聖地巡礼inテラ   作:狸帽子の旅人

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会議は踊る、されど進まず 中編

 

 冬が明けて間もない頃、ウルサスの各地に散らばる有力貴族たちは、一年に一度、ウルサスの首都『サンクト・グリファーブルク』にて一堂に会する。

 

 出席自体は一応任意ではあるものの、貴族の当主、もしくは将来有望な若い貴族らはこぞってこの場に姿を現す。

 

 その目的は偉大なる皇帝陛下に忠義を尽くすため、ではなく、ただ単純に機会を伺いに、もしくはその手に掴むために足を運んでいるに過ぎない。

 

 己の功績の誇示の為、考案した政策を通すことによって高まる影響力の為、他を蹴落とす薄汚い陰謀の為。年に一度開催されるこの総会は、半ば様々な欲望と陰謀が交錯する貴族間の闘争の舞台となった。

 

 その最終日に開かれ、フィナーレを飾る舞踏会も、例外ではない。

 

 互いが互いに、腹の内を隠し、会議とはまた違ったアプローチで出し抜き合い、手を組み合う。

 

 ウルサスでもっとも盛大で、大規模な貴族の今後の生き残りを賭けたバトルロワイヤル。

 

「……似合って、いるだろうか」

 

 だが、そんな舞踏会場の端のバルコニーに佇む私は、呑気にもそう呟いた。

 

 まるで舞踏会に参加するのが初めての初心の娘かのように、あるいは自らの美的センスに自信がないように、体を隅々まで見渡してはくるくると体を回転させたりと落ち着きのない素振りを繰り返す。

 

 黒を基調としたロングドレスに、首元や袖を覆う露出の少ないデザインに不満を持ったわけではない。むしろ、好ましいとさえ思っている。

 

 しかし、それが自らに合うかどうかは別問題。貴族らしい華美な意匠の服装よりも軍服やスーツなどを着慣れてしまったことで早い話、不安なのだ。

 

 何に対して? そりゃあ、ソルシア(想い人)から良く思われたいからである。

 

「乙女か、私は」

 

 軽く火照った体から熱を吐き出し、肌寒い空気を肺に取り込む。

 

 まだ、冬の残り香が混じる空気は冷たく、少しとげとげしているが、熱に浮かされた私には丁度良く感じられる。

 こんな姿を10年前の私が見たらどう思うだろうか、卒倒するだろうか? いや、卒倒するに違いない。この寒い場所でわざわざ佇んでいるのも、彼を出迎えるためなのだから。

 

 

 それから、長くもないが、短くもない時間が過ぎた。

 

 持ってきたワイングラスが空になり、雲に隠れていた二つの月の片割れが僅かに覗き始めた頃。私は馴染み深い気配を感じ、眼下を見下ろせる手すりへと足を運ぶ。

 

 ふと見下ろせば、やはりそこにいた。

 

 病的に白い肌と白い髪、おどろおどろしく爛々と煌めく緋い目、尖った耳に雄々しい双角。人々から見れば人のカタチをした怪物が、私の待ち人がこちらをじっと見つめ返していた。

 

「……遅かったな、主を待たせるとは何事だ?」

 

 別に遅いなんて思ってもいない。ただ、言ってみたかっただけだ。

 

 すると、彼はドロリと闇に溶けるように姿を消した。思わずその場所を凝視するが、もうそこには彼の姿はいなかった。

 

「申し訳ございません、ご主人様。しかし、怪物の私に構わずとも、ゆるりと中で歓談なさられてもよろしかったのですよ」

 

 鉄錆の匂いが一瞬漂ったのと同時に、隣から聞き覚えのある声を掛けられる。

 

 驚いてそちらに体を向けると、そこには雪よりも白い肌と髪、魔族の証である尖った耳と、怪物性を示す蠢く影を足元に覗かせた待ち人が膝を付いて礼儀正しく首を垂れていた。

 

 その表情が見えないが、彼の言葉の語尾には笑みが混じっていたのが分かった。同時に私が驚いたことに対して笑ったことも。

 

「っ、驚かせるでない! ……だが、そんな芸当まで出来るとは、お前に出来ないことなどあるのか?」

 

「……近衛兵を三人同時に相手することでしょうか?」

 

「無双ではないか!?」

 

 私のツッコミに対して、膝を付いてこちらを見上げている彼、ソルシアは含み笑いを浮かべながらスッと立ち上がる。

 

 いつもの普段着のトレンチコートやスーツではなく、舞踏会に相応しい燕尾服に髪を上げたオールバックヘアという普段からはまるで考えられない衣装とヘアスタイルではあるが、とても様になっていた。

 それこそ、サルカズらしい特徴が無ければ、ウルサスの行く末を論じている若い貴族に見えた。

 

 そして何よりも首に私の羽飾りを下げているのが、なんというか、ぐっときた。

 

「な、中々様になっているな。流石は私の従者だ」

 

「感謝の極み……(一応、男装麗人ケルシー先生をイメージしたんだが、似合っているようで何よりだ)」

 

 あー、その手を胸に当ててお辞儀する仕草も口調も、いちいちかっこいいから困る。

 

 というか、従者としての役作りで挑むとは言っていたが、徹底しすぎではないか。

 

「ソルシア、何か言うべきことはないのか?」

 

「そのお召し物、ご主人様のクールビューティな雰囲気にぴったりです。良く似合っている」

 

 普段、いつもの彼ならばクールビューティなんて言葉は絶対使わないのに、不思議と違和感はなかった。彼にとってはこれくらいの所作や礼法、言葉遣いさえも意外にも経験豊富なのかもしれない。

 

 だが、それ以上に私のドレスが良く思われたこと、何気にいつも通りの口調で褒められたことが何よりも嬉しかった。

 

「ふっ、それでこそ私自ら見繕って選んだ甲斐があるというものだ」

 

「はい。ご主人様の審美眼も見事なものです」

 

「は、ははは……」

 

 言えない。ドレスを着慣れなさ過ぎて、どれが似合うかも分からずに侍女たちや母上にまで情けなくも縋り付いて協力してもらって、この日の一か月前から準備したなんて言えない。

 

『私の教育方針があったとはいえ、仮にも貴族の女性がダンスを忘れるなど言語道断です。はい、今日から仕事終わり最低2時間は私の所でダンスのレッスンです。そのヨレヨレの軟弱ダンス鍛え直してあげましょう』

 

 母上からダンスを猛練習を行ったことも言えるはずがない。

 

「そろそろ中に参りましょうか。ここに長居していてはお体に障りますよ」

 

「そうだな。では、今夜はよろしく頼むぞ、我が親愛なる従者殿?」

 

「仰せのままに、親愛なるご主人様」

 

 それくらいにこの日を待ち侘びていたことを、女として本気で準備していたことなんて、言えるはずもなかった。

 

 

 

「嘘、なんで舞踏会にブラッドブルードが出席しているの? ああ、おぞましい」

「けしからん。ただの戦略兵器だった癖に、ついにはこの場まで足を踏み入れよって。誰だ、伝統のあるこの舞踏会に招き入れた愚か者は」

「ひっ、あ、赤い目の怪物……あ、あれが悪名高い伝説の」

か、かっこいいですわ! ゆ、勇気を出すのよ私、今を逃していつ話しかけるというの! 

 

「「……」」

 

 がやがや、ざわ……ざわ、ざわ。

 

 中に入ってものの数分。たったそれだけで、私たちの周りは、まるで駄獣の群れの中に肉食獣が一匹入り込んだような混乱具合になっていた。

 

 仲良く騙し合いや駆け引きを行っていた貴族たちや、腹黒い貴婦人たちも彼がいることで気が散るのか、棘のような視線があちらからもこちらからも刺し殺さんばかりに向けられているのが分かる。

 

 特に凄まじいのが、40代後半以降の年齢層からの視線。「殺してやる……殺してやる」と言わんばかりの怨嗟が滲み、殺気を帯びたかのような視線を向けており、それらが一つの束となって重苦しい空気に変貌していた。

 

「(サルカズ語)愉快な気分ですご主人様。いい年した貴族とあろうものが感情を剥き出しに歯ぎしりする姿なんて、あまりにも滑稽で傑作ですよ」

 

「(サルカズ語)確かに、貪欲な彼奴等が歯ぎしりするこの光景は愉快だ。それにしてもお前は随分と余裕だな。……いつ、どこから源石片が飛んで来るかもしれないのだぞ」

 

「(サルカズ語)余裕と油断は大いに違います。あらゆるトラップ、奇襲、刺客による襲撃といったありとあらゆる障害については問題なく対処を。出来なければ身を挺してでも御守りする所存です。ですから、ご主人様には指一本、血の一滴すら垂らす未来はないとここに保証しましょう。」

 

 そんな中彼は、この場に漂う重々しい空気、向けられる恨みの籠った鋭い視線などを全く眼中にないかのように、余裕の表情でワイングラスを回している。

 

 目に見えて目の敵にされているというのに、この大胆不敵な態度を取り続けられる彼に、私は改めて感服した。

 

「(サルカズ語)しかし、ご主人様。敢えてサルカズ語を使う必要があるのでしょうか? 確かに楽に会話は行えますが?」

 

「(サルカズ語)それで良いではないか。外野に会話を聞かれる心配もないのもそうだが、何よりもこの方が舞踏会を楽しめるだろう? だからいつも通りの言葉遣いで構わないぞ」

 

「(サルカズ語以下略)お心遣い、感謝いたします。しかしながら、従者言葉でないと従者としての立ち振る舞いも崩れてしまいますので、今日限りはこの口調のままでご容赦ください」

 

 それにしても、慣れている。その所作に、即席で取り繕ったような堅苦しさやぎこちなさはどこにも見受けられず、むしろ優雅で、優美。

 

 その完成度は、この場にいる数々の従者、侍女、執事の高いレベルにも劣らないものだった。

 

「ソルシア、お前は昔、誰かに従者として仕えていたのか?」

 

「はい、ご明察ですご主人様。私は以前、殿下と閣下。ご主人様たちが俗にいう魔王の秘書としてお仕えしていたことがあります」

 

「なッ!?」

 

 とんでもない新事実に私は驚きのあまりに少し大きな声を漏らした。周りからさらに視線が注がれるが知ったことではない。それくらい彼から告げられた事が驚愕に値する者だった。

 

 魔王? あの魔王? サルカズの頂点に君臨するとされる恐怖の象徴の? 100年以上前のヴィクトリアやウルサス、ガリアの軍勢を退却にまで追い詰めたあの伝説の? 

 

 思わず、そのような思考を頭の中で意味もなくぐるぐると回り続ける。だが、彼の前でこれ以上の醜態を晒すわけにはいかないという思いから、どうにか平静を取り戻す。

 

「そんなに驚くことでもございませんよ、ご主人様。確かに、魔王の秘書という肩書は大層なものですが、実際は運よく気に入られただけなのです。ただ、縁に恵まれたに過ぎません」

 

 私には、彼の言葉が紛れもない本心であることが何となく分かった。

 だが、そうだとしても驚くべき事実は変わりはしない。

 

「それでも誇るべきことではないか。魔王と言うのはサルカズの頂点に君臨する者であろう? その秘書となれば右腕、もしくは懐刀も同義。それを謳い文句にすれば、多少なりとも楽な生き方をできるのではなかったのか?」

 

 魔王の秘書という経歴は箔が付くほどの騒ぎではない。彼が受けている誹りや悪態、それらを黙らせるには十分すぎる上に、内政官僚としてもっと伸び伸びとやりたいことをやれるような経歴。

 

 それを謳えば、どんな大貴族であろうと、どんな将軍であったとしても、もう簡単に彼に難癖を付けることが出来ずに、彼を認めざるを得なくなるなる。

 もう、ソルシアから出された試案というだけで棄却され、白紙に返される理不尽を受けずに済むのだ。

 

 もっと、自由にやれるのだ。

 

「それはとても楽な生き方かもしれません。ですが、私には出来かねます。私は、このように殿下の下を去った身。そのような私がかつて殿下にお仕えしたことを謳うなど、口が裂けても、渇きで正気を失おうと、それだけは、殿下に泥を塗る真似だけは絶対に出来かねます」

 

「!」

 

 私が浅慮だった。

 

 私が言ったことは、主を売って己が為に利用しろと言ったも同然だった。

 

 侮辱、侮辱に他ならない。これほどの忠臣で、高潔な彼に対して、私がかけた言葉は驚いて咄嗟に出たとは言え、侮辱そのものであり、軽んじる発言だった。

 

「すまない。軽率な発言だった」

 

「──―! ……本当に、あなたは私に過ぎたお人ですね」

 

「何を小恥ずかしいことを……ええい、ともかく乾杯をするぞ。このままでは延々と喋り続けてしまいそうだ」

 

 そう言って、濃い赤ワインが注がれたグラスを彼の方に軽く近づける。彼もそれに釣られたように同じく赤ワインが注がれたグラスを私のグラスにそっと寄せた。

 

「……」

 

「? どうかしましたか、ご主人様」

 

 乾杯する直前で、私はおもむろに手を止めた。その理由は、至って単純なものでただ乾杯するのが味気ないと思ったから。

 

 普段、彼と酒を酌み交わす機会は多くはないものの、無いことはない。

 

 だが、こうしてドレスを身に纏い、燕尾服姿の彼と酒を酌み交わすなんて、これからもあるかどうか分からないし、今までのように順風満帆に行くのかも分からない。だから、多少なりとも欲が出た。

 

「ああ、なんでもない。では、お前と出会って10年の月日を祝して、乾杯」

 

「! ……こちらこそ、ご主人様と出会えたことに乾杯」

 

 こつん、と控えめにぶつかったグラスは小気味のいい音が鳴り、私はこれまでにない多幸感の中、ワインを一口呷る。

 

 血液のような、赤く濃いワインが唇に触れ、尖った牙に触れ、いい香りと喉をほのかに焼く感触が心地よく感じる。

 

「ふぅ、やはりここに並ぶほどのワインは格別に美味だな。どうだ? お前の口に、あった……」

 

「──―」

 

「……どうした、ソルシア」

 

 彼は、ワイングラスを口に付け、今にも赤ワインを口に運ぼうとする直前の状態で静止していた。

 

 あからさまに雰囲気が様変わりした彼の様子に思わず癖で体に力まない程度に全身に力が入る。それと同時に、あれほど煩かった視線が、華やかだったパーティの喧騒、貴族たちの話し声が、この一帯からイベリアで見た海岸の波が引くように消え去っていることに気が付いた。

 

 微かな話し声すらもなく、静寂の中、小さな一つの足音が、コツコツ、と背後から酷く耳に残るような足音が、背後から近づいてくる。

 

「……ご主人様、私がこの世で嫌う者、避ける存在はいくつかございます」

 

 そんな中、彼は飲みかけていたワインを一気に呷り、ウルサス語で悠々と語り始めた。

 

「一番目障りなのは見ていて怖気と嫌悪が溢れ出る老い耄れのブラッドブルードの大君。二番目は、終わりのない悪夢のように押し寄せる凍原の悪魔。三番目に、忌嫌っているわけでも恨んでいるわけでも恐れているわけでもありませんが、出来ることなら金輪際関わりたくない者が一人、いらっしゃいます」

 

 私は、彼の緋い瞳がギラギラと燃えているような錯覚を覚えた。足元の影が威嚇する様に蠢き、私の中にある血液が彼が()()していることを知らせる。

 

 彼の目線は、私の背後に釘付けになったように、そこを凝視し、睨みつける。

 

「ご主人様も手遅れかもしれませんが努々お気を付けください。でなければ、私のようにとんだ悪縁を結ぶことになります」

 

 背後の足音が止まり、それと同時にクスクスという小さな含み笑いが聴こえてきた。

 

 そちらに振り向く過程で、辺りの景色が目に入り、周りにいた貴族たちの様子が目に映った。彼らは怯え、畏れていた。あの帝国貴族たちが、だ。

 

「御無沙汰しております、コシチェイ公爵。…………無礼を承知で申しますが、とっとと帰れ"古代サルカズスラング(クソ野郎が)"」

 

「全く、釣れないな。こうして出向くほど、君を懇意にしているというのに」

 

「出来ることなら、お前の懇意なんて断固として願い下げだが」

 

 背後にいたのは。かつて遠目で見た凶悪なウェンディゴでも皇帝近衛兵でもない。彼がいつか話していた凍原の悪魔でもなく、一人の満面の笑みを浮かべた壮年の女性だった。

 

 蛇の目に、尖った耳、微かに見える蛇鱗、そしてフェリーンとウルサスと違った特徴的な尻尾。

 

 

「初めまして、アンジェラ・ヴェスナー侯爵令嬢。私はコシチェイ、グレゴリー・コシチェイ公爵と申します。どうか、末永く、お見知りおきを」

 

「―――」

 

 

 しかし、相手はただの女性のはずなのに、私は、近衛兵よりも、恐ろしきウェンディゴよりも、渇きに苛まれているソルシアよりもずっと、畏れを抱いた。

 

 何故だか分からない。だが、その雰囲気、たたずまい、その存在そのものに、私は心当たりがあった。

 

 確か、この似たようなものを私は見た気が──―、

 

『祈るなら一緒に帰りの無事を祈願なさい。貴方が思うほどイェラガンドは異邦人に厳しくないわ』

 

『勝手な偏見だけど、帝国のヒッポグリフは()に浮気なんてするのかと思って』

 

『──―ふふ、こちらこそよろしくね。アンジェラ、ソルシア』

 

 

 

 

 

「あ"」

 

 





・ソルシア

 服選びに自信が無いので男装ケルシーをリスペクト。
 縁に良くも悪くも恵まれている主人公。

・アンジェラ

 アイディアロールクリティカル!
 SANチェック失敗!SAN値を1減らしてください。

・コシチェイ(女)

 50代半ばの壮年のイケおば。
 他意はなく、純粋に喜んで笑っている。


 新年あけましておめでとうございます。
 二度に渡る延期でしたが、読んで下さりありがとうございます。
 これからもよろしくお願い致します。




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