文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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狐と狸の円卓会議

 

 

瞬く間に事態は進展した。 

 

江戸川一行がグレイと談判をしている間に、横浜内の廃れた洋館で果たし合いをしていた福沢と森の元に夏目が現れた。

街の均衡を保つための三刻構想を練った当人の鶴の一声により、探偵社とマフィアは組合戦以来の協定を組んだ。グレイがもたらした情報を元に、敵の正体と作戦指揮がラジオ番組の放送で行われていることが明らかになればあとは奇襲を仕掛けるのみ。太宰の采配の元敦と芥川がタッグを組み死の家の鼠のアジトである旧坑道跡に一気に畳み掛け、敵陣営はドストエフスキーを除いて敢え無く敗北したのだった。

 

 

 

煌く海と開港の歴史の残る建造物が一望できる見事な立地のカフェ、地上階の開放感溢れるテラス席に一人の男が優雅に紅茶を嗜んでいる。

とりわけ人出の少ない都会の片隅で味わう憩いのひと時。古き良き洋館をイメージしたカフェと杪冬の港町とを見事に融合し景観を懐古的に彩っている。 

 

ダージリンの引き締まった爽快感のある渋みを堪能すると、簡易ラジオから流れるバッハのマタイ受難曲を鑑賞しながらドストエフスキーは席を立った。

否、立とうとして俄に現れた二人組に些か愕然とした。 

 

「やぁ、良い喫茶処だね。」

「久しいな鼠。」 

 

五人用の円卓に等間隔に着席し、太宰とフィッツジェラルドはドストエフスキーと対面する。 

 

「…素晴らしい、神の目(アイズオブゴッド)ですね。」

「そうだ。」 

 

己の居場所を突き止めた街中の監視システム、神の目の真価を身をもって体験したことにドストエフスキーは危機感ではなく沸き立つような昂りを覚えた。店員を呼び飲み物を注文すると太宰は両肘を突いて追い詰められたロシア人を見据える。 

 

「グレイに刺客を送ったそうだね。無茶をしたものだ。」

「正確には彼に協力を求めた探偵社に、ですが。どうやら悪手だったようです。」

「違いない。」 

 

フィッツジェラルドが嘲るように鼻を鳴らした。 

 

「彼に作戦を話した覚えはありませんが。」

「彼に常識は通じない。」

「ええ、ええ。…それで、貴方は何故。」 

 

ドストエフスキーの問いかけにフィッツジェラルドは手にしたカップを音もなくソーサーに戻す。愚問だなと一言吐き捨てた彼の代わりに太宰が語った。新生組合の力を借りる条件は死の家の鼠が組合戦の混乱に乗じて奪った組合の遺産を取り戻すことであったと。 

 

「手離れした金に興味はないが鼠に盗まれたままでは小癪でな。」

「成程。」 

 

 

そこで、重装備に身を固めた集団がテラスに突入してきたかと思いきや三人を中心に垣根をつくった。 

 

「あとは我々が引き受けましょう。」 

 

三人を囲み込む特殊部隊の隙間から坂口が姿を現した。一人の兵士がドストエフスキーを立ち上がらせようとその腕に触れる。その瞬間、男が不吉に笑ったのを太宰とフィッツジェラルドは見逃さなかった。 

 

「待て、触れるな!」 

 

しかし既に手遅れであった。

ドストエフスキーの腕を掴んだ兵士はゴポリと顔面を覆うガスマスクから血を吹き出させると地面に伏した。長閑なカフェに一転して割れる寸前の氷池のような張り詰めた緊張感が漂い始める。

そんな時だった。 

 

 

「修羅場だな。」 

 

場の空気にそぐわぬ陽気な声音が聞こえ面々が勢いよく見返ると、そこには一人の特殊部隊兵の肩に手を添えて男が.....グレイが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

誰か説明してほしい。 

 

十九世紀のフレンチスタイルのインテリアを取り入れた贅沢な老舗カフェが、一体何をどうしたら異能力者と政府の特殊部隊の男たちで敷き詰められた戦場に変貌を遂げるのだろうか。

どうか目の錯覚であれと願いながら、俺は数分前までの出来事に思考を飛ばしはじめた。  

 

 

 

探偵社が去った後、金を積んで掃除を頼んだ俺は片付けが終わるまで外で暇を潰すことにした。友人の文が勧めたらしい喫茶店に行きたいと強請るQにより俺たちは港まで足を運ぶことにした。 

 

「うわぁい!見て見てグレイ、噴水だよ!」

「おー、良かったな。」

「うん!」 

 

光を反射して眩しく輝く噴水を指差してQが兎のように飛び跳ねる。毎度のことならが小動物だなと胸中で呟きながら、目的地まで辿り着くと衝撃的な光景が目に飛び込んできた。 

 

「あれ、太宰さんじゃん。」 

 

太宰、フィッツジェラルド、ドストエフスキーが円卓を囲み、更に坂口を筆頭とした特殊部隊の集団が入店しているではないか。まさか全員でティータイム団欒会とはいうまい。俺と同じくして彼等の存在に気付いたQも足を止め眼を白黒とさせている。 

 

絶対に関わりたくないと、このまま何事もなかったかのように通り過ぎてやろうと固く誓った矢先、百メートルほどの距離だというのにドストエフスキーと目がかち合ってしまった。 

 

「おい嘘だろ…。」 

 

陰険な眼差しが俺に語りかけている、こちらへ来いと。

全力で拒否して知らぬ存ぜぬで逃げようとして、はたと思い付く。

 

Aのダイナミック爆弾ドッキリに共食い事件。激動する世の中、俺の預かり知らないところで連日熾烈な争いに巻き込まれている現状にもう我慢ならなかった。変革するのは構わないがやるなら他所でやってくれと、一度正当な文句を言い付けたって罰は当たらないだろう。それにドストエフスキーにはホテル代と弾薬代を請求する予定だった、それが早まっただけだ。万一にも俺には逃亡に特化した異能がある。そうと決まれば手っ取り早く用を済ませてしまおう。 

 

「Q、」

「なぁに。」 

 

残念だがQのような子供をあんな怪物どもの集いに連れて行くわけにはいかない。胸を弾ませて可愛らしい上目遣いを送ってくるQに俺は視線を合わせるように屈み込む。 

 

「どうすれば良いか分かるな。」 

 

遠く離れた安全な場所に避難するようにとの意味を込めて星と丸の瞳を正視する。するとQは心得ているとばかりに首振り人形のように頷いた。 

 

「うんっ、任せて!」

「ちょっと待て何が任せて…ってもう居ない…。」 

 

静止する間もなくQは電光のように走り去ってしまった。若干嫌な予感がするがまあ大丈夫だろう、そう信じて俺は店に入った。

 

 

 

静まり返る店内で、カウンターで外の様子を伺う不安げな女性店員に珈琲を頼んでテラスに向かう。丁度ドストエフスキーが一人殺したところだった。これぞまさしく... 

 

「修羅場だな。」 

 

輪を作る男達のうちの一人の肩に手を乗せて言葉を発してみる。一斉に刺すような視線がぶつけられ白目を剥きそうになりながらも自分を奮い立たせて中央へと歩を進めた。 

 

「よぉ太宰、それにフェージャ。」

「俺を無視してくれるな親友、コーヒーブレイクか?」

「誰が親友だ。…まあそんなところだ。」 

 

相変わらず軽口を叩くフィッツジェラルドに適当に返して太宰とドストエフスキーの間の席に座る。二人は最初から俺が来るのを読んでいたかのように俺を直視していた。目は笑っていなかった。 

 

「グレイ、酷いじゃありませんか。僕達の情報を流すなんて。」

「それで潰れるってんならお前らも底の知れた溝鼠だったってわけだ。」 

 

沈黙。 

 

「すみません、貴方が探偵社に助太刀するとなれば居ても立っても居られなくて…選りすぐりの傭兵を雇ったのですがやはり無意味でしたね。」

「だろうな、一歩間違えれば死ぬところだった。足を洗いたくなったよ。」 

 

何が可笑しいのか、太宰が吹き出した。 

 

「冗談。」

「本当さ、このままじゃ枕を高くして寝られない。」

「ハッ、とんだ洒落もあったものだ。」 

 

煽ても何も出ないと言うのに三人は根拠のない自信でことさらに俺を褒めてくる。何て言い返してやろうかと思考を巡らしていると程よく店員が珈琲を運んできた。 

 

 

東ティモールのコマカウ、まずは一口含んでみる。

メープルシロップのような甘く濃厚なコクの後にカカオの苦味とオレンジなどの酸味が広がった。自然豊かな東ティモールの真骨頂だ。

余すとこなく珈琲の旨味を味わっていると、視線を感じて顔を上げてみる。海沿いだからか、坂口が寒さにバイブレーションしていた。 

 

「綾辻はどうしてる。」 

 

気を紛らわしてやろうと椅子を引いてやると坂口は拳を握り締め、おずおずといった様子で座った。ドストエフスキーを逮捕しにきたというのにままならない現状に歯痒さを感じてるのかもしれない。可哀想に…他人事だが。 

 

「綾辻先生は寝る間も惜しんで貴方に関する資料を読み漁ってます。」

「恐ろしいことだ。」 

 

冗談半分で焚き付けたのだが…いざ犯罪歴を洗ってると面と向かって言われると背筋が寒くなるものだ。彼の異能が発動されないことを願うしかない。

それはそうとして…。 

 

「酷ぇ怪我だな。」

 

頭部と利き腕に白い繃帯を巻きギプスで固定する不恰好は不憫でならない。最後に会ったのは昨夜、あの時は怪我なんてしていなかった。もしかしなくても爆発に巻き込まれたのだろう。 

 

「悪いことをしたな。俺も無闇矢鱈に人を傷つけたいわけじゃないんだ。」

「ッ!」

「清々しいまでに邪を極めているね。」

「そう言うな、まさか彼程激甚に爆ぜるとは想像が及ばなかったんだ。ある意味不慮の事故だな。」 

 

申開きをするつもりはないが、寸秒狂えば俺もあのクレーターの中心で跡形もなく吹き飛んでいただろう。

憶測だがAは俺に話した以上の爆薬を武器庫に積んでいたのかもしれない。胸算用だが少なく見積もっても四十トン程の火薬が山積みで保管されてなければ彼処までの連鎖爆発が起きるはずがないのだ。

 

 

自分で話を振っといてなんだが胃がキリキリと痛くなってきた。

居心地の悪さに顔を背けると外壁に並ぶように置かれたアメニティグッズに目が留まる。舟形バスケットの中にあるのはトランプとカジノチップ。 

 

俺は異能でそれらを手繰り寄せると四人に見えるように掲げて言葉を紡いだ。 

 

「ポーカーをしよう。」 

 

 

必殺、話題逸らしであった。

 

 

 

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