文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

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人が捌け閑散とした空港の従業員用通路を少女は吸血鬼の王を背負い駆け抜けていた。前から後ろへと残像として流れゆく単調な景色。背後を確認することすら速度を遅めてしまいそうで文は反響しない程度に声を張り上げる。 

 

「はぁ、はっ…ブラちゃん追っ手は!?」

「居らぬが気配は感じる。両脚を動かし続けよ。」

「ああもう!」 

 

もはや父親の忘れ物を探している場合ではなかった。文字通り人類存続の危機、ものの善悪を正しく弁えている少女は空港に訪れた目的など忘却の彼方に捨て置き、無我夢中で足を動かしていた。 

 

一体全体、如何して吸血種と全力の鬼ごっこをすることになったのか。発端はルーシーと啓道が空港に来るよりも少し前まで遡及する。  

 

 

『探偵社ノ無実ヲ信ズル者、何者ニモ気ヅカレズ私ノ歩ヲ尾行セヨ。』 

 

条野の残したメモに従い彼と福地を尾行した文はその先で今世間を騒がしている一大事件の信じ難い真相に迫ることとなった。 

 

文の勘の通り探偵社は無実で、天人五衰と呼ばれるテロ組織の長の正体は彼女の落とした携帯を拾い上げた福地であったのだ。頭の先から足の先まで正義を体現したような男が黒幕で、逆に彼女に加虐的な尋問を行った青年が文を黒幕へと導いて…けれど黒幕の勧誘に首肯して……。

小学生の少女には目前で繰り広げられる事象の一切合切が理解できなかった。取り敢えず物陰に隠れ携帯で様子を撮影しながら、何一つ状況を呑み込めずに収拾がつかないほどに混乱を極めていると、程なくして福地が自身が盗み聞きをする部屋に方向を転換した。咄嗟に用具入れに身を潜めた文であったが福地が去った後の次なる試練は条野だった。盲目の対価として超人的な五感を手に入れた条野。彼は用具入れが開かれる音を聞き逃さなかった。

 

扉を開けられ再び恐ろしい警察と対面した文は涙目にガタガタと震え身に降りかかるであろう痛みを固く瞼を閉ざすことで覚悟した。しかしいつまで待てども痛みは訪れない。不思議に思った文は恐る恐る瞼を開いて――。 

 

『ギャアアアア!!』

『っみ、耳が潰れる…今すぐその口を閉ざしなさい!』

『余を見て喚ばわるとは不敬であるぞ。』

『キャアアアア!!』 

 

眼前に突き出されていた首から下のないブラムに文は卒倒しかけたのだった。 

 

それから碌な説明もないままブラムと繋がる聖剣を託され空港から離れろと追い出された文。だが間も無くブラムの失踪を知った福地により吸血種を総力を挙げた空港探索に二人は身動きが取れなくなってしまった。仕方なしに小柄な体格を利用して物陰に身を潜めている間に文はブラムから全ての事情を聞き、探偵社の為に彼を連れて空港から逃げることを決意したのである。 

 

無論、現実は甘くなく隠れ鬼の最中に吸血種に見つかり空港内を東奔西走。絶体絶命の大ピンチに完璧なタイミングで駆け付けた宮沢に一時的に救助されるが、其処に現れるは新たな刺客末広。宮沢に促されるがままに文は再びブラムと二人きりで人気の少ないターミナルを逃げ続け、そして現在従業員用の非常通路を走っているわけであった。  

 

共に逃亡するうちにブラムと文の間には絆とまではいかずとも独特な繋がりが形成されつつあった。一番の要因は文の逃走を手助けする対価として彼女が差し出した無線ラジオ。それは永き棺で無聊の眠りにつくブラムが近年で最も求めていた至宝。何度強請っても福地がいい加減に遇らった望みを快く贈った文にブラムも心の扉を開けたのだ。何よりも、年端もいかぬ少女が涙を滲ませるほどに怯えながらも世界を救わんとする果敢な姿勢がブラムの肺腑を衝いた。 

 

迷路のような細道を駆け足で進み続けて彼此数分、通路の突き当たりの扉を押し開けると二人は駐車場へと辿り着いた。 

のっぺりとした鼠色のコンクリート壁が四方を囲むだだっ広い空間をとことこと文は前進する。そして、 

 

「あった!」 

 

一台のトラックを発見するとリヤドアを開けて中へと侵入した。 

 

「この馬車、馬が居らぬな。」

「車な、洗濯屋の。」 

 

前時代的な痴れ事を呟くブラムに文が軽口を挟む。積み重なる網目形状の大形通箱の隙間に小さな体を滑り込ませるとやっと文は息を吐いた。 

業務用搬入口を出入りする業者トラックは検問が殆どない。それもそのはず、運転手の身元を確認できても大量の積荷の一つ一つを確認するほどの猶予も警備の数も敵には足りていないからである。咄嗟の思い付きであったがいみじくも意表を突いた作戦にブラムは感心する。 

 

「成程、やるではないか。」 

 

素直に褒め称えるブラムに鼻を高くする文。 

 

「そらアンタ、」 

 

ーウチは正義の味方ちゃんやし。 

 

そう言おうとして言葉は最後まで続かなかった。 

あまりにも突然のことだった。 

 

 

「え?」 

 

予期せぬ出来事に文は気抜けした声を漏らす。いきなり二人の毛髪を数センチ掠めてトラックが横真っ二つに切断されたのだ。

ガッシャアアンと耳障りな大音響を立てて薙ぎ払われたトラックの上部が離れた位置に落下した。しかし面食らっている暇はなかった。 

 

「逃げよ。疾く逃げよ。」 

 

彼女たちの前に現れたのは吸血種へと変貌を遂げた芥川であった。 

 

「ひっ、」 

 

頸を掴まれたブラムが持ち上がる様に文は息を詰まらせる。身を縮ませる彼女を他所に、理性を失った芥川の頭にブラムを盗んだ犯人の抹殺命令が蘇る。

芥川は掴んでいたブラムを雑に手放すと文と向き合った。ジャケットの裾を異能で刃物へと変化させると狙いを定める。文は咄嗟に体を翻した。 

 

「扶け…」 

 

彼女の願いも虚しく羅生門が無情にも心臓を貫こうとした…その瞬間だった。 

 

「ウルザード参上!」 

 

不快感のある機械音と場違いな甲走った声が駐車場に響いた。 

 

「ガァッァ!」 

 

激痛に喘ぐような咆哮に文は恐々と目を開けてみる。そして大いに刮目した。 

先程までの攻撃性を収め耳を抑え後退する芥川。彼に浅緑の蛍光色の銃口を向けるのは一人の少年だった。 

 

「必殺、指向……なんか凄い超音波銃!」

「Qちゃん!?」 

 

開いた口が塞がらない文にQは屈託のない笑顔を送る。 

 

「ど、どうして…」

「条野お兄ちゃんが女の子が逃げてるって聞いて、もしかしたらって思ったんだ。来てよかったー!」 

 

暫く前、シャボン玉を追いかけ遊んでいたQはグレイと条野の会話に耳を傾けていた。知り合いの少ないQにとって少女といえばエリスか鏡花、文しかいないがゆえに若しも逃亡者が異能を持たぬ文であったらと居ても立ってもいられなくなったのだ。目的地も不明なまま適当に空港を歩き巡っているうちに様子のおかしい芥川を発見し密かに後をつけた先で運よく文とブラムを見つけたというわけである。 

 

「っぅ、」

「泣かないでよ、ほら。」 

 

一難を切り抜けて安堵に瞳を滲ませる文にQはポケットからハンカチを取り出してそっと渡す。父親から学んだ歪曲された対人術である。 

この時、彼等は失念していた。正気を失った吸血種が背後にいることを。ハンカチを取り出す拍子に銃口を外してしまったことを。 

 

「童ら、危いぞ!」

「グァアアア!」

「あ。」 

 

ブラムの警告と人外じみた異質な雄叫びに現状を思い出したQが即座に指向性共振銃を向けんとするが遅かった。

急接近した芥川の黒獣に弾かれるとQは盛大に尻餅をつく。それでも負けじと睨み上げる。既に精神を犯された者を操ることはできない。こんな時グレイならどうするか、必死に頭を働かせている間にも異能の牙は迫っていた。

 

「Qちゃん!」

「ッ、」 

 

目にも留まらぬ速さで襲い来る黒獣にQは反射的に両腕で防御をつくった。

が…

 

刹那にして芥川は蜃気楼のように消えてしまった。

何が起きたのかは明白だった。芥川がいなくなったことにより彼の体の後ろに隠れていた人影の姿が顕になった。 

 

「あー裏切り者だー!」 

 

無遠慮に礼を欠いた名指しにルーシーは助けに入ったことを後悔した。苛立ちに非難しようとして子供相手に怒るのは大人気ないと深呼吸をして心を落ち着ける。一方で、裏切り者という不穏な単語に反応した文は度重なる災難に鉢巻を引き締めると、ブラムを背負い直しQの服の裾を掴んだ。そんな二人の態度を無視してルーシーは彼等に背中を向けると無線を起動した。 

 

「シュンゼン、聞こえる?」 

 

マイクに向かって話しかけると、ザザとノイズが走り直ぐに応答がある。 

 

『聞こえるよ。どうだった?』

「違ったわ、Qとブラムと知らない女の子だった。」 

 

猟犬に捕えられた敦を探す為吸血種の動向を追っていたところに、不意に耳朶に触れた騒音に駆けつけたルーシー。残念ながら騒ぎの要因は敦でも他の探偵社員でもなくブラムと愉快な少年少女たちだった。 

 

『ブラムはテロ計画の枢要だ、彼も確保した方がいい。』

「了解。」 

 

春蝉の言葉に肯くとルーシーは通信を切った。そしてブラムと子供を保護するべく振り返ると、 

 

「さあちびっ子たち、私と一緒に…っていない!?」 

 

肝心の三人は居なくなっていた。   

 

 

 

場所は階下の駐車場。通信中のルーシーの隙をついてQと文とブラムは新たな逃走劇に乗り出していた。 

 

「これにしよう。」 

 

何台もの車を精選するとフォルクスワーゲン、白のザ・ビートルの前で止まるQ。グレイに教えられた車上荒らしの手口で鍵を開けると次にエンジンを稼働させた。 

 

ブォンとエンジン音が広い駐車場に反響する。手慣れた動作でレバーやスイッチを確認するQに助手席に座った文は驚き入っていた。 

 

「Qちゃん、車運転できるん?」

「うん、グレイに教えてもらったんだ。」

「グレイ…。」 

 

記憶を呼び起こすと脳裏に浮かび上がったのはサラリーマンのような容姿をした男。彼の登場に国木田が見るからに身を引き締めたのを鮮明に覚えている。 

 

「ああ!あの警察のお偉いさんか!」

「んん?うん。」 

 

運転席を弄っていたQは半端に返事をした。シートベルトを締める工程をすっぽかし、シフトバーを変更しサイドブレーキを解除する。そうして準備が整うと隣で目を丸くする文が両腕に抱えるブラムに視線を留めた。 

 

「ソレなに?」 

 

Qの問いかけに文は思い出したようにブラムを紹介する。 

 

「この人はブラちゃんって言うねん。」

「ブラちゃん?その人もバドミントンしたいの?」

「いや手足ないやん。」

「ほんとだ。」

「不敬であるぞ。が、許す。先程の我が眷属の対峙、実に大義であった。」

「どういたしまして?」 

 

ほんの少し言葉を交わすとQは意識を車へと戻した。先ずは空港からの脱出…否、ホテルに戻りグレイに新しく買って貰った最新型のバドミントンのラケットお披露目するのが最優先事項。 

 

「んじゃ、しっかり捕まってろよ…!」 

 

グレイを真似て決め台詞を吐き捨てると、Qは強くアクセルを踏んだのだった。 

 

 

ブォーン!キキー! 

 

危険なドライバーに運転技術を授けられた少年の激烈な運転が如何にショッキングな影響を乗客に与えたかなど、明言するまでもない。

 

 

 

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