とある転生の幻想殺し   作:麻生無想

1 / 7
 現代の魔術師は魔術で空を飛ばない。
 初代ローマ教皇にして、十二使徒に数えられる聖ペテロは、主に祈っただけで空飛ぶ魔術師を撃墜した。この単純明快ながらも強力な逸話を素に開発された撃墜術式は、魔術の世界において極めて広く普及している。十字教の教義で説明できる範囲の異端の飛行術式では殺してくれとアピールするのと同じだ。術式を回避する方法があるか? 

 低空を高速飛行することで『地上を走行している』と誤認させたり、浮遊中は常に高度を下げ続けることで、『これは飛翔ではなく落下である』とごまかす辺りが主流か。

 だが、魔術は基本的に水物。昨日の型破りが今日の常識となるのが魔術師の世界だ。撃墜術式の脆弱性が発見された数時間後には、抜け穴の補綴が完了していることも考えられる。
 マルウェアとウイルス対策ソフトの関係にも近いかもな。先程まで安全だった避難路が、数時間後には踏めば即死の地雷原だ。

 これ程のリスクを犯して得られるリターンが、空中に浮かび上がる、だ。移動手段の充実した現代においては空路としての活用も望めない。快適な空の旅を望むなら、箒ではなく大型旅客機に乗るべきだな。

 要するに、箒で空を飛ぶ古典的な魔術師を見たらこう考えろ。コイツは過去に生きる俗物か、異次元に君臨する怪物か、とな。


第1話

 極彩色の炎が深緑の森を地獄絵図へと変える。

 日常生活では考えられない非現実的な風景を、肌に感じる熱気と擦過傷の鋭い痛みだけが、ノンフィクションであると教えてくれていた。

 

「空飛ぶ魔術師は絶滅危惧種、だったよな?」

 

 遥か上空に浮かんだ魔術師の影を見つめながら、上条当麻は直径十五センチの妖精さんによる魔術の講義を思い出していた。

 鴉を思わせる黒のローブに、羊の刻印が特徴的な金属の仮面。粗末な木で組まれた箒に腰かけた姿は、童話や絵本に出てくる魔女を彷彿とさせる。だが、可愛らしい外見とは裏腹に、もたらされるのは摂氏三千度を超える灼熱の業火だけだ。

 

      『スヴェルの休日(ヴァフズルーズニル)

 

 魔術師の宣言と同時に、その手に握られている金属製のメイスから真紅の炎が噴出した。

 巨大な炎の塊が真っ直ぐに地上へ落ちてくる。

 逃げ出す時間もなければ、身を隠せる空間もない。炎が直撃すれば骨の欠片も残らないだろう。

 上条の行動は至ってシンプルだった。右手を空に向かって掲げる。ただ、それだけだ。

 直後、天から降り注ぐ隕石にも匹敵する一撃と、少年の右手が激突する。対象を確実に死へと至らしめる神々の炎は、上条の身体を消し炭にするのみならず、周囲の地形すらも変えてしまう。

 

……、そのはずだった。

 

 轟音と共に落下してきた火球は、鋼すら溶かす高音だった。にも関わらず、直撃を受けたはずの上条は軽い火傷すら負っていない。

 

 ────幻想殺し。

 

 異能の力を使うモノであれば、神様の奇跡であっても問答無用で打ち消す右手。

 ただし、上条の幻想殺しは『異能の力』にしか作用しない。魔術の火炎は防げても、衝撃波は防げない。効果も右手の手首から先だけだ。

 巨大な炎の塊ではなく、無数の火の玉を撃たれたなら問答無用で消し炭である。

 

「小さい火の玉なんかじゃ、俺は殺せない」

 

 心臓の鼓動をバクバク鳴らしながら、上条は余裕綽々な笑みを取り繕ってみせた。たとえ地形を抉るほどの炎を打ち消す右手があったとしても、空中に浮かんでいる相手は殴れない。

 それなら、相手に近づいてもらうしかない。

 

「降りて来いよ、お互いに無駄は省こうぜ」

 

 挑発に応えるように、魔術師は箒に腰掛けたまま地面まで近づいてきた。身長は一四〇センチメートルほどか。体格は女性的なラインを描いており、小柄な体格のせいでさらに小さく見える。

 

「太陽神の焔を打ち消すなんて、宮仕えの神官でも不可能だよ。ウルルの守護でも授かっているのか、それとも箱庭の外から持ち込まれた力かな」

 

 結論には至らなかったらしい。魔術師は左手で軽く額を押さえると、溜息混じりにメイスを振るった。先端から噴き出した火花が炎となり、一瞬にして直径三メートル近い大蛇の姿を象る。

 蛇が鎌首をもたげるよりも早く、上条は右手で炎の大蛇を握り潰した。熱の余波がチリチリと肌を焼くが、それだけだ。ダメージはない。

 

「不可逆性の変化であっても、変質現象自体を消滅させるか。例えば、ゆで卵を異能の現出と捉えるのなら『熱を加えた』行為自体を消去することで本来あるべき生卵の状態に帰結させるんだね」

 

 距離を詰めるため、地面を蹴ろうとした上条に対し、魔術師は敵意がないことを示すかのように両手を広げて見せる。掌からこぼれたメイスが地面を転がり、カラカラと鈍い音を鳴らした。

 

「試すような真似をしてごめんよ。敵の敵が味方とは限らない世の中だけれど、それでもこれだけはハッキリと言える。ボクはキミの敵じゃない」

 

「顔も素性も隠したヤツの言葉なんか信用できねえよ。こっちはエンカウントから火の玉ブッ放されて、黒焦げにされるところだったんだからな」

 

 警戒心剥き出しの上条を見て、魔術師は十代の女の子のような笑い声を漏らした。声や話し方からは中学生ぐらいの印象を受けるが、言葉の端々から滲み出る雰囲気はどこか大人びて感じる。

 

「ボクの素顔を見るのは現在のキミには毒だと思うけど、それでもいいなら見せてあげるよ。この世界に蔓延る怨念と悍ましい箱庭の真実を、ね」

 

 嘯くと同時に、鈍色の仮面が氷を砕いたように割れ落ちた。そこから現れたのは────

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。