兵の邪魔をして。先陣の足が止まれば軍全体も止まらざるを得なくなる。貴方が敵軍の足を止めれば私が必要とする時間も十分に稼ぐことが出来るから。」

 

 

 タバサに続いてスコルポノックへの指示をルイズは出した。トリステイン軍とアルビオン軍を隔てる堀はルイズの命令を受けて先行したスコルポノックの働きによるものである。メガトロンと同様にスコルポノックが持つ強力な力を利用する訳には行かない。助力を願うことは出来てもその巨大な力に依存することは許されないのだ。

 強力で有能なスコルポノックであれば何も問題は起こらないだろう、とルイズは思った。横幅数十メートルにも渡って大地を陥没させるという破天荒なことまで容易にやってのけるのだ。自身が望む舞台環境の整備など朝飯前の瑣事である。メガトロンの意向が加わらない限り、スコルポノックは下された指示を淡々と順守してくれる。

 スコルポノックという防壁が介入するお蔭でトリステイン軍がアルビオン軍の犠牲になることは避けられるだろう。アルビオン軍による侵略の犠牲はこれ以上増えることもなく、肝要なアンリエッタ姫殿下の命脈も繋がった筈だ。ルイズが行えるトリステイン軍へのフォローはこれが限界である。堀で隔たれたといっても、それで攻撃が止むわけではない。魔法による遠距離からの攻撃はトリステイン軍側で対処しなければならないが、そこはトリステイン側の腕の見せ所である。魔法の打ち合いにおいてはメイジが多く従軍しているトリステイン側の方が有利だ。現状であればトリステイン軍だけでも十分に対処することが出来る。

 

 

 全ての指示を出し終わり息を吐く。スコルポノック・キュルケとラヴィッジ・そしてタバサ。これでルイズが事前に行う指示や準備は全て終わった。後には本番が待っているだけである。

 

 

 そして、ルイズは眼下に広がる六万のアルビオン陸軍へと視線を注いだ。六万という夥しい陸軍と旗艦レキシントン号を中心とする精兵揃いの空軍。両陣営の姿を視界に納めるとルイズは自らの手を汚して戦う覚悟を決めた。

 ルイズが固めた覚悟と同期するように、アルビオン空軍も臨戦態勢へと突入した。突如として現れた銀影に対処する為、旗艦レキシントン号を中心とする戦列艦船がゆっくりと船首を回転させる。側面に備え付けられたものものしい無数の砲門は錚々たるものがあった。

 

 

「流石は精強を誇るアルビオン空軍ね。浮遊大陸を本拠とするその錬度の高さは本物だわ。もう私たちの接近に気づいてる。」

 

 

 メガトロンとアルビオン空軍が向かい合う。タルブの村上空で雌雄を決する一大決戦が今にも繰り広げられようとしていた。

 以前までのルイズであれば、この時点でどうすればよいのかという煩悶に囚われていただろう。巨大な力を司る責任と目の前に立ちはだかる問題との板挟みに陥ってしまうからだ。立ちはだかる難関を乗り越えるためには、メガトロンのような巨大な力に頼らねばならない。だが、そう簡単にメガトロンの力を利用することは出来ないし、する訳にもいかなかった。ルイズ自身に問題を解決する力がない以上、これまでであれば手詰まりである。メガトロンの気変わりを期待したり粘り強い交渉でメガトロンの譲歩を引き出すなどの手段を用いなければ何かを変えることなどできないのだから。

 メイジであるにもかかわらず真面な魔法一つ使えないゼロにとって、煽情とはどれだけ自分の力を磨こうとも届かない遠い領域だったからである。

 

 しかし、今は違う。

 

 自らが持つ本来の力を明確に自覚している今であれば、かつてメガトロンと結んだ誓約を守ることが出来る。向こう見ずな強がりから始まったあの誓いを本物とすることが出来るのだった。

 

 

「…………。」

 

 

 パラり、と古ぼけた本のページをルイズは捲った。指先から伝わる肌理細やかな古紙の質感。身に着けていたローブの内から取り出されたその本はオスマンから手渡された秘宝である。始祖の祈祷書。本来は王家同士の婚姻に形式的な儀礼を行う為に用いられるただの古書である。しかし、ただの古ぼけた本であればルイズが態々この場にまで持ち込む必要はない。渡された始祖の祈祷書を触った瞬間、ルイズは確信せざるを得なかった。伝わる確かな力の脈動。自身の身体を流れる伝説の系統をルイズは確かに感じたのだった。

 

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

 けたたましく響く轟音。足止めをするスコルポノックとアルビオン軍との衝突が始ったのだろう。数で勝るアルビオン軍は何らの小細工を呈する必要もない。嵩にかかって侵攻し、トリステイン軍をその牙にかけるだけだった。しかし、スコルポノックの介入がある限りそれは敵わない。戦闘は巨大な堀を介した魔法の打ち合いへと移行することになるだろう。そうなってしまえばメイジを多く擁するトリステイン軍が有利だった。例えアルビオン側がどれだけ数に勝っていようと数のメリットが活かせないからである。

 平民を主体としたアルビオン軍。質よりも量を優先したが故にその動きは鈍重だった。堀への対策すらままならない状態では、戦闘は長引くことになるだろう。

 時間の経過と共に戦場はより苛烈な様相を呈し始めた。そして、より濃密な空気が戦場に満ちる中、自らの誇りに殉ずることを選択したウェールズの鮮烈な姿を想起しながらルイズは呟いた。

 

 

「ウェールズ皇太子殿下。暫しの間、アルビオン王家の誇りを拝借させていただきます。」

 

 

 そう言ってルイズは風のルビーを自らの薬指に装着した。それはウェールズ皇太子殿下よりルイズが賜されたアルビオン王家に伝わる秘宝である。本来であればアンリエッタ姫殿下へとお渡しすることがあるべき物事の運びであるが、とある事情でルイズが自室に引き籠ってしまったために渡しそびれていたものだった。

 

 

「渡しそびれていたルビーを、まさかこんな形で使うことになるなんてね。夢にも思わなかったわ。」

 

 

 聡明なルイズは始祖の祈祷書を使いこなすためにはもう一つの秘宝が必要なのだと理解していた。始祖の祈祷書が何故王族同士の婚姻の儀式にのみ用いられているのか、というヒントを紐解けば形骸化した伝統儀式に隠された秘宝の使い方に辿り着けるからである。風のルビーが今ルイズの掌中にあることは偶然だったが、ルイズが伝説を継ぎし者なのだということは必然だった。

 掌の中で脈打つ始祖の祈祷書を意識しながら、ルイズは自身の身体の中を巡るエネルギーに気を集中させた。ゆっくりと回転を始めたエネルギー。コックピット内を満たすほどに強力な力は留まるところを知らず、ルイズ自身の身体を飛び越えてもなお次々と溢れはじめた。

 

 

「…………何をするつもりだ。」

「しっかり見ていて頂戴、メガトロン。」

 

 

 これまで黙していたメガトロンはここにきてやっと口を開いた。ルイズがタバサやスコルポノックに対して矢継ぎ早に指示を出してもメガトロンが特に驚くことはなかった。ちっぽけな有機生命体ごときに何が出来るものか、と高を括っていたからである。強力な武器も堅硬な鋼鉄の身体も、その身に何も持ち合わせていない。所詮は無力な有機生命体である。ちっぽけなルイズがどれだけ尽力しても目の前に立ちはだかる巨大な障壁を如何にか出来る訳がない。

 

 その筈だった。

 

 

(――――何だ。この強力なエネルギーは。この俺様に匹敵するようなパワーを感じる。一体何が――――?)

 

 

 急速に満ち始めたエネルギーを感知すると流石のメガトロンも沈黙を破らざるを得なかった。メガトロンが瞠目してしまう程にそれは強力なエネルギーだったからだ。疑いようもなく出所はルイズだった。無力なルイズが何故これ程までに強力なエネルギーを放っているのか、メガトロンにも分からなかった。

 

 ダークエネルギーを鏡写しにしたようルイズのエネルギーは鮮烈で強力で濃密だった。エイリアンタンクコックピット内に満ちる強力なエネルギー。強力な波動をその身に纏うルイズの姿は、メガトロンが見下した姿とは異なるものだった。静謐かつ凄烈。その姿はまるで鏡面に保たれた静やかな冬の湖面の様で年端のいかない少女とは到底思えない。ルイズが受け継いだ伝説は死と破壊を司る破壊大帝、その偉容に届き得る可能性を持っていた。

 

 

(――――ふふっ。驚いてる驚いてる。修羅みたいに怖いメガトロンでもたまにはこんな表情を見せるんだ。)

 

 

 滅多に見ることが出来ない驚いた表情のメガトロン。その姿を見てルイズは微かに口角を上げ微笑んだ。そして、普段と変わらぬ毅然とした態度を維持したまま、「お前に何が出来るのか、何を見せてくれるのか」というメガトロンからの問いかけに答えた。

 

 

「私も貴方たちと一緒に戦えるんだってことを証明してみせるから。」

 

 

 自らが今何を為そうとしているのかを理解しているからこそ揺るぎのない覚悟を固めることが出来る。メガトロンやラヴィッジ、スコルポノックやタバサ、そしてキュルケのように自身を信じてサポートしてくれる戦友たちがいてくれるからこそ、どれだけ絶望的な状況にあっても弛むことなくルイズは前を向くことが出来るのだった。

 

 

「待たせてごめんなさいメガトロン。やっと貴方と並んで戦うことが出来るわ。――――――――あのときの約束を貴方に認めさせてやるんだから。」

 

 

 そして、ルイズは目の前に聳える敵を視界に収めた。旗艦レキシントン号を中心とした戦列艦十数隻。ルイズを乗せたメガトロンはその無骨な銀影を鈍色に輝かせながら、タルブの村上空を支配するものものしい歴戦の空軍と対峙した。

 まばゆいエネルギーを纏うルイズの神々しい輝きがコックピット内に満ちた時、国家の趨勢を左右する一大決戦が始まった。

 

 

 

 

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