文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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Virtual Reality

 

 

マスターと猫が反対側に進み姿が見えなくなったのを見送ると足取りの覚束ない花袋の腕を自身の首に回して支えながら歩き出す。

 

狭い路地裏の空間だから気づけなかったが、小路から歩を進める度に雨脚が強まっていた。

中通りに出ると氷柱並の激しさで鬼雨が降り注いでいた。おまけに冬の寒気を孕んだ烈風が吹き荒れている。 

 

こりゃあタクシーを呼ぶよりも飛んだ方が早いな。けれどその前に俺にはAの依頼を遂行する必要がある。

数秒のうちに思考を固めると、花袋を路地の入り口で待たせて道の中央に出た。  

 

吹き曝しの家々、感電して雷を走らせる電線、荒々しく転がるゴミ箱。 

共食い事件でマフィアの連中が出払っているからか、集中豪雨と相乗効果を成し此処だけが文明に見捨てられた廃墟のようになっていた。

 

そしてこんな場所にいると無性に格好良く振る舞いたくなるのが男というもの。少年が一人部屋でカメハメ波の練習をするように、存在しない敵を幻視して一人戦うのだ。 

 

Aから渡された五分の時限爆弾のスイッチを先に押しておき、周囲に気を配る。 

 

「感じる。」 

 

架空の敵を想像して。 

 

「俺に殺意を抱く者の気配が犇々と伝わってくる。」 

 

銀行本館と思しき石造りの建物の一階、吹き曝しとなった窓枠に視線を止める。雨でよく見えないが銃弾を撃ち込むには丁度良い空間だった。

俺は全身の神経を研ぎ澄ませ、抜刀するようにワルサーとベレッタを抜いた。 

 

パァン! 

 

気のせいかいつもより銃声が重々しく聞こえた。

 

俺は続け様に発砲し続ける。

ゴミ箱、建物の中、電柱…絶望的な射撃術と雨の影響もあり一発も狙った場所に当たらなかった。だがそんなことで屁古垂れる俺ではない。 

弾丸がなくなると素早く装填し三百六十度腕のみを回して撃ちまくる。雨に紛れて大量の光る羽虫が飛んでるように見えた。  

 

 

一通り発砲すると今度はナイフを握り込む。 

目を瞑り首を左右に傾けるとパキポキと骨が鳴った。

 

此処から先は想像力が左右する。 

瞼の裏にイメージを浮かべるのだ。 

 

水の礫が地面を殴りつけ数メートル先も碌に見えない道の向こうに、魔刀を手にラスボスが現れる。

ひたり、ひたりと水溜りを跳ねさせながら其奴は近づいてくる。 

 

「興醒めだな。まさかこの程度か?」 

 

なんて侮蔑した表情を浮かべ吐き捨てるのだ。 

ここで挑発に乗ったラスボスは魔刀を構え歩を早める。対して俺は体の輪郭に合わせて禍々しい重圧を放つ。相手よりも先に威圧することで場の空気を支配するのだ。…あくまでイメージだがな。 

 

そしてラスボスが足を踏み込んだタイミングで、俺はナイフを顔の位置まで振り上げた。 

 

カッ、キーン! 

 

 

二度、三度とナイフを剣舞のように振り回していると、甲高い剣戟の響きとナイフを持つ右腕に実際に伸し掛かる重みに恐る恐る目を開けてみる。 

 

「くっ!」 

 

なんと開けた視界に入ってきたのは、眼前で俺が振り翳したナイフと刃を交える青年だった。

困惑にナイフを払うと青年は一気に数メートル後退する。その背後にはスーツを着た男が一人佇んでいて、青年が一人屋上から羽根のように舞い降りて現れた。三人とも顔見知りだった。 

 

「良い夜だな。条野に末広、それに坂口。」 

 

驚きのあまりそんな陳腐な挨拶しか出てこなかった。何が良い夜だ、土砂降りの極寒じゃねえかよなんて内心自分にツッコミを入れていると、坂口がたじろぐ。言葉選びの悪さに絶望してしまったのか。

坂口の隣に立つ条野は何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、末広は刀を構えたままガンを飛ばしてくる。 

 

坂口を除いて二人とは実に数年ぶりの再会だった。軍警と特務課とは旧友を温めるどころか冷え切った関係だが、夏目に会ったばかりだからか肩を並べて血生臭い昔話に花を咲かせたい気分になる。が、そろそろ爆弾が作動する頃合いだ。 

 

ナイフを足元のホルスターに戻すと末広が柄を握る手に力を込めたのが分かった。ここで漸く俺は気づく。

視界が悪いから最初は分からなかったが、その頬から絶え間なく血が溢れ出し、雨水がそれを洗い流していた。 

 

「怪我をさせちまったか、悪かったな。」 

 

人が居ないと思い込みナイフを振り回した俺のせいだと素直に謝ると、末広は柳眉を逆立てた。大層ご立腹のようだ。 

ざっと片足を半歩下げた末広。瞬きの瞬間、 

 

 

あまりにも突然のことだったので俺は末広が急接近したことすら認識できなかった。 

 

「ッ!?」 

 

喫驚したのは俺ではなく末広だった。

背後から俺たち二人に飛んできた斬撃を末広が咄嗟に刀で受け止めたのだ。 

 

「何の真似だ条野!?」

「何度も攻撃を見切られているのに何故阿呆の一つ覚えのように正面攻撃を仕掛けるんですか。」

「ならば追撃すればいいだけだろう!」

「いやいや、ここは仲間を狙う筈がないという隙を突くべきでしょう。」

「だからといって…」 

 

よく分からんが喧嘩を始める二人に、俺は今のうちと路地裏で待つ花袋の元へと飛ぶと共にその場から転移した。

 

去り際に身を揺るがすような爆音が聞こえた。

 

 

 

ホテルの部屋へと戻って来た直後。 

 

「っ、」

「なっなんじゃあ!?」 

 

地響きとともに部屋が傾くほどに揺れた。

ガシャンと何かが立て続けに割れる音、それと同時に停電が起きる。 

 

「下手に動くなよ。」 

 

幸いなことに地震は一瞬で収まったので感覚を頼りに暗闇を進み非常ランプを探り当てる。 

転倒した家具や物が散乱し雑然とした部屋が仄明るく照らしだされた。 

 

「台風の次は地震とは、どうなっとるんじゃ横浜は。」

「いや、」 

 

恐らくこれは地震じゃない。 

窓の外に視線をやれば街が広域にかけてブラックアウトする光景が広がっていた。丁度ホテルの部屋から見える発生源は俺と花袋がつい先程までいた中通り。 

 

「くそっ、そういうことかよ夏目…!」 

 

忠告された理由が判った。

爆弾が起動したのが予定時間より僅かに早かったのも、明らかに爆発が地下に留められてないのも。全てはAの野郎があの場で俺ごと殺す魂胆だったということだ。

猟犬の件がなければ俺も危うく大爆発に巻き込まれ今頃お陀仏になっていただろう、既の事で事なきを得たな。 

 

「…いや。」 

 

眼前に広がる街の景色は未だに暗澹としている。 

 

「これは大事になった。」 

 

命拾いしたことよりもこれから舞い込んでくるであろう面倒事に胸を撫で下ろすどころか胃が痛んだ。 

 

ところで何故こんな真夜中に甲分隊がいたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

丑の刻だというのに其の場所は喧騒を極めていた。 

 

街中を震わさんばかりにサイレンを鳴り響かせながら疾駆する緊急車両、奇跡的に原型を留めた黒焦げの遺体を死体袋に収容しワゴン車に乗せる防護服を着た者達、救助工作車を使い瓦礫を掻き分ける特別救助隊。 

 

道脇に停車する救急車のフロアに腰掛けながら坂口は目の前に広がる惨状を唖然と眺めていた。

この状況を作り上げたのがたった一人の男であるなど一体誰が想像できようか。 

 

「安吾。」

「…長官。」 

 

頭上から掛けられた声に坂口が顔を上げると其処には種田がいた。

これでもかというくらいに眉間に皺を寄せ辺りを見渡す種田に坂口は概略を話し出した。  

 

 

数刻前、グレイが去った直後にそれは起こった。

大地が咆哮し足場がなくなったと思いきや体が浮遊感に包まれ、再び目を開けた時には数キロメートル先に渡り更地が出来上がっていた。自分達がいた銀行建築物はもとより周辺は跡形もなくなり、坂口達は巨大なクレーターの中心に立っていたのだ。 

 

末広がグレイと対峙している間、別働隊に指示を出しに行った条野と共に別行動をしていた青木と村社は屋上にいた。それ故か意識不明の重体ではあるがかろうじて露命を保っている。病院で集中治療を受けている頃であった。 

 

坂口自身は条野が間一髪で庇ったことにより爆心地にいたにも関わらず利き腕の骨折と頭部の打撲だけで済んだ。猟犬の二人は報告をする為に一度軍警本部へと帰ってしまい坂口だけが取り残され、程なくして緊急車両がやってきた。

 

 

「被害は計り知れません。」 

 

上空で旋回するヘリコプターが蚊柱のように羽音を立てるのが煩わしいと坂口は其れとなしに仰いだ。 

 

爆風により消し飛ばされた街、見渡す限りの平原を夜が憐れむように包み込んでいる。

あいろこいろで響き渡る警笛や空から注ぐサーチライトは行ったこともない戦場を彷彿とさせる。豪雨により火災が速やかに鎮火されたのは不幸中の幸いであった。 

 

「何故、こんなことが起こりうるのですか。」 

 

ぽつりと溢れた呟きは思わぬ言葉で返された。 

 

「裏切り者がおる。」 

 

坂口は声を呑み自身の前に屈み込んだ上司を正視する。

抜き身の刃のように鋭い眼差しが坂口の瞳を覗いた。 

 

綿密な作戦計画は極一部の上層部と実働隊にのみ知らされ極秘に遂行された。

完全に不意を吐いたはずだった。ところが現状はどうだ。 

グレイは実働隊が潜伏する場所を正確に把握し、銀行の地下約二十メートル....延床面積にして二千六百平米に超高性能爆弾を仕掛けて待ち構えていたのだ。

更にはグレイが直接手を下していない、上階で待機していた三部隊が何者かにより斬殺されていたのを条野が発見した。慥かではないがグレイが予め忍ばせておいた刺客の仕業であり、匿名の情報提供者もグレイ本人だろうと種田は踏んでいた。 

それらが示唆するのは内通者の影。 

 

「十中八九、あの会議に参加した内の誰かやろうな。」

「一体誰が。」

「其処までは分からん。」 

 

種田は内通者が軍警に潜んでいると睨んでいた。

無彩三人衆か、或はグレイが臨時で雇った捨て駒か。どちらにせよ中枢に潜り込んだ裏切り者を探り当てるのは干し草の中で縫い針を探すようなもの。司法省も軍警も信用できなくなった今、もはや特務課に打つ手はなかった。 

 

「牙を剥く者は深潭へと引き摺り込まれ、無間の責苦に悔悟しながら死に絶える。そこに例外などない。」 

 

後悔先に立たず、種田達は龍を叩き起こすどころか逆鱗に触れてしまったのだ。 

其の晩、彼等は男が伝説たらしめる所以を痛切に思い知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明ける前に社長が失踪したことを受け、僕は国木田さんと共にアンの部屋へと向かった。

社長が横たわっていた寝具を片付けるルーシーとアンを横目に見ながら国木田さんが口火を切る。 

 

「社長は何処に行ったんでしょうか。」

「さあ、僕にも分からないよ。」

「そんな…。」 

 

首を横に振る乱歩さんに陰気な気分が更に沈んだ。 

 

昨日、ルーシーと別れた僕と国木田さんは元探偵社員の花袋さんの元へと向かった。

以前よりドストエフスキーの居所の調査を頼んでいたので何か進展があるかもしれないと期待を抱いて。けれど現場には血痕が残されているだけだった。

花袋さんが国木田さんだけが分かる秘密のメッセージを残したことにより彼が生きていることが判明したものの誰がどうやって助けたのかも分からないまま、彼を見つけることは叶わなかった。

 

時を同じくしてマフィアの首領の暗殺も失敗に終わり全面戦争の火蓋が切られた。特務課も別件で手を回せないようで援助は期待できなかった。

万策尽き途方に暮れていたところで両組織の長が姿を消したのだ。社員総出で探したものの発見には及ばず、今後の動きを考えあぐねていたときに乱歩さんに呼び戻された。 

 

 

「こんな時にグレイさんが居れば…。」 

 

心の中で呟いたはずの言葉は無意識のうちに発せられ部屋の四壁に反射した。

三人が面食らった表情で僕を見たことで漸く自身の失言に気づく。 

 

「あっ…す、すみません。」

 

多くの人にとってグレイさんは国家に刃向かう者、社会秩序を守護する探偵社や特務課のような治安組織とは決して相容れない存在。つい先週も危険なウイルスを盗み出したと聞く。 

ただ僕にとっての彼は困った時には何処からともなく現れ手を貸してくれる…ヒーローとまではいかなくともそれに近い存在。だからどうしても彼への信頼を捨てきれなかった。 

 

「その…」

「いや、敦の言う通りだ。」

「へ?」 

 

不快にさせてしまったと思い言葉だけでも挽回しようとしどろもどろに口篭っていると、乱歩さんの言葉に拍子抜けしてしまう。乱歩さんは口元で両手を組み何やら深く思考に耽っている様子だった。 

 

 

それから数分後、考えを纏めるように何かを呟いた乱歩さんは唐突にルーシーに見返る。 

 

「乱歩さん…?」 

 

国木田さんが困惑したように名を呼ぶ。

彼の含みありげな視線を受けたルーシーは何故か肩を竦めてかぶりを振った。それを受けて乱歩さんは俺達に向き直る。…どうやら二人だけの暗黙の意思疎通のようだ。 

 

「よし、そうと決まれば早速行こう!」

「え!?何処に?」 

 

彼にしては珍しく大股で出入口に歩くとハンガーからハンチング帽を取りくるりと振り返る。眼鏡の奥の翡翠色が光った。 

顔を見合わせる僕と国木田さんに、乱歩さんはドアノブに手を掛けるといつになく真剣な面持ちで... 

 

 

「蛇が出るか鬼が出るか…グレイに会って話そう。」 

 

衝撃的な言葉を放ったのだった。

 

 

 




いつもお読みいただきありがとうございます。以上、激動の幕開けでした。
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