めざせヒモマスター   作:himono

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1話

 

「うおぉっ! 見ろよガントル! 昨日アップしたばっかの動画が300再生もいってやがるぜ!?」

「…………」

 

昼間だというのにカーテンの閉め切られた暗い部屋の中。本当に見えているのかはわからないが、俺の相棒であるガントルの目がありそうな部分に、ノートパソコンを向けてやる。

画面に映っているのは世界屈指の人気動画サイト『Pokétube(ポケチューブ)』に投稿された一つの動画。一人の甘いマスクの青年……『AkirA』が新発売の食品をレビューしている動画だ。

 

「おいおいおいおい! こりゃ、マジにPokétuber(ポケチューバー)ドリームも近いかもなぁ! あはははは! お前もよぉ、もっと喜んで見せろよなぁ、ガントルくんよぉ!」

 

何を隠そう、画面に映るAkirAとはこの俺『アキラ』のこと。家に引きこもってゲームとネットサーフィンばかりしているのも飽きたので、Pokétubeへの動画投稿者……Pokétuberになったのが3か月前。

最初は1桁再生ばかりで心が挫けそうになっていたものだが、今では3桁再生だぜ、3桁再生。トレーナーズスクール何個分ぐらいの人数が見てんだっつー話さ。

 

「…………」

 

遂に見えた3桁再生に狂喜乱舞する俺と対照的に、沈黙を破る気の全くないガントルくん。120㎏越えのダイナマイトボディをド突いてみたりするが、彼はなにも反応を返さない。

まぁ、表情がわかりにくいだけでコイツも喜んでいるだろう。昔っから無口なんだコイツは。

 

「おほ、おほほほほ……。これ、夢じゃあ無いんだよなぁ……。俺、頑張ってよかったなぁ……。いや、違うな。俺達、だよなぁ……」

 

最初に投稿した動画……『ガントルの目の前で岩食べてみたwww』が、1日経っても4回しか再生されていなかったときはこの世の不条理を嘆いたものだ。

しかし、何事も継続は力なりなんだな……。順調に伸びている再生数、チャンネル登録者数、コメント数。喜びを隠しきれず、ガントルくんのゴツゴツした体を撫でまくる。手が痛ぇ。

 

「アキラー! アキラー! アキラ、降りてらっしゃーい! ユウリちゃんが来てるわよー!」

 

そんな中、階下から聞こえるバクオングの咆哮並みに喧しい騒音。母さんが俺を呼ぶときの声だ。ほんと、無粋な人だぜ。今の俺はついに見えてきたPokétuberとしての将来設計に忙しいんだよ。ユウリのヤツになんて構っているヒマはないのさ。

 

「アキラー! アキラったらー! ……はぁ、ごめんね、ユウリちゃん。あの脛齧り、最近ヘンなことにハマっちゃってて、ずっと降りてこないのよ」

「あはは、大丈夫です! いくよ、メッソン! アキラさんを迎えに行こう!」

「メソォ」

 

ユウリなんぞ気に留めている場合じゃない。まだまだ俺の喜びは冷めやらない。

画面に映る“312回視聴”という文字。永遠に見ていられそうだ。これを見ているだけで俺ん中の生命力という生命力がみなぎってやがる。ただの数字を見ているだけでメシが美味く食えそうにすら思う。

 

「アキラさーん! ユウリですー! 開けてくださーい! 約束しましたよねー!」

 

ドアの外から聞こえるのは、ウチの隣に住んでるユノさんの一人娘であり、幼馴染でもある『ユウリ』の声。いや、声だけじゃない。ドンドンドン! とお前はやり手の借金取りか、と言いたくなるぐらいの勢いでドアをノックしている。こえーよ。

母さんが言っていた通り、何用かは知らんがウチに来ているようだ。出て言ってやる気も無いので、ガントルに抱き着いて息をひそめてみる。

 

ドンドンドン! ……ドゴ!

 

……これ、多分ノックじゃなくてパンチしてるよな。

 

「アキラさーん? あの、部屋の中にいますよね? 気配を隠したってわかりますよ? ちゃんと約束守ってくださいよー!」

 

ドゴドゴドゴォ!!

 

軋むドアが悲鳴をあげている。さっきまではノックの中にパンチが混じっていただけだったが、今は純度100%、パンチしかしていない。恐怖だ。

昔、俺の後をヨチヨチ付いてきていた可愛いユウリちゃんはもういない。ドアの外にいるのはレベル(年齢)を重ねて進化し、かくとうタイプを手に入れたユウリキーだ。

 

……にしても、約束だぁ? あんの小娘は一体なにを言ってやがるんだ。アイツと約束なんざした覚えはサラサラ無いぜ。

 

「ほ、ほんとに出てこない気なんですか!? ちゃんと約束したのに!? ……いいですよ! それならあたしにも考えがありますから!」

 

ドゴドゴうるさかった殴打の音がようやく治まる。暴力に訴えかけることは諦めたらしい。

それでいいんだユウリ。そしてそのまま踵を返して、お隣の家に帰るのがお前の最善だよ。

 

「よし、メッソン! ドアに向かって『みずでっぽう』!」

「メソ!」

「は、はぁ!? ちょ、ま、待て、ユウリ! 早まるな!」

 

ところがどっこい、ユウリは暴力に訴えかけることを諦めてはいなかった。人様の家でポケモンのわざを使わせようとするなんて、一体何を考えてやがるんだ。

抱き着いていたガントルを放り出し、急いでドアを開けた。

 

「あ、やっと出てきた。おはよう、アキラさん!」

「お、おはよう、じゃねぇよ……。人の部屋に放水しようとしてたヤツが、のんきに挨拶してんじゃないぜ……」

「あはは、あんなのフリですって、フリ」

 

笑いながら言うユウリだが、絶対に嘘だ。ユウリのてもちポケモンだろうメッソンが、今も口を膨らませたままで、みずでっぽうを吹いた方がいいのか、吹かない方がいいのか、視線を彷徨わせている。コイツは間違いなく俺が出てこなかったらドアをぶっ飛ばすつもりだった。

 

「そんなことよりアキラさん! ちゃんと約束守ってくれますよね?」

「そんなこと、で済ませるなよ……。第一、約束約束っつーけどな、んなもんした覚えはねーんだよ。そっちのちっこいポケモン連れて、とっとと家に帰りな。俺は忙しいんだ」

「え、えぇ!? それはズルいですよアキラさん……」

「ズルって、なにがズルいんだ」

「大人なのに、約束を平気で破ることですよ!」

 

ユウリとの話は要領を得ない。破ったも何も、『約束』だって? 俺にはマジにした覚えがないぞ。

 

「なぁ、ユウリ。約束ってなんだ? 昔お前が言ってた『大人になったらあたしのポケモンにしてあげる』っつーあれかよ? 俺はそれぐらいしか覚えてないぜ」

「う、うわぁ……。してたかな、そんな約束……。……残念だけど違います! ほんとに覚えてないんですか、アキラさん?」

「……わっかんねーなぁ。約束なんてしてねぇだろ、たぶん」

「う、嘘じゃなくて、完全に忘れちゃってたんだ……。もう、なーんで忘れちゃうかなぁ……。……よかったぁ、ちゃんと残しておいて」

 

そう言うとユウリは引っ提げていたやたらデカいカバンをゴソゴソ探り始める。もう用事が済むまでユウリは帰ってくれそうにない。

俺も降参し、大人しくガントルに腰掛けてユウリを待つことにした。

 

「ほら、これ!」

「なんだこりゃ、ゴミのプレゼントか?」

「違います! 紙に書いてあること、読んでみてください!」

 

ユウリが俺に渡してきたのは、クシャクシャに折り目が付いた紙クズ。どうみてもゴミだが、俺をちょうはつしているワケではないらしい。ユウリに言われた通り目を通してみれば、ギリギリ読めるレベルの汚い文字が書いてあった。

 

 

『ゆうりがだんでのすいせんじょうをもらってきたらなんでもいうことききます』

 

 

「……なんかの暗号、これ?」

「違いますー! ちゃんと読んでくださいよ!」

 

うーむ『ゆうりがだんでのすいせんじょうをもらってきたらなんでもいうことききます』か。

 

……『ユウリガ団での推薦状を貰って来たら何でも言うこと聞きます』? ……なんか違うな。ユウリガ団なんて聞いたことも無い。

 

 

……『ユウリがダンデの推薦状を貰ってきたら何でも言うこと聞きます』?

 

 

「ユウリが、ダンデの推薦状を貰ってきたら、何でも言うこと聞きます、だぁ?」

「そう! アキラさん、思い出しました?」

 

ニコニコ笑って俺に聞くユウリだが、俺の方は全く笑えそうにない。さっきまではPokétubeのことを考えていると笑いが止まらなかったのに。

尋常じゃない量の冷や汗が垂れている俺を、ユウリのメッソンが楽しそうに見つめている。

 

『ゆうりがだんでのすいせんじょうをもらってきたらなんでもいうことききます』

 

このクッソ激烈に汚ねぇ文字はどう見ても俺の筆跡だ。他にこんなに汚く字を書ける人間を、俺は俺以外に知らない。でも当の俺にはこんなもん書いた記憶なんて……記憶、なんて……。

 

 

……ちょっとだけ、あるかも。

 

 

 

いかん、思い出してきちまった。……1週間前ぐらい? 今日みたいにウチに来たユウリが俺を部屋から引っ張り出して、言ったんだ。『あたしのジムチャレンジに付いてきてください、アキラさん!』って。

 

ガラル地方に存在する8つのジムを回り、ジムの主であるジムリーダーに勝利した証、ジムバッジを8個集め、チャンピオンカップに挑戦する権利を得る。それがジムチャレンジ。

 

ユウリからの熱いラブコールだったが、俺は断った。ユウリぐらいの年齢の子がジムチャレンジをするときに、1人や2人ぐらいアシスタントがついてたって不思議じゃないけど、何が悲しくて来月には20歳の大台になる成人男性の俺が、14歳の少女のお守りをしなきゃいけないんだ。

それに、そのときの俺はPokétubeの再生数を伸ばすことしか頭になかったし。

 

だから断った。しかしユウリはポチエナよりもしつこい女だった。

俺が『嫌だ、帰れ』と言えば、なぜだかユウリも『それは嫌です』と返してきた。おかしいだろうが、嫌がってんのはこっちなんだっての。

梃子でも、かいりきでもその場から動きそうになかったユウリ。もうなにもかも面倒なので、追い返すため適当に『ダンデの推薦状でも貰ってきたんなら考えてやるよ』と答えたんだっけ。

今持っているクシャクシャのこの紙クズは、そのときにユウリが俺に書かせた誓約書だ。

 

「いや、悪いんだけど……記憶に、ねぇな……」

「嘘、ですよね? 目が泳いでるし、すごく汗かいてますけど」

 

ガラル地方のチャンピオンを務めているダンデは年がら年中忙しいだろうし、ダンデから推薦状を貰おうとしていたらジムチャレンジの受付期間が終了してしまう。今年のジムチャレンジに出場したいなら、他の者から推薦状を貰ってくるしかないだろうと思っていたのに……。

俺の考えはモモンのみよりもダダ甘だったようだ。

 

「これが! ダンデさんから貰った推薦状です!」

 

ぴらぴらと、やたら豪著な封筒を見せびらかすユウリ。その中から取り出された手紙にははっきりと、ダンデ、の3文字が推薦人の名として刻まれている。

ユウリはバッチリダンデの推薦状を貰って来ていた。

 

「……アキラさん。あたし、アキラさんが言ったとおりにダンデさんの推薦状貰ってきましたよ? ……だから」

 

俺の手から紙クズをひったくり、ダンデの推薦状と一緒にデカいカバンの中に仕舞うユウリ。

そして俺に向き直って、今まで見たことないぐらいのいい笑顔で言った。

 

 

「あたしのジムチャレンジ、ついてきてもらいますから」

 

 

俺に文句など1つも許さない命令形で。

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