ホロライブラバーズ 覇王ルート   作:覇王ぜうだい

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♯1

指先一つ動かせない程の疲労感でうつ伏せに倒れこむ中、道場の扉が開かれひんやりとした外気が入ってくる。

 

扉を側を見ればそこに立つのは黒い人型。衣装がとか、肌の色がとか、そういう意味ではなく言葉通りの意味で黒い人型。

 

無言、無音、無表情……そもそも表情すらない黒ののっぺりとした影は倒れ伏した少年を俵担ぎして扉側へと連れていくと静かに床へと下す。そして足元に倒れる少年の傍らでじっと立ち尽くしていた。ある種のホラー映画のワンシーンのような光景だったが少年は気にした風もなく体力の回復に努めており、しばらくはその場に倒れ伏したままそよ風に吹かれていた。

 

 

 

 

 

朝比奈武は一般人、というには問題のある出身である。実家は古くより将軍家に仕えてきたという忍者の系譜であり、さらに古くを語るなら陰陽師の家系という非現実の設定を詰め込んだような家系に生まれた子である。実際に彼の家系は忍法を本当に扱えるという現代でも類を見ない超常の一家であり、次期党首とされる武には厳しい修業がなされていた。

 

忍法、もとい源流は陰陽術というややこしい術式を代々受け継ぐ朝比奈家の最も特異とする技は【影分身】という己の実体を複数生み出すことができるものである。分身体は本体の能力を分割する形で生み出されるため、本体は必然的に弱体化するという欠点こそあれど現代ほど情報収集のための道具類がなかった時代において、見たもの聞いたものをそのまま距離に関係なく語り継げる能力は非常に重宝されたという。

 

朝比奈家の長男として朝比奈武も当然のように幼いころから英才教育を受けていた。

 

しかし何をどう間違えたのか。彼の【影分身】は実体こそ伴うものの、彼とは似ても似つかない黒い人型の影のようなものだった。こればかりはどうしたものか?と当主共々首を捻ることになったが、現代においてどこにカメラがあるかわからない以上は顔バレしないコレはコレでアリという雑な判断によってそのままにされていた。

 

そも影分身は現代において代用品が多い。情報を距離に関係なく語り継ぐならばスマートフォンがあれば問題ない。見聞きしたものを語り継ぐにしてもカメラで撮るなり、録音するなりした方がより正確なのだから。

 

さらに追及してしまえば、忍者とは元々は素破。あるいは乱波。素破抜きという言葉がある通り、情報を奪う間者のことである。ファンタジーのように戦闘力がそこまで求められているかというとそんなわけはない。言ってしまえば忍者という職業は、スマホを持っている一般人がそのまま該当すると言っても過言ではないのが現代社会なのである。

 

役に立つかもわからないスマホ以下の仕事をする能力を鍛え上げるくらいなら、とりあえず体を鍛えさせておこう。というのが朝比奈家の現段階での教育方針であった。

 

「とはいえ、これはどうしたもんかな……」

 

襖で遮られた畳十畳程度の私室で武はちゃぶ台越しに座る人型の影を眺めながら独り言つ。

 

彼が今頭を悩ませているのは単純な話で、【影分身】が本体の能力を分割し生み出される為に非常に体力が少ないことであった。

 

生み出した分身が消滅した時に分割されたステータスや影分身の行動していた間の記憶が返還されるのだが、【影分身】が消滅するのは耐久が0になった時である。詰まる所、彼の体力の問題の解決の為には一度死を経験するしかないのであった。

 

「こいつを生み出して既に3年……ずいぶん長くなってしまったしなぁ」

 

武が能力に目覚めたのが丁度7歳の時であり、今年で10歳になる彼にとって目の前の分身は始めて生み出した存在であると同時に最大の地雷となっていた。

 

経験のフィードバックとて馬鹿にならない。数分程度ならまだしも3年分の経験が還ってくるのはさすがにヤバい。10年という己の歴史に3年分の記録が継ぎ足されるのだ。人生の3分の1レベルの衝撃である。死の経験とやらに臆していたらこのザマであった。一歩間違えれば人格崩壊の危機である。

 

腐れ縁のような友人の言葉を信じるなら「健全な精神は健康な体からでござる!」とのことなので、とりあえず精神修業や肉体の修業を分身と共に繰り返している。結果として、同じ行動をしているのにもかかわらず自分の方が早く指一本も動かせなくなっているため、過去の自分が分配した能力は分身側に多くあるということがわかった。

 

なお何の気なしにそのことを伝えてみた結果、笑顔で分身体に真剣を振り下ろしてきた馬鹿を二人掛かりでボコボコにしたのは良い思い出である。

 

武よりも強い分身で自分の修業の成果を確かめたかったそうだが、分身だからと殺してもいい理由にはならないだろうに。

 

今思えば殺されていた方が楽だったかもしれないとは思う。だが平時こそ狸と笑顔で戯れる少女が、必要とあれば平然とイノシシを掻っ捌くのを知っているためあの瞬間は恐怖しかなったのを覚えている。分身視点からすれば突然腐れ縁の少女が真剣を笑顔で振り下ろしてくる光景があったのだろう。

 

「いや、こわ」

 

マジの声が出る。

 

「あのござ郎、割とマジで突発的にポンをするから怖い。忍者を心胆から畏れさせるとか何なんだ」

 

真っ黒な影は何も答えないが、同意しているような空気を感じたのは自身の気のせいだろうか。

 

なお真っ黒な影を前にして語るのもおかしな話だが、噂をすれば影が差すという。

 

「遊び来たでござるよー!」

 

「敵襲だ、掛かれ!!」

 

「濡れ衣では!?」

 

突然開かれた自室の扉にビビりながら、脊髄反射で指示を出す。

 

分身は指示が終わるかどうかの時には動き出した。まずは両こぶしを畳へ。そのまま肘を伸ばし正座のまま体を浮かす姿勢に移り、右足を前に左足を後ろへと着地させ、次の瞬間には飛び上がるように分身が突貫する。

 

秒数にして2秒にも満たない、指示から行動までの流れに対して声の主である少女が行ったのはシンプル。突っ込みをいれつつ、突貫する影に対して背に携えた鞘付きのままの刀を振り下ろし迎撃することだった。

 

否、正しくは迎撃というよりも突貫する分身の気勢を反らすための一撃だったのだろう。現に驚きつつも一撃目に対応して見せた少女の口角が吊り上がっていくのが見える。遊んでくれてる、とでも思っているのだろう。冗談ではない。このままでは殺される。

 

少女は少年の躊躇いの無さを知っていた。相手が女の子だからといって二人掛かりで殴ってくる酷い奴だと知っていた。

 

少年は少女の躊躇いの無さを知っていた。というか「大丈夫でござろう!たぶん!」とか言いながら真剣を振るわれた日から、己の力量に対して妙な信頼をされていると知っていた。

 

一撃目。突貫した分身への振り下ろしの一撃を腕を交差して防ぎ、分身が衝撃のままに下がることで終了。

 

ちゃぶ台を挟んだために出遅れた武と分身が二人で並び立つように立つ姿を見ながら、少女はにんまりと笑いながら脇構えと言われる右足を引いた半身を切る姿勢となる。刀身を体の影に隠した間合い隠しにして、後の先を狙う奇襲の一手。

 

だが、少女は先手を打った。

 

体を捻りながらやや下段から左へと振るわれる一撃。少年と少女の付き合いは長く、間合いを隠す意味がないからこその先手。だがそのまま愚直に振るうのではなく、一味加えるアドリブ力の高さこそが少年が少女を躊躇いなく殴れる理由である。

 

少女は刀を右手一本で振るう最中で柄尻を左手で強打。薙いだ勢いと柄尻から伝わった衝撃で鞘が抜けようと勢いよく伸びていくことで、ソレはそのまま右から左への薙ぎ払いの射程が突然伸びた形となる。室内にいる限りほぼ必中に近い一撃であった。

 

然して甘い。

 

薙ぎ払われる一撃は途中より鞘であり、真剣ではないなら生身でも受けるに越したことはない。武本人がその一撃を受け止めた隙に、突貫した分身が体勢を立て直して少女への追撃を行う。

 

然して甘いでござるな。

 

少女は読んでいたと言わんばかりに、受け止められた鞘から刀を引くことで完全に抜刀しようとするが

 

「それこそ読んでいた」

 

受け止めた鞘を掴み少女へと突貫することで、引き抜かれようとした刀が同じだけの勢いで鞘へと納められていく。

 

こうなれば迎撃するには手足を使った格闘戦になるのだが、それこそ二対一の本領発揮ともいえる場面であり少女は過去の敗北から刀を手放すのを躊躇ってしまった。

 

そうした一瞬の隙こそが近接戦においては致命的となる。突貫した分身が少女の腰に組み付き動きを封じ、受け止めた刀と並行した詰め寄った少年は動けなくなった少女を押し倒すことに成功する。腰には分身が組み付き、刀は引き抜けないように掴んだ鞘で抑え込み、そして左腕を足で抑え込んだこの状況は完全に封殺したと判断しても問題ないだろう。

 

ステータスこそ分身に譲渡した分を含めた弱体化していようと、毎度の様に指先一本まで動けない程に鍛え抜かれた肉体は齢10にして才能を十全に輝かせるだけの動きを可能にしていた。

 

抑え込んだことと体力が少しでも回復していた事に安堵していると、非常にか細い声が股下から聞こえる。

 

「あのぉ……そろそろ恥ずかしいんですけど」

 

足を使って腕を抑え込む。それは腕と足の筋肉量を考えれば当然ともいえる判断であり、戦闘という面においては決して間違っていない行為である。

 

が、必然股間直下に少女の顔面がある状況かつ、自室で二人掛かりで抑え込んだという事実。そして顔を真っ赤にした腐れ縁の少女の表情。

 

「これはどうしたもんかな……」

 

「それは風真のセリフでござるが?!」

 

最もであった。

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