文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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巡り巡る権謀術数(OE)

 

 

突然だがニュージーランドの伝統料理と云えば何が思い浮かぶだろうか。

 

一番に挙げられるのはマオリ族独自のハンギ料理。さつまいもや人参、南瓜などの野菜とポークを厚い石の上に置き、蓋をして土を被せ数時間蒸し焼きにするマタリキ。イギリス人の移民がもたらしたフィッシュアンドチップス、サワークリームとの付け合わせが最高だ。南島最南端の街ブラフで獲れる最高峰のオイスター、ブラフオイスターの生食やラム肉と共にこんがりと焼くバーベキュー。ニュージーランドは美味しい食べ物で溢れている。  

 

ジュージューと肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込める。中華ガステーブルの上で薄めの鉄フライパンで大胆に表面だけを少し焦げさせる。中まで火が通らないようにするのが注意点だ。オリーブオイルを大さじ一杯程度かけると更に聞き応えのある音が耳に届いた。

と、蛍光色のテニスボールが頬を掠めた。そして顔を横切り壁に反射して綺麗な弧を描いてフライパンに落ちそうになるのをすんでのところで捕まえる。ギリギリセーフ…。尻目に悪戯っ子を捉えてボールを後方に投げるとQは両手で受け取った。退屈を極めた微妙な変顔は説教を待っているかのようだった。 

 

「キッチンでテニスをするな。」

「んぅー…はぁーい、」 

 

電源を消して火を止めると肉斬り包丁でステーキ大に肉を切り再び正面を焦がして、出来上がったら予め用意していたパイに乗せる。チーズ、角切りの玉ねぎ、マシュルームも忘れずに。素材を全て乗せたら形を整えながら包んであとはオーブンで焼くだけ。 

そこで、ドアベルが鳴る音がした。 

 

「Q、代わりに出てくれ。」

「うん!」 

 

瞳を輝かせて玄関へと駆けていくQを見送りながら料理をオーブンに入れて時間を設定する。 

 

「む?君がQか。」

「おじさんだぁれ?」

「客人だ、入れてやってくれ!」 

 

遠くから聞こえてくる会話にすかさず呼び掛けると足音が近づいてきた。っと、後はスタートボタンを押せば二十分で出来上がる。少し遅れちまったがまあ良いだろう。 

 

暖色の照明に照らされて熱を帯び始めるパイを確認してから振り返ると、ダイニングに逞しい片腕にQを座らせた福地がいた。 

 

「悪ィな、一日中構ってやれなくて拗ねてんだ。」

「いや構わん。」 

 

俺の言葉にQは若干口を窄めると福地の首に回す腕に力を籠めた。しかし流石は福地、子供のわりには強すぎる締め付けをものともせずにQを抱いたまま片手で二つの紙袋を手渡してくる。手土産だというそれを有り難く受け取ると、酒瓶を取り出す。

シャープなデザインが施されたパッケージと、ボトルに印刷された象徴的なエソジカ。それは俺が長い間待ち望んでいたものだった。 

 

「これは…」 

 

歓喜に身体が震えそうになるのを抑え込んで顔を上げると、福地はニッと微笑んだ。 

 

「約束じゃからな。」

「福地っ…!」 

 

遂に抑えきれなくなった昂りに感情のままに腕を広げて近づくと、福地は照れくさそうにしながらもしっかりと腕を回してくれた。やはり持つべきは真の酒友だな。 

 

「ふふへ、」 

 

顔横で福地に掴まっていたQの擽ったそうな笑い声に体を離すと、今度はもう一つの紙袋を見てみる。これまた美味そうなシーフードパエリアとシナモンロールだった。 

 

「子供がいると聞いておったのでな。」

「うわぁーい!おじさん大好き!」 

 

益々惚れ込んだ様子のQに福地はしたり顔をする。 

 

「ははは!グレイ、やはり儂の方が子に好かれやすいんじゃないか?」

「なんとでも言ってろ……ありがとな。だが料理ならちょうどステーキとチーズのパイをオーブンに入れたばかりなんだが。ニュージーランドの伝統料理だ。」

「え゛、」 

 

稼働中のオーブンを指差すと何故か福地の表情が引き攣った。サプライズに喜んでいるにしては珍妙な顔だ。

 

「お主が作ったのか?」

「?ああ、当然だろ。」

「おじさんが食べてね。」

「そんな殺生な…」 

 

よくわからんが即興のコントを繰り広げだす二人を席につかせると一先ず土産物をダイニングに置いて食事の準備を始めた。

 

 

 

「酷ぇ顔だな。」 

 

食卓に並べられた皿を手渡しながらそう言うと福地はもの悲しげに表情を翳らせた。 

 

「やはりお前には隠し通せんか。」

「何年親友やってると思ってんだ。」 

 

自嘲じみた笑みを溢す福地。寂寥と憂愁を孕んだ面差しは酷く感傷的だった。

双方鎮痛なしじまを破れずにいると、空気の変化に気づいてないQの呑気な感嘆だけが響く。 

 

「んー!これ美味しい!...けど早くシナモンロールも食べたいなぁ!」

「...ゆっくり噛んで食べろ。」

「わかってるよ。」 

 

無邪気な子供の声に少しだけ和やかさの戻ってきた食卓に内心有り難く感じた。福地は変わらずのくたびれ顔だったが、それでもQのおかげで若干気は紛れたようだった。 

 

「立原が裏切ったって?」

「相変わらず情報が早いな。」

「まあな。」 

 

探偵社の会議の後に知った話だが、春蝉の弟の道造が福地の正体に勘づいてしまったそうだ。結果として福地はブラムに噛ませて眷属にしようとしたらしいが一歩手前で何者かに連れ去られたらしい。その何者かというのは勿論春蝉のことなんだが、それを福地に伝える義理はない。なんせアイツから報告の電話がかかってきた時は手がつけられないほどにキレてたからな。逃亡阻止の為とはいえ目を潰しちゃあ不味いだろうに。怒り心頭のアイツを宥めるのに随分苦労したものだ。今は治療に当たった与謝野が看病しているらしい。 

 

兎も角、常識的に考えれば世界を滅ぼそうとする男から離反するのは至極当然の判断なんだが…福地も福地で部下に反旗を翻されたと嘆いているわけである。まあ複雑に絡み合った背景を鑑みれば一重に福地が悪いと一蹴することもできないし、何せ部下を手に掛けようとした事実に罪悪を抱いてるのを見定めれば哀れがましくもなる。こりゃあ完全に板挟みだな。 

 

「何事も定石通りに事は運ばぬものだ。」

「最初からわかっていた事だろう。それに俺は忠告したはずだ、舐めてかかると必ず綻びが出ると。」

「ああ、お前の言う通りじゃった。」 

 

ピー!

加熱終了の合図が鳴り、俺は席をたちキッチンに向かう。

 

オーブンのドアを開けると、熱気とともに熟成肉とパイが焼けた香ばしい香りがぶわりと広がった。息を吸いこんで絶品を嗅覚で堪能すると、皿に移して二人の元へと戻る。 

 

 

「さあできたぞ、これでも食べて精をつけろ。」

「……………」

「おじさんが食べてね。」

「そんな殺生な、」

「何言ってる二人とも食べろ。」 

 

わけのわからない譲り合いをしだす二人に面倒見よく切り分けて渡してやると恐る恐るといった様子で受け取った。試しに俺も食べてみる。 

 

サクッとフォークの入ったパイ生地と脂身のないラム肉と野菜を一緒に口に運ぶ。口内で旨味が満ち満ちた。柔らかい食感と野菜の甘み、それからグレービーソースのスパイスと濃厚なチーズが最高に味を引き立てている。頬がとろけそうになりながら味を堪能して二人の方を見てみると、福地とQは緩慢に口を動かしていた。 

 

「どうだ、美味すぎて言葉が出ないだろう。」

「うむ、無味無臭で感想が見つからんわ。」

「ねえねえおじさん、なんで味がないの?美味しそうな匂いもしないよ。」

「坊主、これは世界の七不思議だ。」

「まだ不味い方がマシだね。」

「失礼だなお前ら。」 

 

味わえば味わうほど絶品だというのにどうやら二人の味覚はイカれちまってるらしい。きっと福地は酒の飲み過ぎで鈍いのだろう。Qは…まだ幼いから美味しい料理の味を知らないのかもしれない。今度良いレストランに連れて行って味覚を鍛えさせよう。 

 

「それで、探偵社の会議はどうだった。」 

 

暫く食事を堪能していると、突然仕事の話題を振られて俺はフォークとナイフを置く。 

 

「見事にお前の計画を見破っていたよ。」 

 

空港での大指令の受渡作戦、そこには一つ大きな欠陥がある。猟犬の厳重な護衛がつく大指令に反して、作戦の要であるブラムには誰一人護衛を付けられない。吸血種蔓延の元凶を護っていれば己が黒幕だと宣伝するようなものだからだ。だから探偵社陣営は受渡作戦の最中、警備が最も手薄なブラム殺害を真の目的としたのだ。 

 

「ふむ、やはりあの小僧なら必ず推理すると思っておった。」

「どうするんだ?」

「しかと考えておる、問題ない。」 

 

どっちにしろ俺の仕事はこれで終わり、もう関係のないことだ。あとは酒を片手に高見の見物をさせてもらおう。 

 

「なら好きにしろ、俺の役目はもう…」

「いや、もう一つ頼まれてくれぬか。」

「は?」 

 

俺の言葉を遮って放たれた言葉に間抜けな声で返す。福地は口髭を武骨な指で撫でながら思案している。 

 

「そうじゃな…不測の事態が起こるとも限らん。だからお前には共に空港で待機していてほしいのだ。」 

 

待機の二文字を頭の中で反芻する。敵が敦だから千パーセント問題は生じるだろう、となると俺が空港にいれば必然的に敦達と敵対することになってしまう。単純な戦闘力差を考えれば俺がボコされて終わりだ、それだけは避けたい。

…待てよ、福地は待機と言ったんだ。つまりそれは明確な指示がない限り自主的に行動を起こす必要もないということで…。 

そこまで思い至った俺は快く頷いた。 

 

「任せておけ。」 

 

空港待機、なんてことない只の外出だ。最近は最新の土産や温泉もあるらしい。Qも連れて行ってショピングモールで買い物でもしていればあっという間に時は過ぎるだろう。 

 

「それでこそ志を共にする者だ、期待してるぞグレイ。」

「ああ…少し早いが祝杯と行こうか。」

「うむ。」 

 

一仕事を終えた満足感に、グラスを取り出すと福地が嬉々とシングルモルトを注ぎだす。俺が昔語った時は興味なさげな顔をしていたが、なんだやっぱりお前も良い趣味してるじゃないか。 

 

それから俺たちは乾杯の音と共に明け方まで旨酒を飲み交わしたのだった。 

 

 

 

早朝六時、今日が正念場だというのにうとうとと船を漕ぎ始める黒幕の肩を揺さぶる。 

 

「おい福地。」

「んん?」

「ここまできて寝るなよ、今寝たら絶対遅刻するぞ。条野に刺されても知らねェぞ。」 

 

尽きぬ話題に盛り上がっているうちにいつの間にか日付が変わっているとは思いもしなかった。一応家主としての責任で今にも夢の世界へと旅立ちそうな福地を起こさんと彼此二十分ほど奮闘していた。Qはとっくに風呂にも入りベッドですやすやと眠っていた。 

 

「安心せい、ちゃんと起きとるわ。」

「言いながら目瞑ってるのはどこのどいつだ。…おい寝るな起きろ。」 

 

最悪水をぶっかけて叩き起こして俺が空港に直接送るしかないか…。 

 

「ったく。」 

 

酒好きの執念か空になったグラスだけは握り込んで頭をゆらゆらとワカメのように揺らす福地に俺は呆れを多分に含んだ嘆息を零す。これが天人五衰の黒幕と世間に報道しても誰も信じてくれないだろう。 

 

とうに白みはじめた外の景色を眺めていると、つとこの間殺した男の顔が浮かんできだ。俺にとっての重大な秘密を知っている男、確かハロルドという奴。あの時の言葉は今でも俺の胸に引っかかっている。 

 

ー福地と名乗っていた。 

 

あり得ない、あれは決して世に出さないと福地の同意の元で隠蔽したのだ。季布一諾、交わした約束は遵守するこいつが破るとは思えない。思えないが、半ば暴走状態の現状をみると何かの気変わりがあったとしても否定できない。もしもハロルドの言葉が真実ならば…。 

 

ー秘密はいつかは白日の元に晒される 

ー望むところだ 

 

またもやいつかの探偵の言葉が過った。その眼差しは闇夜を貫く一筋の光、纏う空気は正しく正義の代弁者。決して退くことはないという固い決意がひしひしと伝わってきた。 

 

「…あれは却ってやる気を出させてしまったかもしれない。」 

 

悔恨混じりの呟きは誰の耳にも届くことはなかった。

 

「グォー…」

「…結局寝るのかよ。」 

 

遂に机に突っ伏した男に俺の思考は霧のように振り払われた。水かけモーニングコール決定だな。氷水にしてやろう。Qが先に起きていればフライパンとお玉攻撃も有りだ。 

 

 

 

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