その夜闇の森に、泡が走った。続けて、火が走った。
「・・・・ゲンノスケ、周囲に追手は?」
「範囲に気配は感じられないでござる。恐らくは今のメギドの攻撃で、ほぼ無力化は出来たものと」
「オイラの炎はアテにしろよ? 一応ヤケドか瀕死に止めてるんだから」
「気休めかもしれねえがな。今のうちに走れるだけ走るぞ」
それから1時間後———
「たった二匹のパートナーでここまで逃げるとはね・・・正直その適応ぶりは驚きだよ、ゼファス」
「成長ぶりって言って欲しいな、正日先生。アンタもあんな連中とつるんでないでホントの教師にでもなったらどうだ」
「挑発が下手だな、どうしてもと言うならばこれしかないか・・・ササキ、行け!」
*
「なぁ、見たか今朝のニュース。あれ絶対に山火事じゃないよな?」
「何かと思えばその話ですか・・・未確認生物説とか、そういう記事でも見たんでしょ? 有り得ませんよそんなの」
ある日の朝、3人の男子高校生が通学がてら雑談を繰り広げている。1人は如何にもなスポーツ気質な陽気な少年で、彼の発言にインテリ気味な風貌の少年が呆れながらも付き合っている。
「でも見た事無い足跡とか爪跡とかがあるって言うじゃん! 未確ナンタラとまでは行かなくても凄い騒ぎがあったんだと思うぜ! な、来名?」
「・・・何で僕に振るんだよ。どうせモラルの無いチンピラか何かが騒いでたんだろ」
名前を呼ばれた内一人の少年は、面倒そうかつ少し苛立った態度で返す。
「夢無えなぁ! もちっと心にこう、何と言うか・・・そう、ロマンだ! 男に生まれたからにはロマンが無えと面白くねーだろ?」
「人の感性を否定するつもりは無いけど・・・駆はもっと足に集中しろよ、そっちに才能あるんだから。疎かにしてると泣き見るぞ」
「う、スマン・・・」
この三人は幼稚園時代からの腐れ縁、言わば幼馴染である。
赤木駆はクラス一、とまでは行かないが、所属する陸上部ではエース級の活躍を見せるスポーツ男子である。性格は脳筋・・・ではなく敵を作り難い快活なものだ。
緑彼方は成績上位の文字通りの優等生。だが性格としては少々押しに弱く、またスポーツの類はあまり得意ではない。
「来名。・・余計かもしれないけれど、人の感性は呆れる位が良いんです。突き放すのは良くないですよ」
「・・・分かった、ごめん」
冷静に考えれば、それぐらい分かるのに。
灯輝来名。彼の存在は、駆も彼方も昔から一目置く。それは今でも変わらない。
だがそれは彼自身が感じる重荷でもある。情が薄まった訳でも、嫉妬している訳でもない。
感じるのは、自分の存在への疑問だ。勉学、スポーツ、芸術。十代の若者に対して注目され、求められ、持て囃されるのはその分野だ。
そのどれもが馬鹿らしい、そう思うのは異端なのか、はたまた世間で言う所の「才能」とは離れた立場からの僻みなのだろうか。
「そー湿っぽくなるなって! オレら3人揃ってこそオレらだろ? チーム名はまだ考えてないけど」
「何時から僕らが一括りの存在になったんですか・・・腐れ縁があるのは認めますけど」
「それと来名! お前もうちょっと自信持て! お前じゃなきゃダメな事だって沢山あるんだ! 先週だって・・」
「もういいだろ、その話は。あれは――」
「オイ」
「オイ」
「オイってば!」
「何か声しねーか?」
「このタイミングなら勧誘でしょう、きっと。無視した方が良いです」
それにしては幼過ぎる。
3人の耳に入ってきたのは、人の耳の感覚からすれば少年もしくは少女に近い声、だ。
子供が勧誘の仕事なんかするだろうか?
「忘れモンした」
「へっ?」
「だからちょっと戻る! 二人は先行ってて」
「えっ、ちょっと来名!?」
*
「ここら辺なら人気は無いな・・・さて、と。そこにいるんだろ? 出て来いよ」
「いや~っ、気付いてくれてホント助かったぜ? ホラなんつーかオイラってさ、見た目こそ愛くるしいネズミ似だけど、こんなぬいぐるみサイズのネズミなんていやしねーし、喋ろうモノなら空耳で片付くか珍獣扱いされて実験所送り・・・まだピュアな少年がいてくれて捨てたモンじゃねーな、この世の中も!」
なんだこいつは。
そう心の中で何度も呟いている自分の今の顔は、さぞかし間抜けな呆れ顔だろう。
とにかく、今の思考がまとまらない。
「ちゅー訳で、助けてくれ少年。追われているんだ」
*
何をやっているんだろう、自分は。
謎の声に感づいて通学路を外れてみれば、そこで遭遇したのは人語を喋る大ネズミ、そして今は何に追われているかも解らずにそれを抱え、人気の少ない場所を走っている。
「これで僕もサボりの不良の仲間入りか・・・! というか、お前一匹で何とかならなかったのか⁉ 僕がいても不便だろ!」
「同行者はちゃんといたんだよ! ・・・ただまあ、ドンパチがあってはぐれちまったんだけどな。こう見えても消耗してんだ、また連中に出くわしたらどうなるか分かんねえ」
「随分物騒な話になってきたな・・・」
「その割には嬉しそうじゃねーか」
「は?」
と返答したものの、その指摘は間違いではない。何やら危険な世界に足を踏み入れようとしている、その現状に来名の内では恐怖よりも昂りに似た感覚が湧き上がっているのだ。
「危なっかしいが気に入ったぜ。ユミルだ」
「? 神話の話か、こんな時に」
「オイラの名前だよ。ちなみに♀な。種族としてはピカチュウっつーんだが、誰が名付けたんだか・・・」
会話はそこで途切れた。
それどころじゃないモノがやって来たからだ。
「痛っ・・・」
「オイ少年っ、大丈夫か!? 掠めたとはいえ血が出る位の鋭さ、って事は・・・」
「まさか一般人と接触する事態になるとはな」
「進獣の存在を知った以上、タダで野放しにする訳にはいかない。さて・・・」
この状況はヤバい。
一人と一匹、今出逢ったばかりだというのに。
「お互い逃げるってか! 初対面なのに気が合うなぁ!」
「普通逃げるだろ! 殺傷能力つきの動物を連れた覆面の男だぞ!? 現実にあんなのが・・・」
「現実だろ!? 今起こってるんだから・・・っと伏せろ!」
ユミルは来名の首筋を狙うべく飛び掛かる「何者か」に、正面からぶつかる。
速い。目に捉えられないと言うとありきたりだが、とてもそれは普通の動物の動きでは無い。
「連れてんのはコラッタか! 調子が悪いとコイツ程度でも手こずっていけねぇ!」
例えるなら、紫毛の大ネズミ。コラッタと称されるその動物は体勢を立て直し、明らかな敵意をこちらに向ける。掠めただけで血が出たのだ、その鋭い前歯は大きな危険を秘めているのは確かである。
「結局逃げ続けても追いつかれるっ、か・・・! オイ少年、名前は!?」
「何だよこんな時に!」
「付き合わせて悪かったな、やっぱ無理だ。・・・オイラが囮になるから逃げな、だがその前に名前位は憶えておきてえ。お前良い奴っぽいからな」
「来名。灯輝来名だ。・・・これで良いのか」
「ありがとな、ライナ。そんな訳で、出逢ってすぐなんだが、お別———」
「そいつはまだ早いと思うぜ、ユミル。良い感じになって来たってのによ」
「何っ⁉」
何処からともなく弾丸の如く放たれた泡が、コラッタの足元を掬う。
「メギドっ、奴の正面っ!」
「おうよっ!」
廃屋の窓から、若獅子の様な動物が跳び出す。
「あれはシシコのメギドじゃねーか! よくここが分かったな!」
「まぁな、ってか相変わらずキャラ被り過ぎなんだよ!」
そう呼ばれ、応えた「彼女」は火の粉を散らし、怯んだコラッタに体当たりをかます。
「っと、形勢逆転だな。あんたらもしつこいねえ、たかが一匹の動物の自由位、認めてやるのが人道ってもんだが」
高所からそれこそ颯爽、という言葉が似合う位のタイミングで、一人の少年が降り立つ。青寄りの色を交えた黒髪に不敵さを感じさせる釣り目と口元・・・が特徴と言えば特徴だが、大雑把に見ればその外見は来名とはそう変わらない、普通の少年の外見である。
「プレイヤーX、やはり今回の動きは貴様が関わっていたか・・・始祖被験体の重要性は貴様でも知っているだろう、何故そいつの脱走に手を貸す?」
「自由を求めんのは生き物の考えとして当然だろ? あんな窮屈な部屋で薬や実験その他諸々三昧、胸糞悪ぃから解放したまでよ」
状況は飲み込めない・・・だが少年と白服の男達の口論の中に出てくる言葉の節々から、彼等は来名達が普段生きていれば関わりようが無い、違う世界に生きている者達である事は容易に想像できた。
「お前は人類の進歩を放棄するのか?」
「・・・オイ、オレを怒らせんな。ユミルを狙うんならオレを潰さねぇと難しいぜ」
「ならばそうさせてもらおうっ!」
もう一人の白服が、球状の物体を投げ、それが開いた。やがてそこから別の動物が現れる。
その姿は狸を彷彿とさせるが、その毛並みは針の様に荒々しい。動物に詳しくもない来名でさえ、その姿は一見でも分かる事がある。
———改めて思うが、こんな動物は見た事が無い。
「おいあんたら、何やってんだよ・・・これは一体」
「今ボールから出てきたのはジグザグマだな。別に大した類の『獣』じゃねぇよ。どうやらさっきのコラッタも戻って来たみてーだが、安心しな。すぐに返り討ちに・・」
「抗争なら他所でやれよ! 訳の分からない化け物連れて、こんな・・・っ!?」
来名の足元に電撃が走る。
「失言した自覚はあるようだな、その顔だと。悪いけどもうお前は戻れないぞ、オイラを助けた時点で」
今までの軽口とは違う、厳格な言葉と鋭い目線。それはユミルが一線を越えた者である事を示すには十分な圧を持っていた。眼前で背中を見せている少年にも、何も説かなくともそれを感じ取る事が出来た。
「・・・ったくかったりぃなぁ、見物客がいるとか。まぁ見てな、オレ強い方だから」
言葉が終わり、間合いを読む時間が短いか長いか。
コラッタとジグザグマが少年に飛び掛かる。前者は鋭い牙で喉笛を、後者は腹のど真ん中を体当たりで狙う。明らかに殺傷寸前のやり方だ。
「っと、そんなに簡単に狙わせるワケねぇだろ!」
「考えの浅い攻め方でござる!」
「っつーワケで、こいつらはオレの仲間達。ケロマツのゲンノスケに、そっちはまぁ改めてだが、シシコのメギドだ」
上の名が所謂種族名、下の名が命名なのだろう。シシコは先程目にしたから良いとして、ケロマツと称されるその生物は、名の通り外見はカエルに近い。
「さて役者は揃った事だし、始めよーかっ!!」
メギドは相手に一直線、先程の様に火の粉を放ち体当たりを仕掛ける。
「正攻法で二匹相手にいけると思っているのか?」
「バーカ。戦略ってのを知らねーの?」
相手の二匹は妨害された体勢から立て直し、メギドを迎え撃つ。
「隙ありっ!」
四方八方から泡が放たれ、二匹の体勢が崩される。
「一網打じぃぃぃんっ!!」
そして体当たりで、一度に突き飛ばした。
「くっ、小細工を・・・だがまだ始めたばかりだ、反撃をっ」
「勝手に燃えるのは良いけどよ、トレーナー様を気取るんならそいつらの様子も察しろ。クソだせえぞ、今のオメーら」
怯えている。怪我の痛みによるものもそうだが、彼等は本能的に悟っているのかもしれない、実力の差という物を。そしてまた、このまま戦えば死ぬかもしれない、だが使役者に逆らい、逃げるような事をすれば―――
「退くぞっ」
「し、しかし・・・」
「進獣との信頼を欠く訳にはいかない。・・だが憶えていろ。お前は禁断の領域を解き放ったのだ、もう隠しておく事は出来ない。いずれ責を負う事になるぞ、これから訪れる災厄に対してのな・・・・」
男達は戦意を失ったコラッタとジグザグマを連れ、どこか惜しむような態度でその場を去っていった。
「あーっ。とりあえずはこれで撒けたか、マジ疲れた。気張り過ぎるのも考えモンだなホントに」
「悪ぃな少年・・・いざとなったらオイラの身一つならと思っちゃいたんだが」
「オイ冗談はその辺にしとけや。共謀者はそもそもオマエとカシラだろ」
「メギド、ここで喧嘩はみっともないでござるよ。殿、これからの当てはあるのでござるか?」
仰向けに地に倒れる少年は空を仰ぐ。
「そーだなあ。タイミング見て、って感じの出方だから、このままだとその日暮らし不可避だな。・・腹も減ったし。・・・・という訳なんで」
少年は振り返り、まじまじと来名を睨みつける。喧嘩沙汰になるだろうか。その方面の自信ははっきり言って無い。自然と足が後ろに下がる―――
「頼むっ! 寝床を紹介してくれっ!!」
「ど・・・土下座!?」
*
「素直に泊めてくれ、でも良かったのに」
「そんな訳にも行かねえだろうが。このご時世、さまよえる人間はむしろ警戒される、らしいじゃん」
その日来名は結局、学校を欠席、となった。口実はひったくりに襲われての心身の怪我。母からのアドバイスによるものだが、こんな理由で学校を休むとは思わなかった。
「とはいえ食わしてもらった例は言わなきゃな。オレはゼファス・ライヴ。普通にゼファスで構わないぜ。ありがとな、恩人さん」
「灯輝来名。恩は感じないで良いよ・・・って言いたい所だけど」
「確かに。はぐらかしては反って問題かもしれぬ。だが、ユミル」
「オイラが見込んだ男だ。ただならない何かをこいつから感じる。知りたいんだな、ライナ。もう後戻りは出来ないぜ?」
来名は黙って頷く。
「まずはオイラ達進獣について話そうか。人間って奴等がそう呼ぶオイラ達は、簡単に言えばこの星・・・地球って呼ぶそうだがここの生き物じゃない」
「言わば我々は・・・地球外生命体なのでござる」
異種族遭遇。
それは遅かれ早かれ、人類が生きて前に進み続ける過程で、避けては通れない試練の一つだ。
今一人の少年の前に、その瞬間がある。
超常の力と知恵を持った、外の星からの来訪者。そしてそれを使役する人間。
今少年の前に新たな世界が見える。
それは冷めた心を打ち砕く、絶望の戦いとなるのか。
それとも冷めた心を照らす、夢と冒険となるのか――――
進獣戦記‐ポケットモンスター異聞‐
第1話
『未確認生物と逃亡者』
続く