文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

63 / 122
巡り巡る権謀術数(後)(OE)

 

 

数時間後、羽田空港。 

 

「君を吊るして火で炙れば、探偵社は無謀を承知で扶けに現れるでしょうか。」

「………っ!」 

 

淵が緋色に彩られた白髪、国家の犬を象徴する弁柄色の軍服、心の臓を凍り付かせるほどの狂気。幸田文は思いがけずして災難に見舞われていた。  

 

 

遡ること数分前、彼女は父親の忘れ物を探しに空港へと訪れていた。 

ターミナルの至る所に設置された液晶画面の放映に彼女は自然と足を止めて注目する。 

 

『斗南司法次官はテロ組織武装探偵社の関与を認めるとともに…』 

 

それは、以前彼女が世話になった武装探偵社を犯罪組織と決めつける内容であった。一体誰の独断と偏見で、探偵社が犯罪者扱いをされなくてはならないのか。文はメディアの報道よりも自身の直感を強く信じていた。実際に国木田や彼が属する会社と関わった者として、彼等が社会的に抹消されんとしている現状は到底受け入れ難かった。 

 

不満のままに荒々しい足取りで遺失物取り扱い窓口へと進んでいると、後方から追い越してきた人物とぶつかり文は尻から転ける。 

 

「きゃっ、」

「邪魔です。」 

 

押し退けられた拍子に派手な音を立てて転がった携帯に、沸々と憤りが募り始める。無礼にもぶつかってきた人物は謝罪の言葉もなしに歩き去ろうとしていた。 

 

「ちょっとアンタ!一言くらい謝ったら…」 

 

腹の虫が治らずに青年に詰め寄ろうとして、次に耳に入ってきた言葉に体を強張らせることとなった。 

 

「本当に探偵社はここに現れるのでしょうか。」

「条野、お主隊長の言を疑うのか?ん?背信か?」

「いやいやいや。」 

 

探偵社。それはつい先程まで文が巡らしていた話題であった。思わず息を潜める文の前方で、条野を待っていたであろう二人組は会話を進める。 

 

「隊長は奴らが必ず此処に来ると仰った。」

「やれやれ、となると空港が決戦の地となりそうですね。面倒な。」 

 

特徴的な制服を身に纏った三人に文は小さな頭を働かせる。慥かではないが、彼等の身分は警察関係者であり探偵社確保の為に空港にいるに違いない。探偵社の無実を信じる彼女にとって聞き捨てならない台詞を連ねる三人に文は話を盗み聞こうとして、  

 

「いっそ知人縁者を人質に探偵社を脅しては?」

「っ!!」 

 

嘘偽りのない少女の心臓が激しく波打った。 

 

「おやおや?」 

 

そして事もあろうに、先程から過激な発言を繰り返す条野が文の心音の変化に気付いてしまった。  

 

 

それから文は一人、条野による即席の尋問を受けていた。脅しを込めて詰め寄る猟犬に小学生の少女が精神的に耐えられるはずもなく…観念した彼女は探偵社の無実を仄めかすことでその場から逃げ去ろうと図ったのだが。 

 

「私は法の名の下に人を傷つけ、破滅する音を聞きたいだけなのです。」 

 

信じ難くも彼は彼女や一般大衆が信じる秩序の守護者とは対照的な発言を放ったのだ。 

 

「あり得へん、アンタみたいのが警察?」 

 

道徳の理解を超えた狂人にじりじりと退く文。条野は口角を歪ませて追い討ちをかける。 

 

「探偵社を庇うなら君も容疑者です。…君も私の愉悦の一部になりますか?」

「う、ウチは別に…探偵社を庇うてるわけや…」 

 

眼前で恫喝を受けたことで文の眼に生理的な涙が滲み出す。段々と条野の顔が、昨年のハロウィンで一番恐ろしいと感じた口裂け仮面と重なって見えて…。 

 

「そこまで。」

「あ痛ァ!?」 

 

タイミングを同じくして条野が何かを文の掌中に握らせたことにも気づかず、恐怖のままに逃げ出そうとした瞬間、突如として跳ね上がった条野に文は呆気に取られた。条野の尻に軍刀の先端を突き刺すことで制止をかけたのは末広であった。 

 

「無辜の民を愉悦に使うな。協力要請なら司法取引同意書の署名後にしろ。」

「なら呼んで止めれば善いでしょう!毎回一々私の尻を刺すな!」 

 

引き抜いた軍刀を鞘へと戻す末広に青筋を立てる条野、突然の出来事にあっけらかんと口がきけないでいる文。そこに、新たな声が降り掛かる。 

 

「喧嘩はそこまでにしろ。」 

 

威厳のある声音に一同が振り返るとそこには… 

 

「隊長ぉー!水も滴る善い男ですね!」

「うむ、その言葉に救われた。有難う燁子君。」 

 

頭からつま先まで、全身を水浸しにした中年の男…福地がいた。 

 

「隊長、結氷で鍛錬をするなら俺も呼んでください。」

「いやどう見ても誰かに虐められたんでしょう。見なさいアレを、白髪に氷が引っ付いてますよ。」

「これ条野、不敬であるぞ!アレは…そうじゃな、最先端のファッションに違いない。」

「なんか儂が悪かったから三人ともちょっと黙ってくれるか。」 

 

勝手気ままに一種の禁忌を言葉の刃で突き刺してくる三人に、福地は器用にも眉間の皺と目尻を痙攣させながら頭髪に残ったままの氷を払う。そして地面に落ちた携帯を拾い上げると文の手元に返した。 

 

「済まんかったな、君たちの笑顔は私が護る。」 

 

条野とは反対に弱きを助け強きを挫くヒーローのような面差しを向けられて血色の戻った文は胸を撫で下ろした。どうやら条野のような悪辣な人間は極一部に過ぎないらしい。次いで福地は条野を見やる。 

 

「条野、来い。見せたいものがある。」 

 

そう言うと正義の外套を翻し条野を伴い去り行く福地の背を文は見つめた。姿が見えなくなるまで見送っていようとして、少し前に条野に握り込まされた一枚の紙の存在に気付いて開いてみる。そして中に記された内容に彼女は大いに動揺したのであった。 

 

『探偵社ノ無実ヲ信ズル者、何者ニモ気ヅカレズ私ノ歩ヲ尾行セヨ。』

 

 

 

 

 

 

 

数時間前、アンの部屋には眠りにつく道造と側で見守る春蝉、そして部屋の隅に設られた四人掛けのテーブルで紅茶を嗜むルーシーがいた。 

 

「あら、もう子守は良いの?」

「うん、僕がいれば逆に起こしてしまいそうだからね。」 

 

本を片手に二つ隣の席に座った春蝉にアンが紅茶を差し出した。丁重な仕草で飲み口を口に付けると春蝉は優雅に片笑んだ。 

 

「ウヴァか。」

「満点。」 

 

こうしてお茶の席を囲んでは各自が選別した紅茶の銘柄を当てるのが滅多に顔を合わせない二人にとっての娯楽であった。春蝉はポケットに仕舞っておいた菓子袋を取り出すとルーシーへと手渡す。 

 

「有り難くいただくわ。」 

 

クラフト用紙の包みを開くと、粉雪の粉糖を塗した丸いクッキーをルーシーは半分だけ齧ってみる。サクッとした食感の後にほろほろと口の中で雪がとろけるような柔らかさが広がった。味が消えぬうちに紅茶を流し込むとフローラルな薔薇が胃袋を上品に彩る感覚が。ルーシーがクッキーと紅茶の絶妙な相性を味わっていると、本を数頁だけ読み進めた春蝉は表紙を閉じて彼女を見据えた。 

 

「遂に今日が山場だ。正午には空港に行って部隊と合流しなければならない。…ルーシー、君はどうするの。」

「さっき連絡があったの、私も空港に向かうわ。」

「そう。」 

 

啓道は横目に春蝉を見た。まだ弟は眠っているようだった。 

 

「来年でもう二十年の仲になるけど、未だにあの人のことが分からないよ。」

「………そうね。」

「彼は......グレイは探偵社を潰した先に何を求めているのだろう。」 

 

言い終えるや否や、室内に大きな物音が上がった。

驚いて二人が見返ると、眠りついていた筈であった道造がベッドから起き上がり二人を睨め付けていた。

実のところ、道造は数刻前から目覚めしてのだが......まるで幼子に接するように子守唄を歌って聴かせる春蝉に起きていることを中々打ち明けられなかったのである。そうして狸寝入りをしている間に、ルーシーの元へと離れた兄に漸く偶然を装い起き上がれると思った矢先に聞き捨てならない言葉を耳にしてしまったのだ。 

 

「今の話…詳しく聞かせろよ!」

「っ、道造…。」 

 

掻き立てられたような表情で大股に歩み寄ると道造は兄に接近する。 

 

「グレイってまさか、あの犯罪者のこと言ってんじゃないだろうな?」

「違う!!」

 

温厚な人柄にしては珍しい張り上げ声に、道造は一瞬心臓が掴まれたような心地になった。一方、自身の怒鳴り声に我に返った啓道は一言謝罪を零す。 

 

「厳密には合ってる。グレイは犯罪者だ。だけど…」

「ずっと騙してたのかよっ…!」 

 

グレイといえば道造が長年潜入していたマフィアの首領も、現在福地をはじめとした天人五衰に謀られている探偵社も常々警戒している超危険人物であり、世界最悪の犯罪者。話の一端だけでも、ルーシーと春蝉がそのグレイと密接な関係であることは容易に推測できた。もし二人が伝説の無彩三人衆の内の二人であるならば…。 

実をいうと、ルーシーと春蝉の無彩三人衆説は既に浮上していたのだ。 

 

福地と対峙した当日の朝、首領に呼ばれた道造は反旗を翻しポートマフィアの二重スパイになることを決意した。その際の森の言葉が今の道造の脳裡に蘇っていた。 

 

『軍警に裏切り者が?』

『そうだ。私の推測が正しければ君の兄の立原春蝉は軍警に潜入するグレイの手駒で、かのルーシー・モンゴメリはその連絡係である可能性が高い。』

『けど兄貴はずっと軍警でグレイと対峙してきて…!』

『そこだよ。』 

 

森の明敏な双眸が道造を射抜いた。 

 

『そもそも、彼は一体如何して軍艦以外の脱出路がない常闇島から逃げ出したのだろうね。』

『..........!!』 

 

春蝉が戦場から姿を消した日、それはグレイが常闇島最南端の激戦地を一掃した日であった。そして敗残兵の報告では啓道は確かにその戦地で作戦に参加していたという。 

 

『おかしいとは思わないかね、長年同じ部署に属していたのに不体裁という理由だけで彼は君だけに正体を明かさなかった。』

『そして天人五衰が動き始めてから兄貴は姿を見せた…』 

 

春蝉を救ったという人間がグレイであれば全ての辻褄は合う。更に森は推理を続ける。組合戦の時も、グレイは秘匿されたはずの探偵社との会合場所を正確に把握していたと。 

 

『立原君、君はあの日軍警の誰かに我々の居場所を報告したのではないかね。』

『…そうです、あの日も……度々あの人から連絡がかかってきて俺は要請通りにマフィアの情報を……』 

 

「グレイの手下は三人…」 

 

最早誰が味方で誰が敵かも分からない。下手をすれば己を除いた猟犬全員がグルかもしれない。恐ろしい憶測に辿り着き顔面を蒼白にさせる道造に、彼が一つの真実に至ったことを察知した二人は態度を豹変させた。

無彩三人衆、そもその都市伝説が広まったのは一人の男が発端だった。 

 

「じゃあ無彩三人衆を前に生き残ったっつーのは…」

「確かにグレイと僕たちを前に生き延びたのは彼が初めてだった。それ以来彼はグレイの信奉者であり、一番の腹心となった。」 

 

氷のような冷たい眼で春蝉は道造の考察を裏付けた。椅子を引いたルーシーの隣にアンが寄り添うように浮遊する。 

 

「どうしてっ…!」 

 

やるせ無さに咆哮する道造に春蝉は冷然と返す。 

 

「僕たちはグレイに救われた、恩に報いて当然だろう。」

「それで世界が滅びても良いのかよ!?俺たちの守ってきた人も秩序も、大切なもんが全部なくなっちまうんだぞ!」

「.............!」 

 

道造の叫びに春蝉の心にかつて出兵した日の思い出が蘇る。同時に敦の姿を思い浮かべたことにルーシーは不思議な感情を抱いた。 

が、そんな二人の胸中を推し量れるはずもなく道造は唇をきつく噛み締める。もはや目の前の男は兄ではない。やはり道造が敬愛していた兄は大戦で死んでしまったのだ。であれば彼が成すべきことは一つ。 

 

森と江戸川の推理通りであったことをマフィアに、探偵社に伝えなければならない。全ては最初から仕組まれた罠であったと。誇張ではなく、世界の滅亡の瀬戸際。使命に駆られた道造は素早く視線を走らせて… 

 

「っ真冬のかたみ!」 

 

異能を発動して部屋中の家具の金属を分解、視界を遮るように空中に散布させるとアンの部屋を飛び出したのだった。 

 

 

 

道造が逃げ出したあとの部屋で、ルーシーと春蝉は後を追うでもなく直立していた。 

 

「良いの、追いかけなくて?」

「弟に刃を向けたくはない、君が追うと良い。」

「結構よ、私今からおめかしして空港行くもの。グレイが好きなだけ服と鞄買ってくれるって。」

「…一応聞くけどそれ仕事が終わった後の話だよね?」

「何?羨ましいの?」 

 

無言の肯定であった。くすりと笑うとルーシーは床に散乱した金属の部品をアンに命じて片付けさせる。 

 

「じゃあ私がグレイに言っといてあげる。シュンゼンが一緒に買い物したがってたって。」

「素直に嬉しいよ、今度アフタヌーンティーでお返しさせてくれ。」

「楽しみにしてるわ。」 

 

世界滅亡の危機、長閑な会話を繰り広げる二人の胸には道造の魂の叫びが刻み込まれていた。物語に新たな綻びが生じようとしていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。