文豪アウトサイダー   作:れいめい よる

71 / 122
万感の滓(OE)(後)

 

 

滑走路に訪れるとそこにはすでに先客がいた。

 

気絶させられたのか意識を失った江戸川が硬いアスファルトの上に放置されていて、その傍らには二台の寝台に体を拘束された状態で谷崎と国木田が眠らされていた。どうやら作戦は失敗、黒幕直々に捕縛されてしまったようだ。

 

二人を縛り付けている寝台は凶悪異能者用生化学拘束具、通称を棺という。心拍抑制剤で心拍を停止させ、その上で備え付けられた機械で拘束者の心拍を電気的な外部刺激で維持するとんでもな装置だ。そしてそんな取扱要注意な機器から比較的近距離で派手に一戦を交える男たちが二人。 

 

「御覚悟!」 

 

カキーン! 

 

「無駄だ、共に戦地で戦わなかった貴様が儂の何を知るのだ。」 

 

福地の放ったナイフが福沢の腹を貫き通り後方のトラック四台を穿孔した。持つ武器の威力を百倍にする異能力、ほとほと凶悪なもんだ。敵でなくて良かったと俺は心底安堵する。

尚も刃をぶつかり合わせる福地と福沢。しばらくは接戦だったが、しかし現役で刀を握り続けてきた福地の方に分があった。 

 

「ぐっ、」

「まだ殺さぬ、人界最後の喜劇には観客が必要なのでな。」 

 

決定的な一太刀を受け地に伏した福沢、這いずりながらも刀を握らんとするその手を福地の時渡剣が地面ともども貫いた。と、そこでようやく二人は俺たちの存在を認識する。 

 

「グレイ、ブラムは見つけたか。」 

 

完全に忘れていた。一応此処に来る道すがらブラムと少女らしき人物がいないか注意を張り巡らしてはいたがついぞ発見することはなく諦めたのだった。空港内を忙しなく駆け回る吸血種どももいるのでどうせ俺でなくとも構わないだろうと思っていたがまだ見つかってないのか。 

 

「悪ィな、どうやらすでに空港を逃れたようだ。」 

 

責任を追及されたくなくて適当に答えると何故か背後の条野が嗤った気がした。ともあれ、突然姿を眩ませたQのこともあり本格的に不安になってきた。そういや道中で駐車場に走り去っていくルーシーを見かけたが車を買ってやった覚えもないのに何の用だったのだろうか。色々と考察していると福地が舌打ちを溢した。 

 

「不味いな。」

「どうした。」

「国連委員長に五分以内に大指令の封印を解除せねば吸血種による世界同時進行を開始すると脅しをかけた。」

「そりゃとびっきり不味いな。」 

 

ブラムなしには吸血種軍の進軍は不可能。このままでは福地が二十世紀最悪の法螺吹きに成り下がってしまう。しかも俺のせいで。何とかして友の汚名を返上してやれないものかと考えあぐねていると、手に刺さった刀を抜いた福沢が四肢を投げ出したまま俺を睨め付けてきた。 

 

「グレイっ、やはり福地と組んでいたか…!」

「ひでェ誤解だぞ福沢。俺は福地の補助をしてやっただけだ。それに忠告したはずだ、本当に福地を信じるのかってな。」

「っ!」 

 

思い当たる節のある福沢は悔しそうに歯噛みした。精疲力尽の福沢に福地がこれ以上ない冷めた声音で話しかける。 

 

「さて人質を解放したくば儂の目的を当ててみせよと言ったが、解はあったか?」 

 

軍靴を鳴らして歩み寄り道端の小石でも眺めるかのように白眼視する福地に福沢は凄みのある眼光で応える。 

 

突風が八方を吹き荒れた。誰ともなしに不条理な運命を鬩ぐような。嫉妬と憎悪と軽蔑を孕んだ魂の唸りが轟轟と。

 

少しの間沈黙していた福沢は己自身に語りかけるように言葉を紡ぎ始めた。 

 

「…私に同行を断られ単身赴いた戦場でお前が見たのは地獄だった。」 

 

 

戦場の最高権力者は恐怖である。

死や負傷に対する恐怖ではない、無力感や不快感...不条理におかれ自他を蔑み憎しむ不快感に直面することへの恐怖。それは福地も同じ。人間の最も暗く醜い深淵を目の当たりにして、さらなる狂気を内に見出すしか逃げ場がなかったのだろう。その点では福地が福沢を恨む理由も少なからず分かる。息子のように大切な部下が腕の中で生命の脈動が途絶えるのをただ受け入れるしかない無力感にも苛まれていただろう。福地にとって福沢はたった一度戦場に赴いただけで人間の悪を語っているだけの語り師でしかないのだ。 

 

俺は敬意を払うべき指揮官も、命を託し預けられる戦友も、貢献するべき欲求もなかった。唯一あったのは現状を打破しなければ死ぬというプレッシャーと元の世界へと戻りたいという一縷の望みだけだった。この世界の住人でない、どこか他人事として物事を捉えていたのも結果的に精神が救われたのかもしれない。 

 

大義に殉ずれば倫理に叛く行いも正当化できる。人は長い歴史の中でそうしてきた。 

暴力に蝕まれた世界で受けた傷は誰にも伝えられぬまま、やがて化膿し、人は内側から食い荒らされるような痛みを抱えて生きることとなる。人を救うために軍隊に入った福地は救った以上の尸を築き上げたのだ。 

 

「お前は憤怒の化身。死せる兵達の代弁者。探偵社を狙ったのは裏切った私への罰だろう。…さあ目的を云ったぞ。皆を解放せよ。」 

 

傷口を抑えつつふらつきながら体を起こした福沢。瞼を閉ざし男の言葉を反芻していた福地は福沢の肩に手を添えた。 

 

「ガッ、」 

 

次の瞬間、雨御前が福沢の胸を貫いた。膝から崩れ落ちる福沢に福地は情の一切を削ぎ落とした面相で見下ろしていた。福沢の回答はあと一歩にして及ばなかった。 

 

復讐は過程に過ぎない。戦争の英雄が求めるのはただ一つの正義。為政者一人一人が自ら犯した罪に業を背負わせるのは大前提であり世界征服なんて陳腐な目的でもない。福地の目的は国家と政府という既成概念をぶち壊し人類軍という一つの軍隊のもとで世界を統一すること。二度と戦争が起きないようにするために。破壊から新たな秩序を再生させる、それこそがまさしく輪廻転生だと福地は強く信じているのだ。故に思考性が似通っているドストエフスキーと手を組んだ。 

 

今度こそ天を仰いだ福沢に福地はトドメを刺さんと刀の柄を胸先で握り直す。

 

陽光を反射して刀身が清冽な光を放っている。僅かに引き上げられた切先が垂直に福沢の心臓目掛けて降ろされようとした、その時――。 

 

キィーン! 

 

振り下ろされた切先は突如として現れた軍刀に横ざまに打ち払われた。 

 

「っ!?」

「すみません、隊長ッ!」

「立原ァ!」 

 

瞬きの間に滑走路に登場したのは福地の攻撃を防いだ春蝉と…

 

「…………、」

「グレイさん…。」 

 

四肢のみを虎に変化させて俺と条野の前に塞がった敦とルーシーだった。 

 

「ああ、だろうな。」 

 

漸く解った。ルーシーと啓道は買い物に現を抜かすよりも探偵社を助けたくて焦れ込んでいたのだと。特に春蝉は軍警という立場を捨ててでも。 

 

「ふっ。」

「ッ!」 

 

冬を超えて満開の桜が花開くように。若くて生気に溢れた者達の絶好の青春を俺は実感していた。熱くてヤングな輝きに思わず笑いを溢すと敦とルーシーはドン引きしたように顔を歪める。心情はなに独りで笑ってんだこのおっさんは、てとこだろうか。手厳しいものだ。なんて他愛ないことを思っていると離れた場所で福地と春蝉が交戦していた。一見拮抗しているように見えるがよくよく観察すれば啓道は身体の至る所から血を流している。見るからに限界が近づいていた。 

 

刹那、銃声と刀が何かを斬る音がした。

驚き視線を戻せばいつの間にか臨戦態勢をとった条野が袈裟斬りの体勢で俺の前に立っている。その先には銃口をこちらに向けたルーシーが。 

 

…え、何で? 

 

突然の出来事に混乱する俺を置いて事は進んでいく。中段霞の構えでルーシーを狙う条野。 

 

「待、」 

 

待て。制止する間もなく攻撃を仕掛ける条野に、ルーシーに代わって敦が刀を塞いだ。 

 

「ハァッ!!」 

 

虎化した腕で軍刀を握ると、敦は強烈な膂力で条野を蹴り飛ばす。 

ドゴッと、ヒトの体から出たとは思えない破壊音を立てて条野は隕石の如き勢いで離れてゆく。そして、 

 

「ちっ、」 

 

飛んできた条野を受け止めた福地が二人仲良く体勢を崩した。まさか敦がここまで進化していたとは.....。しかし俺も悠長にしている場合ではなかった。よく分からんが敵味方も関係ない大乱闘が起きている今、容赦のない主人公の標的は俺へと変わっている。 

 

「強くなったな、敦。」 

 

敵意の矛先を別の人間に向けさせようと小賢しくも煽てると、虎の子は唇を噛み締めた。 

 

「グレイさん、貴方は…」

「敦、もう良いわ!」 

 

何かを言おうとして、斜め後方からルーシーが声を張り上げる。そちらを見遣れば、江戸川と谷崎と国木田が寝台ごと消えていた。成程、隙をつくって福沢たちを助ける算段かと思い至る。そして俺の推理通り、ルーシーと敦は俺を無視して啓道の元へと駆けだした。 

 

「ヒロミチ!」

「分かってる!」 

 

福沢を横脇に抱えた春蝉が手を伸ばすと、同じく接近したルーシーと敦を中心に光が包んで…。

瞬きの後には四人はいなくなっていた。  

 

 

「流石だな。」

「感心している場合か!」 

 

息を呑むような見事な連携に感嘆していると戻ってきた福地がツッコんでくる。ルーシーはまだしもまさかこの大事に猟犬の一人を味方につけるとは主人公恐るべしだ。 

 

「申し訳ありません、グレイ。」

「善い、怪我はないか。」

「肋一本は怪我とは言いません。」

「そうだな。」 

 

肋が折れたらそれは重症だ。俺の賛同に一つ頷くと条野は刀を鞘に戻した。 

 

あっという間に人気のなくなった滑走路に微風が戻ってくる。耳障りの良い風音が流れて髪を攫っていく。ブラムは行方不明、大指令は使用不可、おまけに吸血種は動かせない。ドストエフスキーたちが予定通りに活動していなければ天人五衰は絶体絶命だ。 

 

「それでこれからどうすんだ?」 

 

計画は破綻しかけているがその程度で挫折する男ではないだろう。その意を込めて尋ねてみると、勢いを失うどころか燎原の炎をより一層活発化させた双眸が俺を正視した。 

 

「委員長を殺しにいく。」

「妥当な判断だ。」 

 

事を急いて福地の正体がバレた以上、各国政府機関に知れ渡る前に始末しなければならない。その前に江戸川や太宰が手を回している可能性も否めないが…ところで太宰は無事にムルソーを脱獄できたのだろうか。

 

そうこうしているうちに早々に滑走路を後にする福地と条野に続いて、俺も一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。