LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever 作:ディルオン
励みになります。
これからも、なにとぞ、よろしくお願いします。
結局、ドローンは獠自身が回収する羽目になった。
「けー……くそ、なんで俺が……」
『二人きりにさせたら、何するか分かりませんから』
『え、えー、大丈夫だよ。俺を信用しなさ』
『その言葉とこの弾丸と、どちらに重みがありますかね?』
『……イッテキマス』
と、会話という名の恫喝が行われた、春先の晴れた昼下がり。
男は1人、腫れ上がった顔を摩りながら膝をつく。
「もうちょっと優しくなれないもんかなぁ、あの子……」
ちょっと胸に視線を集中させただけでこんなにボコボコにされてしまうんだから世も末である。
スケベは男の甲斐性だ。性欲は生きる上で必要な生理現象だ。それを規制するのは人権無視に等しい。
「すこーし優しさとか色気があれば、引く手数多の美少女なんだがなあ……もったいない」
もう少し柔らかくならんもんか。
足腰はまぁ及第点として、あとは上あたりに豊かさを……。
『なに女子高生に欲情してんだオイ』
「……」
何故か謎の寒気に襲われた。
考えてみれば、この件はたきなの口を通じて千束の耳に入るだろう。そうなると彼女が制裁に現れないとも限らない。
(最近は香に影響されたのか、すぐ暴力だからなぁ……反抗期か?)
「出会ってばかりの頃はまだ可愛かったのに……ともあれ、そろそろ本気出さんと命がヤバい」
渋々ながら意を決して、獠は落下したドローンの破片を掻き集め始めた。
「ふむふむ……機銃はコイツか……」
銃身やフレーム、内部機構の欠片を眺め、彼の思考は一転、プロのものとなる。
(さっきのトカレフと、比べモンにならない精度だ。そこらのギャングのものじゃない……)
ただ物じゃない。軍隊にも用いられる高品質のものだ。
ドローンも市販品ではない。相当腕の立つ人物によって、手を加えられた形跡がある。
そもそも、ただの行方不明沙汰に、トカレフやら機銃付きドローンやらが出てくる時点で、ただの事件じゃない。
大きな闇が、この件には関わっているらしい。
「ん?」
と、その時。獠のポケットからスマホが鳴る。画面を見ると、非通知だった。周囲に警戒しながら、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『獠か。私だ』
「……なぁんだ、その声はとっつぁんだな?」
馴染みのある声に、獠は胸を撫で下ろした。
情報秘匿の為に別回線を使ったのだ。相変わらず心配性な男だ。
『……』
「ん? どした? きこえますかー? もしもーし」
『……たきなを、夜の店に連れ回したらしいな』
「お、お掛けになった番号は、現在使われておりましぇん。御用の方は、もっこり美人に替わってから、ボクのプライベート番号に……」
『獠』
ドスの効いたミカの声。
獠は慌てて弁明した。
「あ、いやいや、知らなかったんだよ! あんな若い子が依頼人だってさ。あの店なら秘密の話もしやすいし、情報も得られるのはとっつぁんも知ってるだろ」
『……はぁー』
ミカはマリアナ海溝もかくやという溜め息を吐き、後で自身が方々から怒鳴られるのを覚悟で水に流すことにした。
どの道、電話越しに話したところでコイツは何も反省しないのは分かりきっている。
『あとで千束にも説明しておけ』
「わ、わぁーったよ。そ、それよりも、調べてくれたんだろ? どうだった?」
『……』
露骨に話題を変えようとする獠。どの道、ここで話しても暖簾に腕押しだ。ミカは一先ず、件の報告をすることにした。
『お前の推測通り、人骨だ。破片を掻き集めて復元したところ、頭蓋骨の一部だと分かった』
「やっぱりか……」
獠達が発見した骨と血のついたタオルは、ある特殊な経路でミカに渡るようにしていた。
たきなから話を聞いていたミカも、これまた特殊なツテを使い、直ちに調べられるように段取っていたのだ。
『それと打撲痕が僅かに見つかった。鈍器のようなもので、後頭部を殴打されている』
「血を拭き取った時、飛び散った破片の一部がそのままタオルに付着したわけか……その行方不明のお姉さんの可能性は?」
『まだ調べてる最中で断言できないが、かなり低い。病院から取り寄せたデータと照合したが、まず血液型が違う』
「そうか」
『詳しい事が分かり次第、また連絡する……依頼人はどうした?』
「たきなちゃんが付き添ってるよ。能面みたいな顔して、意外と優しいトコあるじゃないか」
『千束もそう言ってたよ』
ミカの声が柔らかいものになる。
本来、獠はDAという存在を嫌悪している。あんな物はすぐにでも灰にして、裏にいる連中を全員地獄に落としてやりたい。
そんな中で、ミカとは仕事抜きに付き合える数少ない人間だった。
だからこそ、今回の件は早々に聞いておきたい。
「……なぁ、とっつぁん」
『ん?』
「あの子、何か事情があるんだろ?」
『どうしてそう思う?』
「わざわざとっつぁんのトコまで異動するなんて、余程切羽詰まってるか、爪弾きにあったかのどっちかだ。確かに実力は大したもんだが、時々妙に思い詰めた顔するもんでな」
喫茶リコリコは、DA支部という名目だが、実際は千束が好き放題に依頼を引き受ける何でも屋である。
DAでも、あそこを快く思っていない連中は多く、数年前には千束を本部へ連れ戻そうと実力行使に出たこともあった。
無論、そんな連中は千束がボコボコにして送り返したが、そのせいもあり、千束はDAの上層部から煙たがれている。
そこへ異動になったということは、彼女も同様に訳ありということだ。
『どうにもお前の目は誤魔化せんな』
「女の子を観察するのは得意なんでね」
『まぁ……話しておくか』
もとより、落ち着いたら話すつもりだったミカ。
彼女の今までの生い立ちを、ゆっくりと話し始めた。
………………
「……」
眠り続ける滝沢麗子を、部屋の寝室のベッドに横たえて、たきなは一人、彼女を見守っていた。
(遅い)
沸々と煮えたぎる何かを抑えながら。
(ドローンを回収するだけで、なんでこんなに……)
まさかとは思うが、道行く美人に声をかけていたら、いつの間にか遠く離れた場所まで移動しているというオチではないだろうか。あながち否定できない。
『そこの道行くおねぇさぁ~ん! ボクちゃんと一緒に射撃場でコンバットマグナムでも撃ちにいきませんかぁ~~!!』
「……」
ダメだ。セリフがこんな物しか思い浮かばない。
でもそれに類することはしてるだろう、うん、多分。
「ぅう……っ」
苛立ちが込み上げてきた時だ。
滝沢麗子が、身をよじらせる。
めくれたシーツをかけ直してやると、彼女は再び寝息を立て始めた。
(いけない、集中)
DAで教わったことを、反復した。自らの脈拍、鼓動、呼吸に意識を集中させて、コントロールする。メンタルを養い、理性を安定させる役割がある。所謂、マインドフルネスだ。
(あのドローンは普通じゃなかった。もしかしたら、調べるのに時間が掛かってるかもしれない)
スイーパーとしての腕前は確かなのだ。
……うん、多分、きっとそうだ。
誰か、そうだと言って下さい! お願いだから!
(……別のことを考えよう……)
だきなは現実逃避を始めた。
否、精神を整えるための思考の切り替えだ。
(そうだ。あの銃とドローンは、もしかしたら……)
たきなには、あのドローンや機銃に、心当たりがあった。
数週間前、とあるシンジゲートが銃火器を大量に日本に持ち込んだ、という情報があった。
当然、国家安全機密組織であるDAは直ちに現場へエージェントを派遣。犯人を取り押さえ、背後関係を洗い出そうとした。
しかし、現場に既に銃は無く、取引は成立した後だった。結果、1000丁もの武器弾薬が、テロリスト達の手に渡っている。
たきなはこの武器の行方を掴むことが、DA本部への復帰の近道と考えていた。
(本部でも手を焼いた相手を突き止められれば、評価に繋がる。そうすれば、私への不当な扱いも……)
ぐっ……と、膝に置いた手に力が籠もる。
依頼人の眠る部屋は、やはり他の部屋と同様にシンプルな造りと内装だ。自分の風景に似ている、と少女は思った。
これといって趣味もなく、興味も持たず、ただ任務に邁進するだけ。閉鎖的な空間で育っても、仲間はどこかに個性があった。その中で自分だけが、どこか壁一枚隔てた遠い所へ居る錯覚を覚えた時がある。
(いつ、本部へ帰れるのかな……)
自分の人生に疑問を抱く間もなく、抱く理由さえ見つからず。
ただ、任務をこなすだけ。
ただ、冷徹なマシンであれ。
ただ、国家を守る礎たれ。
それだけを、ひたすらに守ってきた。
そんな自分にも、目標があった。
千束と同じ、リコリスの赤い制服を着ること。DA本部で、活躍すること。
それだけ夢見て頑張ってきた。
それだけなのに。
何故自分はここにいるんだろう。焦りと、苛立ちと、虚無感が、交互に波打ってくる。
この感情を、なんと呼べばいいんだろう。
「おやまぁ、恐い横顔しちゃって」
飄々とした、やや低音の、呑気な声。
自分の中の蓋をした気持ちは、部屋に入ってきた能天気もっこり男のせいで再び雲隠れする。
「麗子さんは?」
「まだ寝てます、今は落ち着いてますけど……」
「ん……?」
「随分、遅かったですね」
ジロリと、冴羽を睨み付けるたきな。
「ああ、悪い。とっつぁんから電話があってな」
「店長から?」
「例の骨と血の分析についてだ。取り敢えず、この子のお姉さんじゃなさそうだ」
「……そうですか」
ホッと胸を撫で下ろした。
……?
どうして?
この人はただの依頼人で、別にその親族の安否は私の人生とは何の関わりあいもないのに。
何故、安心したの?
「なんだ、そんな顔もするじゃないか」
「え?」
「そうやって笑ってた方が百倍可愛いぜ。女の子ってのはな、基本笑顔でいる為に生きてるもんさ」
目を丸くする。
笑ってる?
自分が?
どうして?
この場で、この人に、この瞬間に笑顔を向ける理由なんてない。
私の人生で、笑顔を手向ける為の人なんていない。
一瞬、千束の顔が思い浮かんだが、すぐに掻き消した。
「……私は『リコリス』です。男も女も関係ありません」
すぐに表情を決して、視線を冴羽から外す。
これも千束と同じだ。一緒といると、調子が狂う。
この任務が終わったら、すぐに離れないといけない。
そうしないと、自分が今まで大事にしてきた物さえも失われる気がする。
「そうやって鉄仮面で自分を隠したって、良いことないぜ。もっと正直に生きた方がいい」
「私は正直です」
「命令に従って、自分を殺して、敵を殺して、挙句に家を追い出されてもか?」
「っ……!?」
「DAをクビになったんだってな。命令違反をして」
たきなが再び冴羽を凝視する。
人事に関する項目は、DAの中でも機密事項だ。それなのに、なぜこの男がそれを知っているのか。
命令違反の件さえ、彼には筒抜けというのか。
「とんでもない組織もあったもんだ。日本中から孤児を集めて、暗殺者に仕立て上げようってんだからな」
「……」
「おまけに、仲間を救った筈の女の子を島流しか……ますます酷いもんだ」
「止めて下さい」
冴羽の呑気な口調。
たきなは、ふるふると手が震えるのを堪えていた。
しかし、声まで震えるのは止めようがない。
自分の中で、沸々と沸き上がるのを感じる。
「そういう言い方は……不愉快です」
「でも、君自身も不服なんだろ?」
「……」
口籠る。今までの無口な態度とは違う。黙秘の主張だった。
「国の安全を守るための暗殺集団『リコリス』のエージェント、井ノ上たきな。もちろん、本名じゃない。君が何処の何者なのか、君自身も知らない。知っているのは、君が国に仇名す犯罪者を暗殺するエキスパートと言うことだ」
『リコリス』の起源が、何時からなのか定かではない。
日本の治安の良さは世界でも有数とされているが、実際にはそうではない。それは国が作り上げた幻想である。今も尚、国内外を問わず、虎視眈々と悪事を狙っている魑魅魍魎がいる。
たきな達は、そんな連中を陰で始末するために育てられた暗殺集団である。
当時の施政者は、国家の治安維持の為の兵隊として、捨てられた子ども達を利用することを思いついた。少年少女を幼少時から鍛え上げ、暗殺者としてのスキルと知識を叩き込む。そして一般学生に扮させれば、治安が一番良いとされている日本で、これほど目立たない戦闘マシンはない。
しかも孤児であるリコリスには、家族も戸籍もない。
例え任務で死んだとしても、何もない。ただの使い捨ての駒扱いだった。彼女たち自身もそれは分かっていた。しかし、それでも抜け出すことは不可能だ。逆らった瞬間に殺され、証拠は残らない。否、それ以前に、彼女達は反抗しようとする気配すらない。
そうなるよう教育されているから。
たきなも、そんな風に育てられたメンバーの一人だった。
「そして数週間前、君達リコリスは、とある銃取引の現場を取り押さえようとして、逆に返り討ちに遭い味方が人質になった。そんな乱戦の中、君は人質ごと犯人達を機銃掃射で一掃。仲間を危険に晒し、手掛かりとなるバイヤー諸共消してしまった責任を取らされ、今の場所へ……ま、要は左遷ってワケだ」
「左遷じゃありません。ただの異動です」
「しかし現に、君の頬にはバンソーコーが貼られてる。そいつは大の男にやられたもんじゃないだろ」
たきなは咄嗟に右頬に触れた。
彼の言う通りだった。独断専攻に悪びれもしなかった彼女に対して、現場リーダーだったリコリスの少女から受けた鉄拳制裁の痕跡だった。
「……私は敵を倒し、仲間を助けました」
「けど、上の人間はそれを命令違反にしたんだ。君に責任を押し付けてな」
「あなたが同じ立場ならどうしたんですか?」
予想外の質問だった。
自分は群れない。あんな組織に与する位なら舌を噛んで死ぬ。ただ、もし大切な人が人質に取られたとすれば……
「……同じことを、しただろうな」
「なら私が理不尽に憤りを感じているのも分かる筈です」
口籠った。
言葉に詰まったのではない。言ったところでこの少女は納得しないと分かっているからだ。
とは言え、言わないわけにもいかない。
獠はリコリスに出会った時に、必ず言うのだ。君はこのままでいいのか、と。
「手柄を立てて実力を証明して、復帰する……それが君の目標か」
「私は間違ってません」
「そんなに居心地の良い場所なのかね、あそこは」
「……まるで、あなたの方が良いような言い方ですね」
「まさか。君のいた所が地獄だとすれば、俺の住処はゴミ溜めさ」
自嘲する冴羽。
その仕草に余計に腹が立った。
「私は元の居場所に戻りたいだけです。家に帰ることが、そんなに変なことですか?」
「君に拳銃を握らせ、撃ち方を覚えさせ、心と笑顔を消す……そんな連中のいるところが、本当に君の家なのか?」
「DAの活動で日本の治安は守られてます。誰かが引き金を引いて、世界は平和が保たれている。それがこの国では私たちと言うだけの話です」
「その代償として、君は学校へも行けず、友達も恋人も作れず、自由に遊びまわることも出来ないんだぞ」
「私は構いません」
「青春を犠牲にしていいのか?」
「誰かの命を犠牲にするより遥かに良い」
「その言葉は、誰に教えられたんだい? 親代わりを名乗る人殺しの手先じゃないのか?」
「やめて下さいっ!!」
たきなの叫び声が、部屋に響く。
ワナワナと手が、全身が震える。隣で寝ている麗子がいることも忘れてしまいそうだった。
「……何度でも言うさ。君みたいな子に、銃は似合わない」
「っ……!!」
その瞬間、冴羽獠の見せた表情は、あの優しげな包容力のある微笑みで。
何故、今そんな顔をするのかと、たきなは心の底から怒りが込み上げるのを感じた。
そして次の瞬間には、彼の頬を思い切り殴り飛ばしていた。
「痛っ……」
「……っっ……!」
子どもとはいえ、訓練を受けたたきなの拳は、獠に尻餅をつかせるには十分だ。彼は頬を擦りながら、それでも優しく、それでいてどこか悲しげに、少女を見つめていた。
沈黙が、部屋を支配する。
「……もう結構です」
その内、たきなは部屋の入口まで早足で歩く。
これ以上、この男と同じ空気を吸うのも不快だ。
「おい、たきなちゃん……」
「依頼はキャンセルします。ここからは私一人で調べますので」
「アテはあるのか?」
「あなたには関係ありません」
信じたのが間違いだった。こんな男を。いや、全部間違いだらけなんだ。分かっていたじゃないか。
そんな間違いに抗うために。
だから、私は拳銃を握っているんだ。
だから、私は間違ってなんかいない。
「……あなたも結局同じなんですね」
誰も私を知らない。理解してくれない。
なら一人がいい。一人なら傷つかない。
それに、誰かを知る必要もない。
叩きつけるように、強く締まるドアの音。
木製の筈なのに、なぜ金属でできた扉のように、重く、強い。
それは彼女の心の壁の厚みだと、獠にはハッキリと分かっていた。
次回、真相究明。
たきなが危ない。
敵は何処だ。
欺瞞に風穴を開けろ、シティーハンター。