おだやかな日差しの降り注ぐ木漏れ日。緩やかな雰囲気の空間を、似つかわしくない叫び声が引き裂いた。その声は暖かい日差しとは対照的なとても冷たいもの。追い詰められ、逃げ場を失った弱者が叫ぶ怒りだった。行き場のなくなった憤懣が叫びと共に叩きつけられる。
振り下ろされる一撃は迷いのない鋭いものだった。
「殺してやる! ディセプティコンめッ!」
血走った眼を見開きながら少年は武器を振り下ろす。憎しみに染まる視線の先。目的となる怨敵は広場の中央で蜷局を巻いていた。標的とされたディセプティコンは紅の単眼が迸る鋼鉄の獣。ラヴィッジだった。ラヴィッジは血気盛んな少年とは対照的に、眠たげな欠伸を吐いているのみである。振り下ろされる短剣を見ても、僅かに目を細めるのみ。目の前に迫る危険を、危険とすら認知していない様だった。
「■~■」
それも当然。彼らトランスフォーマーは超鋼を誇る。その肉体を傷つけることは至難だ。潜入と諜報に特化したラヴィッジにはそこまで高い戦闘能力は付与されていない。しかし、筋力の発達していない有機生命体の一撃などたかが知れている。ラヴィッジにとっては止まって見えたのだろう。振り下ろされた短剣を悠々と受け止めて、のんびりとした唸り声をあげていた。
「くそうッ!!――――離せよこの化け物ッ!」
少年は必死で腕を振るうが、掴まれた武器を取り戻せない。振り下ろした短剣には鋸の様な乱抗歯ががっちりと食い込んでいるからだ。それでも、少年は諦めなかった。全力で剣を引き、ラヴィッジの顔面をがむしゃらに蹴りつける。狂ったように繰り返される攻撃。一連の行動に対してもラヴィッジは静観を貫いた。反抗を禁ずる命令に猛獣が忠実に従っているからだった。しばらくすると飽いた様にして唸り声をあげ、その場を離れる。
鮮血の様に迸る紅い単眼は健在だ。暖かな日差しによって浮かび上がる鋼体には傷一つ、ついてはいない。少年が憎しみを込めてありったけの攻撃を加えてもである。
「もっとだ……。もっと特訓しないと。もっと強くならなければあいつらは倒せない…………。今のままじゃだめだ。今の俺じゃああいつらを倒せない。もっともっと強くなって――――…………。」
折れてしまった短剣を手に、少年は呟く。鋸の様な乱抗歯に噛み砕かれ、短剣はその半ばから折れてしまった。だが、少年の憎しみは折れてはいない。歪な切断面。ぎざぎざの刃を見つめながら少年は考える。自身の内から湧きだす憎しみを敵に届けるためにはどうすればよいのかということを。この程度の失敗で諦めてしまう程、少年の憎しみは弱くなかった。自分の身体が内側から焼かれる感覚。身体を炭化するような憎しみの炎が少年を突き動かしている。
あれだけ平和を願っていた過去を、まるでなかったことのように見過ごしながら。
「それで――。それで貴方はどうしようというの? これからも同じことを繰り返し続けるのかしら。」
まるで最初からそこにいたというように、ルイズは木陰に佇んでいた。機を狙っては復讐を繰り返す少年に寂しげな視線を注いでいる。美しいピンクブロンドを揺蕩わせた少女。ルイズこそが少年のマスターであり、遠く離れた地球からハルケギニアへと呼び出した召喚者だった。召喚魔方陣の中央、傷だらけで息絶え絶えとした状態で少年は現れた。傷の介抱から始まった交流はまだ始ったばかりである。
その凶行に至る理由がルイズには理解できる。分かるからこそ、少年を止めなければならないのだった。
「――――……。何度も言っているだろルイズさん。もう俺に構わないでくれ。命を助けてくれたあんたには感謝してる。でも、それとこれとは話が違うんだ。俺は俺のやりたいようにやる。俺の邪魔は誰であろうと許さない。例えそれが、命の恩人であるあんたでもだ。」
忌々しげに吐き捨てたセリフには強い険が含まれていた。ルイズは少年にとって命の恩人である。しかし、その恩を差し引いても、余りある憎しみを少年は抑えることが出来なかった。命の恩人であるという事実がなければ、ルイズに襲い掛かっていただろう程である。短剣に込められた憎しみ。身を突き動かす焦燥は、留まるところなく膨れ上がっているからだ。
「別に構わないわ。貴方が何をしようと私は邪魔をしない。復讐だろうと何だろうともね。――――でもね。どうしても言いたいことがあるのよ。」
「何だっていうんだ。それは。」
忌々しく吐き捨てる少年にルイズは言った。何もかもを見透かしたようなその瞳は全てを知っている。まるでかつての破壊大帝を生き写すがごとく。トランスフォーマーであるドクターさえ怯えたその視線。達観したように透き通るその言葉は、濡れた刃の様に突き刺さる。
「もうこれ以上、彼らに甘えるのは止めましょう。」
「甘える――だって? 俺が奴らに!? 何も知らないあんたが一体何様のつもりなんだよ!! ふざけるな!!」
ギロ、と少年はルイズを見た。その視線には誰が見ても分かる明白な殺意が込められている。憎しみを向けるべきターゲットへ向けて一体何をいっているのか。あまつさえ、敵に向かって甘えるとはどういうことなのか。これ以上のない侮辱を受けて溢れ出る増悪。肌に刺さるような殺意を受けて、思わずルイズは怯みそうになってしまう。しかし、彼女は動じない。憎しみに染まる視線をただ真正面から見つめるのみである。
「ええ、そうよ。貴方が一番分かっていることでしょう。その事実には。何度も何度も、繰り返し復讐を試みる貴方の気持ちは十分に理解できる。それだけ貴方の憎しみが深いものなんだってこともよく分ってる。」
目の前にいる少年の視線は同じだった。
かつて戦った墜落した者。憎しみに狂い、憎しみの澱にどっぷりと浸かった成れの果て。自分と殆ど変らない年頃の少年が、狂乱の檻に囚われたフォールンと同じ目をしている。その事実が、ただ哀しかった。
「――――でもその復讐は駄目よ。貴方の復讐は復讐じゃない。自分を守りたいがためにする復讐は、ただの自己弁護でしかないわ。貴方とラヴィッジ達との実力差を後ろ盾にして、自分を守っているだけ。決して実ることのない憎しみを糧として、逃避しているだけだからよ。」
「さっきからべらべらべらべらと五月蠅いんだよ! 聞いていれば、何だ! 何が言いたいってんだ!! 遠回りな言葉遣いはもううんざりださっさと本題を話してくれよルイズさん!!」
淡々と諭される言葉に対して声を荒げて返答してしまう。少年から飛び出た激しい言葉。その激情は、ルイズの本意が分からないことからきている。戦乱渦巻く日本からハルケギニアへ。地球より異なる惑星へと召喚されてからまだ日は浅い。ルイズと少年との交流もまだ始まったばかりである。しかし、ルイズが特別な人間であるということだけは理解することができた。
平民と貴族というハルケギニアの絶対原則を覆す存在。それが、ルイズだった。
平民という存在を使い魔として召喚したこと。本来では起こりえない出来事ですら、蔑みの対象にならなかった。あの高慢な貴族が嘲笑を投げ掛けることすらしない。むしろ、侮蔑ではなく畏怖。ルイズが召喚した使い魔という特別な視線が少年に投げ掛けられるくらいだった。奉公として働いている平民からも同様。否、それ以上の賞賛をルイズは獲得していた。強制された仮初の名声などではありえない誉れ。自然に発露するそれら賞賛は打算に元ずく薄っぺらいおべっかなどではなかった。
学院での日常。その生活の中で少年が、ルイズの賞賛を耳にしない日は訪れなかった。
一体どれだけの貢献をしてきたのか。どれだけの偉業を成し遂げてきたのか。それは定かではない。だが、ルイズが一角の人物であることは嫌でも理解できる。だからこそ、解せなかった。立派な人物であるルイズが何故意味のない否定を行うのか。自身の境遇を知りながらも、何故復讐を制止するのか。その理由が見えてこないかった。
答えを望む少年に対して、ルイズは応える。紡がれた言葉と共に少年の内実が白日のものとなった。
「――――貴方は一度地球へ帰らなければならない。そして、レノックスに会うべきだわ。」
「――――ッ!」
レノックス。
その人名を聞いてびくりと震える身体。触れられたくない核心を鷲掴みにされて、少年の眼が見開かれた。
「な――――なんでその名前を……。まさか?! シエスタかッ?! くそっなんで話したんだよ! あれだけ他言無用だって言ったのに。それもよりによって――」
少年の脳裏を過ぎる黒髪の少女。硬く閉ざされていた少年の心。その内実は、唯一彼女にのみ吐露されていた。
まだ日も登り切らない内から、少年の自罰は始まる。訓練とは程遠い高強度のトレーニング。血反吐を吐こうが何をしようとも終わることはない。倒れるようにして眠りに落ちるその時まで。徹底的に身体を苛め抜く訓練は、まるで遠回りな自殺のようにも見えた。
その孤独な戦いにも終わりが訪れる。
『いつでも厨房へいらしてください。腕によりをかけて温かい料理を振る舞わせていただきます。』
暗雲に射し込んだ光は、学院にメイドとして奉仕する少女の存在だった。献身的な優しさが、憎しみに支配された少年の心を解きほぐす。横柄な貴族たちを嫌悪していた少年にとって、学院に仕える平民の人々は数少ない心の拠り所だった。どこか自分と似たような容姿も打ち解けられた理由の一つ。
『――これ以上無理に訓練を重ねれば貴方が先に倒れてしまいます。どうして、そこまで強くなりたいのですか?』
幾度もの交流を続ける中で、少年は秘されていた自身の罪科を漏らしてしまったのだ。献身的な奉仕と暖かくて美味しい真心のこもった料理。裏表のない真っ直ぐな配慮を少女から向けられて、少年がその質問に答えない訳にはいかなかった。
「話し相手が私だったことはあまりお気に召さなかったかしら? でも、シエスタを悪く言わないで上げて頂戴。彼女は彼女で貴方のことを心配している。いつまでも自分だけで抱えることが出来なかったのね。きっと。」
ハルケギニアにかつて君臨していた破壊大帝。あの破壊はもうハルケギニアのどこにも存在していない。しかし、破壊大帝の傀儡となっている人間達は健在だった。ハルケギニア中に張り巡らされた謀略。設立された裏組織は未だメガトロンのものである。たとえ本人がいなくなろうとも関係ない。メガトロンの意思は何があろうとも達成されるのだ。彼ら傀儡たちは残された密命を忠実に順守し、遂行する。
例えばシエスタの様に。破壊大帝に忠誠を誓う人間は、破壊大帝の遺志を叶えつづける。故に、彼らメガトロンの残された手足は影陽向となくルイズを助力しているのだった。
「地球へ帰るべきだって? そんな恥ずかしいこと出来る訳ない。おめおめとどの顔をしてレノックスに会えばいいっていうんだよ。」
事情が露見しているのであれば最早隠しておく必要もない。溢れる悔恨に任せて少年は懺悔する。元々、彼が抱え込んでいた悲劇は、一人で背負いこむには重すぎるものだった。シエスタに話してしまったこともその証左だろう。孤独にその苦しみと向かい合うことに少年は耐えられなかった。
より強い憎しみでその後悔を覆い隠してしまうこと以外では。
「…………俺があの場で立ち止まり何てしなければあの人は助かっていたかもしれないのに。レノックスは言ってたんだ。故郷に残してきた奥さんや子供の為にも必ず生き残らなければならないって。……よれよれになった写真を見せて笑ってた。俺たちはあの時暴れ回るトランスフォーマー達に囲まれていたっていうのにさ……。それでもレノックスは希望を捨てていなかったんだ。俺を励ましてくれた。困難に屈するんじゃなくて、立ち向かうことを教えてくれたんだ。」
ボロボロになった写真。一組の白人家族が写ったポロライドを握りしめながら、その懺悔は紡がれ続けた。
独白を続ける内に、泣き出しそうになる少年。圧し掛かる強い罪悪感。震える両肩は失ったものの巨大さを象徴していた。
少年らしくない強い憎しみは後悔の裏返し。自らの過失で恩人を追い詰めてしまった。自分が直接手を下したか否かは関係ない。取り返しのつかない過去。余りにも大きなものを失ったのだということに少年は囚われとなっていた。
「出来ない…………。そんなこと出来ないよ。俺はもう地球には帰れない。地球に帰ってその事実を知ることが怖いんだ。レノックスが死んでしまったかもしれない。俺のせいで……レノックスが……。」
自己防衛という機能が有機生命体には須らく備わっている。怒り、悲しみ、楽しみなど。様々な感情を逃げ道として目の前にある問題から自分を守るのだ。それら誰もが行う自己弁護。誰もがとり得る困難からの逃避。
少年の場合は憎しみだった。より強い憎悪。憎しみで後悔を塗りつぶすことで、自分を苛む罪悪感から逃げ出したのだ。
「だから――俺はこの復讐を辞める訳にはいかないんだ。何があろうとも奴らが許せないから。奴らトランスフォーマーは敵だ! 俺が一体残らず破壊してやる。きっとレノックスもそれを認めてくれる。復讐を望んでるんだ!」
追い詰められて追い詰められて。逃げ場をなくした少年は憎しみに狂う。憎しみに狂うことで、その罪悪感を忘れることが出来た。復讐に没頭している瞬間だけは、レノックスの笑顔を忘れることが出来る。憎しみの連鎖は終わらない。破壊の生み出すもの。辿り着く先は更なる破壊と憎しみだけだ。
何故少年がルイズの下へ召喚されたのか。その理由は明らかだった。
使い魔召喚での出来事。少年と初めてあった時のことを、ルイズはよく覚えている。
『父さんも母さんも妹も皆死んだ。何もかもが焼き尽くされて、もう何も残ってない。俺にはもう故郷何て呼べる場所がなくなってしまった。行くところなんて何処にもないんだ! だから、俺を此処に置いてください! 薪割でも、水汲みでも何でもやります! だから、此処に置いてください!』
地面に這いつくばりながら懇願する少年。傷だらけの身体を厭わず、頭をさげて。地球より来たというその言葉を鑑みれば、すぐに察することが出来た。
メガトロンが何をしているのかということが。
故郷サイバトロン星を救うために、メガトロンは戦っているのだろう。袂を分かったオプティマスとの決着。艦隊を招集した総力決戦は、大陸を超えた大規模な戦闘になった筈だ。なりふり構わず地球を獲りに来たメガトロン。故郷を取り戻そうと足掻く破壊が、より更なる悲劇を生み出している。もたらされる際限のない破壊が少年の様な存在を生み出したのだ。故郷を願う思いが更なる憎しみの育つ土壌となっている。
創造を願う思いが止め処ない破壊へ繋がっている。その事実が虚しかった。
「私は、貴方を否定したいわけじゃないわ。でもね、私は知っているの。貴方が知らなければならないことを私は知っている。ここハルケギニアで何があったのか。その事実を正確に知って、その上で判断を下すべきだわ。相手をこれからも憎み続けるのか。その復讐が、本当にレノックスの望むものなのかということを。」
幼い少年が、自分の意思で頭を下げる。下げなければならない程、過酷な状況に追い込まれている。その事実に、ルイズは強い責任を感じていた。
だが、責任を感じたからといって出来ることはあまりない。ルイズに出来ることは、ただ知らせることだけだ。眩いプライムの背中がかつて語った通りである。判断を下すこと事態は本人へ委ねなければならない。出来ることは伝えることだけ。
ハルケギニアで何があったのか。その事実を少年へと正確に伝えることだけだった。
「おい――――何してるんだよ! いきなり服を脱いで何が――――ッ!?」
矢庭にルイズは服を脱ぎ始めた。ブラウスのボタンを丁寧に外して、裾から腕を引き抜く。畳まれた衣服を脇におき、シャツの襟もとへと手を伸ばした。美しい少女の脱衣を前にして慌てないものなどいない。それが同じ年頃の少年であれば尚更である。顔を真っ赤にして慌てる少年。声を上げてルイズの脱衣を止めようとするが、その光景を見て息を呑んだ。
大胆に開かれたシャツの胸元。そこに広がる光景は白磁の様に美しいルイズの肌ではなかった。
それは惨たらしい傷痕だった。白磁の様に美しい肌を穿つ、こぶし大の貫通痕。まるで巨大な槍にでも貫かれたかのような痛々しい痣。
使役という屈辱を雪ぐために、破壊大帝が繰り出した渾身の一撃だった。
「全部でまかせだと思ってた……。いくらルイズさんが凄い貴族でもそんなこと出来る訳がないから。でも、本当だったのか? あの破壊大帝を使い魔として使役していたっていうのは…………。でも…………そんなことどうやって…………」
その傷痕に漲るパワーを見れば分かる。禍々しく滞留する黒色の波動。それは一度でも見たことがあるものは忘れられないもの。紛れもなく破壊大帝の纏うダークマターエネルギーだった。そのエネルギーがルイズの傷跡に滞留している。つまり、破壊大帝はここハルケギニアに存在していたのだ。
「ええ、本当よ。私は貴方に対して一度も嘘を言ったことがないもの。だから、私が今までに言ってきたことも全部嘘じゃないわ。私の言葉は信用できなくても、この傷痕であれば信じざるを得ないでしょう? 本気の殺意が込められた破壊大帝の一撃。私はメガトロンに一度殺されているから。何とか生き返ることが出来たから今はこうしていられるんだけどね。」
少年の前にある傷跡はルイズの言葉に強い信憑性を与えた。かつて、破壊大帝メガトロンを使い魔として使役したということ。そんな突拍子もない戯言が現実のものとして浮かび上がってきた。
あのメガトロンを使役できるほどの何かをルイズは持っている。
そう考えればこれまでの全てが腑に落ちた。周囲からの異常な賞賛も。同じ年代とは思えない程の凄まじい奸智も。他の貴族とは全く異なる魔力や、自身に刻まれたガンダールブのルーンも。それらすべての事柄が整然とした理屈で以て連なっている。偶発的な異物など介在する余地はない。巨大な奔流によって生み出された物語は必然で成り立っているのだ。
「この傷自体はドクターが完全に治してくれたの。でも、傷痕に残るダークマターエネルギー。メガトロンの殺意だけはどうしようもなかった。あのドクターでも対処の仕様が無いって言っていたから仕様がないけどね。このエネルギーは常に滞留して、私に力を貸してくれる。」
メガトロンのパワーを取り込むことでルイズの虚無は更なる進化を遂げた。進化を遂げた魔力は彼女にスクエアの位を与えたが、その負担も苛烈だった。絶え間のない疼痛と再生に伴う体力の消耗。全身に圧し掛かる重い疲労と戦いながらルイズはその傷痕を見た。
まるで共に戦う戦友を思いやるように。
「でも、その代償もやっぱり大きかった。一日に数回はドクターの治療を受けないとこの傷痕は出血してしまうの。今でもこのエネルギーは力を貸してくれる。けれども、強すぎるエネルギーは私を攻撃し続けてもいるのよ。今更だけれど骨身にしみて理解できるわ。破壊大帝を使役する代償は生半ではなかったんだと思い知らされる。」
「は…………はは。生き返るとか破壊大帝を使役するだとか。目茶苦茶だ。もう……何でもありだな。一体何がどうなっているんだよ、それって。」
余りにも突拍子のない発言に、少年は呆然としてしまう。
ルイズの話した内容はルイズがこれまで歩んできた軌跡の一端である。乗り越えてきた幾つもの困難。直面した試練の数々。それらの経験はとても一言で語り尽くせるものではなかった。しかし、その一言だけで十分だった。どれだけの試練をルイズは乗り越えてきたのか。その一言だけで察することが出来た。様々な修羅場を潜り抜けて。様々な死地を乗り越えて、今彼女はここにいる。動かぬこの事実を前にして、少年がルイズを認めない訳にはいかなかった。
「それも含めて貴方に話したいことが沢山、沢山あるの。このハルケギニアについてのこと。トランスフォーマーについてのこと。オートボットやディセプティコンという勢力についてのこと。」
中途で言葉を区切り、ルイズは思い出す。
修羅の様に恐ろしい破壊大帝メガトロンの双眸。紅蓮に燃え盛る紅い瞳を。
「そして――――メガトロン。」
どこまでも青いハルケギニアの空。この透き通るような空に滑空するエイリアンタンクはもういない。だが、ルイズは鮮明に思い出すことが出来た。一年にも満たない短い期間だったが、その経験は人生の糧となっている。この経験が裏打ちするとおりその言葉は嘘ではなかった。少年が知るべきことを、ルイズは知っている。
「かつて、ハルケギニアに君臨した破壊大帝のことを貴方には知ってもらいたい。故郷を取り戻すため、かけがえのない親友すらも犠牲にした戦ったトランスフォーマー。その背景を知らなければ、地球における戦いの全貌を知ることは出来ないわ。全てはそれからでも遅くはないはずよ。このまま復讐を続けるにしても、続けないにしても。全てを知って、その上で判断を下して欲しい。貴方には何も知らないままに復讐を繰り返してほしくないから。」
憎しみに染まる少年の眼を真っ直ぐ見据え、認める。交差する視線。抱かれた憎しみをルイズが止めることは出来ない。その憎しみは抱いた当人だけのものだからだ。抱かれた憎しみをどう処するのか。それは少年の手にゆだねられている。第三者であるルイズに出来ることは理解でも、共感でも同情でもなかった。判断に必要な情報を提供し、知らせること。それだけである。
少年の抱く緊張を和らげるように、はにかむ。すると、ルイズは手を差し出した。
「願わくば、復讐を続けないっていう言葉を貴方からは聞きたいわね。だって、その判断は間違っていないと思うから。レノックスが大切にしていた家族の写真。その宝物を取りに戻った貴方の判断は褒められることはあっても否定されるべきじゃないと私は思う。」
「俺は…………俺は……。」
「だから、これ以上自分を責めないで。レノックスはきっと生きてる。その希望を自分で捨てちゃだめよ。」
その瞳は同じだった。希望を捨ててはいけないと言ったレノックスと同じ視線。頑張ればなんとかなるという享楽的な無謀とは真逆。目の前にある希望へ向けて、効果的な努力を積み重ねればいつか必ず成果はあるという現実的な楽観だった。
安っぽい同情や薄っぺらい慰めなどで、その言葉は得られない。
ルイズは貴族である。使い魔とマスターという関係は前提条件として順守されなければならない。だが、一人の人間としてルイズは少年と向き合っていた。その視線に侮蔑や憐みは一切含まれてはいない。あるものは少年に対する純粋な信頼のみ。だからこそ、その手は少年へと差し出されたのだ。
「ルイズさん。あんたの言った通りだと思う。」
不承不承といったように少年は頷いた。以前までの少年であれば、その提案に首肯することなどありえない。しかし、もうその瞳は憎しみのみが支配するものではなかった。憎しみの中に宿る余裕と理性。少年は、自分を責める罪悪感との折り合いに成功していたのだ。他ならぬルイズの言葉によって。
「聞かせてくれ――――。このハルケギニアで何があったのか。あの破壊大帝メガトロンについてのこと、トランスフォーマーについてのこと。俺は知らなければならないことが沢山あるみたいだ。」
同情でも慰めでもないルイズの言葉。その純粋な信頼を前にして、少年は頷かされてしまっていた。誰から強制されることもなく、自分の意思によって能動的に。学院に奉仕する他の平民たちと同様。少年もまたルイズにあてられてしまったのだろう。故郷を滅ぼされた昏い憎悪は些かの鈍りもなく燃え盛っている。
しかし――――
『あなたに出会えて私は本当に幸せよ。だから、頭をあげて頂戴。そして、覚えてて。あなたが涙を流す必要なんてどこにもありはしないわ。』
胸を焦がす憎しみに、その言葉はよく染み渡った。浸透するルイズの言葉。それもこれまで彼女が潜り抜けてきた死線の経験があってこそのものである。厚い雷雲を切り裂くような、純粋な信頼。貴族と平民という軛すら問題にしないルイズ。義に厚い少年が差し出されたその誘いを断る訳にはいかなかった。
ルイズの手を取って少年は立ち上がる。自室にてゆっくりと話をしたいという提案に従って、森の中の広場を後にした。
すると、思い出したようにルイズは振り返る。本来は一番最初に言いたかったが、言いそびれていたことを思い出したのだ。そして、やや気恥ずかしそうに、その懸案を話し始めた。
「あ。あと、ルイズ さん なんていう他人行儀な呼び方は止めて頂戴。ただのルイズでいいわ。私も貴方を貴方の名前で呼びたいから。だって、私と貴方は一蓮托生。マスターと使い魔として、互いを認め合う間柄なんだから。」
貴族という支配階級にあるにも拘らず、ルイズはそんなことをいうのだ。何の臆面もなく、気負うことすらしていない。その態度を前にして少年はつくづく思った。初めてルイズとあった時から何も変わらない。ルイズはルイズだった。
ルイズの言葉を前にして、微笑んでいる自分がいる。遠回りな自殺へと没頭していた少し前までとは考えられない程の変わりよう。その変化を不思議と従容に受け入れながら、少年は頷いた。ゆっくりと確かな実感を伴って。
「分かったよ――――――ルイズ。」
「これから、よろしくね――――――サイト。」
互いに微笑み合う一組の少年少女。憎しみに狂う少年と胸に宿命の痣を持つ少女。両者の出会いは必然であり、運命でもある。硬い絆で結ばれた二人はこれから幾度もの危機や困難と直面することになる。けれども、二人は決して諦めなかった。一人ではなく、二人だから戦える。互いを信頼し合う最高のパートナーがいるからこそ、諦めることなく戦うことが出来るのだった。
この後、少年は自身に巣食う恐怖を克服し、一度地球へと帰還することとなった。目を逸らし続けてきた事実と向き合い、戦うということ。その茨の道を少年は戦った。周囲からの応援が自身の中にある勇気を奮い立たせる。地球における因縁の清算。全ての葛藤を乗り越えた末、少年は選択をした。
自身の宿命と真っ向から切り結ぶピンクブロンドの美しい少女。ルイズの剣になるという未来を。
目指すべき頂きへ向けて戦うルイズの力になることを少年は欲したのだ。