文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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ポーカーフェイス(後)

 

 

綺麗に揃ったスペードの五枚に笑みを深めると、ロイヤルフラッシュに太宰が感嘆の息を漏らした。 

 

「やられたね。」

「言っただろ、運だけは強いんだ。」 

 

ともあれ四人を相手に三連勝とは…運を使い果たしてしまったんじゃないだろうか。

 

即席ポーカーだったが得た金はちゃんと換金される。太っ腹なフィッツジェラルドとリスクテイカーなドストエフスキーのおかげで先五年分は稼げたので今までの迷惑は差し引きゼロにしてやろう。ところで太宰の賭け金を知らず肩代わりした国木田には同情を禁じ得ない。安らかに眠れよ。 

 

思いがけない幸運に満ち足りた心地になった俺は冷え切った珈琲を喉に流し込んだ。質の良い珈琲は冷めても旨いものだ。

そろそろお開きにしようかとテーブルの上に散乱する物の片付けを軽く手伝う。と、突としてぞっとするほど低く高圧的な声が耳に届いた。 

 

 

「グレイ。」

「...嗚呼、やはりな。」 

 

アサルトライフルを構えてテラスを包囲する新たな作戦部隊の連中と円卓に近づいてきた男に一気に気が滅入った。やっぱり、先ほどの勝負でツキに見放されたようだ。 

 

「今度は何を仕出かす気や。」

「また俺のせいか。」

「貴様には前科があろう。」

「否定はしない。」 

 

俺を責め立てる種田にいつでも逃げられるように立ち上がると、隣の太宰が椅子を引き俺の肩に触れた。その瞳は決して逃さないと暗に語っていた。

更には...  

 

 

砲弾を発射したような爆音が轟いた。

頭上から何かが降ってきたと思いきや、それを視認する間もなく煙が雲のように視界を覆い、コンクリートの砕片が噴石のように舞い上がる。まるで砂嵐のど真ん中にいるみたいだ。 

 

 

下手に動かず暴風を心許ない腕で凌いでいると次第に収まっていく煙霧。その向こうから二人の青年が姿を見せた。 

 

「半日ぶりですね。」

「再戦を求める…。」 

 

同心円状の亀裂の中心に佇み、条野と末広が抜刀した状態で臨戦体勢を取っていた。 

 

「ふふ、今日は退屈しませんね。」

「これが噂の猟犬(ハウンド)か。大したこともなさそうだな。」

「見縊らない方が良い。彼等は身体改造された超人部隊。一人で千人力…と云っても対グレイには役不足だけどね。」

「聞こえてますよ其処。先に貴方たちの四肢を剥ぎ取りましょうか。」

「おお怖い。」 

 

傍で太宰たちが何かを話しているが正直耳に入ってこない。  

 

 

北風が場のピリついた空気を乗せて俺たちの間を通り抜けていく。

 

名状し難い圧迫感に心臓が激しく動悸し、息詰まる。

猟犬と何十人もの武装兵に囲まれて俺は心の中で力なく呟いた。 

 

 

ーえっ、無理死んだ。 

 

 

 

「…選択を間違えたな。」 

 

ドストエフスキーなんかの為に店に入るんじゃなかった。弁償なんて別の機会に請求できたんだ。完全に俺の選択ミスだ。 

 

過去の俺に全力で怨念を送りつつも苛立ちを込めて種田たちを見据える。俺たちを包囲する特殊部隊の面々が微かに動いた気がした。 

 

太宰に触れられているから転移は使えない。絶体絶命の状況を打開するべく頭をフルで回転させるが陳腐な知能ではこの魑魅魍魎どもをこちらの損失なしに引かせる方法が湧いてこない。

太宰の手をどうにかすることは可能だ、だが少しでも動きを見せた瞬間に目前の末広が切り掛かってくることは目に見えている。どうする、どうすれば上手く回避できる…!? 

 

 

じりじりと焦燥感に苛まれつつも思考を目まぐるしく駆け巡らせる。

そんな時、季節外れの一羽の蝶が舞い込んできた。 

 

「蝶…?」 

 

誰かが当惑を漏らす。

ひらり、ひらりと周囲を舞うその蝶は金属でできていた。その異能に俺は心当たりがあった。 

 

 

「ごめんくださーい!」 

 

場に似つかわしくない甲高い小鳥のような声が反響した。

視線を走らせるとテラスの入り口に先に逃がしたはずのQが…  

 

「なっ、何やこれは!?」

「ひっはははははっ!!」

「空イタ空イタベサセロぉ!」

「殺す、殺す、殺す、殺す!」 

 

半狂乱に取り乱した人々を引き連れて特殊部隊を取り囲む。一気に陣形が崩れ狂った一般人と入り乱れた連中は発砲すらできずに群衆に呑まれていく。 

 

「っ卑怯な!」 

 

目尻を激しく吊り上げて咆哮する末広。刀の柄を握り込んだのを最後に俺の視界から消える。

刹那、 

 

 

カキーン! 

 

「なッ!?」 

 

前回のように目と鼻の先に迫った切先は突如として乱入してきたフードを被った人物の刃に遮られた。 

 

「何者だ!?」

「............。」

「グぁッ、」 

 

深いフードの人物は末広の問いかけに答えることなく太宰を蹴り飛ばす。

見事に下腹に減り込んだ踵に太宰は隕石の如き速度で武装兵数名を巻き添えにして場外へ吹っ飛んだ。 

 

次にその人物は間をおかずに懐刀を取り出すと、脇腹から頭上にかけて楕円状に振るった。 

 

「ちっ、」

「鉄腸さん、敵一人に何を手間取ってるんですか!」

「その剣技見事なり、伯仲せし刺客ゆえ…条野、そっちは頼んだ!」

「はぁっ?」 

 

長柄二槍分の間合いを取った末広は得物を構える。対してフードの人物は俺に目配せをすると小刀をもう一振り握り込み……二人の刃が迫り合った。

そしてミジンコほどの余裕が戻ってきた俺は、 

 

 

「では諸君。」

「……グレイッ、」

「首を洗って待ってろ。…Q!」

「はぁーい!」 

 

嫌味混じりにB級映画の雑魚並みの捨て台詞を吐き捨て、人の波を縫って駆け寄ってきたQに触れると異能を発動した。

 

 

 

 

十数分後。 

 

 

カフェから徒歩十分ほども離れていない港沿いの遊歩道を俺とQは歩いていた。 

 

「ねぇねぇもっと褒めてよ、僕ちゃんと仕事したでしょ。」

「ああ、本当によくやった。」

「へへへ!」 

 

不可視の子犬の尻尾を千切れそうな勢いで振り回す子犬を抱いて頭を撫でてやると、弾けるように破顔した。煌めくエフェクトが舞い散っているのを幻視する。 

 

まだ遠くで響き渡る戦闘音を背後に、危機的状況から解放された安堵に新鮮な空気を吸い込んだ。 

 

あの後、ホテルへと転移したはずがいつもの不具合で近場に飛んでしまったと気づいた時は焦ったが足元の鳥は逃げるとも云う。まさか連中も俺たちが僅かな距離に逃げ果せたとは思うまい。今回ばかりは悪戯好きのQも大手柄だった。 

 

 

人っ子ひとりいない遊歩道をカフェとは反対方面に進んでいるとジャケットの内から振動が伝わる。携帯を取り出して通話を受けると、爽やかな声音が聞こえてくる。 

 

『グレイ無事?』

「ああ、お陰様でな。お前はどうだ…って聞くまでもないな。」

『僕も直ぐに退散したから問題ないよ。少しでもグレイの役に立てたのなら良かった。』

「大いに役立ってるさ。ありがとな立原。」 

 

立原春蝉(しゅんぜん)

 

今俺が話している青年こそが先程俺を救いに来てくれたフードを被った人物の正体。

大戦時、ドン引きするほど戦意喪失していた彼に喝を入れてやりそれ以降長年海外で苦楽を共にしてきた。ポートマフィアに潜入中の猟犬、立原道造の兄で弟と同じく彼も猟犬に勤めている。余談だが弟ガチ勢だというのに家族には生存を知らせていないそうだ。同じ部署なら会ってやればいいと言っても頑なに関わろうとしない。

まあ本人がそれで善いなら部外者の俺が口を挟むことでもないので黙ってる。 

 

 

『ドストエフスキーにホテルを襲撃されたって聞いたけど、大丈夫?』

「早いな。特に問題はねぇから安心しろ。」 

 

精々修理に時間と金がかかるぐらいだ。 

 

ふとある考えに行き着く。

立原にまで情報が回っているということはきっと俺があのホテルに住んでいることは各界隈に行き渡ってしまったのだろう。要するに今の住居はもはや安全な隠れ家じゃなくなった。至急新たな居場所を見つける必要ができたな。 

 

「立原、悪ぃが今晩だけ泊めてくれないか。」

『えっ、グレイが?』

「嫌なら構わない。」

『いやいや、そんなことないよ!嬉しくって…一晩どころか居候してくれても良いくらいだよ。』

「それは流石に気が引ける。なら二晩、Qと一緒に向かう。」 

 

電話を通して浮つく雰囲気が伝わってきて頬を緩ませていると、いきなり携帯を持つ腕が引かれる。目線を落とせばQが期待に満ちた眼差しを送っていた。 

 

「春蝉お兄ちゃんと電話してるの?」

「ああ、二日間のお泊まりだ。」

「やった!」 

 

またもや兎のように飛び跳ねるとQは喜びのままに飛行機のように腕を広げて駆け出した。周りを見ろと注意しようとして、 

 

「うわぁっ!」

「キャッ、」 

 

前方で風船を持ち小走りする少女とぶつかったQに俺は盛大に溜息を吐く。だから言おうとしたってのに。 

 

「ああっ、風船が…。」 

 

シャボン玉のように空高く上昇していく風船に、悲壮感に色づく面差しで見送るしかない少女。紅赤の風船が雲の彼方に消えていく前に異能で引き戻すと、少女に返してやる。 

 

「うちの坊主が悪かったな。」

「ありがとうお兄さん!私芳子っていうの、お礼にこれ上げる!」 

 

芳子と名乗った少女は花のように笑って一枚の封筒を差し出した。 

 

「そうか、ありが…」

『グレイ?』

「....また後で連絡する。」 

 

通話中の電話を一方的に切ると半開きの封筒から一枚の紙を取り出す。起き上がったQが不思議そうに俺の手元を覗いてくる。 

 

「じゃ、バイバイ。」 

 

そう言うと少女は風船を手放し軽快な足取りで去っていった。

 

痺れを切らしたQが体を揺さぶるまで、俺は一枚の鏡獅子の公演チケットを眺めていた。

 

 

 

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