ゼロの忠実な使い魔達   作:鉄 分

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エピローグ 2 Revenge is mine

 

「――――で? こんな辺鄙なところで俺たちはいつまでバカンスを続けりゃいいんだ?」

「おいエップス。何度言ったら分かるんだ。もう聞き飽きたんだよその愚痴は。いいから黙って平和な平和なこの一時を味わってろ。」

 

 

 

 アメリカ合衆国よりはるか東。日本。日本国内に敷設された某在日米軍基地の一角にて、そのコンビは居た。何をするでもなく。二人の男はただひたすらに持て余す時間を浪費していた。

 

 一人目はスキンヘッドが特徴的な筋骨隆々の黒人。二人目はハリウッド俳優の様に整ったマスクを持った金髪の白人だった。両者ともに鍛え上げられた肉体を有しており、一見無造作にも見えるようなその所作にも無駄がない。纏う雰囲気も通常とは掛離れた鋭いものがある。何も知らぬ者が見ても瞭然とわかるように、彼らは一般人ではなかった。

 

 

「平和な一時だぁ?おいおい冗談きついぜ。平和がいいとはいってもよ。幾らなんでも長すぎるだろ。もう一月だ。もう一月になる。このまま何もせずに待機し続けて、年寄りになるまで待てってことか。こんなきつい軍隊なんざ何時か辞めてやるとは思っちゃあいたが、まさか30になる前に隠居を命じられるとは夢にも思わなかったぜ。」

 

 

 先程から愚痴を言いながら管を巻いているこちらの黒人男性はロバート・エップス。アメリカ空軍技術曹長を務める人物である。戦闘機や爆撃機を始めとする航空支援や無線通信のエキスパート。その技術は、人類とディセプティコンが初めて邂逅したカタール襲撃事件でも存分に生かされた。

 

 

「ははは。よかったな。念願の夢が叶ったじゃないか。」

 

 

 そして、エップスの愚痴を聞き流しながらのんびりと平和を楽しむこちらの白人男性がウィリアム・レノックス。エップス同様にカタール基地襲撃事件の生存者であり、アメリカ陸軍少佐。NEST部隊指揮官であり、エップスの上司でもある。トランスフォーマーとの実戦経験が軍首脳部に認められ、対トランスフォーマー特殊部隊NESTの指揮を任されていた。

 ハンモックに揺られながらレノックスは空を眺める。アメリカの空も日本の空もあまり変わらない。素知らぬ顔でどこまでも透き通っている空を眺めながら、彼らは過ぎ去った昔の出来事を思い返していた。

 

 

「…………あの毎日が嘘のようだな。」

「ああ。まったくだ。基地を襲撃されるわ、命からがら逃げだしたと思ったら馬鹿でかい蠍に追い掛け回されるわ。ダムの下には馬鹿でかい機械の巨人が眠ってるわ。ロスで巨人どもに襲撃され銃撃戦を繰り広げるわ。巨人ども討伐の特別部隊に編入されて色々な大陸で戦わされるわ。本当に散々だったぜ。命がいくらあっても足りやしねぇ。覚えてるかレノックス? 地震が起こるたびにあの蠍なんじゃないかって慌てるお前の姿は傑作だったな。」

「……それは言わない約束だ。あの蠍はお得なプレミアムサービスと同じくらい印象的だったからな。今でも夢に見るくらいだ。」

 

 

 上半身裸となっての日光浴。税金で養われている軍人として問題のある光景だったが、それでも彼らを諌める者はいなかった。何故ならば彼らは鼻つまみ者であり、彼らを気にかける者などいなかったからだ。レノックスが部隊の指揮を任されていたのも過去の話である。

 対トランスフォーマー特殊部隊NESTの解散とともに、彼らの居場所は米軍内のどこにもありはしなかった。

 

 

「散々だったという割にはつぶさに覚えているじゃないか。」

「まぁな。まだまだ覚えてるぜ。あの毎日は本当に地獄のような日々だった。殺されていった仲間も沢山いる。自分が死にかけることなんざ日常茶飯事だ。そんな毎日を簡単には忘れられねぇよ。」

「そうだな。…………そうだ。だが、…………もうすべて終わった話だ。過去のことだ。俺たちが彼らトランスフォーマー達と再び共に戦える日はもうこない。もうネストは解散したんだ。だから――――――そんなに悔しそうな顔をするなよエップス。つられてこっちまで湿っぽくなっちまうじゃないか。」

 

 

 気楽そうな声音とは対照的に、エップスの表情は苦渋に満ちていた。目の前にある茫漠とした平和。その貴重な余暇の時間ですら煩わしくて仕方がないと言わんばかりの険しい顔つきだった。エップスの気持ちをレノックスは痛いほど理解していた。だからこそ、エップスを誘ってここにいるのだ。烈しいトレーニングを繰り返すエップスが自暴自棄に陥ることが無いようにケアをする為に。

 

 

「俺たちはもう十分戦った。…もう十分だ。死んだ仲間達も誰も俺たちのことを責めないだろう。戦いから逃げた卑怯者だと笑う奴もいない。俺たちは十分戦ったよ。」

「…………何でだよレノックス。何でお前はそんなに簡単に切り替えられるんだ? 俺たちはほんの数か月前までは現場の最前線で戦っていた。身体を張って必死にアメリカを、そして世界を守っていたんだ。…………なのに、…………何でこんなことになっちまったんだ。俺は少しも忘れていねぇぞ。あいつら俺たちを米軍の金食い虫だとかいいやがった。俺たちがよりにもよってお荷物だと? ふざけんじゃねぇ。ディセプティコン共の襲撃がほんの少し無くなっただけでもう俺たちは厄介払いかよ。クソッ。チクショウ。」

 

 

 言いながらエップスは空を殴りつける。鍛え上げられた肉体から放たれた鋭い突き。空を切り裂く一閃は猛々しいが、振るう相手がいなければ虚しい一撃にしかすぎなかった。解散を命じられたNESTはバラバラに解体。所属してた構成員はそれぞれが各別部隊へと新たに編成しなおされた。

 そして、理由は定かではないがレノックスやエップスを含めてほとんどの者が人事上の冷遇を強制されていた。エップスやレノックスが日本へと左遷され、暇を持て余している現状もこの冷遇人事が色濃く影響している。

 

 

「俺たちは軍人だ。上層部の判断には従う以外に道はない。…………ある意味では仕方がないことだったのかもしれないな。戦う機会がない軍隊程、費用が嵩むものは無い。貧困に喘ぐ国民からの突き上げもある。上層部にしても昨今の厳しい経済状況を加味しない訳にはいかなかったんだろう。モーシャワー将軍も断腸の思いだ。結果的には統合参謀本部議長ですら解散の要求を突っぱねられなかった。高度な政治的判断ってやつだな。俺たち末端に出来ることは何もない。」

 

 

 飼い殺しにされている現状に対して二人は強いフラストレーションを感じていたが、レノックスだけは現状を現状として割り切っていた。命令が下されない以上エップスやレノックスは武器を構えることすら出来ないのだ。抵抗の仕様もない。生粋の軍人であるレノックスは動かぬその事実を誰よりも知っていた。

 

 

「それでも、――――――それでも、あの戦いには名誉があった。自分を犠牲にしてでも、俺たちが戦わなきゃあ誰がアメリカを守るんだよ。あのとんでもねぇ力を持ったディセプティコンからアメリカを地球を守れるのは俺たちしかいない。そう思って必死で戦った。――――なのに、なんでこうなっちまうんだ。」

「…………そうだな。」

 

 

 フラストレーションを溜めるエップス。その苦悩する様を宥めることがレノックスには出来なかった。不器用で口下手なレノックスに解決できるほど、エップスの苦悩は浅くない。共に戦ってきた戦友だからこそ、軽々しい慰めの言葉を投げ掛けられないのだった。あの怒りっぽいGMC・トップキック・C4500が今何処にいるのかもわからない。短い間だったがあのオートボットと組んだコンビは嫌いではなかった。過ぎ去ってしまった情熱の日々。レノックスに思考は、現実ではなく過去の追想にばかり費やされるようになっていた。

 そんな老人の様にしょぼくれてしまった二人に転機が訪れる。戦乱の秘密を探る来訪者が二人の元へ現れたからだ。それは、かつての過ごした熱砂を思い出させるもの。にじり寄る危険を匂わせる妖しい知らせだった。

 

 

「……まだ、全てを諦めるには早いんじゃないかね?」

「「――――ッ!!!こっ国防長官!!!!」」

 

 

 冷水を浴びせられたように二人の顔には強い緊張感が纏われていた。目の前にいる人物はアメリカ軍及び州兵を統括する行政府の長官だからである。二人にとっては遥か雲の上の人物。ロマンスグレーの総髪がトレードマークであるこの白人男性は普段は会話をするどころか目にかけることすらない特別なポストを掴んだ人間だった。

 ハンモックから飛び降りて最敬礼をする二人。上半身裸の無造作な格好と最敬礼。目前のアンバランスな組み合わせを見て、恰幅の良い身体を震わせながらその人物は破顔した。

 

 

「楽にしていい。それにだ。私は既に長官を退いている。今現在はただの嘱託として雇われている身分だ。一職員として基地で働いでいる者にそこまでの敬礼は必要ないだろう。そこまで構えないでくれ。」

 

 

 ジョン・ケラー元国防長官。

 カタール襲撃事件より端を発したディセプティコンの襲来からアメリカを守るために奔走した人物である。フーバーダムにおけるフレンジ―襲撃事件の際にもケラーの活躍は光った。自らショットガンを構えてディセプティコン相手に奮闘するその様子は元陸軍出身というバックボーンを裏切らないものだった。

 

 

「…………何故アメリカではなく日本に? それに国防長官の職を辞したとはどういうことでしょうか? …………もしかして…………あなた程の功績がある人物まで更迭されたのですか! そんな…………上層部では一体何が起こっているんだ…………?」

「――――そのことも含めて彼女に説明してもらおうと思う。何を隠そう、私をお前たち二人のもとまで導くきっかけとなったのも彼女なのだからな。」

 

 

 レノックスの驚きを宥めるようにケラーはその女性を紹介した。ケラーの脇に立つブロンドの美しい白人女性。彼女こそが、対トランスフォーマーのスペシャリストである二人とケラーを引き合わせた立役者であり、世界にたちこめるキナ臭い気配を看破した数少ない人物の一人だった。

 

 

(おいレノックス。あのブロンド女誰だ? 国防長官の愛人か何かか?)

(いや…………分からない。……どこかで見かけたような気はするんだが……。どこだったか…………。)

「あの――――さっきから愛人だのなんだのと好き放題言ってくれているけど、貴方たちもしかしなくても私のことを忘れてる? 信じられない!!! これだから脳みそにまで筋肉が詰まってるような軍人の相手は嫌なのよ。NEST部隊の元精鋭で対トランスフォーマーのスペシャリストだって聞いたから態々こんな所にまでやってきたのに!!! もう!!!」

(……思い出したぞエップス。確かロスでの一件にアドバイザーとして参加していたな。少しだが、ダムの実験室でも会話をした覚えがあるぞ。)

「ハッハッハ。そこまでにしてあげてくれマギー。今でこそ彼らは干されているが特別な腕利きというその素性に嘘はない。私が保証する。時間がないんだろう? さっそく本題へと入ろうじゃないか。」

 

 

 マギーと呼ばれたその女性はケラーの仲裁を受けてやっとその癇癪を収めた。切り替えが早いのか、先ほどまでの態度を豹変させて懸案事項である内容を話し出す。その表情と声音は真剣そのもの。かつて学生の身分でありながら、国防長官であるケラーに対して臆面もなく自身の推測を話したように。遠く離れた日本まで足を運んででも言わなければならない懸案が彼女にはあったからである。

 

 

「良く聞いて。対トランスフォーマーのスペシャリストである貴方たちの協力が必要なの。――――――――私の推測では、NBEー1。――――――メガトロンはまだ生きている。そして、再び現れる時までそう遠くないわ。近いうちにでも戦力を率いてここ地球に攻めて来る。」

「「――――――何だって!!」」

 

 

 マギー・マドセン。

 カタール基地で採取されたブラックアウトからのハッキング信号。その未知の暗号を解析する為に官民問わず能力のあるものを選抜して結成されたハッカーチームの一人である。フレンジーから行われたエアフォースワンからのハッキングをいち早く察知し、対応を行った。学生であるにも関わらず、その情報分析能力は折り紙つきである。

 国防長官のアドバイザーとしてフーバーダムに赴いた際には、ケラーと共に協力してフレンジーの襲撃に反抗した。彼女の抵抗なくして空軍への支援要請は届かなかっただろう。ロサンゼルスでの対ディセプティコン決戦も違う結末を迎えていたはずだ。

 

 

「――――馬鹿を言うな。メガトロンが生きているだと? ありえない。俺たちNESTが解散された理由は何故だと思う? 悔しいが、費用が嵩むお荷物だからって理由だけじゃねぇ。あのメガトロンが何処にもいなくなっちまったことが一番でかい理由なんだよ。他のディセプティコンも一切合財どこにもいなくなっちまったんだ。」

 

 

 NEST解散の最大原因と合衆国大統領が解散を後押しした理由。それは、破壊大帝メガトロンの消失だった。

 

 

「そうだ。エップスの言うとおり、メガトロンはもう何処にもいない。メガトロンが海中投棄されていたローレンシア海溝を始め、俺たちNESTは世界中のありとあらゆる場所を探索したんだ。だが、それでも何も見つけられなかった。メガトロンどころかその他のディセプティコンすら一体も、影も形もな。」

 

 

 メガトロン生存というマギーの話した説に対して始めは驚愕の反応を見せたエップス達だった。だが、即座にその可能性を否定する。世界中隈なく探索したというレノックスの言葉に嘘はない。各国軍隊と協力し、北極を始めとした全ての大陸は既に調査済みである。海流に流されて何処か異なる場所へと行き着いたという可能性から海底探査を始めとするアメリカ海軍によるメガトロン調査は細々とおこなわれている。だが、あくまでも現在行われている調査はそれだけである。

 あれだけ費用をかけて探索しても痕跡すら見つからなかったという負い目があるのだろう。メガトロン生存を否定するレノックス達の言葉にも強い説得力が宿った。

 

 

「――まるで何処か異世界にでも消えちまったんじゃねえかってくらい綺麗さっぱりいなくなっちまったんだ。清々するぜ。もうディセプティコンと戦う必要もないんだからな。」

「貴方たちの意見もよく理解できる。でも聞いて欲しいの。あの…………私の知り合いに凄腕のハッカーがいるんだけれど覚えているかしら? 短髪の小太りで――――」

「あー確かダムの実験室でウルヴァリンがどうとかふざけてたあいつか? そんなに凄いハッカーだったとは知らなかったな。」

「そうそう。そのハッカーよ。」

 

 

 エップスの指摘に苦笑しながら頷くマギーだったが、ハッカーとしてのグレン・ホイットマンを彼女は誰よりも信頼していた。

 ふてぶてしくて偏屈だが、その欲望を真っ直ぐ表現する分かりやすいハッカーは世界最高峰の腕前を持っている。カタール基地で採取された未知の暗号を解読した人物もグレンだ。セクターセブンやプロジェクトアイスマンの隠された秘密も彼がいなければ明らかになることはなかっただろう。その彼が警告することであれば諸手をあげて信頼できる。NEST部隊に対して行われていた露骨な差別人事など米軍内で起こる異変など感じていた予兆もマギーの確信を後押ししていた。

 

 その結論に対して疑いはなかった。あるのはただ一つ。切迫する危機とその確信だけである。

 

 

「グレンが言っていたのよ。ほら少し前にインターネット回線に全世界的な不具合が発生したことがあったでしょう? 2000年問題の再来だとか専門家が言っていたけど、そうじゃないのよ。グレンが言うには、あの混乱は誰かが意図的にやったものだって。自己増殖する大量のファジー情報を送り込んで回線を強制的にダウンさせたのよ。全世界に渡る回線断絶なんて規模が巨大すぎる。そんな芸当は世界にあるどんなスーパーコンピューターを使っても無理よ。だから、首謀者は間違いなくディセプティコン。エアフォースワンハッキングの前例もあるわ。そうとしか考えられない。」

「…………あの混乱の首謀者がディセプティコンだっていうのはよく分った。だが、連中の目的は何なんだ? 結局混乱は何事もなくすぐに収まった訳だろう? じゃあ何が目的でそんなことを奴らはしたんだ?」

 

 

 レノックスに質問に対して深く頷くマギー。その質問を待っていたというように、持ち合わせた資料を三人の前に差し出した。プリントアウトされた数枚のコピー用紙。レノックスやケラーたちが何事かと目を向けるとそこには恐るべき単語が踊っていた。トランスフォーマーにとってそれはもっとも恐れられたもの。銀河にその異名を轟かせる破壊がそこにはあった。

 

 

            EGA

    L     IL  M   T R 

 AL    HA            ON

 

 

 プリントアウトされた解析暗号を見てレノックスは全身の血が抜けていくような感覚を味わっていた。脳裏に去来する破壊の姿。味方であるオートボットを紙切れのように吹き飛ばすあのパワー。実際に見てしまったものは二度とその恐怖を忘れることは叶わないだろう。蒼白となるレノックスやエップス、ケラーたちに追い打ちをかけるようにしてマギーはその確信を語り始める。

 

 

「…………このプリントアウトは解析した暗号をグレンが言語化したものよ。ファジー情報の裏にこの言葉が隠されていたことをグレンが教えてくれたの。ネット回線断絶の混乱時と、…………最近になってまたこの単語がネット上に散見できるようになったそうらしいわ。これを見れば分かるように、…………きっとディセプティコンの目的も私たちと同様にメガトロンだったのね。そして…………見つけた。私たちとは違ってね。何故不気味なほどにディセプティコンが活動を控えていたのかは分からない。どうやっていなくなったメガトロンを見つけたのかも分からないけど。この解析暗号とネット上の混乱。そして、多分――――米軍内におけるNEST解散も全て繋がっている。」

「私も彼女の主張に賛成する。ここ数か月の間に上層部では何もかもが変わってしまった。大統領を取り巻く環境もこれまでとは一変している。」

 

 

 マギーの意見の同調するケラーも自身に抱く不安を語り始めた。その額にはびっしりと粒状の汗を張り付けている。ケラーの話した内容はより具体的に切り込んで迫りくる脅威に警鐘を鳴らしていた。レノックスの抱く不安の雲はむくむくと大きくなり、既に平和を謳歌していた少し前までの瞬間が遠い過去のものに感じられるほどだった。

 

 

「ネスト解散を強く推薦した人物はギャロウェイという大統領補佐官だった。まだ着任して短いが、既に考えられない程政権の中枢にまで食い込んでいる。どの勢力から支援を受けているのかまでは分からなかったが、私は国防長官としてネスト解散の要求が広められる中、水際で侵攻を食い止めていた。しかし、そのロビー活動も実ることはなかった。逆に私が更迭されてしまった程だ、大統領は私よりもギャロウェイの意見を選んだということだろう。軍事よりも経済を優先したいという大統領の意向も理解できる。だが、国家安全保障問題担当官にあのような排他的で理解のない人物を選任するなど判断ミスだと思わざるを得ない。同盟関係にあったオートボット達と一方的に袂を分かち迫害を始めたのもギャロウェイが主導していた。曰く、オートボットこそが混乱を招く原因だ、とな。」

 

「大統領の政策方針が露骨に変わっていることは私も気がかりだったわ。これまでの大統領は国防と経済のバランスを重視してきたはず。だからこそ、新興の部隊であるネストにも多額の予算を割いてくれたし、オートボットとの共闘にも理解を示してくれた。でもここ最近は全く違うわ。…………確かディラン・グールドという名前だったかしら。大手会計会社CEOを務める人物よ。彼のような民間からの人材登用を積極的に進めた時機に前後して国防に対する配慮が明らかに失われていると感じたわ。経済重視の政策は今のところ奏功しているし、支持率も高い水準に保たれているから大統領の姿勢が変わることは恐らくこれからもないでしょうね。でも、ネストを解散させて協力関係にあったオートボット達と一方的に手を切るなんて絶対おかしいわ。幾らなんでも行き過ぎよ。ディセプティコンの襲来があった場合にオートボットの協力なしに、米軍はどうやって対抗するっていうのかしら。」

「おいマギー。さっきからアラームが鳴っているぞ。誰かからの連絡だろう。出なくてもいいのか?」

「あらいけない。気付かなかったわ。きっとグレンね。何か新しい発見があればいつでも連絡をくれるように前もって言っておいたから。」

 

 

 演説に熱が入り過ぎたのだろう。レノックスの促しがあってようやく電話に気付いたマギー。何か新しい発見があったのかという期待を持ってスマートフォンの通話コンソールをタップする。

 

 慌ただしげにその場を離れるマギーの後ろ姿を見送りながら、レノックスは脇に控えるケラーを見た。レノックスは考える。ケラーはかつて所属した陸軍において幾つもの功績を遺した英雄でもある。多数の勲章と功績を持つケラーでさえも、更迭という憂き目に合うとはどういうことなのか。国防長官ですら、抗えないうねりとは何か。レノックスの疑問は尽きることを知らない。だが、その困惑に応えるようにして、ケラーは自らの実感を話し始めた。

 

 

「現場の最前線にて戦っていた者を左遷させるなど以前までの軍部では考えられないことだ。ネストの解散命令も含めて。これも、大統領が重用する新しい補佐官から生まれた潮流の一つだろう。…………大統領周辺の環境はこれまでとは一変してしまった。大統領が何故彼らの意見を後押ししているのかは分からない。だが………………私は気がかりなのだ。大統領周辺の環境変化だけでは説明がつかない異変が起こっている。まるで……何か大きな力が働いているように。…………大統領を含めて私たちは何かが描く謀略の上で動かされて――――――「ちょっと!グレン?! 落ち着いて。一体どうしたの? 何があったのかもう一度ゆっくり教えて頂戴。」

 

 

 ケラーの独白を遮ってマギーの絶叫が響く。一体何事かと振り向くレノックス達だったが、マギーの叫びに負けないくらいの声がスマートフォンから発せられていた。聞こえてくる声は慌てている男のもの。通話先はマギーの予想通りグレンホイットマンであるらしい。しかし、報告はマギーの期待した新しい発見ではないようだった。

 事態は急展開を始める。レノックスやエップスは再び消炎燻る戦場へと誘われるのだった。

 

 

『おいマギー! やべーってこれ。やべーよ。』

「だから一体何があったの? また何か新しい発見があったっていうの?」

『ちげーって。奴らまたやりやがった。回線ジャックだ! 物凄いパワーで強制的に通信を乗っ取ってるぞ!! 何でもいいから通信を繋いでみろ! それで嫌でも目に入ってくる。』

 

 

 叫ぶグレンの指示通り、マギーは手元にあるタブレット端末を起動した。するとそこには驚愕の世界が広がっていた。これから待ち受ける未来を想像して呆然とするマギー。何事かと画面を覗き込むレノックスやケラー、エップスも遅れながらにしてその未来を知った。レノックスは愕然とする。何故この真綿で首を絞められるような恐怖を忘れていたのだろうか。あの蠍の怪物もそうだった。奴らは周到に準備を整え、獲物を追い詰めてくるのだ。

 

 

 

  ――――――これは、人類への宣戦布告だ――――――

 

 

 

 

 火の海に沈む町。逃げ惑う人々。居並ぶ異形の艦隊達。そして、――――佇立する破壊大帝がそこにいた。

 

 

 

 

 ――――――この星は我々がいただく。逆らうものは皆滅ぼしてやる――――――

 

 

 

 人々を睥睨するようにメガトロンは立っている。朗々と述べられた宣戦布告。発せられたその言葉に嘘は無いのだろう。全身に漲るパワーはこれまでとは一線を隔すほど強力だ。立ち向かうことなど誰もが拒否する程に。

 

 オールスパークの対消滅によって破壊された過去の経験をメガトロンは忘れていない。数多の策略を用意周到に張り巡らし、ディセプティコンの艦隊を招集した。現在のメガトロンには人間に対する一切の油断も侮りも存在しないのだ。最大戦力を引き連れて地球を獲りに来たメガトロン。居並ぶ強大なディセプティコン軍に立ち向かおうと思うものなど存在しない。本来であれば降伏こそが人類に残された唯一の救済だった。

 

 

 しかし、ここには幾つもの戦場を駆け抜けた歴戦の軍人がいる。

 

 

 ケラーやマギー、グレンなど一筋縄では諦めないしぶとさを持った人物がいる。諦めろと言われて諦めるほど彼らは潔くなどない。彼らの戦いはこれから始めるのだ。それぞれが持つ守りたいものの為に彼らは決して諦めない。

 

 

「野郎俺たちの故郷を目茶苦茶にしやがって!! 絶対にゆるさねぇ! このままじゃ絶対に終わらせねぇからな!!」

「――――何ということだ。全てはこのための布石だったのか。――――このままではいかん。ネストはすぐにでも再結成をするべきだ。国防総省へ通達し、対ディセプティコンの組織的枠組みを制定しなければ。協力者にも援助を募ろう。シモンズの様に我々に力を貸してくれる人物は沢山いる筈だ――――」

「グレン?! 勿論聞こえたわよね? あなたの力が必要なの私たちに協力して頂戴。」

『わーかったよ。嫌だけど仕方ない。俺だってこの全能空間と癒しの場所を壊されたくはないからな。』

 

 

 自身の感情を吐露するもの。具体的な対策を提案するもの。互いの協力関係を確認するものなど、各々が各々の反応を見せている。しかし、彼らの目指す先は同じもの。一つの目標へ向けて彼らはその戦いへ邁進していた。

 

 

(サラ――。頼む無事でいてくれ。今そこへ行くからな。)

 

 

 その祈りが届かないと分かっていても、レノックスは祈らずにはいられなかった。自身の愛する妻と娘の安全を。エップスやケラーという心強い仲間と共にレノックスは再び消炎燻る戦場の地へと赴くことになる。しかし、レノックスは知らない。彼らの敵はディセプティコンだけではないということを。

 

 既にメガトロンの魔手が及んでいる国はアメリカだけに留まらないのだ。レノックスは知らない。この戦いは史上まれにみる規模の生存競争なのだということを。中国やロシア、インドといった大国がアメリカの敵に回る過酷極まりない戦いになるのだということを。燃え広がる戦火は直ぐそこに。

 

 

 彼らは戦う。各々が守りたいものの為に。

 

 

 

 

 ▲

 

 

 赤と青を基調とした鮮やかな装甲。その特徴的な外見を持つその巨人はメガトロンが恋い焦がれる唯一の宿敵だった。

 

 

 

「済まないサム――――。別れの言葉は告げられそうにない。」

 

 

 

 オプティマスプライムは一人、紅海を望むエジプトの沙漠にいた。世界は既に巨大な戦乱へ向けて走り始めている。世界崩壊が迫る中、かつて同盟関係にあった人間達や仲間のオートボット達もただ黙してはいない。ディセプティコンからの謀略によって協力関係を断たれはしたが、彼らはいまだ健在だ。世界を無慈悲な破壊から守ろうとする陣営はこの事態を収拾する為に奔走している。本来であればオプティマスも助力に参加する筈だった。紅海を一望する丘でのんびりと無聊を託つ暇などあるはずがない。

 

 しかし、オプティマスはここにいる。仲間を連れることなく一人で来なければならない理由があるからだ。

 

 

「――――自由はすべての生き物が持つ権利だ。その権利を侵害することは何者にも許されない。」

 

 

 オプティマスには聞こえた。袂を分かった友が自分を呼ぶ声が。瀕死の重傷から復活を遂げ、更なるパワーアップをした破壊大帝。最強となって戻ってきた同朋が挙げる魂の慟哭を。

 

 

「オールスパークは消え、故郷を蘇らせる望みは潰えた。だが代わりに得たものもある。新しく故郷と呼べる星だ。

 」

 

 

 オプティマスの眼前には浮遊するアメリカ第五艦隊を従えたメガトロンがいる。フォールンより獲得したサイキックエネルギーをメガトロンは既に使いこなしているようだった。サイキックパワーが纏われた無数の砲門がオプティマスへ向けて照準を合わせている。装填された膨大な砲弾。それら大量破壊兵器はメガトロンの指先一つで雲霞の様に襲い掛かるのだろう。無数の砲門と破壊大帝メガトロン。その組み合わせはこれ以上ないほどに、歪で恐ろしかった。

 

 

「――――私は人間の勇気ある行動を見た。種族は違えど彼らも我々と同じように、目に見える以上の力を持っているのだ。」

 

 

 自身の死を覚悟しているのだろうか。険しい眉根と眼光がその顔に刻まれている。浮かべる表情から余裕や安心は一切感じられなかった。メガトロンを見るその姿は既に前のみを向いている。過ぎ去った過去を振り返ることなく、退却という残された退路を断つ。

 これだけの覚悟を持たなければメガトロンの前に立つことすら出来なかっただろう。そうオプティマスに思わせるだけの漲るエネルギー。充満するダークマターは荒れ狂う雷雲の様に氾濫していた。使役する第五艦隊はそのままにメガトロンはオプティマスへ向けてその歩を進める。

 

 

「戦いの嵐の中にも、いずれ静けさは訪れる。時には信念を見失う事もある。仲間が敵に周ることもあるだろう。だが我々がこの星と、人類を見放すことは決して無い。」

 

 

 そして、メガトロンだけではない。オプティマスの背後にはディセプティコン大幹部であるショックウェーブが控えていた。異常成長させた建設用ワーム・ドリラーに乗り、オプティマスの退路を完全に塞いでいる。大戦力であるショックウェーブをオプティマスの退路を断つことのみに使うという惜しみのない贅沢な布陣。メガトロンはどうしてもこの場で決着を付けたいようだった。かつて六人のプライム達が自決を選んだエジプトの沙漠。オプティマスとメガトロンとの因縁を清算するには最適の場所なのだろう。

 

 一対二という数的不利。加えてメガトロンはオプティマスの想像以上にパワーアップを遂げている。どう考えてもオプティマスに勝利は無い。どの様な奇跡があろうともである。しかし、オプティマスがこの場から逃避する訳にはいかなかった。

 

 

「我々トランスフォーマーは、長い間失っていた故郷を取り戻した。これからは彼ら人間達と共に未来へと進む。我らの歴史はいままでもこれからも変わらずに紡がれ続けるだろう。私はオプティマスプライム。トランスフォーマーの持つ誇るべき矜持を守る者だ。」

 

 

 パワーアップを遂げたメガトロンに対抗できるものはプライムであるオプティマスだけだ。オプティマスが退けば、メガトロンの破壊は人類へと差し向けられるだろう。燃え盛る都市と破壊される人々が無数に積み上げられるはずだ。その未来をオプティマスが許容できるはずがなかった。新たに得た故郷を手放せるほどオプティマスは冷酷にはなれない。そして、メガトロンもまた人間達を裏切れないオプティマスの心情をよく理解している。理解しているからこそ、メガトロンはオプティマスとこうして対峙しているのだった。

 

 

「俺様の名はメガトロン。サイバトロン星の呼び声に従い、故郷復活を成し遂げる者だ。我らトランスフォーマーの故郷であるサイバトロン星はまだ失われていない。何があろうとも必ず取り戻して見せる。」

 

 

 オプティマスと対峙するメガトロンに迷いはない。その瞳に宿る意思とパワーは力強い輝きを放っている。以前までのメガトロンと同様。溢れるダークマターは他を隔絶した迫力を持っていた。確固とした意志と目的を持った親友の姿を見てオプティマスは悟る。両者が分かり合う瞬間は訪れないのだということを。

 

 

 前を向き新たな種族との共存を選んだオートボット。

 滅んだ故郷に縋りつき破壊の血道を進むディセプティコン。

 

 

「あの小僧を差し出せオプティマス。エネルゴンの源がもう一つこの星に隠されている。隠されたエネルゴンを得るために、小僧の脳内にある情報が必要なのだ。」

「貴様は一人殺すだけでは済まない。――――ここで決着をつけてやる。メガトロン!」

 

 

 未来へと進むオプティマスと失った過去を取り戻そうと足掻くメガトロン。かつて袂を分かったフォールンと六人のプライム達を生き写すがごとく。両者が歩み寄ることはない。各々は各々が守りたいものの為に戦う。互いを兄弟と認めるからこそ譲れない一線がある。最大の好敵手と認めるからこそ、彼らは戦わなければならないのだった。

 

 

「貴様も分かっているはずだオプティマス。我々二人最後の決戦の日が来るその時。――――生きて帰れる者は一人だけだということを。」

 

 

 メガトロンの体内を巡るダークマターが蠢動を始める。すると、その場一帯に途轍もない重力が発生した。組み変わる右腕のフュージョンカノン砲。その奥から覗く蒼い光は全てを滅ぼすおぞましい輝きを放っていた。

 戦闘態勢に入るメガトロンを前にしてオプティマスもその武装を展開していた。両腕に構えられるエナジーブレード。その二刀はオプティマスの熱い血潮を反映するように、熱く鋭く煌めいている。

 

 

「何度でも甦る。何度でも戦う。何度でも言うぞオプティマス。この場に残る者は俺様だ。決して貴様ではない。サイバトロン星の呼び声が聞こえる。俺様は貴様を倒し、故郷を取り戻さねばならんのだ。」

 

 

 数瞬の後、両者は激突する。その戦いはトランスフォーマーの未来を左右する激しい戦いとなる。しかし、その戦いはまだ始まりでしかないのだ。アメリカや中国を始めとする列強がこぞって参戦する戦乱。オートボットと人間たちが入り乱れる混乱は異質な存在によって大きく変わる。その生存競争の最中に待ち受けるものがあった。

 

 暴走するパワー。操られるトランスフォーマー達。オートボットとディセプティコンという種族間の争い。その枠組みが小さなものに感じられるほど、戦乱は拡大する。オートボットとディセプティコン。相争う両者が手を結び、一つの荒れ狂う暴走へ向けて決死の戦いを挑む未来があった。

 

 

 オプティマスとメガトロン。二人が迎える結末は、サイバトロン星の神とピンクブロンドの美しい少女のみが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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