とある転生の幻想殺し   作:麻生無想

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第6話

 食堂『インデックス』は日曜日休みである。

 ご飯を提供するお店なら、土日は書き入れ時じゃないのかと勝手なイメージを抱いていたが、日雇労働帰りの低所得者層をターゲットにしている庶民食堂では気にする必要はないらしい。

 

(かわいい顔してえげつないこと考えるよ……)

 

 兎にも角にも、この世界のことを知るために街へ繰り出すことにした。気になることはいくつもあるが、さしあたって調べたいことはは二つ。

 まずは言うまでもなく『鳥籠』について。国の外周を囲むように建てられているというのが事実なら、元の世界に戻るために乗り越える必要があるかもしれない。この世界の正体についても、壁の向こう側に答えがありそうな気がするのだ。

 もうひとつは現実世界とこの世界の関係性だ。ひと口に転生と表現しても、移動する世界にはいくつかのパターンが存在する。例えば、過去や未来のような現実と時間的な隔たりを持つ場所に転移する場合、あるいは並行・逆転世界のような異世界に飛ばされてしまう場合だ。

 いずれにしても、現状を正しく理解しないことには動きようがない。

 

 では、前者と後者を区別する簡単な方法とは?

 

 そんなに難しい話ではない。この世界と現実世界に繋がりがあるのなら存在しなければ不自然なものを探せばいいだけだ。上条当麻は嫌というほど知っている。魔術を極めすぎて、神様の領域にまで足を突っ込んでしまった怪物達が、どれだけ世界を改変しても必ずどこかのタイミングで自然発生してくる厄介な人物が存在したことを……、

 

「教えてほしいんだ、俺がお前と会ったことがあるのかどうか。つーか、どのサンジェルマンなのか」

 

 目の前に座るメイド姿の女性はやれやれと息を吐く。どうやらビンゴだったらしい。貴賓室に通され、ご主人様が来るまでお待ちくださいと告げたメイドの正体がサンジェルマンだと理解するのに時間はかからなかった。

 この世界において魔術は日常的なものだ。

 上流階級、王侯貴族の連中の中には医学というものが存在し、瀉血や東洋医学の真似事が行われたりしているらしいが貧民街にはそれがない。

 

『金銭的な支払いの難しい人達にも、サンジェルマン辺境伯は自ら魔術による治療を施してくださいます。民衆からの信頼も厚い領主様なんです』

 

 なんて、デディも嬉しそうに話していた。

 そんなこんなで繁華街の外れにある領主の屋敷までやって来た上条である。ちなみに徒歩で一時間はかかるので馬車を使ってくださいと必死にお小遣いをポケットに詰めようとする少女との高度な心理戦が勃発したが、詳細は割愛する。ヒモ人生に突入するには現場がアグレッシブすぎる。

 

「その問いに応じる義務が私にあると思うかね?」

 

 メイドの少女は穏やかな笑みを浮かべている。

 目の前のサンジェルマンが上条のことを記憶していた場合、この異世界は上条の暮らしていた世界と時間的な繋がりを有していることになる。少なくとも、彼が存在している時点で現実とはまったく関係のない異世界の説はなくなったはずだ。

 

「仮に応じたとして、私にどんな見返りがある?」

 

 疑問に答えてやる義理はないと彼は言う。

 

「俺は知ってるぞ、お前の本当の願いを」

 

 食い気味に上条は話し出した。

 サンジェルマンは対立するべき人物ではない。それはアンナ=シュプレンゲルの一件で痛いほどに分かっていた。だから、一歩も退かない。

 

「夢を与えたかったんだろ。いつの日か誰かが自分の見せる偽物じゃない本物の偉業を成し遂げるきっかけになりたかったんだろ。この世界について詳しいことは分からないけど、俺の出会った女の子はずっと孤独に頑張ってたよ。安易に、自堕落に楽な方に流されたりする人間じゃなかった。そんな人間が苦しむ世界をお前は看過できるのか?」

 

 サンジェルマンは苦悩や諦観を含んだ遠い目を浮かべる。魔人でも魔術師でもない第三分類の存在が、どれだけの時間をこの世界で費やしてきたのか上条は知らない。けれども、分かる。彼はこの世界でもすがりつかれる対象だったのだろう。

 経緯はどうあれ爵位を持ち、領主を務めていれば、薄汚い栄誉を求める声に嘆息した日もあったはずだ。それでも目の前の存在は『民衆からの信頼も厚い領主』を辞めたりはしなかった。

 

「夢を守りたいんじゃないのか? この世界に挫折も諦念もいらないんじゃなかったのか? 俺の知っているお前は最後まで逃げずにやりきったぞ」

 

「質問に質問を重ねて煙に巻けると思ったかね。これまでの戯言がすべて真実であったとして、君に協力することで私にいかなるメリットがある?」

 

「この世界を変える、ぶっ壊すのを手伝ってやる」


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