異郷を渡る人食いの狂女   作:ポジョンボ

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下水道の怪人ミルドレット

 

 

 

 

ソノ話ヲ聞イタ時、ソノ場所ガ向カウベキ到達点ナノダトイウ予感ガアッタ コノ故知ラヌ異郷ノ地ヲ巡リ、暫ク経ツガソノ道筋ハ全テアノ場所ヘト向カウ道程ダッタノダ

 

 

今ニシテ思エバ初メカラ気付イテイタノカモシレナイ

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都下水道─

 

 

古い石壁の通路が続く、間隔を開けて取り付けられた壁掛け松明の光でかろうじてまだ薄暗いという表現で済んでいた。

 

 

通路の真ん中は溝となりそこを下水が走る、そうでない両脇の通路には苔が生え、ネズミや虫が這い回り、不快な滑りを帯びる。

 

辺りには湯気の様に臭気が立ち昇り、天井から雨漏りの様に水滴が落ちてくる。

 

もはや誰も立ち入らぬこの場所、かつていた設計者達でさえここの全容を把握はしていないだろう。

 

 

 

 

そんな場所を跳ねる水の音を鳴らしながら疾走する影があった、地下通路にしては横にも縦にも広いそこを脇目も振らずただ走る。

 

 

それは一人の女性、その身を包むボロ布はもはや雑巾にもならぬ程に破けほつれている。顔を覆面のように巻いたボロ布で隠した女性だ。

 

右手で肩に担がれているのは巨大な戦斧、斧というよりも取っ手と刃の付いた鉄塊という表現が似合うぐらい厳つく重々しい。

 

 

「……………ッッ」

 

 

その女性は逃げていた、彼女が走るほどに、同じように水の跳ねる音が背後から鳴り響いている。それも複数、不規則で奇妙な足音が殺到する。

 

 

この女性は決して弱者では無かった、かつての世界では常人の枠から抜きん出て、蔓延る有象無象を餌とする強者の一人。

 

 

その異名と合わせて【肉断ちのマリダ】と呼ばれていた存在。

 

 

そのマリダが今、背後より迫る何かにから逃げている。勿論、魑魅魍魎が所構わず徘徊するあの世界において逃走を選択する状況は有り触れている。

 

 

入り組んだ迷宮の様な通路を右へ左へと駆け抜けて、見えてきたのは左右に道のあるT字の通路。

 

 

何方か選ぶ一瞬の思考が足を止める、その瞬間。

 

 

「………!?……ァ!」

 

 

視覚外の頭上より何かが落下する影が見えた、それはマリダに覆いかぶさる。

 

それと同時に聞こえる風切り音、そして飛び散る鮮血。

 

左右の別れた通路からも何かの影が這い出てくる、マリダは自分の敗北と死を理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃村──

 

 

共謀し先客たる屍術師を排除して廃村を奪い取ったミルドレットと屍術師。今は半壊した協会を新たな屋としている。

 

 

屍術師の兵たるあの動く骸骨は依頼者だった屍術師へ所有が置き換わり、この廃村を訪れた不幸な旅人は変わらずその消息をそこで断つ事となる。

 

 

あれから暫く時が経ち、今この地は死を冒涜せし屍術師の男と、魂を食らう呪い人の女、二人の怪人が支配する狩り場となっていた。

 

 

「そろそろ迷い込む小鼠を狩るのにも飽きた頃じゃないか、私の話を思い出しているのだろう、君」

 

 

「オ前ノ言ッテイタ王都ノ下水道カ」

 

 

朽ちた協会の中で二人の怪人が向かい合い話す、その内容は屍術師が語る王都の下水道に潜むという存在について。

 

 

「実はあの時語った事には語弊がある、歓迎されるか、襲撃されるか、まず間違いなく彼は襲い来るだろう」

 

「彼の元を離れてから数年、あの時既に暴走しかけていた彼の狂気が収まったとは思えない」

 

 

「ソイツハナンダ、オ前ト同ジ魔術師ナノカ」

 

 

「元は…な、私と同じく死と生の探求、その果てを目指していた、そして…」

 

「私とは別の答えを求めた彼は、その答えに取り憑かれていった……そう“蜘蛛”にな」

 

 

「蜘蛛ダト、ソレガ死ノ超克ト何ノ関係ガアル」

 

 

「さぁな、ただ彼のその答えはある意味一定の成果を出した…故に彼は今もソレに囚われている」

 

「……私が君にそのことを話すのはね、かつて彼に指輪を渡されたからじゃない」

 

 

「君に彼を殺して欲しいんだ、もし今正気を失った彼が先の無い研究をあの場所で続けているのなら…」

 

「それは哀れな堕落だよ、探求者としての彼はきっともう死んでいるんだ…ならば友として終わらせてやりたい」

 

「私が駒を率いて踏み込んでも恐らく難しいだろう、だが君なら不可能ではないハズだ」

 

 

「オ前達ノ事情ニナド興味ハ無イ」

 

 

「私達に興味が無くとも危険と未知への好奇心はある筈だ、お互い真っ当な世界には居られない者同士、それは解るんだよ」

 

 

「……………………」

 

 

「…確カニ、狩リ場ヲ移スニハ頃合イダ」

 

 

「ではコレを授けよう、彼への対策となるだろう」

 

 

屍術師の男が手渡したのは淡桃色に発行する液体の入った水瓶状の硝子瓶。ミルドレットはその光を何処かで見た気がした。

 

 

「別ニ急グ必要モ無イガ、コノ場所ニ未練モ無イナ」

 

 

「あぁ、さらばだ 君 また会う事を願うよ」

 

 

 

二人の怪人は呆気ないほどにその道を別とする、元より人外の括りである彼等に相手への友愛や信頼など無いに等しい。

 

少なくともミルドレットには。行動を共にしていたのも全ては気まぐれに過ぎぬ事。何の交流も無く殺し合いになる可能性も多分にあった。

 

予め話していたかのような気軽さと迷いの無さでその場を離れる。

 

日の差す晴天の真昼、ミルドレットは廃村を後にして旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、王都下層区域─

 

 

 

数日かけて野山を超え王都へと渡ったミルドレットがそこにいた。

 

城壁に囲まれ、市街地の正門は兵士によって見張られる王都、しかしその壁の中に侵入するのは容易だった。

 

 

城壁の裏側には森林が面しており、そこから密かに市民区へと続く扉がある。

 

鉄格子の様なその扉は古く錆び付き、杜撰にも忘れ去られたその場所に警備は全く無い。

 

 

それも仕方が無い、その扉が続くのは市民区と言っても下層区域に続いている。下水道の付近に家を持たぬ落伍者達が寝床としている。

 

城の貴族、街の市民、農業区の農民よりも下。最下層の民達に残された唯一の場所だ。

 

夜の闇に紛れれば隠密の心得がないミルドレットも、活気とは無縁のその場所に潜り込むのは容易い。

 

 

 

 

「捨テラレタ下層ニ、下水道カ…」

 

 

 

汚れた水路のそばに木板や麻布を引いた寝床が並び、そこに病人のように寝転ぶだけの無気力な者達。

 

かつていた世界の事を思い出す、奇しくも自分が住処としていた場所と似た様な場所であった。

 

 

寒々としたその場所を歩いていく、水路に沿っていけばいずれ下水道の入り口へと辿り着くだろう。

 

 

 

「ま、待ちなさい…」

 

 

不意にしわがれた静止の声が掛かる、見ればみすぼらしい、とは言ってもミルドレットよりはまだマシなボロ服の老人が話しかけていた。

 

 

「その姿、ここにいる理由…君にも事情があるのであろう、そのことを詮索はしない…」

 

「だが下水道の中に立ち入るつもりなら止めなさい、皆、消えていったんだ…ここに今いる者達しかもういない」

 

「その原因は下水道だ…あの中に、何か…何かがいるんだ…!」

 

 

 

ただ黙ってミルドレットは見つめていた、その目は珍しい物を見た時の色が宿っていた。

 

かの地にて親切や善意などは殊更に希少で、お目にかかるのが酷く難しい概念であった。

 

目の前の老人は利益のない善意からの忠告をしにわざわざ姿を表した。ミルドレットの服装とは到底呼べぬ様相や、右手に持った肉断ち包丁が見えぬハズは無いというのに。

 

 

「他人ヲ気遣ウ余裕ガアルヨウニハ見エナイガ」

 

「トニカクオ前、ソウ思ウナラ…オ前コソ離レテイルンダナ」

 

「ナニ、マダ悪イヨウニナルト決マッタ訳ジャナイ」

 

 

 

それだけ言うと引き止める言葉も聞かず、ミルドレットは先へと進む。だがその言葉に蔑みや無下にする様な響きはない。

 

善意を向けられて悪意で返すほどミルドレットの人間性は擦り減っていない。嘗ての場所と、そしてこの地でも数多の人を手に掛ける非道を重ねた結果、ミルドレットの人間性は潤っている。

 

言葉にすれば酷く矛盾する様だがとにかく、非力で先の見えない弱者には手を出さず見逃す様な人間らしさがミルドレットにも残っていた。

 

 

 

流れる水路の先に見えたまるで洞窟の様な下水道の入り口、アーチ状に組まれま石の半円形の入口だ。

 

 

ミルドレットにだけ、そこに掛かる白い濃霧が見えていた。

 

手をかざし、白い濃霧の壁を通り抜けるように進めば、下水道の内部へと入り込み、その背後で白い濃霧が大気に溶け込んで消えた。

 

 

 

 

 

王都下水道─

 

 

そこはミルドレットの脳裏に浮かんだ風景と全く持って合い違わないものだった。

 

 

古く汚れの染み付いた石の壁に床、そこを這うネズミと虫、通路を左右に分断するように彫られた溝、そこを走る汚水。

 

 

辺りには湯気の如く臭気が立ち昇り、天井から水滴が滴る、間隔を開けて壁に配置されたトーチが辺りを照らすもなお薄暗い。

 

 

「マサニ想像通リ」

 

 

汚水と汚れに塗れた地面を裸足で躊躇なく歩いていく。

 

故郷と表現してもいいあの不死街の最下層を思い出すミルドレット、最も例によってその場所と比べればここは比較にならぬほど安全で、ミルドレットにすれば安心できる場所だ。

 

 

だがそれも入り口が見えなくなり、幾度の曲がり角を経て下水道の奥へと近づくまでの事。

 

 

「コレハ…」

 

 

見えてきたその通路には下水道に本来ある筈の無い物が蔓延る。

 

白く粘性のある細い紐が数え切れぬ本数で絡み合ったかの様な物。それが下水道の床や地面や天井にへばりついて覆っていた。

 

 

ミルドレットはすぐにそれの正体に気が付く。

 

 

 

「蜘蛛ノ糸ダナ」

 

 

蜘蛛が巣作りに吐き出す糸、住処と同時に罠の役目も果たすその物質。廃村で聞いた話の他に、ミルドレットにはその蜘蛛の糸が辺りを覆う光景に覚えがあった。

 

 

「ココカラ先ガ巣トイウワケカ」

 

「デハ蜘蛛ニ取リ憑カレタ男ノ話ハ事実ナノカ」

 

 

 

奥へと伸びる通路を進み、やがては横合いから別の通路へと出られる、今歩く通路に比べてその通路の天井は高かった。

 

低い天井の通路からその通路へと移るミルドレット、足を踏み出したその際に右腕の肉断ち包丁を高く振り上げた。

 

 

「コレモソノ男ノ入レ知恵カ?」

 

 

通路から通路を移してすぐの天井から何かの影が落下するのと、その真下にいたミルドレットが振り上げた肉断ち包丁がその影を両断したのはほぼ同時だった。

 

血ではない、色の薄い粘液のような液体が頭上から撒き散らされる。ゴロンと音を鳴らして分かれて落下したのは、人と同等の体躯を誇る巨大な大蜘蛛。

 

 

天井に張り付いてそこを通る獲物を待ち構えていたのだ。

 

 

天井の高低差で姿を隠した奇襲、ミルドレットがそれに対応できたのは似通った狩りをする怪物を知っていたから。

 

 

ミルドレットが元いた下水道には人肉を取り込んで喰らう、融けた腐肉の怪物が生息していた。ソレはこの大蜘蛛の様に天井に張り付き、落下ともに纏わりつき獲物を捕食する。

 

 

時にはソレをミルドレットは己の狩りに利用することもあった、当然、誰彼問わず喰らわんとするその腐肉に襲われる事もある。

 

 

「思イタレバ対処ハ容易イ、最モ…」

 

 

脅威を退けたのも束の間、ハッキリと感じ取れるほどの殺意と足音の群れがその場に向かって殺到する。

 

姿を現したのは想像した通り、仲間の死の匂いを敏感に感じ取って駆けつけた大蜘蛛の群れ。

 

仲間意識など皆無、仲間の死骸も、それをもたらした敵も、等しく餌としか映っていない。

 

 

「ココカラ先ハドウナルカ…」

 

 

目の前に集結した敵影、通路の左に数体、右にも更に数体、合わせれば十を超える。後ろの通路に下がろうとも、狭いその通路では肉断ち包丁を振り回すことは出来ない。

 

 

大蜘蛛の開いた捕食口から唾液の様に毒液が滴り、床に落ちればその毒性を誇示するかのように煙を上げる。

 

 

大蜘蛛が飛び掛かり、ミルドレットもまた獲物を振り上げて迎え撃った。

 

 

 

ただ愚直に飛び掛かった一匹目を肉断ち包丁の振り下ろしで縦に両断する。

 

その横を通り抜けてくる二匹目を蹴り飛ばして怯ませ、その隙に仕留める。

 

反対側から来た3匹目には取り出した竜尾の槍を左手で突き出して刺殺する。

 

 

しかしミルドレットの攻勢はここで途絶えた。

 

 

不意に飛来した白の何かが視界を覆い尽くす、咄嗟に右腕で防げばそれは網を広げる様に展開されて全身に纏わりつく。

 

強い粘性を持つそれが床とミルドレットを結び付けて離さない、大蜘蛛の一匹が放った蜘蛛糸の網だった。

 

 

「グッ…!」

 

 

更に二度、他の大蜘蛛からも糸が放たれる。藻掻くほどに足や腕に絡みつき、胴体と腕、足と足同士を糸が結び付けて行動を阻止する。

 

左右から二匹が向かっていく、両手に持ったそれぞれの獲物で何とか斬り伏せる。これで残りは半数といったところ。

 

 

「グウッ」

 

 

しかしそれが限界、次々と群がる大蜘蛛の牙が遂に突き立てられる。太腿や脇腹、体を這い上った大蜘蛛は首筋に、食い込んだ牙の毒が肉を溶かして激痛を与える。

 

そしてミルドレットは己の全身から力が抜けていくのを感じた、体内の血を吸い取られていると共に、脳を麻痺させる毒でも打ち込まれているのか。

 

 

「…コノママデハ……」

 

 

やがて意識が薄れ始める、肉体が死する予兆だ。

 

 

本来、ミルドレットに限らず呪われた不死人の肉体は人外の膂力と生命力を誇る、しかしその動き自体は人間のそれを大きく逸脱することはない。

 

故に戦闘において複数の敵に対処する方法こそあれど、多対一を得意とする不死人は存在しない。

 

 

「ナラ…コレヲ…」

 

 

消えかかった意識の中で、半ば本能的にソウルから取り出した物を投げ砕いた。

 

 

それは屍術師の男から渡された薄桃色の液体瓶だ、硝子の容器が砕けて中の液体は撒き散らされると同時に色の付いた煙

となって漂う。

 

 

すると不思議にもさっきまで牙を突き立てていた大蜘蛛の動きが止まる、煙を浴びた大蜘蛛から殺意が消え去った。

 

ミルドレットが力を振り絞り、纏わりつく大蜘蛛達を振り解く。地面へと投げ捨てられても大蜘蛛達はまだ動かない。

 

 

「…馴レ合イモ時ニハ役立ツモノダ」

 

 

ミルドレットは渡されたその瓶の詳細は知らずとも、敵の注意を引くものだと当たりを付けていた。

 

 

「コノ色、思イ出シタ」

 

 

その淡い薄桃色の発光はかつて見た魅力の呪術にとても似ていた、かの世界で一度共闘を演じたとある同胞、そしてその同胞が師と呼んでいた古い呪術師が使っているのを見た事がある。

 

 

そしてそのような道具や術の効果は長くはない時間の間だけだと共通している。取り出した硝子瓶を口にする、その中の温かい炎のような液体を飲めば追った傷も消耗も消え去った。

 

 

「未知ノ敵ヲ少シ、侮ッタカ」

 

 

大蜘蛛の群れは動きを再開することなく全て、体液を撒き散らして解体されていった。

 

 

「最奥トハ…コノ先カ…?」

 

 

符丁と呼ばれた指輪を取り出して見れば、刻印された秘文字が光を発する。指の一つに嵌め込めばその指輪から一瞬だけ、一筋の青白い光が伸びる。

 

此度の探索の終わりが近いことを感じながら、ミルドレットはその薄暗い通路の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

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