学園都市で顔見知りに騙されて交通事故に巻き込まれたけど異世界に転生させられました!? チートスキルはないのでお腹が減ったら倒れます!!
経緯を説明すると、それだけでミステリ小説が書けそうなぐらい複雑怪奇な導入部分があったりするのだが、要点だけまとめるとそんな感じだ。
兎にも角にも、上条当麻が転生させられた世界は、中近世のヨーロッパを思い起こさせる世界だった。街並みはバロック調に近いが、住民達の生活水準はルネサンス以前といったところか。
街の形は縦に長い扇形をしていて、要に該当する部分に巨大な城がある。その周囲には、街全体を囲うようにして巨大な城壁が建てられている。
(こういうのは見慣れてるつもりだったけど)
上条の暮らしていた世界にも、外部との境界線には大きな壁が建てられていた。高さは五メートル、厚さも三メートルはある。外部と十数年規模の技術的隔絶を誇る学園都市では、機密情報を漏洩させないため厳重な警備体制が敷かれていた。
だが、この街の外壁はその比ではない。
何しろ高さだけで一〇〇メートル以上あるのだ。しかも壁の表面には、鋭利な刃物のような突起物が無数についている。さらに、壁の上には有刺鉄線が張り巡らされており、まるで刑務所や軍事基地の入り口を思わせる様相である。
(簡単には出させてもらえそうにないか……)
考えてみれば、すんなりと街を出られたとしても、その後はどうするのかという問題もある。どこに向かえばいいのか、動物に襲われないか、宿に泊まろうにも通貨の単位すら知らないのだ。
なんて、不幸を嘆いていた。その時だった。
「民の安寧を守る騎士様が泥棒の真似事ですか!」
という声とともに、路地裏から突然人影が現れた。反射的に振り向くと飛び出てきたのは車椅子に乗った女の子だった。現代なら中学生ぐらいになるだろうか。腰まで届きそうなストレートの銀髪とエメラルドを思わせる緑色の瞳、白い肌に小柄で華奢な体格、服装は簡素なチュニックに薄手のカーディガンを羽織っている。
彼女の視線の先にいたのは白装束姿に身を包み、腰には細剣を差した男だった。彫りの深い西洋的な容貌に長身痩躯、金髪碧眼が異世界の人間であることを実感させる。
「第四区以下の貧民にまともな食糧を口にする権利などない。素より生きる価値のないクズの通うような店、卸してやれるのは屑肉と野菜屑だけだ」
白ずくめの男は少女の背後にある建物を見据えながら鼻を鳴らした。外観は庶民的な食堂といった雰囲気だが、窓から覗く店内に客がいる様子はなく、現在も営業しているのかは判別できない。
「この国は『魔女の呪い』によって未曾有の食物危機を迎えている。希少な食材は街の根幹である王侯貴族と騎士団にこそ優先されるべきなのだ。下賤の輩は売り物にならない葉屑でも啜っていろ」
吐き捨てると同時に、男は手を伸ばして車椅子の背もたれの部分を勢いよく押した。車椅子はぐらりと傾いで後ろに倒れていく。
危ないと思った時にはもう身体が動いていた。
バランスを失って倒れようとする車体を既のところで受け止める。本当に人が乗っているのかと不安になるほどに少女の身体は軽く感じた。
「……ふむ。車椅子が倒れ始めてからでは間に合わない位置から追いつくか。どうやら、動作の前兆を感知して動けるほどに実戦経験があるとみえる」
突然の出来事に驚く少女を余所に、白衣の騎士は興味深げに笑みを零した。細剣を腰元の鞘からゆっくりと引き抜くと、鈍く光る鋒を上条の眼前に突きつける。表情を変えることなく、殺気を込めて、威圧するかのように言葉を紡ぐ。
「返答の如何によっては『隣界の魔女』に与する者として斬り棄てるも有義と考えよう。疑わしきは罰すると理解した上で応えよ。貴様は何者だ?」
バチン、と何かの弾けるような音がした。
斬り裂き、貫くことだけに特化しているはずの金属の塊がスタンガンのように蒼白く明滅し、喉元数センチの距離で火花を撒き散らす。
これは間違いなく魔術、そう直感した。少なくとも『自分だけの現実』を用いてミクロな世界を歪めることで、マクロな世界に超自然現象を出力する学園都市の超能力とは違うように思える。
「他人に名前を聞く時は、まず自分から名乗りなさいって教えてもらわなかったのか。貴族だか騎士だか知らないけど、育ちの良さが聞いて呆れるな」
挑発するように言ってみたのだが、相手はまったく意に介さず、むしろ愉快気に口元を緩めるだけだ。ごくりと少女の喉が鳴る音が聞こえた。
「私の名前はマシュー=ホプキンス。神殿騎士団所属、階級は灰色。王室より三区以下のゴミ溜りの治安維持と魔女の摘発、審問官の役を承っている」
「上条当麻、どこにでもいるような高校生だよ」
皮肉混じりに吐き捨てると、喉元に突きつけられた細剣の峰を掴んだ。バキン、と何かの壊れる感覚だけを残して蒼白い稲妻が霧散する。
「…………ッ!?」
その瞬間、ホプキンスの顔つきが変わる。
先程までの余裕に満ちた微笑は消え去り、まるで信じられないものを見たかのように驚愕の色を浮かべていた。が、それも一瞬の事だった。
「……なるほど、これが『カミジョウ』か」
彼は手にしていた細剣を鞘に収めると、何も言わず踵を返した。呼び止めようとも考えたが、それより優先するべきことがある。ぽかんと口を開いたまま固まった少女を一瞥して上条は呟いた。
(なんか、今回も不幸になるっぽいよ……?)