LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever 作:ディルオン
あるいはシティーハンターの『Footsteps』をご用意ください。
できれば二回読んで両方とも試してください。
都内、某所に存在するマンションの一室。
自称・最強ハッカーの『ロボ太』は、自室に篭ってパソコンのディスプレイと睨めっこしていた。
勿論、本名ではない。誰もいない部屋にもかかわらず、彼は古臭いブリキのおもちゃのような被り物をして、素顔を隠していた。
『どうだい、調子は?』
『今のところバレてない。追手もいないみたいだ』
『そうだろ、そうだろ。ボクの手に掛かれば、証拠隠滅なんてチョチョイのチョイさ』
『ただ』
『ん?』
『どうやら奴等、探偵か何かを雇ったらしい。大柄な男で、冴羽獠…とか名乗ってた」
『……』
なぜ自称なのかと言えば、世界最高のハッカーの称号は長らく、ある人物が占有していたからである。
ロボ太はそれが気に入らず、いつか自分がその座についてやろうと躍起になっていた。
しかし……
『聞いてんの?』
『おいおい、ちょっとヤバいな』
『なに?』
『アンタ、悪い事は言わない。今すぐに手を引くんだ』
『は? どういうこと?』
自己顕示欲の塊とも言えるロボ太は、依頼主に対してアッサリと白旗を勧めた。
ハッカーとしては屈辱的もいいところだ。強敵こそ、腕の見せ所だ。それを一人相手に二の足を踏むなど、本来あってはならない。
『正直、ここでその名が出るとは思わなかったよ。アフターサービスで、逃げる算段は付けてやる。そっちは…』
『ちょっと待ってよ。何ビビってんのお前?』
『バカ言うな! 僕は最強のハッカーだぞ! 純粋に君の心配をしてやってるんだ!』
バン、とキーボードを叩くロボ太。
正直、及び腰なのは自覚している。ハッカーとして、挑戦してみたい気持ちも確かにある。
しかしながら故人曰く『戦いは始まる前に既に勝敗が決している』。
ロボ太もその意見には賛成だ。ネット世界では準備を怠った者は生きていけない。常日頃から情報を掻き集め、その上で策……すなわちプログラムを組み立てるのが基本。
今回は足りない。
武器も、人手も、作戦を立てる暇も、全てが圧倒的に不足している。
この状態で『奴』と渡り合うのは不可能だ。確実に負ける。
『何者なんだ、そいつ?』
『……冴羽獠ってのはさ、伝説のスイーパーの名前だよ』
『伝説?』
『表向きは、ただのアパートの管理人。しかしその実態は警察さえ手を出せない裏の始末屋。またの名を……シティーハンター』
『シティーハンター?』
おうむ返しに聞く依頼人に、ロボ太は大真面目に答えた。
『その力は一人で軍隊に匹敵すると言われてるらしいが……正直、未知数だ』
『ふぅん…こっから見てる限りじゃ、ただのスケベ野郎にしか見えないけど』
『今までそう言って甘く見た連中は全員消された。スパイ映画みたいだろ? でも本当の話なんだ』
そう言ってロボ太はキーボードを叩く。自分が逃げ出す為の下準備だ。
流石に今の状態で依頼主が捕まっても、自分にまで捜査の手が及ぶことはないと思うが、念の為だ。
正直なところ、こいつが捕まったところで別に何も感慨もないし、悔しさも悲しさも同情もないのだが、それでも自分が力を貸していながら倒されたと言う汚点は残る。それは嫌だった。
『腕利きのハッカーって言うから頼んだのに、随分と及び腰なんだ?』
『聞くつもりがないなら、ボクは一足お先に光の速さでダッシュさ』
『…わかった。どうすれば良い?』
『ようし。いいかい、まず……』
素直になった依頼人に対し、ロボ太は溜飲が下がったのか、プランを話し始める。
薄暗い室内で、ダンスのステップのようにキーボードが叩かれた。
・・・・・・・・・・
「美味い!」
昼時になり、捜査を一時中断した冴羽とたきな。
二人は滝沢恵子の部屋に戻ると、妹の麗子から食事をご馳走になった。
簡単なものしか用意できませんけど、と彼女は言ったが、出てきたスパゲッティナポリタンの出来栄えに、冴羽は思わず舌鼓を打った。
その様子に、ほっと胸を撫で下ろす麗子。
「よかったです。お口に合って。たきなちゃん、どう?」
「美味しいです。ありがとうございます」
「お代わりあるから、遠慮せず食べてね」
「はいはーい、ボクちゃんいただきまーす!」
「……」
もうこれで三皿目を平らげようとしている冴羽に、たきなは呆れた。
さっき延髄に鞄を直撃させたにもかかわらず、本人はケロリとしている。
たきなはこの楽天家の分まで何とかしなければと、食事も程々に思考を巡らせていた。
「いゃあ、それにしても良い腕だ。料理人としてもやってけるよ。この酸味と甘味とベーコンの塩味のバランスが抜群だね」
しかし能天気が服を着ているかのようなこの男は、たきなのそんな決意など知らないかのようにナポリタンを口に運んでいる。
麗子は、そんな冴羽の子供っぽい態度に苦笑しつつも面白そうだった。
「姉さんと同じこと言うんですね」
「そう?」
「これだけは得意なんですよ。姉さんは昔から何でもできて、私は全然叶わなくて。唯一褒めてくれたのがナポリタンで…」
そう言って麗子は自らの分を皿へよそい、椅子についた。頂きます、と丁寧に手を合わせて口に運ぶ。その仕草にも気品や丁寧さが感じられた。
「あは、久しぶりに作ったけど、上手くいってよかったです。姉さんは料理全然ダメで」
「じゃあ、食事はいつも君が?」
「はい。いつのまにか、料理は私の担当になってました。家を出るまで、ずっと……」
「姉妹で、頑張って生きてきたんだな」
「……ええ」
冴羽の優しげな声。
カチャン、とフォークが更に当たる音がした。
麗子の手が止まっていた。
「姉さんは一人でも大丈夫だって思ってたんだけど……こんなことなら、私、ついて行けばよかった…っ」
「……」
ポロポロと、彼女の白い肌を涙が溢れ伝っていく。
たきなには、彼女へかける言葉が無かった。家族を失う辛さの分からない自分が、今更に何を言えばいいのか。
おまけにゴミ捨て場で見つけた血と骨……もうお姉さんは既にこの世の人でない可能性があります、とは流石に鉄面皮のように言われる自分も告げる勇気はない。
「ご、ごめんなさい、また……」
溢れ出る涙を拭う麗子。
千束なら何て言うのだろう。太陽の様な笑顔を絶やさず、人見知りしない人柄の彼女なら、恐らくこういうのは得意中の得意だ。
別に、こんなことを得意としても自分の将来には役立たないと分かっているが……
「安心しな」
ふと、震える彼女の手に、大きな手が重ねられていた。
冴羽の無骨な掌が、覆い隠すようにして彼女の細い手の怯えと不安を止めていた。
「その内また二人で、ナポリタン食えるようになるさ」
「冴羽さん……」
「ああ、そういや、依頼料決めてなかったな。この絶品ナポリタン二人分、てのはどうだ? なあ?」
「……え」
屈託ない笑みが、たきなに向けられる。
まさか自分に話が振られるとは思ってなかった。
キョトンとしたまま、つい咄嗟にこくりと頷いてしまう。
「……はい。そうですね」
「ほら、な。楽しみじゃないか」
な? と微笑みかける冴羽の言葉に、鼻を啜りながら麗子は頷いた。
「……ありがとう、ございます」
「…」
「すみません、ちょっと、化粧直してきますね」
赤く腫れた目を擦りながら、そそくさと席を立つ麗子。
そんな彼女の後ろ姿を、冴羽はやはり優しげに見守る。
「……健気だねえ。ああ言う顔を見ると、守ってあげたくなっちゃうなぁ。そう思うだろ?」
「どうしてあんな事を言えるんですか?」
「ん?」
その姿が、余計にたきなの不信感を煽った。
やはりこの男は要領を得ない。一体彼は何者なんだろうか。
「あの血と骨は、滝沢恵子のものである可能性があります。そもそも失踪して一か月以上……不用意に期待を持たせて、もし殺されていたらどうするんですか?」
「そんなヘマはしないさ」
「え?」
「あの血と骨は新し過ぎる。色と臭いからして、少なくとも1週間前後だ。おまけにここまで尻尾を掴ませなかった犯人が、被害者の自宅のゴミ捨て場に手掛かりをわざわざ残すわけがない」
確かに……考えてみればおかしい。
それにゴミの回収業者や妹の麗子自身があのゴミの中身に気づいていないのも、辻褄の合わないところだ。
現代の科学技術は条件さえ整えば、骨の欠片や血の状態を隈なく調べれば、いつ、どこで、どんな状況にあるのかまで細かく知ることが可能だ。
犯人にしてみれば命取りである。
しかしそれが逆に誘導されたものだとすれば……
「……犯人の罠ですか? 何のために?」
「さあな。少なくとも、姉の恵子さんの物じゃないのはほぼ確実だ。そして、罠を仕掛けたってことは、向こうから必ずアクションがある筈だ」
「……」
どこか遠くを見ている冴羽の表情。
その真意は相変わらず読めない。しかしながら、たきなは既にこの男を無能とは思わなかった。
「冴羽さんは……」
「ん?」
「どうしてこんな事件に首を突っ込むんですか?」
「……決まってるさ、そんなことは」
「また女性の依頼だから、で誤魔化すんですか?」
「誤魔化しちゃいない。俺は基本、女の依頼しか受け付けないの」
「スイーパーの仕事はよく分かりませんけど、こういうのじゃないのは確かですよね」
「……まぁな」
苦笑しながら、冴羽は黙る。初めて、たきなの言葉に言い淀んだ気がする。
重ねて少女は、この意味不明な男へ質問を続けた。
「冴羽さんの能力と人脈なら、もっと別の仕事があるんじゃないんですか?」
「買い被りすぎたよ。俺にはこういうのが性に合ってるのさ」
「千束さんも、DAとは無縁の仕事を敢えて引き受けてました。幼稚園の手伝いや、組事務所にお遣いへ行ったり、ゴミ拾いのボランティアを手伝ったり」
「あ~、そういうの好きそうだからねぇ」
天井を眺める冴羽。
……そう言えば二人はどことなく似ているかもしれない。
飄々として、本質を語らない様なところなど特に。
「千束さんとは、どういう関係なんですか?」
「どういうって?」
「DAでもない人がリコリスのファーストと親しいと言うのは、かなり妙だと思うのですが……」
「なに? 気になっちゃう? ボクとカノジョの人には言えない気になる関係が」
「あるんですか?」
「さぁ、どうっだっかなぁ? ま……手のかかる妹分みたいなもんかな」
妹みたいで、人に言えない関係?
ますます分からない。
「なぁにぃ? そんなに僕を知りたいのかな、たきなちゃんは?」
「は?」
「しかたないなあ、基本高校生にはもっこりしないんだけど、君がそこまで言うなら手取り足取り腰取り胸と」
「……」
「あ、あのね、フォークはスパゲッティを食べる物であって、人に突き刺すんじゃないのよ……」
ワキワキと手指をいやらしく動かして身を乗り出した冴羽に、たきなは本能的にフォークを突き出していた。
自身のフォークで何とか防御した冴羽は青ざめて諭した。
「……もう結構です」
「そう? じゃあ、俺はお代わりもらおうかな。たきなちゃんは?」
「いえ、私は……」
「食べないのか? 美味しいのに、これ」
今度は身体をクネクネと捩りながらキッチンへと向かう冴羽。
とても気持ち悪い。
もう訳がわからなくなってきた。たきなは深い溜息をつく。
「そんなに知りたいなら」
「え?」
「自分の事をまず話すのが大人の流儀だぜ」
「……っ」
たきなの身体が強張った。
再びテーブルについた冴羽の顔は今までのものではなかった。睨むわけでも怒るわけでもない。
ただ真摯に突きつけているだけだ。現実を。
「千束がいないなら、来なけりゃいいし、そもそも断ってもよかったんだ。なのに付いてきたってことは、何か理由があるんだろ?」
「別に……仕事だからです」
思わず視線を逸らしてしまった。
嘘は言っていない。頼まれた依頼を引き受けるのが一番だ。
そしてそのことが自分の将来に繋がるのだから。
そうだ。自分は嘘は言ってない。
この気持ちに、嘘なんてない。
なのに……なんで、目の前の男を真正面から見られないの?
『すいませーん』
「?」
「なんだ?」
たきなの迷いと二人の会話は、突然の訪問者に中断されてしまった。
ピンポーンと言うインターホンの音。
『はーい、どなたー?』
咄嗟に玄関近くの洗面所にいた麗子が返事をする。
『宅配でーす。印鑑いただけますかー?』
『あ、すぐに行きまーす』
冷静に考えれば、素人でも分かる。
しかし普段の何気ない習慣というのは人の感覚を鈍磨させる。
「……っ!?」
一ヶ月以上、家主のいない家に宅配?
あり得ない。
たきなが気付いた時、麗子が玄関まで近づく足音が聞えた。
「麗子さん、出ないで下さい!」
急いで椅子に掛けた鞄を掴みとり、玄関へ駈け出そうとする。
しかし、一瞬遅かった。
『きゃああっ!!?』
『動くなっ!』
玄関から聞こえる悲鳴。ガタガタと暴れる音が発せられ、それが近づいたと思った時、リビングへの扉が勢いよく開け放たれた。
たきな達の前に現れたのは、麗子ともう一人。
「た、たきなちゃん……」
「……」
「全員、動くなよ。両手を上げろ」
黒シャツに黒スーツ、そしてサングラス。
たきなや千束のいるリコリスの制服が最も社会に溶け込みやすい服装なら、こいつは世界一怪しい服装だろう。
しかし部屋の中にまで入ってしまえば、隠す必要もない。
怪しさも、そして右手に握られる武器も。
「そのままだ。ゆっくりと床に伏せろ」
「……」
「ほら、そこのガキ早くしろ!」
トカレフを麗子の後頭部に突きつけたまま、もう片方の腕で麗子の首に手を回して拘束している。
咄嗟に鞄を展開させようとしたが、流石に正面から銃を引き出す時間はない。
「や、止めて、相手は子どもよ……」
「黙れ!」
「ひっ…!?」
銃口を強く突きつける男。
麗子はガタガタと震え、顔を青ざめさせる。
(一瞬でも隙を作れれば、その間に撃ち抜ける……でも…)
たきなは冷静に状況。判断した。
本来なら、すぐにでも鞄から愛用の銃を取り出し、奴の眉間を撃ち抜く自信はある。
犯人もおいそれと人質を簡単に殺すヘマはしないはずだ。
「おい。その鞄、床に置け」
「……」
「置けって言ってんだよ!」
しかし、できない。
────命大事に、だよ────
(何でこんな時に……)
頭の中で、千束が言った言葉が反芻されて、指先が動かない。
あの時と同じじゃないか、と言い聞かせた。
同じリコリスのセカンド、エリカが人質に取られた時も、自分は表情一つ変えずに救出した筈だ。
同じことをやればいいだけ。
なのに、なんで…!?
「……はい」
いつの間にか、自分は鞄を床に置いていた。
そのまま敵の方へ滑らせると、向こうは脚を掛けて更に後ろ側……廊下の方へと蹴り飛ばす。
完全に勝機を絶たれ、たきなは心の中で歯噛みした。
そんな時。
「おい、テメエもだ」
「…うまい!」
冴羽獠は、スパゲッティを噛んでいた。
「は?」
「うまい! うまい! うまい! うまい!」
「おい……何食ってんだよ」
「ん? ナポリタン」
「メニューは聞いてねえ!」
思わず叫ぶ男。
しかし冴羽は意に介さず、相変わらず絶品と評したナポリタンをひたすら口に運んでいる。
その様に、たきなは唖然とした。
「……」
「君も食う?」
「食うわけねえだろ!」
「うまい! うまい! うまい!」
「もういいんだよ! 煉獄さんかテメエは!」
「お、ナイスツッコミ〜」
ヘラヘラと笑いながらフォークを弄ぶ冴羽。
口元はケチャップだらけで、下品なことこの上ない。
たきなも思わず目を細めた。
「いやほら、主人公の先輩としてはやっておかなきゃじゃない?」
「訳わかんねえこと言ってんな! さっさと床に伏せろ! 聞こえねえのか!」
「たきなちゃん、タバスコとチーズ取ってくれる?」
「おい!」
「今食ってんだから後にしろ。食事中は静かにしろってママに教わらなかったか?」
「んだと…!」
微かに低くなる冴羽の声。
初めて、たきなは感じた。この男の真の姿。
そして次の瞬間、彼女は見た。
高速で自分の眼前を通過する、さっきまで冴羽が弄んでいたフォークを。
「っがぁ!?」
飛ばされたフォークが、鋭く敵の指に突き刺さる。食器のフォークは大抵、安全の為に先端を潰しているが、それさえ無視して深々と食い込む程のスピードだった。
一瞬のうちに、何が起こったのかを男も麗子も理解できてない。
次の行動が可能なのは、制服姿の少女のみ。
「……ふっ!」
「ほぐ!?」
起き上がる勢いを利用し、たきなは飛ぶようにして相手の顔面にローファーの裏を叩き込んだ。
サングラスが割れる音がする。
「きゃ…!?」
「おっと、大丈夫かい?」
同時に男から解放された麗子が地面に倒れそうになるが、そこは冴羽がキャッチした。
「く、くそっ…!」
「っ!」
「おぉぅあっ!?」
たきなはよろめく相手の腰に右脚を引っ掛けると、そのまま後ろへと倒れ込む様にして男の身体を引き摺り込む。
引っ張られたまま地面に倒れ伏す男に対し、たきなは首に手を掛け、相手の腕関節を極める。
柔道で言うところの浮技の応用だ。
そのままくるりと身体を返すと、うつ伏せにされた男が完全にたきなにホールドされる形となった。
「おお、やるね」
「麗子さんは?」
「大丈夫。気を失ってるだけさ」
冴羽はそう言って、抱きとめた麗子を優しく床に下ろす。
その姿は紳士そのもので、たきなは一瞬目を丸くした。
「どした?」
「いえ、てっきり気絶した彼女にセクハラをするものかと」
「そこまでゲスじゃないわい」
ジト目で睨む冴羽。尤も今までが今までなので、たきなも特に失言とは思わない。
とはいえ、麗子が気絶したのは都合がいい。
これでようやく本領を発揮できる。
「ぐぅ、くそ…! あがっ!?」
「滝沢恵子はどこにいる?」
抵抗しようと首を上げた黒服男だったが、たきなは頭を掴み上げると床へ押し付ける。
「な、何の話だ…!」
「答えろ」
「がふっ!!」
無慈悲に額を床に擦り付けた。
落ちた男の拳銃を拾い、後頭部へ突きつける。男が震えるのを感じるが、別に何とも思わない。
「トカレフですか。手に待つのは久しぶりですね」
「ぅ…!」
「撃ち方も復習してみましょうか」
「や、やめてくれ…!」
持っている銃はトカレフだ。しかしところどころ摩耗しており、手に持った感覚も自身の銃とは比べ物にならない。ロシア辺りから流れた、雑な粗悪品だろう。この男と一緒だと、たきなは思った。
自分は感情の変化に乏しいし、情緒も薄いのは自覚している。だが女として、無力な女へ暴力を振るう輩へ怒りを覚えない訳がない。
しかし、たきなの静かな瞋恚を感じ取りながらも、冴羽は冷静だった。
「そいつは何も知らんよ。ただの雇われだ」
「え?」
「手掛かりは後ろにいる奴が知ってる」
そう言って、親指を立てて、後ろを指し示す冴羽。
ベランダの向こう側、青空の広がる視界の先に、音も立てずに中空で静止している薄緑色のドローンが飛んでいた。
(……!)
都合よく盗撮魔がドローンを飛ばすわけがない。
敵の偵察機だ。
たきなの思考回路は一瞬にして最適解を導こうとするも、何発もエラーを叩き出してしまう。
ドローンはその機内から鉄製の筒を取り出して、こちらを指向している。
機関銃を搭載している不法な改良型だ。
(ダメだ! 窓が閉まってる!)
手元にあるトカレフでは窓をブチ抜いて撃ち落とすには威力が足りない。ドローンに当たるまで威力が減衰して弾道がブレる。
たきな自身のS&Wなら貫通力のある弾丸を用いているが、それでもガラスを割るのに一発、ドローンを仕留めるのに一発。
落ちているカバンを拾い、銃を取りだし、更に二発も狙いをつけていては、その間に撃たれる。
「貸してやる。特別サービスだ」
「っ!」
瞬間、たきなは見た。
冴羽がジャケットをはだけさせていた。そして内側に装備された革製ホルスターには、武骨な鉄の塊が差し込まれているのを。
「用意、ドン」
冴羽が素早く胸元に手を滑り込ませ、それを宙へ放り投げる。
その時、既にたきなは行動に移っていた。
「がぁ!?」
制していた男を踏み倒し、ジャンプと同時に、冴羽が放った拳銃を空中でキャッチ。
着地と同時に窓の向こう、ベランダよりも遠くで静止しているドローンへ、冴羽の肩越しに照準を合わせる。
手の感触と、視界に飛び込んできた銃の姿に、たきなは驚いた。
しかし、冷徹な狙撃手としての身体は、頭を一瞬で冷やす。
機械のように正確に指を引き金に掛け、引き絞る。
強烈な破裂音が響くと共に、中から煙が噴き出る。弾丸は一ミリの狂いなく、窓ガラスを貫通し、更にドローンの中心点を貫いた。
キリモミしながら、ドローンは下へと落下していく。
「お見事。さすがだな」
「……」
牙を顕にした獣は、たきなの手元で微かに硝煙を燻らせている。
(コルト357……こんな重い物を…)
コルトパイソン357マグナム。
コルト社が1956年に開発したモデルで、強力な弾丸である.357マグナムを発射できるリボルバーとして、当時は破格の値段で取引された拳銃である。
『リボルバー界のロールルイス』とも称されたこの拳銃は人気を誇ったものの、コルト社の業績不振によって一時生産中止になっている。
近年、熱心な愛好家たちの声によってリニューアルされたが、たきなの手にあるのは紛れもない当時の現物である。
「……」
恐らく、DAでもこんな物を振り回しているのはいない。
隠密である彼女達は携行しやすく、また目立たない武器を選ぶ。
相棒であり、一見して地味さとは無縁な千束でさえ、使っているのは隠し持つのに有利なデトニクスだ。
本来、裏の仕事でこんな大物を隠し持つのは酔狂としか取れない。加えてコルト357は威力や連射性能と引き換えに、銃身のブレと反動がかなり大きいとされている。
冴羽のフォローがあったからこそ、自分はこの暴れ馬を御し切れた。
しかし乱戦の中でこれを操り、的へ必中させる自信はない。
「おーい、たきなちゃーん?」
「…!」
眼前に迫る冴羽の顔。
ギョッとして後退してしまった。ついでに、後ろにいた黒服の男の顔を踏んづけてしまう。
「がっ…!」
「あ、すいません」
思わず謝った。
「さすが、ミカのとっつぁんの肝煎りだな。初撃で目標に命中させるとは」
「……お返しします。助かりました」
「美少女の華麗なアクションシーンの見物料としちゃ、安いもんさ」
そう言ってコルトパイソンを懐へしまう冴羽。
ほんの一瞬だけだが、彼の真髄に触れたことを、たきなは何処か幸運に感じていた。
「さてと……」
飄々とした顔のまま、獠は倒れ伏している男にまで歩み寄る。
散々痛めつけられ、実力の差まで思い知ったお子は、既に戦意を喪失していた。
じっと見つめながら、うすら笑いさえ浮かべながら冴羽は口を開いた。
「女は傷付けない主義だが、男にまで優しくする程、俺はお人好しじゃない」
「ひっ…!?」
「とはいえ、だ」
ほんの一瞬、たきなでさえ背筋が凍るような気配を感じたのは気のせいだろうか。冴羽は元のズボラな雰囲気を出しながら、頭をぼりぼりと掻き始めた。
「本来ならこの件は俺の知り合いが受けるべき依頼で、そいつは世界一のお人好しときている」
「え…」
「誰に雇われた?」
「……知らねえ」
「あ?」
「ほ、本当に分からねえんだ。金は弾むからと、女子供2人と、野郎1人を襲えって……メールでいきなり……」
男はポツリポツリと話し始めた。
メールには指定の駅近コインロッカーの中に、詳細が入っていると書かれていた。
開けると、そこには銃と対象の住所、そしてターゲットが書かれてメモが入っていたと言う。
「そのメモは?」
「し、始末した……公園の、ゴミ箱だ」
「……冴羽さん」
「ああ。もうとっくに無くなってるだろうな」
冴羽は考えた。
敵の情報網はかなりのものだ。自分とたきなの存在は既に知られているとみて間違いない。
だが、敵が冴羽獠と知っていて喧嘩を売る奴は、この新宿ではまずいない。
恐らくこれは、次の策を練るための時間稼ぎ。そして目の前の男は、その為のスケープゴートだ。
「捨て駒にされたな、あんた」
「え?」
「家族いるか?」
「……嫁さんがいる。もうすぐ、子供が産まれるんだ」
養育費を稼がねばと思ったのだろう。しかし、ドン底にまで落ちた男に出来ることなど、たかがしれている。
そこをつけ込まれたようだ。
冴羽は男を起き上がらせると、身なりを整えてやる。サングラスが割れて素顔が露わになる。何だ、それなりにいい男じゃないか。
「今すぐに街を出ろ。別の場所で、しばらく身を隠せ」
「い、いいのか…?」
「早くしろ。本当に消されたいか?」
低い冴羽の声。
男は今度こそ、自分のしたことがどれだけ愚かなことなのかを理解した。こんな化物がウヨウヨしている世界で生きていく位ならば、多少環境が悪くとも、日雇いでも何でもして稼いだ方が建設的だ。
「……す、すまねえ」
「奥さんと子ども大事にな」
肩を叩くと、男は踵を返して出て行った。あのドローンも始末したし、雇い主も必要以上に追及はしないだろう。あとはあの男が幸運に見舞われるのを女神でも祈るしかない。
「逃がすんですか?」
「言ったろ。あの男は何も知らん。余計なことしても、後始末が面倒なだけだ」
たきなたちの場合、死体の始末や情報処理はDAが請け負うが、彼等フリーの始末屋にはそれが無い。
だから敢えて見逃した。確かに矛盾はしていないが。
ますます冴羽獠という男が分からなくなってきた。
千束もだが、この男の行動基準はそれに輪をかけて理解できない。まるで雲か霞を相手にしているようだ。
「寧ろ、落ちたドローンを回収した方がいいな。そっちのがまだ手掛かりがつかめるかもしれないぜ」
「私、回収してきます」
「おう、頼むよ」
ともあれ、一先ず危機は去った。
これからの策を考える必要はある。
それに……彼が実力を兼ね備えている男というのも、まぁ説得力を帯びているなと、たきなは考えを改め始めた。
「じゃあ、すぐに戻……」
「麗子さんっ!?」
「え…」
冴羽の叫びを聞き、思わず振り返るたきな。
横に寝かされていた麗子の姿を、唖然とした表情で見つめる冴羽を見て、たきなは血の気が引くのを感じた。
「こ、コイツはなんてこった……!?」
「どうしたんですか?」
「あ、あの私服で覆われて気付かなかった……こいつはとんだもっこり富士山……いや、もっこりチョモランマ……」
「……」
そして、その血が頭に上っていくのは一瞬である。
本当に、これさえなければ……。
「はっ!?」
乱闘の中で、いつしかはだけていた滝沢麗子のブラウス。
そこから露わになる、同年代の中でも上位に食い込むであろう大きさのバストをまじまじと見つめる冴羽を見て、たきなはゆっくりと、さっき男が使っていたトカレフを拾い上げた。
「あのね、これは不可抗りょ」
「……」
「一つだけ言っておきたい」
「なんでしょう?」
カシャン、とレバーを引く音。
うん、やはり粗悪品だ。コイツは。
「トランクスって、どゆこと?」
マンションの狭い一室で、トカレフの発射音が響いた。
ちなみに、これは冴羽が混戦の中で偶然、たきなのスカートの中身が見えてしまった事への言及なのだが、この件を解決するには長い時間が必要なのであった。
銃を最近になって勉強し始めたもので、至らぬことをもあると思います。
もし、何か勘違いやミス等ありましたら、御指摘下さるととても嬉しいです。
嬉し過ぎてもっこりします。