聖地巡礼inテラ   作:狸帽子の旅人

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感想、評価、お気に入り多数ありがとうございます。
その一つ一つが、私の励みになっております。

投稿頻度に関しまして、1話あたり5000文字以上であることと私の都合上、週2投稿とさせていただきます。

最後にこんな稚拙な物語ですが、今後ともよろしくお願いします。



聖地巡礼inイェラグ 前編

 

 1019年 初秋

 

「ほら、今日はここいらでテント張るぞ」

 

「ぜぇーぜぇー、ま、まだなのか? もう既に上り始めて4日目だぞ」

 

「存外に順調なペースですよ。そもそもアンジェラは余力も十分そうですし」

 

 イェラグ国境、夕刻。

 

 実に2年ぶりくらいのまとまった休暇を取れた俺は、雪山登山道具を潤沢に担ぎ、イェラグ国境の山脈の登山を行っていた。

 

 切り立った山脈から小さな小石と雪の欠片が時折零れ落ちていく。

 

「ざっと八合目くらいですよ。明日にはイェラグを眺められそうだ」

 

 背後でぜぇぜぇ肩で息をしている彼女のために折りたたみ椅子を敷き、手早くテントの設営を始める。

 

 この登山を開始してから四日目、一応天災に見舞われても対処できる手段を擁してきたとはいえ、ここまで天災にも見舞われず、天候も前日と今日が降雪だったものの今のところ比較的順調な登山を送っている。

 

「すまないな、休んでばかりで」

 

「寧ろもっと休んでください。デスゾーンには満たないとはいえ、慣れない方は高山病や低体温症に罹患するので」

 

「こ、高山病? デスゾーン? なんだその聞いたことのない恐ろしい単語は」

 

「いえ、普段低所で生活している人たちが急激に高所に移動したりする時に、気圧、酸素、気温など様々な環境の違いから起こるのが高山病です。デスゾーンは人の生存が難しくなる場所ですね」

 

 その症状は大きく分けて三つあり、軽い順から山酔い、命にかかわる高度肺水腫、高所脳浮腫などの三例が挙げられる。

 

 前提として前世の人間のスペックでの病気だから、デスゾーンも同様にこの世界の人の強靭な肉体なら案外縁遠いものなのかもしれない。

 

「なら私は高山病なのか」

 

「多分大丈夫でしょう。眠れないや息苦しい、頭痛や睡眠障害の類じゃないみたいだからな。むしろ気を付けるのが俺の方です」

 

「お前が? あの怪物じみた生物のお前がか?」

 

「いや、この防光装備の設計上で欠陥です。視界上部が見えにくくなっているので安全確保が大変なんですよ」

 

 光を防ぎつつ、ウルサスの極北の地であっても問題なく活動できるように設計された正式装備。だが、その設計上、頭に被っている鉄笠が視界の上側を遮ってしまう。

 

 安全確保を十全に確保する側としてこの欠陥は決して容認できないものだが、この体の抗えない体質上外すことに出来ない。

 

「・・・アンジェラ、無理を承知で頼みがあるんだがいいか?」

 

「なんだ? 血のおかわりか」

 

「それはそれで魅力的だけど違うことだ」

 

 俺が頂上、山脈の頂点を目線を向けると彼女もつられて頂上を見上げる。

 

「山頂で、夜明けが見たい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2週間前 深夜

 

「休暇ください。なんでもします」

 

 彼は死んだ目と死んだ声で、目の前の上司。現ウルサス財務大臣であるウルサス人のヴェスナー侯爵に直談判していた。髪の毛はパサつき、隈がくっきりと現れ、いかにも過労具合が伺える。

 

 実際、昨日で8徹目であり、彼の理性はマイナスどころの騒ぎではない。その弊害が既に起きており、何のアポイントを取らずに侯爵邸宅に真っ直ぐ出向き、守衛をなぎ倒して、土足で入り込み、そのまま侯爵の執務室へとずかずかと入るという暴挙を犯していた。

 

 つい1週間前に侯爵から定期的に休みを取るようには言われていたものの、彼が室長の事務所には様々な所から大量の書類から関係のない管轄外のものまで、お貴族様たちからの嫌がらせで送り付けられてくる。侯爵は無視しろ、嫌であれば嫌と言えと彼に言ったが、こんな嫌がらせなんて可愛いものですよと彼は作り笑いでペンを折った。彼としても怒っていたらしい。

 

 しかし、彼はその怒りすらも業務を行うためのエネルギーに変換し、積みあがる書類の数々を日夜捌き、捌いて、捌きつくして、この様である。

 

「各方面への業務は全て行くべき場所に返送しました。最近戦争がないので滞っている経済への補填と、食料生産施設の試験的な導入も関係各所に説明書と企画書を同封しておりますのでご心配なく。数か月後の戦争についての経費につきましては、厳寒期の備えのための暖房費と装備、弾薬燃料費、建材費、補給に関する糧食についての最終の推定見積もりが終わりましたので後日部下に持って来させます。──―だから2日でいいので休ませてください何でもしますから」

 

 流石に侯爵も、これはいかんと危機感を感じた。こうなるまで放っておいた己にも非があるのはもちろんだが、とにかく彼から仕事を取り上げさせねばならない。

 

「2日と言わずに2週間休養を取りなさい。君、ここ2年はまとまった休みは取ってなかっただろう」

 

「はい、そうですね。ここ2年くらいはリターニアの交渉とか、ガリアとシラクーザの外交問題の炎上具合に注視せざる得ませんでしたから」

 

 はぁ、侯爵はため息を漏らす。昔に対面した時は思いもよらなかった高い官僚としての能力。部下を統率する将としての他に、建築の監督役にすら経験ありというオールラウンダーな彼の手腕は素晴らしいものがある。実に、素晴らしすぎるのだ。

 

 普通の官僚なら音を上げかねない膨大な量、様々な分野に対する一定の見識、例え感染者であろうとも能力さえあれば抜擢するという度肝を抜かれる大胆な起用と部下の使い方の上手さ。

 

 ほとんどの貴族が気付いていないが、彼はもはやウルサスには無くてはならない存在になっている。

 

 事実、彼が前線から後方勤務、官僚へ転属してからと言うもの、失業率は0.5%改善したし、財政も2%健全化を果たした。

 

 このウルサスの国家の実情をより深く知る者であればあるほど、この改善具合は奇跡的ともいえる。傲慢な貴族と潜在的な醜い国民性の隙間を縫って実現させた彼の手腕と知恵は、もはやかけがえのないものだ。

 

「今すぐ、休暇申請を受理する様に働きかけよう。君は今すぐ休みなさい。これは命令だ」

 

「了解いたしました、侯爵」

 

「いや、ここで休めと言っている」

 

 侯爵は席を立ち、彼の目の前に立つ。

 

 ウルサス人は強靭な肉体が第一印象としてあるため、意外と周知されていないが鼻が利く。それこそ、ペッロー(イヌ科)やフェリーン(ネコ科)のような種族よりの数倍以上に。

 

 ウルサス人である侯爵には彼が使用している香水の匂いとは別に、甘ったるい特有の体臭がすることを最初から気づいていた。

 

「薬で誤魔化して働くなんてらしくないぞ、友よ」

 

「はあ、分かった分かった降参だ。もう薬なんて使わないと誓うから肩から手を離してくれ。アダム、お前は昔から力加減が苦手だろ?」

 

 脱力する様に来客用のソファーに力無く座り込んだソルシアに、向かい合うようにアダム・ヴェスナーが座る。

 

 昔、30年前に戦友として戦って以来、交流を続けてきたソルシアにとって数少ない友人。あの精悍な若者だった彼が、今はもう白髪が所々に生え始めたハンサムなおじ様になってしまったことに無情にも時の流れを感じてしまう。

 

「執事、客室の準備を。それで、次の休暇は何処に行くんだ」

 

「そう、だな。二日くらい休んでイェラグに登山でもしに行くよ」

 

「イェラグ、カジミエーシュの南、ヴィクトリアの西の山脈にあると噂の土地か?」

 

「正確にはイェラグという辺境を覆う山脈の一角を登頂するつもりだ。その地域は天災が少ないから登りやすくて以前から行こうとは計画していたんだが、中々暇を作れなくてね」

 

 ゴキッ、ゴキッと首を回しながらそう答える。

 

「なら娘も連れて行ってくれ」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

「娘が前に行ってみたいと言っていた」

 

「???」

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェラ、今更過ぎるがなんで俺の登山に付いてきたんだ。そもそも登山経験すら皆無だろう?」

 

 夜明けまで2時間前。

 

 既に最大の難所は越えた俺たちは険しい丘陵地帯を降雪の中を進んでいた。

 

「そう、だな。だが幸いなことに両親共々、特に母上の血を特に濃く受け継いだからか、生まれてこの方、肉体的に困ったことはないのでな。お前の方こそ、登山経験はあまりないだろう」

 

「正直、ブラッドブルードの能力に頼りきりなのは認める。後、質問に答えてもらっていないぞ」

 

 暗い中、一歩一歩前方の安全を確かめて足を踏みしめ、それでいて今まで以上の好ペースで山頂へ登っていく。その功労者は間違いなく直ぐ真後ろにいる彼女だ。今まで一人で担っていた役割を彼女が分担し、リスクを監視する目が二倍になったことで踏破速度が格段に増していた。

 

 時間を見つけては独力で登山について勉強する彼女の努力と字頭の良さ、理解の速さに体がここぞで追いついてきていた。

 

「昔、リターニアではアーツ学はもちろんだが、もう一つの専攻として『カミ』について学んだ」

 

「その内容はいい加減なこじつけも多かったし、オカルト的要素も強かったからその教授は他の教授たちの笑いものだったよ」

 

「だけど、私は母上から聞かされたことがあるんだ。ウルサスに根付く一柱の神の存在を」

 

 彼女は語った。

 

 ウルサスがまだヒッポグリフの統治下にあった900年以上前。当時、神民と呼ばれた種族の一つであるピッポグリフはウルサス人やフェリーン、ペッローなどの先民たちを差別し、自らこそ世界で最も優れた種族であると豪語した。その傲慢さに目を曇らせ、私の祖先はその傲慢さに気付いて先民側に着いたことを。

 

 当時の資料のほとんどが紛失、焚書にされた上に後の統治者であるウルサス人によって歴史が編纂され、900年前の歴史は雪の下に見る影もなく埋もれてしまっている。

 

 しかし、ウルサスにはかつて、『カミ』がいた。

 

「かつて、ヒッポグリフは大いなる一柱のカミを崇めていた。『不死の黒蛇』、彼の『カミ』にはもっと別の敬称があったのかもしれないが少なくとも『カミ』に該当する存在は、実在していた。死んだのか、祖先たちが捨てたのか、はたまた祖先たちに愛想を尽かしてウルサス人に手を貸したのか、それ以上の事は分からない」

 

 彼女は薄暗い空と山頂を見つめながら、さらに一歩足を踏み出していく。

 

「炎国の奇譚や伝承然り、ウルサスにかつて崇められた『カミ』然り、教授が語ったのはそのような超常的存在が大地を闊歩し、それらを『カミ』として崇めたのではないかという。仮説と言うよりただの妄想だ。だけど、私は失われた神話の切れ端を知っていたからこそ、このイェラグを訪れたかった」

 

 いつしか、俺を追い越し、まだ見ぬ頂上へと足を踏み出していく目には期待と好奇心に満ちていた。

 

「閉じた鎖国国家、イェラグという場所で美しい霊峰に『カミ』を見出したそうだ。それが誠なのか、一度その霊峰を拝みたかったのだ」

 

「・・・『カミ』を見出した、か」

 

 ニェン然り、その妹のシー然り、不死の黒蛇然り、他に似たような存在が居てもおかしくない。しかし、その教授が『カミ』を見出したほどの美しい霊峰か・・・まさか、ここに来て聖地巡礼以外にも楽しみが増えるなんて、思いもよらなかった。

 

「なら、安全第一にな。ここで滑落でもしたら俺の首が飛ぶ」

 

 

 

 

「はぁはぁ、ついた、のか?」

 

「・・・あぁ、イェラグの国境の山脈の最高地点付近だ」

 

 景色はお世辞にも良くはなかった。

 

 イェラグが一望できるかと思われた景色も雪雲に覆われ、教授が見た霊峰らしき存在もあたりの雲海に視界を覆われている。ついてなかった、そう言うしかないような悪天候だった。

 

 だが、俺としては満足ではあった。元々の目的がイェラグ国境の山脈を踏破することであって、頂上で夜明けを迎えることは途中で生まれた欲であり、願望。原作を知る身であり、形ばかりとはいえ、まだ生まれてすらもいない盟友の故郷をこの大地に生を再び得た時からずっと拝みたかったのだ。

 

 隣の彼女に声を掛ける。

 

「すまない。骨折り損をさせてもらって」

 

「いや、ここまで悪天候に見舞われなかっただけ幸運だ。それにどうしようもないことに怒るなんてことは私はしないさ」

 

 彼女は彼女で満更でもなさそうに、適当な場所に腰を下ろしてそう答える。

 

 俺たちはそれからしばらく黙っていた。この視界の悪い中でも、ここにあった景色と『カミ』の如き霊峰を思い思いの想像を巡らす。

 

 少し、手持ち無沙汰になったので湯を沸かし、ホットミルクを作ることにした。幸いにも風は強くなく、この頂上一帯が雲に覆われているだけなので苦労せず火を起こす。沸かした湯に粉末状のミルクを加えて出来上がる手軽さは素晴らしい限りだが、どこか本物のホットミルクとは違うのはご愛敬。それでも体の芯を暖めるこの登山には欠かせない飲み物。

 

 それを二人前作り、隣から差し出された手に一つ。景色を感慨深く眺めている彼女に手渡す。

 

「あら、どういたしまして」

 

「ありがとう。やはり、これは美味しいな」

 

「けど、このホットミルクどこか違うわね。でも美味しいわ」

 

「「──―」」

 

 俺の分を美味しそうにちびちび飲む突然現れた彼女に、俺もアンジェラも驚きのあまり固まる。

 

 けど、いきなり斬りかからなかったのは敵意や殺意の類は一切感じなかったのと、彼女からは安心するというか、何となく敵愾心がどうしても湧かなかったから。

 

 俺とアンジェラは顔を見合わせ、もう一度粉ミルクをちびちび飲む不審人物に顔を向ける。

 

「なあ、アンジェラ。一応聞くけど気付いたか?」

 

「お前が気付かなかったら私が気付けるはずないだろう。と言うかお前、本当に気付かなかったのか? 本当の本当に? 怪物じみたお前が」

 

 二人して、謎の人物に恐怖を抱き始めた最中。彼女は俺の対面に腰を下ろして、にこやかに笑いかけてくる。俺はその雰囲気にどこか見覚えがあった。そう、そうだ。この人と隔絶した高位の風格には覚えがある。

 

「……アンジェラ、警戒しなくていい。この手の類いの者は見た目である程度本性が見受けられるから」

 

「ソルシア、急に現れてきた不審人物だぞ! 場数が少ない私でもこの者が只者では無いと分かる!」

 

 気持ちは分かる。この雰囲気が全て虚像であり、残忍で性格の悪い神だったとしたら俺たちは終わりだ。逃げるにしても、戦うにしても、まともに死体すら残らない。

 

 彼女の肩に手を置き、無理やり座らせる。

 

 今できることは目の前の神に、許しを──ー、

 

「あらいけない。人ってこういう事をされると驚くのをすっかり忘れていたわ」

 

 ゆっくりと歩み寄ってきた彼女は、雪のように白い手で俺と隣の彼女の頭を撫でてくる彼女に、されるがままにされる。

 

 因みに、めちゃくちゃ恥ずかしい。それ以上に、今世では母性というものを久しく味わっていなかった俺には、その行為だけで心が安らぐ。

 

 隣にいた彼女に目をやると先程までの不安は消え、頭をよしよしされている状況に困惑と安心が入り混じったような複雑な面持ちをしていた。

 

「その、赦免してくださるのですか・・・」

 

「赦免も何も貴方たちは何もしていないでしょう。貴方たちの目の前に現れたのは、ただ久方ぶりに訪れた来訪者がどんな人か気になったからよ。特に気にする必要なんてないわ。どうしても、というのならこのホットミルクに免じましょう」

 

 こんな慈愛100%な感情を向けられたのはいつぶりだろうか? 

 

 無償の愛を与えられたのはいつぶりなのだろう? 

 

 考えてはキリがないが、確かなことがある。

 

 それを与えてくれた彼女が、それを与えられるだけの心を持つ存在であり、疑いの余地は無いということだ。

 

「貴女の、お名前は」

 

「そうねぇ・・・イェラ。私の名前はイェラと言うわ」

 

 





ソルシア

社畜。能力と根性と気合で何とかする男。休暇が降りても後、二徹はするつもりだった模様。

アンジェラ

行動力の化身。とある理由で来年から自由な時間がごっそり減る事を考えてダメもとでイェラグ行きに志願した。


執筆、周回、狂人号ストーリー、10章攻略・・・死にそうです

タスケテ・・・タス、ケテ。
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