外国人居留地として発展した山手町には現在も開港当時の名残りを留めるフランス山と呼ばれる地区がある。高さ三十メートルほどの木々に覆われた自然豊かな港の見える丘公園として知られ、かつては極東一の素晴らしき建築物とまで称揚された軍事館公邸が居住まい、フランス海兵隊も駐屯していた異国情緒極まる土地だった。館邸の機構は現存しており、急坂を上れば煉瓦造りの井戸や一九四七年に焼け残った一階の廃墟が出迎えてくれる、往時を偲ばせる郷愁に充ちた観光地である。
秋の夜長も残り二月未満で冬至に至るというのに、横浜の気候は今日に限っては真夏日和が引き返してきたかの微温湯の如き暑さに見舞われていた。昼間までは辛うじて冷気を孕んでいた風すらも恰も厄介事から逃避するかのように閑散と凪いでしまい、澱んだ熱気が街を丸ごと圧付けんとしていた。
時は燃えるばかりに輝く斜陽が世の狂騒を照らし出す逢魔が時。常時吹き抜ける季節風の代替に方角も定まらぬ阿鼻叫喚が至る所で活発に沸き起こっていた。それ故に樹林帯の只中に閑散と存在する庭園内に集う小勢が醸し出す異常な様相に足を止める通行人など一人も居ないのである。
では鉢合わせた者がその漂う瘴気の酷さに忽ち呼吸を止めてしまうほどの雰囲気を装う集団の正体とは何であろうか。都会の孤愁に適した閑静な地、それもありとあらゆる治安組織が前代未聞の大混乱の沈静化に駆けずり回っている最中に人知れず密会するような集団とは…無論、謂うまでもあるまい。
武装探偵社とポートマフィア、昼と夜を統べる二組織が人目を忍んで会合を開くに至った所以は、偏に横浜の地に惹起された然る非常事態にあった。
三社鼎立を制するべくマフィアが出した切り札こと夢野久作、基Q。彼の異能が組合に悪用された結果、精神に異常をきたした市井人が夥しい軍勢となり街中を跋扈することとなったのだ。則る司令もなければ況してや正気もない一般人を鎮圧することは一筋縄ではいかず、挙句無闇矢鱈と賊害するわけにもいかぬが故に守衛組織は一様に進退両難に陥る始末。海と風と太陽に恵まれた港町は、一歩外に踏み出せば狂乱の異能を罹った人々が見境なく襲い掛かる魔境と成り果てていた。
そんな逼迫した状況下、探偵社員の敦が持ちかけた新機軸により紛糾の元凶たる組合を打倒すべく二つの相入れぬ組織の長が忍び逢う奇怪な展開へと変じたのだった。
黒服か平服という両極端な装いに身を包む者達の中でも
会談も終盤へと差し掛かる頃、交渉が不調に終わり立ち去ろうとするマフィア一勢を福沢は呼び止めた。
「今夜、探偵社はQの奪還に動く。」
含みのある物言いに歩みを止めた森が横顔を晒した。頓着のない紅が福沢を薄らと睥睨した。
「それが?」
「互いの為にも今夜だけは邪魔をするな。」
「何故。」
「それが我々唯一の共通点だからだ。」
この街を愛している。それだけが十二年前に袂を分かち相容れぬ関係を引き摺ってきた両者が、譬え幾十年の歳月が経とうとも共有できる価値観だった。方針が違えど探偵社とマフィアは創設以来、横浜の地を守り続けてきた。街に生きる遍く人々が平穏の未来に在れるようにと彼等は各々の作法で三刻構想の下の使命を全うしてきた。
「組合に街を焼かせるわけにはゆかぬ。」
異国の異能組織を打倒する。十二年前、己に刃を突きつけてきた時と変わらぬ決死の心意気が凛とした音色に宿っているのを感じ取ると、度し難いとでも云いたげに森は苦笑を滲ませた。
「組合は強い。探偵社には勝てません。」
「それはどうかな。」
——突如、殺伐とした場にそぐわぬ安穏な声が降り注いだ。
続いて影が横切ったと思いきやそれは瞬きの間に人の形を成す。有り得ようもない第三者の介入を即座に察知した一同は一斉に視線を滑らせた。
…男が立っていた。革靴と暗色を達者に着熟す見てくれは平凡な勤労者か、外資系の営業職の担当社員といったところである。しかし風塵に塗れて曇った革靴と僅かに膨らんだ胸元、斑々に模様とは認識し難い錆びた赤茶に染まる姿態が彼が堅気ではないことを臆面もなく示していた。紙袋を左手に提げ、曲者どもの注目を浴びようが憚ることなく片手をポケットに突っ込み悠然と構える佇まいの男の正体を知らぬ者などこの場には居なかった。
グレイは悪魔的に微笑んだ。
「久しいな。まあ無粋な挨拶は止そう。相も変わらず仲睦まじそうで何よりだ。」
是迄までの淀みを優に凌駕する、張られた弦の如き緊迫感が空気に質量を増した。さもありなん、此度の大惨事の裏で糸を引いていると嫌疑を掛けられている当該者が事もあろうにマフィアと探偵社の密会場に忽然と現れたのだ。用心に用心を重ねて双方の幹部を通して取り決めた、特務課ですら知り得ない秘密の会合場所に。この段階で両組織の英明な者達の内内での疑惑は確信へと変わっていた。
神出鬼没の首魁が態々異能力を用いて修羅場に見学に現れる際は、事は例外なく重大な転換点に差し掛かっている証左であるというのは一種ジンクスでもあり、何よりも彼を知る者達の間では共通認識であった。さすれば虎穴から現れた奸悪な虎を前に如何して身構えずにいられようか。されど物情騒然たる狭隘な場で、グレイは一同の警戒を歯牙にもかけず煙草とライターを取り出した。
「実に十五年ぶりだな、二度とその面を拝むことがないよう願ってたが。」
「いやはや、古傷が痛む日が再び訪れようとは。」
「グレイ…何用だ。」
逸早く気を静めた森と福沢が男の一挙手一投足を注視する。心無い返答にグレイは肩を竦めてみせた。
「なに、大した用じゃねェよ…随分と組合相手に苦戦してるようだな。」
「貴殿の目論見通りであろう。」
福沢のさも親の仇にでも対するかのような容赦のない言い草に、心当たりのないグレイは微かに首を傾けた。
「勘違いしてるようだから言っておくが、俺は寧ろお前等を応援してる。」
「呆れた戯言を」
「フィッツジェラルドには確かに警告したさ、安易に横浜に手を出すなとな。だがアイツは俺程度の助言で止まるような小悪党じゃねェ。」
「つまり組合の長と接触していたことは認めると?」
黒幕と二人の頭領の駆け引きに耳を傾けていた太宰が口を挟んだ。
生気を感じさせぬ昏い双眸が太宰を、そして探偵社員からポートマフィアの構成員らを瞥見する。…何事を企んでか口端を不均一に吊り上げさせた。一連の面輪の変容を間近で刮目していた太宰は無意識下に外套の内懐に手を差し入れた。傍の広津も同様に後手にグリップを握り込む手を強める。
——全てが一指弾のうち集結した。
生存本能を刺激されて二人が武器を引き抜いたと同時に、身動きを止めざるを得なくなった。腹の底から湧き上がった喫驚が二人の体を硬直させたのだ。
男がいつの間に得物を取り出したのか、福沢と森を除いて誰も見留めることは出来なかった。視認する間もなく颯と攻撃に転じた筈の太宰の銃は真っ二つに裂かれ、広津が放った弾丸は弾き返され背後に控えていた黒服の男の眉間を貫いた。それのみならず。部下の生命の危機を察知し、目にも止まらぬ速度で森と福沢は各々の銃剣を抜いたが、刀は敵を斬り落とす為のナイフと、メスは象徴的なワルサーP38と絶妙な釣り合いで交わっていた。
「止めておけ、死人が出るぞ。」
先端の炙られた烟草を咥えて従容として苦言を呈する男の姿体は不気味なほどに殺気を感じさせない。そればかりか隙しか窺えぬ無防備な佇まい。されども研ぎ出された黒曜石のナイフの如き炯々たる双眼は彼の暴虐性を如実に反映していた。殊福沢と森はグレイの
時代が下ろうとも衰えを見せぬ超越者殺しの手腕、如何にも穏健な市民の皮を気紛れで引き裂き破壊の限りを尽くしては、一頻り満足を得て半端に皮を繋ぎ合わせる残虐性は健在であったのだ…!
途端に、福沢と森の脳裡には嘗ての戦場での生死を賭した熾烈な戦闘が喚起された。世界中の異能を駆使する豪傑の頂点に君臨し続ける男、紛うことなき絶対的覇者と相見え再び一戦を交えたいと願うのは強者であれば誰もが漲る必然の欲望であった。
されども闇医者と銀狼は二の矢を放つのを堪え武者震いに留めた。常闇島での雪辱を晴らす絶好の機会ではあるが、戦闘を続行することで不必要な人的損害を被ることは目に見えていたのだ。無論、自らも深傷を免れまい。
断ずるや否や二人は得物を引き下げ距離を取った。次いで部下に退行の目配せを送る様に戦闘の意思がないと見做したグレイは武器を下ろした。
広場は再び小気味の悪い静寂に包まれた。
*
どういう心境の変化かあっさりと攻撃を止めてくれた二人に俺は内心拍子抜けしていた。
互いを不倶戴天の存在と見做しているわりに、共通の獲物を発見した時に発揮する猛犬さながらの気性の激しさと戦闘における好相性はちっとも変わってないらしい。鬱憤の溜まった彼等の格好の餌食にされかけた俺は果たして泣けば良いのか悪態をつけば良いのか。顔を突き合わせれば周辺の木々を枯死させてしまいそうな殺意で襲い掛かってくることが判っていたから来たくなかったのだ。
ともすれば冷汗三斗が汗腺からどっと吹き出しそうになるのを耐えている所為で寿命が縮まりそうだった。噛んだのが舌じゃなくて煙草の吸い口だったのは僅かな救いだ。太宰にQの人形を渡してやろうと腕を動かしただけでまるで殺人ロボットみたいに俊敏に反応されるのだから全くもって笑えない。上司が上司なら部下も部下だな。
何となく不穏な気配を感じてナイフを振るように取り出し、慣らすように振り翳した瞬間切っ先が連続して何かを斬り裂いたような感触が骨に振動として伝わってきた。併せて得意の早技で左手に握り込んだグレイゴーストに気付けば鴎外のメスが、ナイフには福沢の刀が接触してるものだから尋常じゃなく度肝を抜いたものだ。一体何時の間に抜刀しやがったんだこの不謹慎医者に偏屈剣士め。
年齢とともに鍛え上げられた鉄仮面がなけりゃあ無様に腰を抜かして慄いていたことだろう。同時に組合を打倒するに足る悍馬もかくやの突発的血の気の多さに僅かばかり安堵した。
福沢と森が戦闘狂の発作を抑えてくれたことで袋叩きにされずに済んだのは良いものの、今度は無言の睨み合いが始まった。実に居心地が悪い。定期的にゆらりと昇る白煙が奴等と俺との間に希薄な隔たりを作ってくれてるおかげで目眩を起こさずに済んでいるが、如何せん煙草が不味かった。たった数秒が数十分にも感じられるほどに重い沈黙がのし掛かっていた。
この状況から目を背けたくなって都合の良い思考回路に逃避の話題を強請れば、有難いことに煙が三次元の文豪を模っているかの錯覚に陥り始めた。
よくよく考えればこの場にいる殆どが彼の有名な文豪達——正確には名前が同一なだけで異世界の別人なわけだが——、出生も時代も異なるはずの彼等が一堂に会する光景は奇跡といっても過言じゃないだろう。例に挙げるならば国木田は一八七一年、太宰は一九〇一年生まれで本来は歳の差が大きい。福沢にいたっては一八三五年、元の世界の紙幣に印刷されるほどの偉業を残した人物で到底俺がお目通り叶うような相手じゃない。此程に豪華な顔ぶれの中に庸劣な俺が紛れている事自体がフィッツジェラルドの緊急プランとどっこいどっこいの異常事態である。呼吸をするだけで如何に己が場違いか犇と思い知らされるばかりだ。
今は不在だが敦だって日本を代表する名高い小説家だ。彼の作品は俺も餓鬼の頃に熟読した。特に中編小説の『光と風と夢』で作家スティーブンソンが語った名言には酷く感銘を受け今でも強く記憶に残っている。
——昔、私は、自分のした事に就ついて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、何時も後悔を感じていた
それは大学時代、不透明な将来を憂いていた俺に一歩踏み出す勇気を與えてくれた貴重な格言だった。行動した後悔より躊躇った後悔の方が深く残るとはよく云ったものだ。散々な挫折を繰り返したって歯を食いしばって時に休んで、それでも前を見据えた経験こそが人生を豊穣にしてくれると気付かされた。
もう一つ、小説の中のスティーブンソンは衝撃的な発言をしている。
「『頭は間違うことがあっても血は間違わない』」
中略がありこう続く。
——それが真の自己にとって最も忠実且つ賢明なコースをとらせているのであること……我々の中にある我々の知らないものは、我々以上に賢いのだということ…
本当に正しいと納得できる道は存外自分の中に眠る自分自身…とりもなおさず本能が理解していると述べられていた。これは本能以外にも勘と形容しても善いだろう。この言葉に初めて出逢った際に俺は己自身が秘める潜在的な可能性を信じろと激励されたような心地になった。勿論、この作品に留まらずその他多数の文豪が残した名言が英知となり原動力となり今の俺へと繋がっている。文壇に刻まれてきた栄光は俺だけでなく数えきれない程の後世の人々に、社会に影響を及ぼしてきたのだ。
運命とは数奇なものだと、文学の奥深さと異世界に訪れた己の境遇に感嘆を覚えているうちに思考に浸りすぎていたらしい。
太宰のという得心がいったとばかりの妙な「成程。」 が物思いを破った。意識を太宰に向ければ情感に乏しい真顔が俺を睥睨していた。
「貴方がQの人形を持っていたわけだ。」
…俺の記憶が正しければコイツの異能は異能無効化だったはずだが、天眼でも獲得したのだろうか。とまれ、事情を察してくれたなら話は早い。
「正解だ。」 そう云って袋から取り出した人形を太宰に放り投げた。
『人間失格』は触れた途端に発動する。これで現行横浜に降り掛かっている収束に向かい、姦しい緊急警報も夜間には鳴り止んでくれるだろう。
矢庭に呪いの人形を放り投げた俺に動揺を露わにする面々を他所に、近くの茂みから顔を覗かせていた谷崎と森の側で直立する広津に歩み寄ると無駄に重い紙袋を押し付けた。多汗症なのか額から鼻筋に汗を垂らして谷崎は袋に手を差し入れると分厚い紙束を取り出した。
「さて、取引といこうじゃないか。」
一枚目の字面に驚愕に目玉が零れ落ちそうなほど眼を見張る二人。
「俺はQに用がある。代わりにお前等には組合の作戦書をやる。」
森と福沢は二人に手渡された捲って資料を内容を改めると、俄には信じ難い面相をした。さもあろう、六百頁にも及ぶ分厚い本はフィッツジェラルドが俺に贈った作戦書だ。人虎誘拐から横浜焼却作戦までの全体戦略が優秀な参謀ルイーザ・メイ・オルコットによって緻密に纏め上げられている。広津に渡した方は一言一句間違いなく印刷された複製品だ。
探偵社とマフィアの頭領は揃って顔を上げると解せないと謂わんばかりの刺々しい目付きで真意を問い糺してくる。
「目的は何だ。」
「言っただろう、事態の迅速な収束をお前らに求めてると。俺としてもこの状況が続くのは好ましくない。」
「到底信じられぬ。組合の壊滅が目的ならば貴殿が手を回せば疾く落着することであろう。態々Qの為にこの場に赴く由がない。殊の外子供の異能を悪用すると判っていて引き渡すなど言語道断!」
「無理難題ですねぇ、Qが我々ポートマフィアに属していることはご存知の筈。…こういうのは如何でしょうか。今此処で腹の内を明かす…!」
肌を刺すような殺気がぶわりと湧き起こった。風に騒めきだす樹々が、頭上の夕空を過ぎる鴉の鳴き声が、依然として大気を震わす警笛が、フランス山の敷地を余すとこなく暗鬱な修羅場へと塗り替えようとしていた。殺意の氷柱が何処からともなく飛来してきそうなほどの圧力だった。そこまで癪に障る発言をしただろうかと頭を捻りたいところだが、生憎この展開になることは半ば予測が付いていた。
俺の言葉を信じられない両者は敵愾心を剥き出しにした大鷹もかくやの眼光で、刹那にでも剣戟の響きを起こそうとしている。だが今回ばかりは俺とて大人しく譲ってやるつもりは毛頭ない。
「判ってないようだな。これはお願いじゃない…宣告だ。Qは俺が貰っていく、邪魔をするな。」
元より許可など必要ない。曲がりなりにも道を踏み外した犯罪者なのだから、俺は俺でアウトローらしく望みを叶えさせて貰おう。何よりQとは約束しちまったんだ、口八丁で救済という言葉の重みを良い年こいた男が無碍にするわけにはいくまい。…悠々自適な住まいを破壊されて気が立っていたのは自明である。
能う限りの威圧感を醸し出すと、周囲が身動いだ気がした。
窒息しそうなほどの厳粛な空気が充満していた。まさに一触即発の雰囲気であった。
福沢と森の無機質と攻撃的との表裏な眼差しがじっとりと絡み合い、
「やめておこう、俺とて命は惜しい。」
「…やれやれ、私達も舐められたものだ。」
手を挙げて素直に降参を示せば、森は消化不良とでも主張したげに柳眉を顰めた。弱者相手だと舐めてるのはそっちだろうがと論駁したいところである。
どうせ此処で膝詰めしたって埒が明かないうえに当初の目的は果たしたのだ。いつ振り翳されるやもしれない抜き身の刃を前に暢気に紫煙を燻らすほど俺の神経は合金でできてない。地面に落とした煙草の火の始末をつけてから俺は背を向けた。
「精々虚を衝かれないよう健闘を祈る。」
あとは敵同士ご勝手に。一刻も早く退散しようとしたところで制止が掛かった。振り返らずに促せば、福沢の品位のある低い声が空気を震わせた。
「度々社員から報告が上がっている。敦を心にかける訳を答えよ。」
その声音は一切の嘘を許さないと暗に警告していた。
確かに敦のことは気に掛けちゃいるが福沢達が満足するような大層な理由は無い。だが強いて挙げるとするなら…
「中島敦は鍵だ。この世界の何処であろうと敦の在る場所が
この世界における最も重要な主役、「文豪ストレイドッグス」の核心的存在。彼の存在抜きには物語は決して進まない。若しも俺が干渉してしまった所為で物語に綻びが生じたならばそれを修正するのは当然の責任だった。
「気ィ張れよ、ジェットコースターはまだ昇り出したばかりなんだ。」
不本意にも同乗させられた俺に許されるのは、誰かが落下事故に巻き込まれないよう気を配り、目紛しく移り変わる景色を刮目することだけだ。交互に訪れる禍福のその先に待ち受ける未来など、預言者でもない限り予見できないのだから。
いつしか煩わしく鳴り響いていた警報音も消え、無音の世界に折良く突風が吹き荒れた。
勢いよく流れる雲に太陽が覆い隠される。未来を按じた矢先に些か縁起が悪いものだと、同情を求めるように中途半端な笑みを晒して、背後の連中の顔貌を目の当たりにした途端見て見ぬふりを決め込んだ。
それ以上の反応がないのを数秒待って確かめると、翳りを落とした広場に地面から巻き上がる落ち葉に紛れるようにして俺は異能を発動した。