LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever   作:ディルオン

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投稿、間が空いて済みません。
連続で投稿しますので、じっくりと読んでください。
いつも御感想、ありがとうございます。



Calm before the storm―嵐の前の静けさ

 

 

 ピチャリと、頬に水が滴る感触があった。遠く暗い意識の下から、井ノ上たきなはゆっくりと覚醒する。

 

「あ、起きた?」

 

 頭上から、明るい、甲高い声が響く。

 浮かれ調子で、鼻歌でも歌いだしそうな口調で。目が暗闇に慣れてくると、目の前に滝沢麗子が、先程と同様に、ニコニコしながら立っていた。

 

「うっ…!?」

「あ、動かない方がいいわよ。ちょっとキツめに縛ったから」

 

 ハッとなって急ぎ身を捩るが、同時に自分が粗末な木椅子に縄で縛り付けられていることも分かった。後ろ手も足も完全に縛られていて、身動きが取れない。

 

「凄いわね、本物の銃って。重さが全然違う」

 

 そう言って、目の前にいる女は、右手で持った拳銃をまじまじと覗き込んでいた。見間違う筈もない、自分が使っているS&Wだ。愛銃を弄ばれているという事実に腹も立ったが、それ以上に不覚を取ったことに、たきなは心底歯噛みした。

 

(あの時……)

 

 意識を失う前の事がフラッシュバックする。

 

 男が、銃を構えて討つ瞬間、たきなの警戒心は一瞬、その銃へと完全に移行した。その隙を縫って、この女がスタンガンを首筋に押し付けてきた。

 全身に走る激痛の中で、たきなはようやく全容を理解した。

 

(ここ……は…)

 

 たきなは冷静に分析していた。

 ここで恐怖に撒けて命乞いでもするなら、リコリスセカンドの証たる青い制服は来ていない。

 敵に掴まった際に大事なのは、まず現状を把握することだ。

 

 薄暗く、照明も必要最低限なので明確ではないが、どこかの貸倉庫だろう。

 天井は20メートル前後。広さは400平米くらいか……荷物が奥側に所狭しと置かれていて、実際の広さは半分にも満たないが。

 

(天窓から陽が漏れてる……まだ時間はそれほど経ってない……)

 

「ごめんなさい、たきなちゃん。口から血が出てる…?」

「え?」

「倒れた時に唇切っちゃったのね? 拭いてあげる」

 

 思考は、目の前の女の言葉で中断された。

 

 跪いて、ハンカチを取りだし、たきなの口元を拭う。

 その様子は、意識を失う前に自分の身を案じていた彼女そのものだ。

 たきなはこれには混乱した。リコリス達の任務上、犯人の思想や感情に触れる機会が無い。この状況で、張り付いた笑顔そのままの女など、経験にない。

 

「たきなちゃん、綺麗な肌ね。凄いスベスベしてて……フフッ、たべちゃいたいわ」

「っ、やめろ……!」

 

 顔を這うような、蛇がのたつくような気色悪さに、たきなは咄嗟に顔を捩り、視線を離した。

 しかし次の瞬間、たきなの頭上に強い衝撃が与えられた。

 

「……がっ…!?」

「だめよぉ、歳上の好意は受け取らないと。社会に出てから痛い目見るわよ。たきなちゃん、可愛いんだから、周りから嫉妬されちゃう」

 

 滝沢麗子……奪い取った拳銃の台尻で脳天を殴打した女は、今度は逆に愛おしげに頭を擦る。

 たきなは気持ち悪さを覚えた。

 なんだ、この女は? 凶悪さを見せたかと思えば、まるで無邪気な笑みで接する。少女の理解を超えた存在だった。

 

(……理解する必要なんてない)

 

 そうだ。思い出せ。自分はリコリスだ。国に仇名す存在を消す。その為の、名もない彼岸花。

 

「……あの」

「ん? なあに?」

「あなたは……何と呼べばいいですか? 滝沢麗子さんでは、ないですよね」

「ああ、それ? 何でもいいわよ。どうせ、知っても意味ないし。私はもう何者でもないから」

 

 けたけたと笑う不気味な女。

 たきなは動じることなく続けた。

 

「……本物の麗子さんはどこですか?」

「本物?」

 

 とにかく、時間を稼ぐしかない。

 

 自分がいなくなったことに冴羽が気付けば、ミカに連絡を取る。そうすればDAの情報網を使って、捜査を始める筈だ。DA本部が誇る最新鋭AI≪ラジアータ≫ならば、自分の居場所を割り出すのに、そう時間はかからない。

 

「あー……あ、ああ! あれね! マンションに急に訪ねてきた女ね! あれ、驚いちゃったなぁ」

 

 女は嬉々として語り始める。

 

「恵子のデザインした服の資料を読もうと思ったら、あの部屋で鉢合わせちゃって。後ろからぶん殴って黙らせたけど、その後は知らないなぁ? ほら、路地裏で襲ってきたあの黒服の人たち。あの人達にお任せしたわ。今は、海とか山とかにいるんじゃないの?」

 

 もう既に、姉妹ともどもこの世にはいない。

 その事実に、たきなは少なからず心を抉られたが、それでも、動揺する訳にはいかない。それに彼女が何者でもないと言うならば、正体に関してもカラクリが見えてくる。

 

「あなたは、行方不明になっていた女性のうちの一人ですか?」

「ん? そーよ! せいかーい! たきなちゃん、頭いいでちゅね〜」

「……どうも」

 

 さっき殴られた部分を、今度は可愛がるようによしよしと撫でられる。嫌悪感がゾワゾワ全身を支配したが、リコリスとしての使命感が押しとどめた。

 

「昔からね。人の真似するのは上手かったのよ。だから私って勉強も得意だし、デザイン学校でも成績よかったの。それなのに、事務所に入ってからはまるで仕事できなくて……アレね、技術はあるけど個性を出せないって奴」

「……それと、滝沢麗子を名乗るのと、何の関係があるんですか?」

「ん? 知りたいの?」

「どうせ殺されるなら、未練は残したくありません」

 

 あと、どのくらい掛かるだろう。

 時間稼ぎがバレたら終わりだ。あと10分か5分か……いや、間に合わずとも良い。仲間がこの女の場所を嗅ぎつけ、追い詰める……その猶予さえ稼げれば問題ない。

 

「……いいわ。話してあげる」

 

 笑みを浮かべて、麗子を名乗る女は喋りはじめた。

 

「滝沢麗子は成りすましてただけで、あんまり知らないの。私は、姉の恵子の、大学時代の同期生よ」

 

 カチャカチャと、たきなの銃を弄びながら語り続ける。

 

「恵子とは仲良かったのよね。成績でもデザインでも張り合ってたわ。ライバルだった。けど卒業して、この世界に入ってからはどんどん差がついて……」

「……」

「恵子のデザインだけがいつも採用されて、私のはボツばっかり……嫌味な上司の小言に耐えるのだけ上手くなった」

 

 まるで役者の様に、天窓から差し込む光はスポットライトとなって降り注ぐ。暗がりの袖で、それを見続けるたきな。

 デザイナーにならずに、役者としてでもやっていけばこんな風にならなかったのか。

 いや、それは間違いだ。

 

 この女は狂っていた。

 

「それでも、結果が出せないと生きていけないから……もう手段選べなくなった。恵子に頭下げたの。どうやってあんなアイデアを出せるのか、教えてって」

 

 何て答えたと思う、と、女は少女に真顔で顔を近づけて尋ねる。

 無言のまま、ゆっくりと首を横に振るたきなに対して、目を細めながら女は口を開いた。

 

「『邪魔なものを消してくの。そうすると想像力が働くのよ』……だって」

「っ…!」

 

 たきなの前髪が掴まれる。痛みに僅かに顔をしかめるたきなが見たのは、女の冷たい憎しみに駆られた醜顔だった。

 

「あの時、私気付いた。天才ってああいう奴なんだって。私じゃ一生届かない。立ち位置が違うの……けどね。頭真っ白になったけど、恵子はヒントをくれたわ。『邪魔なものを消してく』って」

「……まさか」

「そうしたら後は楽なもんよ。邪魔な存在はどんどん消したら、人生本当に楽になった。それに私の感性も研ぎ澄まされて、アイデアが湧いてきたのも感じたの」

 

 この女は、一体何人消してきたというのか。

 本物の滝沢姉妹だけじゃない。恐らく、彼女の毒牙にかかった人間が他にもいる筈だった。

 

「そんな事をして、よく今までバレませんでしたね?」

「んー? そこはそれ、プロに頼んだのよ。死体を残らないようにしたり、証拠を消したり、後は追手が来たら知らせてくれたり……」

 

 彼女にとっても、リコリコが冴羽を雇うのは予想外だったに違いない。

 このままではいずれ正体がバレると思い、この女は一計を案じた。それが被害者を振る舞うことだ。まんまと自分と冴羽はそれにハマってしまった。

 だが……

 

「それで逃げる為に……自分の正体まで消したんですか?」

「うん、そう。知ってる? 戸籍って、売ることも出来るのよ。プロの人に頼むお金も少なくなってきたし、警察とか、たきなちゃんのお友達からから逃げるのにも都合が良かったし」

「……え」

「たきなちゃん、時間稼ぎしようとしてるでしょ? 同じ制服の仲間が来るまで」

 

 今、この女は何と言った? 

 自分の、友達? 

 何故、彼女がリコリスの存在まで知っている? 

 

「ざーんねんでしたー。それもうバレちゃってまーす」

 

 ポケットから取り出したのは、たきなの使っているスマホだった。DAとの通信や、位置を知らせる発信機の役割も兼ねている。女はそれを地面に叩きつけると、パンプスで何度も何度も叩き割った。

 

「分かりやすいわよねぇ。その花のマークの校章が目印なんだもの。おまけにあの子達、自分の正体がバレてないと思ってるもんだから、私みたいな素人にも騙されちゃって……」

 

 首だけをもたげて、虚ろな目がたきなを貫く。背中を冷たいモノが走った。

 

「たきなちゃんと同じ目してたわ。仲間が来るって信じて、最期まで諦めない眼……でも、今みたいに話したら、途端に顔が恐怖に歪んで、死にたくないって顔し始めるの……あははは、キャハハハハッ!! もう、さいっこおっ! おかしくてお腹捩れちゃいそうだった!」

 

 狂ったように笑い転げる女。

 

 いや、それはもうとっくに分かっている。

 そこじゃない。

 知らなければいけないのは……

 

「でもね、その子達のお陰で、またアイデアが浮かんだから、そこは感謝しなくちゃ」

 

 踵を返し、女はすぐ角にある山積みのコンテナ……その一つの前へと歩み寄る。

 

 扉に コンテナを開けて、中から人影が現れる。夕焼けの光が天窓から差し込まれて、正体は露わになる。

 自分と同様、椅子に縛り付けられ、顔や手足の至るところが痣だらけになった、少女が一人。ショートボブに切りそろえられた髪が、だらしなく垂れている。

 たきなの目に映ったのは、こと切れた少女の制服。自分と同じ、彼岸花の紋章を腕に抱いた、白いリコリス。

 

「ほぉら見て! 私の新しいデザインよ!」

「……っ」

「血に濡れて、ぶち撒けられた内臓をイメージしたの! カワイイでしょ!?」

 

 コンテナの扉裏に張り付けてあった、デザイン画用紙。

 それを引っぺがし、たきなの眼前に突きつける。リコリスの少女が身に着ける、DAの制服…それを赤と黒で、凄惨に塗り潰された絵が写っていた。

 

「ねぇ、たきなちゃん、どう思う? これ? とっても素敵って思わない? ねぇ、思うわよね? ねえ? ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」

「……」

「なにか言えよこのクソガキがぁ!」

 

 再び、側頭部を殴打された。意識が一瞬だが飛びそうになるのをなんとか堪えた。

 

「何のために! 愛想もねえ小娘相手にニコニコしてたと思ってんだ! あぁ、殺すぞ!」

 

 滝沢麗子を名乗っていた女は、何度もたきなを殴りつける。

 口の端から血が滴り落ちる。

 殴られたせいではない。自分で唇を、噛み締めていた。悔しさと怒りを抑え込んで冷静でいるために。

 

「……」

 

 たきなの目が、鋭く女を射抜く。使命に忠実な、静かな炎が奥底で沸る。

 

「気に食わねえなその顔さぁ。まるで『自分のがレベル上です』みたいな顔しやがって……ふざけてんじゃねえよ!」

 

 前髪を思い切り掴み、顔を寄せられる。荒い鼻息が不快だった。

 

「どうせテメエみたいなクソガキ! 裏でキモデブみてえなオッサンとヤリまくってんだろ? そうでもしなきゃ生きてけねえもんなぁ! 親のいないガキなんてさぁ!」

「……」

「どうだオイ図星だろ? なぁ? あ? 返事しろやビッチが」

「……『びっち』?」

 

 スラングに疎いたきなは、そのまま鸚鵡返しに聞き返す。

 その様子が、再び癇に障った。

 

「あっそぉー? まだそーゆーカマトトみてえな態度取るんだ?」

「……っ」

「じゃ証明するわ、アンタが処女だったら私がもらってやる。使用済みだったらその場で殺すから」

 

 女はポケットから、ナイフを取り出した。

 それにも見覚えがある。やはりリコリスに支給されている携行ナイフだ。

 

 女は、たきなのスカートの裾にまでナイフを滑らせると、ゆっくりと刃を立てた。

 

「……」

 

 たきなも、女として性の知識はある。何をされるのかは想像がついたが、彼女の中の感情は、凌辱されることへの恐怖ではなかった。

 

「やめろ…っ」

「あら? 今更怖くなったの?」

「うるさい…!」

 

 リコリスは痛みには慣れている。

 全ては使命の為。この国で、皆が笑って暮らせる日常の為に。

 

 なのに……! 

 

(こんな奴に……こんな奴にっ! こんな奴にっ!!)

 

 悔しい、悔しい、悔しい。

 遅れをとったことじゃない。騙されたことじゃない。

 自分よりも、仲間が、自分の目の前で項垂れている少女までも侮辱されて、それでも何もできないことが情けなくて堪らない。

 顔も知らない、素性も、性格も分からない。もしかしたら、以前自分のことで陰口を叩いた一人かもしれない。

 しかし同じリコリスだ。家族もなく力もなく、でも生きる為に戦った。

 それを奪われた。理不尽に、戦って死ぬこともできず、僅かに残った人としての良心を利用されて。

 

『君みたいな子に、銃は似合わない』

 

 それなら。

 自分達の生き方が間違いなら。

 

 こんな女に弄ばれた挙句、役割も果たせず、誇りも夢も奪われて死んでいくのが運命とでも言うのか? 

 

「さぁ、ゴカイチョ〜!」

 

 私達が間違いだというなら。

 正しいのは誰だ? 

 誰が裁く? 誰が止める? 相応しいのは誰だ? 

 誰だ、誰だ、誰だ!? 

 

 

「生脚が見たけりゃ、自分で脱ぎな」

 

 

「ぁう!?」

「……え」

 

 廃工場に鳴り響く、轟音。立ち昇る硝煙。

 女の構えたナイフは、その放たれた弾丸によって、刃を粉々に砕かれる。

 

「尤も、あんたの裸なんぞ、その子も興味はないだろうがな」

「お前は……!」

 

 女が凝視したその先で。

 革靴の闊歩する音が耳を突く。

 無頼の身体は、他者の哀しみを一人負う為。彼は闇を撃ち抜き、悪を狩る。

 

 故に、人は彼をこう呼ぶ。

 

 

「シティーハンター冴羽獠。改めて名乗らせてもらう」

 

 

 天窓から差し込む西日が、強く男を照らし出す。

 コルトパイソンを構えた獠は、その鋭い眼光で、彼女を見据えていた。

 

 




次回、その弾丸は敵を貫く。
身体じゃなくて、その心ごと。
そしてエピローグだ。
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