文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

24 / 122
Creepy hollow

 

胸騒ぎというものは望まねば望まぬほど的中するものである。

探偵社へと帰還した敦と国木田は眼前に広がる残状に呆然と立ち尽くした。 

 

探偵社のビルの一階に構える喫茶うずまき、社員も常々足を運ぶ馴染みの喫茶店の惨憺たる有様に道ゆく人々が立ち止まり人だかりをつくっている。中には吹き曝しとなった店内を覗き嘔吐する者や蹲り目を背ける者もいた。 

歩道にまで散乱する砕けた窓ガラスを踏み越え中へ入った敦達は、焦げ付くような独特の異臭に思わず鼻を抑えた。

 

原型を留めぬほど破壊された内装、上階にも被害が及び崩落した天井がカウンターだった場所を瓦礫で埋め尽くしていた。テーブル席から投げ出されるようにして床に転がる複数の死体は判別がつかぬほど損傷している。 

それらが物言わぬ亡骸であることを理解していながら敦は覚束ない足取りで歩み寄り安否を確かめる。他方で流石の場数の違いで正気を取り戻した国木田は背中を伝う冷汗を感じつつもぐるりと店内を検証しだした。

 

——下手人は三人以上、先ず店内に入ると客を銃殺。 

次にカウンター奥の厨房が荒らされた形跡を発見。 

——死体の中にオーナーらしき遺体はない。血痕パターンから推察するに犯人はオーナーを連れ去り最後に店を爆破…。

 

国木田は特に損壊の激しい四方の隅をくまなく観察すると小さな破片を手にした。ふっと息を吹きかけ埃を振り払い破片に僅かに刻まれた文字を解読すると、額に汗を滲ませる。

爆弾の破片に刻まれた文字の羅列、それは中南米や東南アジアでのみ活動する武器製造業者を示すものだった。 

 

「国木田さん…」 

 

突と呼び掛けられた国木田は面を上げる。顧みれば敦が震える手で一枚の紙を差し出していた。受け取って走り書きされた内容に目を通してみる。

 

「探偵社(敦)へ 

 

出勤したら武装した男達が店を襲撃してる場面に遭遇。オーナーが攫われたけど間に合わなかったわ。私は後を追うので携帯の通知をオンにしといて。直ぐに連絡する。 

 

ルーシー」  

 

置き手紙はつい先日からうずまきの従業員として働くことになった元組合のルーシーからだった。

 

「今直ぐ追いかけないと…!」

「待て敦。彼女を信用できるのか、元とはいえ組合の刺客だぞ。」 

 

即刻駆け出して行きそうな敦に国木田は制止をかけた。

敦自身、突如としてうずまきに現れたルーシーに不信感を抱かなかったわけではない。しかし敦には以前白鯨で彼女に助けられた恩があった。

数日前、とある依頼をきっかけに敦とルーシーは胸襟を開く機会を得、二人は敵同士から友人へと関係が昇格したのだ。故に敦は天邪鬼な態度の裏腹で人を想いやる心を持ち合わせている少女の本質を信頼している。

 

「彼女は絶対に信用できます。」 

 

強い意志の裏打ちされた声調に国木田は瞠目した。

出会った当初は何をするにも怯懦だった青年が探偵社の入社から三月も経たぬうちに自信の篭った目差しをするようになったのだ。傍で成長を見守ってきた大人として嬉しく思わぬわけがない。僅かに緩みそうになる口許を彼は結びつけた。 

 

「ならば俺達にできることは情報収集のみ。周辺の監視カメラを洗え。俺は特務課に連絡を入れる。」

「はい!…って特務課ですか?」

「ああ。良いから早く行け。」 

 

野次馬を掻き分け外へと飛び出していった敦を見送ると、国木田は今一度全体を見回した。特務課での密話に加え予想だにせぬ襲撃、胸中に一人の男の面影が想見されると想像したくもない酸鼻な情景を去来させ、無意識のうちに懐に仕舞われた感触に手を差し込んだ。 

 

 

赤々と点滅する回転灯、街中の空気を震わさんばかりに鳴り響くサイレン、街灯に引き寄せられる蛾の如く群がる人だかり。雑踏を縫って行き至った光景に俺は言葉を失った。壊滅的な状態のうずまきと黒煙の昇る二階の法律事務所から何事が起こったのかを推察するのは容易だった。 

 

「すごーい!これがハロウィン!?」

「あの、多分違うと思います」 

 

興奮するQとは正反対に狼狽を見せるルイーザのやりとりを聞き流しながら周囲を観察してみる。道路の二車線に列を成す緊急車両の最後尾に見覚えのある日本車が停まっていた。表世界の人間が決して知ることのない特殊な二桁の数字のナンバープレートを取り付けて。異能特務課であることを示す車両から次に眼を移した先は規制線の向こう。これまた記憶に新しい眼鏡の痩身の男がいつにも増して窶れた面相で現場指揮を執っていた。 

 

スーツのポケットが小刻みに振動した。携帯を取り出してQとルイーザにも聞こえるようにスピーカーにする。 

 

「ルーシーか。」

『グレイ、今何処にいるの?』  

「うずまきだ。何があった。」 

 

現状一番状況を把握してそうなルーシーに問いかけると、彼女は事のあらましを説明しだした。 

彼女の話では、出勤早々武装した集団がうずまきを襲撃している現場に出くわしたという。直後、両腕を縛られ意識を失っているオーナーが車に乗せられた。咄嗟に異能で止めようとしたが寸秒早く車が発進してしまい、急ぎ追跡して隠れ家らしき場所に居るとのこと。現在地を問いただそうとして、スピーカーが打撃音を拾った。

 

「…大丈夫か?」 

 

ルーシーは応えない。 

バキ、ボキ。

反響する野太い悲鳴。硬くて重そうな何かが激しく衝突する音。数秒の後、電話の持ち主が漸く言葉を発した。 

 

『待たせてごめんなさい、大丈夫よ。今片付いたところなの。』

「…そうか」 

 

人間の骨が砕ける音がしたことに触れるべきか迷った。孤児院の院長に捨てられ掛けていたところを拾って娘のように育てたのは俺だが、アグレッシブなツンデレになるように教育した覚えはないのだが。思いつつも己の教育方針を悪びれることはなかった。彼女が天邪鬼は遥か昔からである。

 

『途中で敦達が来てくれて店長もアンの部屋で保護してるわ。』

「安心したよ。」

『当然よ、なんたって私は貴方の二番弟子だもの。』 

「で、相手は誰だったんだ。」

『それが…』

「どうした。」 

 

突然歯切れが悪くなった彼女に二人の聴者が小首を傾げた。 

 

『ザアパルクっていう劣悪集団とグアダロアの徒党みたい。』

「今、なんつった…?」

『そのッ、グアダロアカルテルよ』 

 

どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。 

グアダロアカルテルといえば、アンゴラから派生した南アフリカに有力な支部を置く麻薬カルテルだ。

 

随分以前にアンゴラの地を踏み締めたことがある。戦後のアフリカ大陸は三歩歩けば背後から頭を殴られ臓器を売り払われる、現地の案内人がいなければ俺なんざ空港を出た瞬間に斬り刻まれていたかもしれない程の危険地帯だった。当時、植民地支配者を駆逐して調子づいた複数の犯罪シンジゲートが講和を開く為に集結した。そして際限なく不幸体質の俺は彼等の諍いに巻き込まれてしまった。詳細は割愛するが最終的に各組織の兵站的拠点が次々と破綻したことで抗争は終結した。グアダロアカルテルはアンゴラ発祥の犯罪シンジケートの内一組織というわけである。 

 

今年初めに日本で事業を拡大するという旨の意図の読めない通達を寄越されたが、まさか俺の目と鼻の先で荒事を引き起こすとは思いもよらなかった。此処を野生の猛獣が闊歩するサバンナと勘違いしてるんじゃなかろうか。兎も角、とうに記憶の隅に追いやられた筈の異物があろうことか俺が懇意にしている人間を連れ去るとは…。 

 

「オーナーは無事か。」

『指を折られて爪を剥がされてるけど命に別状はないわ。』 

 

力を持たない人間を軽んじる悪魔の所業を断じて許すわけにはいかない。沸々と湧き起こる憤りを拳を握ることで抑え込んでいると、何となく両隣の二人が息を呑むのを感じた。

続けて電話口から放たれた『それと、本隊が貧民街で待機してるらしいわ。どうも探偵社潰しと組合の遺産が目当てみたい。』というルーシーの言葉にルイーザの双眸が驚嘆に染まった。憶測が確信に変わった。 

 

「探し人はフィッツジェラルドか?」

「…はい」

「ならラッキーだったな。」 

 

どうやら互いに目的地は同じらしい。

 

………。

 

コンクリートの隅々に罅の入った平屋や劣悪な区域では家とは名ばかりの掘ったて小屋が立ち並ぶ貧困区域。嘗て日本最大規模とまで云われ忌避された乞食谷戸に俺達は身を移していた。流石に同伴させるには躊躇われたのでQはルーシーの元へと送り届けた。最後まで綿菓子をねだっていたが彼女に一任しておいたので上手く面倒を見てくれるだろう。 

 

ハイチやブラジルほどではないが襤褸切れを纏って地べたに座り込む者達や、満足に飯を食えず痩せ細った子供達がボールを転がして遊んでいる様は海外のそれと変わらない。唯一の違いといえば治安の悪さくらいか。物乞いをする人はいれど凶器を手に取り囲んでこないあたりよっぽどマシである。

様々な事情で生活に困窮する人々が集う此処は一般には杳とした情報を集めるにはうってつけの場所だ。東の島国に寄辺なんぞ無いフィッツジェラルドは必ず此処に居るだろう。 

 

貧民街の地理的な中心地に至ると俺はルイーザに向き直った。カルテルの本隊を探したいところだが、先ずは勇気を振り絞ってくれた彼女の願いを叶えてやるのが人情というものだ。

 

「一先ず手分けして探すか。」 

 

東京ドームよりも弘大な面積を二人一組で捜索すれば何れ陽が暮れちまうので二手に分かれた方が手っ取り早い。れっきとしたスラムではあるが此処は腐っても日本、そも彼女は曲がりなりにも元組合の作戦参謀だ。チンピラに絡まれるような軽率な行動を取るとは思えないし万一の為に俺がいる。 

フィッツジェラルドを発見した時、或いは緊急事態が発生した時は直様連絡するように念押しして俺達は別れた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。