とある転生の幻想殺し   作:麻生無想

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第3話

 上条当麻は辛口カレーと悪戦苦闘していた。

 豚肉はトロトロになるまで煮込まれており、野菜はヘタや根菜も混入されているが生煮え、煮込みすぎたものがない。食材毎に火の通りやすさを考慮して個別に調理されている証拠だ。

 

「野菜なら掃いて捨てるほど持て余していたんです。肥溜めに投げ込んで肥料にしようかと悩んでいました。あなたの身体を経由するだけで行く先は肥溜めに変わりありませんから、遠慮せずにお腹いっぱい食べていただいて構いませんからね」

 

「すげえありがたいけど違うの。遠慮してるわけじゃないの。野菜たっぷりカレーを食べている最中に肥溜めの連呼はやめてほしかったの……」

 

 脳裏に綺麗なお花畑を浮かべながら、アレにしか見えなくなってきたインドの国民的料理に立ち向かう。究極の問いに対する回答がアレ味のカレーに決まってるだろう派閥に所属する上条としては、想像することが死活問題に繋がりかねない。

 

「世の中にはあらゆる性癖の方がいますから。肥溜めに漬け込んだ野菜が日毎に変化していく様を記録した絵日記を作成しても面白いかもしれません。九相図に因んで糞雨図なんて描いてる方も」

 

「本当にお腹いっぱい食わせる気があるの!?」

 

 名乗るほどの者ではありません、みたいな綺麗事の通用する事態ではなかった。とりあえずお腹に何か固形物を入れないと、木乃伊になるのは時間の問題だ。そんなタイミングで食堂を経営する女の子に「何かお礼をさせてください」なんて言われた日には、スライディング物乞い野郎の本領発揮である。見栄や自尊心でお腹は膨れないのだ。

 

「本当に、お礼はご飯だけでよろしいんですか?」

 

「君はお腹の前面と後面がメビウスの輪になるほどの空腹を感じたことがあるか!? みたいな状況だったから何よりも嬉しいでごぜえますことよ!」

 

 彼女の名前は、デディ=カートゥス。この寂れた食堂の店主を務める車椅子の少女である。年齢だけはどれだけ聞いても教えてくれなかったが、発育具合から考察するに中学生ぐらいだろうか。

 

「なんだか下半身に視線を感じます。これは食欲が満たされた後は私自身が据え膳になるべき場面ですか? 時代劇で云うところの越後屋、足りない謝礼はお主の身体で払うのだ的場面ですよね!」

 

「それだとお代官様と越後屋が禁断の関係に……」

 

 冗談ですと店主は苦笑をこぼすと、これですよねと脚代わりの車椅子をコツンと叩いてみせる。

 注意深く観察してみると、金属製の車輪には小さな傷が無数に刻まれていた。フレーム部分にも大小様々な亀裂がいくつも見て取れる。

 

「なんつうか、その……、悪い。無神経だった」

 

「こちらこそ、気を遣わせてしまいましたね」

 

 こんな見た目では仕方のないこと、奇異の目を向けられるのには慣れている。そんな諦観じみた雰囲気を滲ませながら、デディは空になった食器を器用に膝に乗せて厨房に運んでいく。手伝おうとする「お客様は座っていてください」と睨みを利かされ、上条はすごすごと椅子に座り直した。

 

「二番煎じのカモミール・ミルクティーです」

 

 厨房から戻ってきたデディの手には湯気立つカップが二つ握られている。片方を上条に差し出しながら対面の位置に車椅子を止めた。

 受け取った紅茶を一口含むと、仄かな苦味を含んだ温かさが喉の奥まで流れていくのを感じた。

 

「珈琲は煮詰めるほどエグ味が出るだけなんですけど、紅茶の場合は二番煎じにすると風味が薄くなって台無しになるんです。でも、夜更けに飲むならカフェインが抜けて飲みやすいかなって……」

 

「確かに、リラックス効果でよく寝れそうかも」

 

 尤も、帰る手段があるのかはわからないし、宿に泊まる、ご飯を食べるにもお金がない。このままでは待ち受けているのは餓死か凍死で確定だ。

 この世界のルールに従って、生活費を手に入れることは可能だ。けれども、そのためにはこの世界のことを詳しく知る必要がある。

 

(当面の問題はどうやって生活するか、だよな)

 

 木製のコップを手で弄りながら、改めて店内を見渡した。内装は古いながらも綺麗に掃除がされている。壁の染み、天井の傷は食堂の歴史を物語っており、大切に使われてきたのだとわかる。

 どうにかして泊めてもらうことはできないか。不意に脳裏を過った考えを否定するように、消し去るように、上条は小さく首を振った。

 この世界に生きる人達にも大切な日常がある。

 それを無関係の、異世界からやって来た人間の事情で踏みにじることだけは絶対に許されない。

 

(そもそも異世界転生って思うがままに進めばトントン拍子にいくものじゃないのかよ。問題山積み、不幸モリモリすぎて頭が痛くなってきたぞ)

 

 手にしていたティースプーンが、皿の底に当たり甲高い音を響かせる。それが合図であったかのように、少女は重たい口を開いた。




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