振り回され続けた『脇役』の話   作:楓本

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FGOの2部2章のシナリオのぐだぐだ感(悪い意味)とか、ぐだage、マシュageに我慢できず、色々と爆発した状態で書き殴った作品となります。当時2部3章から4章までの期間に書いたので、矛盾点や相互性はお察しください
純粋にぐだとマシュを好きな人、ぐだマシュを好む人、カルデア職員とダ・ヴィンチちゃんを好きな人は閲覧しないことを勧めます
あと批判、中傷はしないでください。無自覚の善意も悪意もいらないので
そして気に入らなければそっ閉じ、ブラウザバックをお願いします


正義に振り回され続けた脇役の話

 

「あっれー、マスターじゃん。そんなこそこそして何やってんだー?」

 

カルデアにて。

こそこそと、まるで誰かから隠れるかのように気配を消しながら動いていた影緋。そんな彼女の背後から、軽快な声がかかる。聞き慣れた声とはいえ、いきなり声を掛けられ驚きに肩を震わせれば、けたけたと笑い声が続いた。振り向けば、予想通りの存在が。

 

「……アンリマユ」

 

『この世のすべての悪』であり『必要悪』の肩書きを持つ、影緋の最初のサーヴァントであるアンリマユはそのニヤけた顔を隠そうともせず、彼女の目の前まで歩くと、わざとらしく首をかしげて問いかける。身長の関係上、上目遣いになったのだが、生憎影緋の心はときめかなかった。むしろ気味悪そうに見てくる影緋に、アンリマユはにしし、と上機嫌に笑う。心底愉快で仕方ない、と言う風に。

 

「いやー、見事な反応ありがとさーん。あーあー、残念だなー。ここにカメラでもあればマスターのなっさけない顔を撮れたのに」

「……ちなみに聞くが、そんなもの撮ってどうするつもりだ?」

「えー、そりゃもちろん、あの数学のおっさんや蛇の姫さんに売りさばくに決まって、いだだだだ!!無言で、無言でアイアンクローはやめろ!!」

「ほう、アイアンクローは不満か」

「いや、別に不満って訳じゃなくて、違う!ヘッドロックに変えろとかそういう意味じゃな、いででで!!頭を、頭をぐりぐりするのやめろ!!マジでオレの脳みそがヘコむ!!」

「安心しろ、脳はちゃんと頭蓋骨に覆われているし、頭蓋骨は相当の衝撃がない限り変形することはないから脳は無事だ」

「でもオレの心はヘコむんですけど!?」

「えっ……」

「なんだその『お前に心があったのか……』みたいな反応!流石のオレも傷つくんですけど!?」

「いや、お前に心があったなら、私がメフィストから爆発物押し付けられて大惨事一歩手前になってた時に爆笑したりしないし、レイシフト後に楽しみにとっておいたフォンダンショコラをこっそり食べたりしないよな、と」

「いやー、あれは美味しくいただいちゃいましたよ!マスターって意外に甘党なんだなと新しい発見が」

「ほう、やっぱりお前の仕業か」

「あ」

「いやー、他の奴らの可能性もあったんだが、やっぱりお前かそうか。鎌かけといて正解だった、よっ!」

「ぎゃー!!」

 

ごりっ、と嫌な音が廊下に響き渡る。頭にダメージを負ったアンリマユはヘッドロックから解放され、頭を押さえて蹲る。だが、思いのほかその頭が石のように硬かったのだろう。影緋も影緋でダメージを負ったらしく、赤くなった己の手をもう片方の手で押さえていた。

子供同士のけんかのような、大人気のないやり取り。だが、そんないつものやり取りに無意識に入っていた肩の力が抜けたらしく、息を吐く影緋。そんな影緋の纏う雰囲気が変わったのを察したらしい。いてて、と小さく呟きながらも立ち上がったアンリマユの表情は、いつもの飄々としたものに戻っていた。

 

「んで?いつも以上に不機嫌そうな顔で、誰も引き連れずにこそこそと一人で行動するマスター様はどこに向かってたんだ?」

「引き連れずにって、そんなヤクザみたいな言い方しなくても」

「はいはい、下手なこと言って誤魔化そうとしない。それともなんだ?オレたちにばれるとヤバいことでもあるってことか?」

「……」

「無言は肯定とみなすぜー?」

 

軽薄な、道化師のように振る舞うアンリマユだが、本質はそれらとは全く違う。自分の中にある悪意や憎しみを、笑顔と飄々とした態度で覆い隠しているだけ。長い間、幾千、幾万の人間を見てきて培われた彼の観察眼は、常人とはわけが違う。それを分かっているからこそ、影緋は諦めるしかない。はあ、と大きなため息を一つ。素直に白状した。

 

「……職員さんに大切な話があるって言われて。それで、あまり人には知られたくないって言うから、」

「ふーん、つまりはアレか。遠回しに誰もつれてくるなと言われたと」

「……まあ、そういうことだ」

 

影緋本人もあまりいい話ではないと察しているのだろう、その表情は暗いもので、アンリマユは「あー……」と呟いた。

今のこのカルデアの内部状況を分からないほど愚かではない。むしろ、彼女の最初のサーヴァントであるが故に、最近召喚された新参者たちよりも事情はよく知っている。文無影緋がどんな生き方をして、どういう経緯で今の状態になったのか、一番近くで見てきたからだ。そして、今の影緋の立場の危うさだって理解している。

そんな状態の彼女に誰も、自分のサーヴァントさえも連れて来させずに話をする、なんて嫌な予感しかしない。それに、彼女の物言いから、そのカルデア職員が味方である可能性は低いだろう。だが、それを分かっていたとしても、影緋はその話し合いを断ることはできない。「大切な話」の内容を知らないからだ。のちに響くものなら、聞くしかないだろう。どれだけ嫌な予感がしても。味方が少ないと分かっていても。

……『主人公』と『ヒロイン』は『脇役』と違って、味方が多くて良いことで。内心で嘲笑しながら、アンリマユは親指で廊下の奥を指さす。きょとん、とマスターが不思議そうにした。

 

「んで、どこでその話し合いするわけ?」

「え、もしかしてついて来るつもりか?」

「いーや、そういう訳じゃないぜ?オレも『偶然』マスターに大事な用があって、『どうせだから』一緒について行って、時間を見て話そうかと。何か文句でもあるわけ?」

「……なんか、そこまで優しいお前は気持ち悪いな」

「仮にもオレ、おたくのサーヴァントなんですけど?その言葉酷くない?」

「今まで私の不幸を指さして爆笑して、散々振り回したお前に言われたくはない」

「それ言われたら何も言えねー。まあ、今回は裏はないから安心してくれよ。むしろ、ここでおたくを放っておけば、あの従者や忍びの奴らがうるさいことになりそうですし?オレのためですよ、オレのため」

 

あくまで自分のためだというスタンスを崩さず、表情もそのままに言うアンリマユに、少しだけ影緋は戸惑う様子を見せたが、その言葉を信用することにしたのだろう。小さく頷き、こっちだ、と足を進める。その後ろをアンリマユも大人しくついて行く。

 

二つの足音が、廊下に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

『主人公』である藤丸立香と『ヒロイン』であるマシュ、そして『脇役』である文無影緋が訣別した日。

あれから、影緋は立香とマシュと共にレイシフトすることを拒否するようになった。

明らかに戦力が必要と言う時は同行するが、最低限の会話、最低限の接触しかしない。そしてレイシフトが終わればすぐさまその場を離れ、自分の召喚したサーヴァントのルームか、マイルームに籠る。

その明らかな拒絶に立香とマシュは落ち込み、彼らの味方であるサーヴァントたちは怒りをあらわにしたが、逆に怒りを示し返したのが、影緋のサーヴァントたちだ。特に怒りをあらわにしていたのが、風魔小太郎や望月千代女などといった忍びやマスターガチ勢である清姫。あの自由奔放なメイヴも例の一件は相当腹に据えかねたらしく、持っている鞭を床に叩きつけながらにっこりと笑い、威圧していた。

 

一歩間違えれば流血沙汰になる状況。それに待ったをかけたのが、事前にこうなると予想し、対策を練っていたモリアーティであった。

 

あの一件で影緋の受けた傷の大きさとこれまでのことによる心の傷を客観的に分析し、このまま常時共にレイシフトすれば心の傷をさらに悪化させること、共にレイシフトしない場合の効率性をまとめ、反論を許さないようにした。もちろん、中立であり看護師であるナイチンゲールによる診断書、カルデア職員をまとめるダ・ヴィンチと共に作った資料と個別のレイシフト許可証を持って。それを見せられ、あくまで客観的に論じたモリアーティの言葉に反論できる存在は、残念ながらいなかった。え、あのヤク中名探偵はどうしたって?彼は中立を保つために、口を出そうとしなかったのだ。

 

このモリアーティの活躍と影緋のサーヴァントたちにより、彼女の平穏は守られることとなった。立香やマシュたちは理解はしても納得はしていなかったようだが、中立のサーヴァントたちに説得され、しぶしぶ矛を収めた。

それから、一触即発……とまではいかないが、水面下で不穏な空気の漂う日々は過ぎていった。だが、影緋としてはそれでよかったのだ。

主人公補正、ヒロイン補正のしわ寄せを喰らうこともなく。少しの傷は負うが、前のように大きな傷を負う、死にかけるなんてこともなく。考えた作戦を無下に返されることもない日々は、少しずつだが彼女の心の傷を癒していた。そして、脇腹に喰らった、大きな傷も。

 

 

だが、運命の神様はそんな平穏な日々を許してはくれないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

カルデアにある一室。

マイルームよりも少し広い、けれど会議室と言うには小さい部屋の扉をノックし、返事を聞いて開ける。視線の先には、部屋の真ん中に設置されているテーブルの奥に座っている五人のカルデア職員と、ダ・ヴィンチの姿が。指定された時間より少し遅めに着いてしまったようで、頭を下げる。

 

「ごめんなさい、遅れました」

「いやいや、気にしないで。こっちこそ、急に呼び出してごめんね?」

「いえ……」

 

急に呼び出して申し訳ないと思うのなら、何の要件か簡潔にでもいいから言ってくれればいいのに。

職員の中でも位の高いリーダー格の男性の明るい声を聞き、そう口からついて出そうになった言葉をかろうじて呑み込む。ここで変に諍いを起こしたくはないし、ここにはダ・ヴィンチもいる。だから、変なことや理不尽なことは流石に言えない、はず……。

そう心の中で呟き、だが不安は拭えぬまま、影緋は部屋の中へと足を踏み入れる。その後ろを当然と言うように、ついて来たアンリマユが続く。もちろんそれを職員たちは良く思うはずもなく。

 

「あ、アンリマユさん?これから影緋さんと大事な話があるから、席を外してくれると助かるんですけど」

「いやー、オレもそうしようと思ったんだけどさ。マスターに大事な用があるし、おたくらの話はいつ終わるか分かんないから、この場にいさせてもらえると助かるんだけどなー。ついでに言うと、数学のおっさんに『マスターを一人にするな』って言われてるんで?これ破ったらいろんな奴らがうるさいからさー」

「で、でも、」

「ああ、そうか。情報が漏れると困るってんなら、数学のおっさんを呼んでこようか!おっさんならきっと、大事な要件を聞いても口を零すことはないだろうし、他の奴らも文句を言わないだろうし!」

 

いい案が浮かんだ!と言わんばかりの笑顔(しかし確信犯)で言い放った言葉は、職員たちを慌てさせるのに十分だったのだろう。慌てて手を横に振り、愛想笑いを浮かべた。

 

「い、いやいや!モリアーティさんを呼ぶほどのことじゃないから、大丈夫だよ」

「そうかー。なら、おっさんたちとの約束のために、オレがいても大丈夫だよな?」

「は、はい……」

 

渋々、と言わんばかりのリーダー格の職員の態度に、影緋は眉を顰め、アンリマユは内心「あーあ」と呆れた声を零す。影緋のサーヴァントに聞かれることを良く思っていない。そのうえ、モリアーティが来ることを全力で拒んでいるということは、彼を筆頭に自分たちに聞かれたら相当困ることなのだろう。

これは明らかにクロだ。それに改めてその顔を確認すれば気づくことがある。この部屋にいる職員たちと影緋は、あまり話したことはない。だが、影緋は知っている。彼らがよく立香とマシュに話しかけ、褒め称えている姿を見ているから。つまり彼らは『主人公』と『ヒロイン』派、ということだろう。そして、ダ・ヴィンチがこの場にいるということは、その大事な要件を聞いているはずだ。それでも職員たちを止めないということは、そういうことなんだろう。これでもしアンリマユがいなかったら、孤立無援で挑むことになっていた。ぼそり、と彼だけに聞こえるような声量で礼を口にすれば、気にするなと言わんばかりに笑われた。

 

 

 

「それで、大事な要件って何ですか」

 

ここまできたら、もう腹をくくるしかない。向かい合うように席に座った影緋の質問に、職員の中の一人である短髪の女性が手に持っていた資料をテーブルに広げる。そこにあったのは、たくさんの文字と、何枚かの写真が。

 

「これは、少し前と、最近のレイシフトによる素材集めと微小特異点の修復の比較の資料と、なんだけど」

 

女性の職員に渡された資料を受け取り、読み込む影緋。その横に座っているアンリマユがひょっこりと覗き込む。資料に書かれている素材集めと微小特異点の修正に関しての記録は、なんらおかしなところはない。強いて挙げるなら、最近のレイシフトの方が、素材集めの効率が良くなっているところ、微小特異点の修復がうまくいっているところだろうか。それはそうだ。立香とマシュのグループ、影緋のグループ。いわば二つのグループが別々の場所で回収やら修正やらを行っているのだから、それは当たり前と言える。

 

「……これが、なにか?」

 

何を言いたいのかわからず、首をかしげる影緋。だが、いやな予感はひしひしとしており、警戒は解いていない。それに気づいているのか、気づいていないのか。……それとも、影緋の態度など気にしていないのか。別の、長髪の女性の職員に渡された次の資料に記されているのは、先ほどと同じ、少し前と最近のレイシフトとの比較。だが、その資料の見出しは『消費した医療器具、治療薬の量』だった。

そして、下の方には、自分たちの怪我の部類と症状が詳しく記載されている。

 

 

そこで影緋は気づいた。

ここ最近のレイシフトで、明らかに立香とマシュの怪我の頻度が上がっていることに。そして、傷の程度もレイシフトを重ねていくにつれて、軽傷から徐々に重くなっていることも。

 

 

「……最近のレイシフトで、素材集めは効率よく、多く集まってくるようになった。けれど、代わりにどんどん医療器具や治療薬が消費されている。いくら天才の私でも、作るのにはそれなりに時間がかかってね。さらにナイチンゲールの検品も必要だから、需要と供給が成り立たなくなってくるのも時間の問題だ」

 

 

ダ・ヴィンチの言葉に、影緋は思い出す。

 

 

 

 

 

 

あれはそう、レイシフト先で敵から傷を負い、手当てしてもらおうと彼女のもとへ訪れた時だ。手へのかすり傷程度だったが、そのかすり傷で痛い目を見たのも一度や二度ではない。ならば、治療のプロであるナイチンゲールに診てもらった方が良いとサーヴァントたちに背中を押され、診断を頼んだ。その際、彼女から言われたのだ。

 

『……貴方は自分の限界を知っているんですね』

 

と。

いきなりの言葉に訳が分からなかった、けれど気になったのだ。なぜ、彼女がそんなことを言ったのか。首を傾げながらも口を挟まずにいれば、ナイチンゲールは話し続けた。

 

『自分の限界を知ることは、とても大事なことです。自分の力でどれだけのことができるのか、そしてなにより、どれだけのことをすれば自分に傷ができるのか。それが理解できなければ、悪戯に傷を増やすだけです』

『婦長、』

『彼らの生き方はとても眩しく、讃えられるものでしょう。ですが、彼らは自分たちの限界を知らない。それは即ち、どんな無茶なことでも平気で行ってしまう危険性があるのです。いえ、危険性がある、ではないですね。もうすでに、無茶をしてしまっている(・・・・・・・・)。それに貴方を巻き込んでいることにも気づいていないままで』

 

ずきり、と脇腹の傷が痛む。ナイチンゲールの言葉の意味を、影緋は身をもって知っているから。彼女がこのカルデアにやってくる前から、ずっと。

 

『私は看護師です。怪我人の治療のためなら、この手をもって、治してみせましょう。ですが、あくまで私ができるのは治療の手伝い。完治のためには、本人の自覚と力が必要となります』

『……』

『「正義感も善意も人間と物語には必要不可欠だが、押しつけと行き過ぎはただの蛮勇と偽善になる」確か、あの教授はそう言っていましたね。……今となってはもう、マスターとあの少女の考えを改めさせることは、私にも不可能なんでしょうね』

 

はあ、とどこか疲れたように……悲しそうに溜息をついたナイチンゲールに、影緋は何も言えなかった。ただ黙って、手のかすり傷の治療を、受け続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

(あの言葉は、これを意味していたんだな)

 

 

 

立香とマシュが自分たちの限界を知らない。それは当たり前だ。だって、彼らはずっと『主人公補正』と『ヒロイン補正』の恩恵を受けながら戦っていたのだから。そして皺寄せを喰らう影緋が傷を負い、血を流し、痛みに喘いだ。何度も何度も、体と心に消えない傷を刻まれながら。

だが、今は違う。「文無影緋」という『脇役』がいなくなったことで、『主人公補正』と『ヒロイン補正』の皺寄せを喰らう人間はいなくなった。じゃあ、その皺寄せは誰が喰らうことになる?その無茶の代償を、いったい誰が。

 

 

「それで、さっきからだらだら言い訳重ねてるみたいだけど、おたくらは結局何が言いたいわけ?」

 

アンリマユの呆れたような声に、はっと思考の海に浸っていた意識が浮上する。そうだ、結局本題の方を聞いていない。嫌な予感しかしないが、聞かないことにはこの話し合いを抜け出すことはできないだろう。無言のまま目の前のダ・ヴィンチと職員たちに視線を移す。すると、少しの沈黙の後、リーダー格の職員の一人が口を開いた。

 

「素材集めの方は、もう充分な量になってる。それこそ、よっぽどのことがない限りはね。でも、微小の特異点の修復や残党処理などはまだたくさんある。人手が足りないくらいに。そこでだ」

 

一度言葉を区切り、職員たちは影緋の目を見つめる。様々な感情を乗せた瞳に、脳が警鐘を鳴らす。それでも、この場から立ち去るわけにはいかない。

 

 

もう、逃げる気はないのだから。

 

 

 

「過去のことは水に流して、立香とマシュと共にレイシフトしてほしい。効率は下がってしまうけれど、これ以上、余計な傷を増やさないためにも」

 

 

 

そう言って、リーダー格の職員は微笑を浮かべる。その表情から、自分の口にした言葉に否定の言葉が投げられるとは欠片も思っていないのだろう。説得材料である資料を用意し、それらを見せ、納得させることができていると思っているのだから。そして、影緋もきっと今の立香とマシュの状態を見捨てることはないと信じている。それは他の職員も同じだ。……その態度は、表情は、明らかに影緋の思いなど知ったことではないと、当の本人とアンリマユに教えているが、目の前の人物たちは全く気付いていない。唯一、なんとも言えない顔をしているダ・ヴィンチだけがその場から浮き彫りになっていた。

その様子を見て、同じように影緋は笑う。そしてその笑顔のまま、口を開いた。

 

 

 

「お断りします」

 

 

 

笑顔とは裏腹に、いっそ無慈悲に、淡々と口に出された言葉。

それは、明らかな拒絶のものだった。

 

 

 

 

 

「……影緋くん、今、なんて?」

「聞こえませんでしたか?『お断りします』って言ったんです」

 

職員たちの笑顔が固まる。まさか、そんな断られるとは思わなかった、と言わんばかりの露骨な態度に、影緋の隣にいるアンリマユは冷めた目を向ける。次いで影緋の方を見て、小さく「あーあ」と言葉を零した。

この人間ども、盛大に地雷を踏み抜きやがった、と。

 

「モリアーティが持ってきたナイチンゲールの診断書の中にありましたよね?『私の脇腹の傷が癒えるまで、または心の傷が癒えるまで立香とマシュとのレイシフトはよっぽどのことが起きない限り行わない』と。それに許可を出したのはあなた方ですよね?」

「で、でも立香とマシュの怪我は相当なものだから、フォローが必要で」

「そもそも、その怪我の程度は私が受けた傷よりは明らかに軽いですよね?なのにフォローが必要って、それは私よりも二人の方が大事、という解釈になりますけど」

「そ、そんなことは、」

 

 

「なら、もう一度言ってみてくださいよ。私を目を見て、はっきりと」

 

 

にっこりと、影緋は笑う。

その笑顔はあの日、『主人公』と『ヒロイン』に向けられたものと同じ。

黒色の目はどこまでも、冷めきったまま。

 

「そもそも、あの一件で受けた私の傷の原因、知らないわけじゃないでしょう?いったい何が起きて、どうしてああなったのか。一体、誰が原因だったのか。いわば私は被害者なのに、なんで私が我慢しなきゃいけないんですか?」

 

未だに痛む脇腹の傷。魔物の爪により切り裂かれたその部分は、あと少し深く抉れていれば死んでいたかもしれないと、ナイチンゲールは言っていた。いや、あの時、日付が回り、令呪が一画復活していなければ確実に死んでいたのだ。その原因は何だったのか、目の前の存在たちは分かっているはずなのに。『主人公』と『ヒロイン』の味方である彼らは『脇役』の事情など考えもしない。

ほら、だって、

 

 

「ま、まさかまだあの一件を引きずってるの?」

 

 

「立香もマシュも、あの子供を助けようと『善意』でやったことだから、そろそろ許してあげなよ」

 

 

こんな言葉を、平気で口にしてしまえるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

す、と影緋の表情が無になる。

だが、隣にいるアンリマユはすべてを察した。今の影緋は胸の内にある感情を必死に抑え込んでいると。

そして、彼女にとっての一番の地雷を、目の前の存在たちは見事に踏み抜いてくれたと。

 

「『善意でやったこと』ああ、そうだろうな。すべてはそう。『善意』でやったこと。だからこそ、誰も止めようともしなかったんだよな!!」

 

だが、その胸の内の感情はすぐさま吐き出されることになる。敬語もかなぐり捨てられた、途方もない憎しみと、怨嗟を滲みだした声に「ひっ」と誰かが引きつった声を上げる。だが、そんなものに、影緋が心を動かすことなんてない。そう、何にも関係ないのだ。だって、彼らの方から、自分を犠牲にしようとしたのだから。

 

 

『主人公』と『ヒロイン』のための、犠牲に

 

 

「『前より医療器具や治療薬が消費されている』それはそうだ!だって一人分の治療じゃなくなってるんだから!『自分の限界を知らない』立香とマシュが勝手に突っ込んで仲良く傷を負ってるんだから!それはあいつらの自業自得だろう?私は何度だって言ったさ!『軽はずみな行動は身を滅ぼすからやめておけ』と、『せめて自分の命を優先して、周りを見て戦え』と!なのに、忠告すら聞かなかったあいつらを、なんで私が許さなきゃいけない?命を掛けなきゃいけない?」

 

 

「私は『主人公』と『ヒロイン』のための存在じゃないんだぞ!!」

 

 

だん!!とテーブルに拳を叩きつけ、昂る感情を抑えることなく立ち上がる影緋。ふー、ふー、と荒い息を吐きながら睨みつける姿は、手負いの獣のようで、誰も口を出すことはできない。

それをいいことに、影緋は今まで胸の奥深くに沈めていた不満を、不条理を、口に載せる。抱いた感情をそのままに、いやそれ以上に炎を上げて。

 

「アンタたちの誰か一人でも、あいつらの無茶を叱ったことがあるのか!?殴ってでも止めたことは!?いや、そんなこと一回もないよな?いつだって、『立香はすごい』『流石はマシュ』で済ませてたんだから!!今までその無茶を許容して、助長させて!!」

 

 

「そんな奴らが、私の命の、私自身の価値を決めるな!!」

 

 

彼女の言葉は、これまでの状況の真理を突いていた。

いつだってそう、カルデアの職員たちは、一部を除いて立香とマシュの行動を止めようとしなかった。善意による無茶を、命懸けとなる行動を。それは物語においては讃えられるべきなのだろう。いや、物語でなくても、その場面を見れば、応援もしたくなるのだろう。「人理修復」という大業を任せてしまっているのだから、口を挟むこともはばかられたのだと察せられる。

 

 

だが、それはあくまで「第三者」だからこそ言えることだ

 

 

いつもいつも『主人公補正』と『ヒロイン補正』の皺寄せを喰らい、傷を負い続けた影緋からしてみれば、それは見捨てられたことと同じだ。これでせめて誰かが、そう、例えるのなら、『彼らと同じくらいの影響力のある誰か』が二人を止めてくれれば、叱ってくれればここまでのことにはならなかったかもしれない。

でも、結局、誰もそうはしなかった。ただただ『主人公』と『ヒロイン』を讃え続け、彼らを止めようとはしなかった。

 

 

 

あの一件が訪れるまで、『主人公』と『ヒロイン』を止め続けた『脇役』と『悪役』たち以外は。

 

 

 

 

 

 

沈黙が部屋の中を占める。

気まずそうに目を逸らす職員たちだが、やはり納得はしていない、という様子だ。だが、今はそんなことどうでもいい。

小さく息を吐き、影緋は目線を職員たちから、先ほどから何も口を出してこないダ・ヴィンチへと向ける。そして有無を言わさぬ声音で言葉を紡いだ。

 

「……ダ・ヴィンチちゃん、私はずっと貴方のことを中立だと信じていたよ。たとえ立香とマシュの近くにいても、貴方だけは中立を貫いてくれると」

 

そこで一度言葉を区切り、目を閉じてゆるく首を横に振る。ずきずきと熱く、痛む頭を押さえるように、額に手を当てて。だが、再び開いた目には、明らかな負の感情が宿っていた。幻滅、侮蔑、失望……悲しみが。

 

 

「でも、貴方はここにいる職員たちの話を聞いても、止めることもなかった。ましてや、私に対する『過去を水に流せ』と言う言葉にも、口を挟もうとしなかった」

 

「……それに今までのことを思い出してみると、貴方は立香とマシュを止めたことはあると私は記憶してる。でも『本気で、叱ってでも止めたこと』はなかった」

 

「それってつまり、貴方は立香とマシュのやることを良しとしていたってことだよな?」

 

 

少し考えればわかることだった。

影緋は確かに、ダ・ヴィンチが二人を止めた場面を見たことはある。それこそ、危険な場所に行ったときに毎回言っていたから。だから、中立だと信じていた。だが、ダ・ヴィンチはいつも口で「気を付けるように」「無茶をしないように」と言っただけ。二人を本気で叱って、止めたことは、一度だってない。

 

 

「貴方は言ってしまえば、カルデアの核だ。私たちがいるずっと前からここにいて、マシュを見守っていた。だから、貴方の言葉なら、きっとマシュに届いていた。そして、マシュを通じて立香にも届いていた。いや、届いていなくても、貴方が本気であいつらを止めていれば、他の人も影響を受けて、同じように止めてくれた」

 

「それだけ影響力があったんだよ、貴方には。『あいつらと同じくらいに影響力がある』貴方が、どうしてあいつらを本気で止めようとしなかったんだ?」

 

 

 

『脇役』の私よりも、言葉を届けることはずっと容易かっただろうに

 

 

 

その言葉は、まるで懇願のようだった。

なぜ、どうしてという疑問と、少しの怒りと大きな悲しみ。

その言葉を受け、ダ・ヴィンチは目を伏せる。もう、どんな言葉を吐いても言い訳にしかならないと分かっていたから。それでも、口を開かずにはいられなかった。疑問に答えてやらなければ、いけなかったから。

 

「……そうだね。私はいつだって、立香くんとマシュを止める言葉を口にしながら、本気で叱って止めようとはしなかった。……私にとって、彼らの生き方を好ましく思っていたから。そして、今でもそれは変わらないし、彼らに死んでほしくないという気持ちは変わらないよ」

「……」

「私にとって、『藤丸立香』と『マシュ・キリエライト』、そして『文無影緋』を天秤にかけ、傾いた方が、前者の二人だったんだ。……君にとっては不本意で腹立だしいことだろうけれど、変えることはできない」

 

そう、ずっと気づかぬふりをしていた。

三人の命は平等だと、重さは変わらないと思っていて。ずっとそう信じていて。でも、やっぱり立香とマシュの方が大事なのだ。このカルデアで無機質のように生きていたマシュが、ようやく感情をあらわにして、好意を抱くようになった。その相手が立香だった。

そう、それだけなのだ。これは親心。長い間ずっと共にいた娘のような存在と、その想い人の方が大事。それだけのこと。

それはこの先変えることはできない。共に過ごしてきた時間と言うものは、それほどまでに重い。

 

 

「……そうか。それを聞いて、すっきりしたよ」

 

はあ、と息を吐きだす影緋。隣にいるアンリマユはそのやり取りを横目に見ながら、つまらなさそうに肩をすくめる。ああ、今何時だろう。夕飯は何かなぁ、とぼんやり考えながら。

 

「ここで私を思って言い繕う、なんてしなかったこと、感謝する」

「……」

「でも、これではっきり分かったよ」

 

 

ダ・ヴィンチを見つめる黒い瞳。

そこには何もない。何もない空洞がある。

 

 

 

「アンタも私の敵だ」

 

 

 

感情も何も籠っていない。

ただ淡々と、事実を吐き出しただけの口。

それらが今の影緋の心情を示していた。

 

 

 

 

 

 

「……今回の話のことだが、私は何と言われようと、あいつらと一緒にレイシフトするつもりはない」

 

反論は許さない、と言わんばかりの声音で、もう用は済んだと立ち去ろうとする影緋と、その後ろをついて行くアンリマユ。そんな二人に制止の声を掛けようとしたリーダー格の職員だが、その声は発せられることはなかった。

 

「ああ、一つ言っておこうか」

 

くるり、と振り向き、職員たちを一瞥する影緋。その目はどこまでも冷たい空洞のまま、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「この先、私とあいつらを仲直りさせるために私を騙そうとしたり、無理やりにでも一緒にレイシフトさせようとした時があれば」

 

す、と自分の首に親指と人差し指を添え、ふわりと穏やかな笑みを浮かべてみせる。黒い瞳に宿るものは、変わらないままで。

 

 

 

「私は自分の首を掻っ切って死んでやる」

 

 

 

あいつらの『主人公補正』と『ヒロイン補正』の皺寄せを喰らって、あいつらのせいで死ぬくらいなら。私は自分の意志で、自らの手で、死んでやる。

そして言ってやるよ。「ざまあみろ」って。

冗談でもなく、その場しのぎでもなく。お前たちがそうしたのなら、私は何の躊躇いもなく、自死を選ぶ。

 

 

 

そう伝えた影緋は今度こそ、扉を開けて部屋から出て行く。

その後ろをついて行くアンリマユだったが、先ほどの影緋と同じようにくるりと振り向くと、顔を青くしている職員たちに向けて、にっこりと笑って見せた。そして口に出すのは、世界の理。アンリマユだからこそ言える言葉。

 

 

「『誰かの幸せは誰かの不幸せの上に成り立っている』」

 

「あいつらにとっての『幸せ(正義)』が、影緋の『不幸せ(正義)』の上に成り立っていたってだけだろ?」

 

 

 

影緋の『不幸せ(正義)』を失ったから、あいつらの『幸せ(正義)』が成り立たなくなっただけ。

なら、今度は影緋の『幸せ(正義)』のために、あいつらの『不幸せ(正義)』を踏み台にしないと、平等じゃないよな!

世界はそうやって成り立ってんだからさ!!

 

 

 

ふふん、と上機嫌のまま、アンリマユは駆け足でその場を去る。

扉の閉まる音を聞くこともないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、我慢してる自分が馬鹿らしくなってきたわ」

 

ぽそり、と二人分の足音が響く廊下で影緋は呟く。心底疲れた、と言わんばかりの表情と声に、とん、と軽快な足音を立てて彼女の隣に並んだアンリマユはチャシュ猫のように、にいと口角を上げた。

 

「むしろようやく気付いたのかってのが、オレの感想ですけどね。マスターは変にスレきれてないのがダメだと思うんだよなー。いっそのこと、竜の姉ちゃんたちやティーチのおっさんみたく我儘になった方が楽になるんじゃないかとオレは思いますけど?」

「いや、あの、それは流石に無理」

 

今まで巻き込まれた数々の事件を思い出したのか、顔を青くさせながら首を横に振るマスターの姿に、ちぇー、と残念ぶるフリをする。まあ、彼女がそんな性格になれないことを自分は誰よりも知っている。それに、もし、万が一にもマスターがそうなることを望んだ時は、「文無影緋」が「文無影緋」として生きられなくなったということだろう。

別にアンリマユとしては、そうなっても構いはしない。むしろ「こちら側へようこそ!」と両手を広げ、歓迎するだろう。自分勝手に、秩序も何もかも忘れ去り、自分のためにだけ生きる。そう生きることが、どれほど堕落的なことか。どれほど楽なことか。

けれど、影緋はその道を選ばない。彼女とて、人間としての最後のプライドがある。その生き方が辛いと分かっていても、どれだけアンリマユが「そのプライドを捨てた方が楽になる」と誘惑したとしても、傾くことはあっても堕ちることはない。

 

(まあ、そういう面倒なところも込みで面白いから、壊れないように見守っている訳で)

 

そう心の中で呟くアンリマユの目が、ちらりと影緋の方を見る。過去にあった事件を思い浮かべている影緋はその視線に気付いてはいない。

 

 

 

アンリマユ自身、影緋が可哀想だから味方してやろう、とか、もう一人のマスターである『主人公』と連れ添っている『ヒロイン』が気に入らないから彼らの敵になった、なんて殊更なことは考えていない。きっと、あっち側に召喚されたのなら、彼らの生き様を邪魔にならない程度に後ろで見ていただろう。

そう、共感も、自分もそうなることもできないその生き様を、見続けるだけ。羨みながら、どこか達観しながら。

 

けれど、自分は『脇役』である影緋に召喚されたのだ。しかも彼女にとって一番初めてのサーヴァントときた。『必要悪』は舞台に上がることすら許されなかったのに、『名もなき道化師』として役割を変えられ、無理やり上がらされ。しかも、どれだけ役者が増えたとしても、降りることを許されないときた。

なら、最後まで楽しまなければ損だ。『名もなき道化師』として好き勝手演じて、物語を滅茶苦茶にして、台本を彩って、観客を笑わせてやろう。

 

 

 

だから、これは対価みたいなものだ。こんな愉快な舞台に招待してくれた『脇役』への対価。

彼女が壊れないように、『主人公』と『ヒロイン』に壊されないように、誰よりも隣にいて、揶揄って、怒らせて、そして笑わせてやろう。

 

 

 

 

その命が尽きる最期まで

 

 

 

 

「おーい、マスター。現実逃避してるところ悪いが、これから数学のおっさんに報告って言う大事な用があるだろー」

「あ、やっぱり知らせなきゃダメか……」

「あったりまえだろー。ここで報連相やっておかなかったら後々ヤバいことになるだろうし、なによりオレの命が危ない」

「それ後者が本音だろ」

 

最後の方の言葉に力を籠めすぎた。思わずコントのようにツッコんでしまった影緋だが、アンリマユの言っていることも一理あると頷く。このカルデアにおいて、報連相は命綱と言っても過言ではない。情報は武器だ。なら、その武器を有効活用するのは当然といえるだろう。……もっとも、これから知らせなければならない内容は武器どころか爆弾にもなりそうな気もするが。そこはまあ、深く考えないようにしておこう。そうしなければ、精神が保てない。

だが、そんな考えを隣にいる愉快犯が許してくれるはずもなく。

 

「ああ、あとマスターが最後に言った『首掻っ切る』ってセリフも伝えるつもりなんで、ヨロシク」

「え」

「ちなみに、あの婦長さんにも伝えておくつもりなんで、精々激しく怒られないことを願ってくださーい☆」

「ちょ、ちょっと待て、それだけは勘弁してくれアンリマユ!!」

「だが断る!!」

 

逃げたもん勝ち、と言わんばかりに走り出すアンリマユと、その後ろを追いかけ、止めようとする影緋。

二人の騒がしい足音が、響いていた。

 

 

 

 

 

正義に振り回され続けた脇役の話

 

 

 




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