文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

60 / 122
Mankind Survival (OE)

横浜近海、動く人工島。スタンダード島内の国連特別本部に一人の英雄が現れた。 

 

我々は既に戦争に負けている。 

 

演説の冒頭は鮮烈な衝撃を聴衆に与えた。 

科学技術の進歩に異能の大衆認知と犯罪応用化。大戦を期に変遷しつつある二つの時代のうねりが止まることはない。人々を守る為の新たな法や機構の確立は大きく遅れをとっている。 

 

「悪は日々姿を変えている。その最尖兵が天人五衰だ。」 

 

行政機構の為政者たちが利欲にとらわれている間に、深慮遠謀な不心得者は鋭い嗅覚を以て新時代の変化に適応している。地球を覆う破滅の嵐が吹きはじめているというのに、国連に集う人民の代表たちは己がテロリストに落後していることにも気づかずに今日の晩餐を思い浮かべているのだ。

国境も失うものも何もない国家の反逆者たちはこの瞬間にも世界を滅ぼさんと爪と牙を研ぎ澄ましているかもしれない。今やこの世界に安全な場所などない。 

 

「抗うのだ…!」 

 

枢軸国をはじめとした世界中のあらゆる武装機関を一つに纏め地球上如何なる領土へも捜査可能な新秩序体制を築く。その名も人類軍。この世の悪を貫く一本の槍。  

 

「...以上により諸君には本決議草案の賛成票を強く求めるものである。」  

 

かくして、対テロ新機関は設立された。

空気が震えんばかりの拍手大喝采を浴びながら福地は総会ホールを後にした。   

 

 

 

「名演説だったねえ。」

「……!」 

 

一仕事を終えた福地が自室に戻ると一人の招かれざる客が彼を出迎えた。 

 

「武装探偵社!?」

「どうも。」 

 

椅子に腰掛け安気に手を振る江戸川に福地は内線電話を掛ける。その様子を江戸川は推理するでもなく只窺っていた。 

 

「警備か、五分程控室に誰も入れるな。…理由?後で説明する。」 

 

ガチャンと受話器が戻されると正面の椅子に腰を下ろす福地。 

 

「五分?」

「説得には足らんか?」 

 

挑戦的な眼差しを受けると江戸川は白い歯を見せた。 

 

「楽勝だよ。」 

 

十二年ぶりの懐かしき顔馴染み。されど今は敵同士。双方が探偵社の命運を握っているが故にこの先に待ち受ける未来は予測がついていた。昨日の敵は今日の友、それはひとえに江戸川の説得力に懸かっていた。 

 

「始めろ。」 

 

福地の合図に江戸川は言葉を紡ぎ出したのだった。 

 

 

 

特別貴賓客船ボズウェリアン号。

安全保障理事会に集った十五カ国の政府要人が宿泊する大型客船。船内を巡回する警備は各国のSPであり油断大敵な実力者。敵と見なされれば問答無用で攻撃をしてくるであろう警備と遭遇しないよう細心の注意を払いながら敦は潜入準備をしていた。 

 

『敦、密航の準備は?』 

 

そんな時、耳に装着した小型無線機が音声を拾う。電線を介してない肉声も耳に届いてデッキから身を乗り出すと施設から錨地に江戸川と敦には見覚えのない中年の男が横に並んで歩いていた。

ーもしや彼が猟犬の… 

 

「準備万端です。」 

 

係船場までやって来た二人に敦は船梯子を掛ける。が、軍服を着た人は不要とばかりに片手を上げ少し膝を曲げると……ばねのように大きく跳躍して音もなく甲板に着地した。自身の虎の膂力と同等の抜群の身体能力に敦が半ば感嘆していると続けて江戸川が梯子を伝って登ってくる。 

 

「はー疲れた。」

「各国大使が滞在する迎賓室で警備をやり過ごす。警邏に見つからぬよう足音を立てるなよ。」 

 

マントを風にはためかせ、腰元の貫禄ある軍刀に似合わしい精悍な顔つきを向ける男…福地桜痴。その佇まいからは彼が歴戦の猛者だということが犇と敦には伝わってきた。 

 

凄い、この人があの伝説の英雄なんだと、まるでハリウッドスターに会えたかのような高揚感が湧き上がるがすぐに気持ちを切り替える。江戸川の説言が功を奏したとはいえ、福地の変心次第では探偵社の運命は容易に左右されてしまうのもまた事実。絶対に粗相のないように気をつけなければと、敦は決意を確固にした。 

 

「儂を中年と呼ぶな。」

「中年でしょ。」

 

けれども敦の心中とは裏腹に祖父と孫のように睦まじく談笑しながら先を行く二人。

 

「まだまだ若いわ!肌なぞプルプルだ。」

「へぇー、どの辺が?」

「...尻とか。」 

 

つい先程までの意気込みが削がれる気分になりつつも、置いてかれないように敦は急いで後を追ったのだった。

 

 

船が出航してからしばらく、入り組んだ内部構造を遠回りに進み敦たちは迎賓室へと繋がる階段のある上甲板に出てきた。 

 

「それで、神威とは一体何者なのでしょう?」 

 

脳裏に浮かんだままに疑問を零した敦に江戸川は頭を振る。 

 

「焦るな。先に猟犬と手を結んでから軍警の機密資料を元に神威を特定せよ。それが社長の指示だ。」 

 

社長の意向なら仕方ない、そうと思う反面やはり気になるものは気になるものである。何より敦には、軍警の機密資料がなくとも超推理を使えば宇宙の真理だって解き明かしてしまえるようなそんな気さえしていた。そんな意を込めて江戸川を盗み見ると、二十六歳児は悪戯好きな笑みを浮かべて眼鏡を取り出した。 

 

「どうしても僕の仕事の順序を曲げさせたいなら、方法はなくもな..」

「はい!どうぞ!」 

 

遮る勢いでラムネ飲料を取り出すと敦は意気揚々と差し出した。江戸川と仕事をする際は大抵の社員は持ち歩いている賄賂である。駄菓子の時もある。 

 

「え、いつもそれ持ち歩いておるのか?」

「はい。」 

 

即答する敦に福地は表現し難い複雑な表情になる。当惑の二文字が浮かんでいた。 

 

キャップ部分のシールを剥がしてビー玉を落とすとシュワシュワと爽快な泡を立てる瓶を江戸川に渡す。江戸川が一口飲むと、砂糖入りの炭酸特有の甘ったるい香りが敦の鼻を掠めた。 

 

「仕方ないなあ。社長には内緒だぞ。」 

 

カラン、コロン。

瓶の中でビー玉が揺れた。

一通り炭酸飲料の清涼感ある甘味を堪能すると、江戸川は眼鏡をかけた。   

 

 

神威は何者か。 

 

量子コンピューターに類する速度で江戸川の頭がフル回転する。 

 

考察すべきは頁による改変前の世界。公的治安機関がどれだけ捜査しようとも尻尾すら掴めなかった組織。以前坂口は天人五衰が政府の裏の顔ではないかという推察を述べた。すべての始まりの日曜日、人質事件が起きる前に探偵社が祓魔梓弓章を授与されたことを含めると坂口が述べた通り政府系の人間の線が濃厚である。付け加えて、斗南の秘書としてゴーゴリを潜入させた手際の良さと打倒探偵社の秘密会議を把握できるほどの情報網。即ち上層部の人間である可能性が高い。 

 

更にはシグマから与えられた情報によると神威は他のメンバーの前でもガスマスクを装着し素性を明かさぬようにしていた。つまり慎重かつ顔が比較的知られた著名人。 

 

最後に一連のテロ事件で最も利益を得た人物、それは……  

 

 

不意に江戸川の手から力が抜ける。

 

くるり、くるりとスローモーションのような動作で瓶が落ちてゆく。だがそんなものは目に入らなかった。 

 

暗礁に散らばっていたパズルのピースが次々とはまっていき、遂に一つの像を作りあげた。  

 

政府の人間、著名人、ゴーゴリやドストエフスキーを従えられるほどの実力者、探偵社を陥れたことから何かしらの因縁をもつ者。そして硬貨テロの結果、人類軍という巨大権力を手に入れた人物。  

 

 

ガシャン! 

 

地面と接触したガラスが綺麗な音色を響かせた。液体とともに飛び出したビー玉がコロコロと男の足元に転がった。

江戸川は一層思考を巡らす。彼が勘づいたことに、男も勘づいた。

緊張で強張った面差しは刹那に覚悟へと変わった。 

 

無数の念が目まぐるしく脳内を駆け巡ると、 

 

「江戸川さん?」

「ーーーー。」 

 

耳元のインカムに震える指先を当て一筋の祈りを届けると、次いで江戸川は発煙筒を点火し空高く放り投げる。

警告色がもうもうと立ち昇るとともに、軍刀が抜かれた。 

 

「済まない、僕のミスだ。」 

 

振り向きざまに敦に謝罪した江戸川の体が右薙に蜃気楼のように揺らめいた。 

 

「………!?」 

 

ポオの異能が施された推理小説に江戸川は吸い込まれてゆく。それは万一の避難地として江戸川が用意したものであった。たちまち敦は事を察知した。 

 

「いいか敦、逃げ切れ。お前では勝ち目はない。」 

 

かつてなく厳しい眼差しが敦に送られる。 

 

「もう一つ、オジサンの…神威の異能はーー」  

 

江戸川のいなくなった船首にしじまが訪れた。

だだっ広い甲板の上で敦は福地(神威)と正対した。

 

 

 

 

 

 

天人五衰事件より二日前。 

 

天と地が引っくり返ろうともあの日あの場所での巡り合いを忘れることはない。

 

林を疾走すると初まりの切り株に腰掛けあの人は待っていた。

(やつがれ)の原点にして至高。昔とは異なりこの現世の宵闇を再現した能面はもう面影がなかった。 

 

『わざわざ呼び出して済まないね。』

『太宰さん。』 

 

されども飄々とした、何もかもを見透かした面様で太宰さんは告げた。 

 

『敦君を尾行してほしい。』  

 

遠からず、世界の裂け目からどす黒い混沌が這い出して来る。否、其れはもう横浜を、世界を、探偵社を侵食しつつあった。 

 

『世界を救うために君には目になってほしい。』

『…目?』

『そうだ、何者にもつかず故に察知されない万象の目。』 

 

敵にも味方にも知られず乾坤一擲の瞬間を待ち忍。そして敵が尾を露わにした瞬間、その首を掻き取る。賢しく一隻眼を持つ太宰さんらしい密謀であった。然れど。 

 

『断る。』 

 

太宰さんは僕を唯正面から見据えていた。

世界と探偵社の危機?笑わせるな。僕はこの世が何色の炎で焼かれようと興味はない。ましてや人虎を救うなど以ての外。 

 

『それに斯様な重責…太宰さんには僕を超える強者も賢者もいよう。』

『……救うさ。』 

 

確信めいた物言いで太宰さんは微笑んだ。いつか僕を救い上げてくれたように。ふっと、人虎の言葉が胸を過った。 

 

ー六ヶ月間、お前は一人も殺すな。そうすれば単純な事実に気づくはずだ。 

 

弱さと強さは見た目通りの関係ではないこと、太宰さんに認めてもらう為に必要なこと。共食い事件が終結した後の出来事だった。更に人虎はこうも言った。 

 

ー本当はお前の方が僕の前にいる 

 

あの日から僕は殺さずのマフィアとなった。解はまだ得られずにいる。だが…… 

 

『理由は自分でも判っているだろう?』  

 

 

 

狼煙が立ち昇った。

足を斬り落とされ不甲斐なくも醜態を晒す人虎と、白刃を振るう僕が斃すべき敵。 

 

「く……」

「今楽にしてやろう。」 

 

太宰さんが僕をマフィアに勧誘し、人虎と組ませた理由。それは今、この瞬間の為。 

 

「その必要はない。」

「…!?」

「っ芥川!?」

「何故ならそこの人虎は苦境に突き落とす度より厄介な敵となって舞い戻って来るからだ。」 

 

故に僕は天魔纏鎧を纏い人虎と共に敵を滅するのみ。

 

 

 

福沢は語る、福地は信頼のおける友だと。

福地は返す、ある時迄は親友だったと。 

 

遡るは異能大戦、戦場に行った福地と行かなかった福沢の路は永遠に別たれた。

 

福地は鮮明に憶えている。彼が折った指の数も、潰した内臓の数も、命乞いをされた回数も…犠牲者の中には兵士だけでなく女子供を含めた民間人もいた。正しいときよりも正しくなかったときの方が多かった。

 

福地桜痴は戦場で生まれた。甚振り殺すことを教え命じたのは国家だった。それ故に福地は言放つ、善なる国家はただの夢物語であると。国家が、秩序が存在するから戦争という地獄が生まれるのだと。

 

したがって桜痴居士、鐵心氷骨を以って凡ての国家を消滅せしむる。  

 

 

 

一羅生門・天魔纏鎧。

空間さえも喰らう異能羅生門を体に纏うことで身体と攻撃力を強化する技。異能を体現化した黒獣の腕を、顎を出現させ相手を切り裂き噛み砕く叢や顎他、技は数多に渡る。 

 

一月下獣・半人半虎。

完全な獣にはならず文字通り半人半虎になることで獣と人間の肉体を駆使して闘う。技は少ないものの虎のもつ超再生と異能を裂く特性と相乗効果を成し優れた殺傷能力を伴う。 

 

 

己の有する実力の限りを尽くしありとあらゆる技量を駆使して敦と芥川は男に挑んだ。芥川の異能の外套で福地を拘束しその隙に敦の虎の爪で引き裂く、虎の俊足で気を引いているうちに黒獣の顎で噛み砕く…考えられる手立ては全て使った。しかし敵の格は異次元に違った。 

 

福地の異能は『鏡獅子』。手にした武器の性能を百倍にする能力。彼が投げた小石は鉄砲玉の如き威力を誇り、掴み取った欄干はバターのように船の上部を切断した。

極め付けは男の抜いた神刀、雨御前。今から千五百年前にとある異能力者の刀鍛冶が鍛治した時空剣。その渾名の通り十数センチメートルの空間を渡ることのできる性質を持つそれが福地の異能と組み合わされば異能の極致に到達する。 

 

百倍の精度となり半径十数メートルの空間を省略して現れる予測不能な攻撃に芥川と敦は翻弄され呆気なく地に伏せることとなった。福地は赤子の手を捻るよりも容易く二人を戦闘不能にしてしまった。

彼等はその身を保って神威を思い知ったのだった。

 

 

 

「かはっ」 

 

力を失った体を冷たい床が受け止めた。

どれだけ動けと合図を送っても接続が切れたかのように指の一本も微動だにしない。肝心な時にまるで使いものにならない自分自身に嫌気がさしながら、敦は目線のみを見上げた。遠くで自身と同じように肉体を貫かれた芥川が横たわっている。その直ぐ前には雨御前を握る福地が。 

 

「芥川君といったな、君と取引がしたい。」 

 

ー儂の弟子にならないか? 

 

通風筒に座り込み突拍子もない台詞を放った福地に芥川と敦は仰天する。福地は至って平穏に顎髭を触っていた。 

 

「突拍子もない話と思うか?」 

 

目的のためであれば手段は問わない。必要であればその身を血に染めることすら厭わない、それが二人の共通点であった。相違なるは場数を踏んだ数のみ。 

 

「今の師匠より有望とは思わんか?」  

 

そう問いかけた福地に芥川は嘲笑した。己を見出した太宰に取って代わる人類など存在しない。福地の提案は笑止の沙汰であった。しかし福地は引き下がらない。 

 

「乗り換えろとはいってない、暫く預かるだけだ。猟犬でも最強の異能者になったあと返してやろう。」

「…貴様が約束を守る保証などない。」

「この剣と英雄の呼び名において誓おう。」

「芥川!」 

 

陽光を反射した青刃の切先が敦を指し示す。 

 

「その少年を殺せ。」 

 

途端に爆発的な殺意が芥川を包む。ゆっくりとした動作で体を起こした芥川は敦と真向かう。その獣のように憎悪にぎらついた眼を覗くと敦は切歯した。 

 

「そんなに命が惜しいか。」

「死など恐れぬ、恐れるのは太宰さんに認められず死ぬことだ。」

「お前はいつもそれだ、何故そうも生きる意味に拘る…。」 

 

どうにかして上体を起こすと敦は侮蔑の表情を顕にした。

理解しがたかった。太宰のお気に入りというだけで自身を敵対視する理由も、執拗に強さを求める訳も。決して理解し得ない対極の世界に二人は存在していた。

芥川は遠くを見つめた。 

 

「肺の病で僕には時間がない。」

「……!」 

 

残り少ない時間を貴重にする。せめて悔いのない最期を、己が生涯は苦だけではなかったと。意義があったと納得できる結末を迎えたい。

今敦を見捨て死を回避することは容易い。福地の要求に従い敦を殺して港に戻って、そして事が終われば太宰に会いに行く。

 

そのとき、彼はどんな顔をする(・・・・・・・)だろうか。 

 

「…立て、人虎。僕は太宰さんを落胆させるわけにはいかぬのだ。」 

 

汐風が芥川の外套の裾を攫い、敦の頬をさわりと撫でた。

彼等を乗せる大海原は空の色を映し出し静かに波紋を描いていた。どこまでも澄み渡る純粋明色な二人の心を。 

 

 

最後の最後の力を振り絞り敦は立ち上がる。もう躊躇いも憂いもない。

 

両腕を白と黒の縦縞が入った豪傑な虎に変化させると、弾みをつけて跳び上った。

好敵手に応えるべく芥川も急速に前進する。 

 

「ぅぉおおぉおッ!」

「おオぉォお!」 

 

そして二人はすれ違った。 

 

「ッ…!」    

 

月下獣羅生門、黒虎絶爪。

共食い事件のクライマックスで二人がドストエフスキーの部下イワン・ゴンチャロフを打倒する際に編み出した必殺技。異能と空間を裂く二つの能力を混成させた超強力な一撃必殺。

太宰が望んだように、二人の力を合わせて。  

 

勢いを殺さずに黒布を纏った敦が腕を振り上げたーー  

 

 

ズシャ、 

 

「人虎!?」 

 

肉が切れる音がした。まるで視えない力に奇襲を仕掛けられたようだった。

次に右腕に燃えるほどの熱が昇る。気づけば敦の視界は福地の足元を見ていた。

 

綺麗に切断された上腕を抑えると、自身の後方で同じく肩から腰にかけてを斜めに斬り裂かれた芥川が。 

 

「何故儂が世界の危機を何度も救えたと思う?」 

 

何が起こったのか掴めないでいる二人に福地は涼しげに問いかける。 

 

異能大戦において一撃絶殺を奥義とする破壊異能者は有り余るほど存在する。そのような魑魅魍魎に対して福地が無敵の進軍を続けられたわけは。 

 

「云った筈だ。雨御前は時空剣だと。」 

 

半径十数メートルの空間を省略できると同時に、その剣は十数秒の時間をも渡る。奇襲を受けた瞬間に刃を過去に渡らせることで敗北をなかったことにできる。

つまり福地は敦と芥川の攻撃に一度敗北し、その過去を斬ったのだ。

 

どれだけ頭脳明晰な人間が謀ろうともそれすらもなかったことにしてしまう。二人が斃してきた強敵とはわけが違う。実力も連携も圧倒的に劣る二人では戦いにもならない相手。それが百戦錬磨の武人、福地桜痴.....規格外の強さ、英雄と呼ばれる男の所以であった。 

 

「最期に言い残すことはあるか。」 

 

総毛立つような刀身が鋭く光る。じわりじわりと迫り来る死の刃を芥川は淡々と見詰める。 

 

「ずっと考えてきた。長くないこの命の焔が消える瞬間に何をいうべきか。」 

 

紗幕を通したようにその問い自体が曖昧だった。

けれど今、青年はその向こう側へと辿りついた。

 

「言葉など不要っ、唯行動あるのみ…!」 

 

凛々しい声音がありったけの叫び声となり空気を震わせた。 

 

ガコンッ! 

 

襟衣を異能操作された襟衣が三角に床を切り取り穴を開ける。次いで芥川は襟衣をうねらせると消火器を持ち上げさせる。中身を噴射させ目眩しの隙に穴に逃げるために。

だが、 

 

空間を渡った雨御前にレバーを切断された消化器は甲板に転がった。福地が一歩足を踏み出す。 

 

「今際の際に言葉より行動か....天晴れなり。」

「芥川ぁっ!!」 

 

天高く大上段に構えられた輝く鉾先が芥川の首目掛けて振り下ろされた。

その場にいた全員が刃が頸を横一直線に掻き切るのを幻視した……

その時だった。 

 

 

カッ! 

 

一挺のナイフと銃が雨御前を受け止めた。

一振りの時空剣は何も斬っていなかった。

死を覚悟した芥川の前にいたのは...

 

 

「っと、危ねェな。」

「っ!?」

「ッグレイさん!」 

 

自身の刀を防いだ男に福地は顔を驚愕に染め、即座に刀を引き間合いを取る。 

 

「グレイ!!」

「そう叫ばずとも聞こえるさ、福地。」 

 

奈落を這うような咆哮をあげる福地にグレイは嗤った。 

 

パンッ!

シュウー… 

 

グレイの放った弾丸が消火器を打ち抜き瞬く間にガスが噴出する。

再び飛ばされた斬撃が今度という今度こそ芥川の首を奪った。

 

「あくたがわッ....」

 

福沢や太宰が彼程強敵と警戒していた男ですら福地の攻撃を読めなかったという現実に敦は打ち拉がれる。 

 

急速に立ち篭めた霧が一同の視界を奪うなか、グレイは一つ舌打ちを溢すと地べたに這い蹲る青年に向かって懸声を張り上げた。 

 

「何してる!さっさと行け!!」

「ッ!!」 

 

脳天を直撃した号令に、敦は唇を噛み締めると穴の中へと飛び込んだ。どうか無事であれと願いながらーー  

 

 

 

「…………。」

「…………。」 

 

敦が逃げ延びたあとの甲板で二人は対峙する。 

 

「…グレイ、」

「福地。」 

 

大きな弧を描くようにじり、じりと歩み寄りながら…。グレイはナイフを戻すと二挺の銃を、福地は一振りの刀を構える。

 

蒼茫たる蒼穹の下、刀光剣影が極限に漂う船の上で。

究極の正義と悪の権化が相見えた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。