文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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Raison d'etre(後)(OE)

 

 

「精が出るな燁子。」 

 

壁際に寄りつつそう言い放ったグレイに燁子は一瞬目を見張るが、直ぐに獰猛な犬の如き凶悪な笑みを浮かべた。

くかか。 

 

「悩ましい…真に悩ましい!隊長の命は至高にして絶対であるが、斯様な悪鬼をテロリスト共々縄にかけられぬとは!」

「それは命拾いをしたと捉えて良いのか?」 

 

燁子の言葉に心底愉快そうに尋ねるグレイにシグマは拍子抜けする。それもそのはず、軍警どころか世界でも五本の指に入るであろう実力者とは思えぬ怯弱な発言であった。明らかに挑発的な、神経を逆撫でする揶揄いに燁子は目尻をぴくりと痙攣させる。 

 

「貴様がテロに加担しているのであれば話は別じゃ。故に今この場で問おう。」 

 

ー貴様が天人五衰の巨魁か? 

 

凄まじい重圧が燁子から一直線に放たれる。凶暴な猟犬の威嚇を受けたグレイは薄笑いを零すと徐に両手を上げた。 

 

「答えは否だ。心配するな、この場において俺はただの傍観者。双方好きに暴れると良い。」

「ッ、」 

 

その答えに窮したのはシグマだった。あわよくばグレイを巻き込み官憲の犬を撃退してくれれば…そんな浅い目論みは気泡と化し消えてしまった。

 

まだ、敵はグレイと言葉を交わしていてこちらの変化に気づいた様子はない。

シグマは震えそうになる身体に鞭を打ち影で砲塔を作動させる。国内最強の部隊を前に怖くて逃げ出したくとも…何ものにも代え難い大切な宝を守るために、凡人は戦うことを選ぶーー 

 

 

 

「斉射!」 

 

時速二千七百キロの弾丸の雨が予告もなしに燁子に向かって横殴りに降り注ぐ。要塞のコンクリートすら貫通する威力を誇る高速徹甲弾、人間であれば痛みを感じる間もなく砕け散ることから無痛弾の異名を持つ凶悪な破壊兵器。

神速で標的に突撃する弾幕にシグマがほくそ笑んだ。が、 

 

「何っ!?」 

 

燁子は素手で弾丸を払い除けながら蛇行すると厨房から盗み取った調理包丁を両手に体を弓なりに曲げ、そして左足で踏ん張ると槍のように包丁を投げ飛ばした。 

 

ギギギ、正確に銃口に嵌まり込んだ機関銃が悲鳴を上げる。 

 

ーまだ…!

シグマは新たな砲塔を起動させようと操作端末を取り出して、 

 

「くっ、」

 

端末を持つ手を片足で押さえつけられた。

絶対的強者の温度のない瞳が凡人を射抜く。 

 

「諦めよ。貴様程度に最初から勝ち目はない。」

「いや、ここまでは全て予定通りだ...!」

「ッ!」 

 

唐突に片足が掬われると、瞬きの間に床にねじ伏せられる燁子。間髪を置かずして、シグマの隠し持っていた音響銃が最後の足掻きを解き放った。 

 

「ガッ!!」 

 

流動する脳漿が、組織が強烈な外力に発砲共振を起こす。脳が削れるほどの衝撃に陸に打ち上げられた魚のように燁子は痙攣する。 

 

「見たか、これが想いの力だ…!」 

 

持てる力の全てを奮いきったシグマの叫喚には鬼気迫るものがあった。

部屋の隅で腕を組み二人の決闘を静観していたグレイは不意に指先をピクリと動かす。床に伏したはずの女の両脚が微動したのだ。 

 

 

「想いの力じゃと?」 

 

至るところから鮮血を溢れ出したゾンビのような外見で、けれども二本足でしかと床を踏み締めると燁子はシグマの首を掴み上げた。

 

一瞬の油断が招いた敗北であった。

引き金が引かれる直前、燁子は驚異的な即応力で耳道を抉り取り耳内の肉で蓋をすることで音波の侵入を阻止したのだ。彼女の言葉通り、端からシグマには勝算などなかった。

 

唖然とするシグマに燁子は猟犬部隊に所属することの意味を、その代償を語る。 

 

常人の数十倍の身体能力は異能技師により施された生体技術の賜物である。だが毎月一度の維持手術を怠れば、肉体は忽ち腐り果ててしまう壮絶な欠点を抱えていた。それでも彼等が進んで志願したのはひとえに国の秩序を体現するため。

死なず、消えず、諦めず…猟犬は社会の奴隷として最強の暴力を行使する。 

 

「たとえ秩序の炎がこの身を焼き尽くそうとも…!」 

 

分厚いモニターを突き破りシグマの体は空中に晒し出される。

 

信念と想いのぶつかり合いを制したのは燁子だった。己に優る焔火を宿した紅蓮の瞳にシグマは選択を迫られる。投降か、死か。逡巡している暇はなかった。

 

瞼の裏に浮かぶのは大切な家族と家。唯一無二の宝物。

故にシグマは決断する。 

 

「ならせめて、カジノだけは救うーー」  

 

自身の首を鷲掴みにする燁子の腕を両の手で握り込むと、シグマはカジノから身を投げ出したのだった。 

 

 

凡人と超人の熱い想いが交差した戦いが終わると、一人取り残されたグレイは何がなしに呟いた。 

 

「はてさて、どうしたもんか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、燁子とシグマが戦いを繰り広げていた頃のこと。  

 

 

鏡花と二手に分かれた僕は発砲音の止まない下層へと外壁伝いに下降していた。 

 

テロの阻止と無実の証明と頁の所在。万全の準備とまではいかずとも潜入前に安吾さん、ルーシー、鏡花ちゃんと何度も復習したはずの作戦はとうに頓挫を来たしていた。一体何処で歯車が狂ってしまったのか…。 

 

猟犬を誘導して硬貨爆弾を発見させるところまでは順調だった。けれどその後に警備員に鉢合わせてしまい、怪我をさせずに鎮圧せんと手間取っているうちにどういう訳か宿泊客までもが襲い掛かってきたのだ。

漸く群衆から逃げ仰せたら今度は下層から戦闘音が。尚も僕たちを追いかけてくる警備員を鏡花ちゃんに任せて僕は中央通信室へと向かっていたわけだった。 

 

今は思考よりも手足を動かすことに集中しないと…!そうして虎の爪を食い込ませながら最大速度で降っていると、視界の下方に何かが映り込んだ。

二人の人間だ。猟犬の少女がシグマの体を宙に浮かせて相対している。

そして次の瞬間、 

 

「っ」 

 

シグマが少女を道連れに落下していくのを見るや否や、僕は腕と脚の膂力に力を込め通信室へと飛び込んだ。

衝撃を抑えて着地すると馴染みのある声が降ってくる。 

 

「まるで忍者だな。」 

 

驚いてばっと頭を上げれば普段とは見た目の異なる銃を手にしてグレイさんが僕を見下ろしていた。 

 

「グレイさん!?」 

 

何故こんなところに、そう問いかけようとした僕をグレイさんは静止する。 

 

「油を売ってる暇はないんじゃないか?敦。」

「っそうだ…、」 

 

グレイさんの指差す先では問題の二人が落下していた。

ぐるりと目線を走らせると、目に入ったロープで僕の腰と柱を括り付ける。そして猟犬の少女が手摺を掴みシグマを蹴り落とした場所に目掛けて一気に飛び降りたーー 

 

 

 

 

間一髪のところでシグマを抱き止めると、外壁に程よく突き出た電源設備の箱の上に着陸する。腰と繋がったロープは千切れてしまった。

 

轟々と吹き荒れる暴風、四千メートル以上の高度から落ちれば地上に叩きつけられる瞬間にクッキーのように粉々に粉砕されるだろう。足を滑らせれば一巻の終わりだ。 

 

「気をつけて。」 

 

念の為に注意を促すと咳き込んでいたシグマが解せないとでもいいたげに僕を見つめてくる。 

 

「お前は探偵社の…何故私を助けた?」 

 

答えるまでもないくらいに馬鹿げた質問だった。 

 

「決まってるでしょう、探偵社を救う為です。」 

 

ドストエフスキーは太宰さんと共に収監されているし、ゴーゴリは鏡花ちゃんの話では電動ノコギリで身体を切断されて死亡、他の天人五衰のメンバーは正体すら判明していない。現状頁の所在を知っている者の中で僕たちが接触できるのはシグマしかいなかった。 

 

「この一連の事件の黒幕…全貌を知る男の正体を、頁の在処を教えてください。」

「私が素直に話すと思うか?」

「思います。」 

 

じろりと鋭い眼光を向けてくる彼に僕はポケットから通信端末を取り出すと胸元に掲げる。端末にはカジノに訪れた時から通信を繋げている安吾さんが写っていて.....画面を介して二人が睨み合うのを僕は見守る。 

 

「種田長官を刺した男に手加減する気はありません。」 

 

大人しく情報を渡さないのであれば手荒な手段を行使することも辞さないと責め苛む安吾さんの憤然たる心緒は端末越しにでも伝わってきた。そんな彼に対して、真正面から怒りを受け止めたシグマはただの脅しだったとか細い声で囁いた。 

 

「何でも聞け、もう疲れた。」 

 

濁った銀の双眸が陰鬱を滲ませ虚空を眺めていた。

生気のない唇が嘆声を漏らす。 

 

「結局、何の為に生まれたのか、最後まで判らなかったな。」 

「.................、」

 

哀調を帯びた台詞に孤児院での日々が蘇った。誰にともなく突き刺さった虚という矢を抜こうとして言葉を探していると、不意に上空から影が落ちる。 

 

「ここで、このタイミングなのか…?」 

 

前方数メートルの空中。継ぎ接ぎだらけの粗衣なマントを羽織った神父が、 

 

「ドストエフスキー…!」 

 

拳銃のハンドサインを形作って僕たちを俯瞰していた。 

 

 

「有罪。」

「ッ、」 

 

エネルギーが指先の一点に濃縮されるのを目にして咄嗟に両腕を眼前で交差させ身構える。が、一直線に放出された血弾は僕ではなく… 

 

「シグマさん!」 

 

左肩を撃ち抜かれたシグマさんはふらりと蹌踉めき転落する。即座に駆け出すと左腕でシグマさんの手首を掴み取り、もう片方で配管を掴んだ。ギィと金属が不規則に歪む音がする。

未だ体勢も整え直せてないというのに、ホーソーンは追撃を仕掛けてくる。 

 

 

「罪を償え。」 

 

パシュ 

視界がぐらついた。

 

無防備な眉間に直撃した衝撃に遠のいた意識を根性で引き戻すと、尻尾で配管に垂れ下がり、落下していくシグマさんを再び掴み止める。

急停止したことで人一人分以上の負荷が腕先に伸し掛かった。 

 

「ぐっ、」 

 

決して離すまいとありったけの力を尻尾と腕に籠める。遥か地上を俯いてシグマさんが消え入りそうな声を漏らした。 

 

「手を離せ、君も死ぬぞ。」

「っダメだ!「何の為に生まれたのか判らなかった」なんて、そんなのを最期の言葉にして人は死んじゃいけないんだ!!」 

 

 

多様な人と邂逅しているうちに未熟な僕でも思い至ったことがある。それはこの世の誰もが生まれてきた理由を、存在意義を求めて見失って、そして新しい何かを得て息を繋いでいるということ。何の取り柄もなかった僕がグレイさんに…探偵社に救い上げて貰えたようにシグマさんにだって機会が与えられるべきだ…!

抜けそうになる必死に力を奮い起こしていると彼が優しく笑ったような気がした。 

 

「君は優しいな、」  

「ッ!?」 

 

僕を見上げたシグマさんの表情は諦念に染まっていて。

前触れもなく脳に流れ込む濁流のような感覚に、一瞬だけ力を緩めてしまった。 

 

「だがいいんだ。凡人なりにやれるだけはやった。」

「待っ…!」 

 

消えゆく灯火のような儚い綻びとともにシグマさんは雲の彼方へと消えていった。

それでも茫然自失に暮れている暇はなかった。依然としてホーソーンが血液を操作していたのだ。

 

 

 

「敦!!」 

 

斜め後方から底力のある叫び声が聞こえ、何とかして体を捻らせると右手を伸ばしながら僕に急接近するルーシーが浮遊していた。彼女に応えるように僕も出来る限り腕を伸ばすと…次の瞬間、僕たちはアンの部屋へと移っていた。 

 

「痛っ、」 

 

盛大に床と衝突して痛む額を抑えていると、僕とは違い綺麗に着地できたらしいルーシーが可笑しそうに笑った。礼を告げようとした途端に背筋を駆け巡る悪寒。 

 

「ありが…」

「危ないっ!」 

 

自分で反応するよりも早く、気づけば壁際に突き飛ばされていた。 

 

即座に振り返ると天井付近で宙に浮くホーソーンが。一瞬のうちに放出された血弾の攻撃をルーシーがダガーナイフで防ぐ。ハッとして自身の肩を見やると背景と溶け込むほどに細い血糸がホーソーンと繋がっていた。まさかコレを僕に結びつけることで一緒に転送を…? 

 

「まずいっ、」 

 

続けて放たれる攻撃を一本のナイフで防ぎ続けるルーシーに僕は急いで立ち上がり彼女を援護しようと体勢を整える。けれど...

 

「いいえ。これで終わりよ。」 

 

アンの巨大な手がホーソーンを鷲掴みにした。

 

此処は彼女の王国。防御の隙間にルーシーが一つ手を振るうと、奥の扉が開かれ夥しい数の腕が迫ってきて......ホーソーンは抵抗する間も無く暗闇へと引き摺られていったのだった。 

 

「後でミッチェルに会わせてあげるから其処で大人しくしてなさいな。」

「…すごい。」 

 

初めて戦った時もそうだったけど、彼女は近接戦に慣れているようだった。あの時は少しの不注意で負けてしまったと弁明していたけど、もしかすると本当は態と僕に勝たせてくれたんじゃないか。そう疑ってしまうほどには今、僅かな間に彼女が披露した技術は洗練されていた。

 

 

平和を取り戻したアンの部屋に、ノイズの混じった沈着な音声が反響する。 

 

『これで頁の在処を追えなくなりました。』 

 

シグマさんは死んでしまい、おまけに僕が彼を助けたのを猟犬に目撃されてしまった。状況は好転するばかりか作戦は失敗、探偵社の容疑は確固となった。     

 

『正直、身震いが止まりません。』 

 

拮抗していたはずのドストエフスキーと太宰さんの知恵比べは天空カジノという盤面で揺らいだ。ホーソーンの最後の一手。あと僅かのところで太宰さんはドストエフスキーの最小にして最大の陰謀を見破ることができなかった。僕たちに残されたのは完敗の二文字だった。 

 

「もう一度。」 

 

シグマさんとの別れの直後であるからか、絞り出された声は自分でも驚くほどに頼りなかった。けれど相反して僕の心は剛毅でもあった。 

 

「もう一度手掛かりを探しましょう。皆で力を合わせれば何か新たな解決策が浮かぶかもしれません。」 

 

ルーシーと安吾さんは答えない。僕は二人と、何より自分自身を鼓舞するように今度ははっきりと言い放った。否、意見を述べようとして… 

 

「先ずは鏡花ちゃんを迎えにいっ…て……」

「っ敦!」

「敦君っ!」 

 

 

最後まで言い終える前に、視界が暗転した。

 

 

 

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