俺がカードゲームで無双できる都合のいい世界 〜カードゲームアニメの世界に転移したけど、前の世界のカード持ち込めたので好き放題します〜 作:鴨山兄助
人通りの多い午後の観光地を、
目的地は本日の宿。
温泉の匂いと、建ち並ぶ諸々を適当に視界へ映しながら、卯月はキャリーケースを転がし続けている。
「爬虫類イベントの会場から随分離れてる……なんで近くの宿にしなかったっプイ」
「近くのホテルよりこっちの方が安かったの」
頭上に乗っているカーバンクルにそう返すや、卯月は「それにこっちなら温泉もあるし」と呟く。
ツルギが荒稼ぎしているとはいえ、卯月本人は平凡な女子中学生という自認。
手持ちのお金は節約しておきたい歳頃なのだ。
それはそうとして、卯月は少し気になる事があった。
「……ねぇカーバンクル。アタシって今、実はすごく変な格好してたりする?」
「キュ? 他の人間と変わらないし、ボクは普通だと思うっプイ」
「その割にさっきから……なんかチラチラ見てくる人がいる気がするんだけど」
それも自分のような若い世代ではなく、大人以上老齢世代の人ばかりである。
なにか信じられないものを見たかのように、二度見をしてきた者が複数人。
一度気づいてしまえば、卯月は自分がなにかしてしまったのではないかと、気が気でなかった。
「キュップ〜、誰かそっくりさんと間違えてるっプイ?」
「アタシのそっくりさんって存在するのかな?」
「世の中にはそっくりさんが三人はいるとかなんとか、どこかで聞いた事あるっプイ」
「じゃあアタシは、そのそっくりさんが変な人じゃない事を祈るわ」
特に深くは考えずにそう返す卯月。
どこかの誰かに似ていたのかもしれないが、その誰かが前の世界でツルギが見ていたアニメの関係キャラなのかは不明。
アニメの概要は兄から聞いているものの、卯月自身はちゃんと視聴した事はない。
特に主要でないキャラのビジュアルなど断片的にしか分からない以上、適当に咀嚼して飲み込んでおいた方が精神衛生的にも良いだろう。
卯月はそう脳内解釈しておくのだった。
「う〜ん、やっぱり見覚えがある気がするっプイ」
「そうなの?」
「気がするだけっプイ〜」
卯月の頭上で、流れていく街並みを眺めながら、カーバンクルはどこか郷愁のようなものを感じていた。
記憶が明瞭に浮かばない以上、欠けた自分を自覚させられるばかり。
キャリーケースのタイヤの音を耳にしながら、カーバンクルは自己嫌悪を感じるのだった。
「キュプイ?」
ふと、卯月が足を止めたので、カーバンクルは首を傾げてしまう。
卯月が立ち止まった先にあるのは、赤く大きな鳥居。
どこにでもある神社の入り口である。
「卯月、神社仏閣も好きっプイ?」
「自国の文化を知らずして、国際交流なんてできないの」
「キュ〜……国際交流なんて言葉が出てくるあたり、英語科女子高生は伊達じゃないっプイ」
「今じゃ元がつくんだけど」
やや自嘲気味に返す卯月。
国内の文化に関心を向ける癖がついたのは、ただの結果論。
異国の者と交流をする際に必要な話題の種。
その道の果てに、どんな光景を描いていたのか……卯月は家族にも真相を話した事がない。
(遠くへ探しに行きたいって思ってたら…………本当に遠くに来ちゃったなぁ……)
異国どころか異世界。
それに馴染んでしまった自分自身。
今卯月がいる『
卯月は鳥居をぼうっと見つめながら、今でも変わらぬ道の果てを思い描いてしまう。
(自分でも子どもっぽいって思うけど……もしかしたらって思っちゃうな)
卯月が物心つく前に姿を消した父親。
幼い頃、卯月は一度だけ母親に聞いた事がある。
その時返ってきたのは「お父さんは……ちょっと遠い世界に行っちゃったのよ」と、どこか辛そうに答える母親の姿であった。
子供心ながら、何かよくない事を聞いてしまったと判断した卯月は、それ以降母や兄に父親の事を聞くことはなかった。
(お母さんがフワフワな表現使うから、外国に行ったのかなって思い込んで……それで英語に興味出たんだっけ)
だが今となってはそれも過去の話。
今なら母の言葉が、幼い我が子を傷つけないための表現だったと理解できる。
進路がハッキリしていたのは、結果的に良かった。
一方、死亡ではなく行方不明だったので、卯月は心のどこかで生存の可能性を浮かべてしまう。
(あるはず無いのに)
実はこの世界のどこかに居るのではないか。
人は人の意思で消えて行き、神は人を隠さない。
鳥居を眺めてそんな空想を描くや、卯月は自分自身を嘲笑ってしまう。
「ねぇカーバンクル。せっかくだし参拝くらいしてもいい?」
「良いっプイ」
本当に何気ない発想。
ただ見知らぬ土地の神社を見つけたので、縁起の良さそうな行動をしておきたかった。
それだけの普遍的な考え。
鳥居の下をくぐり参道を進んで行くと、すぐに拝殿が見えてきた。
「……なにアレ?」
拝殿の少し手前で足を止めてしまう卯月。
普通であれば狛犬の像が置かれている場所であるが、卯月の目の前には見慣れぬ獣の像が鎮座していた。
「狛犬……じゃないよね、どう見ても」
「全然違うっプイ」
「なんか珍しい。そういう文化なのかな?」
これはこれで何か話の種になるかもしれない。
そう呑気に考えながら卯月は視線を下げて、石像の土台に刻まれた文字に気づく。
「
口に出して読むことで、卯月はその石像の奇妙な点に気づいてしまう。
狛犬のような位置に置かれているが、守護獣のそれではなく神の分霊と書かれている。
「変わった神社。こういうのって全部本殿に置くイメージだった」
「きっとそういう文化なんだっプイ」
「国内だけでも文化が色々……世界全体を見ればもっと色々」
だから飽きも来ない。
それはそうとして、卯月は少し気になってしまった事がある。
「…………う〜ん?」
「どしたっプイ」
「なんかさぁ……この石像なんだけど」
そう言って紅魔大神の石像を指差す卯月。
石像が象っているのは狼のような獣。
だが普通の狼と比べると、両耳の形状が明らかに異なっている。
イヌ科特有の耳の中から、さらに長い耳が伸び生えている。
「このビローンって伸びてる耳……カーバンクルの耳に似てるなぁって思って」
石像の頭部から生えている、ウサギのように長い耳を指さして言う卯月。
細かな造形こそ違うが、どことなくカーバンクルのそれに似ているような気がしてならなかった。
「似てるよねカーバンクル……カーバンクル?」
卯月が頭上のカーバンクルに声をかけても、なにも返事はない。
カーバンクルは卯月の頭の上に乗ったまま、無言で眼前の石像を見つめている。
「是を見……鏡を想起するは、
「急にどうしたの!? なんか言葉遣いが変わったけど」
突然普段と異なる口調でポツリと呟くカーバンクルに、卯月は心底驚いてしまう。
だが当のカーバンクルはすぐにいつもの様子で「なんでもないっプイ」と返すのだった。
「コレを見ていると、何か思い出しそうな気がするだけっプイ」
「ふ〜ん。それ後でちゃんとお兄にも言ったげてね。お兄も心配してるんだから」
「わかってるっプイ」
軽く答えるカーバンクルだが、内心では言いようのない何かを感じている。
この地で感じる懐かしさ、紅魔大神の石像が刺激してくる破損した記憶領域。
そして……魂の底に刻まれている、凄惨な戦いの経験。
失った記憶を取り戻す事が、必ずしも正解と言えるのか。
カーバンクルの中にある微かな恐れが、判断を先延ばしにさせていた。
◆
日も傾き始めた頃、卯月は本日の宿へと到着。
内装は昔ながら、純和風の旅館といった雰囲気。
旅の疲れが溜まっている卯月は、部屋に荷物を置くや、すぐさま旅館内にある温泉へと向かうのだった。
「ふぅ……」
広々とした冬の露天風呂。
他に人の気配もない静かな空間で温泉に浸かり、卯月は心身共にリラックスしていた。
ちなみにカーバンクルは雄判定なので、今頃男湯である。
「あぁ〜、なんかこうやって羽伸ばすのも久しぶり〜」
旅行的な事は智代や舞と共に何度か行っていた卯月(ただし智代のチャレンジ企画という名の無茶振りばかり)。
特に転移後は色々と騒がしい出来事も多く、今日は久々に一人でのんびりできている。
「…………化神ってなんなんだろう」
リラックスすると、思考が回りやすくなる。
卯月はふと、化神について考えてしまうのだった。
化神とはカードに宿る。カードゲーム至上主義のこの世界であれば重要な要素を担っていても不思議ではない。
にも関わらず、アニメを全て見ていたツルギは「知らない」と言うのだ。
重要な存在にしか見えないのに、何故か前の世界では認識すらされていなかった化神。
「お兄……実は適当に流し見してましたとか言ったら引っ叩いてやる」
とは言ってしまうものの、あの兄に限ってそれはないと断じてしまう卯月。
むしろ仮にアニメを流し見していただけだったとして、化神ほど大きな存在感を持つ要素を見落とすだろうか。
化神は世界のバグなどとカーバンクルは言うが、バグも含めて描かれたアニメではないのだろうか。
卯月の頭の中で疑問は尽きなかった。
だがそれはそれとして……
「パートナー化神かぁ……アタシも欲しいなぁ」
最初はそうでも無かったが、ツルギやその周りに化神持ちが増える程、卯月も憧れのような感情が芽生えていた。
そう都合よく見つかる筈もないと、頭の中では理解している。
それでも卯月は、化神が認識できる身でありながらパートナーのいない自分に、少し不満を感じていた。
「文化祭であんなに化神と触れ合ったら、誰だってこうなるって」
「……化神?」
ブツブツと独りぼやいていると、誰かが卯月に話かけてきた。
「ひゃッ…………って、アレ?」
驚いて露天風呂の中でビクンと跳ねてしまう卯月。
化神云々の発言を聞かれてしまったのかと思い、肝を冷やしてしまう。
だがそれも、話しかけてきた人物を見た瞬間、杞憂であったと思うのだった。
「やっぱり……
「く、
特徴的な灰色の長髪と、卯月には見覚えしかない顔。
現在はツルギの同級生であり、原作アニメの主要人物である九頭竜
「な、なんでここに!?」
「ボクはちょっと用事があって……まさか貴女に会うとは思わなかった」
「アタシもですよ。こんな遠い場所で遭遇するなんて」
意外な邂逅に驚いている卯月と真波。
それと同じくして、男湯の方からも聞き慣れた叫び声が響いてきた。
「カカカ、カーバンクル!? 何故貴様がここにいる!?」
男湯でカーバンクルに遭遇したであろう、シルドラの絶叫であった。
「カーバンクルも一緒なんだ」
「はい」
「……えっ、カーバンクルと一緒? 天川くんって確か今テレビでやってる——」
「九頭竜さん! アタシ今、自分のデッキを持っていません」
「あっ……もしかして、やっちゃった?」
「はい……兄妹揃ってやらかしました」
この短いやり取りで、真波は天川兄妹に何があったのかを大凡察してしまった。
やや涙目の卯月と、男湯にいるカーバンクルが全てを物語っている。
ひとまず真波は露天風呂に浸かり、卯月の隣へと移動した。
「その……大丈夫なの? 色々と」
「あんまり大丈夫じゃないかもです」
「それもそっか……デッキが違ったら天川くんでも——」
「あっ、そっちは何一つ問題ないです。むしろアタシがお兄のデッキを使いこなせない方が問題です」
「……お兄さんの事、全く心配してないんだ」
やや困惑している真波に、卯月は自身の【
いざ説明されてしまえば真波も腑に落ちて納得する。
その後は他愛ない女子トークに花を咲かせる二人。
「そうなんだ。パートナーがいるのって、お兄さんだけなんだ」
「そーなんですよー。だから羨ましいな〜って思っちゃって」
「……良い縁があると、いいね」
後輩を見守る先輩お姉さんのように、真波は卯月にもパートナーが現れる事を願って微笑む。
化神は見えるけど、パートナーはいない。
そんな歳の近い少女と話をする事が、真波にとっては新鮮な体験であった。
「あ〜でも、アタシのパートナーは大人しいのがいいかな〜」
「なんで? 騒がしくても慣れれば楽しいよ?」
「いやぁ、そのぉ……限界中間管理職みたいな化神じゃなければ……」
「あぁ……うん……理解した」
いくら騒々しいと言えど、魔剤中毒な化神にはNGを出す卯月。
真波もエオストーレの魔剤中毒っぷりは知っているので、なんとも言えぬ反応しか出せなかった。
「あっ、そういえば九頭竜さん。ちょっと聞きたいことが——」
いい機会なので、卯月は真波にツルギの様子について質問しようとする。
だがその時であった。
「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……温泉の効能がワタクシの五臓六腑に染み渡り、辛い現実を洗い流してくれますぅぅぅ」
「ちょっとエオストーレ! 流石にはしたないですよ」
「いいじゃないですか。どうせ普通の人間にはワタクシの姿も声も認識できないのですから」
「だからってそんなに腕も足も広げるなんて、万が一のことが……」
聞こえてきたのは、あまりにも覚えがあり過ぎる限界中間管理職大天使の声(オフの日バージョン)。
そしてそんな、油断しきって脚も腋も開いているパートナーを諫める健気な人間の……こちらも見覚えがあり過ぎる少女の姿。
雪うさぎのように白い髪と小さなシルエットの少女は、言葉を途中で止めたまま、卯月と真波の姿を見て硬直していた。
「「……あっ」」
「…………エオストーレ」
予想外の邂逅第二弾により、変な声が出てしまった卯月と真波。
まさかの人物と遭遇した事で硬直していた少女こと
「なんですかソラ?」
「万が一が……起きました」
「……………………………………え?」
ソラが指さした方へと振り向くエオストーレ。
そこには化神を認識できる、自分達のよく知る人物がいると理解するまでに数秒。
そこから冷や汗を流して、顔を真っ赤に染め上げるまでは一秒程度であった。
「…………ソラ」
「なんですか」
「ここから枡でエナドリ飲むのを控えれば……まだセーフですよね?」
「「「アウト」」」
同時に辛辣なツッコミを入れる人間女子三人。
エオストーレは静かに涙を流しながら、「ここから威厳を回復できる保険はありませんか?」と呟くのだった。