文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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Deadly drive

 

 

色とりどりの光の粒が煌々と夜の帳を照らしている。

クリスマスのイルミネーションに彩られた並木道は宝石のように輝いて私の視線を奪う。けれどそれも瞬きにも満たない一瞬のこと。 

 

「うゎああぁああ!?」 

 

手を繋ぎ夜景を楽しむカップルも、道路沿いを走る自転車も、出店に並ぶ人の行列も。

街に生命の息吹を吹き込む精彩の全てが残像にぼやけて混ざり合う。まるでぼかしブラシを搭載したコンタクトを付けているようだった。 

 

直線道路の遥か彼方、数キロメートル先を私の車が走っている。 

 

「もっとスピードを出せ!」

「分かってる、振り落とされるなよっ、」

「ぇ!?まだ飛ばすんですか!?」 

 

必死の訴えも虚しく加速し続けるフェラーリに私は死に物狂いにシートベルトにしがみついた。

ゴーゴーと轟音を轟かせているのはエンジンか、それとも車体を撫でゆく暴風か。既にスピードメーターは三百キロを上回っていた。 

 

 

いつか港で不運にもポートマフィアの秘密取引に遭遇したことがあった。あの時は今は亡き京極の使い魔であり軍警の特別上等捜査官、飛鳥井さんが助手席に座り共に死線を潜り抜けた。

 

今でも鮮明に憶えている。マフィアの庭である港中を駆け巡りまるで映画のワンシーンのような躍動的なカーチェイスを繰り広げた。最終的に連中が対軍兵器をぶっ放したことにより私の防弾仕様だったアストンマーティンはお陀仏になってしまったけれど私と飛鳥井さんは急死に一生を得た。 

 

「例えるならァ……一筋ィの流星ィー、」

「なんだ京極…は?...聞こえんもう少し声を張り上げろ。」 

 

この二人、完全にイカれてる…! 

 

僅かな判断ミスが死に繋がる切羽詰まった状況、飛鳥井さんは私の運転が無茶苦茶だと絶叫していた心境が今ではよくわかる。…否、寧ろ私の運転がどれだけ生易しかったか、今彼が隣にいたならばきっと全身の体液という体液を垂らして私に感謝しただろう。 

 

 

「うおぉおおおお!?」 

 

右に左に揺れながら障害物を避け前進する車。前後左右に揺らされる衝撃、何度も訪れる浮遊感。蓋のない洗濯機に入れられた洗濯物の気分だった。  

 

グォン、ブォン、グォー! 

 

猛スピードで走った甲斐もあってか豆粒サイズだったアストンマーティンが段々と大きく近づいてくる。ありえないスピードに平衡感覚も大分取り戻した私は前方二席のヘッドレストを掴み身を乗り出した。 

 

フェラーリとアストンマーティンが横に並んだ。 

 

「捕まれ。」 

 

ハンドルを握り込んだ薄墨さんが思いっきり腕を横に振った。 

 

「っ!」 

 

身を揺るがす衝撃音とともに鉄の塊がぶつかり合った。

不意にアストンマーティンの窓ガラスが開く。中から見慣れた小型の武器が筒穴を覗かせ、反射的に全員が頭を伏せた。 

 

パァン! 

 

続いて訪れたのは五臓六腑が半身に寄せられる感覚。アストンマーティンの逆襲だ。 

 

「むむ、やるわね…それでこそ私の車!」

「どっちの味方だよ。それよりも銃くらいは装備しておけ。」 

 

薄墨さんが冷静にツッコミを入れた。痛すぎる指摘だった。

島田は勝ち誇った顔で更に車を加速させた。間髪を入れずに薄墨さんもスピードを加速させる。 

 

三百六十度全方位から悲鳴が聞こえてきた。

此処は公道、しかも人通りの多い時間帯。道路のど真ん中を走り、時に歩道を。偶に障害物にぶつかりながら車を走らせること既に十分が経過していた。

先の島田の発砲で何処かの店のガラスが割れる音もした。 

 

この犯人捕獲劇が終われば私は間違いなく坂口先輩どころか種田長官にもどやされ職場での立場を失うだろう。けれど島田だけは許すことができない…例え全てを失っても絶対にあの卑劣な男を逮捕してみせる! 

 

 

私のアストンマーティンの最高速度は三百十キロ。対してポルトフィーノMは三百二十キロ。こちらの方が若干優位だ。 

 

猛々しい排気音を奏でフェラーリが最高速度でアストンマーティンの真後ろへと迫った。 

 

「アストンマーティンなんかに負けませんよ!」

「自分の車だろ。」 

 

今度は先生が淡々とツッコンだ。ごもっともでぐうの根も出なかった。 

 

「ちっ、」 

 

今度は左の窓を開けて島田が発砲してくる。フロントガラスがパリンと派手に割れた。思いの外筋の良い射撃だけど感心している場合ではなかった。

もうすぐ十字路に差し掛かっていたのだ。自動車と雑踏で入り乱れる街の中心部に。 

 

「綾辻、代われ。」 

 

突然薄墨さんと綾辻先生が席を交代した。

助手席に移った薄墨さんは懐から銃を取り出すと粉砕したフロントガラスの淵に身を乗り出した。綾辻先生の見事なハンドル捌きに薄墨さんは重心を失うことなく引き金に指をかける。 

 

パァン、パァン、パァン、パァン、パァン。 

 

五発の銃声が空気を震わせた。

 

一瞬彼が何処を狙ったのか分からなかったが、その答えはすぐに現れた。

キキーと交差点を動いていた五台の車がスリップし、島田と私達の走っている道路の先を塞いだ。だが島田は止まらない。 

 

次いで銃口はアストンマーティンを照準に合わせた。 

 

「っ無駄です!私の車は防弾加工されています!」

「心配するな辻村君。薄墨刑事、車体下の駆動伝達系...トランスミッションかプロペラシャフトを狙え。」

「そんなの無理に決まってます!」

「そうか?」

「え?」 

 

薄墨さんはうすら笑っていた。

真っ黒なサングラスの奥で、目尻がアーモンド型に歪められているのを幻視した。 

 

「人生はトライアンドエラーだ。なんでも直ぐに諦めてちゃあ…」 

 

黒と銀鼠の入り混じった髪がさわさわと後ろに流れる。

形の良い指の長い両手がグリップを握り込む。 

 

パンッ!

......ドゴン! 

 

「上手くいくもんもいかなくなっちまうだろ。」 

 

爆走していたアストンマーティンは一瞬上に浮き上がると前方の車の垣に追突。そしてスピードを殺せなかった勢いで宙に浮遊し二回、三回バウンドしながら電柱を折り曲げ停止した。 

 

「見事。」

「運が良かった。」 

 

先生にしては珍しい賞賛だった。

呆気に取られる私だったが、ボンネットから火の手が上がり始めたのを目にして車から降りて駆け寄る。 

 

「ぅ、ぅう…」

「もう逃がさないわよ。」 

 

凹んだドアの隙間から島田を引き摺り出すと、島田は血と汗で滲んだ瞼を開けその目を絶望にうつろわせたのだった。   

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は研究棟に戻る。 

裏側のロビーに事件の関係者が朝と同じく集っていた。 

 

眼前で仁王立ちする山田と辻村、体中の至る所に包帯を巻かれた島田は全てを白状する。 

 

「半年前、金が欲しくて馬場の提案でダークウェブでウイルスを売り始めました。俺らの予想以上にモリウイルスは需要があって、瞬く間に大金を手に入れた俺たちは歯止めが効かなくなった。」 

 

初めは儲けた金を謙虚に貯蓄していた二人だったが、次第に競馬や宝くじ、ギャンブルに惜しみなく注ぎ込める快感に浪費は激しくなっていった。だがある日、島田は馬場が自身に内密に裏社会の組織にウイルスを専売しようとしていたことを知った。 

 

「…それだけならまだ良かった。俺と馬場がバレないようにと細心の注意を払い抜き取っていたカプセルの内容物の微量な変化に遠藤が気づいたんです。」 

 

二人が研究データを改竄していることまで探り当てた遠藤は、同じチームであった島田に詰め寄った。二人が裏ビジネスから手を引き改心し、今後は誠実に研究に向き合うと誓うなら警察には通報しない、遠藤はそう島田に訴えかけた。 

 

しかし島田は当然、遠藤の要求を呑むつもりはなかった。 

 

「どうしようか悩みあぐねている時に東から虹彩認証機器の故障の話を聞いたんです。…好機だと思った。」

「だから馬場さんを殺して、遠藤さんが扉を触り無差別にウイルスをばら撒き死ぬように仕向けた。」

「違います!っいや、そうなんですけど…俺は馬場に睡眠薬を飲ませてウイルスを打っただけで首の骨なんか折っちゃいない!」

「この後に及んでまだ嘘を…!」

「本当です!信じてくださいっ、俺は馬場を殺してない!」 

 

切実な音色で訴えかけるが島田を信じる者などいるはずもなかった。 

 

「時間になっても会場に来ないから様子を見に行けば既に死んでいて…それでパニックになって壇上達に罪を擦り付けようとラベルを張り替えたんです。」 

 

島田の話に山田は信じていないというふうに首を振った。その隣で辻村はどうも釈然としないと感じる。 

 

 

「首の骨を折るにはそれなりの技術が要る。」 

 

辻村の胸中を代弁するように綾辻が口を開いた。山田や研究者達の注目を浴びながら綾辻は言葉を続ける。 

 

「頸動脈、気道を塞ぎ脳死させるには顎が耳の位置にくるよう瞬間的に強い力で捻り上げなければならない。大柄の男、且つ殺しの技術を持つプロの技。平均的な男性の身長よりも小柄で手の小さい彼にはまず不可能だ。」

「私もなんか腑に堕ちないです。」

「眠らせてる間に殺したかもしれないじゃないですか。それに今となってはどうだって善いことです、我々はここで無惨に死に果て死体すら残らないよう燃やされるのですから。」 

 

ロビー一体に沈黙が降りた。どんよりとした重い空気がロビー一帯を漂う。 

忘れかけていた現実に辻村の心に慨嘆がのしかかった。最後の頼みの綱だった島田が秘密裏に隠していた解毒剤も逃走中に中身は割れしまったために一寸の希望も残されていない。 

 

 

辻村はふいと綾辻を見る。

らしいと云えばらしいか、一人掛けのソファに全身をもたれ掛け綾辻は雑誌を捲っていた。その前の四人掛けソファでは、薄墨が天井を仰ぎ煙草を口に一服とっている。 

 

「お二人は楽天的で善いですね。あと少しでスライムみたいな悍ましい液体を吐き散らして悶死するというのに。」 

 

普段であれば報復を恐れ決して口にしない発言であったが、死を目前にして辻村に恐れるものなど何もなかった。だが、辻村の嫌味の篭った言葉にも二人は見向きもしない。 

 

「ああ、もし死ぬならな。」

「ええ、ええ!分かってますよ。先生はどうせ死などエネルギーの循環と………へ?」

「薄墨刑事、ネタバレの時間だ。」

「へ?へ?」 

 

言葉の意味を理解できず情けなくも締まりのない顔つきをする辻村達に、綾辻は気怠げな視線を薄墨に投げかけた。それを受け薄墨は緩慢な動きで上体を起こすと何やらソファから銀色のアタッシュケースを持ち上げる。

それは、彼が辻村達と初めて会った時から持っていた手荷物だった。 

 

悪いなプレートは持ってきてないんだ(ドッキリ大成功)。」 

 

そうして開かれたケースの中には、蓋の閉まった緑ラベルのカプセルが三本、赤ラベルのカプセルが二本、解毒剤が一本陳列していた。

更に薄墨はポケットから一本の解毒剤を摘み出すと胸元で掲げる。

 

 

そう、一連の空気感染騒動は綾辻と薄墨の自作自演だったのだ。

 

 

 

全ては犯人を追い詰め炙り出す為の罠。

山田がアルミケースを開いたとき、綾辻はビーカーを落としその場にいた者達の気を引き、その隙に薄墨が中身を自身のアタッシュケースに詰め込んだのだ。まさに手品のような早技だった。 

 

「今回は坂口君の対応が間に合いそうになかったからな。やむを得ず薄墨刑事の案に乗った。」 

 

ー云うわりには最初から乗り気だったが。

薄墨はアタッシュケースを仕舞いながら心の中で零した。 

 

真相が明らかになり辻村はわなわなと両の拳を震わせる。

東、島田、壇上は呆けたような表情をしていたが、次第に自分達が死なないという現実を飲み込むと歓喜に声を上げた。山田は魂が抜けていた。 

 

「あ、あや……綾辻行人、薄墨ィ!!」 

 

地獄のケルベロスも尻尾を巻いて逃げる低音で空気を震撼させながら辻村は顔を上げる。その形相はまさしく悪鬼。 

 

辻村の拳が真っ直ぐに伸びた。

ストレートパンチを綾辻はひょいと避けた。次いで流れるように拳から肩が弧を描く。

 

パンチフックが薄墨に迫る。

鈍い音が鳴り薄墨の顔が真横を向いた。 

 

「俺は甘んじて受け入れるぞ、紳士だからな。ついでに言うが男の拳は却下だ。」 

 

誰が紳士だとそれぞれの思考が重なった。狐のように目の端を吊り上げ、尚も憤懣が収まらない様子の辻村に綾辻が口を開く。 

 

「どうした辻村君。生きている喜びを噛み締めるといい。」 

 

轟々と燃え上がる炎にガソリンをぶち撒け火炎弾を投げ込む発言だった。 

 

「このっ!」 

 

煽り文句を受け、綾辻の顎目掛けて垂直にアッパーが繰り出される。がやはり綾辻は軽い身のこなしで避けた。

 

そのまま重心を片足に傾け勢いよく足を振り被る辻村。

渾身の米神を狙ったハイキックは薄墨の左手によりパシリと掴まれる。 

 

「二度目はご遠慮願おう。」

「そうカッカするな。随分と楽しい余興だったじゃないか。」 

「ーーーーっ!」

「ガァッ!!」 

 

 

三度目の犠牲者は島田だった。 

 

 

 

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