異郷を渡る人食いの狂女   作:ポジョンボ

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異郷巡り
監獄城の囚人ミルドレット


 

 

 

 

 

この俺が始めて奴と、いや、アレと出会ったのは今から一年と半年前。秋もいよいよ深まり、吹く風が肌を震えさせる冷風へと変わり始めた頃だ。

 

 

アレはこの監獄城に溢れ返る有象無象共の中に紛れていた、いつからそこにいたのか、どうやって入り込んだのかは誰も知らないんだ。

 

 

俺はそのことを疑問には思わない、何故なら未だに誰も、この俺もアレが何なのか解らないんだからな。

 

 

きっとそういう類のものさ、気にしたって仕方がない。

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある時代、とある国の、とある領地の一角にその城は立っていた。石造りの城で堅牢かつそれなりに広大、しかし栄光ある権威を表す為の綺羅びやかな装飾の類は一切無い。

 

辺りに活気もなく、空には暗雲が立ち込めて城に影を落とす。

 

ただでさえ冷たい印象の石壁は暗がりと合わさって城全体が薄暗く染まったかのようにさえ見えた。

 

 

辺りに人の活気は皆無、ただ城の上部に備え付けられた吠える狼と交差する斧槍の紋章が描かれた旗、この国の領地を表す旗が一つ、揺らめいていた。

 

 

 

ここは国の王都から少し離れた場所にある城、だが実際に正規兵が駐留し、特権階級の貴族たちが住む様ないわゆる普通の城ではない。

 

それどころかこの国の人間ならば近づくことはなく、名前を出すことすら忌み嫌う。

 

 

その名を監獄城、国中の罪人が一手に集められ、収容される為の場所。勿論、これ程忌み嫌われている以上、普通の監獄でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉし!さぁ並べ!罪人共!!」

 

 

監獄城内部のとある広場に男の怒号が響く。辺りには座るための長椅子が広場の中央を囲むように置かれ、吹き抜けとなっている広場の二階からも下の様子が見えるようになっていた。

 

 

声を出した男は覆面を被り、手には槍を担いだ看守の男。

 

 

そしてその声を聞き、広場中央に設置された台の上に上がって横に並ぶ者が5人。その者たちは一様に顔に布を被せられ、両腕は枷で拘束され、足は鉄鎖で繋がれている、そして首には太く輪を作られた縄がかけられていた、絞首台である。

 

 

 

「ではこれより罪人の処刑を執り行う!」

 

 

 

辺りから歓声のような声が上がる、中央を囲む長椅子や二階の手すりにより掛かりながら、処刑を宣言した看守と同じ身なりの者達が上げた声だった。

 

 

 

この監獄城はただ囚人を収容するに留まらない。収容された時点で囚人の人権は消失、外部と半ば隔絶され、かつ大本の国の不干渉もあり、今では駐留する看守達の城の私物化が進んでいた。

 

その結果が処刑の娯楽化だった、世が世なら厳正なる裁判と審査を経て下されるであろうソレも、ここでは看守達の気紛れで簡単にその権利が振るわれる。

 

 

 

 

宣言した看守が絞首台の横に立つ他の看守に向けて頷き合図を出す、そうすればもう一人の看守は備え付けられたレバーに手を伸ばす。囚人の立つ床を開き、その命を確実に絶つ為の装置のレバーだ。

 

 

 

「貴様ら、何か言い残すことは?」

 

 

 

 

言うやいなや囚人達全員が口火を切ったかのように矢継ぎ早に声を上げる。それは慈悲をこう懺悔と命乞いの叫びだった。

 

当然、この監獄城に慈悲などという物は何処にも無い。

 

 

看守の男が視線を向け、レバーの看守とは別の人物に確認を取る。広場奥、絞首台を真っ直ぐ眺められる位置に座った一人の男に。

 

 

 

「あぁ、やれ」

 

 

 

その男が右手を軽く上げながら命令した。囚人達の息を飲む音が聞こえ、すぐさま命乞いを再開しようとしても間に合わない。

 

 

レバーが躊躇いなく引かれ、ガコンという音と共に囚人が立つ床が左右に開いた。吊るされた囚人達の声は一瞬で途絶え、暫しの痙攣の後は誰一人動くことはなかった。

 

 

広場に静寂が満ち、遅れてその中に嘲笑や満足げなため息が混ざり始める。監獄城の日常の光景だ。

 

 

 

 

「どうでした?“監獄長”」

 

 

それを見ていた一人の看守が語り掛ける、その相手は先程、腕を上げて処刑の合図を出した男だった。

 

 

 

「悪くないぞ、死に際の恥も捨てた命乞い程、聞いていて愉快な言葉も無いものだ」

 

 

 

監獄長と呼ばれたその男は顔には他の看守同様に覆面が、体には看守服の上から肩に勲章の着いたコートを着ていた。

 

 

 

「それは何より、しかし欲を言えば少し派手さに欠けますな…やはり、私は囚人闘技の方が」

 

 

「わかっている、新顔も揃ってきたことだ…明日にでも開こうか」

 

 

「そうですか!いや流石、監獄長殿!」

 

 

 

 

このコートの看守は監獄長と呼ばれるこの城の主。

 

この国全体で見ても異色の経歴を持つであろう男、まずこの男、何を隠そう元は監獄城に収監されていた囚人である。

 

それが悪趣味な貴族が余興としていた囚人を殺し合わせる囚人闘技に参加した後、数いる他の囚人を圧倒的な暴力で殺し続け、気を良くした主催者に何と監獄城の責任者の地位を与えられた。

 

囚人闘技の際、監獄長は敢えて対戦相手を凄惨かつ残忍なやり方で殺していった。それが貴族の目に付き、その悪趣味を利用して恩赦や地位を手にするための計略だったのかは今では解らない。

 

 

そうして付いたあだ名が処刑人、一介の囚人に付ける名としては皮肉が効いているだろう。

 

 

 

「監獄長、次の囚人が用意できました」

 

 

「そうか、では始めろ」

 

 

 

いつの間にか囚人達の死体は手早く撤去され、すぐさま次の犠牲者達が運び込まれる。命を消耗品として扱うこの風景に異議を唱える者は一人としていない。

 

 

 

「準備完了です」

 

 

 

無常にも絞首台に乗せられる囚人達、抵抗は無意味だと解っているから言われるままに台に上がる。しかしそれは恐怖を克服したというわけではまったく無く、被せられた布の下から涙と絶望の嗚咽を鳴らしている。

 

 

 

「やれ」

 

 

また軽く右手を上げて命令する、もはや処刑前の口上すら無い。

 

 

「執行!」

 

 

酷く冷徹に処刑が宣言され、またガコンという音と看守達の歓声が上がる。

 

それを横目で見ながら監獄長は別の事に思考を馳せる。

 

 

 

(確かに少し、面白味に欠けるか)

 

 

 

明日の囚人闘技の事を考え始める監獄長、まだ痙攣を起こしている囚人達に視線を向けて、その思考が停止する。

 

 

 

 

「…………ん?……おい…」

 

 

 

言葉を失い、無意識のうちに長椅子から立ち上がる。

 

視線の先には吊るされた囚人達、正確にはその囚人達の内の一人。

 

その囚人は身なりで言うなら他の囚人と大差無い、両腕の錠に二つの足枷を繋ぐ鎖。強いて言えば顔に被せられた布に除き穴が開けられているのと、他の囚人に比べて服の損傷が激しく、ボロ布が辛うじて恥部を隠している有様ということくらいか。

 

 

監獄長が注目しているのはそこではない、言うなればその囚人の現状そのもの。

 

 

 

 

「…生きている……」

 

 

 

他の囚人には判別できずとも監獄長には出来た、吊るされた5人の内、その囚人はまだ生きがあることに。

 

 

「あり得ん…」

 

「首を吊るされればまず即死、首の骨が折れて舌と目玉が飛び出す、痙攣する頃には生きてはいない……」

 

 

 

見ればその囚人は確かに痙攣してはいなかった、両手足はだらんと下げられてはいるが、全身の力がすっかり抜け落ちた他の囚人とよく見比べれば、その体にはまだ力が残っていた。

 

 

吊るされた囚人達を下ろして撤去しようとした看守達が絞首台に近づく、それを見た監獄長はハッとなって叫んだ。

 

 

 

「止めろ!!まだ下ろすな!」

 

 

 

絞首台付近の看守達のみならず、広場にいる看守達全員が硬直した。監獄長はゆっくりと絞首台に向かって歩き出す。

 

 

 

「オイ……お前…」

 

 

 

その囚人の前まで歩み寄って語り掛ける、周りの看守達は監獄長の行動の意味が理解できずにいた、そして監獄長自身も何かの間違いであることを期待していた。

 

 

 

「お前…生き」

 

 

 

監獄長の言葉が中断され、広場に看守達の上げた短い悲鳴が響く。

 

監獄長が声を掛けたその瞬間、吊るされたはずの囚人が突然その頭をグリンと動かし、次いで下ろした手足を動かし始めた。

 

 

 

 「ウワアアッ」

 

 

 

目の前の事態を認識した広場一階はパニックへと陥った、二階いた看守達も只事では無いと慌てて一階へと降りてくる。

 

監獄長はその囚人と目があった、頭を覆うズタ袋に開いた二つの除き穴の奥にあるその目が確かに監獄長に向けられていた。

 

 

ドタドタと大勢が慌ただしく床を踏み鳴らし、一階に殺到する。その場にいた看守もあとから来た看守も皆、手にした槍の切っ先を吊るされた囚人に向けている。

 

 

誰もがどうするか解らなかった、その囚人は未だに監獄長を見下ろしていた。

 

 

 

「ど、どうする…殺すか?」

 

 

槍を構えた看守の一人が提案する、答える者も同意し実行する者もいなかった。誰もがある突然訪れた死なない囚人という非日常に動揺していた。

 

 

 

「おい…おいお前、喋れるか…?」

 

 

 

監獄長は我ながら馬鹿な質問をしたと心の中で自嘲した、死んでなくとも首を縄で絞められて喋れるものか。

 

 

「喋レル」

 

 

だから誰一人、答えが返ってくるなどと想像にもしてなかった。先程の比ではない悲鳴が上がった。

 

 

それは女の声だった。よく見ればボロ布で隠された胸元の膨らみや体の骨格から女性であると窺える。今それを気にする者はいなかった。

 

 

「こ、殺します!いいですよね!?」

 

 

恐慌状態に陥った看守が槍を構え直した、今度は周囲の者達も同じく槍を突き出そうとしている。

 

 

 

「いや、殺すな」

 

 

 

監獄長が言い放つ、その声は落ち着いていて、既に動揺からは抜け出していた。真っ直ぐに囚人を見つめて視線を逸らさない。

 

あとから看守達に聞かれた際、監獄長はあの時、自分が何故あんなことを言ったのか解らないと話したそうだ。自分の心にあの時あったのは、興味だったと。

 

 

 

「コイツを降ろせ」

 

 

 

監獄長の命令は看守達に届いていた、誰も動かなかったのは命令が理解ができない、というより理解したくないといった感情に支配されていたからだろう。

 

 

それが解っていたからか、監獄長も特に部下達を責めずに、自ら絞首台に近づき、レバーを操作して床を閉じた。

 

 

それに合わせて吊るされた囚人が首の縄に手を掛け、力を込めて体を持ち上げるように引けば、閉まる足場に両足が挟まれることなく抜け出した。

 

そして閉じた足場に立ち、首に掛かった縄を自ら外した。

 

 

 

看守達は緊張のあまり目を見開いてその囚人を凝視する。

 

 

今までも囚人闘技を勝ち残った報酬として囚人から看守へと自由の身となった者は何人かいた、事実として監獄長がその一人だ。

 

だが処刑を執行されたのにも関わらず生き延びてその結果、自由になった囚人などこの監獄城の歴史の中で初めての事だった。

 

 

 

「お前…枷が邪魔だろう 外したいか」

 

 

 

監獄長の囚人へのその質問で、彼が何をしようとしているのか看守達は理解する。そして驚愕と不安でその顔を歪めた。

 

 

「アァ」

 

 

「それならついて来い」

 

「囚人闘技だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

監獄城の中庭に人が集められていた、その多くは看守、広い円となって並んでいる。その中心に立つ二人の人物。

 

 

 

「囚人闘技に勝ち残った者には監獄内での自由が約束される」

 

「そこにいる男はあと一勝すれば自由の身、つまり勝ち残った強者という訳だ」

 

「ソイツを殺せたら自由にしてやる、あぁ安心しろ、お前も勝てば晴れて10勝で自由だ」

 

 

監獄長は最初に絞首台を生き延びた女の囚人に、続いてその相手を務める男の囚人に声を掛けた。

 

 

男は屈強で筋肉質な上半身、禿げ上がった頭に釣り上がった眉、頬を走る傷に地面をしっかりと踏みしめて立つ太い両足。

 

まさしく絵に書いたような偉丈夫だった。

 

看守から投げ渡された剣を弄び、女囚人を睨みつける。

 

 

それに対してズタ袋を被った女囚人は未だ無言で佇んでいる。

 

 

 

 

「前置きはもういいな?では始めろ」

 

 

 

看守達が固唾を飲んで見守る中、決闘が始まった。

 

 

 

 

「俺に取っちゃ大変結構、こりゃご褒美か?」

 

 

屈強な男囚人は剣を構えながらスタスタと躊躇なく接近していく。

 

 

「あと一勝で自由ってだけでもたまらねぇのに、女まで寄越してくれるって?」

 

 

等々、両者がすぐ眼前まで近づいた、それでも女囚人は動かない。

 

 

「なぁ剣を取れよ、場が白けるぜ」

 

 

男囚人に対して、女囚人は投げ渡された剣を拾うことすらせずにただ男の囚人を見つめていた。 

 

 

「そうか、素手でやんのが好きか?」

 

 

そう言うと男囚人は剣を投げ捨てた、次の瞬間、両腕を伸ばし女囚人の首に手を掛ける。

 

渾身の力で首を絞め上げながら、押し倒そうと全身の体重を掛ける。相手の苦しむ声を聞くのが待ち遠しいと期待の表情を浮かべる。

 

 

だがおかしい、一向に相手は動かない、体が傾く気配すらない。

 

それに首をこれだけ絞めているのにうめき声すらないのはどういうことだ?

 

 

 

疑問への答えの代わりに、女囚人が下げていた両腕を勢いよく振り上げた。たったそれだけの動作でがっしりと首を絞めていた男囚人の両腕は弾かれてあらぬ方向に伸びる。

 

 

「あん?」

 

 

弾かれたその腕をよく見れば、右手の手首の関節が強い力を加えられて折れ曲がっていた。

 

だが男がその激痛を認識することはなかった。

 

 

女囚人は振り上げた腕を振り下ろした、ただそれだけで全てが終わった。

 

何かを殴りつけた鈍い音と何が潰れた水音が鳴った。

 

女囚人が振り下ろした両腕は男囚人の顔面を捉えており、枷が男の額にめり込んで潰していた。

 

両腕をまた上げれば、付着した血液が糸を引き、頭部が陥没し絶命した男囚人が崩れ落ちる。

 

 

 

 

辺りに静寂が満ちる、だが状況を理解できずにいるわけではない。絞首台広場での一件を見ていない看守達は勝敗の予想を余りに容易く覆された事に唖然としている。

 

 

そして絞首台広場にいた看守達は嫌な不安が現実と化した事を知り、あの不気味な女が新入りとして加わる未来を想像して顔を歪めた。

 

 

 

 

「おめでとう、これでお前は監獄城のルールにより、この監獄内でのみ自由が認められる」

 

 

 

女囚人の前に進み出た監獄長がそう宣言をする、目線と頭を振る動作で近くの看守に指示を出す。女囚人の枷を外せと言うことかのだろう。

 

正直、看守は従いたくは無かったが、囚人闘技のルールに異議を唱えることは即ち、監獄長の経歴にも異議を唱えるということだ。

 

仕方なく言われるままに女囚人の両手足の枷を外す。

 

 

 

 

監獄長は改めて女囚人の姿を見る、除き穴が開いたズタ袋で隠された顔、体は女性の物でどう見ても先の男を一撃で殴り殺せる筋力が有るようには見えない、下半身の肉付きは良いが筋肉というよりは脂肪、それに加えて纏う服と呼べるものは恥部を辛うじて隠せる程度のボロ布という風体。

 

 

他の囚人と比べて何故吊るす前に疑問に思わなかったのか不思議だった。

 

 

 

「お前…いや、名は何と言う」

 

 

「ミルドレット」

 

 

「ではミルドレット…何か必要なものはあるか」

 

 

 

ミルドレットは言葉で答えず、黙って地に転がる先の男囚人の死体を指差した。

 

 

 

「……アレを一体何に使う気だ?」

 

 

 

 

ミルドレットは変わらず答えなかった、だが監獄長にはこちらを見つめるズタ袋の下で、彼女が笑っている様な気がした。

 

 

 

 

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