LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever   作:ディルオン

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Push someone’s button-虎の尾を踏むべからず

 

 

 新宿郊外の裏通りを、たきなは一人歩く。

 

(あの情報屋に会いに行く。それから改めて、付近の裏稼業の人間を洗いざらい尋問すれば、手掛かりが何か見つかる筈……)

 

 そう、自身に言い聞かせた。

 

(私は間違ってない)

 

 何度も、何度も、同じ言葉を心に唱える。

 そのこと自体が、自分に嘘をついている証だと認めたくなかった。

 

 いつしか空は夕焼けになり、風が少し強くなる。薄汚れた裏街道でも、太陽の陽はいつも綺麗だ。

 

「……」

 

 つい対比する。

 自分は陽の光のように強く明るくいられない。

 千束は、まさに太陽のような人柄だった。朗らかで、明るくて、気さくで、優しい。人を思いやる気持ちにも溢れている。

 自分には無理だ。

 

(冴羽さんの依頼を断ったの……お店に言わないと)

 

 皆、どんな顔をするだろうか。

 店長やミカは許してくれるだろうか。後で話を聞いたら、千束はどんな風に接するだろう。怒るだろうか。幻滅するだろうか。

 

(何でそんな心配してるの? 私は間違ってないのに……)

 

「たきなちゃん!」

 

 思考のループにまたハマりそうになった時だ。

 ふと聞き慣れた声が、後ろから聞こえて、たきなは振り返った。

 

「……麗子さん?」

「はぁ…はぁ…! 良かったわ。間に合って…」

 

 滝沢麗子が、息を切らしながら膝に手をついて、目の前に立っていた。

 額には汗が滲んでいる。まさか、自分を追ってきたのだろうか。

 

「どうしてここに…? あ、いえ、危険です、家に居ないと…」

「ご、ごめんなさい…あなたが窓の向こうから見えたものだから……」

「……冴羽さんは?」

「あの人なら、電話してたよ? 誰かは分からないけど、あなたの方が心配になって、黙って追いかけちゃって…」

 

 罰の悪そうに舌を出す麗子。

 たきなは目を丸くした。

 

 追いかけた? 

 自分を? 

 初めてだ、そんなの。

 

 DAを、追い出された時だって、自分を気にかけてくれる人なんて誰もいなかったのに。

 役立たず。味方殺し。狂犬。

 そんな風に後ろ指刺されて、ここまで来た。

 そんな自分を心配? 

 

「たきなちゃん? 大丈夫?」

「…今すぐマンションまで戻って下さい。私が送りますから」

「駄目よ。そうしたら、あなた一人になっちゃうわ」

 

 すぐに思考を切り替え、彼女の安全を優先しようとするも、麗子の指がたきなの手を包み込む。

 

「ね? 一緒にいさせて。それに、なんだかあなたを見てると放って置けないの」

「……」

 

 微笑む麗子。

 姉がいたら、こんな風だろうか。と、柄にもなく思う。

 

「……冴羽さんに連絡します。いきなり居なくなって、向こうも心配してますから」

「ねえ、たきなちゃん…冴羽さんと何があったの?」

「……別に、なにも」

「嘘が下手なのね。無理しなくてもいいわよ。冴羽さんには、私から連絡するから」

 

 せめて仕事人として、最低限の責務は果たそうと思った時だ。

 麗子は戸惑いがちに尋ねてくる。

 つい、本音を顔に出してしまった。リコリスは、感情を顔に出さない訓練を積んでいる。しかし、それは任務の時だけだ。銃を持たない時に人と接する方法など、誰も教えてはくれなかった。

 

「…はい」

 

 リコリスともDAとも関係ない優しさに触れたせいか。

 死ぬほど後悔すると分かっていても、つい、甘えてしまった。

 

「ねえ、お茶でもしましょうか? 人がいる外なら、悪い人もそうそう来ないでしょ? たきなちゃん、食べたいものとかある? って…ごめんなさい、さっきお昼食べたばかりよね」

「いえ……」

 

 好きなもの。

 つい考え込んだ。

 たきなも趣味嗜好がないわけじゃない。食事の好き嫌いはある。もちろん、効率的かつ安全、健康に良いのが大前提だが……

 

「……かりんとう」

「え?」

「い、いえ。何でもないです」

「かりんとうかぁ…スーパーに売ってるかなぁ…?」

 

 ついふと出た単語に、麗子は考え込む。

 食事は良いものを出されていたが、基本、リコリスとしての彼女達に『遊び』はない。

 唯一の楽しみが、間食として出されるかりんとうだった。

 甘いものは糖分補給に役立つという名目だが、それを抜きにしても、彼女はあれが好きだった。

 

「取り敢えず、探してみよっか」

「……はい」

 

 差し出された麗子の手を、たきなは自然と取っていた。

 

「こうしてると、私にも妹できたみたいだわ」

「……」

「たきなちゃん、ご兄弟はいるの?」

「いえ、一人です」

「そう。そう言えば、その制服って可愛いわよね。あまりこの辺りじゃ見ないけど、どこの?」

「えっと……」

「あ、こっちから行きましょ。この道通ると近道だから」

 

 この類の質問を躱す訓練は受けていない。

 どうしよう。適当にはぐらかすか? 

 しかし彼女の思考ルーチンには、『好い加減』というものが存在しない。相手の好奇心を程よく満たしつつ、会話を切り上げる……そういうノウハウはむしろパートナーの千束の領分だ。

 

(何か、何か……っ!?)

 

 しまった。

 裏通りを通るなんて、簡単に許すんじゃなかった。

 自分達は既に、通りから狭い路地へと入ってしまっている。

 おまけにこの時間帯、殆ど人の気配がない。

 

「麗子さん、ここから……っ」

 

 彼女に呼びかけようとした時だ。

 

「よぉ、お姉ちゃん達」

「ちょいと遊んでいかねえか?」

 

 路地裏の出口に、待ち構えていたかのように現れた人影。

 数は二人。光を遮って、こちらへ影を伸ばす。

 

「な、なんですか、あなた達…!」

「麗子さん、後ろへ」

「た、たきなちゃん…!?」

 

 怯える麗子の前に立ち、壁となるたきな。

 先程襲ってきた奴らと同様、黒服にサングラスというお決まりの服装。

 

(敵は二人…けど、道は狭い)

 

 向こうが銃を持っていたとしても、自分の方が速い筈だ。更にこの狭い路地裏では、数の利を活かすことは難しい。

 

 後ろで依頼人の麗子を守りながら戦うことは容易に……

 

「たきなちゃん、危ないっ!」

 

 瞬間、たきなは驚愕した。

 目の前の男達が銃を引き抜いたことではない。

 それを更に庇うように、麗子が自分の前に立ったことだ。

 

 まずい、これだと狙いが付けられない…! 

 

「……っ!!?」

 

 男が引き金を引こうとするのが見えた。

 瞬間、襲いくる衝撃と痛み。身体を突き抜けるかのような感覚に、たきなは呼吸が止まった。

 

(千束さ…!)

 

 視界が揺れる。

 思考は空白になり、身体から力が抜け、バランスを失い倒れていく。

 自分の意思とは裏腹に、そして意識さえ離れていった。

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

「……」

 

 滝沢恵子のマンション、そのリビングで一人、タバコを吸う獠。

 ラッキーストライクの14ミリ。昔からのお気に入りだ。

 とは言え、香とコンビを組んだり、千束がウチに入り浸るようになってからはすっかりご無沙汰だったが。

 

 例え副流煙だとしても、間接的に女の健康を害するのは、彼のポリシーに反するからだ。

 獠は女は決して傷付けない。敵だとしても、動きを封じるに留める。

 女とは、どんな存在だとしても、敬意を払うべきだ。

 

「……参ったな」

 

 それを傷付けてしまった。

 成り行きとは言え、女の子の心を荒らしてしまった事実に、獠は自己嫌悪していた。

 

 まさか、グーで殴られるとは。クールな顔をして激情家だったらしい。

 このままでは仕事どころか、顔を合わせるのも難しい。

 

「ミズキちゃんの耳にでも入ったら……ま、殺されるな、こりゃ」

 

 冴羽獠は、リコリコに顔を出さない。ある事件がキッカケだった。

 

 以前はちょくちょく顔を出していたし、ミズキもそこまで毛嫌いしていなかった。店の常連としょっちゅうボードゲームやトランプに興じる姿を見て、ミカも思わずとっておきの豆を振る舞ったものだ。

 

 それが今はすっかりご無沙汰になってしまった。千束の方から度々、獠のマンションにまで遊びに行くのは、様子を気にしていたからだ。

 

 それがまた、新人のリコリスのデリケートな部分に触れたとなれば……

 

「…ん?」

 

 スマホのコールが鳴る。

 見ると、非通知設定だった。このタイミングでの非通知となるとまさか……

 

「……はい?」

『何故出ない。何回もコールしたんだぞ』

「あー……とっつぁんか」

 

 最悪のタイミングだ。

 たきなの詳しい経緯をミカが話したのは、自分を信じたからだ。それなのに彼女を益々意固地にさせてしまっては良い顔はすまい。

 

「す、すまん。ちょっとだけ面倒なことに……」

『面倒?』

「ああ、いや、こっちの話だ。で、どうだった?」

 

 何とか話題を躱そうとする獠。

 しかし、ミカは前回と違い、あっさりと引き下がった。

 

『……依頼人はどこにいる?』

「部屋にいるよ。さっきからグッスリ」

『骨と血液のDNA鑑定が終わった。持ち主は、滝沢麗子だ』

「……は?」

『何度も確認したが結果は同じだ。あの大量の血液と骨は、彼女本人のものに間違いない』

 

 ミカの言葉を受け入れるのに、しばらく時間がかかった。

 次第に、ゾワゾワと、背中から暗く黒い気配が這い上ってくる。

 

「いやいや、おかしいだろ。俺はさっきまで彼女に会ってたんだぞ? 普通にナポリタン作って…」

『私も疑問に思ってな。店に来た彼女の指紋を滝沢麗子のものと照合した結果、別人と判明した』

「……」

『それと、もう一つ悪い知らせがある。姉の恵子が失踪して数週間の内に、サードリコリス二人が消息を絶っている。最後に定期連絡のあった場所は、二人ともお前が骨を見つけたゴミ捨て場の近くだ』

 

 獠の顔から、普段の飄々とした雰囲気が一瞬にして消えた。

 急ぎ、懐の拳銃を取り出し、寝室のドアを蹴破る。

 銃口をベッドへ眠る彼女へ向ける筈だったが、その行動を嘲笑うかのように、事態は最悪の方向へ転がり出す。

 

「しまった…!」

『おい獠、どうした?』

「やられた…っ、もぬけの殻だ…!」

『一歩遅かったか…!』

 

 依頼人の女は既に窓から逃げおおせた後だった。ベッドのシーツとカバーでロープを作り、窓から下へ垂れている。

 

 そこまでして消えた理由……行方不明になったリコリスの少女達。

 

 考えが根本的に間違えていた。

 犯人はすぐ近くにいた。

 そして何より本当の狙いは、たきなの方だったのだ。

 

「……とっつぁん。たきなちゃんと連絡取れるか?」

『取れるかって……お前達、一緒じゃないのか?』

「……っ」

 

 言わざるを得なかった。

 獠が、たきなの身の上を知って、それを告げたこと。リコリスとしての生き方を半ば否定するような言い方をしてしまったこと。

 

 その結果……

 

『たきなを怒らせただと…!?』

「藪蛇突いちまってな」

『馬鹿野郎!』

 

 ミカの怒号が飛ぶ。

 彼が怒りを見せるのは滅多にない。それほどに、事態は切迫していた。

 

『すぐに千束を呼ぶ! お前はたきなの』

「必要ないぜ、とっつぁん」

『獠…!』

「理由はどうあれ、俺は女を泣かせた。その結果命の危険に晒してる……代償は俺自身で払う」

『……』

 

 冷徹に響く、男の言葉。

 ミカは走った緊張が解けるのを感じた。同時に別の緊迫が広がったことも。

 

『事件が終わったら、ウチに来い。コーヒー淹れてやる』

「……そっちは、居心地が良過ぎるんだがな」

『千束も新作を食わせたがってる。いい加減、食べてやれ』

 

 物静かな態度へと一変し、まるで実家へ戻らない息子と語らう父のような口調のミカ。

 

「……考えとくよ」

 

 そう言って、通話を切る冴羽。

 電話の向こう側で、ミカは心配などしていなかった。

 犯人は分かっていなかった。獠の姿を目にした時点で、やるべきことは脇目も振らずに逃げることだった。

 

 唯一の幸運は、滝沢麗子を名乗る何者かは、女性には違いないということだけだ。

 そうでなければ生きていない。

 

 この国で一番、敵に回してはいけない男を、本気にさせてしまったのだから。




少女と銃火器。
この組み合わせに良し、というものは沢山いる。
ある意味で真実だ。
けれどそれでも、彼は言うはずだ。
「それは俺の役割だ」。
次回、シティーハンターが牙を剥く。
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