秘書艦は羽黒さん   作:甚四郎

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『鎮守府追放命令』

 

 

 提督と羽黒は執務室のソファーに並んで座ったまま、のんびりとお昼の食休みをしていた。

 お互いに無言で、けれどそれは不快にならず、むしろ安心する。提督も、羽黒も、ふたりで過ごす穏やかな時間を、とても大切に思っていた。

 いかにも冷たそうな海風が、窓をがたがたと揺らしている。そんな音でさえ、ふたりで聞いていると不思議と風流なものに感じられてくる。

 自然と、提督の口元が緩む。

 暖房の効いた室内は快適で、羽黒が淹れたお茶は美味しく、風の音も心地良い。そして何より、すぐ隣に羽黒が居る。

 自分は幸せだなと、提督は静かに実感していた。

 

 ふと気付くと、羽黒も提督のその表情を見ながら、目を細めていた。

 言葉は交わさず、微笑みで通じ合う。

 提督はゆっくりとお茶を飲み、呟くように言った。

 

「僕らはこんな感じだから、曙に老夫婦みたいって言われるのかな」

「言われたんですか?」

「言われたんですよ」

 

 羽黒は、ふぁ、と感心したような驚いたような吐息を漏らし、手元に視線を落とした。自分の左手の薬指にある指輪を見つめる。

 

「私は……仲のいい老夫婦って、憧れます」

 

 顔を上げ、羽黒は照れくさそうに笑う。

 

「僕らも、そういう風になれたらいいね」

「はい」

 

 真っ直ぐな返事で答え、羽黒は涙を堪えているような不自然な笑顔になる。

 しかしその笑みが、羽黒が心から喜んでいる時の表情なのだと、提督は良く知っていた。

 そんな不器用さが、純朴さが、どうしようもなく愛おしい。

 

「んだらば、こたつでみかんでも食べるべ」

「えっと……それが司令官さんの老夫婦イメージなんですか?」

「駄目かな?」

「いえ、あの、駄目というか……普通に冬の日常のような」

 

 そうか、と提督は腕を組む。

 

「なら、定年後にふたりで旅行するような感じで……」

 

 言いかけて、気付く。

 普通に考えれば、それもある意味で日常だ。ただ、自分達にとっては縁遠いもの、というだけ。

 

 提督と羽黒は、まだ一緒に旅行をしたことが無い。新婚旅行にすら行けていなかった。

 ケッコン後にリランカ島に向かう任務を新婚旅行と呼ぶこともあるが、結局のところそれは出撃でしかない。東部オリョール海に出撃した58が、こんなのクルージングじゃないでち、と愚痴るのと同じこと。

 

 そもそも提督と艦娘達が相手にしているのは、規模も目的も本拠地も、何もかもが分からない深海棲艦だ。そして向こうもこちらを敵だと認識している以上、いつこの鎮守府が攻め込まれてもおかしくない。

 そんな状況で、提督と秘書艦が鎮守府を離れる訳にはいかない、というのが提督と羽黒の結論だった。

 

 それでも他の艦娘達は、何も気にせずに新婚旅行に行くべきだ、と言ってくれていた。皆の優しさを嬉しく思いながらも、だからこそ提督は受け入れることが出来ない。

 難色を示す提督を見た艦娘達は、ありえない、沈め、唐変木、このクズ、酸素魚雷を食らわせる、万死に値する、クソ提督、等々バリエーション豊かな言葉の数々を投げ、金剛からは「ハネムーンに行くかヴァルハラに旅立つか選ぶといいデス」とまで言われたものの、結局考えが変わることは無かった。

 

 もちろん悔いはあったけれど、その楽しみは海が平和になるまで取っておこう、と決めていた。

 

 そんな経緯があり、旅行の話題は提督と羽黒にとって、ちょっと微妙な空気を生み出すものになってしまっている。

 

 本当はそこまで気にすることでは無いと分かっていながら、申し訳ないという気持ちがあるせいか、意識しすぎて無表情になる提督。羽黒はそっと上体を乗り出して提督の顔をまじまじと見つめ、静かに微笑んだ。

 

「楽しみに……しています、ね」

 

 何の迷いも不安も無く、羽黒が囁く。いつか掴み取れると信じている未来の約束。

 

 身体を寄せている羽黒に向けて、提督が顔を傾けた。その意図を察した羽黒が、目を閉じる。羽黒の肩に手を添えて、引き寄せようとしたところで、ノックの音が執務室に響いた。

 

「あ、はい」

 

 提督が返事をすると同時に羽黒は身体を離し、湯飲みを手にして、私はただお茶を飲んでいただけですよ、という演出をする。ほのかに染まった耳だけが、さっきの名残を残していた。

 

 軋んだ音を立ててドアが少しだけ開かれる。

 その向こうに誰が居るのかは見えないまま、ひらり、と1枚の洋形封筒が投げ込まれた。素早くドアが閉められ、足音が小走りに遠ざかってゆく。

 

 首を傾げながらソファーを立った羽黒が手紙を拾い、封筒の裏を見て何とも言えない微妙な表情になった。

 

「羽黒……?」

 

 羽黒は何も答えず、無言で提督に封筒を手渡す。

 表には「司令官へ」とあり、裏には「怪盗二十四面相より」と書かれていた。提督も何とも言えない微妙な表情になる。

 

 突っ込みを後回しにして、提督が封筒を開く。

 

『ヒトロクマルマル 司令官の大切なものを頂くのです。震えて待つのです』

 

 妙に丸いキリンがデザインされた可愛らしい便箋に、その一文だけがあった。提督はゆっくりとまばたきを繰り返し、心配そうにしている羽黒に手紙を差し出した。

 

「えっと……犯行予告、ですね」

「やっぱり僕の見間違いじゃないんだね」

 

 そのようですね、と羽黒が苦笑いする。

 

「16時ってことは……あと3時間くらいか。この時間に意味があるのかな?」

 

 提督の疑問に、羽黒が、あ、と口を開く。

 

「あの、そういえば今朝なんですけど……暁さんに司令官さんの今日の予定を訊かれました」

「それで午後の4時くらいなら空いてそう、みたいに答えたわけだ」

「はい」

「じゃあ、やっぱり第六駆逐隊がみんなで企んでるっぽいね」

 

 手紙に書かれている文字は、確かに電のものだと思われた。電は真面目な子ではあるけれど、第六駆逐隊の4人は揃うと割と愉快なことになったりするので、こんな予告状を作っても不思議じゃない。

 

「怪盗に狙われてるのかー、鎮守府の一大事だねぇ」

「そ、そうですね」

「とりあえずトラップでも仕掛けておこうか?」

「え……それは……さすがに……」

 

 羽黒はおろおろと手を泳がせる。

 

「ドアの上に黒板消しを仕掛けるとか、どうだろう」

「司令官さん……発想が昭和ですね」

「駄目かな?」

「やめた方がいいと思います……」

「でも、予告状を出してきたってことは、それなりに準備されるのが前提だったりするんじゃない?」

「そ、そういうものなんですか?」

「う……うん」

 

 提督は適当に言っただけだったものの、羽黒の瞳はとても真剣で、罪悪感がちくりとした。

 

「あの……あまりやりすぎないようにして下さい、ね?」

 

 電達のことを気遣いながらも、羽黒は言い包められてしまう。そんな羽黒の愚直さが、提督は少し心配になる。

 

「も、もちろん、気を付けるよ……」

 

 手を祈るような形に組んだ羽黒が、安堵して頷いた。

 

「ところで……司令官さんの大切なものって、何でしょう?」

 

 羽黒の問い掛けに、提督は思わず羽黒をじっと見つめる。

 その意味に気付いた羽黒は、頬を真っ赤にしながら視線から逃げるように俯いた。

 

「もしかして羽黒を攫おうとしてるのかな……」

「ど、どうなんでしょう」

「念の為に対策しておこうか」

「はい?」

 

 羽黒が顔を上げると、提督は執務机の方へと向かい、引出しをごそごそと探る。中から目当ての物を見付けた提督が、それを持って羽黒の前に戻って来た。

 

 手錠、だった。

 

「え、えっと、あの、司令官……さん?」

「これで僕達の手を繋げば安心だね」

 

 手錠の鎖をしゃらしゃらと鳴らして、提督が満面の笑みを浮かべる。

 その手錠には腕に当たる部分にふわふわのクッションが付いていて――要するに、どう見てもそういうプレイ用の代物だった。

 

「どうして……こっ、こんなものを持っているのですか?」

「うん。こんなこともあろうかと」

「あの、それはさすがに嘘……ですよね?」

 

 提督は意味深に笑いながら、自分と羽黒の手首にかしゃりと手錠を嵌める。

 

「羽黒。ずっと一緒にいよう」

「そっ、その言葉自体はとても嬉しいのですけど……状況がアレすぎます。あんまりです」

 

 やたら凛々しい顔の提督の愛の囁きは、羽黒の心に響かなかったらしい。

 

「えー、羽黒さん拘束されるの好きだよね?」

「いえ、あの……そんな、こと、は」

 

 はっきりと否定しきれないあたり羽黒は正直だなと、提督は内心思う。

 

「で、でもっ、『大切なもの』と書いてありますし、やっぱり手に持てるような品物ではないでしょうか……」

 

 明らかに話題を変えようとしている羽黒が、早口に主張した。

 

「んー、じゃあ、預金通帳とか?」

「急に現実的になりましたね……」

「あるいは、羽黒のぱんつとか?」

「急に生々しくなりましたね……」

 

 ふたりであれこれと言い合い、じっくりと考えもみても結局は

 

「羽黒より大切なものが思い付かない」

 

 と、提督の結論ははっきりしていた。

 羽黒は嬉しくて、恥ずかしくて、そんな提督を直視出来ない。けれど目を逸らした先には手錠があり、複雑な気持ちになる。

 自分は一体何をしているのだろうと思い、それでも手錠で繋がっている状況にすら徐々に慣れてきて、何だか妙に可笑しくなってしまう。

 

「羽黒、笑ってくれたね」

 

 無意識に微笑んでいたことを指摘されて、羽黒は脱力したような息を吐く。

 

「司令官さんは、その……ずるいです」

「そうかな?」

 

 そうですよ、と小さく呟いて、羽黒は提督の胸に額を押し付けた。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 時刻はヒトロクマルマル。

 執務室の扉がノックされた。

 

「はい。どちらさま?」

 

 提督がドアの向こうに返事をすると、何やら微かに第六駆逐隊の会話が聞こえてきた。

 

(や、やっぱりこれを言うのは恥ずかしいのです)

(頑張って! 電ならできるわっ!)

(大丈夫よ。わたしたちが付いてるから)

(仕方ないじゃないか。じゃんけんで負けたわけだし)

 

 本人達は小声で話しているつもりなのだろうけれど、提督と羽黒に丸聞こえだった。

 ふたりが顔を見合わせて微笑ましい気分で待っていると、どうやら覚悟を決めたらしい電の声が響く。

 

「かっ、怪盗二十四面相参上なのですっ! 司令官の大切なものを頂きに……」

 

 がちんっ、とドアが鳴る。

 

「あれ?」

 

 ドアノブをがちゃがちゃと動かし、開かないことに気付く。

 

「あ、あの、司令官。ドアに鍵が……」

「うん。なんかさっき犯行予告が送られてきてね。無用心だから鍵かけたんだ」

 

 ドア越しに話すと、電が絶句したのが伝わってきた。

 

(そ、想定外なのですっ)

(さすが司令官ね……)

(どっ、どうしよう)

(ハラショー)

 

 提督の隣に佇んでいる羽黒が、意地悪ですね、と小声で言う。

 

「電、こんな所で服を脱いじゃ駄目だー」

 

 突然、ドアの向こうで響が叫ぶ。割と棒読みだった。

 

(え、ちょっ……響ちゃん何を……)

(いいから話を合わせてっ)

 

「電と雷が全裸でランバダをー」

 

(えー、わたしもなのー?)

(これで司令官の心を鷲掴みできるよ)

(そうかなぁ……)

 

 黙って聞いていた提督が、小さくため息を漏らす。

 

「あれで僕が開けると思ってるんだろうか、あの子ら」

 

 羽黒は少しだけ考えるような素振りを見せ、

 

「あの、もしかしたら天の岩戸のつもりなのかもしれません」

「あー……なるほど」

 

 ちょっと納得してしまった提督の手を引いて、羽黒はドアの方へと向かう。

 

「そろそろ開けてあげましょう?」

「そうだね」

 

 かちりと鍵を開け、提督と羽黒は扉の横に移動した。

 

 丁度ドアノブに手をかけていたのか、勢いよく開くドアと一緒に暁が雪崩れ込むように執務室に入って来た。

 そこへ、ドアの上にセットされていた黒板消しが落下する。

 

「なんのっ!」

 

 ぱっしぃーん、と乾いた音を響かせて、暁は襲来した黒板消しを白刃取りで受け止めた。おぉー、と後ろの3人が拍手する。チョークの粉が薄く舞った。

 

「甘いわね、しれーか……」

 

 ドヤ顔の暁が提督の方へと向き直った瞬間、黒板消しに何か引っかかっているような感触に気付く。見ると黒板消しには上から長い紐が繋がっていて、その先には――

 

 ぼぁん、と軽快な音を立てて、たらいが暁の頭部を直撃した。黒板消しの更に上に配置されたたらいと紐で繋がれていた黒板消しを、暁が無意識に引いてしまった結果だった。

 

「にゃっ……!」

 

 ふらつく暁の足が、床に無造作に置いてあったバケツに、がぼんっ、と嵌まる。バランスを崩した暁は一回転しながら派手に転び、たらいがうわんうわんと床を回った。

 

「その……何て言うか、ごめん。まさかこんなに綺麗に引っかかるとは思ってなかった」

 

 提督は謝りながら羽黒と一緒に暁に駆け寄る。羽黒が素早く暁のスカートを整えた。

 暁は怪我こそしていないものの、かなり恥ずかしかったらしく、真っ赤な顔を手で隠して悶えていた。

 

「あ……暁がやられるなんてっ」

「でも暁は私たち四天王の中で最弱……」

「そんな設定あったのですかっ!?」

 

 響と雷と電は、割といつも通りのやりとりをしていた。

 

 羽黒は暁を慰めるように、服の埃をぱたぱた払い、髪を優しく撫でる。けれど暁は余程ショックだったのか、膝を抱えて執務室の隅で丸くなってしまった。

 涙目で提督をじっとり見つめる。

 

「いやあの、ほんとすみません」

 

 提督はひたすら平謝りだった。

 

「と、とにかくっ!」

 

 暁はそっとしておくことにしたのか、白いマントを纏った電が執務室に入って来る。そのマントは、よく見るとただのシーツだった。

 

「かっ、怪盗二十四面相参上なの……です」

 

 どんどん声が小さくなり、俯いてしまう電。恥ずかしいならやらなきゃいいのに、と提督は思いながらも声には出さない。

 廊下から顔だけ覗かせている響と雷が、小声でがんばれー、と応援する。

 電は大きく深呼吸をしてから、提督に人差し指を突き付けた。

 

「司令官の大切なものを頂きに来たのですっ!」

「あ、うん」

 

 提督は軽く返事をしながら、並んで立っている羽黒の腰を抱き寄せた。羽黒は何かを言いかけて、黙って顔を伏せた。

 そんなふたりを見た電の顔が赤くなる。

 

 大袈裟に咳払いをして気を取り直した電が、靴を、たん、と鳴らした。

 

「わ、わたしはっ、司令官のお仕事を貰い受けますっ!」

「え」

 

 提督と羽黒が同時に頓狂な声を漏らす。

 

「まさかのリストラ……?」

「びっくりですね」

 

 全く考えていなかった展開に、ふたり揃って感服したような息を吐く。

 

「そしてっ、司令官と羽黒さんを追放するのですっ!」

「えー」

 

 さすがに驚いたのか、羽黒が無意識に提督の服を掴んだ。

 

「あ、あの、司令官さんの収入が無くなっても、私がちゃんと養いますから……」

 

 羽黒のどこまでも真っ直ぐな瞳に、提督は圧倒されたように頷く。

 

「自分がヒモになるとは思ってなかったな……」

 

 そんなふたりを見た電が、あれ?と首を傾げる。

 

「何だかこれ駄目な流れなんじゃ……」

 

 響は嘆息し、雷は身を乗り出す。

 

「司令官はろくでなしだね」

「もっとわたしに頼ってくれていいのにっ」

 

 違うのですっ、と電が手をぶんぶんする。

 

「そういう意味ではないのです。というか羽黒さんの前向きさは間違った方向に突き進んでいると思うのですっ」

 

 言われた羽黒は不思議そうな顔で

 

「どういう意味……なんですか?」

「その、ふたりを3日間だけ追放するという話なのです」

「3日?」

 

 提督が訊くと、響が坦々と補足した。

 

「つまり、雪風が商店街の福引きで貰ってきたペア宿泊券を、司令官と羽黒さんに使って欲しいんだ」

 

 言いたいことは色々とあるものの、適切な言葉が思い付かず、羽黒は助けを求めるように提督を見つめる。

 

 提督はしばらく迷ってから

 

「それだけの為に、こんなことしてるの?」

 

 と、普通に突っ込んだ。

 

「それだけって……すごく重要なことじゃないっ」

 

 雷が口を開く。

 

「いや、あのさ、その気持ちはすごく嬉しいけど、僕らは……」

 

 待って、と提督の発言を響が遮る。

 

「普通に提案したら司令官が断るのはわかっていたから、こういう遠回しなやり方をしているんだよ」

「べ、別に趣味でこんな格好をしているわけではないのです」

 

 電がマントをふわりと翻した。

 

「司令官。予告状を……あの手紙を読んだ時、何を考えましたか?」

「また第六駆逐隊が変なこと始めたなって」

「そっ、そうではなく……」

 

 電の言葉を引き継ぐように、雷が一歩前に出る。

 

「司令官にとって、何が一番大切かってこと」

「いや、それは……」

 

 響が手を突き出して、提督の言葉を再び止めた。

 

「別に、私たちはお医者さんのトリアージみたいに、命に優先順位を付けてって言ってるわけじゃないよ。ただ、ふたりにはもっと自分のことを考えて欲しいんだ」

「難しいことなんて何もないわ。大切なものは何かって訊かれた時に真っ先に思い浮かんだものがあるなら、それがすべてじゃない」

「司令官も羽黒さんもすごく優しくて、わたしたちはいつも助けて貰ってばかりなのです。だからこそ、わたしたちもおふたりの力になりたいのです」

 

 それにね、と今までずっと部屋の隅で大人しくしていた暁が立ち上がる。

 

「もちろんこれは、鎮守府にいる艦娘全員の総意よ」

 

 言いながら、暁は自分の帽子の横を指差す。そこには小さな筒状の機械が取り付けられていた。

 

「この小型カメラとマイクで、ここでのやりとりは食堂のテレビに生中継されてるわ」

「そんなことまでっ!?」

「それだけ、ことの成り行きを……司令官と羽黒さんを、みんな心配してるの」

 

 提督の手を握った羽黒が、くっと力を込める。

 

「じゃあ、暁が静かに三角座りしてたのは、ちゃんと撮影する為だったのか」

「そうよ」

 

 提督は、ゆっくりと、長く、息を吐き出した。

 

「そして、犯行予告をしたのは、僕に何が大切かを改めて自覚させる為……か」

 

 第六駆逐隊が、揃って頷く。

 提督は薄く笑みを浮かべ、天井を仰ぐように顔を上げた。

 

「司令官、さん」

 

 羽黒の声が、穏やかに響く。その一言で、提督の心は決まった。

 

「わかった……ありがとう。3日間、鎮守府をみんなに任せるよ」

「ハーイ! 任せてくだッサーイ!」

 

 ノリノリの金剛が、開いたままだったドアからいきなり現れた。

 中継映像を見ているだけでは何かもう辛抱たまらなくなって、やって来たのだろう。

 その後に続いて千歳、最上、龍驤、天龍、吹雪、加賀、扶桑、168、あきつ丸、北上、明石と次々に顔を見せ、最後に入室した妙高は

 

「羽黒のことを宜しくお願いします」

 

 と丁寧に頭を下げた。

 

 女3人で姦しいどころでは無く、執務室の中はわいわいきゃいきゃいなのですでありますなんでやねん、と一気に騒がしくなる。北上は何故か無言でじゃがりこを食べていた。

 けれど提督はそれを咎めたりはせずに、柔らかな眼差しで見守っていた。

 艦娘達は勢いで押しかけたようでいて、それぞれ艦種別の代表者だけが執務室に来ているらしい。全員が好き勝手に突撃したら大変なことになる、ということをきちんと弁えて、配慮して話し合った結果だ。

 

 そして今回の予告状騒ぎも同じことで、誰が考案した作戦なのか提督は知らないが(恐らく龍田だろうと予想している)駆逐艦に怪盗ごっこをさせたりして遊んでいるようで、きちんと提督が自分の意思で決めることを前提にして導いている。

 

 艦娘達は本当にみんな真面目で優秀な子ばかりで、だからこそ、守らなければいけないと、不自由を与えてはいけないと、提督はずっと思っていた。自分は戦場に出ることが出来ないから、それ以外のすべてを背負うのが責任者というものなのだ、と。

 

 でも、それは独りよがりだったのかもしれない。

 

 提督が艦娘達の幸せを望んでいるように、艦娘達も提督の幸せを願っているのだから。

 

「提督」

 

 加賀が代表するように呼びかけ、執務室が静かになる。

 

「皆、提督のことを慕っています。この鎮守府を指揮出来るのは貴方だけです。だからこそ、たまには息抜きをすることも大切です」

「提督がお戻りになるまで、私達でお留守番を致します。どうか安心して下さい」

 

 何がどうなってそうなったのか、電が纏っていたシーツを頭から被った扶桑が、淡々と語った。番町皿屋敷、という単語が脳裏に浮かぶ。

 

 感極まって涙を溢れさせる羽黒を、妙高がそっと抱き締める。

 

 提督は執務室に居る艦娘達をひとりずつゆっくりと見回し、最後に暁を、そのカメラをじっと見つめた。食堂で観ているであろう艦娘達にも、気持ちが届きますようにと。暁の頬が薄く染まる。

 

「みんな、ありがとう」

 

 何もかもを自分で背負うのでは無く、仲間を信じて任せることも大事なのだと、怪盗二十四面相が教えてくれた。

 

「ヘイ! スタンディングオベーションネ!」

「誰も座っとらんけどね」

 

 金剛を皮切りに、拍手が巻き起こる。

 提督が羽黒の髪を撫でると、羽黒は泣きながらゆるりと頷き、ありがとうございます、と囁くように言った。

 

「いやー、本当に良かったですね。これで大砲を造らなくて済みますよー」

 

 拍手から万歳に移行していた明石が、安心した声で言う。

 

「ん? 大砲……?」

 

 思わず提督が訊き返す。

 

「はい。第六駆逐隊の皆さんの説得が失敗した場合は、大きな大砲を造って提督を問答無用で撃ち出す計画でした」

「え、それ、まさか……羽黒にも?」

「いえいえ、いつもお世話になってる羽黒さんに、そんな酷いことできないですよー」

「そっかー、酷いことだって自覚はちゃんとあるんだね」

 

 乾いた笑いを漏らす、提督。

 

「提督を吹き飛ばしちゃえば、羽黒さんは追いかけるはずだ、という目算です」

「確かに……そうですね」

 

 隣で聞いていた羽黒が納得する。本当にその通りなので、提督も何も言えなかった。

 

「その時は暁のカメラで提督射出ショーをライブ中継する予定だったんだけどな」

 

 光景を想像しているのか、天龍が楽しそうに笑う。北上がじゃがりこの容器を、提督に差し出した。慰めているつもりらしい。

 

「いやいやそんなことよりっ、なんで誰も突っ込まんの?」

 

 龍驤が声を上げる。

 

「目の前にこんなおいしいネタがあんのに、誰も弄らんとかありえへん。ボケ殺しは有罪やでっ」

 

 強く訴えながら、龍驤が提督と羽黒の手元を指差す。

 正確には、提督と羽黒の腕を繋いでいる手錠を。

 

 艦娘達はきょとんと視線を交わし合い、

 

「だって、こんなのいつものことじゃないかしら」

 

 千歳が言い、皆がうんうんと首肯する。

 

「あ、あのっ」

 

 手錠の鎖をしゃらりと鳴らし、羽黒が口を開く。

 

「わ、私達は別に受け狙いでこれを付けているわけでは……」

「うん。ガチなんやろ?」

 

 自分の発言の意味に遅れて気付いた羽黒が、一気に首まで紅潮した。

 提督はそんな羽黒の肩に優しく手を置いて

 

「大丈夫だよ。羽黒がドMなのはみんな知ってるから」

 

 と、爽やかに微笑する。

 

「うわー、あれフォローする振りしてトドメ刺してるよね」

「ドSのひとって、ああいう風に笑うんですねぇ。怖いです」

 

 最上と吹雪は、手を取り合って慄いていた。

 

 顔に微笑みを貼り付けた妙高が、周りからは見えない角度で提督の脇腹をごりごりと拳で抉る。

 

「すみませんでした」

 

 今日も平和な鎮守府の、いつも通りの光景だった。

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