LycorisRecoil×CITYHUNTER~AengelHeart Forever   作:ディルオン

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感想、いつもありがとうございます。
こちらで、一旦区切りとなります。
よろしくお願いします。


When pigs fly―炒り豆に花は咲く

 

「すまなかったな、たきなちゃん。遅れちまった」

 

 獠はゆっくりと近づいていく。

 

 その様子を、たきなは呆然と見てしまった。

 今まで見ていた獠とは違う。ようやく理解した。これが…この男の本当の姿。

 

「ふん……よく分かったわね、この場所」

「知り合いに聞いたら簡単に話してくれたよ。この近辺で、人が寄り付かずに後始末が付けられる場所は何処か」

「いくら何でも早すぎじゃないの?」

 

 突然の来訪者に、最初こそ驚愕していたが、女は動じない。

『ああ、こういうこともあるか……』そんな風に受け入れ、再び真っ直ぐに冴羽を見つめている。

 

「途中までは、俺もまんまと騙されたよ。だが詰めが甘かったな。被害者を装ったまま、逃げればよかったんだ」

 

 女は知らなかった。

 冴羽獠の力は、その戦闘能力だけではない。裏の世界の出来事なら、その殆どは獠に筒抜けになるということを。

 

「あんた、情報屋の忠告を無視したな? お陰さんで、すぐさま此処が分かったよ」

「…まさか、あいつ裏切って…」

「そんなもんじゃないさ。ようは……もう見捨てられたんだよ」

 

 獠の指摘は当たっていた。

 当初、女に情報処理とバックアップを依頼されたハッカー…ロボ太は、冴羽獠に手を出さない事を条件に逃げる算段を付けた。

 

 しかし、彼女はそれを無視してたきなを拉致してしまった。

 ロボ太は即刻契約違反として仕事を放棄し、行方をくらます。

 同時に彼が今までブロックしていた情報は、獠の元へと雪崩れ込んだのだ。

 

「この界隈にいる人間なら、誰もが知ってるのさ。俺に手を出せばどうなるのか。だがアンタは、たきなちゃんを目にして衝動を抑えられなかった。これまで逃げおおせた自信が目を曇らせた」

「そうねぇ……確かに自信はあったわ。こんなに早く来るのは予想外だったけどね」

「なら、これから起こることはどうだ? 予想していないんじゃないのか?」

 

 獠はにじり寄る。

 しかし女はせせら笑って応えた。

 

「近付くな」

「……」

「確かにあの情報屋には裏切られたけど、充分に前払い分の仕事はしてもらってる」

「ほお?」

「知ってんだよ。あんたが女に弱いってのはね」

 

 女は割れたナイフをたきなの喉元に突きつける。

 同時に彼女の奪ったS&Wを獠へと向けた。

 

「それ以上近付いたから、この子の喉に突き立てるわよ。同時にあんたも撃ってあげる」

「……」

「銃の名手らしいけど……私を撃ったら、この手のナイフは衝撃でどう動くか分かったもんじゃない」

 

 ナイフは既にボロボロに砕けているが、それでも割れた先端部が5センチ余り残っていた。たきなの喉に刺さってしまえば、その時点で致命傷だ。

 

「敵であっても女は撃たない……それがあんたのポリシーなんでしょ?」

「あんたみたいな外道には、ポリシーもへったくれもないかもな」

「見え見えのハッタリこいてんじゃねえよ。いいからさっさと銃を下ろせ!」

 

 怒鳴る女に、冴羽はゆっくりと構えを解き、銃をホルスターへ納める。

 たきなは一瞬、愕然とする。しかし不思議なことに、

 怒りは込み上げなかった。

 

「……冴羽さん」

「いいから、俺を信じろ。明日の賄いメニューでも考えとけばいい」

 

 そう言った男の瞳は、幾度か見た、あの包容力を湛えていた。

 

「……」

 

 無言で、たきなは頷く。

 既に勝機は掴んでいる。あとは、それを溢さず相手を仕留められるか。

 

「なに、女の子の前だからカッコつけてんの? 流行んねえよそういうの」

「なら、あんたの心の流行を教えてもらおうか」

「は?」

「何故、彼女達リコリスを狙う? 素人の女が襲うには、リスクが高過ぎる獲物だぜ」

 

 凄腕のハッカーがいたとは言え、ここまでDAにバレずに済んだのは幸運が付いていたとしか言いようがない。

 それは彼女自身も薄々勘づいていた筈だ。

 

「……」

「答えろ」

「……だって、我慢できないんだもの」

 

 気怠そうに空を見上げる女。

 ポツリポツリと、話し始めた。

 

「……時々無性に腹が立つのよ。私以外に恵まれてる奴」

 

 虚な目で獠を、たきなを、そして椅子に縛られたリコリスの少女を見る。

 

「最初の子は、返り討ちにしただけよ。正直かなりビビったけど……でも、情報屋から正体を知って……すごく……羨ましかったわ」

「……なに?」

「だって……私は何の取り柄もない、デザイナーとして最低評価のクズ女で、この子達は闇に忍んで悪を倒す正義のヒロイン……酷いと思わない? 生まれた時から、立ち位置が違うなんて」

 

 ほんの僅かに、ナイフを握る手に力が篭もる。

 

「こんな銃とかナイフを持ってても何も言われない……この子達が撃つのはテロリストとか異常犯で……人を殺した罪にも問われないし、社会から非難もされない。そんな奴等見てて、我慢できると思う?」

 

 破れた刃が、たきなの喉元に食い込もうとする。

 

「私だって……そういう人生送りたかったわよ。人知れず悪を葬る仕置人なんて……夢みたいな仕事、憧れてたわよ……いつもそう……私は何をやっても、最終的に誰かに奪われる……私は誰より努力して……それなのに、私より恵まれた子が、いつでも掻っ攫っていくの…!!」

 

 それが、ふとした瞬間に止まった。

 

「だから……この子達を見てるとね。すっごく興奮した。特に、虐めてる内に出てきた血とか見てると……」

 

 薬でもキメてるのか。

 獠は僅かに目を細めながらそう思った。しかし、それは違っていた。彼女は生まれながらに異常者だった。

 

「その、椅子に縛った子の血を見た時から、何か私の中から生えてくる感覚に襲われたの……それから、どうしても我慢できない……その血を見てみたい、中を開きたいって衝動が、抑えきれないの…! そうしたら、私凄いデザインのアイデアが沸くのよ!」

 

 ケタケタ笑いながら、己の汚れきった、爛れた欲望を吐き出す女。

 たきなは理解できなかった。犯罪者の趣味嗜好など興味はないし、動機を知る必要もない。

 それでも……再び怒りが込み上げる。

 

「それで……命まで奪ったのか」

 

 獠の視線が、同じく椅子に縛られ動かない白いリコリスに注がれる。

 

「ええ。それで相談したのよ、情報屋に。この子達みたいな子を殺すにはどうしたらいいかって」

 

 たきなを襲った時と同様、被害者を装って、彼女達に近付いた。

 千束のような赤いリコリス──ファーストと呼ばれる第一線のエース級はともかく、他のリコリスの戦闘力は、その殆どを隠蔽能力に依存している。逆に言えば、正体を看破されてしまえば、それは格好の獲物なのだ。

 それで虚をつかれて襲撃されてしまえば、訓練を積んだリコリスと言えども防げない。

 

「……」

 

 獠の眼に、うな垂れるサードリコリスの姿が映る。

 辛かっただろうに。

 痛かっただろうに。

 それでも、必死にもがいただろう。

 

「芸術のためよ! 美は全てにおいて優先されるの!」

 

 女は狂気の眼差しで叫んだ。

 戸籍まで売ってしまったら、もう彼女は人として生きても行けない。自分の作品など発表できない。

 彼女の精神も、人生も、既に破綻している。

 

「……そんな理由で」

「ん?」

「そんな理由で、リコリスの命を奪ったんですか?」

「……えー、そうよ。悪い? どうせいつ死ぬか分からない運命なんでしょ? ならいいじゃない」

 

 たきなにせせら笑いながら顔を寄せる女。

 今度ははっきりと、明確な怒りの顔がたきなに浮かんでいた。

 

「私達が……どうして今の立ち位置にいるのか、分かっているんですか?」

「孤児なんでしょ? だからなに? 世の中にはね、あなた達より不幸な身の上の人間なんて山ほどいるの。それを飯と寝床の心配せずに生きてられるんだから、充分過ぎるくらい幸運じゃない。おまけにこんなカッコいい銃まで使えて……」

「………っ!!」

 

 人を痛めつけてやりたいと思ったのは初めてだった。

 全身の血液が沸騰しそうだ。

 こいつの口を封じられるならどんな代価でも払う。

 

「たきなちゃん。俺は君に詫びなきゃならん」

「……え」

 

 怒りに震える少女へ、静かに、男は告げた。

 

「君を危険に晒したことと……もう一つは、君を侮辱したことだ」

「冴羽さん…」

「君の言う通りだった。国の為に殉じる君達の方が、他人の命を啜って生きる悪党より、百倍輝いてる」

 

 この女の芸術だとか、デザイナーとしての嫉妬だとかそんなものは、要はお為ごかしだ。狂える程に極限まで肥大化していはいるが、その根底にあるのはただ一つ。

 子ども同然のエゴの塊。

 

「あんたの作品は落選だ。滝沢麗子……いや、名前はどうでもいい。今すぐその子を離して自首しろ」

「あ?」

「最後の忠告だ。俺は女は撃たん。言う通りにすれば見逃してやる」

 

 冴羽の本心だった。

 どの道、たきなを拉致し、正体が破れた時点でゲームオーバーである。ここを脱したとしても、DAの追跡を掻い潜るのは不可能だ。彼女が生き延びる手段は、法に則り裁きを受ける以外にない。

 

 しかし、そんな蜘蛛の糸さえ、女カンダタはアッサリ自分から捩じ切った。

 

「来んな! 来たらお前もこの女も終わりだぞ!」

「……撃ちたきゃ撃ちな。そんなもんで、俺を殺せると思うならな」

 

 ため息を押し殺し、獠は冷たく告げる。

 その目は、敵の女の醜悪な怒りを誘った。

 

「この……」

 

 怒りで顔が歪み、女は引き金に指を掛け、引き絞る。

 

「舐めんじゃねえよっ!」

 

 放たれた弾丸は、眼にも留まらぬ速度で銃身から直線軌道を描き、獠の胸元へ風穴を……

 

「……え」

 

 開けない。

 あっさりと、発射された弾は獠の横を通過した。

 

「どうした?」

 

 無表情のまま、躙り寄る獠。

 最初、手品でも見せられてるような顔をしていた。しかし時間が経つにつれ、初めて女の顔に焦りが浮かんだ。

 

「この…っ!」

 

 続けて、弾丸が発射される。

 しかし、当たらない。女が撃った弾は、殆どが獠の傍か頭横、あるいは脚元近くを通過するだけ。

 

「な、なんで…!?」

「当たらないか、か? 俺に言わせりゃな、当たると思ってる方が不思議だよ」

「んだと…!」

 

 冷徹な目つきで、女を見据える獠。

 彼は、何もしていない。トリックを仕掛けたわけでも、相手の行動を阻害したわけでもない。

 まして、千束のような洞察力と運動力で回避したのでもない。

 

「たきなちゃん、教えてやりな」

 

 それは、ただ単純な理由だった。

 この女が、素人であること。

 

「……姿勢と構えが悪過ぎます」

「……あ?」

「拳銃は、正しく構えた状態で撃たなければ、まず的へ飛ばない。片手撃ちで、しかもそんな不安定な体勢で撃てば、今みたいに明後日の方向へ行くのが当然」

「……っ」

「あなたみたいに細い女が撃つなら、最低でもウィーバースタンスか、アイソセレススタンスでないと無理ですよ」

「ぅ、うぃーばー? あいそせれ、す?」

「……そんなことも調べずに銃を奪ったんですか?」

 

 たきなの顔に、軽蔑の眼差しが浮かんでいた。

 今度は麗子が絶句する番だった。

 獠が、首を横に振ると、仕方ないと補足してやる。

 

「両腕で包むように持って、しっかりと脇を絞めた上で腕を水平に伸ばし、反動に耐える姿勢を取るんだよ。その構えじゃ、1メートル先にも当たりゃしない」

「そんな……だって、このガキ共は…」

「そうだ。本来なら、使いこなせるわけがない。だが、あんたの殺してきた少女達は、物心付く前から銃を握りしめていた。親もなく、信じるものもなく、夢もない。それでも、必死に生きるために訓練を積み重ねた……その掠め取った拳銃はな、そんな血を吐く様な人生の結晶だ」

 

 叩き込まれる、獠の言葉。

 彼女達の生き様を汚した者への怒りだった。

 

「分かるか? それは、あんたみたいな女が、易々と触れて良いもんじゃないんだよ」

「……ざけんな……っ!!」

 

 激昂し、指を引き絞る女。

 立て続けに3回、銃声が廃工場に響き渡る。しかし、それでも当たらない。

 

 当たるわけがない。リコリスに支給されているグロックと呼ばれる種類の銃でさえも、素人が当てるには充分な訓練が必要なのだ。

 ましてたきなが自分用に改良したS&Wは、弾丸そのものにもフルメタルジャケットの加工を施している。奪ったばかりの若い女性の手に負える代物ではなかった。

 硝煙が銃口から立ち昇る中で、女は身体中が震えていた。

 

「今ので7発だ。その銃の装弾数は8発。あと1発撃てば終わりだ」

「はぁ……はぁ……はぁ…!!」

「遊びはここまでだ。銃を床に置いて腹這いになれ」

「遊び……? 私が……遊び?」

 

 愕然とする女。

 こんな撃ち方をもし演習でやろうものなら、教官に殴られた後、反省房にブチ込まれ3日は出られないだろう。

 

 それだけではない。成績が振るわず、不適合と見做されたリコリス見習いがどうなるか……たきなも実際に見聞きしたわけではない。しかし大方の予想はつく。

 この女は、そんなことさえ分かっていないのだ。

 

「ざけんな……ざけんなよ……!!」

 

 しかし、それでも。

 今ある人生に駄々を捏ねるだけの人間に、リコリスの痛みは永遠に分からない。

 

「ざっけんじゃねえよクソヤリチンがぁ!」

「……!」

 

 ただ夢を見るだけの女は、たきなへ突きつけていたナイフを不造作に捨て去る。

 そして拳銃を構え直した。

 

「当たらねえなら、こうすりゃいいんだろ!? わざわざ教えてくれてありがとよぉ!!」

 

 さっき獠が告げたように、両手で拳銃を構え直し、真っ直ぐに突き付ける。腰を僅かに落として、肘を軽く曲げる。

 たきなが言った、ウィーバースタンスである。

 

「おら死ねよォォ!」

 

 しかし、遅い。

 

 ナイフをかなぐり捨てるまで0.5秒。

 拳銃を構え直すまで0.5秒。

 そして獠に対し引き金を引くまで、更に0.5秒

 

 都合、1.5秒。

 

 獠がホルスターから愛銃を抜き、弾丸を放ち、再び収めるまでには充分すぎる。

 相手は何もかも理解してなかった。冴羽獠の腕が、いかに人智を超えているのかを

 

「っ、ぎぁああ!?」

 

 射撃の爆音が工場を支配する。

 しかし、今度の音はどれとも違った。

 たきなの銃のものでもなければ、まして獠のコルトパイソンでもない。

 たきなが耳にしたのは、女が持つ銃が突如、手元で破裂し、爆発したものだった。

 

「ぁ…ぅ…!?」

 

 拳銃は四散し、破片は地面へと崩れ落ちる。女は何が起こったのか分からず、呆然と自らの掌を見つめている。

 そんな余裕があれば、逃げればよかった。あるいはナイフを拾い直して、たきなの首元へ再び突きつければよかった。

 

「っ!」

「がっ!?」

 

 逆に女の喉元へ、椅子から立ち上ったたきなの足が、鋭く伸びていた。

 最初に放った獠の弾丸によって砕かれたナイフの破片。宙を舞ったその一つを、たきなは後ろ手で掴んでいた。

 獠が時間稼ぎをしている間に、拘束を解くには十分だ。

 

「ほぐっ……っ」

 

 襲い来る衝撃と痛み、そして深く食い込まれたローファーの踵が、喉を詰まらせる。

 呼吸を遮られ、女は一瞬意識が飛ぶ。そして次の瞬間には、地面に叩きつけられていた。

 

「あがっ……!」

 

 うつ伏せになって倒れた女を、たきなは見下ろす。地面に再び落ちたナイフを拾い上げると、残った刃の部分を使って、足の拘束も解いた。

 

「……なん、で?」

 

 朦朧とする意識の中で、女はガクガク震えるしかない。

 何が起こったのか。

 自分は銃を向けて引き金を弾いただけだ。それが何故、突然手元で爆発しなければならないのか? 

 暴発? でも、さっきまでは普通に打てたのに、何故? 

 何故? 何故? 何故? 

 

「なん、でよ……じゅう、う、うった、のに…」

「呪いだよ。彼女達の命を弄んだ、お前へのな」

 

 女の視界の隅に、革靴が写り込む。顔を上げると、冴羽獠が、冷徹な目で見降ろしていた。

 

「ひぃ…っ!」

 

 震えがより強くなる。意識も、思考も、呼吸もままならない。

 あるのはただ、あり得ない出来事と、目の前の存在の恐怖だ。

 

「見えないのか? 殺した女の子の無念が……あの子の叫びが」

 

 獠に釣られて、女は視線を横へ移す。

 そこに飛び込んできたのは、椅子に縛られていた、白い少女。

 虚ろな目で、こっちを見ている。

 

「……っ、ぁ」

 

 口の端から血を零して、それでも、目が閉じることはない。こちらだけをじっと見て離さない。瞬きもしない。硬直し、既に死臭さえ放たれている筈のそれが視界に飛び込んだ時、女は叫んだ。

 

「……あ、あ……い、いや、いや、た、た、すけて…!」

「殺しはしない。その代わり後悔しろ。死ぬ程な」

「あ、ああ、いゃああああああっ!!!」

 

 頭を抱えて、その場にうずくまる。

 髪を振り乱し、全身をわななかせ、悲鳴が工場にこだまする。

 

 ごめんなさい、

 許して、

 助けて、

 お願い、

 

 どれだけ慈悲を乞う言葉を連ねても、誰も何も応えはしない。

 

「……」

 

 いや、一人だけ。

 

「……」

 

 井ノ上たきなが、手に持つナイフを握りしめて、彼女の背中に立っている。

 

「いやぁ……お願い…お願いだからぁ……ひっく、ヒィぃい………誰、かぁ…!」

 

 たきなの接近にも気付かず、哀れなまでに助けを求める女。

 いや、哀れみなど抱くものか。

 そうやって懇願してきた者達を、何人消したというのか……っ! 

 

 

「もういい」

「……」

 

 

 命じられたように、教えられたとおりに、

 呼吸を整え、頸動脈を貫こうとした少女の掌を。

 獠の手が包み込み、止めていた。

 

「離してください」

 

 たきなの手が、震える。

 怒りじゃない。

 悲しみでもない。

 恨み辛みを晴らせない苦しさでもない。

 

 今更、何も返らない現実への、ただ心を殺すことでしか忘れられない、虚しさだ。

 

「あなたも、『命大事に』ですか……こんな相手に……?」

「君が殺す価値も無い奴だ」

「……」

「だから、この街には俺がいる」

 

 ゆっくりと、獠の手が、たきなの細い指を解いていく。白くて、繊細で、銃を持つことに慣れているなど、誰も想像できない。

 たきなの持つナイフを掴むと、獠は泣きわめく女を素通りし、縛られたリコリスが座っている椅子へと近づく。

 そして拘束を解くと、解放された細い肢体を、そのまま担ぎ上げた。

 

「……よく頑張ったな。もう良いんだ。ゆっくりお休み」

 

 獠は、物言わぬリコリスへ告げる。

 優しく、悲しい顔だった。

 たきなは思う。

 一体、何人殺せば、こんな顔ができるのか、と。

 罪もない人の血が流れるのを見て、尚多くの罪人の血を流させ、そしてきっと、それ以上の血が自分自身から流して。

 今もまた、誰かの血を見て、自身の中へと背負うのだ。

 これからもずっと。

 

「さあ、行こう。とっつぁんが、警察へ通報してる」

「……はい」

 

 その獠の言葉が呼び水となるように、遠くからサイレンが響いてくる。

 女の悲鳴と混ざって、とてもけたたましく、たきなは眉をひそめた。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

「……」

「痛くないかしら?」

「はい、問題ありません」

「ったく、あの女……ウチの可愛い看板娘の顔に傷をつけやがって」

 

 事件から、二日後。

 早朝の喫茶リコリス。

 

 ミズキが悪態を吐きながら、たきなの顔を診ていた。

 幸いにも、殴られた痕も殆ど残っていない。

 一日ばかりは流石に休みを取ったが、翌朝こうして再び復帰することとなった。

 

「店長、ミズキさん……今回は申し訳ありませんでした。ご迷惑をお掛けしました」

「気にすることは無い。命があって何よりだ」

「そーよ。色々イレギュラーだったんだから」

 

 ミズキが優しく肩を叩く。

 ミカも穏やかな顔で、それを見守っている。

 まだ開店前の、柔らかな日差しが窓から差し込む。事件がひと段落した事を、労うようだ。

 

 しかし、それでも、時間が戻るわけではない。

 

「それより、あんたは平気?」

「はい。怪我は問題ありません」

「そうじゃないわよ。今回の事件も、他の殺人もまるでニュースになりゃしない。結局、DAのお家芸で……」

「仕方ありません。明るみになったら大騒ぎですから」

「あんたはいいの? 同僚まで殺されたってのに」

「……」

 

 確かに複雑な気持ちだった。

 奴の蛮行は知られず、罪は内々に裁かれる。誰からも非難されず、糾弾されない。これであの女への裁きは相応しいと言えるのか。

 そんな想いに駆られていた少女だが、ほんの一つだけ、心が安らぐことがあった。

 

「たきな。死んだリコリスについてだが……」

「はい。冴羽さんが、一人で弔うと」

「そう、か……その子の名前は、聞いたか?」

「……いえ」

 

 本来リコリスに、墓標は無い。死ねばその時に全てが終わり、全てが許され、全て解放される。最初に叩きこまれる言葉だ。

 しかし、冴羽獠はそのタブーを犯した。

 

「大丈夫でしょうか……DAにも知らせずに」

「構わん。向こうも、あいつには手を出さんからな」

 

 ミカは鷹揚に頷く。

 もし本格的に冴羽獠と事を構えれば、DAとて無事には済まない。それはリコリスの司令官である楠木も知っている筈だ。それに彼女も、部下の仇を取った男への礼儀くらいは弁えている。

 

「ったく……カッコつけちゃってさ。死んだ子のことをイチイチ気にかけてたら、キリがねえっつの」

「それでも覚えていたいんだよ、あいつは。例え、知っているのが自分だけだとしてもな」

「……ふん」

 

 ミズキはたきなへの手当てを終えると、深く溜息を吐いて二人に背を向けた。少女が店長を見ると、彼は首を横に振る。

 どうやら、これ以上、この話題には触れない方がいいらしい。

 

 たきなも、流石にこの状況も気まずかったのか、前から疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「……店長、お伺いしたいのですが」

「ん? なんだ?」

「滝沢麗子……を名乗る女の銃が、目の前でいきなり暴発したんです。冴羽さんは『呪い』と言ってましたが、あれは……?」

「ああ、それか」

 

 事件状況はミカも大体は把握している。破壊された拳銃から、彼は凡その事情を察した。

 

「あいつ……たきながいるからって張り切っちゃって。あいつがその気になったら、眉間にブチ込むなんて0.2秒あれば十分だってのに」

 

 と、背を向けたままのミズキの声。

 

「奴は女を撃たん。だが、裁きとして精神的に十分な痛みを与える為に、敢えて最後の一発まで待ったんだ」

「あの、どういうことですか?」

「弾一発分の暴発なら、精々が軽いやけど程度だ。それで恐怖を煽れば、心を折るには十分だろう」

「……?」

 

 さっぱり要領を得ない。しかしミカは苦笑して続けた。

 

「千束がどんな弾丸をも躱す名人だとするなら、奴はどんな的にでも当てる達人だ」

「はぁ……」

「千束が言ってたよ。『あの弾だけは躱す自信がない』ってな」

 

 尤も、獠自身も『千束にだけは当てる自信はない』と言っていたから、正直なところは分からない。

 千束は相手に致命傷を負わせない事を命題としているし、獠は千束相手に本気は出さない。二人が戦えば、実際は千日手である。

 

「あの、意味がよく……」

 

 上手くはぐらかされた気がした少女は、詳しい解説を求める。

 しかし、その言葉は、カランカラン、と扉から響くベルの音で中断された。

 

 

「……よぅ」

 

 

 彼がこの店の扉をくぐるのは、何年ぶりだろうか。

 出会った時と同じ、赤いシャツにブルーのジャケットを着て。冴羽獠は、朝日を背に立っていた。

 

「げっ……」

「やぁミっちゃん。ご無沙汰」

「……あ、あんた」

「相変わらず美人じゃないの」

 

 奥から顔を覗かせたミズキが、一瞬で顔をしかめる。

 これは夢だ。悪夢だ。そうであってくれ。

 そうじゃなきゃ、出禁にした筈のこいつが目の前にいるわけがない。

 

 そんな想いに駆られるミズキを前に、すかさずミカが間に立った。

 

「私が呼んだんだ。たまには来いってな」

「はぁっ!?」

「私からもお願いしたんです。是非、色々と教えていただきたく」

「なにぃいいいっ!!?」

 

 驚愕の顔つきとなる眼鏡美人に、たきなも続けた。

 開店前のリコリコに、ミズキの絶叫が響く。

 

「おう、怪我の具合はいいのか?」

「はい。お陰さまで」

「そうか。似合ってるじゃないか。その和服」

「……こちらへどうぞ」

 

 僅かに視線を逸らし、透明なグラスをカウンターへ置く。穏やかな顔つきで、獠は入り口から足を伸ばした。

 もう既に、あの工場で見せたキレは無い。あるのは以前と同様、飄々とした雰囲気だけだ。

 と、そこへ怒りと戸惑いを隠せないミズキが喰ってかかった。

 

「ちょっと! 二人とも、何考えてんの!? こいつを店に入れるなんて…!」

「まだ、リコリスの情報を流したハッカーは捕まってない。事件の真相が完全に分かるまでは、定期的に来てもらった方がいいだろ」

「んなっ…!」

「ま、そういうわけで、昔の事は水に流して、今後ともよろしく~」

 

 獠がひらひらと手を振ると、ミズキの眉がヒクヒクと痙攣する。

 慌てて、彼女はもう一人の女店員へとにじり寄った。彼女も、冴羽獠という男の実態に触れたなら、同じ女として分かってくれる筈だ。

 

「んねえ、たきなちゃん?」

「はい?」

「あんた、自分のしたこと分かってる? あれは歩く猥褻罪よ? 女を見たら0.1秒で身体を求めるクズよ? 『あなたを初めて見た時……何て言うか……その…下品なんですが…フフ……もっこり……しちゃいましてね……』とか言う奴なのよッ!」

「あのー…ボクもそこまで露骨じゃないかなぁ……」

「いや、お前は言うだろう」

「大丈夫です。その時は私が撃ち抜くので」

 

 見ると、どこから取り出したのか、たきなの手にはDAからお届けられた新品の銃が握られている。

 弾は装填済み。指は常にロックを外せる状態にしている。

 爽やかな朝の雰囲気は一転、スリルサスペンスの様相となる。

 

「それに店長も言った通り、今回は私も、他のリコリスも後れを取りました。対策が必要です」

「そ、そりゃしょうがないわよ。ああいうトチ狂った女ってのは、どんな猛者でも……」

「しかしそれはあくまで、私達の正体がリコリスだと知っていればの話です」

「ぅ……」

「……」

 

 聞いていたミカは黙ったまま、メガネを布で拭く。

 

 たきなが、例の銃取引の犯人と対峙していた時。DA本部は謎のクラッキングを受けていた。あの場所は最新鋭のセキュリティが装備され、外部からの情報漏えいはまず不可能である。それを潜り抜けるというのは並大抵ではない。

 恐らく、敵はそこからリコリスの情報を入手したのだ。

 

 今回の事件、氷山の一角に過ぎないのは、誰もが確信していた。

 

「私も、まだ未熟です。このままではDAに戻れません」

「……ぐっ」

「お願いします」

 

 丁寧に頭を下げるたきな。

 正面切って頼まれると、ミズキは弱い。

 元よりDAの非人道的な行いに嫌気が差してここへ居座ることになった彼女だ。たきなの必死な思いを感じて、断れる程非情にはなれない。

 

「ま~ほら、たきなちゃんから直接言われちゃ、ボクちゃんも断れない訳で。ほら、美人と美少女の頼みは必ず聞くのが……」

「……いまさら何よ」

 

 しかし、それでも、女のこだわりをすぐに捨てられるほど、ミズキは達観も出来ていない。

 

「一番、引っ叩いてやりたい時に来やがらなかったクセに……」

「……そのうち、万倍にして返してくれ。全部受け止めるよ」

 

 睨み付けるミズキに対し、冴羽は微笑んで応える。

 まただ、と、たきなは思った。時折見せる。あの真剣な、包容力のある顔。

 

「~~~っっ! あーっ、もう! 好きにしなさいよッ!」

 

 ミズキはドカドカと音を立ててキッチンの戸棚へと歩いていく。

 そのまま愛用の酒瓶とグラスを取り出し、さっと踵を返して、奥の座敷へと歩いていった。その様子を見て、たきなはポカンとしていたが、ミカは苦笑しながら口を開いた。

 

「気にするな。あいつも分かってくれてるさ」

「……千束は?」

「もうすぐ帰って来る頃だ。さっきメールがあった」

「……そうか」

 

 獠はそれ以上何も言わず、そのまま店内の内装を見回していた。

 

「にしても変わんないねえ。この店の匂いは」

「去年、仕入れ先を変えたぞ。香りが違うと、常連さんにも言われたがな」

「あ、あら、そうなの? い、いやー、実は少し違うかなーって…」

「締まらないですね、相変わらず」

 

 深い溜め息をついて、たきなはお冷をグラスに注ぐ。

 まだ開店ギリギリ前だが、この位は仕方ない。命の恩人だ。

 

 

「すみませーん。空いてますか~?」

「ああ、はい。いらっしゃいませ」

 

 

 と、その時、再び扉のベルが鳴り渡り、中年の女性客が入ってくる。

 いつも開店すぐに来てくれる常連だった。獠がいるのを見て、早めにオープンしたと思ったのだろう。

 ミカはすぐに笑顔を作って、いつも彼女らが座るお座敷の席へと誘導する。

 

 その様子を、冴羽はやはり、微笑んで見ていた。

 

「冴羽さん?」

「ん? ああ、何でも無い……さて、俺も何か頼むかな」

「はい。今……あ」

 

 メニューを取り出そうと、キッチンへ向かおうとしていた少女は、何かを思い出したように、冴羽獠へと向き合った。

 

「どした?」

「言い忘れてました」

 

 これも、業務の一つだ。相方曰く、一番の基本にして、大切なこと。

 これから彼が傍らで戦うならば、言っておくのが一応の礼儀だ。

 

 

「いらっしゃいませ。ようこそ、喫茶リコリコへ」

 

 

 お辞儀をするたきなの黒髪が揺れる。

 同時に、再び入口のベルが鳴り、一人の少女が中へと駆けこむ。

 鏑木千束の最初の叫びがこだまするまで、あと5秒。

 

 春の快晴、薫風高く、赤と青の彼岸花は、今日も明るく咲き誇る。

 






アスファルト タイヤを切りつけながら 暗闇走り抜ける
か
君が持ってきた漫画 くれた知らない名前のお花
か

ぁぁぁぁぁ〜!迷うんじゃああああー!

ってか、千束全然かいてねー。
そっちは香との絡みとか書きたいですね……

ちょっと今月は更新止まるかもです。
次回、楽しみにしてくだされば嬉しいてす。
ここまでありがとうございました‼️
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