俺がカードゲームで無双できる都合のいい世界 〜カードゲームアニメの世界に転移したけど、前の世界のカード持ち込めたので好き放題します〜   作:鴨山兄助

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これは既に終わった話。
終わった者の『終わり』……ただそれだけの蛇足。
それでも結末を観測したい者は、誰も止めやしない。


もう一度告げる……これは『終わった話』なのだ。


第二百四十四話:蛇足『ゼロ→_エンド』

 赤土(あかど)町を巻き込んだウイルスの拡散(パンデミック)事件。

 時は天川(てんかわ)ツルギが(まつり)誠司(せいじ)を打ち倒してから、一週間後まで遡る。

 ウイルスの母体でもある〈ザ・マスターカオス〉の代償と、肩代わりさせていたダメージ。

 この二つが己の肉体へ一挙に押し寄せてきた政誠司は、警察の監視下で入院を余儀なくされていた。

 

「まさか、僕がこんなところでッ」

 

 理想への邁進を挫かれてしまうとは。

 深夜の病室で誠司は忌々しそうに奥歯を噛み締め、自身に傷を負わせた一年生への怨嗟の想いを募らせていく。

 逆流してきたウイルスの影響で、現在の誠司はまともに身動きを取る事すらできない体たらく。

 今やベッドの上から移動することもままならない有様だ。

 

(なぎ)の病室すら分からない……身体さえ、この身体さえどうにかなればッ」

 

 風祭(かざまつり)凪は同じ病院にいる筈だが、どの病室にいるのかすら誠司には分からない。

 連日続く警察からの取り調べによってプライドはズタボロになり、その痛みが誠司の中で怨嗟を深くしていく。

 自分はこんな場所で追い詰められるべき人間ではない。

 自分こそは真に世界を憂いて、真に優しい世界を創造する帝王である。

 未だその想いに違いはなく、誠司の思考は『一刻も早くここから脱出する事』に割かれていた。

 

「脱出せねば……だが何故『財団』の者は来ない!?」

 

 苛立った様子でごちる誠司。

 ウイルスの実証データを散々提供し、彼方の要望にも喜んで応えてきた。

 『財団』の情報網であれば、自分達がここに入院している事も把握している筈。

 これまで彼らに貢献してきた自分達を、何故『財団』は助けにこないのか。

 誠司は傲慢な怒りを覚えていた。

 

「僕の身体さえ回復すれば、凪を回収して……『財団』の元に駆け込める」

 

 警察の監視を掻い潜る方法。

 病院からの脱出経路……計画に必要なピースはいくつもある。

 脱出に邪魔な者を排除する際に手段は選ばない。

 まずは自分達の戦線を立て直す。忌々しい賊への復讐はその後だ。

 

「許さんぞ、天川ツルギ……その蛮行、必ず命を以て償わせるッ」

 

 新たな世界の為政者への反逆は重罪。

 であればその罪は一人の首で済むものではない。

 親族、友人……ゴミを隅に集めるように、獣を罠へ追い込むように。

 順序よく始末して、己が生まれてきた事を後悔させる。

 それを以てようやく、この苛立ちも少しは晴れるだろう。

 そしてこの罰を受けるべきはツルギだけではない。

 友人である自分を裏切った(ワン)牙丸(きばまる)。自分達の秘密を流したであろう黒崎(くろさき)勇吾(ゆうご)

 他の反逆者達もそうだ、一人たりとも楽には死なせない。

 

「必ずッ……必ず地獄にッ叩き落としてくれるッ!」

 

 憎悪に限界はなく、政誠司という男には己の過ちという概念すら浮かび上がらない。

 あくまで自分こそが支配者。道を外した民を導く救世主。

 故にその思想信念に間違いはない。

 己を討った者達への憎しみも、彼にとっては至極真っ当なものでしかなかった。

 

 だが何にせよ、まずは身体の回復が優先だ。

 誠司がそう考えた次の瞬間であった。

 静まり返ったはずの深夜の病院、その廊下から足音が聞こえてくる。

 足音はゆっくりと、間違いなく誠司のいる病室へと近づいてくる。

 

「グァっ!?」

 

 病室の扉前で見張りをしていた警察官の、妙な呻き声が短く聞こえてきた。

 どう考えても只事ではない。

 だが誠司の中では、恐れよりも歓喜の気持ちが過半数を占めていた。

 誰が来るかは分からない、だが間違いなく『財団』かそれに類する味方だ。

 そして病室の扉が開くと、足音の主は暗闇からその姿を現した。

 

「やぁ誠司くん。怪我の方は大丈夫かい?」

三神(みかみ)博士……!」

 

 誠司のいる病室に入ってきたのは、ボサボサの髪と白衣が特徴的な大男。

 眼前の人間がつい警戒を解いてしまいそうな優しげな笑みを浮かべている、誠司達の恩人であり支援者。

 三神当真(とうま)であった。

 

「いやぁ、中々お見舞いに来れなくてすまないねぇ。ちょっと色々と立て込んでしまっていてね」

 

 状況に似つかわしくない穏やかな口調と表情で、三神は手に持っていた袋から林檎を一つ取り出して病室のテーブルに置く。

 あくまで怪我人のお見舞いに来た親戚。

 そう言わんばかりの様子で、三神は誠司に話しかける。

 

「あーあー、随分手酷くやられちゃったようだね」

「面目、ありません……賊共には、必ず報いを」

「はいはい気持ちは分かったから、怪我人は大人しくしておくものだよ」

 

 そう言うと三神は病室にあった椅子に座り、先程テーブルに置いた林檎の皮を剥き始めた。

 だがそれは、丁寧に皮が一本に繋がるような剥き方ではない。

 手に持っているナイフの刃渡りが短いせいだろうか、小さな破片をボロボロと床に落とすように、三神は林檎の皮を削っている。

 

「誠司くん。キミは禁断の果実という話を知っているかい?」

「はい……アダムとイヴが口にした、知恵の果実ですね」

「そうだ。アダムとイヴは神にその果実を口にする事を禁じられていた。食らえばたちまち『死』に行く存在となってしまうからね」

 

 小さな灯りしかなく薄暗い病室で、三神は不気味なほど普段通りに語りかけてくる。

 

「最初に蛇に騙されたのはイヴだ。イヴは自分が果実を口にした後、アダムも果実を食らうよう誘った」

「……そして禁断の果実を食べた二人は善悪を知り、楽園を追放されてしまう」

「その通りだ。ではこの話で一番悪いのは誰なんだろうか?」

 

 イヴを騙した蛇か。

 果実の危険性を知った上で、アダムに食わせたイヴか。

 それともイヴを見捨てられず、自ら堕落の道を選んだアダムか。

 

「どうだい、誠司くん?」

「僕は……蛇が悪いと思います。そもそも蛇がイヴを騙さなければ、その後の悲劇は起きなかった」

「なるほど……つまり誠司くんは、あくまでアダムとイヴは被害者である。そう考えるわけだね?」

 

 三神の言葉に頷く誠司。

 蛇は誠司にとって、自分達を虐げてきた大人と同じなのだ。

 そもそも蛇が余計な事をしなければ、アダムとイヴは道を誤る事はなかった。

 ならば蛇こそ悪であり、そこに異論の余地はない。

 だが……三神は誠司の答えを聞いて、笑みこそ浮かべど肯定はしなかった。

 

「誠司くん。確かに蛇は嘘を吐き、アダムとイヴに罪を犯させた……だがこうも考えられないかい? アダムとイヴには、蛇の嘘に気づくチャンスがあったと」

「チャンス……?」

「神は言った筈だ、知恵の果実を口にしてはならないと。アダムは気づけた筈だ、イヴは罪を犯したと」

 

 警告もあった。罪の知識は持っていた。

 では何故果実を口にしたのか。

 蛇の嘘に乗せられたからか。己の欲に負けてしまったからか。

 否……考えるべきはそこではない。

 

「蛇は何故……こんなにも都合よくイヴの前に現れたのだろうか?」

「どういう、ことですか」

「もしも、蛇の登場が神によって仕組まれたものであったら? アダムとイヴが知恵の果実を食べて楽園を追放される事が、神の考えた筋書き通りだったら……誠司くんはどう思う?」

 

 ニヤつきが止まらないといった様子で、三神は手に持った刃物を指揮棒のように振りながら、楽しそうに誠司に問いかける。

 そこで誠司はようやく気がついた。

 テーブルに備え付けられた灯りが照らし出す。三神が林檎の皮を剥くため手に持っていた刃物は、血のついた医療用メスであった。

 何かがおかしい。

 これではまるで三神は、自分を助ける目的で来たのではない。誠司にはそうとしか思えなかった。

 

「博士、なにを、言いたいんですか」

「分からないかなぁ? それとも気づいていないフリをしているのかな?」

「三神博士ッ!」

 

 誠司が縋るような叫びを上げると、三神は狂気染みた笑みを浮かべた。

 

「誠司くぅん……話が出来過ぎたとは思わなかったのかい? 最初から、全部」

「最初、から……?」

「そうだぁ。どうしてキミ達が絶望の底に沈んだ絶好のタイミングで、プレゼントのぬいぐるみが届いたと思う?」

 

 どうして都合よく、ぬいぐるみの中にナイフが隠し入れられていたのか。

 どうして都合よく、ぬいぐるみの中にメッセージカードが入っていたのか。

 

「どうして都合よく……僕がキミ達を助けに入ったと思う?」

 

 ワクワクが抑えられないと言わんばかりの様子で、笑みを浮かべる三神。

 対して誠司はみるみる顔を青く染め上げていった。

 そんな筈はない、そんな事があるわけない。

 自分に無理矢理言い聞かせても、目の前にいる恩人がその希望を打ち砕いてくる。

 

「僕だよぉ誠司くぅん。最初から全部僕が仕込んでいたんだ」

 

 三神はベッドの上に身動きの取れない誠司の眼前に移動すると、悍ましい程狂気的な笑みと共に言葉を続ける。

 

「キミ達のいた施設の環境を整えたのも。凪くんをペドフィリアの男達に売るよう指示したのも……キミが児童性愛者共の慰みものになって、大人を恨むように仕向けたのも。ぜぇぇぇんぶッ僕が手を回していたんだよぉ」

 

 懺悔の気持ちなど微塵も存在しない。

 それは己の所業を告白する事で相手に絶望を与えて楽しむという、三神の醜悪極まる嗜好でしかなかった。

 

 全ては仕組まれた運命に過ぎなかった。

 凪が子を成せない程の虐待を受けた事も。

 自分達がウイルスカードを授けられた事も。

 理想の世界を創造するという夢を抱いた事でさえ、全て三神当真という一人の人間に仕組まれたものでしかなかったのだ。

 

 誠司は激しい混乱を覚え、そして絶望を味わってしまう。

 この男は最初から、自分達を都合のいい玩具としか認識していなかったのだ。

 

「いやぁ、キミ達の壊れ方は最高のショーだったよ。あの施設とか特別接客室とかにカメラ仕込んでもらってさぁ、後で録画映像を見させてもらったんだけど……本ッッッ当にキミ達は良い絶望を魅せてくれたねぇぇぇ!」

「やめろ……やめてくれ」

「特に凪ちゃんはさぁ! 綺麗な髪を変態オヤジに鷲掴みにされてッばっさり切られた時とか、それはもうこの世の終わりみたいな泣き声を聞かせてくれたよ。あの頃はまだ、お母さん譲りの髪がとっても大事だったらしいねぇ〜可愛いねぇ」

「やめてくれぇぇぇ! それ以上はもうッ!」

 

 腹の底から笑いながら、過去の惨劇への本心を語る三神。

 それでトラウマを刺激された誠司が叫んでしまうと、さらに三神の心に悦びを与えてしまう。

 

「三神ィ当真ァァァッ!」

「いいねぇ……その顔を見たかった。傷ついて壊れて、信じた者にさえ裏切られたバカの絶望。今の誠司くんを見れただけで、僕にとっては育成大成功だよ」

 

 怒りに震え涙すら流す誠司の頬に手を添えながら、三神は心底嬉しそうにそう語りかける。

 だが育成を終えたキャラクターなど、三神当真という男には用済みでしかなかった。

 

「育って果実は収穫する。誠司くんの物語は十分に楽しませてもらったよ。ありがとう」

「な、なにを!?」

「……ソラナキ、もう食べていいぞ」

 

 穏やかな笑顔を浮かべて三神が感謝を述べると、誠司の身体にドス黒い闇の塊が纏わりついてきた。

 本能的に危険を感じた誠司は抵抗を試みるが、重症の身体では何も意味をなさない。

 

「や、やめろッ! 僕はこんなところでッ、終わっていい人間じゃないんだァァァ!」

「大丈夫だよ誠司くん。キミは死ぬんじゃなくて、ソラナキの中で永遠に命を捧げる存在になるだけさ」

「ふざけるなァァァ! 僕も凪も、貴様に騙されただけじゃないかァァァ!」

「蛇の裏に気づけなかった、キミ達が悪い」

 

 怒りに任せて絶叫する誠司に、三神は嘲笑するように返事をする。

 誠司は抵抗を続けてみるものの、闇は決して獲物を手放さない。

 闇はじわりじわりと、確実に誠司の身体を分解して吸収していく。

 逃げ場のない獲物は地獄の苦痛を味わいながら、己の身体が喰われていく恐怖に飲み込まれてしまう。

 

「嫌だ、いやだァァァ! 凪ぃ、たすけてくれェェェ、なぎィィィ!」

「安心するんだ誠司くん……凪ちゃんは先に、そっちにイったよ」

「……へ?」

 

 三神が何を言ったのか、誠司はすぐに理解できなかった。

 凪は先にいった……頭では文字化できても、心が理解を拒んでしまう。

 そんな誠司を前にして、三神は穏やかな笑みを浮かべたまま、手に持った医療用メスを見せつけてきた。

 

「これ。このメスについた血なんだけど、誰のだと思う?」

「いやだ……いやだ……」

「正解は〜……こちらぁ!」

 

 三神は手に持っていた袋からソレを取り出して、ベッドの上で仰向けになっている誠司の胸に置く。

 まだ生暖かい温もりのあるソレが押しつけられると、誠司は嫌でも真実を突きつけられるのだった。

 

「凪ちゃんの血でした〜! よかったねぇ凪ちゃん。キミの大好きな誠司くんに頭なでなでして貰えるかもしれないよぉ」

「あ……あァァァァァァァァァァァァァァァ!」

「うるさい」

 

 目が合った。胸に断面を押し付けられるように置かれた、かつて風祭凪だった生物の頭部と。

 その瞬間、誠司の心は完全に壊れてしまった。

 だが絶望の叫びを上げようとも、闇が誠司の声帯を分解して抉ってしまった事で全てを無にされてしまう。

 

「そう一々感動の叫びを上げられても飽きちゃうよ……まぁ僕としては、もう育成の余地がないキミ達に飽きたわけなんだけど」

「――――!」

「でも本当に良かったねぇ。愛する二人は最期まで一緒でした、めでたしめでたし……本当に素敵な終焉だよ」

 

 声帯すら奪われ、手足の感覚も消えた誠司はどうにか三神を睨みつける。

 だがその怒りはもはや三神に伝わる事はない。

 今の三神は、肉体をゆっくりと分解されていく政誠司の最期を見届ける事を楽しんでいる、ただの趣味人でしかなかった。

 

「さようなら二人とも。僕が忘れるまでは名前を覚えておいてあげるよ」

「――――――――――!」

 

 そしてしばらくの後。

 ドス黒い闇の塊によって全身を分解され、政誠司はこの世から完全に消滅してしまった。

 獲物を喰らい終えると、闇の塊は三神の方を向く。

 

「うんうん、そうだね……あと一年で全てが終わる」

 

 両者の間でしか伝わらない手段を用いて、三神は闇の塊ことソラナキと意思疎通をする。

 

「いやぁ〜来年が楽しみだね。ようやく彗星が近づいてくるんだ……そうなればキミも」

「失礼いたします」

 

 全てを言い切るより先に、病室に来訪者がやってきた。

 同時に闇の塊も姿を消してしまう。

 三神は「あぁ、もうそんな時間か」と呟きながら、振り返って来訪者を迎えた。

 

「ごめんねぇ御筆(みふで)くん、こんな深夜に働いてもらっちゃって」

「いえ。他ならぬ三神博士の頼みですから」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 色黒の肌をした筋肉質な大男。

 御筆と呼ばれたその男は病室内の異常さ等に一切動じず、三神に「人形の準備ができました」と告げた。

 

「おぉ! 流石は御筆くん、仕事が早いねぇ」

「勿体なきお言葉です」

「しかし彼らもバカだねぇ……ヒトハのバックアップを作れたんだよ。ウイルスを介して自分達のバックアップデータだって作られているって、思いつかなかったのかな?」

「そういう愚か者だからこそ、末路を迎えたのです」

「僕は今回結構楽しめたけどね〜」

 

 三神と御筆がそうして会話をしていると、白衣に身を包んだ『財団』の職員が一人の人間を運んできた。

 職員はその人間を、政誠司のいたベッドに寝かせる。

 運ばれてきた人間の外見は、政誠司と全く同じであった。

 

「いやいや、植物状態の人間を用意するのって骨が折れるね」

「しかし一度用意できてしまえば、こうしてバックアップデータをインストールして、替え玉として利用できます」

「バックアップ技術を有効活用できて、僕も嬉しいよ」

 

 何事も無かったように余計な証拠を隠滅し始める『財団』の職員。

 そんな異常事態が起きても、病院の人間は誰もやってこない。

 何故なら……

 

「順調にエピローグを描けたかい? ドクター三神」

「はい。トラブルもなく終わりましたよ……ゼウス様」

 

 超常的な方法で人払いをした存在がいる。

 それが今病室に入ってきた男、ゼウスだ。

 ゼウスは病室に入るや目を閉じると、「ふむ、なるほど」と奇妙な独り言を呟く。

 

「良い結末だ。ワタシは満足だよ」

「そう言っていただければ、僕も光栄です」

「替え玉まで用意するとは、面白い演出だよドクター」

 

 ベッドの上で形を整えられている替え玉に視線を向けながら、ゼウスはそう口にする。

 

「さてドクター、約束の時が近づいているようだね」

「はい。来年は念願の彗星が近づいてきます……こちらにいる御筆くんも、きっとゼウス様を満足させる活躍をしてくれるでしょう」

「そうか……期待しているよ、ミスター御筆」

 

 ゼウスに期待の念を向けられると、御筆は恭しく頭を下げる。

 そして替え玉の設置を終えると、『財団』の職員達は足早に病室を去るのだった。

 

「三神博士、我々もそろそろ」

「そうだね……そうだ御筆くん、例の件なんだけど前向きに検討してくれると嬉しいな」

「承知しております」

「ホントごめんねぇ。実力はちゃんとあるから、そこは安心して」

 

 御筆に促されて病室を後にする三神。

 その帰り道は人間を殺めた後とは思えぬ程に、平凡な中年男性らしい会話に興じていた。

 

 病室に一人残されたゼウスは、ベッドに寝かされている替え玉を一瞥する。

 そして周囲から人の動く気配が消え去ると、口元に小さな笑みを浮かべるのだった。

 

「ヒントは十分に授けた……私は必要な場面で、必要な分だけ介入する」

 

 誰に言うでもなく、ただ独り言のようにゼウスは喋る。

 

「最後にどのような選択をするのかは、キミ次第だ……天川ツルギ」

 

 ツルギの名を出し、何かに期待をするかのような様子を滲ませるゼウス。

 そして病室に小さな風が吹くと、音もなくゼウスは姿を消すのであった。

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