LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever 作:ディルオン
『巷に雨の降る如く
我が心にも雨が降る
かくも心に滲み入る
この悲しみは何やらん』
稲光が瞬いて、
雑踏をくぐった裏路地に、
打ち捨てられた少女が一人、
少女に名はなく、家もなく、籍もない
ただ雨に打たれて冷たくなるその影を、誰もが振り返らず過ぎ通る。
『やるせなき心のために
おお雨の歌よ
優しき雨の響きは
地上にも屋上にも』
雨は全てを洗い落とす、
少女の胸から流れ落ちる血も、泥も、記憶も
全ては流され、残らない
手に握られた銃弾さえも、誰にも見咎められぬまま
『消えも入りなん心の奥に
ゆえなきに雨は涙す
何事ぞ 裏切りもなきにあらずや
この喪 その故の知られず』
けれど少女は泣いていないんだ。
血は流される。
今もどこかで誰かの血が。
なら、誰の記憶にも残らない方が、忘れられた方がいい。
世界はそうして、誰も知らない血と雨によって成り立つのさ。
平和の価値すら忘れた平穏。
それこそが、真の平和。そうだろう?
『ゆえしれぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし
恋もなく恨みのなきに
わが心かくもかなし』
──ポール・ヴェルレーヌ『言葉なきロマンス』より
「……ふざけなさんな」
「がぁっ!?」
夜のネオンも届かぬ薄暗い路地裏で、硝煙の焦げ臭さもかき消える大雨の中、一人の男が倒れ伏す。
「ならお前らの薄汚れた血は、どれだけ足しになる?」
「き、キサマ……」
倒れた男はコートの中からサプレッサーの付いた拳銃を取りだし、相手に向けた。
しかし次の瞬間には、彼の手首は黒い足に踏みつけられ、銃は零れ落ちる。
「二度とその面を見せるな。次は無い」
「……っ、っ…」
「消えろ」
ゆっくりと、手首から重たい足がどけられる。
男は立ち上がると、拳銃を拾う間もなく、這う這うの体で逃げて行った。
「……」
先程まで足を踏みつけていた青年は、路地から逃げる男を一瞥しただけで、追おうとはしない。
ドブ臭のする狭い空間に、残されたのは青年と、ベージュの学生服に身を包んだ年端も往かぬ女の子。
ブラウスの向こう側に開けられた穴から流れ出る血の量は、既に少女の身体がこと切れていることを告げている。
そんな少女の遺体を、男はゆっくりと担ぎ上げた。
「大変だっただろう。もういいんだ。ゆっくりお休み」
少女の口元から僅かに付着した血を拭ってやる。少女の遺体は驚くほど軽かった。
「さあ、行こうか。今度は、惚れた男と添い遂げられるような人生を送れるといいな」
言って青年は歩き出す。
少女の手から握りしめられていた拳銃が滑り落ち、固い音を立てて側溝へ落ちていく。
気に留める者は誰もいなかった。
………………
東京・浅草線押上駅から少し歩いたところにある喫茶店『リコリコ』に、新人が入った。
長い黒髪の物静かな女の子で、歳は16。
少女らしい可憐さと、物静かな雰囲気と容姿、クールで表情の変化に乏しいが、逆にそれが、これから大人になるであろう咲きかけの蕾を思わせる。
そのバランスが絶妙である。
と、一部ネットの口コミでは人気を呼んでいた。
何処か守ってあげたい系なんだよね、と常連の若者は語る。
「いらっしゃいませ」
「やぁ、たきなちゃん。こんにちは」
「こちらへどうぞ」
もっとも当人──井ノ上たきなは、そんな世間の評判などもっぱら気にしない。
相手が誰であろうとも、彼女は淡々と命じられた業務をこなすだけ。
店の常連が訪れても、それは変わらない。
「たきなちゃんも、すっかりその姿がサマになったね。可愛いじゃないの。今度デートでもどう?」
「ご注文はお決まりですか?」
「ははっ、つれないなぁ。三食団子セット、ブレンドで」
「かしこまりました」
長髪をツインテールに束ね、青を基調にした着物に身を包んだたきなは、この店に配属されて一週間で、早くもアイドル的な存在になりつつあった。
余り流行っているとは言い難い客数だが、わざわざ『令和の大和撫子』を見物しようと、足を運ぶ男共もチラホラ。
「いらっしゃい」
「おぉマスター。しばらく」
すると店の奥から暖簾をくぐって、やはり着物姿の男性が姿を現した。
大柄で長髪の黒人……しかし流暢な日本語を話す喫茶リコリコのマスター、ミカは慣れた手つきで注文のコーヒーを淹れていく。
「このところ儲かってるみたいだね」
「見ての通りだよ。連日ガラガラだ」
「またまた。知ってるよ、この間のインスタの投稿、反応が良いみたいじゃないか」
「最近じゃ、『バズる』っていうんだとさ」
黒縁メガネをかけたミカの目がきらりと光る。
この店を構えて十余年。かの淹れるコーヒーはその武骨な手からは想像できないほど繊細で、美味い。と評判で、知る人ぞ知る名バリスタであった。
「いらっしゃいませ」
と、再び店の扉がカランカランというベルの音と共に開け放たれる。
入ってきたのは、ショートボブの背の高い女性であった。
女性と言ってもまだ若い。二十歳そこそこに見えた。
「……」
「どうぞ。おひとり様ですか?」
「……」
「あの、お客様?」
「え、あ、はい。そ、そうです……」
「カウンターでよろしいですか?」
「お、お願いします」
店の入り口から動こうとしない女性を、訝しげに見るたきな。
おどおどした様子で彼女は、カウンター席へと腰かけた。
その仕草に目を細めるミカ。
彼は若かりし頃、警備会社に勤めていたことがある。そのノウハウの賜物で、来る客の背景を察するのは得意だった。
とは言え、大学生が散歩中たまたま立ち寄った雰囲気でないことは素人目にも読み取れた。
訳ありの雰囲気に、ミカはメガネをかけ直すと、空の皿を片付けているたきなを見やる。
少女はミカの目線に気付くと、コクリと頷いて戻って来た。
「ご注文、お伺いします」
「え、えと……」
「はい?」
「あの、こちらって、悩み事とか、相談事を聞いてくれるって、本当ですか?」
「……」
今度は、たきながミカを見やる番だった。
ミカは丁度入ったコーヒーを丁寧にカップへ注ぐと、慇懃に女性へと差し出し、微笑みながら言った。
「まずは、一杯どうぞ。お話はその後で窺いましょう」
………………
「行方不明の姉の捜索?」
「はい。一か月前から、家に戻らなくなったそうです」
14時から18時まで、喫茶リコリコはアイドルタイムに入る。
残ったテーブルの皿を片付けながら、女性従業員のミズキはたきなに事のあらましを聞いていた。
「滝沢麗子さん、だっけ? 依頼者の人」
「はい。姉の恵子さんはデザイナーをしていて、仕事先から『連絡がつかない』と電話があったそうです」
「慌てて姉の住む新宿のアパートに行ったものの、衣類も、鞄も、普段仕事で使う道具も全て置いたまま……スマホも連絡がないそうだ」
「オトコね、オ・ト・コ!」
ガチャン、と重ねた皿をシンクに音を立てて置きながら、ミズキが歯ぎしりする。彼女は御年27歳。結婚適齢期…というワードに敏感なお年頃であった。
「はい。警察へ行った所その様に言われ、まともに取り合ってくれなかったと言っていました」
「そりゃそうでしょうよ。若い女の蒸発なんて、大抵が不倫か夜遊びか男に貢いで借金…って相場が決まってんのよ」
「しかし、姉はそんな人間ではない、というのが彼女…麗子さんの主張だ」
曰く、両親を早くに亡くし、姉妹二人で力を合わせて生きてきた。
姉の恵子は必死で勉強を重ねて奨学生としてデザインを学び、デサイナーとしてようやく独り立ちできるようになったばかりだと言う。
とても夜遊びなんかしている暇などない、と妹は必死に自分達に訴えかけていた。
「ふーん……」
「確かに、金も持たずに居なくなるのも妙だ。何か理由があるな」
「どうしますか?」
「……千束がいれば、二つ返事で引き受けるだろうが」
「千束さんは別件で、あと二日は戻らないとのことでしたね」
「ああ」
この喫茶リコリコは、もう一つの顔がある。
お遣いからアルバイト代行、果ては恋のお悩み相談まで、あらゆるよろず揉め事を引き受ける『ご近所の駆け込み寺』……それがリコリコの裏家業だ。
しかし、その実働班であり、主力メンバーである錦木千束は今、やんごとない事情によってこの店を離れている最中であった。
「たきなも、この街に来てまだ日が浅い。新宿周りで人探しとなると、ある程度のノウハウがいる」
「でも断ったって知ったら怒るんじゃないの?」
「ん……」
喫茶リコリコ看板娘を自称する千束は、困っている人を放っておけない性分だ。
妹が姉を心配して四方八方手を尽くしているというのを聞きつければ、すぐさま力になりたいと言い出し、店そっちのけで手伝うのは目に見えていた。
「あの、私がやります。この仕事」
「たきな」
「一人でも解決できることが証明できれば、評価にも繋がります」
「……」
ミカは目を泳がせる。
たきながこの店へ来たのは2週間前。ある出来事がキッカケで前の仕事場をクビになり、上司の口利きでここへ配属となったのだ。
未だに古巣には未練があるらしく、こうしてアピールの機会を窺っている。
そんな少女の要求に、ミカはメガネを外して答えた。
「一人では行かせられん」
「しかし…」
「あそこで人を探すには、実力より信用が物を言う。顔も知られてないたきなが行ったところで、情報屋はタバコの販売所すら教えんよ」
「……っ」
ナプキンでメガネを拭いてかけ直し、腕を組みながら言う。
ぐっ、と言葉を飲み込むたきな。
「……」
普段冷静に事を運んでいても、いざ仕事の話になると、途端に年相応の少女の顔に戻る時がある。
ミカはそんな彼女を可哀想に思った。確かにパートナーの千束がいない状況でも活躍できれば、自信にも繋がるし、前職の人間も評価し直すかもしれない。
「……助っ人が必要だな」
「え?」
「千束が戻るまで、俺の知り合いを付かせる。そいつと組んで調べてくれ」
「いいんですか?」
「ああ」
鷹揚に頷くミカ。
パッと顔が明るくなるたきな。
そして同時に、話を聞いていたミズキの顔からさっと血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待って店長……新宿で、人探しで、助っ人って言うと……まさか」
「そのまさかだ。奴を呼ぶ」
「ぉっぇ」
ミズキの喉から気持ち悪い音が漏れた。
「ちょちょ、待って。私反対」
「千束を待っている時間はない。今短期間で情報を得るには、あいつの力が必要だ」
「無理無理無理! 私絶対に、無理!」
「…?」
さっきとは打って変わって眉間に皺を寄せているミズキ。
急な変化に、流石のたきなも戸惑わざるを得ない。
「一体どうしたんですか?」
「たきなにとっても、良い経験になる。どの道この店でやっていくなら、顔合わせしといた方がいい」
「駄目! 反対! 絶対!」
「お前の気持ちは分かる。だから仲介料、せいぜいふっかけてやれ」
苦笑しながらミズキの肩を叩くミカ。
最早決定事項となった店長の方針に何も言えず、ミズキはカウンターに突っ伏してしまった。
「あー…頭痛い…」
「……昨日飲み過ぎですよ」
「二日酔いちゃうわ! あんたを心配してんのよ!」
「なぜですか? 代わりとなるリコリスをDAから派遣してもらうのでは?」
「いや違う。フリーランスのスイーパーだ」
「スイーパー……?」
スイーパーは、匿名の依頼を受けることで裏の仕事を引き受ける傭兵の総称である。ボディーガードから殺しまであらゆる依頼を受ける職業柄、自分達と対立することも珍しくないと、たきなも聞いている。
身構える少女に、ミカはますます苦笑した。
「と言っても、やってることはウチとそう変わらん。何でも屋みたいな奴でな。腕は確かなんだが、少々捻くれてる」
「少々? あれが? ごめん、私いつのまにか異世界に入り込んだわ。ココノコトバワカリマセーン」
「……」
「とまぁ、ミズキがヘソを曲げるくらいにはな」
「どんな人なんですか?」
ミズキへ目をやるたきなに対し、向こうは血を吐くような表情で答えた。
「……一言で言えばすぐに理解できるけど……会えば! 一瞬で! 実感できる!」
「つまり…言いたくないんですね?」
ここへ来て数週間だが、彼女の人柄はおおむね理解していた。
世の不条理(男運の無さ)へ怨嗟の声を上げても、ここまで嫌悪感を露わにしたのは初めてだ。
途端に彼女はたきなの手を取った。
「お願い…私はあんたを心底あいつに会わせたくないの。一生のお願いよ。この依頼はキャンセルしましょう」
「いえ行きます」
「即答かよ。お前さっきの話聞いてたかよ。人の心は無いんかよ」
ガン、と硬いテーブルを叩く音。
無視して、たきなはミカの方へ振り返った
「その人、腕前は確かなんですよね?」
「ああ。俺の知る限り、一番だ」
「なら色々と学べる物もある筈です」
たきなには野望がある。
手柄を立て、腕を磨くには、多少危ない橋を渡ることも承知の上だ。
むしろそれこそが自分達の本領。
逆に考えれば、またとない好機である。
「……」
「…ご心配いただき、ありがとうございます」
「そーゆーこっちゃねーよ…」
「ミズキ」
「あーはいはい! 分かったよ! わかりました! そのかわり、何があっても知らねー!」
おもむろにミズキが戸棚から愛用のグラスを持ち出した。
自棄になった時の合図だ。
そのまま飲みかけの一升瓶を取り出すと、奥の座敷に寝転んでしまった。
梃子でも動かない、というやつだ。
「すまんな」
「いえ。……あの、それほど危険な方なんですか?」
「まぁ…危険といえば危険だが…安心しろ。たきなを傷付けるような真似はせん。千束も、あいつと組むなら納得する筈だ」
「そりゃそーでしょーよ。あのスカポンタンのせいで、千束の頭が緩むかぶっ飛ぶか捻じ切れたんだから」
不貞寝したままのミズキが言った。
苦笑の色を深めるミカを、たきなは訝しげに見つめる。
「それは誤解だ。元から二人は気が合ってた」
「そーかしら…」
「それはそうと、たきな」
「はい」
「奴とのコンタクトの方法だが」
瞬間、たきなの目から疑念が消えた。
目標の為に全てを排除する。それは例え自分の感情でも。
しかし、たきなは翌日後悔する。
もっとミズキやミカから、対象者の情報を入手しておくべきだった。
投稿中の作品もある中、申し訳ありません。
リコリコを見ていてこれを書かずにはおれん、と奮い立ちました。
ゆっくり更新しますので、皆様気長にお待ちください。