ワンピース世界線IFです。
八百年の凶弾(ワンピースIF)
聖地マリージョアの中心部には巨大な城が空高く聳えている。
人工的な植栽が緑豊かに庭園を彩り、時折城をベールで包み込むように雲海が覆い隠す。幻想的で、荘厳。
パンゲア城、そこはまさしく神の聖地であった。
城の深部にはマリージョアで務める衛兵でさえ知らぬ秘密の広間がある。其処へ辿り着く為の道はたった一つ。
高密度の金や赤の繊維で織り込まれた重厚感のある絨毯が敷かれた長い廊下を五人の老者が歩いていた。
衣擦れの音さえ立てず影の如く早い足取りで広間へと進んでいく。その風貌はまさに場数を踏んだ強者、護衛が不在であるのも頷けるほどに屈強だった。
広間へと辿り着いた五人は横一列に並ぶと正面を見上げる。
彼等の視線の先にあるのは虚の玉座。それは世界の中心に位置する平和の象徴。世界政府の最高権力者たる五老星ですら座れぬ王なき玉座。
だがそんな虚の玉座の大天井に届きそうな背もたれに背中を預け、長い脚を組み鎮座する一人の男がいた。
「そちらはイム様のお席です。」
五老星は規則のように恭しく一礼すると男に向かい非難の声を挙げる。しかしその声音には畏敬の念が籠もっていた。
「イムが不在の間は俺が椅子を守ってきた。少しくらいは善いだろう。」
悠然と肘掛けに肘を突き、男はまるで五老星が被支配者であるかのように見下ろす。例え相手が天竜人であろうとも罷り通らぬ、天竜人の最上位に就く五老星に対しての罰当たりな行為。だが五老星は男の態度に眉一つ歪めることなく口を噤んだ。
男はそんな五老星を一瞥すると緩慢な動作で腰を上げる。
「赤髪と白ひげが接触寸前だと風の噂で聞いたが。」
「奴らの動向は掌握しております故、ご憂慮には及びませぬ。」
「別に心配はしていない。只…」
白磁色の着物に身を包んだ男に、玉座から立ち上がった男は一歩足を踏み出す。そして床に突き刺さる無数の剣のうちの一本を引き抜くと頭上に掲げた。
何がおかしいのかくつくつと笑いを零す男に五老星の面々は怪訝そうな顔をする。
「楽しみで仕方がないんだ。」
剣を掲げたまま男は光を感じさせない黒曜石のような瞳で五老星を眼差した。
「一体誰がこの壮大なゲームの覇者となるのか、見極めたいものだ。」
*
そこはグランドライン後半の海、新世界。
広大な大海原の何処かに二隻の大船が係留していた。
割れる寸前の風船のように張り詰めた空気が辺り一体を蔓延っている。十字架に髭の生えた髑髏の海賊旗を掲げた船の上、甲板を囲む荒くれ者たちの中心に二人の男が対面していた。
「失礼、敵船につき少々威嚇した。」
赤髪の男から放たれる強烈な覇気に、彼より三倍ほど大きな男はグラララと嘲り笑う。
「覇気を剥き出しにして現れる男の言い草か。」
海を治める四人の皇帝のうちの一人、天下の白ひげ海賊団の船長エドワード・ニューゲートの返しに同じく四皇の赤髪海賊団船長シャンクスは自身の半身ほどある酒と書かれた壺を手土産に差し出した。
「親父、俺達は…」
事の成り行きを見守っていた白ひげ海賊団の隊長の内の一人が声を上げる。白ひげは一度息子達を見渡すと威厳と平静を加えた声で言い放った。
「戦争はしねェらしい、二人きりにしてくれ。」
白ひげの一声により人の捌けた甲板で、二人は会話を続行させる。
かつて処刑された海賊王、ゴール・D・ロジャーの今際の言葉により引き起こされた大海賊時代。海賊王と対等に張り合った白ひげ、海賊王の船で見習いをしていた赤髪。二人は束の間の間思い出を振り返り、本題に入る。
「ここに至るまで俺は数々の傷を負ってきた。…だが白髭、今疼くのは…この傷だ!」
荒波のように不規則に変動し荒れ狂う不安定な時代。次々と襲いくる裏切りや駆け引きの波に先行きが見えずに翻弄される人々。それは善良な一般人だけでなく、赤髪や白ひげのような力を保つ者たちとて同じ。
揺れ動く世界情勢の中、赤髪は白髭海賊団に起きたある裏切り事件を懸念していた。
隊長の一人を殺害し、白ひげの顔に泥を塗った元船員のマーシャル・D・ティーチ。周囲の静止を聞かず無鉄砲にも船を降り一人ティーチの後を追った隊長、ポートガス・D・エース。かつてティーチの手により癒えぬ古傷を付けられた者として赤髪は白ひげに警告する。エースを連れ戻しティーチから手を引くようにと。
しかし白ひげは赤髪の申出を蹴飛ばした。
仲間殺し、白ひげ海賊団唯一の鉄の掟を破った男に制裁を下す手を緩めるつもりなど白ひげにはなかった。
「わかったかアホンダラァ!」
空になった手土産の酒壺を赤髪の背後に投げ飛ばす白ひげ。赤髪は鞘に収められた自身の剣に手をかけた。
「誰にも止められなくなるぞ…暴走するこの時代を…!」
「恐るるに足らん!」
薙刀と剣が交差し、天が二つに割れた。交渉は決裂し戦争が始まると思われたその時だった。
甲板に一人の男が現れた。
一目で質の良さがわかる黒色の背広服に白色のネクタイ、スラックスを着た男に白髭と赤髪は表情を驚愕の色に染める。咄嗟に抜き身の刃を収め大きく後退した二人は男と向き合う。
一段と張り詰めた空気に男は何度か瞬きをすると二人を見据えた。
「取り込み中だったか。悪いな邪魔しちまって。」
「何故、お前が此処に……!!」
動揺のままに発せられた赤髪の声音は殺意に満ちていた。
*
時は流れ、シャボンディ諸島。
七十九本の巨大樹ヤルキマン・マングローブにより構成された島の六つに大別された区域のうちの一つ、無法地帯。一番グローブのとある一角に複数の男女が諍いを起こしていた。
「どうして駄目なのよ!?ケイミーは私達の友達なのよ!?」
「駄目なものは駄目です。これ以上営業妨害をするなら法的措置を取りますよ。」
「こいつら…。」
麦わらの一味は人身売買が行われるオークションハウスの裏口で立ちはだかる従業員と揉めていた。
「この野郎.....、」
「ニュー、駄目だサンジ!中には天竜人もいる、事を起こせば海軍大将がやってくる…!」
政府と癒着し黙認された人身売買、従業員の蔑んだ物言いに青筋を立て足に力を入れようとするサンジをすかさず蛸の魚人のハチが止める。人攫いにより攫われた人魚のケイミーを救出するべくヒューマンショップへと駆け込もうとした彼らであったが、思いの外手間取っていた。
無理に外そうとすれば爆発する首輪が付けられているだろうケイミーを思えば事を荒立てぬのが得策であった。それだけではない、ヒューマンショップに参加する客の中には世界貴族の天竜人がいたのだ。
天竜人とは世界の頂点に君臨する権力者であり現人神のような存在。故に如何なる人道外れた行いも許される絶対的な権力を有していた。彼等の気に障ることをすれば、海軍大将が軍艦を引き連れて現れ天竜人の機嫌を損ねた人間はたちまち抹消されてしまう。
現状麦わらの一味には海軍大将を相手にできるほどの実力はない。ハチと人面ヒトデのパッパグの意見を呑み穏便に済ませるほか彼等に道はないのだが......。
ヒューマンショップとの交渉が難航する麦わらの一味、膠着状態に切歯扼腕していたところに声がかかる。
「お前ら、そんな所で何をやってる。」
背後に掛けられた声に一同が振り返ると、そこにはスーツを着た男が立っていた。
「あまり大声で騒ぎ立てると海軍がやってくるぞ、近くには駐屯所だってあるんだ。」
壮年くらいの見た目のワノ国にいそうな顔立ちの男だった。
薄墨色がかった黒髪、若干吊り目気味のアーモンド型の瞳、目鼻立ちの通った顔付き。外資系の営業マンといった風采であった。スーツのポケットに両手を入れ麦わらの一味を前にする、風格はあるが見るからに堅気の男にナミは親切心で話しかける。
「お兄さん、此処はアンタのような一般人が来る場所じゃないわよ。」
「嬢ちゃん、人を見た目で判断するのは感心しないな。この辺りの無法地帯には俺もよく足を運ぶんだ…何か問題があるなら力になれるかもしれないぞ。」
男はポケットに手を入れたまま片方を僅かに持ち上げる。ひらりと揺れ動いたスーツの下から特徴的な形の黒い塊が顔を覗かせた。それを見たチョッパーは藁にもすがる想いで事のあらましを打ち明けた。
「成程な、人魚の友人がオークションに…」
相槌を打ちながら事情を聞いた男は暫しの間考え込む仕草をする。
「残念だが一度オークションに入れられちゃあどうにもならねえ。その友人を助けたいなら正規ルートで取り返すしかないだろう。」
「そんなぁ!」
「もう我慢ならねェ、ココを吹き飛ばしちまえばいいだろ!」
男の言葉に目に見えて落胆するパッパグとハチにサンジ達はヒューマンショップに対し激しい怒りを募らせる。遂にはフランキーが改造された掌から小銃を構えたところで、思案していたナミが声を上げた。
「買い取るわ!」
「え?」
パッパグが困惑げな声を漏らす。周囲の視線を受け、ナミは意を決したような表情で男を見上げる。
「最低でも二億はある…やってやるわ、ここのルールでケイミーを取り戻してみせる…!」
力強い眼差しを受け男は数秒の間ナミを見下ろすと一同に背を向けた。
「会場に入るには紹介が必要だ。俺が案内しよう。」
「え?あ、ありがとう。」
「なあおっさん、何で助けてくれるんだ?あ、あと名前はなんて言うんだ?」
「こんなのは人助けに入らないさ。名前は……そうだな、」
チョッパーの問いかけに男は一度足を止め振り返る。
背後に生い茂る巨大樹を背景に佇む男にサンジは一瞬全身の毛が逆立つような感覚をおぼえて、気のせいだと振り払った。
双方の間を一つのシャボンが過ぎ去るのを待ち男は口を開いた。
「グレイ、人は俺をそう呼んでいる。」
支部でも書いたけど、グレイに虚の玉座に座って欲しかったという細やかな願いから書いてみました。歴史がまるっきり違うからハプスブルグアブサンこの世界になさそう。
実はグレイの異能の核心に触れるIFだったり、そうでなかったり...。