文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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風前の灯火(OE) 四十九〜


Original Ending
備忘録(OE)


 

 

単調で変化のない退屈な人生だった。

空虚で、窮屈で、無意味な日々の繰り返し。けれどあるとき、そんな暗澹とした世界に生まれて初めて光芒が差し込んだ。

その光は燦然と形容するには無機的で、黒闇と呼ぶには底光っていた。謂うなれば何者も寄せ付けぬ銀灰であった。 

 

ーモノクロな人生ってのも悪くはねェだろ。 

 

圧倒的な威光に為す術もなく屈し、跪くしかなかった。その男と出会ってから無意味な暗闇は上質な暗闇へと転じた。 

その日から男は…グレイは己を照らす唯一の太陽であり月であり神羅万象となった。世界に紛れ込んでくる有象無象など取るに足らず、彼の前では全てが星屑に等しかった。

 

 

 

 

 

 

街が眠りに落ち、仄かな灯りが夜景を空に映し出す子の刻。

ケイネス・ハロルド・岡村は寝静まったマンションに一人の男を招いた。  

 

 

カーテンの隙間から夜の深い闇に沈んだ表通りを眺めていた男は背後からの探るような視線を受け室内へと視線を戻す。

自身を見返った男の印象は極めて平々凡々。されどその者の巷説を知るケイネスは竦然としながら目一杯の睨みを利かせた。中肉中背の僅かに弛んだ腹から滲み出た汗がシャツを湿らせ、額からもつと頬を滴り落ちてゆく。恐怖と緊張が読み取れる三十路の年甲斐もない反応は鷹の前の雉を連想させるものであった。 

 

「それで、どうなんだ…?」 

 

彼の問いかけには答えることなく男はケイネスとは対照的なスラリとした長躯を悠々と動かして室内を見渡す。思惑するように、革手袋越しに左耳の耳飾りに触れながら。 

 

「誰から聞いた?」 

 

膝下まであるオーバーコートがゆらりと靡いた。程度よく細められた切るような眼光にケイネスはごくりと唾を呑む。そして記憶を探り起こす。半年前に自身を訪れ酷く衝撃的な真実を告げた親切な男を。今ケイネスの目前にいる男と大差ない背丈であるが、正反対の華奢な体格で消えかけた蝋燭のように青白い顔色。ケイネスが名を尋ねるとその細身の男は真紅の瞳を三日月に歪め、血色のない唇を閑雅に弧に描いて… 

 

「…福地と名乗っていた。」

「福地だと?いや、そんなはずは…。」 

 

意表だったのか、男は此処に来て初めて仮面のような無表情を変化させた。目を丸くさせ何事かを呟き始める男に少しの間訝しんでいたケイネスだったが、しかし直様自身が男を呼び出した目的を言い立てる。 

 

「あんたがアレを隠した場所を知る唯一の人間だってことも、それを示す暗号があんたの頭ん中にあることも洗いざらい全部聞いたんだ。」 

 

男は沈黙する。無言の肯定だった。

 

「けどその暗号を生み出した暗号機は父さんが昔から手掛けてたもんだ。どんなカラクリで完成させたか知らねェがそれを使ったってんなら所有権は俺にだってある。ちゃんと解読機も作ったんだ..」

「待て、今なんて言った。」 

 

最後の言葉を遮って男は敏感に反応した。大股でにじり寄ってくる迫力にケイネスはたじろぎながらも言葉を紡ぐ。 

 

「あ、ああ。電子計算機を作った。だ、だから俺に隠し場所の暗号を教えてくれ。」

「駄目だ。全て忘れろ。解読機は完全に壊せ、いいな。」 

 

しかし間髪入れずに男は拒絶すると踵を返した。まるで歯牙にもかけない態度に頭に血が昇ったケイネスは隠し持った銃を咄嗟に構える。そして、

 

重々しい金属音が夜の静けさを破った。

 

男の真横を通り過ぎた弾丸は壁にのめり込むと弾頭をへしゃげさせ、表面仕上げが施されたフローリングに音もなく転がった。男は緩慢な動作で振り返ると絶対零度の開ききった瞳孔をケイネスへと突き刺す。しかし憤怒と極度の緊張で興奮したケイネスは気づけない。 

 

「父さんを殺したのはアンタだろ!?話さねェってんなら制御装置の設計図を軍警なりに送りつけてやる。奴らが捜査に乗り出したらあんたの悪事も芋蔓式で晒されて一巻の終わりだな!」

「...制御装置の設計図?」

「父さんが死ぬ前に送ってきたんだ、アンタに殺されることを悟ってね。」 

 

己を睨め付けるケイネスの憎しみの篭った眼差しに微々たる欲が混ざり込んでいるのを男は見逃さなかった。 

 

「気が変わった。解読機と設計図は何処にある?」 

 

両手を上げて一歩、また一歩と歩み寄る男から照準を外さずにケイネスは蔑み嗤う。拳銃を構えている自身の方が相手より優越にいると高を括っていた。 

 

「無駄だぜ、どっちも俺の隠れ家に隠してる。アンタには渡さねェ。」

「…そうか、良く判った。」 

 

ほんの瞬きのことだった。 

 

「っ!?」 

 

刹那にしてケイネスの口内に銃身が押し込まれた。

喉元まで入り込んだ冷たい無機質の感触に束の間面食らっていたケイネスは、徐々に自身の置かれた状況に思考が追いついてくる。肌が粟立ち碌に呼吸することもできずにヒュ、と息を詰まらせ、全身から玉のような冷や汗が溢れ出す。

生まれたての子鹿のように震え上がるケイネスを、男は見ている者の心臓が凍りつくような面様で白眼視していた。

 

抑揚のない声音が静寂を貫く。 

 

「一つ、お前の父親は確かに俺が殺した。」

「ぅぁ、ぁ」

「黙って聞け。」 

 

口蓋を突かれ生理的な涙を流す哀れな被食者に獰猛な鷹は冷然とした言葉を浴びせる。 

 

「二つ…それはお前の父親の非人道的な実験の犠牲者からの依頼だった。三つ、銃を抜くなら相手の力量を見極めてからにしろ。そして最後に、」 

 

直後、弾けるような銃声が響いた。 

 

脳天を突き破り、天井高く散布した鮮血がポトリポトリと滴り落ちてくる。血痕の飛び散った窓際の椅子に座らせると、男は息絶えたケイネスの右手に拳銃を握らせ囁いた。 

 

「お前は知りすぎた。」 

 

顔に付着した生温いそれをハンカチで拭うと男は部屋を捜索しだす。棚の下、冷蔵庫、ゴミ箱…ありとあらゆる場所を確認し自身の探し物が其処にないと確信すると憂わしげに舌打ちを零した。 

 

「くそっ、何処に隠しやがった。」 

 

その時、入口の扉がけたたましくノックされる。部屋から漏れ出した銃声と怒号を案じた近隣住民がケイネスを案じて様子を伺いに来たのだ。 

男は懐から携帯を取り出すとある番号に電話をかける。数コールして呼び出し音が止まると、先方の返答を待たずに急ぎ早に言葉を紡いだ。 

 

「俺だ。揉み消して欲しい事件がある。」

「岡村さん大丈夫ですか?勝手に開けますよ!」 

 

隔たりの向こうから鍵が回される音に、男は電話を耳に当てたまま幻のようにその場から姿を消したのだった。

 

 

 




支部でのアンケート結果に伴い天人五衰編は一度作者のオリジナルの完結を迎えることになりました。一般公開とします。OEと表記し、原作の天人五衰編が終われば改めて原作に沿った終わりを書きたいと思ってます。

アニメの次期シーズンは七月からですが、この小説もまだまだ続きますのでお付き合いよろしくお願いします。
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