文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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ポーカーフェイス

 

 

ぺらり、ぺらりとカードを捲る音が鳴る。

カチ、カツンとチップが不規則に積まれるのを眺めながら坂口は胃から溢れ出かけた鬱屈を微量の唾とともに飲み込んだ。 

 

 

手元を盗み見るドストエフスキーとグレイ、それぞれに膝や腕を組み試合を傍観する太宰とフィッツジェラルド、気休めに伏せたカードを弄ぶ坂口、奇怪な状況に進退窮まりながらもいつでも武器を構えられるように待機する特殊部隊兵。 

 

「手強いな。」

「貴方に言われるのは心外です。」

「全く、こんなに楽しいポーカーは初めてだ…!」

「同感だね、さっきから心臓の躍動が止まらないよ。」 

 

ーそれは動悸の間違いでは。 

 

しかし坂口に半畳を入れる余裕などなかった。 

 

グレイの一声により始まったテキサスホールデムは二回戦に入り、全員が男の巧妙な空間支配力にペースを持ち込まれていた。 

 

唐突すぎる提案に辞退しようとした坂口だったが、断ればどうなるかなど火を見るよりも明らかだった。己を凝視するグレイの無言の圧に撥ねつける勇気などあるはずもなく…極度の緊張状態に正常に回らぬ頭を恨みながら初戦では逸早く降りることとなった。ディーラーには過去にカジノでバイトをしていたという隊員が選ばれた。 

 

グレイが登場したとき、隊員に命じて密かに特務課に援助要請を送っている。種田が猟犬と新たな部隊を引き連れて応援に来るまでの辛抱だと坂口は湧き上がる不快感をグッと堪えた。 

 

 

一回戦の勝者はKとAのフルハウスを出したグレイ。フィッツジェラルドは2と7のスリーカード、太宰はスペードのフラッシュ、ドストエフスキーはストレート、そして坂口はワンペアであった。 

 

場札では五枚目のカードが公開されている。スペードのQと5、ダイヤとクローバーの4、ハートの6。フィッツジェラルドと太宰はフロップの時点で試合を降り、残るは三人のみ。

 

坂口は自身の手札を再度確認する。

スペードの5とハートの2、役は前回と同じワンペアで勝算は低い。 

 

「フォールドします。」

「もう少し粘ってみたらどうだ。」

「いえ、結構です。」 

 

坂口は太宰ではない。二人の犯罪者を前に分の悪い賭けに出る程心臓は合金でできていないのだ。

勝負を降りた坂口は魂が抜け落ちるような溜息を吐いた。 

 

 

ドストエフスキーの前にはオールインされたチップが規則正しく積み重なっている。思考時間は二十秒。手慰みにカードを弄っていたグレイは五秒も待たずに手元のチップを全額消費した。 

 

「オールイン。」 

 

どよりと騒めき立つ隊員達を坂口は咎めるように睨め付けた。 

 

「ふむ、」 

 

ドストエフスキーは鑑みる。 

 

「僕は今4を持っています。5のフルハウス、あるいは4のフォーカードでしょうか。」

「…………。」 

 

ドストエフスキーの挑発に動じずグレイは薄ら笑いを浮かべる。ブラフか否かを見極められる者などいない。 

 

更にドストエフスキーはもう一枚のカードを見せる。8だった。

 

坂口は持ち前の頭脳をフル回転させる。

ドストエフスキーの手札を破るにはやはり4か5、もしくはQQの可能性もあるが…。チラリと覗くと、グレイは思考に浸るドストエフスキーを前に謎めいた面構えをしていた。 

 

制限時間が迫っていた。ディーラーの男が残り十秒と告げる。 

 

まじまじと探るような視線をグレイに送っていたドストエフスキーはやがてフォールドと呟いた。 

 

「ではショーダウン…カードを開いて下さい。」

「フェージャ、お前は利発で英明、勘も鋭い…生来の策略家だ。だが、」 

 

二枚のカードが表を向いた。

場内が一際騒然となる。 

 

「一つ欠点があるとすれば、それは思い切りが悪いことだな。」 

 

Aと2のハイカード、何の役も成立していない。フォールドしなければ勝算は百パーセントドストエフスキーにあった。つまりグレイは敗色が濃い試合と判っていて全財産を注ぎ込んだということで...。

「ハハッ!これは傑作だ!」

「良い具合にネジが外れてるね、次からは私も見習おう。」 

 

今にも椅子から転がりそうなほどに高笑いするフィッツジェラルド、感心に唸り声を上げる太宰、敗北したというのに恍惚とするドストエフスキー。 

 

「さあ、三回戦といこうか。」 

 

ディーラーがトランプを混ぜ始めると、坂口は今度こそ口元を覆ったのだった。

 

 

 

 

全員にカードが行き渡るとゲームは進行し三枚の場札が公開される。スペードの10、J、A。 

 

「確かフィッツジェラルドは妻子の時を巻き戻したいんだったか。」

「頁の話か…隠すことでもないな。」

「それでフェージャは異能のない世界を創ると。」

「ええ。」 

 

グレイの言葉にドストエフスキーは話しだす。

 

曰く、異能力は原罪。彼は人類の救済の為に罪をこの世から一掃して楽園を実現したいと。その過程で邂逅する罪人たちには等しく死という罰を与え彼等の罪を精算してきたと、そう語る。 

 

狂ってる、坂口は純粋にそう思った。 

 

人間の尊厳を支える基本条件が思考の自由であり、何人たりともそれを侵してはならない。されどそれが国家、強いては世の秩序を危ぶむ精神活動である場合、その個人が何らかの行動に移している場合はその限りではない。

 

八十億以上の人類があれば思考の種類もその数に比例する、内心の処罰がないという理由でイデオロギーを振り撒いていれば、それは思想の自由ではなく価値観の押し付けとなる。

思想と良心という漠然とした概念を盾に犯罪が横行しては公共の安寧は保たれないのだ。既に一線を超えてしまったこの犯罪者達を一刻も早く投獄し二度と野に放ってはならない。

坂口は改めて己の決意を確乎とした。 

 

「坂口、お前の番だ。」

「…コール。」 

 

冷ややかな空気が漂うテーブルで、坂口はチップを数枚推し進めた。グレイは二、三度瞬きすると同じく同額をベットする。 

 

「異能を厭忌していながらそれを利用する…理解し難い。やはり鼠と人間では反りが合わん。」

「俺は分からんでもないぞ。」

「へぇ。」 

 

ドストエフスキーに賛同したグレイに太宰とフィッツジェラルドは興味津々に相槌を打った。 

 

「俺自身、何度この異能を忌まわしく思ったか…。」 

 

酷く忌々しげにグレイはチップを握り込む。その瞳には静かに燃え盛る炎が確かに宿っていて、一同は意外な側面を垣間見た気がして心に動揺を起こす。

坂口は先日、港の裏通りで敵対したグレイを振り返った。 

 

 

 

視界も不明瞭なほどの悪天候、日本で最も優れた戦闘部隊、周到な作戦準備に奇襲。

その全てが一瞬にして覆った。 

 

必要最小限の弾薬による天文学的な確率の跳弾に部隊は痛撃を与えられた。

死の象徴はその猛威を遺憾なく奮い、圧倒的な戦力差に坂口達は甚大な損害を被った。戦いにすらならない、一方的な蹂躙だった。更に驚愕すべきは軍警上位の戦士が一本のナイフに手も足も出ないかったこと。男は視界を閉した状態で全力の猟犬に一筋の血潮を流させたのだ。

 

他方で、紛うことなき強者の頂点に君臨しているといっても過言ではないグレイは自身の異能が不吉だと吐き捨てる。

ふと坂口の脳裏に、自身が以前グレイの異能についてを種田に尋ねたときのやり取りが過ぎる。

 

種田の異能は『鉄鉢の中へも霰』、自身の周囲で発動された異能力の詳細を見抜く長官に相応しい能力。

何時何処で会敵するとも知れぬ存在、今後の対応に滞り生じないよう坂口は詳細を尋ねてみた。しかし種田は言葉を濁すだけで男の異能については語りたがらなかった。 

 

 

「…だというのに、この街に来て何度異能を使うことを強いられたと思う?勘弁してほしいもんだ。」 

 

若しや、坂口や多くの人間が存ぜぬ秘密がグレイにはあるのかもしれない。何がなしにそう感じた。 

 

「コール。…そもそも貴方は異能云々の前に敗北を知らないでしょう。」

「見誤るな。俺は運が良いだけだ。」

「性向は少し異なりますが、グレイが加われば我々の志は達成できると思います。レイズします。」

「それは困るな、頁を貰うのはこの俺だ…レイズ。」

「コールで。」 

 

リバーで五枚目のカードが追加される。

ハートの3、クローバーのAだった。面々は残る一人に注目する。グレイは王者の如き居様で緩やかに弧を描いた。 

 

「オールイン。」

「もう騙されんぞ。」

「どうかな。」 

 

全員が勝利の二文字を胸に刻んでいた。そしてディーラーの声に合わせて全員が手持ちを翻したーー

 

 

 

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