篝火を見出した王都から国境を超えて一月の歳月が立ち、二人の不死人は尚も宛のない旅を続ける。
深い森林、険しい山脈や切り立った崖、気が向いたら野山に潜む山賊などを餌にしながら道なき道を進む。
そして名も知れぬ山の麓にある草原を渡る最中、二人の元に騒動が訪れる、不死人とはただ歩くだけでも危険な出来事には事欠かない様に運命づけられている。
「ン?アレハ何ダ」
「……戦イダ…」
二人の眼の前では怒号と血飛沫が飛び交う小規模の合戦が繰り広げられていた、それぞれの武器を手にした者達が二十人程、乱戦状態で殺し合っていた。
「うおおお!」
「やああああ!」
「コイツ、殺してやるっ」
「そっちに行ったぞ 逃がすな!」
見ればその者達は国に使える正規の兵士や騎士では無い事が解る、雑布を荒く加工した薄鎧が精々の防具、数打ちの安物の様な武器や見窄らしい農具。
それらで技術も戦略も無い野蛮な切り付け合いを演じる、勿論かの世界の不死人の様に力任せの一撃が鎧ごと相手を打ち砕くなんて事も無く。
死に損なった者がのたうち血を更に撒き散らす。
「追イ剥ギ同士ノ争イダナ」
「…アァ…」
確かにこの近くには街道らしき物も見えた、近くに村でもあると考えればこの山の麓を根城とする山賊がおり、それらが今まさに縄張り争いか仲間割れを演じていると見て不思議は無かった。
「何だ、てめぇらあ!」
近くで見えていたミルドレット達に気が付いた一人の男がダガーを振り上げて襲い掛かった、戦いの興奮にすっかり飲み込まれ、ミルドレット達の余りに異質な出で立ちには気が付いていない。
「邪魔ダ」
ダガーの間合いに入るよりも遥かに速く、ミルドレットが乱雑に振るう横薙ぎの肉断ち包丁で鳩尾から胴を二つに両断された、一際大きな血飛沫が飛び散った。
「あ?何だ」
「新手か!?」
何が起きたのか正確に把握する前にまたミルドレット達の姿を視界に収めた幾人かの者達が武器を手に走り寄ってくる、だがやはりその粗雑な武器が戦果を上げることなど無く、全員が一撃の元に絶命した。
「え、な、何だよ…?」
「どっから出て来た!?」
そこまですれば流石に半ば我を失った追い剥ぎ達も今起きている異常に気が付く、謎の乱入者により仲間が殺され、拮抗していた戦いの形勢も傾いていく。
「やあああっ」
「しまった がぁ!」
ミルドレット達に気が逸れた隙を突かれて片方の追い剥ぎ達、ミルドレットらからすれば何方の違いも解ら無いが兎に角それから程なくして戦いは決着した。
人数が減り不利と見た片方の山賊達が逃げていく。
「終ワリカ?」
「…ミタイダナ…」
関わりの無い他人の争いを観戦しながらも死した者の魂を不死人の特性で取り込むミルドレット達、戦いの終わりを確認し考えるのは生き残りを狩るか、それとも興味なしと立ち去るか。
だが二人の選んだ選択はどちらでも無かった、戦いに勝った方の山賊達が近寄って来る。
「アンタ達、もしかしてあの人の仲間なのかい?」
農具で武装したその山賊がミルドレット達に声を掛ける、口布と頭巾で今まで解らなかったがその声は老年の女性だった、他の山賊達も集まってくる。
「ホントだなぁ、そのデカイ包丁とか」
「あと何て言うか…雰囲気だな!よく似ているよ」
「あの人が呼んだのかい?」
「きっとそうだよ、だってあの人みたいに凄く強い」
先程まで殺し合いをしていたというのにミルドレット達に敵意を向ける事は無かった、ミルドレットは偶然にも眼の前の者達と敵対する山賊だけを殺していた。
それで味方だと勘違いしているのか、どうやらそれだけが理由では無いとミルドレットは感じ取る。
「なら付いて来なよ、住処に案内するよ」
「……アァ」
「……」
ミルドレットとマリダがズタ袋と覆面の下で互いの視線を重ねて意思を交わす、この者達の思惑が何にせよ、何時でもどうとでもなるだろう。
ミルドレット達はもう少し様子を見る事に決めた。
「さぁ此処だよ、あの人の知り合いってんなら遠慮は要らない、とは言ってもろくな物が無いけどね」
そして案内された住処という名の洞窟、大方の予想通り近くの山の中腹辺りに居を構え、時折麓に降りては何も知らぬ通りすがりの旅人から盗みや恐喝を働いているのだ。
洞窟内は薄暗く湿っている、だが床には藁の敷物や質素な家具、灯となるランタンや焚き火、人が住む分にはおおよそ問題無い程度の設備は整っていた。
「山賊ニシテハ有効的ナ事ダ」
「不思議かい?山賊って言ってもさっきの連中とは違うよ、殺しも盗みも全部生きていくため…必要に迫られた時にしかしないんだ」
「村ヲ追放サレタ落伍者ノ集マリト見タ」
洞窟奥の焚き火の近くに座り込むミルドレット達、その言葉に案内した老年の山賊が驚きで目を見張る。
「解るのかい…?」
「兵士崩レニハ見エナイナ、全員ガ年寄リデ武器モ農具シカ無イ、何ヨリモ此処ノ連中」
ミルドレットが指を指して見渡す洞窟内にはより厚く敷いた藁の上や、出来うる限り清潔に保たれてベッドの上などに寝かせられている者達がいた。
皆、苦しげな唸りと体のある箇所を抑えている。
「タダノ山賊ナラ動ケナクナッタ奴ナド放リ出スダケダ、怪我人、病人、年寄リ、口減ラシデ村ニ居ラレナクナッタオ前達ガ此処デ寄リ集マッテイル」
「あんた、鋭いんだね」
「似タヨウナ物ダカラナ、此方モ」
「………」
「そうかい…そりゃそうか、そんな姿で…」
老年の山賊は改めてミルドレット達の姿を見る、成る程、殆ど裸のような姿で野山を歩くなど居場所がある人間のする事では無い、自分達と変わらない存在。
最もミルドレット達が忌み嫌われ、人から遠ざけられるのは全く別の理由だったが、己ではどうしようも無かったという事は同じだった。
「…うん、やっぱりアンタ達はあの人に似ている」
「サッキモ言ッテイタナ、アノ人トハ何ダ」
「あら、知り合いじゃなかったのかい?てっきり…まぁいいさね、あの人は私達の聖女様さ」
「私らがこの洞窟に住み始めてからね、ある時ふらっと現れたんだよ、それ以来良くしてもらってねぇ…」
老年の山賊はあの人とやらの話を語り出した、ミルドレット達も黙ってそれを聞いている、不死人特有の好奇心を刺激する何かが始まりつつあるという予感がしていた。
山賊は過去を語る、流れ着いたは良いが賊の真似事をするしか無くなり追い剥ぎへと落ちぶれた事。
この山の隣の洞窟には既に他の山賊が、先程戦っていた山賊達が陣取っていた事、初めは僅かばかりの収穫の殆どを彼等に献上することで居を構えるを許されていた事。
やがて明け渡すだけの物さえ無くなり、この山からも追い出されそうになった事、已む無く他の山賊と敵対する道を選んだ事。
暴力沙汰では勝ち目は無い、そんな時に【あの人】は現れたらしい、手を貸してくれたと言う。
「そうそう、丁度アンタのソレ、その大きな包丁だよ、そっくりの物を手にして現れたんだ」
「とんがり帽子に後は破れたボロ布、最初は警戒したけどねぇ、何だか普通の人じゃ無い感じがして」
「やっぱり普通の人じゃ無かったよ、向こうの山賊が今日みたいに数人がかりでやってきてね、もうダメかと思ったんだけど…」
「あの人はその包丁で連中を簡単に切り倒して見せた、まるで今日のアンタがやったみたいにね」
「それからだよ、あの人が此処に住んでくれたお陰で連中に怯える暮らしからも抜け出せた、貧しいのは変わらないけどずっとマシになったんだ」
老年の山賊はあの人に付いてよく語った、その口元には笑みが浮かび、本当にあの人とやらに感謝しているのが解った。
「此処にいる連中は皆、あの人に感謝してるよ」
「最後に辿り着いたこの場所を失わずに済んだのはあの人のお陰さ、今は居ないけどすぐに戻って来るさ」
「成ル程、ソイツハ今何処ニイル」
「向こうの山賊の様子を見に行くって、入れ違いで連中が来てしまった様だけど…」
「あの人は強いから大丈夫さね、それに屈強な山賊は皆最初にあの人が倒してくれた、今日もそれで何とかなったよ」
「…アノ人ノ…名前…ハ」
「名前?あぁ、一回だけ教えてくれたよ」
「イザベラさんって言うんだ、良い名前だよ」
「…ソノ イザベラ ハ」
ミルドレットはその話にでてくるイザベラという女に興味が湧いた、気になった質問を投げ掛けようとしたその時、事態は起こった。
「えぇ…?なんだい、ちょっと待って…気分…が」
「なん、だあ?」
「ドウシタ」
「……うぅ…」
突然、洞窟内に居た山賊達が異変を訴える、十人程居る全員が気怠い様な苦しい様な、不可解な不調に悶え、やがて皆が俯いて倒れ、起き上がらなくなった。
「………」
「………」
少し魔を置いてミルドレット達に洞窟内に居た人の数と同じ回数、少量のソウルが流れ込んでくる。
「…? アァ、アレカ」
異変の原因を見つける、先の山賊達との戦いの後、彼等が漁った略奪品の中に微かに淀んだ黒色の薄煙を吹き出す人形の様な何かがあった。
「…毒?…気付クノガ……遅レタ…」
マリダが近付き、手に持ったと同時に握り砕く。洞窟内に音もなく蔓延した薄煙が出現元を失い少しづつ空気に溶けて消えて行った。
ミルドレット達の毒物への耐性は凄まじく、ただ生命を奪い取る類の毒であれば常人なら死に至る物さえ違和感すら感じなかった。
「生キ残リハ無シカ」
あっという間に洞窟内にあった生命の気配が断たれる、先程まで言葉を交わしていた者達の死、勿論、ミルドレット達はそれに深く動揺したりはしない。
「…何故…コンナ物ガ…」
「アノ山賊共ノ持チ物ダロウ、何カノ武器ダッタノカ」
「…イザベラニ、付イテ…マダ…何カ聞ケタナ…」
「ソウダナ ン?」
「…イヤ、ドウヤラソノ必要ハモウ無イミタイダ」
「…!」
ミルドレットが立ち上がり、洞窟から出て行く。その意味にマリダも気付きついて行った、洞窟からでた先には一人の人物が立っていた。
洞窟から出て来たミルドレット達の前に静かに佇むその者、とんがり帽子に似た被り物、擦り切れ破れたボロ布を服代わりにし、右腕にはミルドレットの持つ肉断ち包丁と酷似した形状の大包丁、ミルドレットの物よりも少しばかり薄く軽量な印象を受けた。
その女が口を開く、その顔は一見にこやかや笑みが、一切の感情を廃した様な冷たい目と同居していた。
「ウフフ、初メマシテ ゴ機嫌ハドオ?」
「オ前ガ、イザベラ ダナ」
ミルドレットにとっては二人目の、この世界にとっては三人目の、かつての世界から現れた不死人だった。
「……」
「……」
「アハハ」
両者の間で不穏な気配が漂い始める、不死人の間では出会い頭の流血沙汰はありふれたもので有り、同じ不遇を共有していながらも軽々と警戒を解ける相手では無い、それを疑問に思う不死人は多く無い。
ましてや互いが慈悲無き略奪者だと理解しているのなら尚の事。両者の異常を隠さぬ出で立ちは一目で近づくべきでは無い括りの存在であることを示す。
ミルドレットとマリダはただ黙って相手の動きを待つ、観察する冷たい目はそのままにイザベラの不気味な笑みが深まった。
「ウフフ…止メマショウ、勝チ目ハナイミタイ」
「…フム」
そしてイザベラが手にした肉断ち包丁をソウルとして仕舞い込む、剣呑な空気が四散しミルドレットとマリダも警戒を解く、不思議と戦いは起こらないだろうという予感があった。
「聞イテモ良イカシラア?」
「ナンダ」
「中ニ居タ連中ハ?」
「全員死ンダゾ、毒ノ吹キ出ス人形カ何カデナ」
「死ンダ…?アラ、ソウナノ」
「呪イ人ヲ恩人ダナンテ言ウ愚カナ連中ダケド、言ワレタママニ動クノハ便利ダッタンダケドネエ」
「マァ、毒デ死ンダナラ良カッタジャナイ…貴女ノソレデ切ラレルヨリハ…ネ、ウフフフ」
「ソレニ毒ノデル人形ネ…成ル程」
「此方モ聞キタイ」
「ウフフ、何カシラア?」
「オ前モ不死人ナラバコノ世界ノ者デハ無イナ」
「全ク無縁ノコノ世界ニ来タ理由ヲ知ッテイルカ」
「サァネ、確カニオカシナ話ダケド理由ナンテ知ラナイワァ、興味モ無イ」
「ダッテ此方ノ世界ノ方ガヤリヤスイ、デショウ?」
「ソウカ…ソウダナ」
「ソンナ事ヨリモ…今ハ貴女達ノ方ニ興味ガアルワ、何ダカオ互イ気ガ合イソウダモノォ、アハハ」
「私ハネ、肉ヲ解体スルノガ好キナノ」
「獲物ノ悲鳴、血ノ滴ル生肉、好キナダケ切リ刻ンデ楽シミナガラ味ワウノ」
「貴女達ハドウ?私ト同ジ?」
「オ前ノ目ニソウ見エタノナラソウダロウ」
「……アァ…」
「ウフフフフ、ヤッパリ、ウフフ」
「改メテ、私ハイザベラ、貴女達ノ名前ヲ教エテ?」
「ミルドレット」
「…マリダ……」
「ウフフ、私達仲良クデキソウネェ」
この異郷の世界でまたも寄る辺無き不死人同士の奇妙な関係が形成される。ミルドレットとマリダ、そこに加えられる新たな狂女イザベラ、三人の不死人が此処に集った。
「気ノ合ウ同郷ト出会エタンダシ、チョット付キ合ワナイ?山ノ反対ニ住厶山賊ハモウ居ナイケド」
「ソノ代ワリニ楽シソウナ獲物ヲ見ツケタノヨ」
イザベラがソウルの内から何かを手に持ち取り出す、変色した人の形を模した陶器。段々と薄い煙を放出し始めたそれは洞窟内で山賊達を全滅させた物と同じ物だった。
「コレデ私ニ対抗スルツモリダッタミタイネ、連中ノ住処ニ行ッタラ仲良クコレデ全滅シテタワ」
「コレヲ作ッテ連中ニ渡シタ奴ガイル、此処ヨリ山ノ反対側、連中ノ住処ノ下、麓ノ森ニ住ム呪イ師ヨ」
「キット楽シイ狩リニナルワァ、ゴ一緒ニドウ?」
「良イダロウ、付イテイク」
「…ウム…」
「決マリネ…ウフフ」
「アァ、ソウダ、忘レテタ」
「死ンダナラ洞窟ノ連中ヲ刻マナキャネェ」
「アノ年寄リト病人ヲカ?大シタ糧ニモナラナイゾ」
「ソウネェ、デモ死ンダナラ刻マナキャ、切リ分ケテ、焼イテ、ソシテ埋メルノ」
「?」
「今ハモウ違ウケド、ズットソウシテキタンダカラァ…死ンダラ皆ソウシナキャネェ、ウフフフ」
「ソウカ…好キニシロ、時間ナラアル」
イザベラの言葉の意味がミルドレットには解らなかったが、追求してまで理解する必要は無いと感じていた、イザベラの行う奇妙な埋葬の後、異郷の地で不死人の狂女達は共に行動を開始した。
それから数時間
イザベラの言う呪い師の元に辿り着く頃には既に太陽が沈みきった夜だった、麓の森は闇に包まれ虫の鳴き声だけが静かに響いてる世界、だがその場所だけは木々に遮られず月明かりで青白く浮かび上がる。
「アハハ、此処ヨォ」
「……」
少しだけ開けた場所に立てられた汚れた丸太小屋、ドアの無い剥き出しの室内の奥には得体の知れぬ何かが天井から吊り下がっている。
そしてその小屋の周りを取り囲む木々の枝々には、血の滴る死して間もない者、干乾びて干し肉の様になった者、蝿の湧く腐乱した者、肉を全て烏に啄まれ骨格そのものとなった者、夥しい数の人間の死体が木に飾り付ける様に吊るされていた。
尋常では無い死臭、小屋の薄暗闇の中から一人の男が現れた時、その死臭が更に強まった気がした。
「イザベラよ、新しい獲物はそれか?」
「ウフフ、ソウ見エル?」
その呪い師はローブと前掛け布を付けた屈強な男、そのローブも前掛けも黒ずんで変色している、それがこびり付き乾いた人血でそうなっているのだとすぐに解った。
その手には薄く鋭利な鉈が鮮血を滴らせている。
「イザベラ、死体がまだ足りない、この森を我が魔導の儀式場へとするにはまだ贄が必要だ」
「山の山賊共に取り入ったのだろう?それ一人ではまるで足りない、もっと大勢連れてくるんだ」
「ソノ話ナンダケドネェ…ウフフ、死体ハタクサンアッタケド全部燃ヤシテ埋メチャッタワァ」
「なんだと?」
「貴方ト組ムヨリ面白ソウナ相手ヲ見ツケタノ」
「ふむ…その女がか?」
「アハハ!残念ナ振リナンテシチャッテ!連中ニオ得意ノ道具ヲ与エテ私ヲ始末スルツモリダッタクセニ」
「生憎ダケド貴方ノ想像ヨリ連中ハ馬鹿ダッタワァ」
「成る程、そうか…」
「私ガ貴方モイズレ殺スツモリト気付イテ先ニ手ヲ打ッタ様ダケド、見テノ通リ私ハマダ死ンデナイ」
「ウフフ、協力者ダッテ出来タノヨォ」
「私は一人、そちらは二人、己等が有利だと?」
「本当にそう思うか、イザベラ」
呪い師の男が懐から短い筒の笛を取り出して素早く鳴らす、すると森の中から続々と殺気立った生命の気配がこの場へと集まって来る。
「…コレハ……」
「アハハ、素敵ナ軍隊ネェ」
「不吉な協力者の裏切りに備える時間は幾らでもあった、死肉を使って森中の野犬共を従えたのだ」
「「ヴヴヴ…!」」
呪い師の笛の音で集まったのは飢えを死肉で満たし、人を食らう事を覚えた獰猛な野犬の群れだった、木々の間から唸りを上げて睨み付ける影が十数匹。
「人食い女とて己の肉を食われる経験はあるまい」
「アハハ、サァドウデショウ?」
「さらばだ、イザベラ」
呪い師が腕を振り下ろして合図を送れば野犬の群れは影の指す木々の間から飛び出してイザベラとマリダに殺到する、戦闘の始まりに二人も武器を取り出した。
「ウフフ、犬ノ肉ナンテ好ミジャナイワァ」
「……!」
四方から駆け寄ってける野犬の群れを切り捨てるイザベラとマリダ、イザベラの振るう肉断ち包丁はもう一振りと比べれば薄く軽量、だが一撃の元に野犬を素早く両断していく。
マリダの振るう重量武器のグレートアクスは荒々しく野犬の肉体を粉砕し、吹き飛ばした亡骸は別の野犬を後退させる。
最初に飛び掛かった数匹はそうして絶命する、だが多角的に迫る血に狂った犬達の牙も遂に二人の体に届き始めた。
「アハハッ…!」
「……ッ」
ほぼ剥き出しの太腿にまず唾液濡れの牙が食い込んだ、吹き出す血に興奮した野犬は脚部に噛み付いた仲間を踏み台にして更に上体へと牙を突き立てる。
腕、脇腹、そして遂に首元、一瞬できた隙に群がってあっという間にマリダとイザベラを包み込む様に食い付いた。
「ふん、これで終わりだ、たった二人で何が…」
呪い師がつまらなそうに呟く、男の中では既に勝敗は決していた、後は貪られた惨めな死体を森を飾り付ける材料に加えるだけ。
「ウフフ、二人?…ソウ思ウ?」
「ん?」
全身に群がられて夥しい血を流すも未だ押し倒さんとする野犬達の力に抗い立ち続けるマリダとイザベラに呪い師が疑問を感じたその時。
「今ダナ」
「なっ…!」
木々の暗がりから隠れ潜んでいたミルドレットが飛び出して呪い師目掛けて駆け抜ける。
獲物に群がり反応が遅れた野犬、全身を喰らいつかれて押し留められたマリダとイザベラ、そこから少し離れた場所にいる呪い師、それを狙うミルドレット。
「新手か、下らんぞ」
ミルドレットが駆け寄るより呪い師の攻撃が速かった、手にした鋭利な鉈が不気味な緑光を放ち独りでにふわりと手から離れて浮遊する、そうしたと思えば不自然な加速で回転しながら高速で飛来した。
「ウグッ」
肉断ち包丁の間合いの外から飛んでくる鉈がミルドレットの胸部の中央にその刃を根本まで食い込ませる、飛び散る鮮血、だがミルドレットは後退する体を力技で押し留めた。
「コノ程度」
「なんだとっ 貴様」
間違いなく即死の傷を受けて倒れないミルドレットに呪い師が驚愕するも一瞬、今度は意趣返しの如くミルドレットが肉断ち包丁を投擲した。
「なぁ…!」
呪い師の浮遊する鉈よりも遥かに大きく重く鋭い肉断ち包丁が呪い師の胸部の中央に命中し、その肉体を鳩尾から頭頂にかけて真っ二つに両断した。
飛び散る鮮血、呪い師はミルドレットの様に倒れて行くその肉体を押し留める事は無かった。
「ガウウ!」
「フン、犬カ…」
飼い主の死を理解しているのかどうか、未だ獰猛な野犬が数匹飛び掛かる、ミルドレットの体に牙を食い付かせ流血が流れるがミルドレットにはまるで堪えない。
「随分ト貧弱ダ」
ミルドレットが少し力を込めて払いのければその拘束は解除される、振り解かれた野犬が再度唸りを上げるが、その時には肉断ち包丁を拾い上げたミルドレットが攻撃を始めていた。
やはり一撃で肉塊へと変わる野犬、かつての世界に居た多くの不死人を食い殺しソウルで強化された猛犬とは肉体の強度が比べようも無く低かった。
牙に猛毒も無く、火炎の吐息も吐かず、鎧の上からでも痛手を追わせる咬合力も無いただの犬は相手にならない。
「ソッチモ終ワッタカ」
「…アァ…」
「ウフフ、ヤッパリ犬ヨリモ人ノ方ガ良イ」
見ればそれはマリダとイザベラも同じ、数の力で傷を追わせて押し留めてもそれは最初だけ、不死人の頑強さは時に巨人や竜の一撃を受けても生き延びる。
あれだけいた野犬は殆どが地面の染みとなっていた。
「警戒シテ身ヲ隠ス必要モ無カッタナ、ダガオ前ノクレタコノ白枝ハ確カニ便利ダ」
「ウフフ、貴方ノイタ時代ジャ珍ラシカッタア?」
「サァテ、共ニ血ヲ流シ親睦モ深メラレタワネェ、コレカラドウスルノ?死体ヲ巡ッテ殺シ合イ?ソレトモ仲良ク手ヲ組ンダリ?」
「答エハモウ解ッテイルンジャナイカ」
「ウフフフ、マァネ」
イザベラの張り付いた笑みはより深まり、だがその腕が獲物の肉断ち包丁を振り上げることは無かった、それはミルドレット達もまた同じ。
三人を包む夜の闇は増し、森の静寂は続いていた。