文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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亜墨利加奇譚(後)

 

 

オルコットは反射的に目を瞑った。

しかし彼女の耳に届いたのは予想とは異なる声質の呻きだった。怖々と瞼を上げる。そうして悲鳴すらうっかり呑み込んでしまう光景を目睹した。 

 

「随分と遅かったじゃないか、オールド・スポート(親友)。」

「いつから俺とお前は親友になったんだ。」 

 

フィッツジェラルドに銃口を向けていた構成員は膝を貫かれ蹲っていた。それを一瞥もせずに男は満身創痍のフィッツジェラルドに白けた眼を寄越した。

 

「ミスター、どうして」

「連絡しろとあれほど言った筈だが…あんだけデカい光柱が立てば誰だって気付くさ。」

監視人(オブザーバー)は決して仕事を放り投げない。オルコット君が連絡を怠ったのが自明だったのでな、今も俺を探していると思ったんだ。」

「陰険なやつめ。」 

 

グレイは苦痛に喘ぐ男の額を至近距離で撃ち抜くと騒めく男達を放置してフィッツジェラルドに向き直る。そして負傷した箇所を確認すると器用に片眉だけを顰めた。 

 

「派手にやられたな。動けるか?」

「目玉は付いてるか。」

「非戦闘員のレディと死に損ないの貧乏人が映ってるな。」

「何だ見えてるじゃないか。」 

——あとは頼んだ。 

 

どよめく外野を徹底的に閑却して軽口を叩き合う大物二名にオルコットは呆気に取られていた。片付けを一任すると云い終えるや否やフィッツジェラルドは木箱に凭れて傍観の姿勢に入る。体良く面倒事を押し付けられたグレイは盛大に舌打ちをした。くそったれと吐き捨てる言葉遣いは粗暴だが、どことなく弾んだ調子から些かの愉悦が感じられる。

 

やり取りが済んだグレイは二人に背を向けた。徐に垂れかかった前髪をさっと掻き上げると、殲滅の合図を示すと畏れられる仕種にグアダロアの面々は益々騒然とした。たった一人の凡人の登場でいつしか形勢は逆転していた。

切れ長のアーモンドアイが細められた瞬間、男を纏う雰囲気が一変する。触れれば弾けるシャボン玉の如く緊迫感に満ち満ちた空間で、何百年も海底を沈降する沈没船もかくやの重厚感宿した眸が集団を見通した。 

 

「どうも俺の記憶は頼りにならないらしい。なあ、教えてくれよ。どうしてお前らはこんなにも野蛮なんだ?」 

 

男が限りない一般人であることを存ぜぬ者達にとっては甚だしく我が身に返ってくる発言だったが、冬場の澄明な氷柱さながらの研ぎ澄まされた声音はその場にいた誰しもを脅かした。心臓を冷ややかに鷲掴みにされたオルコットは無意識下に上司の裾を掴んだ。逆らえば命はないと猛烈に警鐘を鳴らしている。 

 

「所詮舌先三寸のレプティリアンか。」

「ち、違う誤解だ!俺達はアンタが関わってるって知らなかったんだ!」

「探偵社を狙ってうずまきのオーナーに手ェ出したことの何が誤解だ?あの人がコーヒーを淹れられなくなったらどう償うつもりだ。」  

 

的外れな説法に多くが寸秒拍子抜けした。されど粟一粒は汗一粒を頑なに銘記する男にとっては決定的な逆鱗である。そしてそれに触れるどころか龍の棲家を土足で踏み荒らしてした暴漢どもに命乞いの機会はなかった。たとえ平身低頭で寛恕を請うたところで無意味であろうと、これ以上鱗を引き剥がすような愚行だけは避けねばならない。 

 

「悪かった、アンタの知り合いだって知らなかったんだ。こいつら(ザアパルク)が勝手にやったことで…」

「もういい。」 

 

言い訳は通用しなかった。男の言葉を遮ったグレイは二梃のハンドガンに両手を差し伸ばす。 

 

——一発の筒音にしてはやけに大きく、鯨が破裂するような音が鳴り渡った。

それが四発であったことを瞬時に察知した者はフィッツジェラルドを除いていなかった。

 

手元が狂い抜きざまに誤発された弾丸はそれ自体が意思を持って前進を避けたかのようだった。誰一人貫くことなくとそれらは障害物や壁に反射した。命中したのではない、跳ね返ったのだ。

立ち尽くしていた賊徒はグレイが照準を外したのだと思い込んだ。その通りだが男の悪運を舐めることなかれ。

 

ギギギ、金属の擦れる音が頭上から降ってくる。

不快に捻子を軋ませてガータークレーンが落下し始める。一斉に見上げた男達の内六割は視認することなく下敷きにされた。血飛沫が拡散した。

石灰が舞い散りて見通しが悪化する中で運よく落下範囲から外れた者達をグレイは狙った。知っての通り、彼は銃であろうが剣であろうが空手であろうが論判を除いては滅法対人戦に弱かった。 

 

カンカンと壁に当たって何処からともなく高速回転する弾頭が迫り来る。飛来してきた死に男達は成す術なく被弾してゆく。SFアクションじみた展開を異能という非合法すれすれの手段で同じく他者を蹂躙してきたフィッツジェラルドを介抱しながらオルコットは愕然とせずにはいられなかった。

人体を狙い撃ちせず障害物を反射させて命中させ、先方から放たれる鉛弾を弾き返す類稀なる跳弾技術はさる事ながら、どの方角から襲来するかを曖昧にして間接的に脅かす性悪さに心胆寒からしめられたのだ。

 

金属音が激しく乱れ絶叫が飛び交うこと暫く、弾倉を切らしたグレイはアンクルホルスターから予備の回転式拳銃(SAA)とナイフを取り出した。その後頭部に男が鉄パイプを振り翳した。

…しかし其処彼処に放り出された小銃を拾ったフィッツジェラルドによって奇襲は妨害された。喉仏を砕け飛ばして斃れた末端を見、グレイは文句を云った。 

 

「おい怪我人、助けは有難いが間違っても俺に当てるなよ。」

「ハッ、嫌なら弾き返すと良い。」

「無茶苦茶なヤツめ」 

 

その後も一方的な蹂躙は続いた。

グレイは男踊りを聯想させる流麗な動作で数種の凶器を用い、恰もビデオゲームのミッションでも遂行するように敵を仕留めた。フィッツジェラルドの助太刀もありものの数分で穴だらけとなった倉庫は不吉な赤色に染まった。 

 

——パァン!

最後の一人が崩れ落ちると静寂が帰ってきた。

 

血の海に佇む男の頬を伝った返り血が滴り落ちる音色がやけに透き通っていた。屁でも無いといったふうにこちらを振り返る男の闇夜にぼやける輪廓を、間の抜けた面で凝視していたオルコットの体から俄に力が抜けていく。 

 

崩れ落ちかける体が抱き止められる確かな温かみがとどめとなった。

汚れた頬をハンカチで丹念に拭う男の姿を最後にオルコットの視界は暗転した。

 

 

顔に付着したいつまでも慣れない忌まわしい感触を拭っていれば何かが転倒する音がした。尻目に見遣れば意識を失ったオルコットをフィッツジェラルドが抱き留めていた。撃たれたのかと思って確認してみるが外傷は見当たらない。単に充電切れのようだ。 

 

「で、これからどうすんだ。ルイーザはお前を探してこんな所まで来たわけだが。」 

 

貧相な身なりで貧民街を彷徨いていたあたり、成金として大成して以来久方ぶりの挫折に栄華の脆弱さを噛み締めていたのだろうが。どうせ彼女を助けに現れた時点で腹は括ったんだろう。案の定、俺の問いかけにフィッツジェラルドは鼻につく口角を蘇らせた。

 

「ああ、体を休めてからじっくり練るとしよう…新生組合の設立計画を。」 

 

地球の色合いをそのまま落とし込んだかの双眸は端然としており、己の華麗なる躍進はこれからなのだと物語っていた。ならば俺がこれ以上扶けられることはない。

 

「借りを作ってしまったな。」

「俺は何もしていないがな。」

「ふっ、そういうことにしておこう。」 

 

気障ったらしい台詞が腹立つほどに似合うアメリカンは熟睡する部下を抱え直して去って行った。

 

二人の姿が不文明な夜の帳の彼方に完全に消えるのを見届けてから、帰路に着こうと踵を巡らした俺の耳朶に別な物音が届いた。うぅ…っテェな、と微かに呻吟する胴間声が。

 

「嗚呼、まだ生き残りがいたのか。」

「なッ、なんだこりゃア!誰だテメェは!」 

 

チェビー・チェイスの透明人間のコスプレにしては不潔すぎる包帯を額を押さえながらむくりと起上がったソイツは、周囲の有様を視認した途端にどえらい剣幕で怒鳴り散らしはじめた。 

 

「人に名を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だろ。」

「あ゛?まあ良い、教えてやる。」 

 

そう云うと自分をイカした英国贔屓のイタリア人だとでもいいたげなしたり顔で包帯男は髪を掻き上げた。

 

「よく聞け。俺は何れ横浜を牛耳る凶悪犯罪組織ザアパルクの頭領、親指の爪(サムネイル)だ!」 

 

…落ち着け俺、ここで笑ったら可哀想じゃないか。

戦隊モノの悪役でもそんなダサい通り名のキャラはいないだろう。画像のサムネイルでも親指のサムネイルでもどっちにしろ格好悪いわ。だがこちらの白けた心地をてんで察せられないサムネイル君は何処からか取り出したペンチをカチカチと蟹のように鳴らしだした。お前は今日から蟹星人だ。 

 

「…そうか、俺はグレイだ。」 

 

一日中動き回った所為で疲労が溜まっていた俺は一人くらい見逃してしてやろうとして、しかしペンチの咥え部にへばり付く乾いた血を見留めると即刻思い直した。オーナーの指を折り爪を剥いだ犯人が警戒を抱かぬよう緩慢に歩み寄って、握ったままナイフを振り上げようとして… 

突如として乱暴に開かれた扉に動きを止めた。折悪い邪魔者は意想外にも顔見知りだった。

 

「困ったな、政府のストーカーはお断りしてるんだが。」

「そうさせているのはそちらでは。」 

 

坂口に率いられて出入口を塞いでいる堅苦しい黒スーツの集団は十中八九特務課の闇瓦だろう。目的は容易に判じられる。生真面目なポーカーフェイスを崩す坂口は俺の存在を予期していなかったとばかりの瞠若っぷりだ。それでも特務課のエースとは軽口を叩き合えるくらいにはお近付きになれたらしい。俺からすりゃ悲報でしかないが。

一行に紛れるとりわけ馴染みの深い二名を発見すると目尻が緩んだ。特に敦は目玉が飛び出そうなほどに強張った表情で倉庫を見渡している。

 

「グレイ、さん?」

「敦か。」  

「一体此処で何が…」 

 

彼の言葉に忘れかけていた現実に引き戻された。己を改めてみる。

暁闇の中で出鱈目に四肢を振り乱した所為で一張羅のジャケットは普通の水分よりも比重のある血紅色で重たい。屈んだり避けようとした弾みで垂れかかった前髪からは服を湿らすものと同質の雫が滴り落ちている。他人の体温を感じるのが不愉快極まりない。 

 

「あー、あれだ。ハロウィンの仮装だよ。」 

 

見苦しすぎる言い訳に微笑を浮かべると、敦は少し白っぽい唇を震わせた。十八歳の未成年には刺激が強すぎただろうか。仕事現場に人が遭遇する機会なんて滅多にない。俺が無駄な動きを止めて一発で獲物を仕留められるだけの技量があれば良かったのだが、悲しいかザアパルクを含め二百を超えていた為にスプラッタが出来上がってしまった。

 

「常々思うんだ、誇張された映画よりも現場の殺人の方が余程生易しいってな。お前らなら理解できるだろう?」

 

殊更殺伐とした魔都において常時存続を脅かされている行政機関の人間ならば。同意を求めた問いかけは残念ながら相槌の一つも返ってこなかった。俺は気を取り直して坂口に要件を尋ねた。

 

「ザアパルクが異国の犯罪組織と結託して横浜で肥え太ろうとしていたので早急に対処を迫られたのです。」

「なら仕事を奪っちまって悪いな。」 

 

どうせ特務課が介入する手筈だったのなら端から俺が出しゃばる必要はなかったではないか。骨折れ損の草臥れ儲けだと吐息を漏らしそうになって思い直した。フィッツジェラルドとルイーザの窮地だったことは勿論、何においても敬愛するうずまきのマスターに手を出した蛮族を許すまいと出向いた決意は誤りではないのだから。

 

「此処に居るので全部ですか。貴方が彼等を?」

「そうだ。」

「愚問でしたね。」 

 

正確にはフィッツジェラルドと(俺)だが。苦労の多そうな公務員の目線の先を辿ってハロウィンの猟奇的なオブジェと化す死屍累々を眺める。俺が撃った記憶のない奴等が殆どだ。なんだかんだ言ってフィッツジェラルドが俺の拙い活劇をフォローしてくれていたのだろう。何が借りだ、格好付けやがって。 

 

「カルテルを潰したということは本件に貴方は関与していないと思っても?」

「心外だな。俺が堅気を襲わせる卑劣な男に見えるってのか?」

「…失礼、愚問でした。」 

 

坂口と捜査官数名が付近の死体を検分し始めた時、控えめな混迷が俺に投げ掛けられた。 

 

「お、おい。何が起こってる?」 

 

流石の透明人間も巫山戯てはいけない場面を弁えていたのだろう。だが空気を読むあまりに己が空気と化してしまったようだ。俺の背後に隠れていた小心者がそわつきだしたことで此処にきて漸く一同は男の存在に気付いた。

 

「諸君、紹介しよう。コイツはザアパルクのサムネイル。」

「サムネイルだと?」 

 

絶望的なネーミングセンスに俺と同様の反応を起こした国木田に内心で同意した。

今日は折角のハロウィン。帰宅を待ち侘びる子供達の元へと土産を買って帰ってやらねばならない。だが最後にすべきことがあった。

 

「ッ待!」

「敦!」 

 

俺はナイフを思いっきり横に振り被りサムネイルの喉仏を掻き斬った。総頸動脈がスッパリと断たれたことにより紅血が噴出し、またもや衣服に飛び散った。

それにしても流石は戦闘特化の異能持ちである。俺がナイフを握り込む力を強めた瞬間に虎の異能で急接近した敦は人間の肉眼で視認できる速度を逸していた。寸秒遅くサムネイルの命が刈り取られる方が早かったのは俺にとっては幸いだ。

 

「気をつけろ、危ないぞ。」 

 

確実に殺すべく大きく振りかぶったナイフが急停止した敦の首筋にひたりと接触した。微動だにせず、唾を呑み冷や汗を流す敦の軽率さに俺は注意を促した。すかさず駆け寄らんとする国木田を留める捜査官達を一瞥すると、ナイフを引きひと回しして懐に仕舞う。 

切れ味の良い凶器が離れた途端に膝を突き、浅く肩で呼吸をする敦の肩を慰撫してやった。サムネイルが息絶えた。 

 

「ハッピーハロウィン。」 

 

魔法の合言葉を唱えると俺はその場から消え去った。

 

 

「あらグレイ!…魔神が魔神のコスプレかしら。にしてはナチュラルすぎるわね。」

「僕知ってるよ、死神って言うんでしょ。」

「お前ら…」

 

 

 




ボブ・マンデンという伝説の男をご存知ですか。男主の早撃ちの速度は彼と同等と認識していただければ分かり易いでしょう。

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