文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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酬ゆる一矢(OE)

 

 

金曜日。

天空カジノから流通した偽造貨幣が遠隔操作により世界中で起爆。死傷者数が上昇するなかで各国政府は同時多発テロと見做し非常事態宣言を発令した。

武装探偵社の悪名は全世界へと轟くこととなったーー  

 

 

 

旧807爆心地、郊外の交通量の少ない幹線道路を一台の車が走行していた。

死刑相当類囚護送車。軍警施設から拘置所へと向かうキャラバンに運転者が一名、軍所属の警備が四名、そして身体を拘束された与謝野が乗っていた。

 

核廃棄物輸送車や護送車などの公的機関以外にその一本道を利用する車両は少なく、整備の不十分な道路に転がる瓦礫を踏み越える度に車体が揺籠のように揺れている。 

 

ガタ、ガタリ……ガタンッ! 

 

一際大きくキャラバンが傾いた。 

 

「何事だ。」 

 

与謝野の対面に座っていた軍曹が金網越しに運転手に問いかける。 

 

「前方で爆発が…」

「敵の襲撃かもしれん。」 

 

男達は分隊支援火器を構えると与謝野に逃亡せぬよう牽制し素早く車を降りた。  

 

外に出れば道の先で空高く火柱が燃え上がっていた。しかし敵と思しき人間は見当たらない。 

 

「前方を索敵する。残り二名は後方を警戒してくれ。」 

 

護送車の前方と後方に二組に分かれて、男達は目を光らせる。ぐるりと全体を見渡し、やはり敵がいないのを確認すると体を翻して…  

 

「なっ、」

『軍曹!女医は何処だ!?』 

 

視界に入った殺風景に男達は駭然となった。

彼等の先、一本の路上から一台の護送車が囚人と共に行方を眩ませていた。  

 

 

 

場面は変わり横浜のとある収容施設。中層ビルの屋上に三人の男がいた。 

 

「成程、此処から私を落として口封じというわけか。」 

 

頭に被せられた布が取られると福沢は遥か下の地上を見下ろす。

市街地の中心部、蟻のように縮小された人々が横断歩道を渡っている。遠くから車のけたたましいクラクションが上空へと昇ってきた。

背後を見やればガスマスクを付けた小柄な男と、景色を反射するほどに漆黒のサングラスを掛けた男が福沢と相対している。 

 

「俺はお前を知っている。」 

 

換気口が騒がしく合唱する屋上に、凄みのある低音が通り渡った。

ピリピリと張り詰めた空気が場を支配する。男達は暫くの間見つめ合い....

そして、沈黙が破られた。 

 

「あーはっはっはっは!社長救出完了!」 

 

ガスマスクを外すと同時に高笑いを響かせて江戸川は福沢へと駆け寄る。サングラスを取った男…エドガー・アラン・ポオも二人の元へと近づいた。彼は元組合の構成員、今では江戸川に推理遊戯を申し込んでは敗北するライバル兼良き友の間柄である。 

 

「いやあ、荒っぽい手を使ってごめんね!でも他の社員よりマシだよ。」

「!他の社員も狙われたか。」 

 

元よりぶっきらぼうな面相を更に険しくさせる福沢に江戸川はこれまでの経緯を説明しだす。 

 

人質事件の後、警察の追跡から逃れ安全圏へと身を潜めた江戸川は独り天人五衰に関しての調査を進めた。その過程で組織のボス、通称神威が軍警に勾留された福沢、与謝野、国木田の暗殺を目論んでいることを知った。 

 

「そこで僕は敵の計画を書き換えることにしたのさ!」 

 

先ず、元探偵社員という理由で自宅に軟禁され監視体制に置かれていた花袋。読者を小説の中に引き摺り込むポオの異能『モルグ街の黒猫』で、半開きの窓から小説の画面を開いた携帯を投げ入れそこに取り込むことで保護。福沢は屋上から突き落とすという神威の計画に乗っ取り江戸川とポオが暗殺者に扮して救出。そしてそれぞれ別々の場所に監禁されている国木田と与謝野は… 

 

「二人は探偵社として正式に依頼した協力者に任せた。」

「協力者?」

「先に言っとくけど僕としても苦肉の策だったんだ。けどこんな緊急時に手段なんて選んでられないでしょ?」 

 

思わしくない言い方で自己弁護する江戸川。ばつの悪そうな表情に福沢の胸に嫌な予感が忍び寄った。 

 

 

 

それから三人はアンの部屋へと場所を移した。

躑躅色に包まれた二十畳ほどの広さの部屋で、七人は再開する。自身の瞳に映る光景が信じ難く敦は目を擦ってみる。 

 

「皆、生きて…」 

 

幻覚かもしれないと疑ったそれが紛れもない現実だと気づくと、敦は一目散に駆け出した。 

 

「花袋、ゴー!」

「うぇへ!?」 

 

いきなり背中を江戸川に押された花袋は、両手を広げ突撃してきた敦と共に盛大に床に転がる。 

 

「うわああああん!」

「ちょ、ま…ゲホォオオ!」 

 

無意識に顕現した虎の体重に押し潰された花袋は車に轢かれた蛙のような悲鳴をあげた。敦の傍で放心していた鏡花も、花袋の奇声にハッとすると僅かに瞳を潤ませて二人の元へと駆け寄った。 

 

「グェエエェ、」

「ははっ!」 

 

益々情けない声を漏らす花袋に江戸川達もまた破顔したのだった。  

 

人質立て篭もり事件から早五日。天人五衰の陰謀に嵌り散り散りになった探偵社。互いの安否も判らぬままそれでも再び仲間と集えることを信じてきた…。猟犬との数度に渡る悪戦苦闘、銀行への侵入、天空カジノでの作戦。各々が持ち得る全力を尽くして幾多の苦難を乗り越え、一人一人が拾い集めた希望の種が遂に実を結んだのだ。

 

 

ひとしきり皆で笑い合ったあと、一同は部屋の中央に臨時で設置された会議机を囲んだ。 

 

「そういえば国木田さんと与謝野さんはどうされたんですか。」

「…乱歩。」 

 

常時の探偵社員に加えてルーシー、坂口、花袋。しかし其処に本来いるべき国木田と与謝野が見当たらないことに気づいた敦が尋ねると、福沢が江戸川に物問うた。よもや協力者とやらが依頼を反故にしたのでは…状況が状況なだけに江戸川への信頼以上に福沢の胸懐は灰色の感情で埋め尽くされていた。無論、不安が表に出ることはないが。

その方で、六人の視線を浴びた江戸川は彼等の胸騒ぎを一掃するように微笑んだ。 

 

「心配いらないってもう来るよ。ほら、あと三秒。」 

 

細く長い指が部屋の出入口を指差して。 

 

「二、」 

 

全員が一点を注視する。 

 

「一。」 

 

カウントが終わるとガチャリと扉が開いた。 

 

カツンと靴音を鳴らしてハイヒールと革靴が最初に顔を覗かせる。下から上へとフォルムを辿ればとうの昔に感じられるかけがえの無い存在が敦たちの目に飛び込んできた。 

 

「社長…お前達…」

「なんだい、皆して情けない顔だねぇ。」

「国木田さんっ!与謝野さんっ!」 

 

五体満足で現れた与謝野と国木田に一同は椅子から立ち上がる。

顔を俯かせ小刻みに震える国木田と目頭を抑える与謝野。再び駆け寄ってきた敦と鏡花を抱き止め彼等は熱い抱擁を交わした。

そこに、半開きのドアから新たに人が入ってくる。 

 

「なんだ、谷崎と宮沢は留守か?」

「二人は別の避難所に隠れてるよ。それよりも遅かったね。」

「俺の異能は諸刃の剣なんだ、あまり頼ってくれるな。」

「渋っちゃって。」 

 

最後に登場したのはグレイだった。 

 

「乱歩っ、これは一体…」 

 

男の存在に一際動揺したのは福沢だった。刀に手をやる福沢をものともせずグレイは席につく。 

 

「そう怒ってやるな福沢。互いに過去のことは水に流そうじゃないか。」

「どの口が…!そもそも貴様は信用できん。」

「江戸川の説得がなけりゃあコイツらは今此処にいなかっただろう。それ以上の信頼が必要か?」 

 

まさに一触即発の不穏な冷気が漂い始める室内で、敦達が固唾を呑んだ。

柄から手を離そうとしない福沢、いつでも応戦できるようにと懐に伸ばすグレイ。二人の深い因縁を目の当たりにした面々は只々事の成り行きを見守ることしかできないでいた。一人を除いては。 

 

「あーもうっ!」 

 

焦ったそうな掌が机を叩いた。それにより空気の抜けた風船のように室内の淀みが抜けていく。 

 

「僕だって当然グレイを信じてないよ!人手が足りなかったから使えるものは使おうと思っただけ!...もう良いでしょこれで!」

「...俺は構わねぇよ。利用できるもんは利用する、良い心掛けだ。」

「……………。」 

 

先に引き下がったのはグレイだった。

江戸川の言葉に福沢も渋々といった様子で刀から手を離すと固く瞼を閉ざした。承諾と黙認の合図であった。 

 

 

その後、探偵社の恒例会議が開かれた。

それぞれの此処に至るまでの経緯を、その過程で得た情報を詳しく述べていく面々。尤も有益な情報をもたらしたのは敦だった。 

 

天空カジノでの作戦後に意識を失った敦。しかし彼が倒れたのは単なる疲労の蓄積ではなかったのだ。シグマと手を離す直前、彼の異能により敦は探偵社が最も得たい情報を交換した。気絶は異能で大量の情報が脳に流れ込んでくることで起こるガス欠のようなものであった。それから敦は語る。探偵社を陥れた頁の在処は神威という人物の手元にあることを。 

 

「確かなのはそいつが強力な異能者であること、そして今回の天人五衰事件の要であるという事です。」

「神威…。」 

 

自身の脳内で改めて話を整理した坂口が小さく呟いた。低く沈んだ声に敦は憂鬱が自身の内を締め付けていくのを感じた。受け取った情報が多すぎるが故に人物像は俄然分からないままであったが、眠っている間に感じた黒い影を確かに憶えている。それは酷く悍ましく己を無限の闇へと引き摺り込まんとする殺気であった。 

出口のない迷路に放り込まれたような暗雲とした雰囲気が漂うなか、一人の探偵が明るい手拍子を鳴らした。

 

「天人五衰と真っ向から張り合えるかもしれない人がいる。」

「え?」

「昨日の敵は今日の友だよ…」 

 

福地桜痴。

特殊制圧作戦群甲分隊、その頂点に君臨する名実ともに偉大な秩序の守護者。現状探偵社が協力を仰ぐにはこの上なく適切で簡便な男。それもそのはず、福地と福沢は青年期の頃よりの旧知の仲であった。要所要所に福沢の補足をかいつまんで江戸川は説明する。

 

「しかしそう簡単に探偵社の無実を信じてくれるでしょうか。」 

 

国木田の疑問に江戸川はピンと人差し指を立てる。 

 

「そこは大丈夫、先ずは『誰も探偵社の無実を信じない』という頁の制約を大胆に破る。」 

 

明日、とある記者会見に乱入し人質事件の会場で得た探偵社が無実という証拠を世間に突きつける。祓魔梓弓章を授かったのは断じてパフォーマンスなどではない。十二年という歳月のなかで薄暮の武装集団は街の秩序維持に多大なる貢献をしてきた。故に江戸川はメディアを通して人々の魂に問いかける。 

 

「「僕がテロリストだとして、今こんな風に指名手配される初歩的なヘマをすると思うか?」ってね。」

「…っ!」 

 

自分の目で真実を見定めよと。人の心に訴えかける心理作戦での反撃を提示した江戸川に全員が沸き立つ感覚を覚えた。頁の制約が破られる保証はないというのにどうしてか事が上手く運ぶ気がしてならないのだ。皆の反応に笑みを深めた江戸川は話を続ける。 

 

「で、そのあとがとっておきの醍醐味。おまちかねの彼に接触するのさ。」 

 

見通しが立ったことに意欲が漲ってきた敦は一人一人を見渡す。そして隣のグレイに目を向けて、と胸を突かれたような心地になった。

 

机の下で携帯を片手に画面を見つめるグレイの黒い眸子が揺れていたのだ。 

 

「グレイさん…?」 

 

口を突いて出た戸惑いにグレイは現実に引き戻されると周囲を確認するように視線を巡らした。敦の呼び声が消えそうなほどにか細かった為に場の誰も、二人の異変に気づいていなかった。それを理会するとたちまちグレイは安堵の短い嘆息を呼吸とともに吐き出して。動物的な本能で男の気がかりに共鳴してしまうと、それに気付いたグレイは薄笑みながら敦の柔らかな絹鼠の鬣を一撫でした。

初めて見るグレイの不審な挙動に敦は少しばかり動転したものの、進行する会議に置いていかれないように目線を江戸川へと戻したのだった。 

 

方針は決定した。明日土曜日に江戸川が記者会見を行い、その間に国木田と与謝野は何処かの隠れ家に身を隠しているであろう谷崎と宮沢の捜索。そして日曜日に江戸川と敦が福地の元へと説得に赴く。

探偵社復活の狼煙が今、立ち昇ったーー 

 

 

「やっぱり江戸川さんは天才ですね。」

「当然でしょ、僕のおかげで探偵社は成り立ってるんだから!」

「流石です!」 

 

会議終了後。各々の役割を果たすべく空間を出ていった後のアンの部屋には敦、ルーシー、鏡花、福沢、江戸川そしてグレイが残っていた。 

 

 

「グレイ。」 

 

江戸川を囲み団欒する年少組の反対方面で部屋を退出しようとするグレイを福沢が呼び止める。十四年ぶりに二人は正対する。 

 

「国木田と与謝野を救ってくれたこと感謝する。」 

 

その言葉とともに謝意を表そうとする福沢をグレイは間髪を入れずに制止した。 

 

「いい、そういうのは柄じゃねえ。探偵社からの公式の依頼として仕事をしただけだ。」

「…ああ。相応の代金は支払う。」

「ならそれで十分だ。」 

 

話の接ぎ穂がなくなった。何か話題を探すべきか、このまま背を向けるべきか…律儀な男が逡巡しているとグレイが口を開く。 

 

「福沢、お前は福地が味方に付くと思っているのか。」

「無論。源一郎はこの世で最も信頼の置ける男だ。私は一心に奴を信じる。」 

 

曇のない光のある眼差しを受けるとグレイはそうかと一つ言い捨てた。 

 

「その言葉、後になって後悔するなよ。」 

 

そう言い残し背中を向けるグレイ。

扉の取手に手を掛けたところで、遠くからかかる江戸川の呼び声に足を止めた。 

 

「これ、持って行って。…絶対に約束は違わないでよ。」 

 

放り投げられた何かを受け取るとグレイは江戸川を見返す。 

 

難事件を推理する時の切れ長の目が男を射抜いた。それに対してグレイは唇を吊り上げることで応える。二人の応対に何かしらの取引の延長であると察する面々だったが、特に福沢はそれ以上追及することはなかった。 

 

そうしてアンの部屋を出ていくグレイを一同は見送ったのだった。  

 

 

翌日、 

 

「探偵社がテロリストのわけがない…!」 

 

ポートマフィアでは一人の青年が頁の制約を破った。

 

 

 

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