LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever 作:ディルオン
『新宿の待ち合わせ掲示板、あるだろう』
『……なんですか、それ?』
『はっ!? あんた知らないの!?』
『はい』
『そうか。たきなみたいな若い子には今は通じないか』
『ぐぼぁはぁ!?』
『……血を吐いてますが』
『ああ、ミズキは気にしなくていい』
そんなやり取りは割愛し、時刻は夕方。
たきなは青い学生服に着替え、新宿駅構内のある場所に立っていた。
(……これだ)
ネットはおろか、スマホや携帯電話と言った通信手段が確立されなかった頃。
市民はとにかく連絡方法に乏しかった。
今でこそ、待ち合せの連絡や事前報告はアプリを叩くだけで事足りるが、一昔前は外出時の伝達には常に悩まされていた。
相手が来ない場合、それが5分の遅刻なのか、数時間遅れるのか、それともドタキャンか。確認する術さえない。
仮に待ち合わせ場所を電話で聞き間違えてしまった場合、本人達は別々の場所で相手を待ち続けると言ったような、そんな事態もありうる。
待ち合せ伝言板は、そんな時代に重宝されたツールだった。
駅前に設置された黒板に、誰でも自由に書き込めるスペースを設け、そこに人々は緊急の用事や、『先に行って待ってる』と言ったメッセージを残せる。
90年代初頭にポケベルが発売されて以降、徐々に廃れたものの、古き良き昭和の風情を求めて復活を望む声も多い。
とは言え、落書きやイタズラ、果ては犯行声明に利用される等の理由で、未だに旧設置場所にはある絵画が置かれたままだ。
(店長の話だと確か…)
たきなは言われた通り、スマホを取り出す。
『伝言板があった元の場所にカメラを起動して向けろ。そうすると、別のアプリが起動するようになっている』
液晶を翳すと、画面から青白い光が発せられ、次の瞬間には、たきなのスマホには見たことのない掲示板が表示されていた。
待ち合せ伝言板を復活させることはできないが、それに代わるものとして、都の傘下にある企業が開発したツールであった。
ここに書きこんだ文字は、投稿者の意志で自由に発信できる。ホストサーバーを指定すればフォロワーのみが閲覧する機能や、対象者のみに直接送信する機能もある。
(……普通のSNSじゃダメなのかな)
現代人な上に、世間の情緒と言った感性からは無縁のたきなにとって、不自由しかないアプリだった。
しかし、昔の雰囲気を楽しみつつ、現代のセキュリティも兼ね備えたこのアプリは、意外と親しみを呼んでいた。
たきなは、続けてミカの指示を思い出し、その通りに実行する。
『そこに『XYZ』の文字と、連絡先を書き込め。それが依頼方法だ』
『…そんな方法でいいんですか?』
『ああ。1時間もしたら、待ち合わせ場所の指定が来る筈だ。そこに奴がいる』
『名前は?』
「……冴羽獠」
その名を呟きながら、たきなは指先で文字を綴る。
送信ボタンをタップすると、完了の文字が表示され、黒い掲示板には白文字で『XYZ』の文字が写し出されていた。
あとは向こうからの連絡を待つだけ。
たきなはスマホを仕舞うと、依頼人の待つ新宿東口へと向かう。
改札口付近で、彼女──滝沢麗子はすぐに見つかった。
「滝沢さん」
「あら、あなた喫茶店の……たきなちゃん、だったかしら?」
「はい。店長から、付き添うよう言われました。ウチの店は今別件で忙しくて、代わりの方を紹介するそうです。とても優秀な人らしいので安心して下さい」
「そう……何から何までありがとう」
恭しく頭を下げる麗子。
その時、スマホのバイブ音。
「……行きましょう。連絡がありました」
「本当? 何処へ行けばいいのかしら?」
「はい、この住所のお店です。向こうが予約を取ってくれているそうです」
「そう……え?」
「こっちですね」
「あ、あの、で、でも、これって……」
口ごもる麗子。
たきなはそんな彼女に疑問をもちつつも、詮索せずに歩き出した。
普通の人間なら、こんな場所を指定されればまず嫌悪感を露わにする。しかし、たきなは世間に疎いだけでなく、常識的な感性も欠如していたのが失敗だった。
そして、向こうを知るミカも、まさかこんな場所を選ぶとは予想の斜め上であった。
………………
「あの、本当にここが、待ち合わせ場所なんですか…?」
「はい。確かに」
「そ、そうですか……」
麗子がチラチラと周囲を見渡す。
ここに来る途中から、妙にソワソワしている彼女の態度を、たきなは訝しんだ。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よ。私の方がお姉さんなんだし、我慢しないとね…」
「無理しないでください。ご気分が悪いようでしたら、私一人で…」
「いえ、いいの。依頼人は私よ。そ、それに、こんな所へ、あなたみたいな子どもを一人行かせられないわ……」
「……?」
ますます疑念を抱くたきな。
彼女は知らなかった。
ここは新宿区歌舞伎町。
日本でも有数のネオン街にして色欲に塗れた場所。
そして二人の目の前にある店は、夜に女との出会いを求めた羽虫の如き男達が集う、退廃とは裏腹のルビーレッドの虹彩が目立つ所。
いわゆる、同伴スナックである。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの、ええっと」
「予約していた井ノ上です」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
中へ入ると、受付のボーイは恭しく二人を奥のテーブルへ案内した。
ホールを歩く最中、胸をはだけさせたバニーガールがカクテルを運んでいるのを見て、依頼人の麗子は顔を赤くして俯いた。
「どうかしましたか?」
「あ、あなた平気なの…?」
「何がでしょうか?」
「……」
絶句する女性。
たきなは単に興味を持たないだけ。
とはいえ、全く無関心なわけではない。
彼女は常に、周囲に気を配っていた。
国家に仇なす存在を人知れず始末するエージェントにとって、それは日常であった。
(どんな人なんだろう)
たきなは普通の人間ではない。それを理解している筈のミカやミズキでさえ、これから会う人物を『変人』と称していた。
自分の現相棒である千束も変わった人だが、輪をかけて異質という事だろうか。
(……そろそろ時間)
つぶさに周りを観察し、それらしき人物が来ないか気を配る。索敵に徹した彼女の眼から逃れるのは一流のヒットマンでも難しい。
しかし、彼女は勘違いしていた。
大なり小なり、この世界の人間は殺気を帯びている、というものだ。
『彼』の帯びているのは殺気ではなく、ただの煩悩であった。
「…っ!?」
「ひやぁん!?」
もにゅり。
自分の太ももにも、いつしか手が添えられていることにたきなは気付かなかった。
自身のみならず、護衛対象である滝沢麗子本人にも、である。
「んー、むっちりして良い手触りぃ~」
「っ!」
「むむっ、こちらは少し硬いが中々将来性を感じさせる…!」
いつの間にか足に感じる、触るか触らないかのソフトタッチで、ソワソワと這い回る感触。
たきながその足を思い切り振り上げると、テーブルが真上に跳ね上がった。
「あぎゃあ!?」
テーブルが持ち上がると同時に、隠れていた人影が露わになる。
振り上げた足をそのまま脳天へと落とし、さっきまで自分達の足を触っていたそいつの腕を捻り上げた。
「ぎゃあああっ!!」
「な、なによっ!?」
「警察を呼んでください。この場は私が」
「いででででで!!」
訳もわからず戸惑う依頼人に対し、たきなは冷静に対処した。
飛び散ったテーブルから落下する備え付きのフォークを宙で掴むと、そのまま首元へ添えた。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
手をバタバタさせる痴漢男を、たきなは完全に制していた。
後ろ手に関節を極め、うつ伏せになった男は猛烈に抵抗するも、訓練を受けたたきなは動じない。
「お願い許してぇー!」
「強制猥褻罪の現行犯で逮捕します」
「た、たた、逮捕!?」
「現行犯に対しては警察以外にも逮捕権があります」
「そ、そ、そうじゃなくてね! ま、まま、ちょ、落ち着いて…! すみません、ほんの出来心で…!」
「肩を外した方がいいですか?」
「待ってー! 依頼が聞けなくなっちゃうからー!」
「……いらい?」
「滝沢麗子さん……ですよね…?」
「……まさか」
「は、初めまして……ご紹介に預かりました冴羽獠でぇす……と、取り敢えず、これ、離してくれる?」
首だけこちらを向けて、そう名乗り会釈する大柄な男。
ヘラヘラしたその態度と目つきを見て、たきなの頭は真っ白になった。
え、なにこれ。
私は依頼をしに来て、変な人で、それをキッカケに本部へ復帰を、でもあれ、え、なんなの、何この人、何でいきなり足を触ってるの、よく分からない、意味不明、緊急対応マニュアルいきなり痴漢に遭った時の対処方法そんなの載ってないはい? はい? はい? 何をどうしたらいいんですかこの場合逃げるんですか殺すんですか本部からの指示を乞います本部応答して下さいこちらアルファ4現在正体不明の変態とエンゲージしましたが何か?
「いだだだだだだギブギブギブッ!!!」
「たきなちゃん落ち着いて! ねえ! もういいから! お願い!」
依頼人がたきなの肩を抑え付け、揺さぶる。
この後、約3分後にようやく冴羽獠は解放されたのであった。
………………
店員が何も言わずに整え直したテーブルと椅子に再び腰かけて、ライトブルーのジャケットを羽織った男はいきさつを聞いていた。
「ふぅむふむ…なるほど。行方不明のお姉さんを」
「……」
「はい。あなたが1番、この街では優秀だと伺ったんです」
「……」
「お姉さんは新進気鋭の服飾デザイナー…か」
「……」
その間、たきなはじいっと、向かいに座る彼を観察した。
冴羽獠。
年齢不詳、国籍不明、出身、人種、家族構成、その他諸々全てが謎に包まれている。
分かっているのは、彼が裏の揉め事を引き受けるスイーパーであるという事。
「君は何をしているの?」
「わ、私は学生です。姉と同じ大学で、デザイン学科を先行しています」
「ほうほう! 姉妹で同じ道を……どんな服を作るんですか? ハイレグのビキニですか?」
「……」
そして途轍もない変態であるという事。
「どうでしょう。今度、ボクの服をデザインしてくれませんか?」
「え、え?」
「スリーサイズは上から105・83・91です。ちなみにあなたのサイズは? 参考までに」
「わ、私ですか? ええっと……」
「それは依頼に関係ありますか?」
氷のように冷たい目線が自然とたきなから発せられた。
大の男でさえ震え上がるような恐ろしい殺気に、冴羽はたじたじになって口ごもる。
「い、いえ、ええっと……ナイですね」
「なら話の続きを」
「えっと……君は井ノ上たきなちゃん、だったかな?」
「はい」
「こ、ここまでゴクロウサマ……後は僕が引き受けるから、君はお家に……」
「帰りません」
「……あ、あの、遅くなるとおウチの人が心配……うぉ!?」
「あなたと一緒の方が心配ですので」
ヒュン、と風切音がしたかと思うと、冴羽の頬からツゥー、と赤い血が滴り落ちる。
たきながテーブルの上にあったナイフを超高速ノーモーションで飛ばしていた。ナイフはそのまま店の壁へと突き刺さり、近くで鼻を掠めたボーイが震えてへたり込んでいる。
「あ、あの、私が頼んだんです。一人じゃ心細くって」
「そ、そう? なら、まあ……アハハハ」
女性の言葉に、おずおずと居住まいを正す冴羽。
今からでもここを出て、店に戻った方がいいんじゃないだろうか。
そんな気さえしてきた。
「えっと…君はこの麗子さんとどういう関係? 親戚かなにか?」
「付き添いです。マスターが行くようにと」
「マスター?」
「喫茶リコリコの、ミカと言う人です」
ピクリと、冴羽の眉が吊り上ったのを、たきなは見逃さなかった。
「…なるほど。何で君みたいな制服着た子がいるのかと思ったら、とっつぁんの紹介か」
「はい。今後の為にも、顔合わせが必要だそうです」
「今後、ねぇ……千束は、一緒じゃないのか?」
「千束さんは別件です。代わりにあなたと組むようにと」
パートナーの名を出されたことに一瞬意表を突かれたが、彼女とも知り合いだったと聞かされていたので、たきなは動じずに返した。
「それだけか?」
「え? ……はい、そうですが」
「……ふうん」
途端に、彼の顔から女性への興味が失せたように消えた。
つまらなそうな表情で、椅子の背もたれに身体を預けて天井を見つめている。
(何なんだろう、この人……?)
女性への卑猥な質問や発言を繰り返したかと思いきや、ミカや千束の名前を出した途端に我関せずと言った態度へ切り替わる。
今までたきなが出会ったどんな人種とも違う。ハッキリ言って宇宙人の方がまだ理解が得やすいと思う。
「あ、あの!」
沈黙が辺りの空間を支配する中。突然、滝沢麗子は立ち上がって叫んだ。
「お願いします、姉を探してください! たった一人の家族なんです! お願いします! 報酬はどれだけ掛かっても、必ずお支払いします! どうか…!」
頭を下げて懇願する女性。
冴羽が依頼に対して乗り気ではないと勘違いしたのか、身体を震わせながら必死に何度も頼み込んでいる。
その強さには、家族とは縁のないたきなでさえ、一瞬たじろぐほどの何かがあった。
「……」
その姿をじいっと見つめていた冴羽。
たきなは、その姿に一瞬ポカンとした。
また再び彼の態度が変わったからだ。
無関心で怠惰な雰囲気から一転、今度は包容力のある慈愛に満ちた表情へと。
それはまるで、自分の相方である錦木千束にも通じる何かを……
「……一つ、確認したいんだが」
「は、はい」
「君のお姉さんは、美人かな?」
「…は?」
「は、はぁ……多分。妹の私が言うのもなんですけど、かなり……」
「ホントに!? ち、ちなみに、今はフリー…?」
「え、ええ……そういうのは無いかと」
「引き受けましたぁあー!」
「……」
感じたと思ったが、ただの間違いだった。
「写真とかある?」
「あ、はい。スマホのでよければ……これですけど」
「うおぉひょ―! ナイスぼでーのもっこり美人じゃないのぉ~!」
「……」
「も、もっこり…?」
「お任せください、麗子さん。君のお姉さんは、必ず私が見つけ出します。大船に乗ったつもりでいて下さい」
「ほ、本当ですか!?」
「えーえー! この人のセクシーゾーンに飛び込む為なら火の中水の中森の中そしてスカートの中でもぉおぐべっ!?」
たきなは反射的に椅子の下に置いていた防弾鋼が入っている鞄を掴みとり、思い切りスイングする。
綺麗な弧を描いて、鞄は冴羽の延髄を直撃したのだった。
「……」
後の祭りとはこの事だ。
やはり失敗だったかもしれない。
将来何度も思い浮かぶ単語を、たきなは初めて口に出した。
「……帰りたい」
………………
『おぉ、たきなか。奴はどうだった?』
「土の中に埋めました」
『…は?』
たきなちゃんに踏まれたい。
そう心に思わなかった奴だけが、僕に石を投げるがいい