聖地巡礼inテラ   作:狸帽子の旅人

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怪物の中身

 

 

「……いッ」

 

 一瞬、飛んだ意識を引き戻し、あたりを見渡す。

 

 荒れ果てていた都市がさらに崩壊しており、いたるところにアーツによる真新しい破壊痕が散りばめられていた。

 

「ぎゃあ"ぁああ"!?」「腕がぁ!? 腕がぁ!!?」「助けてくれぇ! 足がぁ足が挟まっているんだ!」「火の手が上がったぞ! 不味い、火を消せ!」「衛生兵ぃ! 衛生兵ぃ急げぇ!!!」

 

 奇襲だ。包囲され、陥落寸前のカジミエーシュ軍に援軍が到着したんだ。

 

 瓦礫から飛び出して、直ぐに周りにいる兵士急いで指示を矢継ぎ早に飛ばす。

 

「大尉!」

 

「お前らか! 無事だったか!」

 

「大尉こそ、よくぞご無事で」

 

 俺の部隊の連中の大部分が無事だったようで、小さな擦り傷こそ見受けられるがとにかく無事で済んだようだ。

 

 声を掛けてきた兵士は数年……いや、もう七年も前に炎国からウルサスに帰る時に乗り合わせた装甲輸送車の運転手だ。すっかり垢ぬけた顔になり、今となって中尉となって一人前の兵士の顔つきになっている。だからこそ、そんな彼らに焦りを見せては彼らまでも混乱に陥れてしまう。

 

「当たり前だ。天災が降ってきても俺は死なん。それで、敵影は? いや、何らかの飛翔物でもいい、何か見つけたか少尉」

 

「敵影無し、飛翔物は南方から来た模様!」

 

 艦砲射撃? カジミエーシュの高速戦艦の襲来なんて知らせなんてない。味方の戦艦の誤射だったら軍法会議で死刑だ。伏兵からの攻撃? いや、この都市部の8割は既に掌握済みだ。その地域や外周には最低限ではあるものの、哨戒する兵士を配置していたはずだ。追い詰めている拠点からの攻撃には安全が確保されているはず。

 

 思考が堂々巡りになり、思考が凝り固まる。

 

 何故? なんで? 

 

 そんな陳腐で凡人な思考が頭を埋め尽くす。

 

「──―」

 

 だが、周りへの観察眼だけは怠らなかったのが俺の、彼らの命を救った。

 

 俺は見た。瓦礫の山、燃える火の手に埋もれるように、か細く消えかけている光の槍が見えた。

 

 その光が脳裏にある流星と、遠く埋もれた古い記憶がソレらの正体を呼び覚ます。

 

 空を仰ぐ。そこには、流星が迫っていた。

 

「総員! 密集陣形!!」

 

 訓練された部下たちは弾かれたように、一か所に固まった。そして、俺は地面を蹴り上げて、星を、飛翔する槍の雨を迎え撃つ。

 

 一撃、二撃、矢の雨のように降り注ぐ流星の槍を血液で生成した槍で懸命に防ぐ。

 

 たった一瞬で腕が痺れ、陽光と光の槍で焼かれた血の槍は悲鳴を上げ始め、遂には三度目の迎撃に耐え切れず砕け散る。いつも愛用している軍刀や戟さえあればあと四つ程は叩き落せたのだが、その得物も今は瓦礫の下だ。

 

 四度目の迎撃は血の膜で辛うじて防ぐものの、跳躍の勢いは確実に殺されて失速する。

 

 だが俺はその落下する最中、敵を捕捉した。

 

 搭乗口プラットフォームの南口の上部、移動都市の城壁の頂きから、最も恐れた銀色の月光の如き輝きを、俺は捉えた。

 

「大尉!」

 

 その声に意識を引き戻され、何とか受け身をとって事なきを得たがそれどころではない。奴らが来た。あの怪物集団がもう目と鼻の先に迫ってきているのだ。

 

「総員、現時刻を持ってこの移動都市と攻略拠点を放棄! 急ぎ本艦に退却!!」

 

「! 奴らが来たのですか!? あり得ません、外には高速戦艦が三隻もいるんですよ!? 目視で発見できるはずです!」

 

「そんな議論は生きて帰ってからだ! 奴らに無策で当たるなど天災に挑むと同義、お前たちはソフィーナ様とソコール様、アンジェラ様を連れて退却するぞ!!」

 

 奴らはヤバイ、滅茶苦茶ヤバイ。あの極北の怪物では単純な力では劣るものの、人の判断力と連携力は遥かに凌駕する。まだ先の未来ではあるが、彼らはあの将軍へラグ率いる精鋭師団を窮地にまで追い込んだ正真正銘の怪物。あの、アークナイツ屈指の智勇兼備の英傑の全盛期を、だ。

 

 そんな彼らならば斥候や高速戦艦の監視の目を掻い潜り、城壁にたどり着いても俺はギリギリ納得せざるを得ない。

 

「手分けして探せ! 10分して見つからなかったらお前たちは退却しろ!!」

 

「ここにいる負傷兵はどうしますか!?」

 

 辺りでうめき声と悲鳴、瓦礫の下敷きになっている彼らを見て、胸が締めつけられる思いに駆られる。まだ猶予はあるかもしれないし、人としてなら絶対に彼らを助けないといけない。

 

 見捨ててしまえばいい、

 けが人は足手まといだ、

 アイツとかあの人とかはどうせ助からない、

 俺にはもっと大切にすべき者たちがいて、彼らにこれ以上のリスクは絶対に負えない。

 

 そんなエゴが脳裏によぎる。だけど、そんなのはたった一つの考えで消し飛んだ。

 

 

あーあ、もったいない。

 

 

 ……は? 今、なんて? 何を考えた、俺。

 

 もったいない、だって? そりゃあ──―、

 

「ソルシア大尉?」

 

「──―助けろ、時間の許す限り」

 

「了解!」

 

 深く考えるべきじゃない。たまたま、そういう欲求が表に出ただけだ。

 

 そんなことなんて今は棚に上げて、やるべきことをしないといけない。

 

 だが、さっきの噴き出たココロが人の心を侵食する様に、思考に滲んでいく。

 

「アンジェラ……彼女を、探さないと」

 

 そうだ。血をちょっとだけ多く賜ればいい、そうすれば人に戻れる。

 

 彼女ならきっと了承してくれる。きっと嫌がって法外な利子を付けてくるだろうけど、それでもこんなココロを黙らせられるのならいくらだって、何でもする。だから、部下たちよりも、あいつらよりも早く彼女を見つけないと。

 

 身体が、半ば夢遊病のように動く。彼女が先ほどまでいた指揮所がある建物に走る。

 

 匂いで辿ろうとしても辺りにはすっかり香しい吐き気のする心地いい鉄のほのかな匂いが充満しており、おかげで彼女の血の匂いを辿れない。違う、違う! 今はそんな自分勝手に血を啜ってる暇なんてない!! 一刻も早く彼女たちの安全を確保しないとアダムやアンジェリカ夫人に顔向けできるものか! 牙をしまえソルシア! 俺はあのクソ親父どもたちと違うんだ! 俺は人間なんだ!! 

 

 足取りに力が戻り、混乱を極める戦場を抜ける。

 

 走って、走って、走った先に目的の建物が、様変わりした建物が見えた。

 

「」

 

 心がキュッと締め付けられ、言葉を失う。

 

 その場所も、先ほどの光の槍の狙撃にさらされたのか、建物が半壊しており、今にも全壊しそうなほどにボロボロに変わり果てていた。

 

 思考が吹き飛びかけるが、この世界の人間は前世より遥かに丈夫だ。その上、彼女は神民であるピッポグリフとあの頑丈で強靭なウルサスのハーフだ。これくらいじゃ死なない、と冷静さを取り戻して慎重に建物の中に入る。

 

 中もボロボロだった。貫通した後もあり、罅がそこら中に張り巡らされている。

 もう一度、さっきみたいな掃射が行われたら恐らく持たない、急がねば。

 

 血の匂いで辿ろうと試みるが、外と同じくここにも血の匂いが漂っていて判別が出来ない。それ以上に、外と同じくらい血の匂いが漂っていることに対して焦燥感に駆り立てられ、駆け足で館内を走りまわる。

 

 そして、その匂いがより一層強まった曲がり角の先に、いくつもの折り重なった死体を発見した。

 

 その全てが喉元を切り裂かれて、絶命していた。

 

「ぎゃあああ!?」「何故ここにせい──―ごふッ!」「将軍閣下! お逃げください」

 

「馬鹿、さっさと逃げろ!」

 

 上の階から悲鳴と聞きなれた大きな声が聞こえ、感情をそのまま吐露する。ともかくまだ彼女は無事だ! 今すぐ行けば間に合う! 

 

「仕方がない天井を、ッ!?」

 

 廊下の奥より流星が高速で俺の頭が合った位置を過ぎ、壁を容易く貫く。一応この場所は仮の本陣として建物の強度が比較的高い場所に設営されているというのに、これでは場所選びなど結構がんばった意味がない。

 

「行かせはせん」

 

 立ち塞がったのは銀槍のペガサス、カジミエーシュ最強の騎士団であり、最高峰の征戦騎士の一人。

 

 だが、そんなもの関係ない。

 

「退け、死ぬぞ?」

 

今は、お前は邪魔でしかない。

 

 

 

 

 

 

 剣は早々に弾き飛ばされ、アーツユニットで迎え撃つものの、素早い身のこなしで翻弄されて二の腕に刀傷を負い、アーツユニットを落としてしまう。

 

 最後の抵抗手段を失ってしまい、その上にトドメと言わんばかりに胸元に剣が迫る。

 

 世界がそこでゆっくりになる。

 

 私が銀槍の征戦騎士から稼いだ時間は僅かに十数秒。だが、二度の光の槍の掃射で生き残った貴族や将軍を何とか逃がすことが出来た。

 

 相手の顔を見ると、刺客は女性だった。白い、どことなく薄いクランタだ。

 そんな彼女に今から命を奪われる。当たり前だ、ここは戦場だ。

 いくら初めてとは言え、そんなこと分かっていたつもりだし、分かったつもりだった。当の昔に腹を括ったはずだったし、一昨日や昨日の戦いだって足を震わせて陣頭指揮を執ったし、その後なんかは恐ろしくて嘔吐した、何度も何度も。

 

「──―ッ!? 貴様ッ」

 

ア"ア"ッ──ッう"……ハッ、どうかしたか征戦騎士? ぐッ──があ"ッ……はっ、はっ、随分と、苦しそう、だな?」

 

 恐らく、こんな声で威勢を張れるなんて、相当覚悟キメてるようだ、私。

 

 胸を貫くはずだった細身の剣を手傷を負った腕で受け止めた。貫通した刃は私の胸元に1cmほど刺さった所で停止し、空いた片手で刃を掴んで固定する。

 

 痛いなんてレベルじゃない。貫通している刃が腕の中の神経と筋肉を擦れあって激痛が私を襲い、この剣にかかるあらゆる力で痛みが倍増し、先ほど付けられた傷をほじくり返される。

 

 だが、さっきよりも相手の顔をうかがう余裕が出来た。

 

 どうやら辛いのはお互い様のようだ。

 

「顔色が悪いな、相当無理を"ッ

 

「黙れ、“カジミエーシュスラング”」

 

 潰れた悲鳴を上げる。

 こいつ、懐にあったナイフで抑えている片手をぶっ刺してきやがった。

 

 ──―痛い痛い、痛い"ッ

 

けど、耐える。

 

涙がボロボロと零れ、もう耐えなくていいかなとかいう甘ったれた考えが脳裏に浮かぶが直ぐにドブにぶち込む。

私は誰だ?偉大なるヒッポグリフ帝国の皇帝の末裔のアンジェリカを母に持ち、勇ましくウルサス勇士であり愛国者のアダムを父に持ち、それでいてサルカズ王庭のブラッドブルードの契約者が!こんな無様に死んでなるものか!!

 

使い切りの指輪のアーツユニットを起動させ、全身の赤く雷が溢れ出る。

 

相手が目を見開き、逃げようとするがもう遅い。

 

この、"ウルサススラング""ウルサススラング"!!(意訳:派手に死ねクソビッチくっ殺女)」

 

過去一で汚ったないスラングを吐き棄て、指輪が破裂する。暴走するアーツの奔流が互いを飲み込み、赤い雷が室内を覆う。

 

本来の用途は、社交パーティなどで武器を持たない場合などに使う護身用。私の電撃系のアーツと合わせればスタンガンのように相手を無力化することが今までの使い方。

 

その許容限界を超えて死に物狂いで放ったアーツは、どんな低劣な術師よりも劣る、自らも焼く雷だった。

 

 

落雷が落ちるようなそんな轟音が、耳をつんざく。キーンとあらゆる音が消失するだけでなく、脳までも揺さぶられる。

次に暴走したアーツの衝撃波が襲い、受け身も取れずに壁に背中から叩きつけられる。

 

だが、まだ意識だけは保つ。

 

閉じた瞼を開け、明滅する視界の中で懸命に敵影を探す。

 

辺りには煙が上がり、アーツの暴走の余波が僅かに残っている様子は見えるが、それ以外は見当たらない。

 

や、やったか?

 

「ッ……急ぎ、ソルシアらと合流せねば。このままでは、かふッ、ゴホッゴホッ―――ヒュー、ヒュー

 

 

鉄錆の味が味覚を支配し、彼女が口に手をやると黒い粘り気のある液体がへばりついていて、さらに咳き込む。

頭がそれに対しての回答を用意する前に、ずきずきと胸元に激痛が走って、立つことすらもままならなくなった。

 

彼女には分からない。強烈な光とアーツの爆発を目と鼻の先で直撃した彼女は、外傷だけではなく感覚器官に大きなダメージを受けていた。視覚と聴覚、痛覚、平衡感覚、特に聴覚に至っては元より敏感であったためにダメージが大きく、鼓膜が破れ、音を拾えなくなっていた。

 

その他に外傷については痛覚が一時的に失っていたことが幸いした。

指輪を嵌めていた手は指先から肩口に至るまで皮膚がぱっくりと裂け、血がとめどなく溢れ出しており、さらに刺さっているナイフに通電して傷口の内部を焼いている。

同じくもう片方の腕も傷口が焼け裂けており、貫通した剣に通電して腕の内部も焼いていた。

 

だがそれ以上に、先ほどまで胸元に1㎝ほど刺さっていた刃から通電して、肺の一部を焼いた内傷が、彼女が負った一番の重症だった。

 

“カジミエーシュスラング”!!(意訳:ウルサスのイカレ女がぁ!!)」

 

感染者の征戦騎士の怨嗟の声は彼女、アンジェラには幸か不幸か届かない。

 

騎士は、ウルサスとの小競り合いや大規模な戦争の最中、先の戦いで感染者となった。仲間は、そんな彼女を見捨てることはしなかったが、いつの日か、騎士団に迷惑をかけることは彼女自身が重々承知していた。

 

だが、彼女にとってのこれ以上ない死に華を咲かせる機会がやって来たのだ。それが、ウルサスの事実上の中核となっているヴェスナー侯爵の子息らが率いる部隊が所属する師団への強襲。その成功の立役者になることだった。

彼女は元々、カジミエーシュが組織した極少数の特殊隠密部隊の一人だった。自身の固有のアーツは近くにいる仲間にまで迷彩を施し、敵の目を欺くことを得意としていた

アーツの天才だったこともあり、何度も何度もウルサスには辛酸を舐めさせてきた。

 

だから、今回の空前絶後の強襲作戦に命を削って、三日三晩、40人もの同胞たちに迷彩を駆け続けてウルサスの目を全て欺いて見せた。

そして、彼女はそれだけに飽き足らなかった。血反吐を吐きながらも、ウルサス軍に単独潜入して仲間たちの目となることを志願したのだ。もう、自身には時が残っていないのが分かっていたから。

 

二人で行動することを条件に許可が下り、結果としては同胞たちにウルサス軍の指揮所付近に槍の掃射を行うことが出来た。さらに死力を振り絞った迷彩で生き残った貴族将校に暗殺を敢行した。

 

だが、それは、恨めしくも半ば未遂で終わってしまった。

 

耳は欠け、片眼は雷に潰され、脇腹から源石が滲みだす。だがそれでも負の執念だけで、一歩、また一歩とアンジェラに近づく。

 

しかし、

 

「―――あ、れ?」

 

視界がぐらりと傾く。彼女が傾きを直そうとしても、横に横に傾き続けて、遂には落下する。

 

首を斬られたのだ。秒読みの余命の中で、そう知覚したのと同時に彼女の頭蓋はぐしゃりと足で跡形もなく潰された。

 

「」

 

彼女が生きていたのなら、その者を『怪物』と間違いなく呼んだに違いない。

 

普段、見ることが出来る人間らしい喜怒哀楽の表情はそこになく、能面のような空恐ろしい怪物の表情をした化け物が一匹、ここに居た。

 

彼は潰れた死体に目もくれず、手に持っていた血で塗れた銀の槍を床に突き刺し、主の下に淡々と歩み寄る。

 

……彼女は、彼を視認すらできないのか弱々しく壁際で咳き込んでいた。

見た目はとても凄惨で見るに堪えないほどの惨状ではあるが、それ以上に呼吸器の損傷と出血が少しずつ気道を塞いで、真綿で首を絞めるように彼女の命を締め上げている。

 

―――お腹、すいたなぁ……喉も渇いた

 

長らく、耐えてきた欲求が彼を苛む。

 

今までずっと動物の血で堪えてきて約100年。そして、初めて人の血を味わったのが7年前のあの日。

 

あれ以来、ずっと苛まれてきた渇きと空腹とはおさらばしたはずだった。それ以前、血を賜る前も、血が多く流れた戦場であっても歯を食いしばって耐えてきた彼は、何故今となって飢えと渇きがぶり返してきたのか、理性で抑えられなくなってきているのか不思議でならなかった。

 

だが、その理由は皮肉にも人の血を味わってしまったことが原因だった。

 

一度、ご馳走にありついたら、今までの動物の血では満足いかなくなるのは当たり前。味わった至高の血液は、彼に確かに安らぎを与えはした。しかし、それと同時に押さえつけていたブラッドブルード本来の欲求に薪をくべることとなり、遂にそれが際限なく溢れ始めたのだ。

 

彼の人としての心が、今すぐ衛生兵に診せるべきだと声を張り上げるが、そんな心は溢れ出したココロが押さえつけ、覆い尽くしていく。

 

―――そもそも、彼女とはいずれ死に別れて俺を置いていくじゃないか、ならここで看取って彼女を自分の一部としたほうがいいじゃないのか?

 

そんなブラッドブルードらしい思考が表層にまで持ち上がり、それが当然のように彼は思い始める。

 

ならば、ただ看取るだけでは可哀想だ。と、苦しむ彼女の首元に顔を近づけ、牙をその表皮に突き立てて―――、

 

助け、て―――ひゅう、ひゅう―――ソル、シア

 

「!!」

 

―――何やってる、馬鹿野郎。

 

彼は、辛うじて正気を取り戻した。が、それはより強い罪悪感という地獄に身を投じるのと同義であり、ただでさえ病的に白い肌が真っ青に染まって両手で頭を抑える。

 

誓いを立て、内心は主として見ていた親愛なる彼女をこの手で介錯しようとしていただなんて、と。彼のココロ()は激しく荒れ狂う。

 

自分の怪物としての醜さに大いに嘆く、

 

彼女を救わないとと思う反面、床に流れる血に目を奪われる自分を呪う、

 

今もなお、かぶりつきたいと思う怪物性を恐れる。

 

自身が必死に塗りたくった人間性のメッキが剥がれて、逃れられようのない怪物性をまざまざと見せつけられた彼は、端的に言えば折れかけていた。

 

―――もう諦めるしかない、諦めるしかないんだ。

 

どさり、と床にへたりこむ。涙が床を濡らし、絶望が彼を覆う。

 

―――俺は、身も心も……、

 

ごとり、と一緒に何かが彼の懐から何かが落ちた。俯いていた彼は、それに自然と目線をやる。

 

『ソルシア・ツェペシュ、我が忠臣たる血族よ、聡明な稀人よ。あなたに、ささやかな助言を送るわ』

 

かつて、心に刻んだはずの御言葉が、戦禍と謀略、陰謀、怪物性によって摩耗し、いつしか思い返すことも無くなった記憶がフラッシュバックする。

 

『あなたは、ブラッドブルードであることを嫌悪しているようだけど、それは違うわ、ソルシア。彼らの道徳の薄さや、友に証を刻む古からの風習や、あなたの父親たちを嫌悪するのは百歩譲っても、人の血を吸って生きるブラッドブルードであることまでも嫌悪してはいけない』

 

どう言うべきか迷いながらも口に出してくれて送り出してくれたあの御方は、頭を撫でながら暖かく笑いかけていた。

 

『いつしか、いつの日か、あなたがブラッドブルードであることを誇りに思う日が来るわ。ふふっ、そんなまさかって言いたげな表情ね。けど……これは前祝いよ、あまりにも早い前祝いになるけど、これをあなたに贈るわ』

 

王庭の盟約、それを模した髪飾り。

 

『自分を嫌悪しないで。これが私のささやかな助言よ』

 

「殿、下……テレジア、殿下」

 

彼は、髪飾りを拾い、それを自らの髪に付けた。

 

深く息を吸って、吐いた。彼の嗅覚に鉄錆の心地よく少し吐きそうな匂いが包み込むものの、その目には凛とした瞳が戻っていた。

 

「―――許してとはいわない、恨むなら一生恨んでくれ、死ねと思うなら死ねと言ってくれ。お前を救う手段をこれ以外に持たなかった俺のせいなんだ、俺が悪いんだ」

 

情けなく涙をぽろぽろと零しながら、自らの牙で腕を切り裂く。

 

血がぼたぼたと床に零れ落ちるのを尻目に、彼は息を荒くして罪悪感に顔を歪ませながら切り裂いた腕を彼女の傷口の上に持っていく。

 

血が、腕から零れ、彼女の傷口に落ちて、染み込んでいく。

 

傷はみるみる塞がり、傷跡も綺麗に治っていく。

 

「うっ、おええ」

 

だが、それに比例して彼の精神がミキサーに混ぜ切られるようにぐちゃぐちゃになる。

 

人として、絶対にしてはいけないのに、忌避すべきなのに、心のどこかで昏く悦ぶ自分がいることに彼は苦しんだ。苦しみのあまりに、横に嘔吐してしまうほど。

 

自分は、人間だ、人間だ。

 

そう言い聞かせながら、再び血を彼女に与える。そして、無様に嘔吐を繰り返す。

 

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「………………」

 

 

 

彼は、治療(地獄)が終わるまで、うわ言のように懺悔を繰り返した。

 

怪物の皮を被った平凡な人間の、精一杯の自己防衛だった

 

 

 

 

 





ソルシア

心は平凡()な人間。長年のツケが一気にきた。

アンジェラ

思った以上に覚悟ガンギマって作者の筋書きからまた離れた子。CONとPOWがカンストしてる。

テレジア

その目で、ソルシアの特異性を見抜いた御方。優しい。



8000文字に膨れ上がってました。誤字脱字あればすみません。

いつも応援、誤字報告ありがとうございます。良ければ感想やここ好きなどをしてくれると幸いです。

では、また。おやすみなさい。
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