とある転生の幻想殺し   作:麻生無想

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第4話

「隣界の魔女の呪い、と言えばわかりますか?」

 

 隣界、魔女、呪い、聞き慣れない単語に上条は眉根を寄せた。話の流れからして、彼女が車椅子に乗ることになった経緯や食堂の昔話をしてくれるのだろうと身構えていたからというのもある。

 車椅子の少女は無言の疑問符に応じるように、窓の外に聳える巨大な石壁を指し示した。

 

「十年前に世界の果て、あの『鳥籠(バベル)』の向こう側からやって来た魔法使いのことです。彼女が姿を現すようになってから、この国では色々なことがありました。未知の流行病、原因不明の大火」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。解説中に説明の解説が必要になってくるから情報の整理が永遠に追いつかねえのよ。あの壁が世界の果てだって?」

 

 なんか色々と情報量が多すぎた。疑問を端から解消していかないと前提条件の部分ですら理解できそうにない。そもそも、世界の果てとは何だ。

 例えば、流行のオープンワールドゲームであれば、マップの隅には見えない壁が設置されていて「ここから先は何もない」というのが確認できる。あるいは、怪物が街を責めてくる系の漫画における防壁は「生活圏の縁」という意味合いにおいて、世界の果てと表現しても間違いではないはずだ。

 だが、それらはあくまでプレイヤー視点の話だ。ゲーム内で確認することはできなくとも、設定上はマップの外側にも世界が存在している。

 同様に、『鳥籠(バベル)』が指す世界の果てとは、物理的な境界線なのか、あるいは何らかの比喩的表現なのかを明らかにする必要があるはずだ。

 

「小さな大陸を丸ごと支配していて、大陸外は未開の地って理解でいいのか? それなら他に国家が存在しないなんて言いきれないはずじゃ……」

 

「このパラケルス皇国においては創造神様の建立した『鳥籠(バベル)』が世界の果てとされています。壁の外に何があるのかを調べることは禁忌、扇形の先端に位置する城と町が、世界のすべてなんです」

 

 予想の斜め上すぎる回答だった。

 言葉に詰まる上条に、「こんな常識も知らないんですかっ!?」と言わんばかりの視線が突き刺さる。

 

「壁の外に脱出を試みたヤツはいないのか?」

 

「街の上空には王室直属の魔法師団の結界『天網(イカロス)』が張り巡らされていますから、壁を登っても消し炭になるだけです。『隣界の魔女』だけはそれを攻略する術を知っているらしいですけどね……」

 

 まるで檻、もしくは牢獄だと上条は思った。

 権力者の支配を正当化する都合の良い神話で権威付けされた歪んだ世界観。そして、支配を象徴する物理的な障壁。すべてがこの世界の人々を壁の内側に縛りつけるために存在している。

 

(そうまでして隠したい物が壁の外にある、か)

 

 思考の海に沈みかけていた上条は慌てて意識を現実に引き戻す。デディは「聞かれたから教えてあげているのになー!」と頬を膨らませていた。

 

「わ、悪い。貧民街出身だから世間知らずで……」

 

 瞬間、少女の頬が青白く染まる。地雷を踏んでしまったかのように、つらいことを思い出させてごめんなさいと深く頭を下げてくれた。意図せず騙すかたちになってしまい罪悪感は募るが、出会って数時間で「異世界から来ました、信じてください!」はハードルが高すぎる。下手に探られない建前を考えておいたのは正解のはずだ。

 

「こっちもそういう(無能力者)扱いにはなれてるから、気にしてないのことよ。疑問がすべて解消されたわけじゃないけど、とりあえず続きを聞かせてほしい」

 

 考えてみれば、どんな宗教にも少なからず現実と矛盾する部分はある。十字教における創造説と進化論の論争なんかが良い例か。どんなに現実からかけ離れた理論であったとしても、子供の頃から言い聞かされ、外の世界を知らずに育てられたのなら、信じ込んでしまうのも無理はない。

 わからないことがあれば説明しますからね、と意気込んで彼女は続きを話し始めた。

 

「十年前に壁の向こうから『隣界の魔女』が現れてからというもの、この街は原因不明の怪奇現象、天変地異に晒されることになってしまいました」

 

「天変地異って地震とか台風みたいな感じ?」

 

「誰も触れていないのに爆発する街灯、雨も降っていないのに水浸しの大通り、身に覚えのない大怪我や原因不明の集団失踪、前代未聞の疫病に……」

 

「それはもう心霊現象か祟りを疑うレベルなのよ」

 

「他にも無人地区から発生した大火、植物となって枯れ果てる人間、数百人規模の記憶喪失と例を上げればキリがありません。そしてこれが……」

 

 彼女は見ていてくださいねと頬を薄桃色に染めながらスカートの裾を膝の上までたくし上げた。栄養が足りているのか心配になるほどに白く細い両脚。その足首の辺りに赤黒い茨の模様が締め上げるようにしてクッキリと浮かび上がっていた。

 

「宮廷魔術師の方曰く、『血の茨』だそうです」

 

 何年もかけて脚の指先から肉体を這い上がる生命のタイムリミット。痣に蝕まれた身体は徐々にその機能を奪われていき、最後には心臓すらも動きを止める。待つのは生命活動の停止だ。

 

「気持ちの悪いものを見せてしまいましたよね。こんな症状は国中探しても私だけみたいで、裏で魔女と繋がっているなんて噂されちゃいました……」

 

 右手の隙間から覗き込むかたちで見ていた上条は、初めての光景に思わず息を飲んだ。意識してはいけないとわかっているのに、不思議な力に惹きつけられて『それ(・・)』から目が離せなかった。

 

「誰か味方になってくれる人はいなかったのか?」

 

「お爺ちゃんが死んでからは、一人でしたから」

 

 目尻に涙を浮かべて、それでも少女は笑っていた。締めつけられるような、もう記憶にはないけれど、いつかどこかで見たような笑顔だった。

 

「その、もしかしたらトーマさんなら色眼鏡抜きで見てくださるかなと思ったんです。おかしいですよね、出会ったばかりの方に勝手に期待して……」

 

 ずっと孤独に耐えてきたのだろう。こうして話してくれたことも、ここでは話せないようなことも、沢山あったに違いない。出会ったばかりの少年に、すべてを話さずにはいられないほどに。

 沈黙に耐えかねたように雨音が鳴り始めた。篠突く雨とはこんな空模様を言うのかもしれない。

 

「トーマさんはお優しいんですね。我慢されなくても思ったことを口にしてくれていいんですよ?」

 

 耳触りの良い言葉ならいくらだって思いついた。けれど、そんな見栄えを気にした借り物では彼女の傷は埋められない。心の傷跡を癒してあげられる言葉なんてどこにもありはしないのだ。

 できるのは本心を偽らないこと、それだけだ。

 

「パイナップル柄の下着は独創的でぐぶぁぁっ!!」

 

 木製のスプーンが宙を舞い、ばちこーん! という間の抜けた音と共に上条の顔面に炸裂した。

 

「思ったことを話せって言ったじゃないのよっ!?」

 

「誰が鼠径部とクロッチを事細かに観察しろと言いましたか!? 先程は他人の陰部を見つめて何を息飲んでやがったのか聞き出したいぐらいですっ!!」

 

 本心を偽らなければ良いというものではなかった。デディは部屋の隅に逃げ込むと、自分の体を抱くようにしてこちらを睨みつけてくる。まるでハムスターみたいだと思ったが、更なる燃料の投下になりそうなので口にするのは控えておく。

 その代わりにヒリヒリと晴れた額を擦りながら、ゆっくりと上条は語り始めた。

 

「今度は俺の番かな、独り言と思って聞いてくれ」

 

 話を聞きながら、ずっと考えていた。

 この世界にやって来たのが上条でなければ、テンプレート通りの異世界転生漫画であったなら、救えたのかもしれない。指を振るだけでチート魔法を振りかざし、時間を戻して魔女を倒して、彼女の大切な人だって助けられたのかもしれない。

 神様はどこまでも残酷で物語(いせかい)は無慈悲だ。

 どこにでもいる平凡な高校生では、何の力も持たない『無能力者(レベル0)』なんかじゃ、助けても言えずに泣いている女の子の一人だって救えない。

 それでも、と上条当麻は心の中で続ける。

 

 この物語(いせかい)神様(アンタ)の作った物語(システム)の通りに動いてるってんなら─────

 

 いつかどこかで、口にしたような言葉だった。

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